ラブライブ・メモリアル ~海未編~ 作:PikachuMT07
佳織ちゃんと手を繋いで歩き、μ'sを無視した事件の後、金曜、土曜と俺は事件の謝罪というか言い訳をするために神田明神に寄ったが、μ'sメンバーと会う事はできなかった。
試合も近いので仕方なく弓道の練習に打ち込み、土曜はバイトもがんばって帰宅した。
μ'sが学校で何をしているか紅音に聞いたのだが・・・紅音が言うには、μ'sメンバーはヘビメタバンド「キッス」のコスプレで校内を騒がし、理事長室に呼び出されていたとの事だ。
何やってんだろ・・・。
■□■
日曜は武道館の弓道場で東京秋季大会男子の部が行われた。
基本1校は3人のチームでエントリーし、団体戦は3人の合計点で争われる。
だが3人居なくてもエントリーは可能であり、俺は一人で参加した。
当然団体戦は俺一人分の点数しか入らない為予選落ちである。
しかし団体戦で4射的中を出した個人は、個人戦にエントリーされるのだ。
俺はなんとか4射的中し、個人戦決勝に進んだ。
本日の大会は男子の部のみであるが、共学の高校は男子の声援に混じってしっかりと黄色い女子の声も響く。
男子高である俺には一生縁がないし、女子どころか男子からの声援もない俺は、正直超うらやましい気持ちがあった。
そう言えば前回、海未ちゃんが俺にほむまんを渡しに来てくれた時、凄く嬉しかった事を思い出した。
確か・・・あれはことりちゃんの事を聞きに来たついで、だったか。
あとは偵察と言っていたか・・・試合中に声援してくれたりはしなかった。
海未ちゃんは恥ずかしがり屋だし・・・良く考えると10月はメールを何本か往復したが、ほとんど話せてはいなかった。
決勝前の大事な精神集中の時間帯に、そんな淋しい事を考えてしまい、反省しながら自分の番を迎えた。
決勝は競射なので、射損じた者から脱落する。
今年、予選で4射的中した者は12名おり、個人決勝はこの12名で争われる。
1射目で3人脱落した。
俺が2射目を射る時だった。
??「しおん先輩、がんばって~!」
初め俺はこの声援が自分に向けて飛んだとは、思わなかった。
決勝に残ったヤツに俺と同じ名前のヤツ、居たっけ?と思いながら射て、命中した。
2射目でまた3人脱落である。
3射目は6人だ。
既にここで外しても6位は確定である。
ふ~と俺は息を吐き、再度気合を入れた。
??「しおん先輩、がんばれ~~!」
今度こそ俺は自分に黄色い声援が飛んだのだと認識し、応援席を見た。
俺の視界に、佳織ちゃんが手を振っているのが見えた・・・嬉しい!!
