第十三話はいつもよりも文字数が多く、2話分はあるかもです。会話が多く、なかなかに大変だった……
「それは―――」
「それはね、わたしのためなのよ。」
フェルトに問いただされ、返答に窮していたスバルが、ついに正直に理由を話そうとしたが、スバルではない人物から答えが返される。
『え?』
スバルの代わりに返答をしたのは咲夜だった。
そして、思わぬ方向から、思わぬ理由での返しにフェルトとスバルの両方から疑問の声があがる。
「少し、時間をもらっていいかしら?ちょっとスバルとだけで話したいのだけれども。」
「え?ああ、別に構わないけど……」
「ありがとう。スバルちょっと来なさい」
「えぇ!!?ちょ、ちょっと……」
フェルトは驚いている状態からの突然の咲夜の質問に反射的に了承の声を返してしまう。
フェルトから了承の言葉をもらうと、咲夜はすぐに戸惑うスバルの手を引いてフェルトたちから距離を取った。
「焦りすぎよ、スバル。交渉はスキを見せた方が負けよ。」
「あ、ああ。でも、徽章はなるべく早くもらわないと、エル……フェルトの依頼人が来ちまうから」
「……フェルトに盗みの依頼を出した人がくるかもしれないってことね?盗みを依頼するような人だからいい人ってことはないでしょうね。依頼人が来て話がややこしくなる前にスバルはその人が来る前に交渉を済ませたいと?」
「そうだ。でもフェルトは俺の魔法器を使って、依頼人の交渉額を吊り上げようとするかもしれない。でもそれは―――」
「———こちらとしては都合が悪いってことね」
スバルは咲夜の考える通り、エルザと遭遇する前に交渉を終わらせ徽章を手に入れようと考えていた。
しかし、スバルの提示した魔法器が思わぬ高値の価値を持つことを知ったフェルトは、エルザと競わせることで、さらに取引額を上げようと企らむかもしれない。
スバルは咲夜に説明することで、いかに現状の時点で達成が難しいか、自分でも再認識したのか、顔色を青くする。
「あなたはその交渉相手のこととか、何か情報を持っていないの?向こうは何を条件に支払いを行うのか、とか」
「フェルトは依頼人から聖金貨十枚で依頼されたらしい。そして依頼人は最大で聖金貨二十枚まで出せる。でも、俺は最低でも聖金貨二十枚以上の価値がある魔法器を持っている」
「なるほど。普通に交渉をすれば、スバルが勝てるわね。でも、あなたは依頼人には会いたくないのよね? なぜ相手の交渉額をあなたが知っているかは知らないけど、それは確かなのね?」
「ああ。それは間違いない」
咲夜は、以前に盗品蔵で起きた経緯については知らないため、スバルから少しでも交渉の材料となる情報を得れれば、と思い質問したが、想像以上に色々なことを聞けた。
スバルは盗品蔵で実際に依頼人、つまりエルザと競う形で、交渉の場に着いたのだろう。
そしてエルザが出せる金額をそのときに知った。
そしておそらく、そのとき、スバルは交渉に勝ってしまった。徽章が手に入らないと分かり殺された……そんなところだろう、と咲夜は以前に起きたことの経緯をそう推測する。
「わかったわ。あとはわたしに任せなさい。スバルはわたしの話に合わせるだけでいいから」
「え?だ、大丈夫なのか?金額を吊り上げたいフェルトに交渉人が来る前に取引に応じさせるのは、無理な気がするんだけど・・・」
「安心しなさい。もうわたしは交渉はしないわ」
「え!?」
咲夜の矛盾するような言葉を聞きスバルは驚きの声を上げる。
交渉せずに取引に応じさせることなんて出来るのだろうか、そうスバルが疑問を抱くが、咲夜はそんなスバルを置いてフェルトたちの近くまで戻る。
スバルは先に行く咲夜に慌てて後ろからついていく。
そしてそんな彼らをフェルトは訝し気な目で見ながら迎えた。
「それで、さっきの発言―――何があんたのためなんだよ?」
「勿論、徽章よ」
「どういうことだ?まさかこの兄ちゃんがあんたにプレゼントするためにわざわざこの盗品蔵まで来たっていうのか?」
「あら? 冴えてるじゃない。その通りよ」
