ラブライブ・メモリアル ~海未編~   作:PikachuMT07

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第35.5話 幕間1:秋のあなたの空遠く

海未「とにかく!お祝いで差し上げます!宿題と来週の準備、お願いします!では!」

 

歩き出してから、海未は人生でも最悪レベルの自己嫌悪に陥った。

どうして私はかわいく振舞えないのだろう。

日舞の家元に生まれ日頃から女性というものを意識し、日本女性の美しい立ち居振る舞い、言動を身に付けてきたつもりである。

しかし紫音の前に出ると・・・怒って、意地を張って、冷静でないみっともない自分になってしまうのだ。

穂乃果を本当にうらやましく思う。

いつでも(まあ時々はダメな時もあるが)、誰に対しても天真爛漫で臆する事がなく、紫音が好きな事を隠そうともせず・・・自分から体を預けたり膝枕をしてもらったりする。

大和撫子としては絶対にありえないが、海未だって少女マンガのいくつかは読んでいる。

男の子がグッとくる言動を、穂乃果は何も意識せず実行できるのだ。

ことりだって本当にいつも冷静に良く周りを見ている。

紫音が自分から女の子に触ったりしているわけではない事は、もちろん海未も判っているが、女の子にベタベタしている彼を見ると理由もなく怒りが湧き上がる。

海未がそういう時もことりはきちんと状況を判断し、紫音が何をどう考えて行動しているか判って発言している。

凛ですらそうだ。

だが私は・・・自分は冷静でなくなってしまうのだ。

 

今日もかわいい女の子になれるはずの瞬間が何度もあった。

またかわいい女の子にはなれなくても、大和撫子とされる賢さを身に付けた女性ならばしないはずの言動をいくつもしてしまった。

あげくの果てに・・・紫音にもどうやら好きな女の子がいる事が確実と思った瞬間に、それが誰かを聞きただそうとし、破廉恥と指摘されてしまうとは・・・。

自分でも本当に破廉恥だと思う。

しばらく立ち直れそうにない。

 

そもそも今日は男子大会の予選から見に行き、紫音が射るところを見ていたのだ。

予選前、予選後、決勝前、決勝中と何度も声をかけるタイミングはあった。

だが状況が変わるたびにかける言葉を考え直していてなかなか声をかけられず、あのかおりという子が大声で紫音の名前を呼んだ時にすっかりパニックになってしまった。

紫音はいつも一人で練習している。

指導員の方に教えを乞うている時もあるが基本一人だ。

高校は男子高で、μ'sのメンバーには一応「恋愛禁止」のルールがある。

だから彼の周りの女子の誰よりも、弓道という武器を持つ自分が彼に一番近いと、ずっと思っていた。

それを完全に打ちのめされてしまった。

ミニストッパで楽しそうにデザートを作っていた彼、複雑なレジ処理を年上の女性に教える彼はμ'sメンバーの前ではあまり見せない顔をしていた。

彼の言葉がリフレインする。

「今日はあの娘に試合中に応援してもらってすっごい嬉しかったんだ。いつも俺は一人で試合に出てるから」

そんな事は分かっている。

自分の応援に来て欲しいからわざわざ女子の大会に、彼はほむまんを持って海未の応援に来るのである。

「佳織ちゃんは今日はわざわざ俺のために少し遊びを早く切り上げて来てくれたんだよ」

私だって・・・生徒会の仕事を片付け作詞を片付け、今日一日応援できるようにしたのに・・・と思う。

それならそうと言えばいいのに・・・自己嫌悪の大要因だ。

「あなたが色々な女の子にイタズラをしないか見張るためと、業務連絡です。来週の日曜のハロウィンライブで商店会との連絡役を頼みに来たんです」

どうしてあんな事を言ったのだろう。

穂乃果だったら「私だってあなたの応援に行ったんだよ!それなのにあんなかわいい子といちゃついて!浮気だよ!あの子との時間を邪魔しなかった私に感謝して欲しいくらいだよ!」などと言うのだろうか。

