今回も戦闘メイン回です。
書いていて楽しいですが、話の展開がなかなか進まなくなってしまうのも困りものですね……。
「そこまでだ!」
突如、盗品蔵の屋根がぶち抜かれ、上から降り注いでくる瓦礫とともに、一人の男が降り立ってくる。
現れた人物は、燃えるような赤い髪をしたラインハルトだった。
彼は数メートルもの屋根の高さから飛び降りてきたというのに、まるで羽毛の布団に着地したかのように、音もなく着地し、悠然と立ち上がる。
彼から感じられる圧倒的な存在感から盗品蔵にいた全員が、突如起きた事態に驚嘆し、威圧される。
エルザは、ラインハルトの只者でない気配を感じたのか警戒し、まだ武器を隠し持っていたのか、懐からククリナイフを取り出し、いつでも動けるように油断なく構える。
咲夜たちを相手していた時にはあった余裕の笑みは、ラインハルトを前にして消えている。
「危ないところだったようだけど、間に合ってなによりだ。さあ、舞台の幕を引くとしようか!」
しかし、ラインハルトは周りの驚いた反応をよそに、凛とした声で、戦いの幕引きを宣言する。
彼の落ち着いた、そしてどこか安心感を感じさせる声に、先ほどまでエルザと対峙し、命の危機から緊張感に襲われていた面々は、思わず安堵の息を吐いてしまう。
「……ラインハルト、か?」
「そうだよ、スバル。さっきぶりだね。遅れてすまない。咲夜もいるとは思わなかったけど、二人とも無事なようで良かった」
「安心するには早いわよ」
「そうだった。ここからは僕に任せて、君たちはそこに倒れている老人を見ていてくれ」
ラインハルトは、スバルと咲夜に声をかけ、無事を確かめ、咲夜の忠告され、同意した彼は、自分に唯一敵意をぶつけてくる存在に向き直る。
そして、目を向けた先の相手、黒のドレスで妖艶な雰囲気を醸す女を見て、相手の正体に思い起こさせるものでもあったのか、ラインハルトは目を細め、少し警戒感を感じさせるような、声を低くして問う。
「黒髪に黒い装束。そしてくの字に折れた北国特有の刀剣――それだけ特徴があれば見間違えたりはしない。君は『腸狩り』だね?」
「なんだその超物騒な異名……」
「その殺し方の特徴的なところからついた異名だよ。危険人物として、王都でも名前が上がっている有名人だ。ただの傭兵という話ではあるけど」
エルザの物騒な通り名に、思わずスバルが突っ込んでしまうが、ラインハルトは嫌な顔せずに、律儀に解説する。
こんな事態になっていても彼の誠実な態度を見て、咲夜はとんだお人よしだな、と思うと同時にラインハルトの説明にあった、エルザとのこれまでの行動を鑑みれば、彼女がそのような物騒な通り名で呼ばれていることに納得もできる。
ここはラインハルトに任せるべきだろう、と咲夜もそう思ったのか、この場の誰もが反対の意を唱えず、スバルたちとともにラインハルトとエルザから距離を取る。
咲夜は、ラインハルトたちから距離を取る際、そういえばと、ロム爺を見ると、ロム爺はスバルが運ぶらしい。
スバルは、ロム爺の両足をそれぞれ片手で掴み、引きずって運ぼうとしていた。
……スバル、人を運ぶときは、足を引っ張って運んではだめよ。
頭が地面に擦れて、はげ……いや、もう禿てるか。
咲夜は頭を下にして、地面に擦らせながらも運んでいるスバルを見て、そう思ったが、まあ、別にいいかとも思ったのか、内心で注意しただけで、口に出してまで注意はしなかった。
先ほどロム爺に揶揄されたことを地味に根に持っていた咲夜だった。
そしてロム爺が、頭が擦れて痛いのか、何度か表情が少し苦痛に歪ませながらも、スバルたちが距離を取り終えたところで、エルザがラインハルトに声をかける。
「ラインハルト――そう、騎士の中の騎士。『剣聖』の家系、ね。すごいわ、こんなに楽しい相手ばかりだなんて。雇い主には感謝しなくてはいけないわね」