「ああ!? マジで? 本当にこの兄ちゃんがそんな理由で?」
フェルトは、咲夜から答えを聞いても信じていないようだった。
当然だ、スバルもそう思った。
しかし、そんなフェルトの様子を見ても咲夜に慌てた様子はなく、言葉を続ける。
「ええ。実はあの徽章は、あなたが白いローブの女性から盗む前は、お店で売っていたものなのよ。そして、わたしがお店に売っている時に見かけた時に、少し欲しそうな目をしたことを彼は覚えていたのよ」
「だから、わざわざこんな小汚い盗品蔵に来てまで?」
「こら、フェルト。わしの盗品蔵を小汚いとはなんじゃ!」
フェルトに自慢の盗品蔵を小汚いと表現された老人は、フェルトに怒鳴った。
しかし、フェルトは悪びれない表情をして、憤る老人を気にせず手元のミルクを手に取って飲む。
「そうだとしても、なんで兄ちゃんがあんたにプレゼントするんだよ?」
「まだ子供のあなたには分からないかもしれないけど……彼、わたしのことが好きなのよ。だから必死にわたしを振り向いてもらえるように、プレゼントを贈るため、こんなところにまで来ちゃったのよ」
「バカにすんなっ!!それくらい分からないほどそんなに子供じゃねーよ!これでもアタシはこれでも十五だ。それにしてもこの兄ちゃんがねぇ?……確かに姉ちゃんは美人だけども。兄ちゃん、世の中分不相応って言葉があってだな―――」
いまだにフェルトは、咲夜に対して半信半疑のようで、咲夜とスバルを見比べては、腑に落ちていない様子だった。
もちろん、実際に嘘なのだから信じがたいのは仕方ないのだが……。
咲夜もフェルトにつられてスバルを見ると、スバルは咲夜の突拍子もない話を聞いて唖然し、口を開けた状態で固まっていた。
隣でフェルトがスバルに対して失礼な言葉を言っているが、この様子だと本人にはおそらく言葉は届いていないだろう。
スバルにしては静かだったと思ったが、どうやら固まっていたからだったようだ。
「まあ、いいか。理由はどうあれ、徽章に対して金になるもんを出してくれるなら文句はねーよ」
「ふふ。そうね。でも、その話はもういいの」
「え?」
「徽章はもういらないって言ったのよ」
『え!!?』
咲夜の取引を辞めるという発言は、さすがのスバルにも聞き逃せなかったらしい。
フェルトと同時に驚きの声を上げ、悠々と構えている咲夜を目を見開いて凝視する。
――咲夜には確信があった。
あえてこちらから取引に応じない態度を見せることで、フェルトは取引に乗ってくるくることを。
その確信から、悠然とした構えている咲夜を見て、フェルトとスバルは咲夜が本気で言っていることを理解、いや理解させられる。
「ちょ、ちょっと咲夜———。いっ!!!」
「———いいから。話を合わせて。・・・押してダメなら引かないとね」
スバルは交渉を辞めては困ると、咲夜を止めようと言葉を発しようとしたが、咲夜がするりとスバルの腕をとり、腕に抱き着くような形で、引き留める。
女性に抱き着かれた経験がないスバルは、突然の咲夜の行動に照れてしまい固まる。
そして咲夜は固まったスバルの腕に抱き着いた状態から口を耳元に近づけ、スバルだけに聞こえるよう耳元で小声で話した。
咲夜の押してダメなら引く、という言葉を聞くと、スバルは、咲夜がまだ交渉を諦めていないようだと分かり、気を落ち着かせる。
そして咲夜はスバルが落ち着いたことが分かると体を離す。
スバルは咲夜が離れたことに対して、少し残念そうな表情をしたが、まだ交渉は終わっていないと顔を引き締めた。
「徽章をいらないってどういうことだよ。欲しかったから交渉をしてたんじゃないのかよ」
「言葉の通りよ。といっても、いきなり言われても分からないでしょうね。徽章に頼る必要がなくなった、てことよ」
「んん~?わかんねぇ」
「スバルはもともとわたしを振り向かせるために徽章が欲しかった。でも、ここまでしてくれた彼の姿を見せられて、わたしは絆された。だから徽章はいらなくなったってことよ」
「??」
