ラブライブ・メモリアル ~海未編~ 作:PikachuMT07
海未ちゃんを叱った日の翌日、バイト後に携帯を見ると海未ちゃんからメールが入っていた。
「明日ことりちゃんと3人で会ってくれないか」という内容だ。
明日は日曜、午前は弓道の練習だが午後はもちろんOKである。
日曜の午後、秋葉原駅前のハンバーガー屋さんに集合した。
ことりちゃんと会うのは文化祭1日目以来、約1週間ぶりであった。
紫音「おっす、ことりちゃん、久しぶり~」
ことり「あっ紫音くん・・・お久しぶりです。あの・・・文化祭のライブで倒れた穂乃果ちゃんを運んでくれて・・・本当にありがとう。まだちゃんとお礼言ってなかったから・・・」
紫音「ああ、みんなからもお礼のメール来たよ。まあでも、あの時男子は俺しか居なかったし、仮に穂乃果ちゃんに意識があっても足ひねってたんでしょ?」
ことり「・・・うん、そう」
紫音「担架が来るまで待ってたら体調がもっと酷くなってただろうからね。穂乃果ちゃんが軽くて良かったよ」
ことり「ううん、紫音くんが力持ちなんだよ。すっごくかっこ良かった・・・私・・・うらやましかった」
紫音「ん?いやいや全然かっこ良くないよ。マンガの主人公みたいに力あるわけじゃないからさ、ずいぶんそっくり返ってかっこ悪い歩き方だったと思う」
ことり「ううん、かっこ良かった・・・」
紫音「・・・そんな事言って~もう仕方ねえな!ポテトくらいお兄さんが奢ってあげよう」
ことり「そ!そんなんじゃないからっっ!」
俺は照れ笑いしながらレジカウンターに並び、ポテトのLサイズを買ってきてテーブルに置いた。
紫音「はい、3人で食べればちょうどいいでしょ!」
置かれたポテトを見て、ことりちゃんは気まずそうな表情をした。
海未ちゃんとことりちゃんは俺がレジカウンターに行っている間に、話す事をまとめたようだった。
海未「紫音さん・・・実は・・・昨日でμ'sは活動休止になりました・・・」
紫音「なっ・・・!活動休止!?」
海未「絵里やみんなで話し合って・・・やはり穂乃果がいないのではμ'sとして成立しないと・・・それぞれが何の為に何をがんばるのか、見つめ直そう、という事になりました・・・」
紫音「・・・って事は・・・ことりちゃんのお別れライブとかもやらない、って事?そ・・・そんな!」
海未「・・・にこと花陽、凛はμ'sを続けるそうです。私も誘われたのですが・・・断りました」
が~~~~ん!!この言葉を聞いた時の俺のショックはちょっと言葉にするのは難しい。
紫音「ほ・・・ほんとに??こ、ことりちゃんはそれでいいの?フランスで日本の事思い出したとき、こんなバラバラな皆を思い出したら・・・辛いよ?」
そう聞くと、俯いていたことりちゃんはようやく曇った顔を上げた。
ことり「・・・それはイヤだよ・・・。でも初めに抜けちゃったことりは・・・そんな事言う権利ないです・・・」
そのことりちゃんの言葉に、俺の感情が少々、昂ぶってしまった。
紫音「権利とか!関係ないよ!俺達友達じゃないの?俺なんて新参者だけどさ!キミたち3人は親友だろ!・・・権利とか関係なくて!こんなの良いわけないよ!」
海未「・・・先日紫音さんから、穂乃果が辞めると言った日ににこ以外は誰も自分から『続ける』と言わなかった事を指摘されました。やはり私たちはそれぞれ理由は異なれど、穂乃果を中心に集まっていたのです」
海未ちゃんの何もかも考えたと言わんばかりの冷静な返しに、俺も二人が苦渋の選択をしている事を、改めて理解した。
紫音「・・・マジか・・・」
頭を抱えてテーブルに突っ伏す。
しばらくそうしたあと、俺は顔を上げて尚も訴える。
紫音「海未ちゃん、ことりちゃん・・・μ'sやってる時、穂乃果ちゃんの為にあんなにキラキラ輝けたの?学校存続のためにあんなにがんばれたの?まあ絵里先輩はそうかもだけど・・・俺はキミら二人は違うと思ってたよ・・・」
そう言うと海未ちゃんもことりちゃんも、下を向いてしまった。
紫音「俺、確かに先生に弓道部が廃部にならない為に入ってって言われたけどさ、今は自分のためにやってるよ。弓道がうまくなっていくの楽しいもん」
いつもだったら言わない自分の感情を、今日の俺は伝えずにはいられなかった。
