ラブライブ・メモリアル ~海未編~   作:PikachuMT07

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第41話 デート その4

浜離宮恩賜庭園を後にし、俺達は再び水上バスに乗った。

今回の船は先ほどより一回り大きく、デッキも広い。

日の出桟橋を出発したところから気持ちの良い速度で進む船のデッキから、俺達は周りを見た。

船はもう隅田川ではなく、東京湾にいる。

レインボーブリッジの下を風を受けながら進む船のデッキは・・・11月も半ばに入ってくる今の時期、若干寒い。

海未ちゃんの長い黒髪も風に大きくなびいている。

紫音「おっと~」

ずっと海を見ている海未ちゃんの横顔を見ていたせいで対応できたのだが、ベレー帽が風に飛ばされるのを、俺はさっとキャッチした。

海未「あ、ありがとうございます」

紫音「良い景色だね、ちょっと寒いからこれ着なよ。ベレー帽は俺が持っておくから」

俺は自分のジャケットを脱いで海未ちゃんの肩にかけた。

海未「あっ・・・その・・・ありがとうございます・・・」

紫音「いいよ、いいよ。海未ちゃんて目は良いの?」

海未「そうですね・・・視力は、悪くはないです。1.2くらいですから普通です」

紫音「それならだいたい俺と一緒だね。海未ちゃんはさ、海、好きなの?」

海未「そうですね、名前に一字入っているくらいですから・・・好きです。ただこの潮の香りは・・・少し嫌になる事があります」

紫音「そっか~、確かに。慣れると気にならないけどね。ほら、羽田空港に降りる飛行機が見えるよ!」

俺達はそんな話をしながら船の左右の眺めを楽しみ、船室で少し休んだ頃、船がお台場海浜公園に到着した。

 

ジャケットとベレー帽を交換し俺達はお台場デッキズ下の桟橋から陸に上がった。

階段でデッキズに上がる。

さすがに休日昼間のお台場は家族連れ、友達同士、カップルと様々な人が多数行き交っている。

とりあえず海未ちゃんとAqoursCityの中に入ろうとして・・・俺は変なオブジェを見つけた。

紫音「海未ちゃん・・・これさ・・・もしかして自由の女神?」

それは確かに、そうとしか見えない物ではあるのだが・・・疑わざるを得ないのはそのサイズで、ニューヨークのそれよりも大分、小さい。

海未「そう、ですね。そうだとしか見えませんが」

紫音「う~んと・・・ニューヨークの女神の3分の1くらいの高さだから・・・容積は27分の1、か。デザインはそんなに違わない気がするけど、もっと小さく見える」

海未「私には程度は判りませんが・・・大きさは確かに、これは小さい気がします」

紫音「どうしてこれがここにあるのか知らないけど、やっぱりニューヨークの自由の女神は大きくて迫力あるよ。海未ちゃんも見れると良いね!」

海未「そうですね・・・見たいですが、私がニューヨークに行くなんて・・・ちょっと想像もできません」

この時からわずか4ヶ月後、海未ちゃんがニューヨークの自由の女神の前に居るという想像が出来る者は、この時点では当然誰も居なかった。

俺達は女神像を眺めながらデッキズを歩いた。

紫音「ね、海未ちゃん、あの辺じゃない?1,2JumpのPVを撮影したの」

約3ヶ月前に早朝に撮影し、文化祭前にμ'sをアイドルランキング20位以内に押し上げた思い出のPVである。

紫音「いや~懐かしいね!もうあれから3ヶ月か・・・早いな~。あの時海未ちゃんは制服の下に白い水着・・・痛ててててて」

海未「忘れなさい!!今すぐ忘れなさい!!」

俺の左手の甲を強烈につねりながら海未ちゃんが命令する。

紫音「嫌だよ、すっごい楽しい思い出だから!痛てて」

俺は海未ちゃんの攻撃を振り払って逃げ出した。

紫音「まったく、暴力的だなあ・・・そういう事するともっと思い出すぞ。そうそう、穂乃果ちゃんグッジョブだったなあ~」

海未「し、紫音さん!それ以上言ったら・・・許しません!待ちなさい!」

紫音「つねられるために待つ人はいませ~~ん!」

からかうと怒って追いかけてくる海未ちゃんを見ていると・・・楽しい。

俺は笑いながら逃げ、海未ちゃんに追われつつAqoursCityの中に入った。

 

