ラブライブ・メモリアル ~海未編~ 作:PikachuMT07
アメリカにもバレンタインデーは有るが、少し日本と意味合いが違う。
子供達にとっては男女関係なくお菓子を配りあう、ハロウィンの延長、またはクリスマスカードを交換するように記念のカードを交換する行事だ。
大人では男性が恋人や奥さんに対し高価な物やレストランでのディナーをプレゼントし、それを受けて女性も何かプレゼントする。
義理チョコのような概念としては大人が童心に帰って親しい友人にチョコを配る事が有るが、いずれの中にも「女性が特定の男性に想いを伝える」という意味は含まれない。
だから仮に女の子からチョコを貰ったとしても、関西のおばちゃんから飴を貰うのと同程度の意味しかなく、そこに好意が含まれるかも知れないという事すら、俺には思い付くだけの知識がなかった。
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まずバレンタインデーの2日前に、ことりちゃんから14日の予定について聞かれた。
その日は平日であり、学校が終わったら筋トレしてからバイトと、何も意識していない俺は普通に予定を教えた。
その翌日は凛ちゃんから連絡があり、バイト前に神田明神に寄って欲しいとある。
もちろん快くOKした。
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2月14日当日、俺はドンキーホテイで買った安い一口チョコが大量に詰め込まれた袋を持って、学校へ向かった。
俺の学校での立ち位置は、2ヶ月ほど前から人気者と言って差し支えないポジションである。
海未に告白して逃げられた事がショックだった俺は、ゲーム仲間のヒロタカにその事を話した。
特に口止めしなかった事もあるが、翌日にはクラス全員が俺の事を「逃げられた男」と認識していた。
それまでクラスでは「孤独な弓道部部長」くらいしかイメージがなく、ゲーム仲間と運動部をやっている少数の友人としか話さなかったのだが、その日からはまるで雰囲気が変わった。
今まであまり話した事のないクラスメートまでが優しい言葉をかけてくるのである。
逃げられたその後を気にしてくれる友人にも、まさか相手がスクールアイドルとは言えない俺は、海未のお願いを少しだけ簡単にして伝えた。
すなわち「部活に専念したいから正式な返事は無期限で待てと言われた」としたのだ・・・まあ嘘は言っていない。
その翌日から俺のイメージは「真面目な告白を誤魔化して逃げる悪い女にフラれた可哀相な奴」となり、更に親近感大幅アップとなってしまった。
すると昼休みにバスケに誘われ、思わず嬉しくなって本気を出してしまった俺は、いつの間にかエライ人気者になっていたのだ。
男子校では女子学生は女神か天使のようなイメージで扱われており、彼女や姉、妹が居る者は妬みを持たれるのだが、悪い女にフラれた事を隠さない俺は「イイヤツ」なのであった。
実際には現在、俺には完璧美少女の恋人が居るのであるが、それをクラスで言うほど愚かではない。
そのお詫びというわけでもないが、俺はクラス全員にチョコでも配ってやろうと思ったのだ。
もちろんアメリカ式バレンタインデーである。
俺が一口チョコをクラスメートに配るとほぼ全員が「気持ち悪いな」「俺は男の趣味はないぞ」などと笑顔で言う。
何故そんな事を言うのか、おかしいなとは思っていたがそんなに深くは考えなかった。
次に異変を感じたのは昼休みに紅音から来たLinerの内容だった。
「なんで私がこんなに持って帰らなくちゃいけないのよ!お兄ちゃんのバカ!」とある。
何を持って帰るのかすら判らない俺は「何を持って帰るんだ?重いなら俺が音ノ木坂に行こうか?」と返信した。
返事は「絶対ダメ!絶対に来ちゃダメ!」である・・・意味不明だ。
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最後のは大異変と言って良いだろう。
授業が終わり校門を出ると、女の子から声をかけられたのである。
??「しょーくんっ!」
