ラブライブ・メモリアル ~海未編~   作:PikachuMT07

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第53話 恋人

色々あった冬休みも終わり、俺は学校と部活とバイトの日々に戻った。

寒い事もあり俺は朝練をランニングに切り替え、毎朝神田明神を通るように走ったが、三年生が揃わなくなったμ'sは朝練が無くなったようで、一切会えなくなった。

おそらく全国優勝する為の新曲を作っているのだと思うが、午後も神田明神でμ'sと会うことは無く、海未ちゃんが道場に練習に来る事もなかった。

Linerでぽつぽつされる発言から読み取ると、3年生の入試は次のような様子で進行しているようだった。

 

絵里先輩は以前、将来的にはロシアと日本の両方に関係する仕事に就きたいと考えていると言っていたが、第一志望は国際キリシタン大学の世界関係学科らしい。

滑り止めはW大学の国間教養学科で、いずれにしても国家公務員一級試験を受けて外交官を目指す事が予想される。

希先輩はスピリチュアルな事に関連するのかは判らないが、少なくとも文化史を勉強したいようで、第一志望はマーチのH大学の史学科、第二志望はニットーコマセンのT大史学科だそうである。

マーチやニットーが何を意味するのかさっぱり判らない俺だったが、現役合格すればかなり凄い事のようだ。

にこ先輩は保育系の短大に進学するようで、これは現在のにこ先輩の成績で何事も無ければ合格できるとの事だった。

 

     ■□■

 

1月17日には花陽ちゃんの誕生日があった。

自分の誕生日に色々貰った俺は、紅音経由でプレゼントを贈った。

内容は上野動物園のペアチケットと例によって動物を模したティーカップのセットである。

ことりちゃんにあげた物の色違いのものだ。

花陽ちゃんからは「最近忙しくて動物園行けて無かったんです!ありがとうございます!」と大喜びのLinerが返ってきた。

楽しんで欲しいと伝えると「ペアチケットなんて、私も紫音さんを誘って良いって事ですか?でも凛ちゃんに怒られますよね」と返信されたのには少し驚いた。

友達としてなら全然問題無いだろう、と返しておいた。

花陽ちゃんと動物園デート、多少の炎上には目をつぶりトライするのが漢《おとこ》というものであろう。

 

     ■□■

 

1月末には音ノ木坂学院の入学試験があった。

翠音は亜里沙ちゃんや雪穂ちゃんと同じ高校に進学したい気持ちが強く、両親も紅音と一緒に居てくれた方が安心だという事で、特に揉める事なく音ノ木坂学院を受験した。

受験の二週間前から我が家に真姫ちゃんが来て翠音と亜里沙ちゃん、雪穂ちゃんの勉強を見てくれる機会が数回あった。

紅音が教えられれば良いのだが、俺と同じく紅音は国語と社会が出来ない。

ニューヨークでは日本人学校ではなく、インターナショナルスクールに通っていたせいである。

我が家にいずれも素晴らしいレベルの美少女中高生が3人も来ているので、俺は何かと用を見つけては実家に行くのだが、その度に紅音に追い返されてしまった。

確かに真姫ちゃんが音ノ木坂の短い制服のスカートを揺らしながら歩くのは、眼福を超えて毒である。

 

     ■□■

 

2月に入ってすぐ、まずは中学生3人が音ノ木坂学院に合格した。

我が家で合格祝賀会を行った(俺は某有名店のロールケーキという参加費を払って参加を許された)際の亜里沙ちゃんの喜びようは半端ではなかった。

これで憧れのμ'sに入れる!と全員に抱きつき(俺はどさくさ紛れに亜里沙ちゃんの細い体を強めにハグしておいた)、はしゃいでいた。

紅音「でも・・・絵里先輩は卒業しちゃうから、一気に3人入れ替わると結構イメージ変わるかも知れないわね」

紅音がそう言うと亜里沙ちゃんも途端にトーンダウンしてしまった。

冷静というより萎んでしまった亜里沙ちゃんが、暗めの声で告白する。

亜里沙「実はお姉ちゃんも、μ'sは学校存続の為に穂乃果さんがすっごい吸引力で作ったグループだから、穂乃果さんがメンバーを変えてもやるって言わないと、無理だろうって言ってました」