「色々と聞き出したいこともある。投降をお勧めしますが」
「血の滴るような最高のステーキを前に、飢えた肉食獣が我慢できるとでも?」
いつもの余裕そうな気配は消えているエルザではあるが、やはり彼女は戦闘好きであるのか、ラインハルトを警戒していながらも、剣聖と謳われるほどの強者と戦えることに喜悦の表情を浮かべる。
そんなエルザに視線を向けられたラインハルトは苦笑し、戦いにならざるを得ないと判断したのか、エルザの方へと歩いて近づく。
彼が持っている剣を手にもせず、無手でエルザに近づくことにその場の誰もが驚く。
エルザでさえ、ラインハルトの行動に怪訝の表情をする。
そして、嘗められていると思ったのか、エルザはそのラインハルトの愚かな行動を後悔させてやると、手にしていた刃をラインハルトの首めがけて、一閃する。しかし、
「女性相手に、あまり乱暴はしたくないんですが……失礼」
そうラインハルトは口にすると、踏み込みで床が破裂し、衝撃波が発生するほどの蹴りで、エルザを吹き飛ばす。
吹き飛ばされ、そのまま壁に叩き付けられるかと思われたエルザだが、空中で体制を整え、壁を足場にして上手く勢いを殺したようで、そのまま床に静かに降り立つ。
しかし、エルザも自分が吹き飛ばされたことに衝撃だったのか、驚いた顔をラインハルトに向ける。
「……なっ」
「いやいやいやマジかよ……なんじゃ、そら」
咲夜とスバルはその光景を見て、愕然とする。
ラインハルトが強いことは予想できていたが、まさか剣も使わずにエルザを軽々と吹き飛ばしてしまうほどの蹴りを放つことは思っていなかった。
以前にラインハルトを敵に回したこともあった咲夜だが、その時に隙を見て逃げようと考えていたが失敗に終わっていただろうと考える。
今回は、敵対することなく、顔見知りになれたのは、幸運だったと思わざるを得なかった。
「噂通り……いえ、噂以上の存在なのね、あなたは」
「ご期待に添えるかどうか」
「その腰の剣は使わないのかしら。伝説の切れ味、味わってみたいのだけれど」
「この剣は抜くべきとき以外は抜けないようになっている。鞘から刀身が出ていないということは、そのときではないということです」
「安く見られてしまったものだわ」
「僕個人としては困らされる判断ですよ。ですから――」
ラインハルトは、発言の途中で何かを探すように辺りに視線を彷徨わせ、先ほどまで咲夜たちとエルザたちの戦闘によりあちこち散乱して落ちている物の中に、古びた両手剣を見つけ拾う。
「こちらでお相手させてもらいます。ご不満ですか?」
「――いいえ。ああ、素敵。素敵だわ。楽しませてちょうだい、ね!」
そう言うと、エルザはラインハルトに投げナイフを4本投擲。
ラインハルトが本来持っている剣ではなく、おんぼろの剣を持っているとはいえ、真正面から戦うのは不利とエルザは判断したのか、牽制にナイフを投げる。
しかし、いずれもラインハルトには当たらず、まるで自らラインハルトを外れるように軌道を変え、誰もいない壁に突き刺さる。
「矢避けの加護――!」
「生まれながらに与えられたものでね……不公平とは思わないでほしい」
牽制に意味はないと理解したエルザは、刃をラインハルトの腹めがけて突く。
しかし、エルザの刃はラインハルトの体にかすりもせず、むなしく虚空を切る。
ラインハルトは、エルザの刃を屈むことで躱していた。
そしてその状態から下から上にラインハルトの洗練された技量を持って、剣が振るわれる。
そのラインハルトの振るわれる剣筋は美しく、彼の握っている剣が鈍らの剣であることを微塵も感じさせない。エルザはラインハルトの剣が迫っていることに気付くと、ラインハルトの剣と自分の体の間に持っていたククリナイフを滑り込ませる。
しかし、エルザの持っていたククリナイフの刃は、豆腐のように抵抗もなく、柄だけを残して切り落とされる。
