ラブライブ・メモリアル ~海未編~ 作:PikachuMT07
ミニストッパに到着した時間はやはりいつもより少し遅かった。
薔薇と、穂乃果ちゃん及び先輩方のチョコを入れたカバンにはもう余裕が無く、1年生のチョコは小さかったので手に持って事務所に入った。
するとさっそく佳織ちゃんが声をかけてきた。
佳織「せ~んぱいっ!もう、そんなにチョコ見せびらかして!やっぱりモテるなあ先輩は」
紫音「お、佳織ちゃんお疲れ~。これは見せびらかしてるんじゃなくて、カバンに入らないから店でレジ袋貰おうかと思って」
佳織「ふっふ~!先輩、佳織がどのチョコが本命か当てますから見せて下さいっ!」
俺がμ's1年生から貰ったチョコ3つを見せると、佳織ちゃんはしげしげと眺めていたが(包装の上からで判るのだろうか?)、しばらく見て感心しながら返された。
佳織「先輩っ!これはどれもかなり気合い入ってます!手作りのも、すごい頑張ってる!」
との事だった。
昼番のおばちゃんバイト達と引き継ぎをしているとすみれさんも出勤してきた。
すみれ「やだ、ぎりぎりだったわ。すみませんすぐ入ります」
佳織「すみれさんやっほー!」
紫音「お疲れ様でーす」
今日はまったく予想せずに既に女の子を3人も泣かしてしまい落ち込んでいたのだが、すみれさんの登場でだいぶ精神的に楽になった。
こういう時頼りになるのは年上のお姉さんである。
店にもバレンタインコーナーがクリスマスとほぼ同じ規模で設置されており、子供が買うには価格帯が高いな、と思っていた俺は大人の女性がポツポツ買っていくのを見て合点した。
バイト自体は特に変わった事もなく無事に終了し、夜番のおじさんバイト達に引き継ぎを済ませ、3人で外へ出る。
すみれ「紫音くん、佳織ちゃん、今日もお疲れ様!ね、紫音くんが持ってるその袋って~」
佳織「そうですよすみれさんっ!これ佳織が見た所、全部本命レベルの気合いの入りようですよっ」
すみれ「そうなんだ~。やっぱり東京のかっこいい男の子は違うね。私が高校生の時はサッカー部の子で一人かっこいい男の子いたけど・・・チョコを貰ってくれなくて、女の子達、皆泣いてたなあ」
佳織ちゃんが明るく混ぜ返す。
佳織「えー、何それ?すみれさんの恋バナですか~?」
すみれ「ふふ、違うよ~。私はクラスの子皆に小さいのを配ったの。今日も大学のお友達には同じように配ってたから、バイトぎりぎりになっちゃった」
佳織「なんだ~つまんない~っ・・・すみれさんの話で勇気貰おうかと思ったのに~っ」
佳織ちゃんはなんだか不服そうだ。
すみれ「ふふ、ごめんね!ところで紫音くん。はい、これ私から。いつもありがとう。紫音くんのが一番高いんだぞ!」
ここで話が来るとは思っていなかった俺は、差し出された小箱を見てびっくりしてしまった。
紫音「ええっ!すみれさんもくれるんですか!びっくりしました・・・ありがとうございます」
佳織「あーっ!ずるいよすみれさん!佳織が先に渡したかったのに!」
すみれ「あら、それは早い者勝ちかなあ~。はい、佳織ちゃんにもあげる」
すみれさんは佳織ちゃんにも小箱を渡した。
佳織「あ、嬉しいですっすみれさん大好き!でも、ちょっとだけ後ろ向いてて貰って良いですか?」
すみれ「はーい」
すみれさんが背を向けた後、俺は佳織ちゃんに腕を引かれ、数歩移動させられた。
佳織「・・・先輩、紅音からしつこく諦めろって言われてるけど、佳織、女子校だから男の子の友達が居ないし・・・諦めたくないの。佳織の気持ち、中に入ってるから読んで下さい」
佳織ちゃんは俺に小箱を握らせた。
その小箱を見ようと腕を上げた一瞬の隙を突かれ、俺は佳織ちゃんに抱きつかれてしまった。
紫音「おお、ありがとう・・・っておわっ!」
佳織ちゃんは2秒ほど俺にしがみついていたが、すぐに離れて手を後ろに組んで恥ずかしそうに言った。
佳織「紅音と翠音ちゃんには敵わないけど、家族以外の女の子では佳織が一番先輩と一緒にいる子だもんっ!いつも佳織が傍にいる事、忘れないでねっ!」
そのまま佳織ちゃんはすみれさんにも小箱を押し付け「チョー恥ずかしい!これすみれさんの分ですっ。お疲れ様でしたっ!」と言い残し駆け足で帰って行った。
俺の手にある佳織ちゃんの小箱も、高級そうなラッピングがしてあった。
すみれ「紫音くん、モテモテじゃない?ちょっと妬けちゃうな」
佳織ちゃんから渡されたチョコをバッグに仕舞い、すみれさんは微笑みながら近寄ってきた。
そのまま背伸びして俺の耳元で囁く。
すみれ「紫音くん、最後まで頑張るんだよ?あんなかわいい子達、泣かしちゃダメだぞ。じゃあね!」
そのまますみれさんは俺の頭を撫で撫でして、バイバイと手を振って去って行った。
あんなかわいい子って、誰だよ?しかも達って言ってなかった?
