ラブライブ・メモリアル ~海未編~ 作:PikachuMT07
海未はそろそろ怒った振りをやめようとしていた。
しかしきっかけが掴めない。
そのうちホームに地下鉄が入って来た。
仕方なく「先に乗ります!」と紫音に言って車両に乗った。
笑ったつもりだったのだが・・・自分でも笑えていないと思う。
デート、と言われた。
判っている。
これはデートに決まっている。
銀座線のドアにもたれながら、海未は今朝の事を思い出す。
■□■
花陽が炊きたての新米、凛が茹でたじゃがいもと卵焼き、少しの野菜を持って海未の家に来た所は予定通りだった。
3人でお弁当を作りながら凛はずっと海未と花陽の事をうらやましがっていた。
予定と違ったのは花陽が突然「凛ちゃんがそこまで言うなら私、残る」と言い出した事である。
凛の好きな紫音と凛なしで丸1日、一緒にいるなんて、凛に申し訳ないし凛を慰めたい、と言うのである。
海未が困っていると、焼き上がったクッキーを持ったことりが来て、海未の味方になってくれると思いきや、花陽に味方し「ことりと凛ちゃんを慰めて」と言った事が更に予定を狂わせた。
結局海未が一人で行く事で押し切られてしまい「デートだにゃ!」と凛に言われてしまったのだ。
更にことりはなんだかいつもより甲斐甲斐しく、海未の服装にあれこれと指示を出し、母親のように各部をチェックし、最後には化粧までしてくれた。
日本舞踊と幼い頃から接し、日常的に家族の化粧姿を見てきた海未にとって化粧自体にそれほど抵抗は無いが・・・やはり気恥ずかしい。
その後3人から「デートがんばって!」と言われ送り出されたのがつい30分ほど前の事だ。
その時から・・・自分がものすごくデートを意識してしまっている事を自覚していた。
だが、それでも今の状態をデートと思うわけには行かない。
思ってしまったら・・・おそらく歯止めが利かなくなるだろう。
先月の弓道大会で紫音を応援に行ったのに、あのかおりという子に先を越され・・・悔しくて素直になれずことりに「嫉妬」と指摘された日。
あの日から海未は自分の心が抱えている物が何なのか、懸命に判らない振りをしようとしていた。
ことりが刺した言葉の釘は深かった。
「好きなわけない」「そんなの判らない」と否定すればするほど、自分が紫音にどう思われているか、どう思われたいのかを強く意識している事を自覚してしまうのだ。
さすがにもう自分を誤魔化せない所まで来ていた。
海未は紫音の事を好きになってしまっているのだ・・・しかもかなり重度に。
穂乃果や凛が紫音の事を話していると、辛くなってしまうほどに。
■□■
それを思いついたのはアーカーベー劇場の下にある「ドンキーホテイ」を歩いていて、おもちゃのダーツを見つけた時だ。
このダーツを練習して「ラブアローシュート」という技にし、このダーツに当った者は例外なく海未に夢中になる、というのはどうだろう?
元々「ラブアローシュート」はμ'sのファンに向けて、自分のアピールポーズにしようと思っていた振り付けなのだが・・・この技で放たれた矢に当った男の子は必ず、海未を一番気になる女の子として意識してしまうという設定だ。
ばかばかしいとは思ったが、おもちゃが安かった事と、以前ケアルメイドカフェで紫音とダーツ対決をして惨敗した事があったのを思い出し、買ってしまった。
しかもそれを偶然とはいえ本当に紫音に中ててしまうとは・・・その時の嬉しさと恥ずかしさと来たら、よく走って逃げ出さなかったものである(その結果、紫音に謝罪されてしまったのも後味が悪かった)。
こんなおもちゃに願掛けしてしまうほど、海未は自分が紫音を好きになってしまった事が判っていた。
だがそれを穂乃果や凛に知られるわけには行かない。
知られてしまったら、海未の一番大事なもの・・・親友やμ'sの仲間を傷つけ、崩壊させてしまう。
自分の理性が、自分の都合で仲間との関係を壊してしまう事を、恐れていた。
日増しに大きくなる心の叫びと痛みを、何とか理性で押さえ込んでいるのが今の海未なのだ。
海未の冷静さを支えてくれるもう一つの要素はμ'sの恋愛禁止令である。
紫音がバイト先の子と恋仲になっても、少なくとも自分を始めμ'sメンバーは全員、身動きが取れない(はずだ)。
だから海未も動かない。
抜け駆けはしたくない。
そもそも抜け駆けしたって、紫音の周りの女の子の中で一番かわいくない自分が、なんとかできるはずもないのだ。
だから今日はデートと思うわけには行かない。
好きの気持ちなんてない、判らない振りをしなければいけないのだ。
