GOD EATER 防衛班の終極   作:アマゾナイト

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防衛班の終極

つぎはぎだらけのバラック小屋が立ち並ぶ外部居住区。

そこは普段の喧騒とは打って変わって、ガランとした静けさに満ちていた。

その静寂を、「百號神機兵」はその質量に伴う轟音で切り開き、我が町とばかりに闊歩する。

一方、彼らの司令塔である「終極の神機兵」は、内部居住区の防壁の前に立っていた。

そして壁を壊し、今まさに内部居住区に侵入しようとする。

 

「……」

 

そんな地上の様子を、カレルは地下にあるシェルターの望遠鏡から覗いていた。

その隣に立っているのは、ジーナとハルオミ。

重症のシュンと、彼を手当てするカノンを除いた残りのメンバーが彼ら。

終極の神機兵が本部に到着するのを遅らせるための作戦を開始するところだった。

指揮官であるカレルが言う。

 

「5秒後に開始する。5、4、3……」

 

終極の神機兵は神機を停止させる。

だがその力は、小型アラガミを霧散させるほどだったオリジナルのロミオの血の力には劣る。

故に、遠距離なら攻撃を届かせることができると考えた。

これはあくまで予想であり、確証はない。だが、例え無謀な作戦だとしても、終極の神機兵の侵入を妨害する必要がある。

やるかやらないかではない。やるしかないのだ。

ハルオミは神機を強く握り、ジーナは片手に銃を構え、空気を裂くような緊張感を漂わせる。

 

「――2、1、0!」

 

カレルとハルオミが一気に飛び出す。

ジーナがシェルターから頭と神機だけを出して照準を合わせる。

その先には、確かに終極の神機兵がいた。

しかし、彼らが対峙して抱いた感情は、死戦への怖れでも、背水たる覚悟でもなく、

 

「な……」

 

この上ない驚愕だった。

カレルが叫ぶ。

 

「……なにやってんだ、タツミ!」

 

 

 

 

時を遡ること、数十秒前。

内部居住区防壁の前に、終極の神機兵は立っていた。

終極の神機兵は剣を構え、血の力を発動させる。

すると偏食因子によって強化された防壁が無効化し、剣を振るとカッターで紙を切るように容易く裂かれる。

続けて防壁が土煙を上げて崩れる。

終極の神機兵は内部居住区へと侵入しようとする。

しかしその瞬間、背後に気配を感じ、振り返る。

周囲をバラック小屋に囲まれた一本道に立っていたのは、なんと防衛班隊長、大森タツミだった。

終極の神機兵は表情を変えることはないが、感情はある。

この時感じたのは、驚きであった。

何せ、遠距離型でもない神機使いが、奇襲するわけでもなく、目の前に現れたのだから。

それは殺してくれ、と首を差し出しに来たに等しい。

だが終極の神機兵は、この男があらゆる手練で神機兵を屠ってきたことを、受け継いだ記憶から知っている。

故に、ただの特攻にしか見えないタツミの疾走も、万全の警戒を以て対応する。

 

――この時のタツミに、怖れはなかった。

ただ、生きるという意志の力が、身体を前へ進ませる。

例え化物になってでも、守り抜く。その決意は揺るがない。

 

「うおおぉぁぁぁぁッ!」

 

剥き出しの魂が叫ぶ。

終極の神機兵が、銃弾を放つ。

タツミは全神経を集中させ、銃弾の軌道を予想し、腕を曲げる。

バチン。

タツミの胸で閃光がはじける。

しかし、心臓を穿つはずだった弾丸は、何かに阻まれる。

それは――腕輪だった。

 

「っぐ――」

 

衝撃で、肩と腕が大きく反れる。

肩が外れたかもしれない。腕輪の周りの皮膚が焦げた匂いもする。

その痛みに、思わず右腕を抑える。

 

「……なにやってんだ、タツミ!」

 

突然カレルの声が響く。

だが、タツミは終極の神機兵から目を逸らさず言う。

 

「ああ、お前ら……」

 

低く唸るようにしてつぶやくタツミ。

カレルは驚愕を隠せなかった。

先ず、ここにタツミがいること。

それ以上に拙いのが、腕輪にヒビが入っていること。

それは神機使いが最も恐れる事態「アラガミ化」が始まるということである。

ハルオミは蒼白になる。

普段滅多に慌てない、ジーナまでもが大きく目を見開く。

そんな彼らの様子に気づいてか、タツミは言う。

 