俺は店で貰ったペーパーバッグに、貰ったチョコ(全部で7つになった)を入れた。
通学鞄の中の薔薇が潰れていない事を確認する。
海未にはバイト後に寄ると昨日のうちに伝えてあるが「今から向かう」とLinerを入れておくとしよう。
しかし何だよ日本のバレンタインデー・・・女の子ばっかりすっごい積極的で・・・男は何かプレゼントとかしないのかな?
クラスの奴ら、気持ち悪いって言ってたし。
そんな事を考えながらスマフォを取りだし歩き始める。
人が居るのを避けて歩きながらスマフォの画面を操作しようとしたその時、俺の左手が引っ張られた。
びっくりして振り返る。
忘れていたわけではないが、いつもこの娘は店の中で待ってくれたので、店に来なかったのはすなわち来ないと思っていたのだ。
我ながら鈍いと思う・・・穂乃果ちゃんが男子校の前で待ち伏せしたのに、この娘が来ないわけがない。
日本のバレンタインデーは女の子の想いを伝える日なのだ。
白いニーハイを履いたことりちゃんの脚とチョコレート色のミニスカートの一部が、コートに守られず寒そうに見えていた。
紫音「ことりちゃん!来てくれたんだ!寒かったんじゃない?もう夜遅いし、また絡まれたら大変だから店に入って待ってくれれば良かったのに」
ことり「ううん、今来た所だから、大丈夫」
紫音「ホントに今来た所?実は待ってたりしてない?風邪引くよ」
ことり「・・・うん、本当は10分くらい待ってたの・・・ねえ、あの紫音くんに抱きついてた子、手を握って歩いてた子だよね?弓道の試合も見に行ったっていう」
うぉお・・やっぱり見られてたのね。
紫音「うん、そうだよ・・・紅音と何か仲良くなっちゃって、凄く慕ってくれるんだよ」
今日は最初から、ことりちゃんの顔はずっと雲っている。
ことり「そうなんだ・・・紫音くん、少しことりと歩きませんか?」
俺が頷くとことりちゃんは俺の横にぴたっと寄り添い、一緒に歩き出した。
ここまでの学習で、俺は日本のバレンタインデーがどういうイベントなのか、嫌というほど理解していた。
間違いなく、ことりちゃんからも何かくる・・・この娘を泣かさない為にどうするべきか、真剣に考えていなかったのが悔やまれた。
何の作戦も無くことりちゃんの想いを受け止め、泣かさないように言葉を返さねばならない。
無理ゲーという言葉が頭に浮かぶが、ことりちゃんを傷つけるわけにはいかない・・・頑張るしかない。
ことり「ねえ紫音くん、穂乃果ちゃんに、何て言われたの?」
・・・最初からとんでもない破壊力の攻撃が来た。
紫音「えっ!な、何で?」
ことり「あのね、μ'sは昨日と今日、バレンタインの為にラブライブ出場曲の練習、お休みにしたの。穂乃果ちゃんは帰りのホームルームを早退して学校を出たんだよ」
紫音「・・・穂乃果ちゃんが俺に会いに行くって言ったの?」
ことり「言わないけど、判るよ。穂乃果ちゃんだもん」
これは、とても誤魔化せない。
俺はゆっくりと言葉を選びながら話し出す。
紫音「・・・穂乃果ちゃんには、チョコを受けとったら、恋人になるんだって言われたよ」
ことり「それで?それで紫音くんは何て答えたの?」
紫音「・・・・・」
俺が必死で言葉を探している間に、俺達は神田明神に入った。
今日の境内はちらほらと人影がある。
全部が男女のカップルのようだ。
俺とことりちゃんはいつもトレーニングをする階段の前で止まった。
ああ、やはりここなのか。
俺は言葉を絞り出す。
紫音「穂乃果ちゃんには、付き合えないって言ったよ」
ことり「どうして?どうして穂乃果ちゃんと付き合えないの?」
この娘を、ことりちゃんを傷つけたくない、できるだけ傷つけない方法は?
