しんねぇ 作:メデューサの頭の蛇
遠くに見えるハート型の塔。あれを建てようと思った人はどんな思いで立てようと思ったのか未だに謎に思う。
重力を無視するかのような佇まいに、帰ってきたのかと感じた。実際にはここは故郷ではないのだが、第二の故郷だと言っておこう。弟はここにある学校へ転入したらしいしな。また、良からぬ楽しい事を考えているのだろう。突拍子もなさそうに見えて、実は念入りに練られた作戦を実行しているに違いない。そこに姉を混ぜないなんて、酷いとは思わないのだろうか。
飛び交う日本語。海外を渡り歩いていた俺には、その日本語がひどく懐かしく思えた。
商店街の雰囲気は活気付いていて、すれ違う人々が楽しそうに見えた。休日なのだろうか、少し人が多い。約束の場所まではあと何分かはかかるが、何故あちらの世界じゃダメなのだろう。弟からの呼び出しを不思議に思いながらも、ただスタスタと歩いて行く。
「(もしかして、計画に関わらせてくれるのか……いや、それはない、か?)」
恐らく一人で実行し、周りを巻き込む感じなのだろうとは思う。あの子はいつも周りを巻き込んで陥れていた。自分から出ることもあるが、基本的に命令する側である。司令塔と言えば良いのだろうか、まぁそんな技量は弟にないと言って良いほどだが。
暫く歩いていると、目的地が見えてきた。商店街の向こうのそのまた向こう。距離にしてあまり遠くはないが、広い公園の一角。そのベンチに待ち合わせ人はいた。
オレンジ色という明るい色の逆立った髪。アメジスト色のクルリとした瞳がこちらを見た。容姿は上の中だろうか?比較的良い方だから、そう評価したのだが、世間には美人が溢れている。美少年の部類に入るだろう顔立ちをした弟は、パッと顔を輝かせ手を振ってきた。成る程、それが今のお前か。
俺が近づくと、そいつはおれの両手を取ってぶんぶんと降り出した。
「姉さん、久しぶりです!元気にしてましたか?良かれと思って、覚えてます?真月零ですよ?」
さり気無く今の名前を教えてくれる弟。さすが、と言いたい程の気配りだ。
俺は苦笑して、振り回されていた手を止めた。
「可愛い弟を忘れるわけないよ」
「良かった!姉さんの事です、絶対忘れていると思ってました!」
「あはは、酷いですねー零は」
さり気無く毒吐く零はいつも通りであった。敬語口調にして、明るくしていてもその根本は変わっていないようだ。まぁ、こいつは毒吐いたりするのは呼吸するのと同じだからな。毒吐いてなかったら、それは零じゃないだろう。きっと別人だと俺は疑う。
「そうだ、お土産持ってきたんだよ。いるかい?」
そう言って俺は海外旅行のお土産を手に持っていた紙袋から取り出す。零には最初からこれ!と決めていたお土産がある。ガサゴソとやっと探り当てたそれを付けてやった。
「わー!ありがとうござい、ま……す……」
最初は元気な返事だったのにも関わらず、段々と低くなる声。演技忘れてるよ、大丈夫?と言いたいところだが、十中八九、いや確実に俺の所為なので言わないでおこう。
零に渡したのはうさ耳カチューシャとパーティーグッズの鼻眼鏡。先程の商店街で買った物だ。
「ぶふっwwふぇwww思いの外似合っwwwあはっ、あはははははははっwwふへははっひぃーっwwwwww」
思いの外似合うそれらに笑う俺。
暫く硬直していた弟が復活すると、顔と頭からカチューシャと鼻眼鏡を乱暴に引き千切って地面に投げ捨てた。そして素早く俺の鳩尾を狙ってグーパンチをかます。
「ぐふっ」
腹を抱えて笑っていた俺の、その腕の隙間を縫って殴る技術は大したものだが、無言の腹パンはやめろ、めちゃ痛い。思わず膝をついて蹲る程だ。
ひぇ、息止まりかけたーと文句言いながら目を開けるとグシャリ!俺があげた二つのお土産が踏みつけられていた。犯人は俺の弟である。顔を上げると、ニッコリと笑った零がいてゾクリと背筋が凍った。うわー、怒ってるー。
「今のは無かったことにしてあげます」
あっハイ。
「って!嘘だよ!ちゃんと他のお土産あるから。ほら、零の好きな物買ってきてるから」