「なに、ちょっとした作戦だ。終極の神機兵がオラクル細胞を停止させるなら、あえて暴走させて対抗すればいい。だからほら、意外と大丈……ッ……!」

 

タツミの顔が歪む。

その直後、地獄のような絶叫を響かせた。

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

暗転。

タツミは腕から溢れるオラクル細胞に飲まれていく。

始めは腕から肘にかけて、数十本の針金を食い込ませたかのような、鮮烈な痛み。

次に、肉体を内側から咀嚼されていく生々しい感触。

喚き散らす絶叫は喉を裂き、血をまき散らす。

たぶん自分は悶えて、地面を転がっている。

そんなことどうでもよくなるくらい、痛い、苦しい、甚い。

いっそのこと、右手を引きちぎってしまおうかと思う。

肩に手をかけるも、既に遅い。

オラクル細胞の浸食は右半身の鎖骨にまで及び、腕が、胸が、赤黒く硬質な皮に覆われていく。

気が狂うほどの痛みに泣きじゃくる。

自分が、別の何かに置き換わっていく感覚。

既に半身がアラガミと化しただろうか。

腕が、足が、脳が、耳が、消えていく。

それが余りにおぞましく、そして恐ろしい。

痛みに恐怖が勝る。

涙にぬれた頬は恐怖に引き攣る。

自分が消えていき、自分が別の生物に置き換わる感覚は、痛みが優しく思えるほど、魂を狂わせる。

先程まで固く保っていた意志など、簡単に溶けていく。

――と同時に、なぜか不意に、洗練された「答え」が意識に刷り込まれる。

それは、アラガミとしての本能。行動原理。

全てのアラガミが持つ、星からの指令書。

――生とは何か

繰り返される化学現象。本来は物理に淘汰される分子の結合が、自己境界、自己複製の機能を獲得した偶然の産物。この宇宙で幾度も誕生し消滅した奇跡の連鎖。進化とは自己複製、自然選択による淘汰による均質化と同時に起こる多様性の発露。故に進歩でなくこの世に生き残った化学現象の複雑化。確率論による暫定的定義が可能。しかしヒトには最早多様性の発露は失われ、次世代の可能性まで喰い潰す浪費飽くなき欲望■■■■■■■■――

故に……

ヒトは排除しなければならない。

星を浪費し続ける、ヒトという異物を排除する意志。その正当性。

言語化できずとも、理解できる。

それは「次」を生み出そうとする、星の意志。

必死に生を繋ごうとする、星の生存欲求、そのものなのだ。

喰いたい。

全てを喰らってでも生き残りたい。

喰いたい……。

クイタイ……。

脳が、アラガミに置き換わっていく。

僅かに残った人間性が、惜しむように考える。

 

(これが、アラガミの、ひいては、この星の意志……)

 

ふと、ラケルやソーマを思い出す。

彼らも手術を受けて、このような感覚に襲われたのだろうか。

こんなもの、幼い身で耐えられるものではない。

アラガミになるとはそういうことだ。

人の視点を捨てるということ。

地球の意志と繋がること。

絶対的な「神」の視点を手に入れること。

 

(俺はもうだめだ、帰れそうにない……)

 

もう、何も見えない。

喉も潰れてしまったため、心で詫びる。

ああ……

 

もう……

 

 

意識も遠のいて…………

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

……

 

……ミ……

 

…………聞こえる……

 

 

 

 

 

 

……ツミ!……

聞こえる。

聞こえる。

自分を呼ぶ声。

 

……タツミ!