俺は小さく手を挙げて返事し、3射目に向かった。
最終的に俺は4射目を外し、成績は4位であった。
来月の新人戦に強い手ごたえを掴んだという所である。
試合後、俺は着替えて応援席を探した。
佳織ちゃんは携帯をいじりながら待ってくれていた。
佳織ちゃんは私服で、白いブラウスに青白紺のタータンチェックのプリーツミニスカートを合わせており、茶色の上着を手に持っていたため、まあ制服に見えなくはない、という所だ。
男子大会の日にこの服装の娘は、目立つ・・・しかもこの娘の顔立ちは、とても整っているのだ。
紫音「佳織ちゃん、良くここが判ったね!ホント来てくれてありがとう!すっごい元気出たよ!俺さ、普段試合で声援とかかけられた事ないからさ~!」
佳織「ふふっ!どういたしまして!原宿に遊びに行った帰りにね、寄ってみたんだよっ!居るかな~って思って!決勝に残ってるなんて上手なんですねっ先輩、かっこいい!」
紫音「いや別にかっこ良くはないけどさ、結局3位には入れなかったし・・・でも今日は嬉しかったなあ・・・佳織ちゃんが来てくれて」
佳織「佳織も弓道の試合なんて初めて見たし・・・普段あんなに男子の人ばっかりな所行かないから・・・緊張しちゃった」
帰りは九段下駅から半蔵門線で三越前駅まで行き、そこで銀座線に乗り換え末広町駅まで、約10分の道のりである。
原宿の話(俺は行った事がないが)やバイトの話、弓道あるある話などで楽しく盛り上がっていると、あっという間に10分過ぎてしまった。
俺は今日のお礼にアーカーベー劇場1階のドーナツ屋で佳織ちゃんにドーナツをおごり、手を振って別れた。
佳織ちゃんの背中が見えなくなるまで目で追った後、心の中に、再度嬉しさがこみ上げてきた。
いつも回りの男子選手が女子と話していると気になってしょうがなかったが・・・今日はすれ違う男子が皆、佳織ちゃんを見ていた。
優越感に浸りながら、ハロウィンの飾りつけが始まった秋葉原の町を、実家に向かって歩き出す。
??「紫音さん」
突然背後から聞こえた声に、俺はギクっとなり立ち止まった。
恐る恐る振り向くと・・・そこには制服姿の海未ちゃんが居た。
海未ちゃんは・・・なんだか元気がない。
紫音「う、海未ちゃん・・・どうしたの、こんな所で?偶然だね。あっ俺ね今日、個人戦4位になったよ!惜しかったんだよ~」
ギクッとしたが優越感と好成績を残した嬉しさで、俺はテンションを上げながら報告した。
だが海未ちゃんの反応は期待と異なり・・・目も合わせてくれなかった。
海未「・・・知っています」
紫音「・・・えっ?」
予想外の言葉に反応が遅れる。
海未「・・・その、後をつけるつもりはなかったのですが・・・私も決勝からあなたを見ていました」
紫音「え、えええっ~!!な、なんで声をかけてくれなかったの!?」
海未「もちろん!!もちろん、声をかけるつもりでした・・・あの子が・・・あのかわいい子があなたに声をかけるまでは」
海未ちゃん少し大きめの声を出した事で、俺は冷静になり頭が回転を始める。
紫音「・・・かわいい娘って・・・佳織ちゃんの事か・・・」
なんだかこれは立ち話では闘えない気がする。
俺はUTXビルの方へ海未ちゃんを促して歩き始めた。
海未ちゃんは、歩きながら遠慮がちに声を出す。
海未「・・・その、そんな事を私が知る権利はないと思いますが・・・あの子とは・・・その・・・どういう・・・どうして応援に来ていたのですか?」
紫音「え~っと、佳織ちゃんはμ'sの皆が『ユメノトビラ』で掛かりきりの頃、バイトに入ってきて・・・俺が教育担当になったってだけで・・・皆ほど親しくないよ。もうすぐ出合って1ヶ月ってところ」
俺達はポツポツと話しながら歩き、UTXビルの一階にあるカフェの、店外のテーブルに席をとった。
弓をテーブルとイスの間に立てかける。
紫音「俺が弓道やってるって教えたのはあの日だよ・・・まさか応援に来るなんて思わなかったんだ・・・原宿に遊びに行った帰りって言ってた」
海未ちゃんは下を向いている。
ほどなく注文したカフェオレとミルクティーがテーブルに運ばれてきた。
紫音「海未ちゃん、どっちがいい?」
海未ちゃんはミルクティーを選んだので俺はカフェオレを飲んだ。
一息つくと、海未ちゃんは意を決したように、俺に聞いてきた。