AqoursCityの中もやっぱり多数の人が行き交っており、俺達はふざけるのをやめて歩き出した。

このショッピングモールは横に長く、吹き抜けやベランダへの抜け道、斜めに配置されたエスカレータ、通路にもイベント展示やショップがあり、なかなか複雑な作りである。

俺達はとりあえず近い所から順に、モール内のショップを見てまわった。

実はこの先どうするという予定を考えていなかった俺は、ここならまず話題がなくなる事はないだろうと予想を立てていた。

紫音「海未ちゃん、どこか見たい店ない?今度は俺が海未ちゃんの行きたい店について行くよ」

海未「・・・はい、そうですね・・・」

しかし海未ちゃんは紅音や翠音と違い、雑貨屋やアパレルにはあまり興味がないらしく・・・俺はちょっと困ってしまった。

だいたいこの手のショッピングモールに妹達と来ると、俺は何もしなくてもあっちの店こっちの店と連れまわされ、これがかわいいあれがオシャレと勝手に会話が進むので、俺は適当なコメントを返せばそれで済むのである。

海未ちゃんはまったく逆で・・・若い女の子が溜まっているアパレル店が有っても入り口から店内をざっと眺めるだけで、俺の斜め後ろに戻ってきて言葉を発しない。

紫音「どうしたの?かわいい服いっぱいあるじゃない?海未ちゃんにも似合いそうなの、きっとあるよ?」

海未「・・・いいえ、ちょっと私の趣味ではありません。スカートが・・・短すぎます。色ももう少し派手さを落としたモノでないと・・・」

もう冬向けのファッションがほとんどなので展示はミニスカートよりロングスカートのほうがぱっと見、俺でも分かるほど多いのだが・・・お気に召さないようだ。

海未ちゃんは俺の斜め後ろのポジションをほぼキープしており、ネズミーショップとサンリコショップで若干反応を示したものの、どの店も基本はスルーである。

店はたくさんあるのだがどれも眺めるだけなので(何しろ俺には海未ちゃんの服を選ぶ技量も度胸も無い)、俺達は通路をどんどん歩き階を移動し・・・レストラン街のようなフロアに入ってしまった。

さすがにまだ腹は減っていないので、ざっと見回して移動しようとした時、俺達はお姉さんに声をかけられた。

店員「こんにちは!そこのウェディングプランショップの者です!すみません、デートの邪魔しちゃってごめんなさい。今当社のキャンペーンでモデルを探してて・・・少しお時間ありますか?」

一息に畳み掛けられ、俺はちょっと反応に困った。

紫音「え、え~と?」

海未「いえ、デートではないのですが・・・何の御用でしょうか?」

海未ちゃんはデートという単語に反応してしまったようだ。

店員「・・・ごめんなさい、デートでない方でも良いんですけど、ウチのウェディングプランのキャンペーンで、写真の背景を世界中の景色に入れ替える『行ったつもりウェディング』っていう企画があって、そのモデルを探しているんです」

店員の話を要約すると、ウェディングドレス姿の写真をスタジオで撮り、例えば「ローマの休日」のスペイン広場の背景に入れ替えると、そこで結婚式を挙げたような記念写真ができるそうだ。

通常は衣装のレンタル代や化粧代等も入り相当お高い写真らしいのだが、今日に限っては衣装のみの料金込みで千円で良い、という事であった。

話を聞いているうちに俺達はその店の前まで歩かされていた。

大学生だろうか・・・まず結婚なんてまだまだであろう若いカップルが、着替えて撮影の順番を待っている。

どうも本当に結婚を考えているお客さんだけでは稼働率が悪いので、空いているスタジオを使用し若い女の子に気軽に写真だけでも結婚気分を味わってもらい、ついでに結婚に対する意識調査をして店も覚えてもらう、という企画のようだ。

俺は海未ちゃんがこんなの絶対やるわけない、と思ったのだが・・・それまで雑貨屋もアパレルもスルーしてきた海未ちゃんが意外にも、店員の話を最後まで聞いたのだった。

どうしたことだろうか。

既にAqoursCityに入ってから立ち止まった店で、最長タイムとなっている。

しかも海未ちゃんは店員の話を聞きながら、チラチラと俺を見ている。

店員「あなたみたいな綺麗な子だったら・・・今のうちに写真だけでも撮っておくのはイメージ作りに良いです。店としても、高校生、大学生にこの写真を利用して楽しんでもらいたいの。値段も安くプリクラ感覚で」