紫音「絵里先輩でさえ、学校のためにやっているようには見えなかったよ。すっごく楽しそうで、嬉しそうで笑顔が輝いてたよ。キミ達もだよ。とても穂乃果ちゃんの為にやってるようには見えなかった。俺、それが好きだったんだよ」
ことりちゃんは元気なく、また俯き加減である。
ことり「9人でいるμ'sは・・・学校とかラブライブとか、関係なく楽しくて宝物の時間だったよ・・・紫音くんだっていつも練習見に来てくれて・・・」
ああ、またことりちゃんは泣いてしまう・・・。
ことり「その宝物の時間は・・・ことりの将来より大切だったよ。本当は、穂乃果ちゃんの為だけにしてたんじゃない事は、分かってるんだけど・・・」
またいつの間にか、ことりちゃんの大きな瞳から、大粒の涙が流れ落ちていた。
次は海未ちゃんが言葉を搾り出す。
海未「以前、μ'sのリーダーを決めようという話が出た事がありました。部長はにこ、センターは持ちまわりですが、リーダーはハッキリ誰と決めなくても、穂乃果以外の全員は穂乃果がリーダーと認めていたのです」
海未ちゃんが話す姿も苦しそうである。
海未「だから穂乃果の為のμ'sではないにしても、リーダー不在では求心力が無いのです・・・本当にすみません・・・あんなに力を貸して頂いたのに」
紫音「・・・いや、それは俺が好きでやってた事だから良いけど・・・でも」
海未「・・・確かに9人での時間は、学校存続とか関係なく大好きな時間でした・・・。ただそれは9人揃ってこその時間だったのだと思います。穂乃果を入れた9人だからこそ、目的関係なく楽しめたのでしょう」
その言葉に、俺の中に皮肉な気持ちが沸きあがる。
紫音「誰か一人でも欠けたら、そこで魔法が解けて夢の時間が終わってしまうシンデレラの舞踏会って所か・・・なんか希先輩もそんな事言ってたような」
海未「はい、希はそう言っていました。9人でμ'sは成功すると・・・。すみません紫音さん、今日来てもらったのはこの話もありますが、もう一つお願いがあるのです」
紫音「お願い?」
海未「はい、結局μ'sは活動休止、9人でのラストライブも実現しないでしょう。ですからことりと穂乃果は・・・あの文化祭の打ち上げの日、ことりの誕生日会だったはずの日、泣きながら別れてからまだ一度も、直接会ってはいないのです」
海未ちゃんは言いづらそうに語った。
海未「・・・私としては、穂乃果とことりが、こんなケンカみたいな状態のまま何年も会わないというのは・・・耐えられません。何とか仲直りして欲しいのですが・・・」
ことりちゃんが涙を拭きながらこちらを見た。
ことり「海未ちゃん、穂乃果ちゃんをぶっちゃったって・・・海未ちゃんから穂乃果ちゃんに頼むのは・・・今は難しそうで」
ははあ・・・確かに。
ことり「できればことりも、穂乃果ちゃんとは最後に仲直りだけはしておきたいと思ってるの・・・見送りとかは淋しくなっちゃうから、いらないから・・・」
あれ?そういやあ俺も、あの日お姫様だっこして以来、一週間は穂乃果ちゃんと会ってないぞ。
それにしても海未師匠・・・短気は損気ですぞ・・・平手打ちしてなければ、ここまでこじれてはいなかったかも知れない。
紫音「わかったよ、俺から穂乃果ちゃんに、ことりちゃんと仲直りするよう頼んでみる。でさ、ことりちゃん、ホントに留学の話、もうどうしようもないの?」
ことり「・・・昨日海未ちゃんにも言われたけど・・・無理だよ。荷物も送っちゃったし、飛行機のチケットも取ったし・・・」
紫音「いやそんなのは送り返してもらえばいいし、チケットはキャンセルすればいいから決定的じゃないよ。ほらあのさ、覚えてる?」
俺は懸命に思い出しながら言った。
紫音「ことりちゃんの一番大切な人が、ことりちゃんの事を一番大切に想ってくれて、その人が『行くな!』って言ったらお母さんを説得できるかも、だっけ?」
ことり「えぇ!?無理だよぉ・・・大体、一番大切な人って・・・」
紫音「それはもちろん穂乃果ちゃんだよ」
ことり「・・・・・」
紫音「もし俺が穂乃果ちゃんを説得して、穂乃果ちゃんからことりちゃんに『ことりちゃんとアイドルやりたい!日本に居て!』って言わせたら、留学撤回してくれる?」
ことりちゃんはやっぱり下を向いて、返事にも元気がない。
ことり「・・・そんな事、できるわけないよ。留学の事を黙ってたことりの事、穂乃果ちゃん・・・きっと良く思ってない」