雪穂「ウチのお姉ちゃんね~昔からすっごく声が大きくて図々しくて、お姉ちゃんがわっと言うと男子とかも大抵言うことを聞いちゃうんだよー」

判る~!俺はウンウンと頷いた。

俺の動きに翠音が突っ込む。

翠音「お兄さまぁ、今は特にお兄さまを褒めてないよぅ」

雪穂「アイドル研究部は星空先輩が部長で存続しそうだし、お姉ちゃんは歌うの好きだけど、絵里先輩が居ないとダンスはかっこよくならないし・・・」

雪穂ちゃんはため息を吐きながら言った。

雪穂「やっぱりメンバーが変わってもお姉ちゃんのやる気があるか、だよね。一応お姉ちゃんに入りたいって言ってみて、反応が悪かったらおそらく全国大会以降は考えてないと思うよ?」

一同をため息が包み込んだ。

そこで話を聞いていた母さんが口を出した。

瑠璃音「考え方次第ね。穂乃果さんがやるって言って翠音も入れて3人で入部しても、初めから3年生みたいには出来ないから、自分も傷つくし周りの期待も裏切ってしまうわ。3学期になって校門の前はどうなの、紅音?」

紅音「そうね、A-RISEに勝ったせいで今までUTXビルに居たような子がウチに来て出待ちしてるわ。特にことり先輩と真姫は凄いわね。今日珍しく9人揃ってグラウンドで練習してたから、出待ち凄いかも」

雪穂「あ、そういえばついにお姉ちゃんもこの前出待ちされたって言ってた」

それを聞いた俺はうっかり感想を口にする。

紫音「いやースノハレの穂乃果ちゃんはハンパなくかわいかったからなあ~俺も知り合いじゃなかったら並んだかも」

紅音「お兄ちゃんは黙ってて。確かに心無いファンの中には、メンバー入れ替わりでレベル下がった!とか言う人は居そうだよね」

瑠璃音「そういう声をはねのけて頑張るのも良いけど、東京代表だからそういう時間を貰えないかもね。そうならμ'sじゃない別のグループで作り直した方が、自分のペースで頑張れるとは思うわね」

母さんは亜里沙ちゃんと雪穂ちゃんの顔を見回して言った。

瑠璃音「大きなモノを背負って立つのは大変なものよ。それにμ'sの力で輝いても、自分の力で輝いている実感を持てないと、自分を許せなくなるかも知れないしね」

それを聞いた雪穂ちゃんと亜里沙ちゃんは受験勉強の時よりも難しい顔をして考え込んでしまった。

瑠璃音「あと、出待ち対策を学校側でやってくれないと心配ね。二人ともとってもかわいいから。まずは高坂さんのお姉さんに聞いて、それから考えるのが良いと思うわ」

紫音「ちなみに俺は二人がどんな形のアイドルになっても絶対応援するから。なんなら公認スタッフもやっちゃうよ」

紅音・翠音「お兄ちゃん(お兄さま)は黙ってて!」

俺の言葉に激しく突っ込まれた・・・うう、最近妹が冷たい。

俺は思わず母さんに言ってしまった。

紫音「母さん、何とか凛ちゃんと亜里沙ちゃんと雪穂ちゃんを俺の妹にする方法無いかな?そういう法律とか・・・痛ててて」

最後まで話せず俺は翠音に耳を引っ張られソファーからカーペットまで移動させられ転がされた。

そのまま翠音は俺の右腕を腕ひしぎ十字固めにし、紅音は足四の字固めに入った。

紫音「ちょっと!お前らミニスカートでサブミッションはやめなさい!痛っ!痛ててててててて!ゴメンなさいお兄様が悪かったですホントにすみませんでした許して下さいキミ達が一番かわいい妹ですう!」

亜里沙「ハラショー」

雪穂「良いなあ優しいお兄ちゃんで。ウチのお姉ちゃんは絶対、やられた振りとかしてくれないもん」

優しいお兄ちゃんを演じるのは大変な痛みを伴うのであった。

 