なんだか海未ちゃんは考えこんでいる。

俺は探りを入れてみた。

紫音「もしかして海未ちゃん、これ、撮ってみたいの?」

海未「そ!そんな事ありません!わ、私達はお友達であって・・・そ、それに園田家はおそらく角隠しですから・・・意味がありません」

紫音「つの?つのかくし?それどういう意味??」

店員「ああ、角隠しは日本式の結婚式で着る白無垢っていう着物と髷に合わせる頭巾の事ですよ。着物のウェディングスタイルの一つね」

店員さんが知らない俺に解説してくれた。

紫音「へ~。ああそうか・・・そしたら海未ちゃん、結婚式で着物しか着れない可能性があるって事か。じゃあ尚更、今着ておいたほうが良いんじゃない?」

店員「そうですよ、もし家が厳しい所で好きなドレス着れないなら、今日はチャンスです!恋人じゃなくてお友達同士で利用する子、いますよ」

店員が畳みかける。

海未「・・・で、ですが、この人となんて・・・は、恥ずかしいです」

・・・恥ずかしいと言っている割には、とっとと歩き出す気配が無いんだよな。

俺は自分の思い至った考えにまったく自信が無かったが・・・そうとしか思えない。

まあ一応どちらにも対応できるように言ってみるか。

紫音「え~っと・・・海未ちゃんは俺が相手じゃ嫌だと思うから断ってくれて良いんだけど、もし良かったら・・・俺がこれ、やってみたい。俺が金出すし、誕生日だからわがまま言ってもいいでしょ?海未ちゃん、一緒にやろうよ」

海未ちゃんは大きな目をいっぱいに開いて俺を見上げて言った。

海未「・・・し、仕方のない人ですね!そんなにやってみたいんですか。そこまで頼まれるなら・・・やってあげてもいいです。でも勘違いしないで下さい!あなたとその、将来的にこうなりたいわけではありませんから!」

う、うわあ当りだった・・・予想外にこれ、やってみたい人だったんだ海未ちゃん。

紫音「うん、もちろんだよ・・・俺達友達同士だし・・・話のネタって事で」

俺がそう言うと海未ちゃんも店員に頷き、店員は俺にウィンクして笑顔で順番を取りに行った。

大丈夫かね、ほんと。

 

