書籍版の外伝小説を買って読んでみたのですが、どれも面白いですね。
咲夜は、エミリアとパックに事情を話すことで誤解を解くことに成功した。
しかし、簡単にはいかなかった。
エミリアは彼女の純粋さもあって、素直に話を信じてくれるが、パックはニヤニヤと笑みを浮かべ、「本当に~」と、言って中々話を信じようとせず、こちらがムキになれば、「照れ隠しじゃないの?」と言い、エミリアも「そうなの!?」と信じそうになる。
最終的にパックがさも仕方なさそうに、「そこまで言うなら信じるよ。」とため息を付きながら折れる。
些か納得しかねる終わりであり、咲夜は「あの猫、絶対分かっててやってたわね……。」と悔しがった。
誤解が解くことに咲夜が苦労し、話がひと段落したところで、エミリアは「あっ!」と、何かを思い出したように声を上げる。
「咲夜が目覚めたら、レムを呼びに行かなきゃいけないんだった!ちょっと待っててね、咲夜」
言葉を多く交わしたことで、すっかり打ち解けた様子のエミリアは、咲夜のことを既に名前で呼んでいた。
そしてエミリアがワタワタと慌てた様子で部屋を出て行き、それをパックは微笑ましく見届ける。
「レムって?」
「ここロズワール邸で働くメイドだよ」
「そう。……ところであなたは何をしているのかしら?」
「う~ん、診断中」
パックはフワフワと浮いた状態で、体を起こした咲夜の額に彼の額をくっ付けていた。
目を閉じて何かを探っている様子を見て、咲夜は熱でも測っているのだろうか、と疑問に思う。
そして、「うん、悪い子では無いみたい」と何か納得したのか、パックは体を離し、咲夜の膝の上あたりのベッドのシーツの上に着地し、体を丸め、眠そうにあくびを一つする。
「ここはロズワールって人の屋敷なのね。そういえば、あれからどのくらいの時間が経ったの?」
「う~ん、結構な時間が経ったよ。……今は、朝の陽日六時を過ぎたとこかな」
また知らない言葉だ。
陽日《ようひ》、音の響きから日が出ている時間だろうか。
咲夜は窓から入る日の光を見てそう思った。
こちらの世界では、時々意味が分からない言葉を耳にする。
やはりこちらの文化や常識も知ることも必要ね、とその思いを一層強くした咲夜。
ちなみに、後で調べて分かったことだが、こちらの世界の一日の時間は、二十四時間でほぼ元の世界と同一。朝の六時から夕方六時までを陽日、夜の六時から翌朝の六時までを冥日と呼ぶらしい。
「失礼します」
掛け声とともに部屋の扉がノックされ、メイド姿をした髪の青い少女と、エミリアが部屋に入ってくる。
青い髪をしたメイドは、咲夜のベッドに近づいてくる。
そして咲夜の表情や体の状態を暫く確認する。
「大分回復したようで、もう大丈夫そうですね。でもまだ体が少し重く感じるかもしれません。その点は注意してください」
「ありがとう。それで、わたしは一体どうして倒れたのかしら?」
「マナ切れですね」
「マナ切れ?」
「マナ切れとは、体内にあるマナが少なくなって欠乏してしまった時に起こる症状です。その際、体が動かせなくなったり、気絶してしまったりします。今は、眠っている間に大分回復したようですが、体を激しく動かすようなことは今日一日控えてください。では、わたしはこれで」
「うん。レム、咲夜を見てくれてありがとう」
診察されたのは咲夜だというのに、律儀なエミリアはレムに礼を言う。
『マナ切れ』について、丁寧に淡々と説明した青髪をしたメイドは、説明が終わると、こちらに一度会釈し、部屋を退室していく。
しかし、先ほどの説明だけでは咲夜の疑問が全て解消されたわけではなかった。
「なんでわたしはマナ切れに?」
「それはもちろん、魔法を使ったからだよ」
咲夜の疑問に、パックが答える。
しかし、咲夜はそもそも魔法が使えない。
幻想郷では魔法を扱えるものは魔法使いだけだ。
そんな彼女がマナがを使用する機会なんてない。
パックは咲夜の疑問を見透かしたように、言葉を続けた。
「咲夜って今まで魔法を使ったことが無いでしょ?それに珍しいことに、ゲートが今までに開かれた形跡も無かった。今回の件で、ゲートを無理やりに開いて魔法を使った。初めての出来事だから、加減が効かず、マナを使いすぎてしまったんだろうね」
「ゲート?」
「ゲートは全ての生命に備わっている、自分の体の中と外にマナを通す門のことだよ。ゲートを通じてマナを取り込み、ゲートを通じてマナを放出する。使うにしても溜めるにしても、必要不可欠なもの。でも、ゲートって普通の人は最初から開いているものなんだけどね」
パックの説明を聞き、なるほどと頷く咲夜。
どうやら幻想郷とこちらの世界とでは、魔法という概念は異なっているらしい。