文字通り俺は飛び上がった。
そこには小さな赤い眼鏡と野球帽で変装した穂乃果ちゃんがいた。
紫音「穂乃果ちゃん?!ちょっと何してんのこんな所で!」
穂乃果「何って、しょーくんを待ってたに決まってるじゃん!」
眼鏡からはみ出るほどの大きな目でウィンクしながら俺を見上げる穂乃果ちゃんは、まさに小悪魔以外の何者でもなかった。
バイトだからと一人で校門を出て大正解である。
クラスの野獣どもにこの娘を見られたら、大騒ぎより大パニックになる事請け合いだ。
紫音「あわわ・・・とにかくここを離れよう」
俺は穂乃果ちゃんの手を引いて走り始めた。
秋葉原方面へ少しだけ走り、角を曲がった所で手を繋いだまま早歩きにする。
穂乃果「もう、しょーくん大胆だなあ!私と手を繋ぎたかったんなら、もっと早く言ってくれれば良いのに~」
紫音「あ、ごめん、もう少し学校から離れるまで早く歩いて」
もう一つ角を曲がった所で俺は手を放し、穂乃果ちゃんの横について歩く。
紫音「いったいどうしたの穂乃果ちゃん?キミみたいなかわいい娘が一人で男子校の前に居ちゃダメだよ!すぐナンパされるよ?だいたいキミは今A-RISEより・・・」
穂乃果ちゃんは俺の言葉を最後まで聞かず、俺の左腕に抱きついてきた。
紫音「おわっ」
穂乃果「ねえしょーくんっ!今のところもう一回言って!」
紫音「へ?今のところ?」
穂乃果「私みたいなどんな子が、一人で待ってちゃダメなの?」
俺の左腕を抱きしめ、上目遣いで甘い声を出してくる穂乃果ちゃんは・・・くらっとするほど魅力的だ。
この娘、胸が平均ほどには有るからお互いの制服とコート越しでも肘が胸に当たって・・・それを意識すると俺も冷静さを欠いてくるのだった。
紫音「い、一体どうしたの?キミみたいな可愛い娘があんな所に一人で居たら・・・」
穂乃果「しょーくんっ!私の事、かわいい?」
またもや俺は言葉を遮られ、穂乃果ちゃんの顔を見る羽目になった。
真っ白な顔は走ったせいか頬だけほんのりとピンク色に染まり、唇はリップだろうか、濃いピンクでぷるぷると潤いを湛え柔らかそうだ。
紫音「ええ?前にも言ったけど穂乃果ちゃんは凄くかわいいよ。スノハレの時は天使かと思ったよ。とにかくそんな娘が男子校に一人で来たら、ダメ」
穂乃果ちゃんは満面の笑顔で跳びはねるように俺の左腕に纏わり付いた。
穂乃果「嬉しいよ!しょーくんっ!天使だなんて、照れちゃうよ~。じゃあさじゃあさ!もちろん穂乃果の事、好きだよね?」
うーむ、なんかこの会話は聞き覚えがあるような気がするのだが、この流れに逆らう事は難しい。
紫音「も、もちろん好きだよ。μ'sの娘は全員、俺にとって天使みたいな存在で・・・穂乃果ちゃん?」
もはや定番と化しているが、穂乃果ちゃんは俺の話を最後まで聞かず、今度は周りをキョロキョロと見渡していた。
穂乃果「うーん、やっぱりこの辺じゃロマンチックな所はないか~。東京ってこれが不便だよね・・・えーい、仕方ない!」
紫音「ちょっと?穂乃果ちゃん?どこ行くの??」
穂乃果ちゃんは秋葉原駅方面に向かっていた進路を若干変更し、俺の左腕をぐいぐいと引っ張って歩き、穂むらの近くの昌平橋公園に入った。
この公園は、3ヶ月前にことりちゃんと夜に入って以来である。
昼間は向かいのレンガの壁が見え、その下には濃い緑色ではあるが神田川が流れていて、悪い雰囲気ではない。
ただ俺にとっては、ことりちゃんを泣かせてしまった罪悪感と共にある公園なのであった。
中央の街灯の下で、穂乃果ちゃんは立ち止まって俺の腕を放した。
3ヶ月前の事が頭を過ぎる。
穂乃果ちゃんは眼鏡と野球帽を自分のスクールバッグに仕舞い、替わりに綺麗な模様の包装とレースのリボンが付いた小箱を取り出した。
穂乃果「しょーくん!いつもμ'sを手伝ってくれて、応援してくれて、私を励ましてくれて、ありがとう。大好きだよ!これ、受け取って!それで、私と付き合って下さい!」
紫音「おお、ありがとう。これ、チョコだよね。ゴメン俺、今日お返し持ってなくて・・・あれ?付き合う?」
俺が小箱を受け取ると、穂乃果ちゃんは一歩近寄って来た。
