GOD EATER 防衛班の終極   作:アマゾナイト

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-the all-

夕陽と夜の色が混じり合う、薄い紫の空。

そこに響く小さな破裂音。

極東支部の外部居住区に進行するため、居住区の外壁を通過している最中だった百號神機兵達は、音の発生源である頭上を見上げる。

微かな異常に、彼らは身構える。

聞こえてくるのは、鉄筋コンクリートが軋みをあげる不気味な音。

瞬間。壁が崩れ出した。

数トンもの瓦礫同士がぶつかり合い、重力という加速を以て降りかかる鉄の雨は、壁の下にいた百號神機兵をあっけなく圧し潰し、その周りにいる神機兵を飲み込んでいく。

 

「…………」

 

隊列の後方にいたために崩落から免れた百號神機兵の司令塔――「終極の神機兵」は、その様子を静かに見つめる。

髑髏の面に空いた瞳は暗く、まるで底がない。

石像のように静止していた「終極の神機兵」だが、何かに気づき、唐突に振り向く。

その先には自分達の「敵」、ゴッドイーターが立っていた。

それぞれ違う神機を持ち、違う特徴をした「人間」たち。

その中の、白いシャツを着た男が言う。

 

「……いくぞ」

 

ゴッドイーターは一斉に「終極の神機兵」に向かってくる。

その様子を「彼」は、ただ、静かに見つめる。

そして自らの腕と融合した神機をゆっくりと構える。

 

――斯くして、極東支部の全てを賭けた最後の戦いが、ここに火蓋を切って落とされた。

同時に、ヒトと落ちたる神の兵達との、永い、永い戦いが終結する。

そこに慈悲などなく。

初めから意味など存在せず。

……貌の違う者同士に横たわる、どうしても分かり合えない摂理。それが争いというものを引き起こすのなら。

この争いに勝者はなく。

この争いの敗者は、理という歯車に挽かれた全ての生命。

 

――故に、「彼ら」は知ることとなる。

誰かを守ること。

そのために誰かを「喰らう」こと。

その意味を……。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「よしっ! 上手くいった」

 

それと同時刻。

外部居住区の防壁の上から、カレル率いる地上の部隊が「終極の神機兵」と交戦に入った様子を確認し、タツミは拳を握る。

 

「ブレンダン、そっちはどうだ」

 

タツミが監視する「創傷の防壁」と呼ばれるフィールドとは反対側、外部居住区に爆破前から侵入していた百號神機兵を見て、ブレンダンが答える。

 

「崩落から逃れた者は、瓦礫をよじ登ってきているな……」

 

一般の「神機兵」よりもなお黒い骨格に、神融種に特徴的な髑髏面を被った人型のアラガミである「百號神機兵」。それらが2、30体が這うようにして登る様は、まるで自分達を引きずり込もうとする地獄の亡者のようである。

圧倒的な数のアラガミと相対すると「生きて帰れるのか……」といった虚脱感を感じる事がある。しかし、百號神機兵にはその感覚に加えて、問答無用で死を押しつけてくる不気味なオーラがある。

背筋がひやりとするのを感じながら、ブレンダンは努めて冷静に分析する。

 

「……いくら百號神機兵とはいえ、よじ登るのには時間がかかっているな。これなら、地上部隊の攻撃が邪魔されることはない。あとは……」

「……あいつら次第、か」

 

タツミは戦場を見つめる。

すると、そこでは既に「終極の神機兵」と地上部隊との戦いは佳境に差し掛かっていた。

ゴッドイーター達は「終極の神機兵」の取り巻きの百號神機兵を二体倒し、一斉に「終極の神機兵」に攻撃を仕掛けている。

作戦は順調。このままいけば、確実に彼らを止めることができる。

 

「タツミ。ここにいては百號神機兵に気付かれる可能性がある。安全圏まで離脱するぞ」

 

タツミは最後まで戦いを見届けたかったが、ブレンダンに従うことにする。

 

「ああ、そうだな」

 

そう言って、予定していた避難所に向かうためタツミが振り返ろうとした、その時。

 

(……!)

 

視界に飛び込んできた違和感に、タツミは驚く。

 

(今、『終極の神機兵』が、こっちを見たような……?)