またもや紙袋に手を突っ込み、本当のお土産を取り出す。大きな四角形の白い箱。実は言うとお土産は殆ど空港で買ったものだ。旅していると日にちがもたない物ばかりで、お土産にはあまり向かなかった。なので、帰る直前の空港で買ったのだ。空港なんて利用せず次元移動しろよって思うかもしれないが、一度でも飛行機に乗ってみたかったからなのが本音だ。あのふわっとした感じ好きなんだよね。もし事故っても俺だけが助かるし、まぁ金は無くなるが元々俺の財布をスろうとしたやつからスった金だし、どうってことない。
ということで、零にその菓子箱を渡した。
「クッキーですか?」
「うん、そうだよ。好きだよね?クッキー」
「……まぁ、それなりには」
「そりゃ良かった」
あのパサパサ感が嫌いっていう人もいるそうだが、零はパサパサ感もだし固い癖に甘いのが好きらしい。なんだその理由?とか思うが、別に俺も思ってた事だし良いか。固いくせに甘くて美味しいんだよな、クッキー。自分でもよく分からない感想だ。
「で、何で私を此処に呼んだんだ?」
「そうです!姉さんの所為ですっかり忘れてました!会わせたい人がいるんですよ!」
そう言って俺の手を引いて歩き出す零。自然な動作すぎて怖いが、多分素でやっている事だと思う。昔から何かと俺の手を握りたがるやつだったからな。甘えん坊なのか、寂しがりやなのかわからないが、受け入れてるのも事実だ。
走り出す零に俺は手を引かれながらも必死に着いて行く。紙袋とリュックサックがゆさゆさと揺れるのを感じて、先に置いてきた方が良かったかなと後悔した。紙袋は地味に邪魔だし、地味に重たい。
あまり遠いわけではなく、公園から出て暫く走ると何か学校らしきものが見えた。あれが零の通うハートランド学園なのだろう。世間で言う中学校に俺を連れて行きたかったのだろうか?思わず首を傾げるが、先程の言葉は会わせたい人がいるという事。
「おーい!真月ー!」
内心でぐるぐると考えていると、零の上の名前を呼ぶ声が聞こえた。誰だ?と遠くにある校門の所で手を振っている人物を見る。その横にも人がいたが、それは置いといて。あの特徴的な髪型はまさか。
弟から聞かされていた今回の敵。今回、と言うのは可笑しいが、多分弟が作戦失敗した原因だろう。成る程、あの人間が。隣に浮遊霊がいるのだが、あの青白く装飾が凄い霊はアストラル世界の住人だろうな。何となく、弟の作戦がわかってきた気がする。
「遊馬くーん!」
パッと顔を明るくさせて元気一杯に手を振る零。微笑ましい事この上ないが、本来の彼を知っている者からすれば反吐を吐くような光景だろう。俺は決してそんな事ないけど。
手を振っていた彼等の前に立つ。やっと走り終わった事でドッと疲れたような感覚に陥るが、仮の肉体なので多分幻覚だろう。あまり考えた事はないが、心臓すら動いていない可能性が高いな、うむ。
「真月、そいつが?」
「もう!遊馬ったら失礼でしょ!ごめんなさい、私は観月小鳥って言います」
「俺は九十九遊馬!よろしくな、真月の姉ちゃん!」
行儀よく礼をする小鳥と、ニカッと太陽のように笑った遊馬。そんな彼等に微笑んで、自分も自己紹介をする。
「零の姉のア「真月
こうして俺は最大の敵になるであろう人物との邂逅を果たしたのだ。
というか弟よ、鈴って絶対適当に名付けたろ?いや、本当の名前言いそうになったのはまぁ悪かったと思うが。
敵さんと出会った後、俺は転入手続きの為に、ハートランド学園に弟と入っていった。
そもそもの話、弟が中学校に通っているのに姉が通ってないのは可笑しいいう話になった。
確かにそうだ。ここハートランドシティには親は仕事で帰ってこないからと言う意味でいるはずである。ここじゃ、学生や子供に少し甘い所があるからな。支援を受けられたりするので、子供だけで暮らしても何ら不自然はない。
なので、俺も学校へ通う事になったのだ。こういう場所に入るのはいつ振りだろうか。姿が変わらない俺たちにとって、こういう場所は縁の無いところなのだが、俺は一度懐かしさに負けて入った事がある。入ったところは管理が雑で、とても社会の一つとして成り立っている場所では無かったのだが、田舎特有の親しさというものが心地よかった記憶がある。まぁ、何十年も前の話だが。
「良し、これで完了だ。お疲れ様」
教員の一人がそう言うと俺たちは安堵したように息を吐いて、ありがとうございましたと礼を言った。上手くいくことは確定事項だったので、安堵も何も無いのだが。