自問する俺の心に海未の顔が浮かんだ。
そんな方法はない・・・嘘をついたらもっと傷つけてしまうし、海未をも裏切る事になる。
紫音「ごめん、ことりちゃん・・・黙ってて。俺、海未と付き合っているんだ・・・穂乃果ちゃんもことりちゃんも大好きだけど、いつかも話した通り、海未の事が、一番好きなんだ」
みるみることりちゃんの大きな目に涙が溜まり、溢れだした。
悲しげな声が、痛烈な罵倒よりかえって激しく俺の心を責め立ててきた。
ことり「ずるいよ・・・ことりにもチャンスをくれるって言ったのに!・・・でも、判ってたの。ことりだって海未ちゃんが大好きだもん。いつも一緒にいるんだもん」
ことりちゃんは俺の胸に頭を付け、声を押し殺して静かに泣き始めた。
その時だった。
海未「ことり!」
海未が社務所の陰から小走りに出てきて、ことりちゃんに駆け寄り抱きしめた。
紫音「海未・・・」
海未「ごめんなさい、ことり!どうしても、どうしても言えなくて。穂乃果とことりには最初に言うつもりだったのに」
ことりちゃんは海未に抱きしめられたまま、しばらく泣き続けた。
海未の目にも、うっすらと涙が光っていた。
ことり「判ってたの。二学期の期末テストの勉強会くらいから。スノハレの歌詞で、海未ちゃんは絶対に引いてくれないって、判ってたの」
泣きながら語ることりちゃんの背中を、海未は優しく撫でる。
ことり「穂乃果ちゃんと幼馴染み3人が、3人とも同じ男の子を好きになるなんて」
海未「はい・・・本当に何という運命・・・」
ことり「海未ちゃん、ことりの分まで、幸せになって。海未ちゃんだから許すんだよ。大好きな海未ちゃんだから。他の子には絶対に譲らないもん」
海未「はい、ことり、ありがとうございます」
ことりちゃんが泣いていたのは数分だろうか・・・海未の冷静な口調と優しい手に、ことりちゃんは次第に落ち着きを取り戻していった。
涙を拭き終えたことりちゃんは俺に向かって真剣な声で言った。
ことり「紫音くん、海未ちゃんはことりの大切な大切な、幼馴染みで親友なの。ことりを泣かして海未ちゃんも泣かしたら、絶対にぜーったいに許しません!」
紫音「はい・・・判りました」
ことり「海未ちゃんを、守ってあげて。紫音くんはことりから恋を奪って海未ちゃんを奪って穂乃果ちゃんを泣かしたんだから。絶対幸せになって」
紫音「はい、頑張ります」
ことり「よろしい。じゃあ二人へのお祝い。手作りチョコチップクッキーだよ!食べてね!」
そう言ってさっきまでの悲しげな表情と声を隠し、ことりちゃんは笑顔を作って小箱を差し出してきた。
ああ、なんて良い娘なんだろう・・・俺の口から意識せず言葉が滑り出た。
紫音「ありがとうことりちゃん。俺、キミの事大好きだよ。弓道部に入ってなかったら、ケアルカフェでキミと友達になっていたら・・・キミと付き合ってたと思うよ」
顔を上げた二人を見る。
紫音「でもやっぱり今の俺は弓道が好きだし、ことりちゃんの事を心から心配してる海未も、すごく魅力的な娘なんだよ」
ことり「もう、判ってるよ~。ことり、子供の頃から海未ちゃんを見てるんだから!ねえ、海未ちゃんを好きになったのはいつなの?」
紫音「ああ、それはね・・・歩きながら話そうか」
だいぶ落ち着いたことりちゃんを促し、俺達はことりちゃんの家に向かって歩きながら、あの夜の事を話した。
文化祭の前日の夜、雨の中、今いる場所を走っている穂乃果ちゃんを見かけ(時間も今くらい)た事。
心配して海未に電話し、ことりちゃんが留学で苦しんでいた事を知った海未から責められた事。
紫音「海未はことりちゃんがどれくらい苦しんだか、力になれなかった事をすごく悔やんで、心配したんだよ。真面目で優しい娘なんだよ・・・知ってると思うけど。それで好きになったんだ」
ことりちゃんは「ふぅ」と、苦笑ともため息とも取れる吐息を漏らした。
ことり「なんだ、ことりのせいだったんだ・・・すごい皮肉だね。やっぱり留学の話がなかったらって思っちゃう。ことりはね、紫音くんの部屋で着替えさせて貰ったあの夜からだよ」
海未「なっ!どういう事ですか!」
ことりちゃんは心配と焦りでいっぱいの海未の顔を見て、悪戯をするような表情で話し出す。