 

「終極の神機兵」はゴッドイーターの激しい攻撃をなんとか捌いている。とてもこちらに目をやる余裕などないように見えるが……。

 

(……)

 

なぜか、寒気がしてきた。

あの髑髏面の、夜の海のように底抜けに暗い眼空に見られたことが、酷く恐ろしくてならない。

「終極の神機兵」は知性の高い個体だ。

今窮地に陥っていることくらい、はっきり理解しているはず。

そんな命の瀬戸際の状況で、窮状を打破する手がかりを探すのではなく、また逃げる道を探すのではなく、ただ、タツミを「見た」。

その行為がどれほど異質で、どれほど場違いなことか。

 

「どうした、タツミ。早く行くぞ」

 

途端に動かなくなったタツミに、ブレンダンは声をかける。

だが、タツミの青ざめた表情を見て、ブレンダンも身を固くする。

タツミは戦場を見つめながら言う。

 

「少し待ってくれ。……何だか嫌な予感がする」

 

依然、激しい攻撃を繰り返すゴッドイーター達と、剣と銃弾を躱し続ける「終極の神機兵」。

黄昏の空は既に暗く染まり、夜の闇が拡がっていた――。

 

 

 

 

「攻撃を止めるなっ!」

 

指示を出すカレルはガトリング式のアサルト弾を止めることなく吐き出しながら、周囲を見渡す。

百號神機兵の「露払い」をしているのはハルオミとカノン。最初に取り巻きの二体を倒し、今は崩落から逃れた百號神機兵が近づかないよう戦っている。

本命である「終極の神機兵」と戦っているのは、シュンとエリナとエミール、そして後方支援としてジーナとカレル。

カレルは戦って初めて気づいたが、流石に制御装置を搭載している個体だけあって他の神機兵よりも動きが慎重で、神機の使い方も巧い。だが、パワーや敏捷といった性能自体はそれほど高くない。

「力」より「技」寄りのアラガミなのだ。個体性能なら「零號神機兵」の方が上だろう。

状況は1対5。このまま押し切れば勝てる。

カレルは勝利が確信めいたものに変わりつつある高揚を抑えながら、冷静に「終極の神機兵」を追い込んでいく。

 

「うおおお!」

 

銃撃の合間を縫って、シュンが飛びながら回転し、大振りの斬撃を放つ。

それに対し「終極の神機兵」はバスターブレードの柄を片手で持ち、腰を捻って身体の真横から一文字に振り抜く。

 

「ぐあっ!」

 

リーチと質量の差でシュンはあえなく吹き飛ばされ、地面に転がる。

それを見て、カレルとジーナは目配せをする。

一方、シュンの後ろにいたエリナとエミールは先輩神機使いの仕返しとばかりに飛び出す。

 

「このっ!」

「ポラーシュターンよ!」

 

二人の渾身の一撃。しかし「終極の神機兵」が展開したタワーシールドにはじかれる。

守りの戦い。

「終極の神機兵」は明らかに時間稼ぎのための戦いをしていた。

他の百時號神機兵が援護に来るまで耐えれば勝てる、と考えているのだろうか。

その認識は間違っていない。

総力戦なら、百號神機兵側が圧倒的に有利。

いくら歴戦のゴッドイーターでさえ、50を超える百號神機兵全てを相手取るのは不可能だからだ。

だが、そんなことは防衛班自身が一番わかっていることだった。

「勝つことよりも負けない戦い」

今回、防衛班第三部隊のメンバーはこの矜持を捨ててきた。

今は「負けないために勝つ戦い」をしている。

そして「勝つ」ことを目的とした防衛班の「策」は、もう既に始まっていた。

 

「――そこ」

 

いつの間にか「終極の神機兵」の側面に回り込んだジーナが、タワーシールドのガード範囲外からレーザーを放つ。

「終極の神機兵」は咄嗟にバク転をして避ける。

だが、その着地点にも弾丸が飛来する。

 

「――いけ」

 

今度はカレルだった。

「終極の神機兵」は連射される弾丸を連続でステップしながら躱し、外れた弾丸は地面を抉る。

ジーナも照準を修正し、再びレーザーを放つ。

二人の十字砲火に「終極の神機兵」はなすすべもなく後退する。

人の数倍のサイズもある神機兵の一歩は大きく、あっという間に射程外に逃れようとする。

だが、その敏速な反応もピタリと止まる。

 

「へへっ。かかったな」

「……」

 

「終極の神機兵」は何かに縛られたようにその場で動かなくなる。

ホールドトラップ。

それを仕掛けたのはシュンだった。

シュンは「終極の神機兵」に弾き飛ばされたように見せて、その実、ジーナとカレルの陽動に紛れて背後に周り、罠を仕掛けたのだ。

この連携の起点は、シュンが正面から大きく切りかかったのが合図であった。三年もの間戦場を共にした第三部隊の、言葉も要らぬ阿吽の呼吸であった。

 

