今回の大規模防衛戦は「スタボーンディフェンス」と名付けられた。
その由来は、別働隊が新型神機兵の制御装置を掌握するまでの間、防衛班がエイジスと極東支部を「堅守する」ことが作戦の肝であったためである。
――斯くして作戦は成功した。
陽動による敵の攪乱を行った第一部隊。
極東支部を防衛した第二部隊。
エイジスを防衛した第三部隊。
何れも誰一人欠かすことなく、神機兵が停止するまで戦い抜いた。
物的損傷も、外部居住区の外壁の一部が削られたのみ。
こうして人々の暮らす場所は無事守られた――。
と、その時は誰もが思っていた……
薄暗く、広々とした黒い鉄の空間、極東支部指令室。
防衛戦と螺旋の樹内部戦いが終結し、スタッフ達は数時間に及ぶ緊張から解放され、ようやく安堵の息を漏らす。
しかし、いつアラガミが現れるかは分からない。勝って兜の緒を締めるという言葉があるが、まさしくその通りに、オペレーター達は改めて気を引き締めていた。
モニターに映るアラガミの反応に注意しながら、第一部隊のオペレーター担当のテルオミが話す。
「あ、お疲れのところ悪いのですが、神機兵に紛れてウコンバサラが近づいていたようです。ヘリが到着するまでにやっつけちゃって下さい」
まだ新人なのに慣れた様子で話すテルオミとは対照的に、その隣のムツミは相変わらずのぎこちない口調で話す。
「皆さん、お疲れ様です。迎えはあと5分程で到着するそうです――」
ある「秘密兵器」を用いることで敵を翻弄したジーナや、後半から活躍したシュンのお陰で、第三部隊はほぼ無傷でエイジスを守り抜いた。
今回の戦いにおける大殊勲である。そのことをウララが伝えると、苛ついたシュンの返事が返ってきた。
『チッ……うるせーな。帰投するまで黙ってろ』
「あ……すみません。……でももう一つだけ、サカキ博士から伝言です。報酬は弾むそうですよ」
『…………そうかよ』
マイク越しでもシュンが嬉しさを隠し切れていないのがわかる。だが、それでも彼の声は暗いままだった。
――今回の戦いで、思う所があるのだろう。
なにしろ、敵はラケル博士が開発した「ヒト」の人格がインストールされた新型神機兵だったのだから。
指令室にいては分からない葛藤が、現場ではあったのだろう。
中央後方の、段差を登ったところにいるサカキ博士は、そんなことを考えながら、今回の戦いを振り返っていた。
しかし、ある違和感を覚えて立ち上がる。
そしてヒバリの元へと向かい、第二部隊と通信を始める。
「タツミ君。怪我をしているところ悪いのだが、新型神機兵との戦いで印象的だったところを改めて教えてくれないか。君の主観でいいから、できるだけ詳しく教えて欲しい」
『ん? ああ、えーと、そうだなぁ……』
タツミはやはり彼らの人間的な行動に一番苦戦したという。
捕食本能に荒ぶるだけのアラガミとは明らかに異なる、知性を感じさせる戦法。神機使いが何年もかけて到達できるほどの高度な連携。
さらに、仲間を殺された時の取り乱し様や、彼らを突き動かす「帰りたい」という強い意志は、もはや人のコピーとは思えないくらいの本物の「人間性」を感じたという。
『……戦って罪悪感に押し潰されそうになったぜ。そんでもって……人間に近いからって殺すのを躊躇う自分に……酷い矛盾を感じたよ。……今思えば、こちらの戦う意志を削ぐこともラケル博士の狙いだったのかな……』
「……」
タツミがラケル博士に対して思ったことは、サカキ博士も分析していたことだった。
……だとするならば、やはりおかしいところがある。
タツミが大きく息を吐きながら言う。
『ふぅ……。俺が思ったのはそんくらいかな。……悪いがこの辺にしてくれないか。後で報告書にでもまとめるから……さ……』
神機使いの中でタツミは恐らく一番消耗したのであろう。
戦闘後は呼吸さえ苦しそうにしていた。
現在は応急手当で、ある程度回復したようだが、話している間も時々言葉を詰まらせていた。
「ああ。こちらこそ悪かった。ゆっくり休んでくれ給え」
サカキ博士は通信を切る。
そのままよろよろと自分の席に戻り、思考の世界に入る。
(「帰る」意志か……)
違和感の正体はそこだ。
新型神機兵には人の人格がコピーされていた。
そして彼らには、コピー元の人間が抱いていた、外部居住区に「帰りたい」という強い意志が植え付けられており、それが彼らの戦う原動力になっていた。
――今さらだが、ラケル博士はなんて残酷なことをするのだろう。
いくら神機兵を強化するためとはいえ、人の感情を利用するなど。
新型神機兵達に、帰るべき場所などないというのに。
……思考が逸れてはいけない。個人的な感傷など後回しだ。今私がやるべきことは、分かることを突き詰めていくこと。
これはあくまで予想でしかないが。
もし、新型神機兵が外部居住区に到達していたら。
彼らは戦う意義をなくす。ならば、そこで停止する「仕様」であったと考えるのが妥当であろう。
すると矛盾が生じる。
ラケル博士の目的は終末捕食を遂行すること。そのために障害となる極東支部を滅ぼすこと。
倒すのではない。極東支部を駆逐し、再起不能にすることが目的である。
アラガミ防壁を壊すだけの嫌がらせのような破壊では、到底足りないのである。
仮に。
我々が想像しているよりも、ラケル博士が遥かに狡猾に、そして徹底的に極東支部を滅ぼそうとしているならば……。
「すまない。一度私の話を聞いてほしい」
サカキ博士はマイクを握り、指令室に声を響かせる。