こちらの世界に来たことで、咲夜にもゲートという存在を経て魔法を使用することができたらしい。しかし、
「それならわたしは一体いつ魔法を使用したの?」
「ありゃ、覚えがない?リアは分からない?」
「えっと、あの時はわたしも混乱してたし、でもたぶん、あのこわーい、黒づくめの女性が最後に切りかかってきた時だと思う。その後に咲夜は倒れたし。咲夜は覚えていないの?」
エミリアの答えに咲夜もあの時の状況を思い出してみる。
そして、確かあの時、体から力が抜けていく感覚を感じたことを思い出す。
もしかして、あの時を止めたのは……。
「残念ながら覚えはないわ」
「……そう、残念」
しかし、咲夜は本当のことは言わなかった。
言えば、どんな魔法を使用したか聞かれるだろう。
時を止める能力は強力だが、強力故に、あまり人に知られない方がいい。
知られていない、ということが最大の強みになるのだから。
それにまだ、エミリアたちを含め、このロズワール邸にいる人間たちがどういう人物か分かっていないのだからうかつに話すことは控えるべきだ、咲夜はそう考え、嘘を付いた。
「スバルは、いまどこにいるの?」
「スバルは、この部屋の隣。今は寝ていると思う。一度起きたんだけどね。ベティがね……」
咲夜は話題を変え、スバルのことを尋ねる。それにパックは苦笑しながら、何かを含むような答えを返す。
咲夜には意味は良く分からなかったが、一度様子を見に行ってみるのもいいだろう。
「じゃあ、スバルの様子だけでも見に行っていいかしら?」
「うん、いいよ。僕たちも一緒にいこうか、リア」
「そうね」
一同は、一度スバルの元へ向かうことにする。
そして咲夜がベッドから出た時にあることに気付く。
咲夜の着ている服がいつものメイド服ではなく、患者衣のような服になっていたことを。
パックは咲夜の視線から着ている服のことに思い当たったことを察すると、経緯を説明する。
「メイド姿で寝かすのもってことで、その服に着替えさせてもらったんだ。あ、着替えはラムっていう女性のメイドがやったから大丈夫だよ」
咲夜は着替えさせられたことに気付くと、サッと顔を青くする。
自分のメイド服のポケットにはあの黒い本が入っていた。
魔女教徒が何かは分からないが、人に見られれば、あまり良くないだろう。
すぐに服を回収しなければ。咲夜は自分の服がどこにあるのか、内心の動揺を抑え、エミリアに聞く。
「わたしの着ていた服はどこに?」
「服なら、ベッド横のテーブルの上にあるわよ」
咲夜がテーブルを見ると、確かにそこには丁寧に折りたたまれた咲夜のメイド服があった。
まずは自分の服があったことにホッとすると、エミリアの方を見て、
「スバルの部屋に行く前に着替えたいから、先に行っててくれるかしら?」
「うん、わかった。部屋は左隣だから」
エミリアは咲夜に部屋の場所を伝えて、パックを肩に乗せ出て行く。
咲夜はエミリアが部屋から出て、扉を閉めたことを確認すると、すぐにテーブルの上を確認する。
テーブルの上にはメイド服だけでなく、空になったナイフホルダーも置いてあった。
盗品蔵の戦いでナイフホルダーにあったナイフは全て使用し、元々空であったので問題はない。
そして、咲夜はメイド服のポケットを確認する。
黒い本は……あった。
空間を広げて入れていた銀のナイフも何本かあることを確認する。
どうやら、服の中のものに関しては、手を触れなかったようだ。
不用心ではあるが、今回はその不用心さに救われた。
そのことを理解すると、今度こそ咲夜はふーと、大きなため息を吐く。
そもそも黒い本が見つかっていたら、客人扱いで綺麗なベッドに寝かされていることもないだろう。
咲夜はようやく、安心すると、手に取っていたメイド服を一度テーブルの上に戻し、着ている患者衣のボタンを外していく。
ボタンが外れ、咲夜のその服の下に隠されていた白磁のような美しい肌が見える。
ボタンが一つ外れるのに比例してその露出される肌の面積が増え、やがて――。
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着替えが終わった咲夜は部屋の扉を開け、廊下に出る。
「スバルの部屋は左ね」
咲夜はエミリアに言われた場所を思い出し、出て左に、少し離れた位置にある扉を見つける。
そして歩いてそこまで行こうとするが、ある違和感に気付き、足を止める。
「この辺り、空間が歪んでいる?」
咲夜は『時を操る程度の能力』の持ち主であるが、能力の応用で、紅魔館の空間を空間を操ることもできる。
その彼女の能力により、些細な空間の歪みに気付くこともできたのだった。
「ここの扉はもとの位置の扉に繋がっているわね。なら……」
咲夜は、踵を返し、自分が出てきた位置の扉を開く。部屋の中には、エミリアたちがいた。