「ふふ。まだあなたには難しいお話だったかもしれないわね。」
いまだに理解できていないような表情をしているフェルトを見て、咲夜にはフェルトには、男女の機微を理解するのは難しかったか、と考えた。
しかし、ここでこれまで沈黙していた老人がいまだに理解できていないフェルトを見てフォローをする。
「フェルトよ。つまりはこの小僧は、徽章を手に入れずとも、その徽章を手に入れようとする行動から咲夜を振り向かせたってことじゃよ。盗まれた徽章を追い、みごと犯人を突き止め、その徽章のありかまで見つけ、手に入れる算段まで見つけた。その行動や気概を見て、咲夜はこの男に惚れたってことじゃよ」
「ええー!! この目つきの悪い兄ちゃんに、あんた惚れたのかよ!!」
「マジで!?咲夜たんマジで!?? 苦節18年にしてやっと俺の春がきたーーー!!! 」
老人の言葉にようやく理解できたフェルトは、信じられないと叫んだ。
咲夜も事実ではないとはいえ、他人から改めて明言されたことで、少しは恥ずかしかったようで、顔をやや赤らめる。
皮肉にも、咲夜のそんな表情を見たことで、フェルトと老人にその話の信憑性を持たせ、2人の疑心は完全に消えたようだった。
それと同時に、スバルも何故かそれを信じたようだ。
大きく叫びをあげ、咲夜はすぐにでも黙らるための行動に移りたかったが、それはこの盗品蔵から離れてからだと、決意しその場はなんとか抑え、笑顔を貼り付ける。
そして咲夜は未だに何やらいろいろと叫んでいるスバルを連れて、盗品蔵の扉の方へ行こうとする。
「さあ、行くわよ、スバル」
「まずは、何と言ってもご主人様呼びは捨てがた、いっ!?いたい!!咲夜たん、咲夜たん、耳が、耳が、ちぎれる!!」
「あら、咲夜たんって誰のことかしら?」
「さ、咲夜さん、いや咲夜様!謝るから!謝りますから、耳を引っ張るのはやめて!!!耳なし芳一になっちゃうから!!」
しかし、咲夜がスバルの耳を引っぱり、そのまま盗品蔵を出ようとすると、フェルトが焦ったように声をかけ、引き留める。
咲夜はフェルトに声をかけられ、スバルから手を放しフェルトには背を向けた状態のまま、「何かしら?」と、足を止める。
「ま、待てって!・・・本当に徽章はいらないのかよ?まだ手に入らないって決まったわけでもないのに、諦めるのかよ?」
「そうよ。確かに本来の取引相手さんを待って、そのまま交渉を続けていけば、もしかしたら手に入るかもしれないわ。けど、これ以上いたずらに交渉を伸ばして時間を無駄にするのもバカらしいから」
「ほ、本当にいらないのかよ!」
フェルトは咲夜をなんとか引き留めようとするが、咲夜はフェルトを素気無く断る。
そして、これが最後の言葉だと咲夜は、立ち去る前にフェルトに次の言葉をかけた。
「ええ。悪いわね。わたしたちもこのあと仕事があるの。すぐに手に入るのなら別だったでしょうけど、徽章は惜しいけど諦めるわ。…でも、あなたも既に買い取ってくれる当てがあるんでしょう?いくらでかは、知らないけどもともとそちらから依頼されたもの。ならいいじゃない。あなたもある程度のお金は入るんでしょう?」
フェルトは、本当に咲夜たちが取引に応じる気をなくした、少なくとも依頼人を待ってまで交渉して取引するつもりはないのだと、察した。
そして、咲夜から依頼人の取引額を示唆するような言葉で、自分が大口の取引を逃しかけている事実を認識させられる。
もともと依頼人の取引額は聖金貨10枚。スバルの魔法器が聖金貨20枚。
スバルたちと競わせることで最低でも聖金貨20枚以上が手に入る算段だったのに、スバルたちがいないと依頼人と交渉して取引額を吊り上げようとするとしても、聖金貨10枚からスタートすることになる。
そしてその場合フェルトが依頼人と交渉しても2倍以上の値段、聖金貨20枚以上いくのは難しいだろう。
ここでスバルたちとの取引を逃すと、最悪、聖金貨10枚以上の損をしてしまうかもしれないと、フェルトは思った。
……思ってしまった。
