「ウオアアア……グオアアア!」
人間の声帯から発せられる限界をはるかに凌駕する怒声。
地球上においてこれほどの音圧をもたらす生物はアラガミ以外いない。しかし、それは純然たるアラガミの声でもなかった。
新型神機兵。
その声は、反射的に怒鳴り散らしただけのものではなく、戸惑い、恐れ、怒りといった剥き出しの感情を伴った「叫び」だった。
「これで……、倒れろ!」
シュンは壁を蹴りながら跳躍し、ブラッドアーツ『飛天車』を発動。
ホールドトラップに掛かった神機兵を空中で切り裂く。そして切り裂いた抗力を利用して空中に留まり、更に切り裂く。
「ァアアゥ……ァアアアァ……」
「クッ! まだ持つのかよ!」
苦悶の声を上げる神機兵。
神機兵を倒し切るにはここが好機。
一気呵成に畳みかけるシュンだったが、その表情は苦悶に満ちていた。
というのも、シュンは個人的に決めたことがあった。
新型神機兵に人と同じ「感情」があると知ったとき。
殺さなくてはいけない状況なら、せめてなるべく苦痛を与えずに事を為そうと。
こちらの攻撃に気づかないくらいに素早く喰らい、できるだけ痛みは与えない。
一対一に持ち込み罠にかけることができれば、そのくらい出来ると思っていた。
だが。
最早叫ぶことも出来ず、嗚咽のような声を漏らす神機兵を見て、自分の力の無さに辟易する。
これまでトラップやスタングレネードまで駆使して幾度も神機兵を追い込んできたが、一向に止めを刺すことができずにいた。
結果的に、じわじわ追い込む形になり、こんなにも死の苦痛を味わわせている。
それでも。
攻撃を与え続けることしか、今できることはない。
荒く叩きつけるように神機を振るうシュン。
ふと、神機兵が顔を上げる。
そして「目」が合う。
死を前にした目。
黄金色に輝く虚ろな目。
それを見て、シュンは後悔した。
見るべきではなかった。
その貌は、死を、実感をもって捉えた者だけが作る、深い絶望と孤独の色だった。
それはこの世界で幾度となく見てきた、人の断末の闇。
守ろうとして守り切れなかった人々が、アラガミに喰われる直前、こちらに最期に見せる諦めの瞳。
この瞬間、シュンは折れた。
矜持というものは、心に一線を決め、そこを越えないことで保つことができる。
しかし、神機兵が見せたものは、シュンのささやかな誇りを壊すのに十分だった。
…………
数分後、ようやく神機兵1機を戦闘不能にし、止めに入る。
この場の唯一の近接型神機使いであるシュンは、神機兵からコアを抜き取る役目があった。
だが、シュンは倒れた神機兵を前にしてただ呆然と立っている。
他の神機兵を引きつけているカレルが、こちらを何度も見てくる。
早くやれ、と言っているのだ。
「……」
体が、動かない。
腕に力が入らない。
「意志」が拒絶している。
ここで喰らったら、人間として本当に大切なものを失いそうで……。
何か、他に方法はないだろうか。
考えれば、思いつくかもしれない。
すると、カレルが大声を上げる。
「さっさとしろ! 次も敵が詰まってるんだ。呆けてる余裕はないぞ!」
「ああ……。わかってる。分かってるっつーの……」
しかし、言葉に反して尚も動かない。
それを見てカレルは声を低くして呟く。
「いい加減にしろよ……」
カレルは、アサルトの特殊アクションである「ドローバックシュート」を使って、強力な「アラガミバレッド」を連射しながら、シュンの隣に移動する。
「お前が神機兵とタイマン張りたいから叶えてやったのに、なんだそのザマは。今さら神機兵を殺すのが嫌になったか」
「……」
シュンはそっぽを向いて目を合わせようとしない。
カレルはフン、と鼻を鳴らす。
「これまで何千というアラガミを嬲り殺してきたのに、なんとなく姿形と動きが人に似ているからって神機兵は見逃すのか。ひどい傲慢だな。」
「そういうもんじゃねーよ……」
「だったら何だ。それか、自分の実力の無さに嫌になったか。ハッ。いずれにしても相変わらずのガキだな――」
ふと、カレルはちらりと横に目線を送る。
しかし、シュンはそれに気づかず、カレルに向き直って怒鳴る。
「うっせーよ! んなことは最初から分かってるんだよ。俺は……ただ……!」
「そうか。なら、死んでみるか」
その瞬間。カレルは横に転がるようにして回避行動をとる。
一方シュンは、何が起こったか把握するのに、少しだけ時間がかかった。
だが、その刹那が致命的だった。
カレルが回避した方向とは反対側から、神機兵が迫ってきており、高く掲げられた剣を今にも振り下ろさんとしている。
(……!)