「どうやら、当たりのようね」
「あ、咲夜も来たのね」
「ええ」
「ちょうど良かった。スバルも目覚めたようなの」
咲夜が部屋を見渡すと、そこには青とピンク色の髪をした双子のメイドと、スバルもいた。
スバルに視線を向ければ、「よう」と、手を挙げてくる。
「元気そうね」
「ああ、目覚めの朝を美少女たちに囲まれているからな。ああ母さん、理想郷はここにあったんだね」
「大変ですわ。今、お客様の頭の中で卑猥な辱めを受けています、レム以外が」
「大変だわ。今、お客様の頭の中で恥辱の限りを受けているのよ。ラム以外が」
「全然麗しくないな、この姉妹愛!何気に他人も巻き込んでるし!それと咲夜さん、見惚れちゃうぐらいちょー素敵な笑顔してるけど、その手に持っているナイフはしまって!お願いしまって!一体どこから取り出したのさ!」
スバルに言われて咲夜は、「冗談よ」と、持っていたナイフをポケットにしまう。
スバルはナイフが小さなポケットに吸い込まれていくように入っていくのを見て、「なにそれ、某タヌキ型ロボットのポケット?」と呟く。
「それで体の調子は大丈夫? どこか変だったりしない?」
エミリアが眉を寄せて、心配そうにスバルに問いかける。
「ん、ああ。全快だぜ。むしろ、逆に寝過ぎてちょっとだるいくらい」
「そう。スバルはジャージを着ているけど、これから何かするつもりだったの?」
「これからエミリアたんの朝の日課とやらの付き添いさ」
咲夜がスバルが患者衣のような服ではなく、ジャージを着ているのに対して疑問に思い尋ねたが、エミリアの用事への付き添いだったようだ。
既にスバルとエミリアでその話をしていたらしい。
「日課?」
「屋敷の庭を借りて、朝は少し精霊とお話を。それが私にとって、誓約のひとつでもあるから」
「精霊とね。わたしも付いて行ってもいいかしら?」
「勿論、いいわよ」
精霊との誓約、この世界を知るためにも知らないことには少しでも首を突っ込んで行くべきだろう。
そう咲夜は判断し、エミリアに同行を願い出る。
エミリアも断る理由も無いため、快諾する。
「じゃあ、いこうぜ」
「ちょっと待って。スバルだけは残って」
「ちょ、何でよ!?」
スバルの促しに、エミリアは頷き、部屋を移動しようとするが、そこに咲夜の静止の声がかかる。
「その前に少しスバルと話があるの。エミリアは先に行っててくれる?」
「え?なら話が終わるまでわたしも待ってるわ」
「ごめんなさい。少し二人だけで話たいの」
「そうなんだ……」
咲夜に断られ、少し寂しそうにシュンとするエミリア。
そこに先ほどまで静かにエミリアの肩に乗っていたパックが、エミリアに何かを耳打ちする。
すると、エミリアは納得した表情をし、先ほどの悲し気な表情は消え、「じゃあ、先に行っているわ」と、部屋を出て行く。
パックはこちらに親指を立てて、「頑張って」とニヤニヤしながらウインクを一つ。
……何か勘違いされてるわね。
エミリアとパックが部屋を出て行き、スバルに向き直り、咲夜は話を切り出そうとする。するが、
「……」
「……」
「……」
「……」
「ねえ、あなた達も出て行ってもらえるかしら?」
「レム、あなたは部屋を出て行けって言われているわよ」
「姉さま、姉さまは部屋を退出して欲しいそうです」
ピンクと青の髪色をした双子のメイドが、部屋に残っていたので咲夜は部屋を出るように言うが、ステレオちっくな声で麗しい姉妹愛を見せつけてくる。
そして双子のメイドは互いを退出させるような発言に顔を見合わせ、咲夜に向き直り、一言。
『どうぞ、お気になさらないで(ください)』
「気になるから言っているのよ!」
「……俺よりも個性が強い姉妹だな」
———そうして、双子のメイドも部屋を退出したのを確認して、今度こそ、とスバルに向き直り話をしようとする咲夜。
スバルは鼻息荒く、こちらを見ていた。
「どうして、あなたは鼻息が荒いのかしら?何かの病気?」
「い、いや。べ、別に?俺は鼻息、荒くないよ?ちょっと、緊張、し、してるだけだし。お俺も、ようやく春が来たのかと、むしろ気合入れているだけだし?」
「気合?」
「き、気にしないでくれ。さあ、話をプリーズ!さあ、何でも話してくれ。俺はどんと構えているから!」
「そ、そう?なら――」
咲夜はスバルの鼻息荒いテンションに若干引きながらも、話を切り出す。
質問はもちろん、咲夜がスバルにずっとしようと思っていた質問だ。
即ち、スバルの発言『異世界』やら『召喚』についての話だ。
何か、元に世界に戻れるようなヒント、手がかりが得られるのを期待して――。
キングクリムゾン!
咲夜さんの着替えはカットされました。
脱字ではありません。仕様です。
安心してください。