エルザは、目を大きく見開き、驚きながらも体を後ろに飛ばして距離を取ることで、ラインハルトの剣を躱す。
「武器を失ったのなら、投降をお勧めします」
エルザは持っていた刃の部分がなくなり、柄だけになった元ククリナイフが武器としての機能を失ったことを理解したのか、床に投げ捨てる。
「圧倒的ね」
「尋常じゃ、ねぇな。俺も茶化す気力もわかねぇよ」
咲夜とスバルは目の前の光景に、感嘆の声を漏らす。そこへ、エミリアが駆け寄る。
「その人、大丈夫そうなの?」
「え?」
エミリアが聞いたのは、ロム爺のことであった。
ロム爺は、エルザとの戦いにより、意識を失っていた。
盗品蔵のもので切ったのか、頭からも少し血を流していたが、今は血は止まっているようにも見える。
しかし、エミリアは倒れているロム爺のケガの具合を確かめて、「これは治療しないと」と呟き、治癒魔法なのか、彼女の手が青く輝く。
「おいおい、言っとくけどこの爺さん。お前の徽章を盗んだ一味だぜ?」
「だからよ。無事に治ってもらって、その恩を逆手に情報を聞き出すの。命の恩人相手なら嘘なんてきっとつかないわ。これも私のための行為よ」
咲夜もスバルと同じ感想を持ったが、徽章を盗んだ直接の犯人であるフェルトを逃がしたスバルが言えたことかしら、と内心呆れる。
そしてロム爺の治療はエミリアに任せ、スバルと咲夜はラインハルトたちに再び視線を戻す。
武器を失い、大人しくなったエルザを見て、抵抗の意思を失ったと思ったのか、ラインハルトは無防備にエルザに歩み寄っていた。
隙を見せるラインハルトにエルザが隠し持っていたククリナイフを抜き、攻撃を仕掛ける。
「二本目があるぞ、ラインハルト!」
しかし、エルザが行動する直前のスバルの叫びにより、エルザのククリナイフは、後ろに下がったラインハルトに躱される。
奇襲を回避されたエルザはその黒瞳をスバルに向けて、苦々しげな表情を一瞬見せたが、
「牙は二本だけではないの。……仕切り直しに付き合っていただける?」
「全ての武器を切り落とせば、満足してもらえるかな」
「牙がなくなれば爪で。爪がなくなれば歯で。歯がなくなれば骨で。骨がなくなるのならば命で。――それが戦闘狂というものよ」
「それなら、その看板を折らせてもらうとするよ」
そして会話を辞め再び戦闘を始める二人。
最初に仕掛けたのはエルザだった。
エルザはさらにククリナイフをもう1本抜き、二刀流になると、不意にそのエルザが視界から消えた。
その足は地を離れ、驚異的な跳躍を以って宙を舞っていた。
軽々とラインハルトの頭上を飛び越える跳躍を見せ、エルザはラインハルトの背後に着地。
着地と同時にエルザは、二刀を左右から挟み込むように振るう。
ラインハルトは、機敏な動きで振り向き様に下から蹴りを放ち、エルザの左手を蹴り上げることで、右の刃の軌道を反らし、持っていた剣で左からの刃を打ち払うことで防ぐ。
「ちっ」
エルザは防がれたことに彼女に似合わない行動、思わず舌打ちをする。
防がれると今度は、エルザの方から蹴りが放たれる。
地面から唸るようなスピードで迫る足技をラインハルトは体を反らして躱す。
エルザの足は、ラインハルトに当たらず、彼の赤い髪を風で揺らしただけだった。
蹴りを躱したラインハルトは、体を起こし、蹴りを放った直後で硬直状態のエルザに、剣を横に振るう。
エルザは蹴りを放ち、体を支えていた足の方を曲げ、体制を低くすることで高速で放たれるラインハルトの剣は、エルザの頬をかすめ、わずかな血が流れる。
躱したエルザは、曲げた足をあわてて伸ばし、その反動で後ろに飛んで距離を取る。
逃げるエルザをラインハルトは追い、さらに一閃。
エルザは、ククリナイフでラインハルトの剣を打ち払おうとするが、剣が腹をかすめ、血が出る。
しかし、エルザは血が出るのも構わず、ラインハルトの腹を蹴り飛ばし、距離を取る。