ことり「まだケアルカフェのバイトの事、お母さんにも言ってなくて、偶然店に来た紫音くんしか相談する人が居なかった頃ね」
バイトが遅くなり、メイド服のまま穂乃果ちゃん家に行こうとして、酔っ払いに絡まれ俺が助けた事。
メイド服を着替える事ができなくなり、俺が部屋を提供した事。
海未「そんな事が、あったのですか・・・」
ことり「紫音くんは泣いちゃったことりをずっと慰めてくれて、自分の部屋の鍵をことりに渡してくれて、覗かないで待っててくれて、家まで送ってくれたの」
・・・あの夜はそれしかなかったからなあ。
ことり「すっごく優しくてかっこいいなって思ったんだ。羽田空港の時も搭乗が始まって『もうダメ』って思った時に、穂乃果ちゃんと紫音くんが来てくれて・・・」
ことりちゃんの声はまた、感極まってきていた。
海未「あれは・・・ヒヤヒヤしましたね・・・まったく穂乃果は・・・」
一瞬声に詰まったことりちゃんだったが、涙を拭きながらゆっくりと話を続ける。
ことり「大好きな人が二人も来てくれて、嬉しかった。それからは紫音くんと仲良くする子に、やきもちがすごくなっちゃったの」
ことりちゃんは大きな目で俺を見上げた。
ことり「でも、紫音くんはμ'sといる時いつも海未ちゃんの事見てたし。だから思い切ってお誕生日の時、告白したの。後は二人も知ってるよね」
ことりちゃんの家まですぐそこ、という位置で俺達は立ち止まった。
ことり「海未ちゃん、油断してたらすぐことりが紫音くんを盗ちゃうからね」
海未「はい、頑張ります」
ことり「紫音くん、海未ちゃんを泣かしたら、ダメだよ。優しくしてあげて」
紫音「うん・・・でも俺達まだ友達だろ?ラブライブ本番も、ことりちゃんの事応援するから」
ことり「・・・ありがとう!・・・ことりも『ちゃん』無しで呼んで欲しいけど、ダメだよね。じゃあね、お休みなさい」
そう言うとことりちゃんはやっぱり涙を抑えながら、走って帰って行った。
やはり泣かしてしまったか・・・悔やまれてならなかった。
しかし俺にできる事は今ことりちゃんに言われた通り、海未を大切にする事しかないだろう。
二人で海未の家まで手を繋いで歩く。
さすがに夜10時を回り腹が減った俺は、ことりちゃんの手作りチョコクッキーを海未と分けて食べながら歩いた。
うまかった。
続いて穂乃果ちゃんのプレゼントを開けた。
ハート型の大きな饅頭の周りに同じくハート型の小さいカラフルなチョコが並んでいた。
穂乃果ちゃんが一生懸命に饅頭をハート型にしている姿が想像できた。
とてもかわいい。
そんな穂乃果ちゃんの姿を海未と想像しながら歩き、やがて海未の家に到着した。
紫音「遅くなって、ご両親心配してないかな?ごめんね」
海未「大丈夫です。あなたと一緒にことりを送ると言ってあります」
俺は海未の目を覗き込みながら言った。
紫音「じゃあお言葉に甘えてもう少し。俺、日本のバレンタインって初めてで、女の子が想いを伝えるって事を全然知らなくて。アメリカじゃ、男が恋人に何かプレゼントする日なんだよ」
鞄の中からくたびれかけた薔薇を取り出した。
紫音「はは、ちょっと疲れてるけど、これ、俺の気持ち。恋人になってくれて、ありがとう」
そう言って差し出すと、海未の表情は驚きに変わった。
海未「これを・・・頂けるのですか?私が?」
紫音「うん、そう。ちょっと予算があんまりなくて、数が少ないけど」
海未「いえ・・・ありがとうございます」
海未は大事そうに薔薇を受け取り、軽く抱きしめるるように香りを楽しんだ。
その後海未は、一旦薔薇を門に立てかけ、自分のカバンをごそごそして小さな箱を取り出した。
海未「・・・もうご存知だと思いますが、日本のバレンタインデーは女の子が意中の男性に想いを伝える日です。初めて、好きな人の為に、手作りしました。あなたが・・・す、好きです。受けとって下さい」
紫音「ありがとう」
俺は貰った小箱を大事にしまった。
ふと見つめ合う。
俺の頭を穂乃果ちゃんとの事が過ぎった。
海未「あの」
海未は視線を逸らし、いつの間にか耳まで朱くなっていた。
紫音「うん?どうしたの?」
海未「い、いいです、やっぱりいいです。やめます」
なんだろう?