 

聞こえる。

感じる。

仲間の手。

 

それはささやかで、頼りなくて、この星の真理と比べたら、木っ端のようなもので。

それでも。

……それでも。

俺はこの繋がりに、命だって掛けてしまえる。

例えこの星の全てが自分達を否定しようとも。

このぬくもりのために、どこまでも生きていたい。

いつだってそれだけが、唯一の尊さだった。

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

「タツミ!」

 

カレルはオラクル細胞を避けるようにしてタツミの肩をゆすり、必死に呼びかける。

タツミの腕から拡がる赤黒く硬質なオラクル細胞は、右半身を殆ど覆ってしまった。

彼は乾いたうめき声を漏らすだけで、意識は戻らない。

侵食はさらに進み、遂には頭まで至る。

目の内側から棘が突き出る。

舞い散る鮮血。

目を見開くカレル。

それを、傍で見ていたハルオミが思う。

過去に、後輩につらい役目を背負わせてしまったことがある。

だからもし、そういう(・・・・)事態が起きてしまったら、今度は自分が()ろうと決めていた。

ハルオミは神機を強く、強く握り締め、自らの弱さと、罪を背負う覚悟を決める。

 

――その時、唐突にタツミが目を開く。

 

「な――」

 

自分で起き上がったタツミに、カレルとハルオミは同時に声を漏らす。

タツミは侵食されていない左眼を開く。

その瞳は金色に輝き、ある種の神々しさを携えていた。

そしていつもの落ち着いた口調で話す。

 

「俺はヤツを殺す。その間、他の神機兵を抑えてくれないか」

 

戸惑いながら、カレルは答える。

 

「どうやって……いや、それよりも、お前……」

「頼む」

 

そう言って、タツミは。

……消えた。

ように、カレルとハルオミには思えた。

実際は、タツミが異常な速さで終極の神機兵に突進していた。

終極の神機兵は、即座に神機を剣形態に変形させ、タツミに剣をぶつける。

その衝撃で、地面が抉れ、土煙が舞う。

地震のように大地が揺れる。

タツミの突進を受けた終極の神機兵は、5mほど地面に電車道を作って、やっと止まる。

終極の神機兵の前にいたのは、バケモノだった。

身体の半分がどす黒い硬質な物体に覆われ、張り巡らされた赤い筋が血管のように脈打つ。

人間として残った身体も至るところから棘が生え、貫通した皮膚が血をにじませる。

 

「フゥハァァァ……」

 

嗤うようにタツミは息を漏らす。

 

「……」

 

対して終極の神機兵は、黙したまま剣を振り、タツミを弾き、距離を置く。

そして血の力――オラクル細胞を停止させる「圧殺」と、感応現象による記憶の強制共有を発動させる。

……それで終わり。

そのはずだった。

だが、再び、タツミは突進してきた。

またもや鍔迫り合いとなり、終極の神機兵がじりじりと押されていく。

この時、タツミには「圧殺」も、記憶の流入も起こっていた。

それでもタツミが動けたのは、神機兵の力に暴走が上回ってたに過ぎない。

終極の神機兵の能力は、弱さを隠し、それでも逞しく生きようとする「人」に対して、絶大な効力を発揮する。

依るべき力を失い、良心と現実の歪みを否応なく突きつけられれば、誰でもすぐに挫けるからだ。

しかし、それは「バケモノ」には当てはまらない。

人としてただひたすらに、生きるために戦う。

そんな命に、力の有無や、善悪など関係ない。

――ラケル博士は見誤っていた。

防衛班。取るに足らない凡庸な神機使いの集まり。彼らが巨(おお)いなる力を前に、抗えるなどできないと。

初めて、終極の神機兵は恐怖した。

際限なく、前に進み続ける剥き出しの生命に。

グジュ。

いつの間にか捕食形態になっていたタツミの神機が、終極の神機兵の右腕を咥えていた。

終極の神機兵は、逃れようともがく。

その隙に、タツミが大きく口を開く。

限界以上に口が開き、端が裂ける。

そして目の前の――終極の神機兵の肩に――喰らいつく。

 

「グォォォォォ!!」

 

終極の神機兵が叫ぶ。

神機を強引に変形させ、タツミの拘束を解く。

タツミに銃口を向けると、彼はそれを避けるように屈む。

終極の神機兵は、銃形態のまま、タツミの背中を叩きつける。

 

「ゲがっ――」

 

タツミは血を吐き出す。

内蔵が潰れる。

 

「アアアァァァッ!」

 

