第二部隊にとってそれは、厳しい戦いだった。
殺す必要がないなら、殺さない。愚かなその誓いを守り通すだけでも危ういのに、戦力差は歴然。敵のほうが、圧倒的に数が多い。
彼らは善戦するも、新型神機兵達の猛攻によって、じりじりと後退していった。
第三部隊にとってそれは、苦しい戦いだった。
構造が複雑なエイジスは、奇襲をかけやすいが、同時に奇襲をかけられやすい。
敵の数を減らさないことには、作戦を有利に進めることは難しい。
だから、無情に喰らい、殺し、自らの生を繋ぐ。
それで自分の心が張り詰めていったとしても……。
両部隊とも、戦闘開始からすでに3時間以上。
休憩を挟むこともあったが、基本的に戦い詰め。
疲労困憊。細かい傷は数知れず。
おまけに新型神機兵達はこちらの戦法を学習し、仲間で共有する。
もし、このまま全ての敵を倒す必要があるというのなら、それは不可能だろう。
いくら極東の歴戦の猛者だろうと、限界はある。
しかし希望はあった。別働隊が神機兵の制御権を奪う予定時刻まで、あと15分――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
タツミ、カノン、ブレンダンに対するは新型神機兵7機。
人類最後の壁を背に、三人は最後の力を振り絞っていた。
「ふっ……はっ……!」
防衛戦において厄介なのは飛び道具。つまり銃。
そのため、タツミは神機兵の集団にあえて飛び込み、神機兵の同士撃ちを誘うことで、銃を撃たせないようにしていた。
烈しい攻撃を躱し、時に盾で受け流す。
神機兵にとって、回避と防御に専念したタツミに攻撃を当てることは、剣で水を切るように難しいことであろう。
だが、神機兵も一筋縄ではいかない。
言葉も交わさず互いの意志を伝えることができる彼らは、水が切れないなら掬えば良いとばかりに、タツミを囲うように全方向から同時に襲い掛かる。
しかし、ブレンダンとカノンがそれを許さない。
ブレンダンはブラッドアーツによる武器破壊を積極的に狙い、敵の陣形を崩す。
カノン回復弾などで二人を援護する。
そうやって、ここまでギリギリで戦況を維持してきた。
だが、それももう限界。
「弾切れ……!」
弾切れが早くなっていることを気にしながら、カノンはオラクルを再装填する。
神機も生き物である。
通常のミッション程度なら問題ないが、さすがに数時間も酷使し続けるのは出力の低下を招く。
「くぅ、ふうう、ぐっ!」
息を切らしながら、タツミは攻撃を躱す。
いくらゴッドイーターとして常人を遥かに凌駕する身体であっても、神機兵の高度な連携を捌き続けることは、全力疾走を何本も繰り返すくらいの体力を奪われる。
すると、唐突に右足が動かなくなり、地面に吸い込まれるような感覚に襲われる。
「タツミ! いいからもう下がれ!」
日頃の訓練の成果か、ブレンダンはこの場で一番のタフネスさを発揮しており、タツミの異変を察して大声を上げる。
タツミは返事をする余裕もなく、タワーシールドを展開したブレンダンの背後に転がり込むようにして逃れる。
すると、待っていましたとばかりに神機兵の一斉攻撃が始まる。
四機の神機兵が、同時に剣を振りかぶる。
盾ごと粉砕せんとする強烈な剣撃が、濁流の如くブレンダンを襲う。
上段からの振り下ろし。体当たりを兼ねた正中突き。遠心力を伴った真横からの薙ぎ払い……。
何れも渾身。
並みの神機使いなら一撃でも吹き飛ばされかねない撃力を、ブレンダンは正面から受け止める。
「……っ……」
つま先から掌まで、一本の大木となったようなイメージで、盾を支える。
硬直する腕や足の筋肉は、このまま動かなくなるのではと思えるくらい固く張っている。
さらに、剣撃の合間を縫うように銃弾が打ち付けられ、一瞬も気を抜くことが許されない。
さすがにもう耐えきれないかと……、頭の中に弱気が浮かぶ。
だがそれを押し込み、盾に寄りかかるようにして力を振り絞ったその時、ブレンダンの背後から弾丸が放たれた。
放物線を描くようにして、盾をまたいで放たれたカノンのバレッドは、神機兵に当たることなく地面に着弾し爆発を起こす。
緒戦でカノンの威力を学習した神機兵達は、警戒して距離を置く。
「ハア、ハア、ありがとう。カノン。……今のは……少し……、ヤバかったな」
「こちらこそ、ブレンダンさんが庇ってくれなかったら危なかったです……」
ブレンダンは肩で息をしながら、装甲を解除する。
背後でタツミが、よろよろと立ち上がって言う。
「ああ……。よく耐えたな」
タツミは神機兵の攻撃は全て躱し切ったつもりだったが、いつの間にか右足のふくらはぎに大きな裂傷を負っていた。
回復錠により、体内のオラクル細胞を無理矢理活性化させることで傷を塞ぐことはできたものの、最後の一つを使い切ってしまった。
神機も、スタミナも、アイテムも、限界。
このままでは――
じりじりと距離を詰めてくる神機兵に気を配りながら、タツミはイヤホンに手を当てる。
「ヒバリちゃん、あとどれくらい持ちこたえればいい?」
『5分あれば完了するそうです! あと少しです。頑張って下さい!』
――ぎりぎり、持つか?
タツミに自信が――ある、とは言えない。
冷静に考えて、今の状況では1分持たせるのも辛い。
疲労困憊、満身創痍の自分達と比較して、目の前の神機兵達は傷一つない。
最悪、壁が破られるだろうか。
ちらりと、後ろにそびえ立つ対アラガミ装甲壁を見る。
その壁を隔てた向こう側には、何万人もの人々が暮らす外部居住区がある。
万が一に備え、大規模防衛戦に先立って、住民は避難している。
壁を破られたとしても、死人が出ることはないだろう。
だが……。
タツミは思い出す。
自分が育った外部居住区の街並みを。
みすぼらしくも、人々の生活が息づくあの景色を……大切に思う。
決して、誰かの帰る場所を壊させるわけにはいかない。
「ようっし!」
決意を新たに、タツミは最後の気合を入れる。
「最後まで、持ちこたえるぞ!」
「応ッ!」
「了解ですッ!」
ブレンダン、カノンも、極度の疲労に鞭打って、つぶれかけた喉から声を出す。
何かを守り切る。
その意志は、人を不屈とする最大の原動力なのかもしれない……。
タツミがスタングレネードを放つ。
「今だ!」
それを合図に、第二部隊は最後の攻勢に出た。
続きは明日には投稿します。