「……終わりだな」

 

第三部隊に加えて、エリナとエミールも「終極の神機兵」に詰め寄る。

五人で同時に攻撃を加えれば、いくら「終極の神機兵」でさえ逃れる術はない。

そしてこの長い戦いも終わる。

最後は少してこずったな、とカレルが考えたその時。

 

「――――」

 

「終極の神機兵」が突然あらぬ方角を見た。

視線の先は外部居住区を取り囲む防壁。

天高くそびえる壁の縁には、こちらを見守るタツミとブレンダンがいる。

その瞬間。機械のように寡黙だった「終極の神機兵」が、初めて「声」らしき音をもらした。

 

「▰オォォ▰▰▰▰……!!」

「!!」

 

そこにいた全員が驚く。

百號神機兵が声を出すことはなかったこと加え、真に驚愕を覚えたのは「終極の神機兵」の声に、何か、感情のようなものが読み取れたことだ。

復讐、怒り、怨嗟。

なぜか、その意志が直接脳内に流れてくるようで……。

 

「何……なんだよ……」

 

シュンが呟く。

罠にかかり、囲まれ、もう「終極の神機兵」に反撃の手立てなど残されていない。

なのに、このまま此処にいるだけで、何かが終わってしまいそうな感覚がする。

本能が、経験が「今すぐここから離れるべきだ」と叫んでいる。

しかし既に遅い。

ホールドトラップにかかっているはずの「終極の神機兵」がゆっくりと動き出す。

当たり前のようにべりべりとホールド線維を引きちぎり、神機を正中に構える。

 

そして――「彼」の力は、再びここに目覚める。

 

神を喰らう者達は「世界」を見た―――――

 

 

 

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――目が覚めると地獄だった。

初めに戸惑ったのは自分の姿。

ヒトであった記憶があるのに、今の自分の形は黒い装甲に身を包んだヒトガタの化物であった。

次に感じたのは痛み。

気がつけば、姿の違う怪物たちが、自分を食べていた。

痛い。

イタイ。

怖い。

死ぬ。

自分が消えるという恐ろしさが洪水のように溢れてくる。

生まれてきた理由も分からず、死ぬ理由すら分からないまま怖れだけを抱いてこの世から消えようとしたその時。

「誰か」に助けられた。

「誰か」が、自分を捕食しようとしていた怪物を切り裂いたのだ。

よく見ると「誰か」は自分と同じ形をしていた。

それは光だった。

「私」は、私を助けた「誰か」を「家族」と定めた。

自分との共通点は「同じ形」をしていることのみ。

それだけで良かった。

それだけで自分は「世界」と繋がっていられた。

生きる理由ができたのだ。

それからは無数の怪物と戦い続けた。

生き残るため。

……何より家族を守るため。

 

――いつの間にか、「外」の世界にいた。

個人というものを持ちながら、意識がハッキリと繋がっていた「私たち」は、静かに相談した。

何をしようか――何もない。

何処に行こうか――思いつかない。

海原を揺蕩う小瓶のように思考は漂い、長い時が経った後、一つの「記憶」へと辿り着いた。

「私たち」はなぜ生まれたか分からない。だが何処から来たのかは覚えていた。

故郷。

高い壁に守られ、灰色の小屋が立ち並ぶふるさと。

そこへ帰ろうと、「私たち」は決心した。

……故郷への道。

それは家族を守ることしか生きる理由のなかった私たちに、充足と安息という震えるような喜びを授けてくれた。

 

――だが、邪魔者が現れた。

彼らは「ジンキツカイ」。

何故かその名前は知っていた。

そして彼らは「私たち」の道を阻んだ。

先に攻撃の意志を見せたのは向こうだった。

「私たち」が進む道に突然現れ、明らかな敵意を持ってこちらに向かってきた。

だから抵抗した。攻撃がなければ、こちらからは何もしなかったはずだ。

 

――彼らと戦い、家族は死んでいった。

家族が、銃で頭を吹き飛ばされて死んだ。

家族が、私を庇い胸と足に穴を開けて死んだ。

ただ、「私たち」は故郷に帰りたいと願っただけなのに、それは許されなかった。

彼らは徹底的に拒絶し、粘り強く抵抗し、知性を振り絞った効率的な手段で潰して回った。

そして「私たち」は負けた。

自分たちが何をしたのだろう。

ただ、ただ、「帰りたかった」だけなのに。

もっと「私たち」のように理解し繋がり合えれば、お互いに手を取り合えることだってできたはずなのに。

意識が途絶える直前、私はジンキツカイを見て、気付いた。

ああ、彼らと自分たちは、どうしようもなく異なっている。

「私たち」は「同じ形」をしていたから、繋がることができた。

でも「形が違う」だけで、こんなにも分かり合えない。

脊髄から黒い染みが溢れるような感覚を抱いて、私は消えていった――

 

 

 

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(――これは……)

 

濁流の如くカレルの頭に流れ込んで来たものは、ゴッドイーターに喰われる「誰か」の映像。

映像には、見慣れた戦場と、「こちら」を喰らう「防衛班」が映っている。

間違いない。

それは、今まで倒してきた「新型神機兵」の――記憶だった。

 

(感応現象――!)