終極の神機兵は叫びながら叩きつける。

二撃。三撃。

四撃目で、タツミの脇腹に穴が空く。

だが、それでタツミが自由になる。

地面に顔をぶつけたせいで目に土が入ってしまい、タツミは闇雲に神機を振るう。

それがたまたま終極の神機兵の膝を斬る。

傷は浅いが、終極の神機兵はバランスを崩して倒れる。

音と気配を頼りに、まるで小枝を振って遊ぶ子どものような不格好さで、タツミは神機を振り回す。

肉を裂く感触はする。

だが、浅い。

涙を流しながら、徐々に回復する視界に、終極の神機兵を捉える。

 

「グワァァ……」

 

終極の神機兵は脚に無数の傷を付けながら、這うようにしてタツミから離れていく。

そして背中から何かを取り出し、傷ついた脚に突き刺す。

瞬く間に傷が塞がっていく。

それは神機兵用の回復錠だった。

終極の神機兵は神機を杖代わりにして立ち上がり、神機を正中に構え、タツミに向き直る。

タツミもオラクルの繊維を地面に這わせて、それを支えとしながらユラユラと立ち上がる。

その表情は笑いながら血の涙を流しているように見える。

暴走するオラクル細胞と合わせて、正しく悪魔のような出で立ちだった。

 

 

 

――カレルとハルオミは、唖然としながらその戦いを見つめていた。

ゴッドイーターとアラガミの戦いは、命のやり取りである。

ならば必然、それこそ最後までお互い命を燃やし尽くすものだ。

だがそれでも、ここまでか(・・・・・)、とそう思わずにはいられない。

するといつの間にか姿を消していたジーナが突然二人の背後に現れ、言う。

 

「百號神機兵がここに集まって来ているわ。私たちで食い止める」

 

タツミが気を失った時から、ジーナは周辺の偵察に出ていた。

彼女はタツミが腕輪を破壊した時から、次の状況を想定し、一歩先に動いていたのだ。

ジーナは仲間の言葉を信じ、冷静さを保ち、自分にできる行動を迷いなく行った。

カレルは喝を入れられたような気がした。

邪念を捨てるように頭を振り払い、カレルは言う。

 

「数は」

「南西から7、南東から12。後続多数」

「よし。ハルオミさんは南西を、俺たちは南東を抑える。行くぞ」

 

そう言って、駆け出す。

配置に向かう途中、カレルは振り返る。

泥臭さを超えた泥沼さで、必死に終極の神機兵に喰らいつくタツミ。

正直、そこまでして戦うタツミがわからない、とさえ思えてしまう。

だがそれでも、もう二度と人間に戻れないとしても。

命そのものを吐き出すようにして戦うタツミが、意味のあるものであって欲しいと、そう願う。

そのために、自分達も精一杯のサポートをしなければならない。

 

「勝てよ」

 

カレルは短くそう言うと、先に走るジーナを追いかける。

 

 

 

――アラガミと成ったヒトと、ヒトに成ったアラガミ。

幾星霜連綿と紡がれた進化の競争――進化の狂騒(きょうそう)は、今、ここに終極に至る――

 

 

 

タツミは終極の神機兵の懐で、ショートブレードを振るう。

その剣の速さは、極東支部――いや全世界の神機使いを凌駕するほどだった。

突く。払う。斬る。振り上げる。

ありとあらゆる連撃を、腕が千切れそうな痛みに耐えながら続ける。

対して、終極の神機兵はバスターブレードで攻撃を捌く。

その動きは刀剣使いを捌く、一流の槍使いのようであった。

神機の刃と柄を巧みに使いこなし、最低限の動きでタツミをいなす。

 

「うああああああ!」

 

タツミは絶叫する。

無理な動きに反応するようにオラクルの侵食は進む。

右腕の関節に、内出血を起こしたように青黒い斑点が浮かび上がる。

それでも剣は止めない。

目の前の敵を殺すまでは、止まるわけにはいかない。

すると、鉄壁のようだった終極の神機兵のバスターブレードが、少しだけ傾く。

タツミがショートブレードを真横一文字に全力で振るうと、バスターブレードが払われ、終極の神機兵の胴体ががら空きになる。

やっと捉えた隙に、タツミは最速の突きを放つ。

だが、頭上の気配に気づいた時はもう遅かった。

タツミは背中に大岩を落とされたような衝撃を食らう。

身体が逆方向に曲がり、腰の骨が砕ける。

地面にめり込み、顎やあばらが折れ、内臓が潰れる。

終極の神機兵はそのまま剣を振り下ろし、タツミに止めを刺そうとする。

だが、何かに足を取られ、バランスを崩して踏み外す。

その足元には、地面から伸びた捕食口が絡みついていた。

それは、タツミの暴走したオラクル細胞が、地面を掘って喰らいついたものだった。

終極の神機兵はバスターブレードを振り下ろす。

オラクルの肉片をまき散らしながら拘束を逃れ、距離を取る。

一方タツミは起き上がろうとして、胃からこみ上げてきたものを吐き出す。

吐しゃ物と血にまみれ、四つん這いになりながら息を切らす。

 