紫音のほうが穂乃果の物まねは上手だ。

また自己嫌悪は深くなる。

「相手が女の子なら誰でも触りたいとか思ってないから。好きじゃない女の子に触っても嬉しくない。海未ちゃんにだけは判って欲しい」

業務連絡だと言った時の淋しそうな顔や、女の子に変な事をしないかと疑われたと思った時の、彼の悲しそうな表情が脳裏に蘇る。

「別に顔が良くなくてもわざわざ来て大きな声で応援してくれたの、嬉しかったんだ。付き合ってはいないけど、そういうの可愛くて良い娘だなって思う」

紫音がかおりという子を『可愛くて良い子』と評した事は、明らかに海未の胸に傷を与え、今でもその痛みが強烈に残っているのを自覚できる。

本当は海未が彼を応援し、勝ったら一緒に喜び、負けたら再起を誓い、彼は紳士的な距離を保って仲良く一緒に帰るはずだった。

昨日描いたそんな青写真では、帰りながら海未も楽しく弓道や修学旅行の話をして、彼に良い子だ、かわいいと思ってもらえるはずだった。

そんな計画はすべて水泡に帰した。

この気分を鬱というのなら、鬱病は苦しいという事が充分に理解できた海未であった。

 

ベットに転がり悶々と自分を責めているとことりからメールが入った。

「紫音くんの試合どうだった?楽しく帰れた?いつまでもメール来ないからことりからしちゃった(^_-)-☆」とある。

海未は今日の顛末を簡単に書き、彼はまだかおりさんと付き合ってはいない事、好きではない女の子に触っても嬉しくないと聞いた時の自分のほっとした気持ちを送信した。

返信は「良かった!ことりもあんしん!(#^.^#)でもそしたらどうして早くメールくれなかったの?^_^;」である・・・これは、誤魔化せない。

仕方なく海未は、紫音が彼女をかわいいと思っている事、自分を疑わないで欲しいと言った事、紫音にも好きな女の子がいるのが確実な事を聞いて自分がいかにショックを受けたかを書いた。

また、紫音とかおりの後をつけたり、応援ではなく業務連絡と言ってみたり、ほむまんを素直に渡せない、女の子としてかわいくなれない自分が悔しいとも書いた。

しかしことりからは慰めのメールは来なかった。

「ねえ海未ちゃん、いつまで自分を誤魔化すの?(-_-;)それは嫉妬だよ。自分が紫音くんの一番じゃない事に焼きもちを妬いてるんだよ<`ヘ´>」

ベッドの上で海未はそのメールを読み、数分間硬直した。

違う、違う、自分は嫉妬でこうなっているのではない。

自分の計画がうまく行かなかったり、自分の女性の部分が理想とは大分違う事を嘆いているだけだ。

そもそもμ'sは恋愛禁止である。

一人の男性を好きになってはアイドル失格なのだ。

そう書いて返信した。

「それならそれでもいいけど・・・それじゃいつまでも素直なかわいい女の子にはなれないよ(-_-;)あとことりは・・・恋愛禁止なんて無理です。苦しくて心が張り裂けそう(*_*)」

その返信の重大さに、海未はまたベッドの上で数分間硬直してしまった。

 

私は紫音の周りの女の子に嫉妬しているのか?なぜ?

普通に考えれば私が紫音を好きだから・・・なのか?

あの軽薄者は穂乃果もことりも凛も、あのかおりって子も平気で抱き上げたり抱きしめたりかわいいと言ってみたり。

人が丈の短い衣装で踊る前で嫌らしい目をしたり、スカートの中を見ようとしたり・・・まずありえない。

だがこの半年、私が黙っててと言えば黙っているし、μ'sの無理難題を手伝ってくれて、穂乃果が倒れた時や傷ついた時はすごく行動力があった。

弓道の練習はすごく真面目で的を見据える目は真剣で・・・そして何より「弓道に私情を持ち込むな」と怒られたのは生まれて初めてだった。

私が泣いてしまった時も嫌がらず優しくしてくれた・・・。

判らない。

海未はすっかり何もかもが判らなくなってしまった。

少なくとも穂乃果と凛は紫音が大好きである。

凛なんかは最近めっきり女の子に目覚めてしまい(絶対にウェディングドレスで抱き上げられたせいだ)、海未からみても女の子女の子していてまさに理想の「恋するかわいい乙女」である。

私もウェディングドレスで抱えられたら、素直になれるのだろうか・・・そんな事が起こるはずはないから考えるだけ無駄だ。

でも私が素直になって、紫音を好きになってしまったら・・・いったいどうなるのだろうか?

少女マンガも真っ青の、何角関係なのかも把握できない展開である。

・・・紫音の気落ちが知りたい。

彼は・・・誰をどう思っているのか?

ただ・・・彼の周りの女の子はかわいい子ばかりで、どう考えても今日の自分の態度が好かれるはずがない事だけは、判った。

自己嫌悪だ。

こんな秋の夜は長くて辛い。

自分を責めるのにも疲れた海未は、予想も付かない紫音の気持ちに想いを馳せながら眠りについた。

 

(スクフェス「秋のあなたの空遠く」プレイをおすすめ!)

 


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