デートで紫音を独り占めして嬉しくなって、もし心の叫びが理性を超えてしまったら・・・自分はどうなってしまうのだろう。
そんな嬉しさ満開の最中に、自分を否定されてしまったら・・・それこそどうなってしまうのか。
恐くて想像すらできない。
私は今日はμ'sの代表として、日頃μ'sに尽力してくれる紫音の誕生日会を行っているだけに過ぎない。
そう思い込むのだ。
■□■
銀座線は上野に着き乗客がどっと乗り込んで来た。
ラッシュ時に近い乗車率だろう、周りは人だらけになってしまった。
紫音は後ろの乗客達に押しこまれ、大きなトートバッグを抱え、立ち難そうにしている。
それでも紫音は海未がもたれているドアに手をつき、海未の周りに10cmから20cmの隙間ができるようにしてくれていた。
海未は自分がすっぽりと紫苑の腕の中に入っていて、その腕に守られているお陰で楽に呼吸ができるし、ある程度身動きもできる事に気が付いた。
しかもなんだか少し、甘い良い香りがする。
ドアについた彼の手・・・女の子の手とは明らかに違う、弓道のタコがあって節がしっかりした手も、ドキドキを加速させる。
海未の近くの若いOLは・・・周りをそのOLより背の高いオジサン達に囲まれて押され、完全に身動きできなくなっていた。
普段歩いて学校に行く海未はあまりこのようなラッシュに出くわした事がなかったが・・・紫音と一緒で良かったと思い、紫音の顔を見上げた。
近い。
海未と紫音は本来、身長差が20cm以上あり、普段は海未の視線は紫音の肩より低い位置にあるのだが・・・今日の海未はヒールの高い靴を履いていた。
紫音の顔をこんなに近くでじっくり見たのは初めてだ。
お姫様だっこされた穂乃果と凛は・・・この位置で紫音の顔を見たのだろうか。
それを考えた時、海未の心が一気に羞恥心で満たされた。
頬が紅潮するのが自分でも判る。
その時後ろを見ていた紫音が海未を見下ろし・・・目が合った。
紫音は微笑んで、ちょっとびっくりしたような表情になった。
紫音の顔が海未の顔に近づいてくる。
海未は慌てて横を向き・・・紫音を押し返そうと手を紫音の胸に付けた。
後ろの乗客から海未のスペースを確保するため腕を突っ張っている彼の大胸筋は、力が入っているのだろう・・・とても厚くて固かった。
紫音は胸に置かれた海未の手を気にせず、海未の耳に口を寄せて囁いた。
紫音「ねえ海未ちゃん、今、海未ちゃんの事を褒めていい?ほら、急に褒めると怒るから許可をもらおうと思って」
とにかく恥ずかしさでいっぱいいっぱいの海未は、良く考えずこくこくと首を縦に振った。
紫音「今気付いたけど、海未ちゃん今日お化粧してるんだね。目尻がキラキラ光ってる。唇もいつも綺麗だけど・・・今日はもっと綺麗だ。すっごくかわいい。俺のために、ありがとう」
きゃあああああああ!!!いやあああああああ!!!
海未は地下鉄の車内で頭を抱え絶叫しそうになり、寸前でどうにかこうにか自分を押えこんだ。
この軽薄者!!考えなし!!ヘンタイ!!やらしい!!破廉恥!!誰にでも!!誰にでも同じ事言って!!私は騙されません!!私は絶対に騙されません!!
心に猛烈な速度で言葉が沸き・・・しかし車内なのでそれを口に出来ない海未は、両手を握り紫音の胸をぽかぽか叩いた。
またもや涙目になった瞳で、紫音を睨みつけてやろうと上目使いで紫音の顔を見る。
紫音の苦笑は・・・すぐ目の前だった。
またもや怒りより羞恥心が豪快に沸騰し、海未はまた慌てて下を向いた。
唇が少し震えた。
こんなに軽薄なのに・・・μ'sや私を守ったり優しくしたり弓道が上手だったり穂乃果やことりを助けたり・・・ズルイですズルイですズルイです~~っ!
どうしようもなく紫音の事を意識してしまう自分がそこに居た。
数ヶ月前までの蒼く透明だった海未は・・・どこに行ってしまったのか。
紫音は友達でμ'sのスタッフで・・・彼を好きだなんて誰かに知られてはいけない。
想いを告げるなんてとんでもない。
そんな事をして紫音が例えば「穂乃果が好き」と判明し振られでもしたら・・・死にたくなってしまうかも知れない。
やはりここは隠し通す一手だ。
混雑した車内で大きなスペースを作ってもらっているのに、精神的に苦しくなった海未は地下鉄のドアガラスにため息をつき、白くなったところに指で字を書いた。
「しおん」
ため息で作った白いキャンパスは一瞬で消え、書いた字は海未にしか判らない。
それでよい。
切なさはまだ心にしまっておくべきなのだ。
(スクフェス「Love marginal」プレイをおすすめ!)