今日は値段が安い事もありメイクは無しで衣装を借りて着替えるだけで準備は整う。

俺はこの年齢でまさか1年に二回も白のタキシードを着るハメになろうとは夢にも思わなかったが・・・今日は気合を入れるべきだろう。

俺が着替え終わってから更に5分ほど待たされた後に登場した海未ちゃんは・・・まさに一輪の可憐な花であった。

褒めなくてはいけない、と思うのだが・・・うまく言葉にできない。

海未「お、お待たせしました・・・ど、どうですか、似合いますか?」

紫音「いや・・・その・・・綺麗過ぎて、言葉にできない・・・。とにかく、綺麗だ」

俺は自分の顔が赤面しているのを強烈に意識した。

海未「・・・あ、当たり前です、この姿の女の子は、一生で一番・・・綺麗なものなんです」

紫音「あはは、じゃあこの姿の女の子が暴力を振るったり怒ったりはしないよね・・・恥ずかしがるのも無しだよ!」

海未「!!い、いじわるな事・・・言わないで下さい!」

海未ちゃんはまたぷいっと明後日の方向を向いてしまった。

頬はほんのりと上気しており・・・静脈が透けて見えるほど色白の海未ちゃんには、かえって健康的に見える。

ビスチェタイプの純白のドレスは肩や胸元を大胆に露出させ、控えめだが美しい胸のラインと華奢なウェストを華やかに包んでいる。

腰から下のスカート部分は緩やかに大きく広がり床まで届く長さがあるのだが、このボリューム感のせいで海未ちゃんのウェストは更に細く見える。

肘より大分長い手袋もさらけ出した肩を一層可憐に見せている・・・これは俺が絶対領域を好き過ぎるせいかも知れないが。

海未「ど、どこを見ているのですか!そんなに見ないで下さいっ!嫌らしい・・・」

紫音「ごめん・・・その、別にエッチな事を考えてたわけじゃなくて・・・あんまりキミが綺麗で、どこ見ていいか判らなくて・・・」

海未「また!!もう!そんな恥ずかしい事・・・それに容易く綺麗だとかかわいいとか・・・言わないで下さい!」

紫音「ええ?じゃあ・・・海未ちゃん、馬子にも衣装とは良く言ったもんだよね。鬼みたいな女子でもこんなにかわいいなら毎日これ着れば・・・ぐほっ!」

腹を殴られた。

海未「しっ、失礼にもほどがあります!あ、あなたが着て欲しいというから着たのに・・・さ、最低です!」

えええ・・・褒めるのはダメでからかうのもダメなのか。

紫音「ちょっと海未ちゃん、この服借り物なんだから、抑えて抑えて。判ったよ・・・じゃあ良く考える」

俺は何て言えば合格点が取れるか考えて・・・言った。

紫音「海未ちゃん、そのウェディングドレス、すっごく似合ってる。恥ずかしいのにがんばって着てくれて、ありがとう。すごく嬉しいよ」

海未「・・・そ、そのこちらこそ、褒めてもらって、ありがとうございます・・・またお金も出してもらって・・・でも、その・・・これはあなたのわがままであって・・・あなたの為に着たのではありませんから!勘違いしないで下さい!」

紫音「はい、俺のわがままだって事は判ってるけどさ、照れるね。とりあえず座ろうよ」

なんとか合格点だったかな・・・俺達は待合のベンチに横並びに座った。

ふと見ると俺達より前の大学生らしきカップルの撮影が佳境を迎えており・・・俺と同じタキシードを着た彼が、彼女をお姫様だっこしている。

カメラマン「ええ、その角度で。あ、別にホントにする必要ないですけど、キスする感じで顔を近づけてもらっていいですか?」

すると彼女のほうが彼の首に巻いた手を斜懸垂の要領で折り曲げ、彼も右腕で精一杯彼女を持ち上げて、顔が接近していった。

海未「は・・・はわわわわぁぁぁ」

カメラマンはキスする必要はないと言ったのだが・・・そのカップルは俺達の目の前でキスした。

お~お熱い事で・・・と思った瞬間、俺の視界は真っ暗になった。

海未「紫音さん!!ダメ!!見てはダメです~!!」

どうやら・・・俺の右横に座っていた海未ちゃんが、俺の目を手で押さえているようである。

紫音「ちょっ!海未ちゃん・・・見えないんですけど・・・えっとあのカップルがキスしてる所、見ちゃダメって事?海未ちゃんは見ていいの?」

俺の目を覆う海未ちゃんの手の力が・・・一層強まった。

海未「何を言ってるんですか!私だって見てはダメです!私は目をつぶってるんです!あ、ああいうキ・・・キ、キスという物は秘め事であって・・・他人がうっかりと見て良いものではないのです!」

あ、なんか俺の右腕に海未ちゃんの・・・控えめな胸が当っているような・・・目が見えないから良く判らないけど。

紫音「う~ん、海未ちゃん独自の倫理観?道徳?みたいなものは良く判ったけど・・・俺ら二人とも見えなかったら、いつ目を開けて良いか判らないよ?」

海未「・・・はっ!・・・で、では仕方ありません・・・少しだけ指に隙間を開けますから、紫音さん見て確認お願いします」

なんかお化けが出た時みたいな感じだな・・・と思っていると俺の視界が一部回復した。

既にカップルはお姫様だっこも終了していた。

紫音「海未ちゃん、大丈夫だよ。終わってるよ」

海未「は~~っ。良かったです」

完全に視界が開けた後、俺はため息を吐いている海未ちゃんに言った。

紫音「海未ちゃん・・・確かに他人の前でいちゃついたりするのはみっともなくて、キスは二人きりの時するっていう日本人的な考えも判らなくはないけど・・・」

俺は一旦区切り、顔を上げた海未ちゃんの目を見て言った。

紫音「アメリカに長く居た俺の感覚からすると、抑えられず溢れ出る気持ちとか、お互いを思いやる気持ちが大きくなると、他人の目を気にしてる場合じゃなくなって、普通にしちゃうんだよね、キスって」

海未ちゃんはいつになく俺を真剣に見つめている。

紫音「家族や恋人が無事に家に帰って来たってだけで、すごく嬉しくなってキスするし、ハグするんだよね。それはエッチな気持ちじゃなくて、安心の気持ちなんだよ。海未ちゃんにはそういう大切な人、いない?」

海未「・・・大切な人はたくさん居ますが・・・キ、キスはしません!」

紫音「そっか~。ウチはまあ日本に帰ってからはあんまりしないけど、親父はハーフだからキスするのが当たり前の文化なんだよね。アメリカだとキスしないとケンカしてるとか思われちゃう時あるよ。ほとんどの人は回りの目を気にしないし」