 

周囲を見渡すと、仲間も呆然としており、カレルと同じように記憶が流れ込んできている様子だった。

「終極の神機兵」はバスターブレードを正中に構えたままじっとしており、そこを中心に波紋が拡がっていくイメージが浮かぶ。

すると、再び記憶が流れ込んでくる。

新型神機兵の記憶。

家族を庇い、自らが犠牲になった誰かの「生きて」という切なる願い。

自らを庇って死んだ家族の亡骸に埋まり、泣き叫びながら戦い続けた誰かの狂乱。

苦痛と恐怖。神機使いへの憎悪。

底なしの悲しみ。

生まれたことの後悔――

 

「くっ……!」

 

その記憶はゴッドイーターとして、この戦場に立つ理由を失うものだった。

「新型神機兵にはヒトとしての意識がある」

それは分かっていたことだった――否、何も分かっていなかった。

ゴッドイーターは人々を守るためにアラガミと戦う。

戦場では仲間を守り、持てる力を振り絞り、強大な敵を打ち倒す。

自分だけに与えられた特別な力で、世界を守る。

口には出さないが、神機使い達はそういった、英雄的な「誇り」を多かれ少なかれ持っているものだ。

だが、今回の戦いはどうだろう。

神機兵を倒す「必要性」はある。

しかし、自我を保っている状態では、中身は人と同じなのだ。

言ってしまえば「変わった姿をしたヒト」である。

身体に爆弾が巻かれたことを自覚せず、こちらに無邪気に駆け寄る子どもと変わらない。

あらゆる「願い」が等価とするなら。

自分たちにあるのは、姿形の違う生き物を差別し、無垢な「願い」を轢き潰すことで己の生存欲求を満たす、ただの野蛮な本能のみなのだ。

 

「――チッ……だからと言って、俺は止めないがな!」

 

カレルは呟く。

カレルは元から、例え人類の絶対的な捕食者であるアラガミに対してさえ、彼らを殺し、喰らうこと全てに正義があるとは思っていなかった。

そもそも神機使いとしての誇りなど持っていない。

ただ金になるから、ゴッドイーターをやっている。

そういう割り切った決意を、固く心に仕舞ってある。

だが、仲間はどうだろう。

人の善性を信じ、人を愛し、それを原動力として人を守ろうとしている者達にとって、自分たちの行いが醜い差別であり、無垢なる存在を踏み潰しているという「事実」に――

 

「いや……、私は……何を……」

 

声を漏らしたのはエミール。

がくがくと身体を震わせ、噴き出た汗が玉のように張り付いている。

彼の隣にいたエリナは、膝を崩して胃の中身を吐き出していた。

 

「やめてくれ……」

 

地べたに四つん這いになったシュンが呟く。

 

「やめてくれ……頼む、やめてくれ!」

 

手で顔を覆い、しゃがれた声で訴える。

生きたまま喰われる。

流れ込んでくる数多くの記憶の中には「その時」の感覚も含まれていた。

ある者は、戦いで腕を失い、倒れたところをシュンの神機に両脚から咀嚼されたものだった。

耐え難き苦痛に泣き叫びながら、やがて胴と首だけの芋虫にされ、それでも生命の機能は止まらず反射で身体はのたうち回り、生きたままじっくり咀嚼される。

――自身が与えた苦痛を知り、シュンは倒れた。

心が折れたのだ。

シュンが倒れるのを見て、「終極の神機兵」はゆっくりと構えを解く。

そして足音を立てずに彼に近づく。

首を垂れたシュンに、剣を振りかぶる。

その姿はまるで、罪人を処刑する執行官のようで――。

 

「避けろッ!!」

 

カレルが叫ぶ。

このままでは、数秒後にシュンの首と胴体が離れているのは明らかだった。

カレルは銃で敵を怯ませ、その隙にシュンをなんとか避難させようと考えた。

しかし、なぜかいつもより体が重い。

銃が何倍も重くなったように感じる。

それでも、間に合ってくれと願いながら、無理矢理銃を構えると、更なる異常が訪れた。

 

