ラブライブ・メモリアル ~海未編~   作:PikachuMT07

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第55話 バレンタインデー 中編

昌平橋公園は穂むらから程近いので、穂乃果ちゃんはそのまま家に帰って行った。

スマフォを見ると凛ちゃんと約束した時間が迫っている。

今日は筋トレは諦める方向で、俺は一旦駅の方へ走り、生花店で予約していた薔薇を購入した。

折れないよう、水が漏れないよう慎重に鞄に入れ、その足で全力気味に走って神田明神へ向かう。

皆がトレーニングしていた想い出の階段を、一気に駆け上がった。

 

境内に入ると、制服のコート姿のμ's1年生と3年生、6名が集結していた。

花陽「あっ凛ちゃん、来たよ?」

紫音「皆さんお揃いで、こんにちは。すみません少し遅れちゃって・・・ちょっと色々あって」

μ's6名は目を見交わし、何か視線で会話したようである。

まず3年生が、一歩前に出た。

中央の絵里先輩は、ティッシュ箱の半分くらいの大きさの箱を持っている。

にこ「紫音」

紫音「はい!」

にこ「今日まで約5ヶ月、いいえ、その前も入れると7ヶ月ね。μ'sのスタッフをしてくれて、本当にありがとう。今日であんたを、解任するわ」

紫音「え、解任?ええーと、もう役目、終わりですか?」

絵里「そうね。ラブライブは主催者側でステージを用意するし、撮影も誘導も全部向こうで用意されるから、最後はショーンも、ファンの一人として私達を応援して欲しいの」

紫音「そっか、解散が決まったから、それが本当に最後ですもんね。判りました。ファンに戻ります」

希「本当は穂乃果ちゃんから言うべきかも知れんけど、最後のライブまではにこっちが部長やから。で、穂乃果ちゃんには会うたん?」

希先輩の優しげな瞳には半分ほど、悪戯心が載っている。

紫音「はは、会いましたよ。すっかり皆さんと一緒だと思ってて・・・びっくりしました」

にこ「それで?穂乃果に何か、言われた?」

にこ先輩も、いつも以上に全てを見通してる雰囲気のジト目をしている。

紫音「な、何も言われてないっすよ」

自分でも判り易いほど動揺しているのが情けない。

にこ「ふーん、それならそれでも良いけど。あんた、今私達はあんたをスタッフから解任したの。μ'sも解散が決まっているから、あんたが望むならμ'sの誰とでも、恋愛して良いわ」

な、なんだって~!と叫びたかったが、なんとか黙っている事が出来た(顔に出なかったかは不明)。

絵里「それでね、私もこんな気持ちで男の子にチョコを渡すのは初めてで、緊張しているのだけれど・・・私と希とにこで手作りしたのよ。どうか受け取って欲しいの」

希「えりち、そんなんじゃ好きって伝わらんよ?紫音くん、ウチ達3人とも、紫音くんが大好きや。これはその気持ち。だから今紫音くんがウチ達の誰かと付き合う!て返事くれたら付き合えるよ」

にこ「ちょっと希!そんな事勝手に決めないでよ!宇宙No.1アイドルのにこにーと、そんな簡単に付き合えるわけないでしょ!まあ紫音が土下座して頼むんなら、付き合ってやってもいいわ、って程度ね」

絵里「そうよ希、私もチョコを渡すだけの心の準備しかしてないわ。付き合うなんて、そんな勇気は、無理よ。困るわ」

絵里先輩は俯いて、耳が朱くなっていた。

希「なんや二人とも・・・紫音くん、ウチは今すぐOKや!何なら今日、ウチの部屋に泊まる?」

真姫「ちょっと希?!からかうのもいい加減にしなさいよ!」

希先輩の爆弾発言に真姫ちゃんが突っ込み、一度は場が騒然としたが、俺が発言しようとするとすぐ治まった。

紫音「先輩方、Linerでしか言ってなかったんで今言いますけど、大学と短大、合格おめでとうございます。チョコと気持ちはありがたく頂きます」

俺は絵里先輩から、やはり綺麗にリボンが巻かれた箱を受け取った。

紫音「俺もこの半年、凄く楽しかったです。最後のステージも絶対応援行きます。解散して卒業したらあんまり会えないかもですけど、いつまでも俺の先輩でいて下さい」

俺がそう言うと、絵里先輩は少し声が詰まり、ハンカチで目を押さえていた。

希先輩とにこ先輩が左右から寄り添い、境内の角へ行った。

代わって今度は1年生の3人が俺の前に出る。

真姫「紫音さん、出会いは最悪だったけど、この半年、本当にお世話になったわ。ありがとう。これ、私からチョコだけど、勘違いしないでよね」

真姫ちゃんが差し出した箱は小さいが、これまた綺麗に包装され、なんだか高そうなイメージがある。

真姫「これは、義理なんだから!μ'sを手伝ってくれた、あくまでお礼なんだからね!勘違いして私を好きになったりしないでよね!」

紫音「はは、気をつけるよ。ありがとう」

いい加減ここまでの展開で俺も日本のバレンタインデーがどういうものか、理解出来てきていた。

真姫ちゃんから箱を受け取ると、次は凛ちゃんの背に回していた手を離し、花陽ちゃんが前に出た。

そう言えばいつも元気な凛ちゃんが、今日は一回も発言していない。

花陽「紫音さん、その、この半年間本当にありがとうございました!凛ちゃんも私も男の子が苦手で・・・紅音ちゃんが居てくれた事もあるけどやっぱり紫音さんがすっごく優しくて」