紫音「え、そうなの?気になるよ。教えてよ」
海未の大きな目が恥ずかしそうに伏せられ声は小さくなった。
海未「そ、その、実はクラスの子や穂乃果が、恋人ができたら今日は当然その、いえ、私がしたいと言うのではなくて・・・」
海未は語尾を言い淀んでしまい、何を言いたいのか良く判らない・・・が、俺は今日の穂乃果ちゃんが何を言ってきたか、良く知っていた。
穂乃果ちゃんとしてしまった手前、今日言った方が良いだろう。
紫音「海未、俺、海未に、キスしても良いかな?」
海未「なっ!ななな、何故考えている事が・・・ではなく、その・・・あの・・・ええと、その・・・少々、待って下さい」
そう言うと海未は後ろを向き、家の門に手をついて「お母様、お許し下さい」などとぶつぶつ言っていた。
1分程度で向き直る。
海未「その、あなたとお付き合いを考え出した時から、いずれ言われるとは思い、覚悟はしていました」
俺を見つめる海未の目は、弓道の的を狙う時のように真剣だった。
俺はちょっと面白くなってしまった。
紫音「覚悟って・・・切腹じゃないんだから。かわいいね、海未は。もしかして初めてなの?キス」
俺が軽く笑いながら言うと海未は慌てて拗ねたように言い放った。
海未「ば、馬鹿にしないで下さい!キ、キスくらい、私だってしたことはあります!」
紫音「へーそれはちょっと意外。誰としたの?」
そう聞くと途端に海未はまた下を向いて小さい声になってしまった。
海未「・・・です」
紫音「え?誰?良く聞こえないよ?」
海未「ほ、穂乃果ですっ!そ、そんなにおかしいですかっ!」
急に大きくなった声の方にびっくりした。
紫音「穂乃果ちゃん??なんで?」
海未「・・・中学2年の時、穂乃果がどうしてもキスしてみたいと言い出して・・・ことりは絶対に好きな男の子とするのだと言い張って、穂乃果が私を見て・・・穂乃果が私をベッドに押し倒して」
次の瞬間、ばしっ!と俺は肩を思いきり叩かれた。
紫音「痛てっ」
海未「な、何を言わせるのですかっ!」
紫音「いや、別におかしくもないし言わせてもいないけど・・・じゃあ、恋人がいたわけじゃないんだね?」
海未「・・・それは、そうです」
海未の顔は頬がほんのりと染まり目は潤み、恥じらう乙女という言葉を体現していた。
海未「その、デートの時にあなたがキ、キスの考え方を教えて下さった時から、お付き合いをするからにはいずれ言われると思っていましたし・・・穂乃果との事もあるので絶対にダメとは私も言い切れず・・・」
紫音「ごちゃごちゃうるせーぞ、海未」
俺は海未が目をさ迷わせながら色々と言っているのを、少し力を入れて抱きしめ、終わらせた。
海未「きゃっ」
そのまま園田邸の大きめの門の陰になっている暗がりまで、海未を押し込む。
海未は俺を見上げて小さく呟いた。
海未「優しく、して下さい」
俺は、目を閉じた海未に、口づけした。