穂乃果「お返しは1ヶ月後って決まりでしょ?そうじゃなくてそれを受け取ったんだから、返事をしてよ」
紫音「返事?返事って何?」
穂乃果「もう何言ってるのしょーくんっ!それを受け取ったんだから私達は今から付き合うの!恋人同士なんだよ!それで良いでしょう?」
紫音「へ?受け取ったら恋人?チョコを?」
穂乃果「もう酷いよしょーくん!とぼけないで!とにかく返事をしてよ!私達、今から付き合うって事で良いよね?」
返事「つきあう」 = ほのうみハーレムルート
返事「つきあえない」 = 海未ルート(○選択)
何故か理由が判らないが、穂乃果ちゃんの機嫌がどんどん悪くなって行く・・・しかし俺にはもう、恋人がいるのだ。
紫音「ごめん穂乃果ちゃん・・・俺、その・・・穂乃果ちゃんの事凄くかわいいって思ってるし大好きだけど・・・付き合うのは、出来ないよ」
その言葉を聴いた穂乃果ちゃんの顔は、みるみる表情を失くし能面のようになり・・・下を向いてしまった。
しかしそんな時間は長くはなく、俺が何と言葉をかけようか考えているうちにハンカチでさっと目を拭った穂乃果ちゃんは、小さな笑顔を作って言った。
穂乃果「やっぱり、そうだよね。しょーくん、海未ちゃんが好きなんでしょ?もしかしてもう、付き合ってるのかな?」
穂乃果ちゃんの呟くような声に、俺は金縛りにあったように言葉を発する事が出来なくなってしまった。
穂乃果「ほんとはね、判ってた。スノハレの歌詞を海未ちゃんが見せてくれた時、いくら私が鈍くったって判っちゃったんだよ」
穂乃果ちゃんはスクールバッグを左肩にかけ、両手を後ろに組んで川の方へゆっくり歩き出す。
穂乃果「スノハレはね、μ'sの全員で言葉を出して9人で作詞したの。希ちゃんがラブソングが良いって確かに言ったけど、少なくとも私達が出した言葉の中には・・・」
穂乃果ちゃんは神田川とブロック塀を背に、公園の手すりにもたれ、俺を振り返った。
穂乃果「私達の言葉には、あんな切ない言葉はなかった。全員で作る約束の歌詞に、恋人はキミって、そう言いたいって、誰の事だか丸判りだよ!μ'sが恋愛禁止だから、しょーくんと海未ちゃんは、ずっと我慢してたんだよ!」
何も言えない。
穂乃果「バカだよ、我慢して。付き合っちゃえば良かったんだよ。そしたら私だって、こんなに必死にバレンタイン作らなくたって・・・」
我慢していたのだろう、穂乃果ちゃんは一瞬で顔が崩れ、盛大に泣き出した。
俺は穂乃果ちゃんに駆け寄り、彼女の頭を抱きしめた。
紫音「ごめん、ごめんよ穂乃果ちゃん。一生懸命チョコ作ってくれたんだね。ありがとう。付き合うのは出来ないけど、ずっと友達でいて欲しい」
穂乃果ちゃんは俺の腰に手を回し、お互いに抱き締めあう形で穂乃果ちゃんは泣き続けた。
抱き合っていた時間は多分1分にも満たなかったと思う。
穂乃果ちゃんは泣き出した時と同じく、唐突に泣き止んだ。
俺から離れ、ハンカチで目を拭う。
心配で見つめる俺を、まっすぐに見返してきた。
穂乃果「泣いちゃって、ごめんね。こうなるかもって事は昨日から考えてて、泣かないようにしようって思ってたんだけど」
更にティッシュを出して洟をかんだ。
穂乃果「ねえしょーくん、もうわがまま言わないから、最後にもう一回だけ、お願い聞いて」
俺はゆっくりと頷いた。
穂乃果「もう一回だけ、私を抱きしめて・・・キスして」
紫音「えっ?俺、付き合えないけど、良いの?日本では恋人にならないとキスしないって・・・」
穂乃果ちゃんはスクールバッグを足元の石畳の上に置き、抱きついてきた。
穂乃果「大丈夫、恋人になってってもう言わない。キスも初めてじゃないから。ね?お願い」
囁くように話す真っ赤な目の穂乃果ちゃんの頼みを、断る事は出来なかった。
昌平橋公園は通りから丸見えなので、俺は手すりの一番奥に穂乃果ちゃんを立たせ、自分の体ですっぽりと彼女を覆うように抱きしめた。
穂乃果ちゃんの柔らかくて良い香りがする髪を撫で、上を向かせる。
穂乃果ちゃんは俺を見つめ、俺の首に手を回して、背伸びした。
俺は彼女の腰を引き寄せ、目を閉じた彼女の唇に、唇を重ねた。