花陽ちゃんも小さい箱を差し出した。

花陽「あの、お誕生日に貰った上野動物園のチケット、すっごく嬉しくて・・・紫音さんと二人で行けたらってちょっと思ってしまいました。ごめんなさい」

俺は花陽ちゃんから箱を受け取る。

紫音「チョコありがとう。なんで花陽ちゃんが謝るの?動物園は花陽ちゃんの好きな人と行って欲しいけど、それが俺なら俺もスゲー嬉しいよ」

俺がそう言うと花陽ちゃんは慌てて手を振る。

花陽「いえ、あの、今日は私は良いんです。紫音さんのお陰で男の子と少しは話せるようになったし、応援して貰えて、この半年間ありがとうございました。でも、今日は凛ちゃんなんです」

花陽ちゃんはずっと下を向いて一言も発さない凛ちゃんの背中を優しく押す。

花陽「凛ちゃん、ほら、凛ちゃんの番だよ!頑張って!」

花陽ちゃんに押され、凛ちゃんは下を向いたまま、俺の前に一歩進み出た。

角度的に凛ちゃんの表情は窺えず、綺麗なショートカットの髪しか見えない。

凛ちゃんは今にも詰まって話せなくなりそうな声で、語り始めた。

凛「凛ね、今まで同い年や年下の男の子が、乱暴で、意地悪で怖くて・・・ずっと優しいお兄さんに憧れてたの」

いつもの明るい声とは全然違う、こんなポツポツとした言葉を話す凛ちゃんは初めてだった。

凛「一番最初、入学式で写真を撮って貰って、紅音ちゃんとしょ~くんがすごく仲良さそうにしてたの、良く覚えてる」

そうだ、俺もこの娘とカメラの貸し借りをした事は、良く覚えている。

凛「紅音ちゃんは、とっても女の子らしくて、可愛くてスカートが似合ってて、優しいお兄さんがいて、凛の理想の兄妹で・・・あの時から憧れてた」

そこで凛ちゃんは今日初めて、俺の顔を見た。

懸命に泣くのを堪えている顔だった。

凛「それがいけなかったんだよ。しょ~くんはずっと凛の事、何回も何回もかわいいって言ってくれて、凛はすごく自信がついて、アイドルを頑張れるって思ったんだけど・・・」

凛ちゃんの真剣な告白に、俺を言葉を返せない。

凛「凛が本当にしょ~くんの事好きになっても、しょ~くんはずっと凛の事、妹みたいにしか扱ってくれなくて」

俺の胸に小さな刃物が刺さった感覚がある。

凛「しょー兄からしょ~くんへ呼び方を変えたけど、やっぱり凛はしょ~くんにとって妹みたいで・・・そしたら今までの優しい言葉も全部、妹にかける言葉だったんだって、思えてきて・・・」

そこで凛ちゃんは完全に言葉に詰まってしまった。

真姫ちゃんも寄り添い、凛ちゃんの背中に手を添える。

凛ちゃんは何とか泣くのを堪え、懸命に話し出す。

凛「ウェディングドレスの時、応援して貰えて、凛も女の子らしくして良いんだって判ったけど・・・そこからだんだん、凛の気持ちは変わったの」

再び顔を上げた凛ちゃんの頬を涙が伝った。

凛「妹じゃ、嫌だって。しょ~くんには妹みたいな女の子じゃなくて、恋人候補の女の子として凛を見て欲しいって」

紫音「凛ちゃん、俺・・・その、まったく気付いてなくて、ごめん」

俺の言葉が、虚しく響く。

凛ちゃんは首を横に振った。

凛「ううん、凛が悪いの。ずっと男の子みたいな見た目を気にして、女の子らしくなるのが遅かったの。男の子を好きになるのが遅かったの」

凛ちゃんは手で涙を拭い、苦しそうに話を続ける。

凛「しょ~くんの彼女になりたいって思った時には、もうしょ~くんの傍には海未ちゃんが居たの」

それについては否定したいが、雰囲気的にそんな空気ではない。

凛「海未ちゃんは優しくて厳しくて賢くて、凛も大好きな人で、しかもすっごい綺麗で・・・凛が敵うわけないよ」

そこまで言うと凛ちゃんは胸の仕えが取れたようで、少し声が軽くなった。

凛「凛ね、μ'sのみんなにかわいいってどういう事か、見た目が男の子みたいでもちゃんと頑張ればアイドルになれるって事、教えて貰ったんだ」

目にはまだ少し涙があるが、やっぱりこの娘は笑顔がかわいいと、素直に思った。

凛「何度も似合うかな?って不安になったのを助けてくれたのは、しょ~くんだった。μ'sに入れて、しょ~くんに出会えて大好きになれて、本当に良かったと思ってるにゃ」

ああ、今日初めての「にゃ」ではないだろうか。

凛「スノハレの歌詞を見て、凛じゃ海未ちゃんには勝てないって判ったけど、想い出じゃ嫌なの。想い出以上になりたかった。だから今日までの精一杯の感謝と大好きの気持ちを込めて、これを作ったの」