海未「・・・わ、私には・・・難しそうです」

紫音「大切な人が夢を叶えたとか、危険な旅から無事に帰ったとか、とにかく嬉しいやありがとうの気持ちが溢れると、自然にキスしちゃう気持ち、俺は判るな~。あのカップルもやっぱり気分が盛り上がっちゃったんだろうね。海未ちゃんにもきっと、他人の目が気にならなくなるくらい大切な人がそのうちできるよ」

海未「・・・あなたが言う意味は、なんとなく想像できるのですが・・・私にはその想像すら・・・恥ずかしいです」

紫音「ウチなんて昔は親父と母さんはしょっちゅうキスしてたし、俺も子供の頃は家に帰った時と寝る時、それから妹と仲直りする時とかは必ずキスしてたし・・・」

イメージしかないのだが、海未ちゃんのお父さんは日本舞踊の家元なわけだから絶対に他人にキスを見られたりしない人なんだろう。

紫音「とにかく、キスはエッチな気持ちの時だけにする事じゃないって判ると、少し抵抗がなくなると思うよ」

海未「はあ・・・そういうものでしょうか・・・頭では判っても、私は拒否してしまいそうです」

やっぱり海未ちゃんはきちんとした日本の礼儀や観念を身に付けているのだろう。

歩く時に俺の斜め後ろに戻ってくるのも・・・お母さんがそういう歩き方をするのかもしれない。

身に付くのと縛られるのは違うんだけどな・・・そんな事を思っているといよいよ俺達の順番がやってきた。

 

緑色の垂れ幕が天井から床まで届き、さらに絨毯のように床に広がっている。

俺達はその床も天井も背後もすべて緑一色の部屋に立ち、ポーズを取った。

といっても横に並んだだけである。

カメラマン「彼女、綺麗な子だね~でも表情固いよ!はい二人とも笑って!」

確かに海未ちゃんの笑顔はガッチガチである。

紫音「海未ちゃん、アイドルでしょ!!?笑って笑って!あ、俺、にこ先輩の紹介ポーズやろうか?」

海未「そ、その格好でにこのポーズを・・・ぷっ、やめて下さい!気持ち悪いです!」

俺はタキシードでにこ先輩のポーズを海未ちゃんの前で決め、笑顔でウィンクした。

なんとか笑ってもらえた。

しかしそんな小技が効いたのもここまでだった。

カメラマン「それじゃあ、さっきのカップル見てたよね?お姫様だっこ、行ってみようか~。キミの体格ならできるでしょ」

おいおい・・・さらっと言うな。

紫音「・・・どうする海未ちゃん、やっていい?」

海未ちゃんは上気した顔で一旦俺を見上げ、その後目を左右に泳がせていたが・・・数秒後にこくっと頷いた。

これはやっぱり凛ちゃん効果だな・・・。

海未「・・・その、あなたがしたいのなら・・・どうぞ。私はどうすればよいのですか?」

紫音「はは、じゃあお言葉に甘えて。海未ちゃんは、まず左手を俺の首にかけてくれる?そう。で、両足が床から離れたら、右手も俺の首にかけてね」

俺は右手を海未ちゃんの背から腰へ斜めにおき、左手で彼女の両足を膝後ろから一息に掬って持ち上げた。

海未「きゃっ!」

海未ちゃんは素早く右手を俺の首に回し力を入れてしがみついてくれた。

お陰で背筋で彼女の体重を支える事ができる。

海未「・・・も、持ち上がっています・・・そ、その・・・重くありませんか?」

紫音「別に重くないよ・・・そりゃキミは凛ちゃんや穂乃果ちゃんより背が高いし、凛ちゃんはすっごい細いからそれよりは重いけど、持ち上げられないほどじゃない」

海未「・・・やはり・・・凛より重いのですか・・・もういいです。降ろしてください」

紫音「ごめん、そんなつもりじゃなくて・・・だって軽いって言ったらウソです!って怒るでしょ?ちなみに穂乃果ちゃんは首に掴まれる状態じゃなかったから重くて大変だったよ」

カメラマン「はい、そのポーズで笑って一枚撮ります!あ~彼女、笑顔笑顔!彼氏、笑わせて!!」

海未「・・・」

海未ちゃんは俺の腕の上で小さな声で「彼女なんて彼女なんて彼女なんて」とお経のように唱えている。

紫音「ほら海未ちゃん、また笑ってって」

海未「わ、笑えません!何もないのにこの体勢で笑えるわけないです!」

確かに・・・。

海未ちゃんが笑うような面白い話なんてできるかなと思うが・・・仕方ない、この前の出来事を話してみるか。

紫音「海未ちゃん、お姫様だっこで思い出したんだけどさ、俺の高校のクラスでお姫様だっこの話題になってさ。俺のクラス、俺以外に誰もお姫様だっこした事あるヤツいなくて」