     ■□■

 

その日の2~3日後、亜里沙ちゃんと雪穂ちゃんはμ'sには入らない事を穂乃果ちゃんに伝えたようだった。

今の9人がμ'sであり、自分達が入って今の3年生が居ないチームはμ'sではないと考え、別チームを作る事にしたのだそうだ。

アイドル研究部には来年も真姫ちゃんが居るのだから、曲は作って貰えそうだが、作詞は自分達で頑張るしかないだろう。

海未ちゃんは穂乃果ちゃんに頼まれる以外の作詞はしないだろうから。

 

     ■□■

 

その直後に3年生の入試が本命、滑り止めとも終わり結果発表を待つ状態に入ったとLinerに発言があった。

絵里先輩は滑り止めは確実、本命も手応えがあった様子が伝わってきた。

希先輩も滑り止めはまず合格、本命はぎりぎりらしいが、浪人する余裕が無いので滑り止めしか合格しない場合、そちらに進学するとの事だった。

μ'sは早速、全国大会で使う新曲の歌と振り付けに入ったようである。

 

     ■□■

 

その後の数日のうちに、次々と合格通知がLinerに書き込まれた。

惜しくも希先輩の第一志望だけダメだったものの、にこ先輩の短大も含め全員4月以降の行き先が決まった。

そしてμ'sは今週末の日曜を利用して9人揃って遊びに行くとの事だった。

俺も行きたいが、ここは水入らずにしてあげたい。

 

     ■□■

 

その日曜、俺は午前中は弓道の練習をし、午後は高校の友達と遊びに行った。

帰ってきてLinerを見るとμ's9人は電車で遠くの海を見に行って帰ってくる途中のようだった。

浅草の遊園地、ボウリングやゲーセン、9人がしたかった事を全て実行したそうである。

俺は全員が見れるLinerの板に「お疲れ。無事に帰るまでが修学旅行だよ」と書いておいた。

その日、ずいぶん遅い時間に海未ちゃんと二人だけの板に「明日、会って下さいませんか?」と書き込みがあった。

 

     ■□■

 

月曜はバイトだったので時間まで弓連神田道場で待ってもらい、バイト後に俺は道場まで海未ちゃんを迎えに行った。

海未ちゃんは学校の行き帰りと同じ、制服の上に紺のAラインのコートとマフラーの姿だった。

俺達は並んでゆっくりと、神田明神まで歩いた。

平日の夜も遅い時間、神田明神は人気も無かったが、何度もトレーニングを見た階段の方へ進む。

立ち止まった所は、あの夜海未ちゃんに告白して逃げられた場所であり、皆の練習やにこ先輩の語り、買い食いで正座させられたりと、想い出がいくつもある場所だった。

 

振り返った海未ちゃんはまっすぐに俺を見上げてきた。

海未「昨日、μ's全員で海を見ながら話して決めました。μ'sは来月で終わりにします。4月以降、μ'sはありません」

紫音「そっか。判ってたけど、やっぱりちょっと淋しいね。俺に言っちゃって良かったの?」

海未「そうですね、あなたは公認スタッフですから、知る権利が有ると思います。ですがそれ以上に、私が伝えたかったのです」

なんだか少し固い声で話す海未ちゃんに、俺は少し違和感を覚えた・・・何か有るのかな?