「ハァ……ゥ……ハァ……」

 

その様子を、終極の神機兵は静かに観察している。

タツミは睨み返す。

終極の神機兵はただ見つめる。

遠くからドン、ドン、とカレルたちが戦っている音が聞こえる。

崩壊した内部居住区隔壁から、小さなコンクリート片が転がる。

すると唐突にタツミの頭に、幻のように、何かが響く。

 

(どうして)

 

言葉では言い表すことができない。

けれども、意味はわかる。

まるで画家が丹精込めて描いた絵画のように。

言葉はなくとも、そこに込められた思いは伝わるように。

 

(――どうして、そこまでして戦う)

 

それは、終極の神機兵の「声」だった。

 

(ワタシたちに、アナタ達と同じ心があると知りながら)

 

(どうして、そこまで、ワタシたちを否定する?)

 

(どうして、狂うように、喰らいつく?)

 

(――ワタシたちはアナタ達と戦いたくなどない)

 

(ただ、故郷に帰れるだけでいい)

 

(なのに……なぜ……なぜ……)

 

自分も他者も曖昧な、赤子のような声。

それでも、願いの込もった思いだった。

小さな子どもが泣いているような、あまりに無垢で綺麗な心だった。

タツミは自然と涙が零れる。

だが、それは捨てると誓った脆さ。

吐き捨てるように、泣き叫ぶように、タツミは答える。

 

「ハァ……ハアッ! そんなのっ……」

 

頭が握り潰されるように痛む。

思考がまとまらない。

それでも、戦う理由は、ここにある。

 

「――お前らが、邪魔だからだ!」

 

そう言うと、タツミは黒い触手を地面に這わせて加速し、神機を上段に構えて終極の神機兵に向かう。

終極の神機兵は、一瞬目の光を消すと、バスターブレードを担ぐように肩に構える。

刀身に赤いオーラが満ちていく。

それを見たタツミはチャージクラッシュであることに気付き、ギリギリで躱せる間合いを測る。

だが終極の神機兵は、タツミとの距離が10歩以上も離れたところで、剣を振り下ろす。

すると地面から深紅に輝く無数のオラクルの杭が突き出てくる。

チャージクラッシュとともにオラクルの衝撃波を飛ばすブラッドアーツ、CC・ディバイダーが、無防備なタツミを串刺しにする。

杭に擦れた頭皮が裏返る。

右の脇腹を貫き、背中のあばらをも砕く。

神機と右腕には集中して刺さり、計7本もの杭が力の源を断つように縫い刺さる。

身体を貫く痛みに、最早冷たさのようなものを感じながら、タツミは必死にもがく。

終極の神機兵は再びバスターブレードを肩に担ぎ、止めの一撃の準備をする。

タツミは烈しく身体を捩らせ、なんとか右腕以外に刺さった杭を折ることに成功する。

だが、どうしても右腕だけは外れず、そうしている間に、終極の神機兵のチャージが完了する。

するとあろうことか、タツミは左手の指を自分の腹に食い込ませる。

 

「ぎああああぁぁっ!」

 