「っぐ……」
「粘るね」
再び距離を取り、向かい合う二人。
そして先ほどと同じようにエルザが先に均衡を破って行動に移す。
戦いの方針を変えてきた。エルザは先ほど見せた驚異的な跳躍力で宙を飛び、天井を足場にするように逆さまになり、天井を蹴り、その反動でラインハルトに一気に迫り、刃を一閃。
ラインハルトは、エルザの刃を剣で防ぎ、エルザに反撃を仕掛けようとするが、エルザはすぐ様、あっという間に壁際まで距離を取る。
そしてその壁を蹴り、さらに襲い掛かる。ラインハルトが防ぐと、距離を取り、壁を蹴って攻撃を仕掛けるエルザ。
先ほどまでと状況が異なり、上から横からと縦横無尽に重力を無視したかのようなエルザの移動による攻撃に、ラインハルトは防いでばかりになっていた。
「防戦一方になってきたわね」
「まさかラインハルトですら、決め手に欠けるってんじゃねぇだろうな……」
「……こっちに、気を遣ってるのよ、彼は」
不意にロム爺を治療していたエミリアが言った言葉に、「え?」とスバルは声を上げる。
咲夜もエミリアの声に反応し、彼女にどういうことだと、と目を向ける。
二人の視線を向けて、エミリアは気まずげに唇を噛み、
「私が精霊術を使ってるから、彼は本気が出せないの。せめて、この人の治療が終わるまでは……」
「どういう因果関係?」
「ラインハルトが本当に戦うつもりになれば、大気中のマナは私にそっぽ向くもの。――そろそろ治療が終わる。合図したら、彼に声をかけて」
「あ、ああ」
疑問を上げるスバルだが、咲夜にもエミリアの言っている意味は分からなかった。
しかし、どうやらエミリアの治療が終われば、ラインハルトは反撃に移れることだけは理解できた。
それから暫くして、血が流れていた頭部の傷は消えてゆき、それに感嘆していたスバルにエミリアが深い息を吐くとともに治療が完了したこと合図をするように、スバルに声をかける。
「お願い」
「お任され。――ラインハルト! よくわからんが、やっちまえ!」
スバルの声に反応し、こちらに視線を投げて応えるラインハルト。
「――なにを見せてくれるの?」
「アストレア家の剣撃を――」
――直後、咲夜は、周囲の盗品蔵の中の空間が歪むような不思議な感覚に襲われ、足がふら付き、思わず額に手を当てる。
「は?」
しかし、それを感じたのは咲夜だけではなかったようで、スバルもその感覚に困惑しているようだった。
しかし、奇妙な感覚は、徐々に和らぐどころか、強くなり、さらにエミリアの氷結魔法により、低下していた盗品蔵の気温がさらに下がり肌寒ささえ感じてくるほどだった。
思わず起きた身震いにスバルは肩を抱いていた。そして、
「え、あれ、おい」
「ごめんなさい……ちょっと、肩を貸して」
「ちょっと、どうしたのよ」
突然咲夜に体を倒し、寄りかかってきたエミリアを、咲夜は支える。
スバルはそれを見て慌て始める。自分の髪と同じ色をした少女は、体がひどく熱くなっており、苦しげに息を吐き、まるで風邪をひいているようだった。
「あなた体調を崩していたの?」
「違うの。マナが……わかるでしょ?」
――わからないわよ。
同じことを考えたのか、咲夜とスバルを目を合わせる。
問いただそうとエミリアに視線を戻すが、息を荒くして苦しそうにしているエミリアを見て、さすがにそんな鬼のような行動には出れなかった。
そしてやることが無く、ラインハルトに目を向けると、部屋の中央で、ラインハルトが両手剣を上段で構えていた。
これまで、一度も剣を構えようとしていなかった『剣聖』ラインハルトが、初めて剣を構えた。
咲夜はそれを見て、直感的に戦いに決着が付くのだと、悟った。
またしても第一章の完結まで書ききれませんでした。今回で終わりと思ったのですが……。
次回こそ、次回こそは完結するはず……。