紫音「えーと?μ'sの終わりを伝えたかったの?それが今日の用事?」

俺がそう聞くと海未ちゃんは一回下を向き、何度か深呼吸した。

いつもと違う雰囲気を感じ俺は心配になった。

紫音「大丈夫?海未ちゃん寒いんじゃない?ちょっと震えてる気がするけど。体調悪いなら送るから帰ろう?」

俺の言葉を聞いた海未ちゃんは、下を向いたまま手を振り、更に何度か深呼吸をした。

それから顔を上げ俺を見つめた海未ちゃんの大きな瞳は、わずかに細められいつもより潤んでいるようだった。

海未「ですから、μ'sは一区切り付いた、終了したと私は判断します。もし4月以降、何か有るとしてもμ'sという形では有り得ませんし、私は参加しません」

紫音「・・・そうだね、亜里沙ちゃん達もそんな事言ってた。それで?」

海未「それでって!・・・に、鈍いのですね!もっとちゃんと考えて下さい!」

怒られてしまった。

海未ちゃんはまた下を向いて深呼吸している。

紫音「ゴメン、怒らせたなら謝るよ。だから体調悪いなら帰ろう?きっと風邪引いたんだよ。顔も少し朱いし」

だが顔を上げた海未ちゃんは、今度は大粒の涙を浮かべていた。

海未「風邪なんて、引いてません!あなたのその優しさが、時に他人を傷つけるのですよっ!」

完全に怒られてしまった・・・うーむ、どうしよう。

俺が思案していると海未ちゃんはまたゆっくりと顔を上げた。

海未「あなたが・・・もしあなたがまだ私を待って下さっているのなら、私と・・・」

そこまで言われても、俺はまだ海未ちゃんが何を言いたいのか判らなかった。

海未「私と、正式に交際して欲しいのです。あなたを・・・心より、お慕いしています」

海未ちゃんがその言葉を絞り出したあと、俺はたっぷり3秒は放心していたと思う。

海未ちゃんがまっすぐに俺を見つめているのに気付き、我に返った。

紫音「え、ええ~~っ!だってその返事はμ'sが終わった後だって・・・」

海未「はい。ですから終わりが確実になりましたので・・・やはり女の子から告白など、はしたないと思うのですが・・・自分から言い出した事ですし、我慢出来ず、お話ししました」

頭が空白になった・・・ほとんど何も思考できない・・・しかし、何とか言葉を返さねば。

紫音「いや・・・全然はしたなくなんて無いよ。すごく嬉しい」

海未「この3ヶ月、あなたは色々な女の子と仲良くして・・・もう私の事なんて何とも思っていないのかとも思いました」

紫音「そ、そんな事はないけど」

と、思うが・・・俺はそう返しながらことりちゃんや穂乃果ちゃん、凛ちゃんの事を想い浮かべ、少し自信が無くなった。

海未「初めはあなたを穂乃果やことりに近づけさせないという気持ちもありましたが、気が付けば、あなたを誰にも取られたくないと、そう思っていました」

自分の思考をまとめる時間も欲しい・・・しばらく海未ちゃんの話を黙って聞く事にする。

海未「私にとってあなたは、道場の初心者であり、μ'sのお手伝いさんでした。それが、私が傷つけた穂乃果を助け、私を叱り、ことりを連れ戻した時から、あなたは私にどうしても必要な人になりました」

寒い2月の夜、月光と明神様の境内の明かりに照らされる彼女は、やはりアルテミスの化身なのかも知れない。

そう思うほど美しかった。

海未「あのデート、今でも凄く楽しかったと思います。そして私に想いを告げて下さった時から、私は自分を誤魔化せなくなりました」

俺を見つめた彼女の瞳から涙がこぼれ落ちた。

海未「あの夜、逃げてしまって本当にごめんなさい。私の返事を待っていて下さり、ありがとうございます。もしかしたらあなたはもう、私から心が移ってしまったのかも知れません」

海未ちゃんは溢れる涙を手で拭きつつ言った。

海未「こんなわがままでヒステリーで、痩せっぽちで可愛くなくて、女の子から告白するようなはしたない女ですが・・・まだ私を想っていて下さるのなら」

海未ちゃんは一歩俺に近づいた。

いつでも抱きしめられる距離である。

海未「弓道に一生懸命で、優し過ぎるほど優しいあなたが、大好きです。私の恋人になって下さいませ」

 