「!!」

 

トリガーを引いても弾が出ないのだ。

カチャリと音がするだけで、神機は何も反応しない。

カレルは全身に冷や汗をかきながら、何度も何度もトリガーを引く。

ドンッ……

音がした。

しかし、それは弾が発射された音ではなく、質量ある物体が地面を叩く音。

カレルは歯を食いしばる。

シュンの変わり果てた姿を想像しながら、恐る恐る顔を上げる。

すると、彼はなんとか無事だった。

だが、とても安全と言える状況ではなかった。

カレルの叫びに反応し、シュンはなんとか装甲を展開しようとしたのだ。

しかし神機は動かず、真二つに裂かれてしまった。

神機を貫通した「終極の神機兵」のバスターブレードは、容赦なくシュンを叩き付け、腕と指をあらぬ方向に曲げた。

 

「……! げェ…………アあああ!!」

 

「記憶」による痛みと、自身の痛みでシュンは錯乱する。

泣き叫びながら地面を転がる彼に、「終極の神機兵」が再び近づく。

カレルは必死になって思考を巡らせる。

――何か突破口はないか。

「終極の神機兵」に弱点はないのか。

そもそも、「終極の神機兵」の力は一体何なのか。

自分の神機を見る。相変わらず動く気配はない。

そしてふと思い、手を握ってみる。

すると、明らかに力が落ちていた。

今は、一般の人間と変わらぬ膂力しか残っていない。

……つまり、ゴッドイーターとしての力を失っていた。

周囲を見渡す。

つい先ほどまで、こちらに迫っていた通常の百號神機兵たちが、いつの間にかいなくなっていた。

最近、似たような光景を見たことがある。

突如として、アラガミが撤退――

全てのオラクル細胞の活動が停止――

 

(――ロミオの……血の力か)

 

「終極の神機兵」。その正体は、今は亡きロミオの「血の力」を持った「神融種」であったのだ。

カレルはその結論に至り、ようやく百號神機兵に関する謎が解けた。

彼らが持つジャミング能力。これは「オラクル細胞の活動を停止させる」というロミオの「血の力」が制御された――または抑制された状態での能力の発露だったのだ。もし、ロミオが生前に血の力を完成させていれば、彼はこのような力を身に着けていたかもしれない。

そして「記憶の流入」は「血の力」の由来である「感応現象」と類似する。「血の力」を持ち高い感応力を備えた「終極の神機兵」ならば、その力を使いこなすことは容易い。

カレルは思う。

「全てのオラクル細胞の活動を停止させる」

そんな神のような――、いや、神をも超える力。

そこに付け入る隙はあるだろうか。

……あるはずがない。

……抗う術など、考えるのも愚かしい。

余りに――、余りに――、圧倒的すぎる……。

ここに来て、ようやくラケル博士の真意を理解する。

 

(ああ、クソ。最悪だ……なんて任務だ……。何もかも全部、奴の掌の上ってわけか……)

 

「新型神機兵」の制御装置という弱点。

分断による「終極の神機兵」への集中攻撃。

これまで自分たちは、限られた情報から敵を予測し、圧倒的な戦力差を覆す作戦をとってきたと思っていた。

だが、ラケル博士には、そのようなことは予想の範囲内だったのだ。

例え全ての神機兵を退けようとも、ゴッドイーターとの戦いの記憶で完成された「終極の神機兵」が、全てを圧倒する。

それはさながら、蟻地獄のようなものだろう。

もがけばもがくほど落ちていく。何もせずとも穴の底へとまっしぐら。

カレル達はこの戦いが始まった瞬間から、負けていたようなものだった。

 

「……っ……」

 

シュンを確実に殺すためか、「終極の神機兵」は「血の力」を一層高めた。

すると、ゴッドイーターの治癒力で塞がっていたカレルの傷が破裂し、周囲に血が飛び散る。

思わず膝を崩すカレル。

相変わらず記憶の流入は続き、頭は重い。

敗北という苦渋が心を苛む。

倒れたシュンの横で、剣を振りかぶる「終極の神機兵」を見つめて、カレルは思う。

 

(……隊長なんて、やるものではないな。一人で敵を追いかける方が、ずっと気が楽だった。こんなにも……責任を感じてしまう……)

 

「くっ……そ……」

 

カレルは最後に無念を漏らした。

しかし、その声を聞く者は誰もいない。

 

無情にも、刃は振り下ろされる―。

 

斯くして終わりはここに果たされた――

 


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