海未ちゃんは俺が自分の学校の事を話すのが珍しいので、お経をやめて聞いてくれている。

紫音「誰かが男同士だけどちょっと練習でやってみようって言って小さい男子を持ち上げたんだよ」

海未「男の子同士で、ですか?」

紫音「そう、男同士でお姫様だっこ。そしたらクラス全員でお姫様だっこする事になっちゃってさ、最後は要するに力比べ大会だよ」

海未「・・・それは・・・気持ち悪いですね」

紫音「でしょ?俺もだっこされちゃったけどさ、最後に柔道部とラグビー部のゴツイ男子がお互いに持ち上げられるかやって、柔道部がラグビー部のデカイ男をだっこして優勝」

海未「・・・なんか凄そうです」

紫音「それでその時点から、優勝した柔道部の男に付いたあだ名が『抱かれたい男ナンバーワン』・・・最悪でしょ?」

海未「・・・ぷっ・・・ふふ、それは最悪ですね・・・うふふ」

カメラマン「お、少しほぐれてきたね・・・彼氏、もう一歩!」

ええ??もう一歩とか、俺の腕もそんなに長い時間持たないぞ・・・。

俺は海未ちゃんの顔を見て、まず自分が改心の笑顔を見せた。

海未ちゃんは急に俺が笑ったので、不信感もあらわに俺を見た。

紫音「海未ちゃん、ごめんね」

海未「?」

俺は改心の微笑みを維持したまま、右手の手首を返し、無防備になっている海未ちゃんの脇の下の秘孔を突いた。

海未「!し、紫音さん?く、くすぐったいです」

俺は満面の笑顔で言いながら、空いている指を総動員した。

紫音「こちょこちょこちょこちょこちょ・・・」

海未「うふ・・あは・・ふふっし、紫音さんふはっ!ひ、酷いですふはは・・・悪ふざけ・・・ふはは、後で・・・覚えておきなさいうふふふ!」

カメラマン「はい、その笑顔頂きます!」

シャッターが切られた。

最後辺りはなかなか改心の笑みだったと思う。

すべてが終わった後が超恐いけど。

 

カメラマン「じゃあすみません、最後に、本当にする必要ないんだけど、キスする感じで顔を寄せてみて」

うっそ~~それ全員にあったの?やらないってわけには・・・いかないか。

紫音「・・・えっと、いや、絶対にキスしたりしないから・・・ちょっと近づけていい?」

海未ちゃんはくすぐりが終わって怒りで真っ赤な顔をしていたが・・・そう聞くとまた瞬時に緊張の表情に戻り、こくこくと頷いた。

俺は右腕の筋力を出力最大にし・・・俺と海未ちゃんの顔は10cmくらいまで近づいた。

ああ~もう早くシャッター切って!色々と我慢の限界!!

ほどなくシャッターは切られ、ウェディングフォトイベントは終了した。

脚が床に降りた瞬間、海未ちゃんはくすぐった事を猛烈に怒り始めた。

が、着替えがあるので一旦更衣室へ行くよう店員に指示され、俺を睨みつけながら着替えに向かった。

俺もそそくさと着替えに行き・・・戻って来たらちょうど、写真が出来あがっていた。

一枚は立ち姿で、エーゲ海をバックにギリシャの神殿の前で結婚式を挙げた風の写真。

もう一枚はお姫様だっこで・・・ヨーロッパの石畳と大きなステンドグラスが嵌った窓がある教会を背後に笑っている二人の写真だ。

着替えて戻って来た海未ちゃんは、俺の手元の写真を覗き見て、特にお姫様だっこの写真が気に入ったようだ。

海未「紫音さん、本来は私をくすぐるなんてセクハラです。許さないつもりでしたが・・・確かに私一人では笑えませんし、今回はこの写真に免じ、特別に許します」

このタイミングで謝るのがベストだろう。

紫音「ご、ごめんなさい」

何とかお許しを頂き、俺はエーゲ海の方の写真をもらった。

顔が近づいている写真は、近づいているが故に顔が一部隠れており、俺達を良く知っている人でないと判別できないと思われた。

この写真は店の外にあるモニターに、何日か宣伝で流れるという事だ。

まあ良いか。

俺達は穂乃果ちゃん達の事を完全に忘れ去っていた。


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