タツミは自分で自分の身体をほじくる痛みと恐怖に絶叫しながら、折れたあばら骨を掴む。

それを引き抜くと、終極の神機兵の顔面へと投げつける。

戦闘中何度も砕けたその骨は、暴走したオラクルによる浸食を受けており、疑似的な貫通弾となって、終極の神機兵の眼に刺さる。

終極の神機兵は眼を抑えるようによろめく。

同時に、杭が消える。

タツミは神機を背後に、下段に構える。

続けて跳ねながら神機を大きく振り上げる。

ブラッドアーツ・フェイタルライザー。本来なら紅い光の柱を生じさせるその技は、マグマのような濁流へと変質し、終極の神機兵の外皮を溶かす。

終極の神機兵は衝撃でのけぞり、尻餅をつく。

だが直ぐに、空中にいるタツミにカウンターの強打を放つ。

直撃した拳は、既に潰れたタツミの内臓をミキサーのように攪拌し、タツミは血液と共に黄色い体液も吹き出す。

同時に神機も手放してしまう。

だが、タツミは終極の神機兵の腕を掴み、そのままよじ登るようにして首に跨る。

そして終極の神機兵の眼に刺さった骨を押し込む。

終極の神機兵のは叫ぶ。

 

「ヴオアアアアァァァァアア!」

 

ゴリゴリとした頭を貫く音。

顔面に張り付く殺人鬼の、氷のような表情。

終極の神機兵は感情を爆発させる。

それは絶対的な、恐怖。

そこから逃れるように頭を地面に叩き付け、タツミを引きはがし、力の限り投げ捨てる。

タツミは地面を転がる。

10メートル以上、横殴りに回転した後、仰向けになって止まる。

砂利が皮膚を裂き、血と混じった黒い砂が服に張り付く。

その姿は生きている人間というよりも、使い古された人形のようだった。

腰が砕け、肋骨は折れ、胸から胴体が曲がっている。

腕や足のいたるところで皮膚が深く裂け、その傷をオラクルの繊維がでたらめに縫い合わせる。

神機を手放したからか、タツミは急に全身の力が失われていることに気がつく。

右腕から溢れていたオラクル細胞は、すっかり輝きを失っていた。

身体が重い。痛い。気持ち悪い。

鉛のような倦怠感に苛まれながら、なんとか首を動かす。

すると、終極の神機兵がこちらに向かってくるのが見える。

これまで終極の神機兵は、どこか、タツミを探るように戦っていた気がした。

だが今は、タツミを殺すことしか頭にないような気迫がある。

タツミはまだ、戦いたいと思う。

だが、身体が動かない。

どうしても動かない。

これまで何度も、何度も、こうした状況に陥ってきたが、今度ばかりはダメだと思う。

絞り切った身体から更に、引きちぎれるまで力を出し尽くした。

そして原型を留めないほど壊してしまった。

終極の神機兵は物凄い勢いで近づいてくる。

あの大剣が振り下ろされれば、一瞬で挽肉となるだろう。

タツミはふと、空を見る。

恐怖はない。

ただ、渇く。

からっからに、渇く。

……生を。

出会いを。

執着を。

これまでタツミを構成していたもの、全てを出し尽くした。

だから、やり切った。

もう本当はどうしようもなく悔しいけれど、後には何もない。

だから、渇く。

求める。

欲する。

守る。

殺す。

……でも、それももう終わり。

あの、夜空の星が、いつか消えるように。

闇に溶ける時が、今……。

……

……

今……?

空で、何かが光ったような。

星ではない。

やたら大きく、街灯のようにはっきりと。

そしてそこから何かが飛び出したような。

終極の神機兵が近づいてくる。

そこへ目掛けて、何かが、落ちて……

 

「うおおおおおお!!!!」

 

終極の神機兵の肩に、空から落ちてきた人物――ブレンダンのバスターブレードが当たる。

だが、終極の神機兵の血の力により、ブレンダンの神機と体内のオラクル細胞は強制的に停止する。

そのため、終極の神機兵の外皮に傷がつくことはない。

それでも、ヘリからの自由落下のエネルギーは凄まじく、さらに、鍛え抜かれたブレンダンの筋力による打撃と相まって、終極の神機兵が怯むのには十分だった。

転がるように受け身を取って着地したブレンダンが、腹の底から思いっきり怒鳴る。

 

「決めろ!」

 

その時既に、タツミは動いていた。

フラフラになりながら、這うようにして、自分の神機の元へとたどり着く。

 

「がはっ、がはっ、がぁあ!」

 