「確証はないのだが。もしかしたらこれは――」
その時。けたたましい警戒音が鳴り響いた。
「緊急事態発生! 多数のアラガミが螺旋の樹から出現しています! この反は――神機兵!」
廃ビル群の一角。開けた屋上にて。
ウコンバサラを討伐し終えた第一部隊は、エミールが捕食を行い、エリナとコウタが周囲の警戒をしているところだった。
視界に入るのは、どこまでも続く青い空と、倒壊した建物がところどころにあるだけの荒涼とした大地。
その中で天高くそびえる螺旋の樹は良く目立っていた。
そこに目を向けたコウタは、つい声を漏らす。
「何だ……あれ……」
例えるなら、水に垂らした墨汁だろうか。
螺旋の樹の根本から、瞬く間に溢れる真っ黒な「ソレ」は、じわじわと滲むように周辺の土地を塗り潰していく。
コウタは慌てて望遠鏡を覗く。
はっきりとは見えないが、黒い物体には蝶のようなシルエットが見られ、まるで意志を持つかのように群れをなして羽ばたいていた。
やがて蝶は形を成す。
がっしりとした人型のシルエット。何かを右手に携えている。
そこに立っていたのは神機兵だった。しかし、外見はこれまでのあらゆる種類と異なっていた。
肉体は深淵を形にしたようにどす黒く、顔は髑髏のような白銀の仮面に覆われ、仮面だけが夜の闇に浮かんでいるようだ。
神機兵が持つ第二世代の新型神機は、バスターやロングブレードのみならず、ショートやヴァリアントサイズといったあらゆる種類が組み合わさっており、形状はブラッド隊の「クロガネ」シリーズによく似ていた。
彼らは、出現して暫くは、世界を確かめるように周りを眺めていた。
しかしすぐに隊列を組んで走り出す。
その時、第一部隊に通信が入った。
『緊急事態だ。螺旋の樹から新型神機兵が出現した。こちらのレーダーでは少なくとも……40、いや50はいるだろうか……補足数の上限を超えてしまっている……とにかくそこから見える状況を教えてくれ』
冷静に努めるサカキ博士の声だったが、いつもより早口になっている。
コウタは声を荒げる。
「もうこっちに動き出してる! 何なんだよあいつら! 神機兵の制御は奪えたんじゃなかったのか!」
『……ああ。そのはずだったのだが……。こちらもわからないことだらけだ。だが、悠長に構えている時間はない』
「……」
『ここからは私の仮説なのだが……、恐らく、これまで君たちが戦ってきた神機兵は『斥候』だ。つまり今出現した神機兵が本陣というわけだ』
「な……」
コウタは歴戦のゴットイーターである。
伊達に極東支部の主力たる第一部隊隊長を任されてはいない。
例えどんな状況でも、冷静に、最適な判断を下すことができる。そういう器を持っている。
だが……。
だからこそ……。
コウタは悟ってしまった。
――この戦いに勝ち目はない、と。
「……それで、俺たちはどうすればいい」
『先ずはこれまで通り、できるだけ敵を引き付けて欲しい。そして敵の情報を逐次報告すること』
「了解」
『ああ……必ず生き残ってくれ』
急な展開に頭が追いつかない。
――30機の神機兵であれだけの苦戦を強いられたのだ。
これから、それよりも数が多く、さらに性能も異なる神機兵と戦わなくてはならない。
(生きて、帰れるのか……)
こちらの戦力は、疲労した第二、第三部隊と自分達のみ。
螺旋の樹にはブラッドやクレイドルもいるが……。
とても帰還は間に合わない。あの新型神機兵達が極東支部に押し寄せる方が早い……。
「隊長……」
エリナが、押し黙ったままのコウタに呟く。
彼女の不安そうな表情を見て、コウタは自分を恥じた。
(……部下に苦しい顔を見せてどうする。きっと「アイツ」ならこんな状況でも諦めずに戦うはずだ。……そうだ、今の第一部隊隊長は俺だ)
コウタは大きく深呼吸しながら、エリナとエミールに向き直る。
「聞いてた通り、また陽動を行う。……だが、今回はさっきとは比べ物にならないくらい厳しい戦いになる。だから……改めて命令する」
エリナとエミールは背筋を伸ばしてコウタの話を聞いている。
……実際には、コウタはどうしようもない虚しさと不安を抱えていた。だが、それは目の前の2人も同じなのだ。
――こんな時、隊長として言うべきことは一つ。
「死ぬな
死にそうになったら逃げろ
それで隠れろ
運が良ければ不意をついてぶっ倒せ
そして――生きることから逃げるな、だ」
戦場で抱くことのある、肉体と魂が冷え切ってしまうほどの過度な恐怖。
そんな時。
「戦え」でも「打ち勝て」でもなく。
「逃げても隠れても生きていればいい」と言われることで、どれだけ心が和らぐことか。
――そしてもはや伝説となりつつある、ある隊長の言葉。
「生きることから逃げるな」
命ある者に当然の如く備わっているその意志を自覚するだけで、不思議と熱い力がこみ上げてくる。
三人にもう迷いはなくなっていた。
どんな絶望だろうと、例え「何があっても絶対に勝てない」と分かっていても、……最後まで足掻いてみせる……。
――こうして、最後の戦いが幕を開ける。
前回の投稿から随分と間が空いてしまいましたが、2018/4/14から最終話までこれから毎日18:00に投稿していきます。
GODEATERの面白さ、そして私の中での大切さを、精一杯膨らませてできた物語です。
少しでも読者の心に響くものがあれば、これ以上の幸せはございません。
よろしくお願い致します。
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