そこで凛ちゃんも、綺麗に包装された小箱を差し出した。

凛「初めてでちょっと失敗しちゃって、形も味も良くないけど、凛ね、チョコにこんなに好きな気持ちが込められるなんて知らなかったんだ!」

俺は黙って小箱を受け取った。

凛「ホントは凛とつき合って欲しいけど、困らせたくないから言わないにゃ!でも、本当にしょ~くんの事、大好きにゃ!」

涙の後が残る顔で精一杯の笑顔を見せる凛ちゃんが、いじらしくて愛おしくて、この娘に良い返事をしてあげられない自分が本当に憎らしかった。

紫音「凛ちゃん、ありがとう。大切に食べるよ。確かに俺、ずっとキミが妹だったら良いなって思ってたけど、それは彼女候補じゃないって意味じゃないよ」

目の前には花陽ちゃんも真姫ちゃんも居るが(おそらく背後には3年生も)、ここは言わないわけにはいくまい。

紫音「ホントはね、文化祭でメイド服だった時、凛ちゃんがすごいかわいくて、実はちょっとヤバかったんだよ。ウェディングドレスの時もとても綺麗で・・・」

俺はさすがに恥ずかしくなって目を空に向けた。

紫音「どんどん可愛くなっていく凛ちゃんを見てると俺もドキドキして、妹だったらずっと一緒にいられるのにって思ってた」

自分の顔が火照るのを感じる。

紫音「それが、キミを傷つけてたんだね。ごめんよ。でもその、俺は最初からキミを女の子として見てたし、彼女になって欲しい女の子の一人だよ。だからいつもみたいに『にゃ!』って笑ってよ」

それを聞いた凛ちゃんはようやく、本当にやっと、いつもと同じかそれ以上に輝く笑顔を見せてくれた。

凛「判ったにゃ!凛も安心したにゃ!でもいつも通りにして欲しいなら、やっぱり凛を彼女にして欲しいにゃ」

うぐっ・・・笑顔に安心してしまい、カウンターを喰らってしまった。

俺が焦っていると、凛ちゃんは更に追い討ちをかけてくる。

凛「ふーん、やっぱりつき合ってはくれないのにゃ。凛を見てドキドキしたとかも嘘にゃ」

紫音「う、嘘じゃないよ。どうして嘘だって思うんだよ?」

凛「だって、凛は胸もお尻も小さいし、みんなみたいにセクシーじゃないもん・・・」

俺はため息を吐いた・・・それを気にするのはやはり比較の対象があるから、自信が持てなくなるのだろう。

紫音「またその話か~。色々な人にそれ言われるけど、俺は胸の大きさとか気にしないから。あの先輩方がスタイル良すぎなの」

にこ先輩の背後に立つ元生徒会の二人の先輩を指し示す。

紫音「あの先輩方と比べたら誰でも悲しくなるよ。それに凛ちゃんの胸が小さかったらあの先輩が可哀相でしょう?絶望するしかなくなっちゃう」

にこ「ちょっと紫音!誰の何が可哀相で絶望ですって~!」

紫音「ち、違いますよ!にこ先輩でもかわいいんだから凛ちゃんはスタイル良くてドキドキするよって言いたかっただけで」

にこ「にこ『でも』って何よ!にこ様がスタイルも何もかも全部一番なんだから!そんな言い方許さないわよ!」

これはまずい・・・にこ先輩を怒らせたらここはもう乗り切れない・・・逃げよう。

この判断は瞬時に決定され、俺は逃げる口実を繰り出す。

紫音「あ、バイトに遅刻しそう!先輩方、真姫ちゃん花陽ちゃん凛ちゃん、チョコありがとうございました!ではまた!」

凛「あっ逃げた!もう!デートくらいして欲しかったのにぃ」

凛ちゃんごめん・・・走りながら俺は自分がこんなにも凛ちゃんを好きだった事に、びっくりしていた。

しかし知らなかったとはいえ、日本のバレンタインデー、重過ぎる・・・。

海未とつき合う事で泣かせてしまうのはことりちゃんだけ、とか思ってなかったか俺?・・・まったく暢気な自分が腹立たしい。

 

絵里先輩は少し違う気もするが、2時間足らずで既に3人の女の子を泣かせてしまっている俺なのであった・・・恐ろしい。

しかもよく考えるとことりちゃんにも、バイトの時間を教えてあるのだ。

むしろバレンタインデーはこの後が本番かも知れない・・・俺は暗い気分でバイトに向かった。

 


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