海未「その・・・立ち聞きしたわけではないのですが、ずいぶん・・・楽しそうにお話してましたね。先日は手を繋いでいましたし・・・仲がよろしいのですね」
ああ、やっぱり手を繋いでいるように見えたのか・・・さあ、言い訳開始である。
紫音「いやあれは手を繋いでたわけじゃなくて・・・弓道で手にタコができるって話をしてて・・・バイト先では仕事してるからそんなに話とかできないんだよ。色々話したのは今日が初めてなんだ」
海未ちゃんはまた一口ミルクティーを飲み、何か覚悟した様子で言った。
海未「そ・・・それではあの方・・・かおりさんと仰るあのかわいい方と・・・その、お付き合いをされている、といった事はないのですね?」
紫音「お付き合いって・・・恋人かって事?あはは、それはないよ、まだ知り合って1ヶ月も経ってないんだよ?まだあの娘の事良く知らないもん」
海未ちゃんは「は~」とため息を吐いた。
紫音「あ、でもさ、今日はあの娘に試合中に応援してもらって、すっごい嬉しかったんだ。海未ちゃんは弓道部に先輩も後輩もいるから賑やかだけど、いつも俺は一人で試合に出てるから」
海未ちゃんの反応を見ながら続ける。
紫音「前回関東個人大会で海未ちゃんが来てくれた時も、正直すっごい嬉しかったんだけど、あれはことりちゃんの事を聞きに来た『ついで』、なんだよね?佳織ちゃんは今日、わざわざ俺のために、少し遊びを早く切り上げて来てくれたんだよ」
俺の中に試合中の優越感がまた少しぶり返してくる。
紫音「確かに佳織ちゃんは顔もかわいいけど、別に顔が良くなくても、わざわざ来て大きな声で応援してくれたの、嬉しかったんだ。付き合ってはいないけど、そういうの可愛くて良い娘だなって思うよ」
あれれ、海未ちゃんがまた、下を向いてしまった。
紫音「あ、えーと、海未ちゃんも今日、俺のために来てくれた、って事はない?それはちょっと夢見すぎか。なんかあった?あ、なんか『キッス』のコスプレで理事長に呼び出されたんだって?」
海未ちゃんの機嫌が回復しないため話題転換で話を振ると、海未ちゃんは怒ったように言葉を放った。
海未「今日は・・・あ、あなたが色々な女の子にイタズラをしないか見張るためと、その・・・業務連絡です。来週の日曜、歩行者天国でμ'sのハロウィンライブをやるので、秋葉原商店会との連絡役を頼みに来たんです」
海未ちゃんはバッグの中から、ハロウィンライブのスケジュールや秋葉原ハロウィンイベントの概要、着替え場所や事務局テントの場所の地図が入った封筒を出した。
俺は心の中で激しく落胆した・・・やはり俺を応援しに来てくれた感じではなさそうだ。
紫音「そっか・・・わざわざ持って来てくれてありがとう。読んでおくね。でもその・・・ついででもいいから、少しでも応援してくれたら・・・嬉しかったな」
俺は思わず言ってしまった。
紫音「あと・・・いつも俺が女の子に変な事しないか疑ってるみたいだけど・・・俺、相手が女の子なら誰でも触りたいとか思ってないから。好きな女の子だけだよ、触りたいって思うのは」
そう言ってから慌てて付け足した。
紫音「あ!でも好きな女の子が隙を見せたら触ってやろうとか、思ってないよ!言いたい事はね、好きじゃない女の子に触っても嬉しくないって事。そこは、海未ちゃんにだけは判って欲しいんだ」
海未ちゃんは小さな声で言った。
海未「わ、私はあなたの師匠なんですから、大きな声で応援なんて恥ずかしくて・・・できません。それからウェディングドレスの凛をお姫様だっこしたのは・・・嬉しかったのでしょう?」
うっ・・・それはまあ確かに。
紫音「そ、そりゃ凛ちゃんは大好きだから・・・嬉しいよ。でも本当は・・・」
海未「・・・本当は?」
くそっ、俺、言ってしまえばいいんだ・・・本当は海未ちゃん、キミのウェディングドレスを抱っこしたかったって・・・。
紫音「でもホントは、凛ちゃんよりももっと抱っこしたい人がいるよ」
ダメだ、俺。
でもUTXビルのカフェで言うべき事でもないと思う。
海未「・・・それは穂乃果ですか?それとも・・・先ほどのかおりさん、でしょうか・・・まさかコンビニの・・・あの綺麗な女性の事でしょうか?」
紫音「コンビニの綺麗な女性?ウチの店?・・・ああ、すみれさんの事か・・・」
ウチの店には綺麗な女性はすみれさんしか居ない。
あれ?でもなんでそっちに話が行っちゃうんだろう??