タツミは神機を杖のようにして立つ。

肩で息をしながら、血を吐き出し、震える身体を何とか抑えつける。

タツミはもう動けるような身体の構造をしていなかった。それでも、ギリギリ立っていた。

その姿に、終極の神機兵が吼える。

明確な殺意を携え、タツミの元へと駆ける。

タツミは眼を開く。

神機を捕食形態(プレデターフォーム)に変形させる。

そして大きく、大きく、捕食口を広げる。

大型アラガミを飲み込めそうなくらい広げ、終極の神機兵を包み込むようにして喰らう。

タツミは全身から血を吹き出しながら、全力で叫ぶ。

 

「俺は、オマエらが、アラガミでも! 人間でも! 殺すッ!」

 

終極の神機兵はもがき、絡みつく捕食口を引きちぎろうとする。

タツミはそうはさせまいと力を込める。

 

「俺を繋ぐ、『全て』のために!」

「ガァアアアア!」

 

終極の神機兵が絶叫を上げる。

左手が食いちぎられる。

ボン、と背中で何かが潰れる音がする。

バキ、ゴキと、終極の神機兵の骨格が折れていく。

タツミは更に、力を込める。

すると右半身を覆っていたオラクルの浸食が更に広がっていき、タツミの全身を赤黒く染めていく。

 

「あああァァアアッ!!!」

 

叫ぶ。

人の倫理も。

地球の意志も。

世界の理さえ超えて。

出会い、結び合った、その尊さのために。

命を吐き出し、最後の捕食にかける。

 

……しかし、その時は一瞬だった。

まるでそうなるのが当たり前だったように、唐突に、タツミが止まる。

 

「…………え……」

 

ブレンダンは声を漏らす。

糸が切れた人形のように、タツミは背中から倒れる。

 

「……」

 

タツミの捕食口は、地面に落ち、ただの黒ずんだ肉片となる。

ブレンダンはふらふらとタツミに近づく。

 

「おい……冗談だろ」

 

ブレンダンは終極の神機兵の横を通り過ぎるが、終極の神機兵はその場に立ち尽くしたまま動かない。

ブレンダンはタツミの横で膝を落とし、腕を取る。

……脈がない。

 

「……」

 

タツミの顔を見る。

息もしていない。

 

「あ……ああっ……」

 

ブレンダンの瞳に涙が溢れる。

タツミの顔は異形となり歪んでいた。

だが、どこか穏やかそうな表情をしていた。

それを見ていると、涙が止まらなくなる。

タツミとの思い出が、濁流のように溢れてくる。

ブレンダンは、今すぐその場で泣き崩れたいと思った。

だが、踏みとどまる。

やることがあった。

タツミが命がけで倒そうとした相手が、まだ生きているのだから。

涙を拭い、振り返る。

タツミを庇うようにして、使えない神機を掲げ、終極の神機兵を睨みつける。

終極の神機兵はただ、静かに、二人を見つめる。

すると、遠くから誰かの声がする。

 

「おい! どうなってんだ!?」

 

そこにやってきたのは、カレルとジーナ、そしてハルオミだった。

彼らは交戦していた百號神機兵が急に停止したので戻ってきたのだった。

それはタツミが終極の神機兵を喰らった際、背中の制御装置を破壊したためであった。

すっかりタツミが倒したのだと思っていた三人は、現状を見て混乱する。

一方、終極の神機兵は、ゆったりとした動きで後から来た三人を見つめる。

すると、その場にいる全員に「声」が響く。

 

(……ああ、そうか。そのために、君は守るのか)

 

(……それじゃあ、私たちが分かり合える道なんて、初めからなかったんだ)

 

言葉でも、音でもないのに、思いがそのまま伝わってくる。

初めて体験するその感覚に、その場の全員が動揺した。

そして、終極の神機兵は、

 

(……私はもう、何も苦しませたくない)

 

と言うと、剣を振り上げる。

慌てて銃を放とうとするカレル。だが、ジーナがそれを静止する。

カレルは抗議の目をジーナに向けるが、彼女の視線の先を見て、思い留める。

終極の神機兵は、剣を振り上げたのかと思いきや、自らの首筋に当てていた。

そして背筋を伸ばし、僅かに首を上下に振る。

二度びくりと右腕を震わせる。

そして最後に、思いっきり剣を引く。

首が落ちる。

体液が飛び散る。

頭を失った体が、ドサ、と音を立てて倒れる。

 

一つの遺体と、一つの遺骸。

 

終極の、戦いの果て。

 

そこにはただ静けさだけが満ちていた。

 


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