形だけのお礼を述べた後、職員室をでて教室に向かった。どうやら、零が教室に鞄を置きっ放しにしているらしい。あぁ、会ったときは手ぶらだったもんな。
「これで、来週から姉さんもここの生徒ですよ」
「そりゃ嬉しいね。零と通えるんでしょ?楽しみだよ」
「ふふっ、僕もです」
他愛も無いような会話をしながら、教室に着く。まだ誰かいるようで、扉が開いていたが、零は何でも無いように入っていく。
流石に俺は、さっき正式に生徒になったとは言え、まだ通って無い身。少し入るのを戸惑い、結局入り口付近で待つことにした。
教室は大学の講堂のような作りをしていて、後ろの席が上の方にあるという、中学校にしては珍しい造りをしていた。
零は自分の席であろう、後方へ行くために階段を上がり、机の上に置きっ放しだった茶色い正鞄を手に持つ。そして、タタタッと階段を駆け下り笑顔で此方に向かってくる。
それを何でも無いように迎えながら、帰るために振り返ると知らない人がいた。
少し長い青い髪をした男子生徒。制服の色からして一つ上の中学二年生だろう。急に現れたので驚いて目を見開いていると、その生徒はおい、と話しかけきた。
「あ、神代先輩!どうしたんですか?」
俺に話しかけようとしたのだろうが、俺の後ろから出てきた零に視線が移った。なるほど、こいつは神代というらしい。何やら既視感の激しい男だが、何処かで会っただろうか?
「遊馬はいるか?」
「遊馬くんなら、もう帰りましたよ?」
零の応えに、少し怪訝そうな顔をする神代先輩。一体どうしたのだろうか?首を傾げていると、神代先輩は口を開いて疑問であったのだろう言葉を口にした。
「……いつもお前と帰ってなかったか?」
「はい!遊馬くんは親友ですから!けど、今日は姉さんと帰るつもりだったんですよ」
細かい、此奴細けぇわ。
遊馬がいないところでも、僕は遊馬くんの大親友です!アピール。その演技力と徹底的な拘りようには俺も完敗する。無理、おれぁ無理。
「姉?」
弟の演技力に敗北感を味わっていると、神代先輩から視線が投げかけられた。
姉と紹介された俺を疑っているのだろうか?
俺と零は髪色はほぼ同じで、俺の方が少し暗めだ。髪型はまぁ似てないが、目元や瞳の色は同じである。二卵性双生児の筈なのだが、ここまで似たのは未だに謎だ。
「姉の真月鈴です。よろしく?」
「あぁ、よろしく」
俺の疑問系の挨拶に、眉間に皺を寄せた神代先輩はくるりと踵を翻した。このクラスに用があったが、肝心の遊馬くんが帰ってしまったからだろう。コツコツとローファーの音が響きわたった。
「神代先輩、またです!」
手を振る零に倣い、俺も手を振った。
神代先輩はチラリと此方を見た後、ふんと鼻を鳴らして去っていく。成る程、あれが所謂ツンデレって奴か。現実で初めて見た。
「何だか面白い奴ですねー、神代先輩は」
完全に立ち去ったのを目で確認した後、カラカラと笑いながら俺はそうポツリと呟く。
「僕は嫌いですけどねー」
俺の言葉を拾って同じく小さく呟いた零は、少し苦い顔をしてから一転笑顔で俺に手を差し出した。
あー、神代先輩あんま好きじゃ無いんだね。成る程、成る程。
「さ!行きましょう!姉さん!良いカードショップがあるんですよ?案内しますね!」
笑顔振りまくその姿に昔を思い出しながら俺は苦笑して、俺と同じくらいのその小さな手を取った。
学校なんていつ振りだろうか。
何十年も前の事であまり覚えていないが、彼らの声や姿は容易に思い出せる。そんな所だ、学校は。
だからこそ、先生に案内されて教室の扉の前で待つという転入生特有のこの行動に、心なしか高揚していた。
あぁ、このクラスはどんなクラスなのだろうか。零とは双子だという事を言っているので、生憎遊馬くん達とはクラスが離れてしまったが、まぁ学校へ通えるという事自体ありがたい事だ。例え、それが教師達を洗脳して操って手続きしたという不正行為だとしても、嬉しいものは嬉しい。
ゆるゆるになっていく頬を引き締め、先生の合図をもとに扉を開けた。
「本日転入してきました!真月鈴です!どうぞ、よろしくお願いしますね?」
身内にはタメ口、それ以外には敬語な主人公です。
俺の名前?真月鈴だ。