海未「すみれさん・・・またあなたは下の名前で呼んで・・・私があなたに下の名前で呼ばれるようになったのは知り合ってから二ヶ月近く経ってからですっ!」
紫音「・・・あれからもう5ヶ月か・・・早いね。名前はさ、海未ちゃん恥ずかしがって俺を穂乃果ちゃんやことりちゃんに隠してたから・・・偶然二人に会ってことりちゃんが名前で呼ぼうって言わなかったら・・・まだ『師匠』だったかも知れない」
そう指摘すると、海未ちゃんはまた下を向いてしまった。
サラサラの黒髪が少し隠している耳は・・・朱く染まっているように見える。
海未ちゃんは顔を上げて言った。
海未「は、話をそらさないで下さい!それでその・・・抱っこしたい人って・・・誰なのですか!?」
俺は自分が何を聞かれたのか、一瞬理解できなかったが・・・理解した後は盛大に焦った。
紫音「そ、そんなの言えないよ!海未ちゃん、そんな事聞いて・・・ちょっと破廉恥なんじゃない?」
俺もかなり焦っていて・・・思わず海未ちゃんを攻撃してしまった。
海未ちゃんは凄く悔しそうな表情をして涙目で真っ赤になった。
こちらを睨み、う~とかふぅ~というような呻き声?を発している。
海未「わ、わかりました!もう聞きません!あともう一つ業務連絡です!その・・・私達μ'sがA-RISEに勝つための特徴をアピールするとしたらどこか、考えて明日までにメール下さい!」
海未ちゃんはそう言うとミルクティーを飲み干して立ち上がった。
海未「あなたに、奢られるわけには参りません!おいくらですか!」
そんなに大声で言わなくても・・・。
紫音「いいよ別に、おごりじゃないよ。今日、応援・・・じゃなくて業務連絡でわざわざ武道館まで来てくれたお礼だよ。じゃあμ'sのアピールポイント、考えてメールしとく」
俺がそう言うと海未ちゃんはバッグの中をごそごそと探し、出てきた物をテーブルに置いた。
ほむまんだった。
海未「・・・穂乃果の家に寄ったついでに、買ったものです・・・紅茶のお礼に、差し上げます」
紫音「え、俺がもらっていいの?海未ちゃん自分が食べるために買ったんでしょ?ほむまん、海未ちゃんの大好物じゃん」
海未「そうです!私の大好物です・・・じゃあ4位に入ったお祝いです!もうすっかり私より上手になって・・・かっこ良くてズルイです」
紫音「え?何??後半声が小さくて聞き取れなかった」
海未「とにかく!お祝いで差し上げます!宿題と来週の準備、お願いします!では!」
紫音「あ、うん了解!じゃあね、海未ちゃん!」
俺は手を振ったが・・・海未ちゃんは振り返らず帰ってしまった・・・切ない。
怒らせてしまったのだろうか・・・好物のほむまんをくれるんだから、そんなに嫌われてるわけではないと思いたい。
とにかくツンの多い娘だからなあ・・・デレてくれる日は来るのであろうか・・・まずこのままでは来ないだろう。
俺は弓道大会で4位というかなりの好成績にも関わらず、幾分肩を落として家路についた。
μ'sの特徴はツン役とデレ役が分かれている所です、と書いて送ってやろうかと真剣に思ってしまった。
もちろんしないけど。