不思議な気持ちだった。

喜びと驚きと、心地好い緊張と、達成感だろうか・・・そしてほっとした気持ちがあった。

俺は一旦海未ちゃんから視線を外して話し始める。

紫音「はは、俺諦めてたわけじゃないんだけどさ、いつまで待つのかは考えないようにしてたよ」

ポケットに手を入れて俯く。

紫音「学校の友達の誰に聞いてもさ、それはキミが俺を断る理由を探す時間を稼いでるだけだって。返事は無いか、Noだって、皆に言われた」

彼女を見つめる。

紫音「俺もそう思ってたよ。その後スノハレを聴いてキミがどう想っているのか、俺なりに予想はしたんだけど、怖くて信じられなかったんだ。キミはただ希先輩に頼まれてラブソングを書いただけかも知れないって」

海未ちゃんの目からはまた涙が溢れていた。

もう、この娘を泣かせたくない。

俺はこの半年で必ず装備するようになったハンカチを毎度のように取りだし、差し出しながら言った。

紫音「泣かないで。俺の彼女になる娘は、わがままでもヒステリーでも意地っ張りでも痩せっぽちでもアイドルじゃなくても良いけどさ」

海未ちゃんがハンカチを受けとる。

紫音「そんな涙でくしゅくしゅの顔の娘は、嫌だよ。今から俺達、恋人なんだから、恋人と一緒に居る時くらい、笑ってよ」

海未ちゃんは俺のハンカチを握りしめたまま俺を見つめ・・・大粒の涙が頬を伝った瞬間、俺の胸に顔を埋め激しく泣きはじめた。

海未「ごめんなさい~少しだけ、少しだけ泣かせて下さい~うわーん良かった~良かったです~ありがとうございます~」

そのまま1分は泣かれた気がする・・・人が来ないかヒヤヒヤした。

泣く娘は困るとも、言っておくべきだっただろうか・・・と俺はパニックに陥りそうな頭で考えていた。

 

時間も遅いのでまだしゃくりあげている海未ちゃんの右手を左手で握って引きながら、俺達は神田明神を後にした。

ゆっくりと園田邸に向かって歩く。

紫音「大丈夫?そろそろ泣き止んだ?」

海未「ごめんなさい、またあなたの優しさに頼ってしまいました」

紫音「そうだよ、外で女の子を泣かせてるなんて軽く犯罪者だよ。泣くのと暴力とおっかないのは是非止めて欲しいね」

海未「はい、そうします・・・あ、そういえば先ほど、私がわがままでヒステリーで痩せっぽちと言った時、全部それを認めましたね?」

紫音「え、ええ?いや、認めたって言うかそんな女の子でもキミなら好きだって意味で・・・」

そこを突っ込まれるとは思っていなかった俺は、盛大に焦った。

海未「そこは普通、わがままでもヒステリーでもないから安心して付き合おう、と言う所ではありませんか?しかも意地っ張りって足していませんでしたか?」

うーむイカン、遺憾、この展開はいかんぞ!

紫音「いやほら俺もそう思ってるわけじゃないけど、ええーと流れ的にさ、欠点が有っても受け止めるって言う方が伝わるかなぁと思って。意地っ張りって?そんな事言ったかなあ俺?」

必死に誤魔化しを考える。

紫音「あ、そうそう海未ちゃん悲観するほど痩せてないよ。お姫様抱っこは結構重かったし。あの痩せっぽちって言葉があったから、否定すると太ってるって意味になりそうで否定出来なかったんだよ。あの痩せっぽちって何の意味?」

言い終わった途端、左肩をグーでポカッと叩かれた。

海未「お、重かったとは何ですか!こ、恋人に向かって失礼ですよっ!その、痩せっぽちと言ったのは、女の子らしい体型をしていない、という意味です・・・」

紫音「体型?スタイルの事?ああ、絵里先輩や希先輩はちょっと凄過ぎるよ。あの人達と比べたらほとんどの女子高生が痩せっぽちだよ」

そこで止めておけば良かったのだが、俺としてはついさっき出来た恋人を勇気づけたい気持ちがあった。

紫音「花陽ちゃんやことりちゃんも胸大きくてスタイル良いけど、あんな理想の娘が彼女だったら心配でオチオチ寝てられないよ。穂乃果ちゃんや真姫ちゃんくらい胸があったら十分なんだけど、それは贅沢と言うものだし」