海未「紫音さん、いくらあなたでも・・・そう、あなたは今の穂乃果を見ていないからそんな仮定を持ち出すのです。穂乃果にそれを言わせるのは、今は無理だと思います」
海未ちゃんの表情も淋しさと苦しさで満ち溢れている。
好きな女の子二人にこんな表情をさせてしまっていいのか、俺・・・。
そしてこの問題、そんなに難しい事かな・・・。
そう思ったら、漢(おとこ)たるもの当然のごとく決心する。
紫音「よし、そこまで言うなら俺はやるぞ。これは賭けだよ。ことりちゃん、もし穂乃果ちゃんがそのセリフをキミに言ったら、賭けは俺の勝ちで日本に残ってもらうからね」
俺は海未ちゃんに向かって言った。
紫音「海未ちゃん、俺の味方をしてくれるなら、穂乃果ちゃんがキミに謝ってきた時は優しく認めて、『いい加減だ』とか『だらしない』とか否定しないでよ?」
ことりちゃんと海未ちゃんは顔を見合わせた。
紫音「ことりちゃん、俺が勝ったら本当に残ってもらうからね。お母さんに『自分を大切に思ってくれる穂乃果ちゃんに日本にいろ!って言われたら留学やめる』って言っておいてよ?」
海未「・・・紫音さん、判りました。本当にそんな事ができるなら、ぜひお願いします。私達は穂乃果がそのセリフを言ってくるのを待っていれば、良いのですね?」
紫音「うん、そう。まあ最悪でも仲直りできるようには説得するけど、できる限り穂乃果ちゃんにはことりちゃんに『私と日本でアイドルやって!』って言わせる方向でがんばるよ。期待して待ってて」
ことり「紫音くん・・・本当に、いつもありがとう・・・」
紫音「いやまだお礼を言われる結果出してないよ。あとことりちゃん、出発の飛行機の時間、教えてくれる?ギリギリまでがんばりたいから知っておきたい」
俺はことりちゃんに飛行機の時間を教えてもらった。
紫音「あと海未ちゃん、あの日文化祭で歌えなかった曲、ほら、振り付けと衣装を作ったのは『No brand girls』だけど、もう1曲新曲作ったんでしょ?」
海未「『ススメ→トゥモロウ』でしょうか?」
紫音「それそれ。それまだユアツーブにないから歌詞覚えられないんだ。教えてもらえる?」
海未ちゃんはカバンから一冊のノートを取り出し、隠しながらめくった。
海未「これは私の作詞ノートですが、関係の無いページは絶対にめくらないで下さいね。見たら死んでもらうかも知れませんよ」
紫音「あは、あはは。死ぬとか言わないで下さいよ師匠、見ませんよ」
俺は開かれたページにある「ススメ→トゥモロウ」の歌詞を写した。
紫音「ありがとう海未ちゃん。この隅っこに書いてある『ラブアローシュート!』ってのは新しい歌詞?」
瞬時に大魔神の憤怒の相に変わった海未ちゃんを見て、俺は自分が盛大に地雷を踏んだ事を理解した。
逃げよう。
紫音「・・・よ~~っし、帰って作戦を考えるか!作戦決まったら連絡するね!じゃあね!・・・っとと、あれか、もし俺が失敗したら、ことりちゃんに会えるの、もしかしてこれが最後かも知れないね」
俺とことりちゃんの視線が交わり、見つめあった。
ここは海未ちゃんの灼熱の気を感じつつも省略できない所である。
紫音「ことりちゃん、この半年間、本当にありがとう。キミみたいなかわいくて優しい娘と仲良くなれて本当に嬉しかった。キミが作った衣装や歌ってる所はとても素敵だったよ。妹達とも仲良くしてくれて、すっごく感謝してる。とにかく絶対元気でね!帰ってくるまで俺の事、忘れるなよ!」
俺はことりちゃんに右手を差し出した。
ことりちゃんは・・・やっぱり淋しいのか、瞳から次々と涙が溢れて止まらなくなってしまった。
何回か拭いてからようやく握手する事ができた。
紫音「でも俺、キミが留学行かないように最後までがんばるからね!家族の人に留学やめるかもってちゃんと言っておいてよ!じゃあね!」
くっそ、絶対失敗しないぞ!やってやるぜ!待ってろ穂乃果ちゃん!
俺は決意を胸にハンバーガー屋さんを出た・・・海未ちゃんの怒りは時間が静めてくれる事を祈るだけだ。
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その日の夜、第一回ラブライブ!はA-RISEが優勝した事がネットで報じられた。