既にスバルも咲夜の意図することに気付いており、おそらくフェルトが今考えているであろう想像を、予測できた。
自分たちがいたことで、徽章の価値が聖金貨20枚以上のものになったことに気付いたのだろうと。
そしてフェルトがこの後どう行動に移すかも想像できた。
「待ってくれ。ほ、本当にいらないんだな?」
「ええ」
「……もし、もしも今取引に応じると言ったらどうする?」
フェルトの引き留める声を聴いて、咲夜は獲物がかかったと確信する。
しかし、咲夜はかかった獲物にすぐに飛びつくようなことはしなかった。
ゆっくりとフェルトに向き直り、呼び止められたことをさも疑問そうに首を傾げ、フェルトに聞く。
「あら、急にどうしたの?」
「い、いや、わざわざここまで来たんだ。取引に応じてやんねーでもないかと考えを改めてだな……」
フェルトは相手に弱みを見せないように振る舞っているつもりのようだが、強がっているようにしか見えなかった。
スバルでさえもフェルトの姿はそう見えたようだった。
「あら、別にスバルと取引に応じなくても、あなたには本来の依頼人がいるのでしょう?」
「あ、いやそうなんだけど。先に来たあんたたちに譲ってやってもいいかなーなんて思ってな。あんたたちは別に悪いやつに見えないし」
「そうね。でもそれはわたしじゃなくてスバルに言うべきでなくて?わたしは取引できる材料はないわよ?」
そう言うと、咲夜はニッコリと笑顔をしていった。
その彼女の笑顔は美しく、男なら誰でも見ほれるような表情をしていた。
フェルトと隣にいたスバルはその表情に見とれる。
老人は、咲夜の思惑には気づいているようだった。
フェルトたちが盗品蔵に来る前に、咲夜とリンガの話をしていたときにした時の表情と同じものだったからだ。
しかし、老人は取引に関しては中立な立場にいるらしく、口を挟んでくることはなかった。
「……兄ちゃん、さっきの取引だけど、魔法器でこの徽章を譲ってやってもいいぜ」
「ほ、本当に?」
「あ、ああ。」
「な、なら交渉成立だぜ!」
スバルは見事に交渉を成立させた咲夜に内心驚きながらも、無事に徽章を取り戻せたことに喜びを隠せないようだった。
そしてスバルがフェルトから徽章と携帯を交換しようと互いに手を伸ばした。
しかし、盗品蔵の扉からノックをする音が、2人の行動を止めた。
「アタシの客かもしれねー。まだ早い気がするけど」
フェルトは依頼人かもと思い、手を引っ込めて、扉の前に向かう。
予定よりも早く来たようだが、せめてスバルたちと交渉が決まる前、あとほんの少し前に来てくれれば、と内心愚痴りながらもフェルトは、扉を開けようとする。
その背中を見つめていて、スバルは急速に込み上げてきた焦燥感に気付く。
咲夜も自分の思惑通りの結果になったことで、気が抜けていたのかフェルトの扉に向かうのを黙ってみていた。
「――開けるな! 殺されるぞ!!」
スバルの切羽つまったような声で、咲夜もスバルの懸念したことに思い当たり、すぐに盗品蔵の窓から外を見る。
窓からはまだわずかに日が差し込んであり、日が暮れていなかった。
日が暮れるにはまだ早い時間だ。
(エルザが来るのは日が暮れてからだったはず!予定よりも早い!まずいわね……。遭遇することは避けたかったのだけど)
既にフェルトは扉を開けており、咲夜は緊張に身を固くしながら、開いた扉から入ってくる人物を見すえた。
「――殺すとか、そんなおっかないこと、いきなりしないわよ」
そして、入ってきた人物は、仏頂面で唇を尖らせている銀髪の少女————エミリアだった。
いかがでしたでしょうか?
ようやくと品蔵にエミリアが現れ、第一章も終わりが見えてきました。
今月中になんとか第一章を終わらせたいなぁと考えている作者ですが、だんだんと1話あたりの文字数が増え、難しいかもとも考えています。
リアルの方が忙しく1週間に一度アップするだけで、ひいひいしてますが、
2月になれば少し余裕ができると思いますので、投稿、もしくは文章の改訂頻度が上がるかもです。