俺は手を繋いで左側に居る彼女を見た・・・俯いている。

紫音「確かに海未ちゃん、胸もお尻も小さいけど全然気にする事ないよ。μ'sの皆がスタイル良過ぎるんだよ。俺は海未ちゃんのスタイル可愛いと思ってるし大好きだよ。だから痩せっぽちとか思わないでいいよ」

海未「ほほう」

漲る殺気に俺は自分が喋り過ぎた事を悟った。

海未「む、胸もお尻も小さくて悪かったですね!」

頬っぺたをつねられた。

紫音「あ痛たたた」

海未「どうせ私は年下の花陽や真姫にも負ける体型ですっ!フォローしようとする考えは判りますが正直過ぎます!あなたもやっぱりことりのような女の子らしい体型が好きなんじゃないですかっ!」

紫音「ゴメン、ゴメンよ、俺の言い方が悪かったです!好きになった女の子のスタイルなんて気にしないよって言いたかったの!」

その謝罪でようやく頬っぺたが解放され、俺は(左手は海未ちゃんの右手を離さず)右手で頬を摩りながら言った。

紫音「そりゃあね、好きになった女の子のスタイルが良いに越した事はないけどさ、少なくとも俺はキミをスタイルで選んだんじゃないし、そんな事よりキミには素敵な所たくさんあるよ。だからコンプレックスを持たないで。ね?」

そこまで言ってようやくお許しが出たようである。

海未「なんだか釈然としませんが・・・私の欠点を全て受け入れるつもりがある事は判りました。私こそあなたを信じきれず不要な猜疑心を抱いていたようです」

海未ちゃんはため息を吐きながら俺を見上げた。

海未「さっきまで、あなたに告白して断られたら?ことりや穂乃果を好きと言われたら?そう考えるとあの子達より劣った所ばかり思いついてしまい、不安になっていました」

紫音「あはは、不安になる必要なんて無いよ。紅音にも言った事あるけど、俺、小さい胸も大好きだから。欠点なんて思ってない」

ポカッ!海未ちゃんはグーで俺の肩を叩き、その後は俺の腕に頭を預けながら言った。

海未「もう!気持ちは伝わりましたけど、小さいの一言は余計ですっ!」

俺達は見つめあい、吹き出して笑った。

 

園田邸に辿り着き、門の前で繋いでいた手を離した。

そういえば手を放せとは言われなかったな。

俺は自分の恋人を見つめた。

視線が交わると途端に恥ずかしくなってきた。

慌てて別れの挨拶をしようとして、俺は一つ大事な確認事項を思い出した。

少し恥ずかしいが、今日言った方が良いだろう。

紫音「今日はありがとう。ほっとしてる。あの、お願いがあるんだけど。キミを『海未ちゃん』じゃなくて、『海未』って呼んでも、良いかな?」

返事は意外と即答だった。

海未「はい、最初からそのつもりです」

紫音「じゃあ今から海未も、俺の事は『しおん』だよ!」

そう言うと海未は顔を紅潮させ「はい、頑張ります」と小さな声で言った。

紫音「じゃあね、海未。俺、明日は部活だよ。お休み」

海未「はい、お休みなさい」

俺達は手を振って別れた。

 

     ■□■

 

自分の部屋に戻るとようやく実感が湧いてきた。

あの黒髪の美少女、東京ナンバー1スクールアイドルμ'sの園田海未が俺の恋人なのである。

嬉しさで舞い上がった後、俺は重要な事に気付き憂鬱になった。

凛ちゃんはともかく、ことりちゃんと穂乃果ちゃんには、俺達の事を伝えないわけにはいかないだろう。

特にことりちゃんは、絶対に泣いてしまうに違いない。

大好きなあの娘を一体何回泣かせば気が済むのだ、俺は・・・。

とんでもない大きさの自己嫌悪が俺を包んだ。

じっくり腰を据えて、出来る限りあの娘が泣かないように伝えられる方法を考えよう。

そう考えて俺は寝てしまった。

そんな余裕が無い事に、思い至っていなかったのだ。

 

日本ではクリスマス以上の恋愛イベントであるバレンタインデーが数日後に迫っている事を、俺はほとんど意識していなかった。


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