盾を展開しようにも間に合わない。
ステップで移動しようにも態勢が整っていない。
唐突に訪れた死の気配に、背中を冷たい何かで撫でられたような感覚に襲われる。
あまりの「怖れ」に思考は冷え切るも、肉体の反射は生きており、身体を捩るようにして何とか避け切る。
しかし、無理に大きな動きをしたことによる反動で足がほつれ、体を崩し、後頭部を床にぶつけてしまう。
「ぐっ……」
強い衝撃。
視界が揺れる。
早く立ち上がって次の攻撃に対処しなければ、今度こそ本当に死ぬ。
しかし、腰を変に捻ってしまったのか、下半身に力が入らない。
神機兵が既に剣を掲げているのを、朧気に捉える。
あの巨大な神機による一撃なら、自分がこれまでしてきたように苦しませたりせず、楽に殺してくれるだろう。
そうすれば、戦うことで悩む必要もなくなる。
(なら、いいか)
(因果応報、ってやつか)
(……)
(……)
(……いや……)
(……死にたく……ない……)
死にたくはない。
死にたくはないのだ。
リアルな死を前にして、初めて鮮烈に「生きている」ことを実感する。
俺は今、ここで、呼吸して、身体に血を廻して、考えて、「存在」している。
それを消したくない。なくしたくない。
そのためには……
「生き……たいんだ!」
もう、立ち上って対処する余裕はない。
しかし、シュンの「意志」に呼応するかのように、神機が蠢きだす。
ギュルギュルと音を立ててプレデタースタイルに変化した神機は、「捕食口」を蛇のようにくねらせて、神機兵に喰らいつく。
「ボギッ……グジュ……ゴギュ……」
「……」
神機兵を咀嚼する、おぞましい音。
シュンはそれを聞きながら、いつの間にか横に立っていたカレルに言う。
「お前のせいで死にかけたぞ……」
「バカ言え。よく見ろ」
言われた通りに神機兵に目を向けてみる。
そこでシュンはやっと自分の愚かさに気付く。
「……なんだよ。最初から……」
つい、溜息が漏れ、頭を下に向ける。
神機兵が今にも剣を掲げ、襲いかかって来ているのかと勘違いしたが、その実、神機兵はホールドトラップにかかっており、身動きが取れない状態だったのだ。
恐らく、カレルが回避行動を取った時に、シュンに気づかれないくらいの滑らかな動きで罠を仕掛けたのだろう。
それに自分は気づかず、大げさに避けて転んだ挙句に、命の危機まで感じていたのだ。
(ああ、くそ。ホント恥ずかしい……)
必死になった自分がバカみたいだ。っていうかバカだ。
悔しさで顔が歪む。
それと、自分を騙したカレルに腹が立つ。
しかし、そのカレルはこちらに手を差し伸べながら言った。
「くだらない、非効率的な迷いは捨てられたか?」
見上げると、カレルは目線を合わせず、残りの神機兵を一人で引きつけているジーナを見続けている。
「近接型神機使いのお前がいなければ、俺もジーナもいつか負ける。だから、お前が欠けることは許さない。わっかたらさっさと立て」
「……」
正直、まだ新型神機兵とは戦いたくない。
だが、一つだけわかった。
さっきの「死」の感覚を思い出すと、怖れとともに、なにか酷く慌てた衝動がこみ上げてくる。
そして、俺がこのまま座ったままでは、カレルやジーナ、そして背中にいる極東支部の人々に同じ怖れを味わわせることになる。
それは駄目だ。
それはいけない。
だから、今の俺に神機兵を殺す理由はないけど、戦う理由はある。
……言ってしまえば、これは言い訳だ。
自分で決めた綺麗事すら守り通せない、そんな弱さと向き合うための口実だ。
神機兵を殺すことはしたくないけど、自分と仲間は「死なせたくない」。
そんな理論を受け入れることによって、俺は傲慢で汚い捕食者に成り下がる。
でも、それが一番「確か」なことだったのだ。
「やっぱ、お前のこと嫌いだ」
そう言って、シュンはカレルの手は借りずに一人で立ち上がる。
そして神機兵を喰らい、すっかり元の状態に戻った神機を見て呟く。
「……行くぞ。俺は生き続ける」
そんなシュンを見ながら、相変わらず冷めた目をしてカレルは言った。
「……ったく、手間のかかる……」
二人は、ジーナが戦っている元へと走り出した。
今回は書いてて苦しかったです。
でもこの作品でも大事なシーンなので、頑張って書きました。
感想、評価、お待ちしています。