ラブライブ・メモリアル ~海未編~   作:PikachuMT07

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第26話 壊れたμ's

音ノ木坂学院の文化祭から数日経った。

穂乃果ちゃんは無事回復したようで、一昨日くらいから学校に通っているようである。

俺も通常運転に戻り、弓道とバイトに打ち込む日々を送っていた。

あれから毎日、部活前に神田明神を通るようにしているが、μ'sがトレーニングしている所は見られなかった。

 

     ■□■

 

そんなある日、俺が弓道の練習をしていると突然海未ちゃんが神田道場にやってきた。

俺と目が合うとすごく悲しそうな顔をしたが、何も話す事なく練習を始めた。

海未ちゃんと並んで練習する事がこの半年間の大目標の一つである俺は、海未ちゃんを意識し良い所を見せようと正確に矢を放った。

俺の矢は吸い込まれるように的に当っていく。

結構良いんじゃない、俺?と明らかなドヤ顔を浮かべつつ、俺は海未ちゃんを見た。

 

・・・あれは本当に、俺の好きな海未ちゃんなのだろうか?

凛とした気配、伸びた背筋、綺麗な黒髪、真剣なまなざし・・・そういった俺の大好きな師匠は、そこにはいなかった。

ため息を吐きながら、全く集中できていない視線をし、引き絞りも狙いも、姿勢すら整っていない。

結果何本矢を放っても、外ればかりを連発しているのだ。

要するに練習になっていない。

いつもの黒髪すらも、輝きを失い乱れているように見えた。

いったい誰なのだ?あれは・・・本当に俺の師匠、園田海未ちゃんなのだろうか。

俺はついに見ていられなくなった。

紫音「海未ちゃん、いったいどうしたの?射法八節がまったくできてないよ・・・練習になってない」

海未「・・・・・」

紫音「弟子の俺が師匠の海未ちゃんに言うのはおこがましいけど・・・武道だから道場に入ったら真剣にやらないと・・・怪我するよ」

海未「・・・・・」

いつしか海未ちゃんの目は真っ赤になり、涙が浮かんでいるのだった。

紫音「ちょ、ちょっと海未ちゃん・・・今日は練習どころじゃないよ。ちょっと神田明神で話しようよ」

俺がそう誘うと、海未ちゃんはノロノロと更衣室に行った。

おそらくいつものきびきびした動作ができなかったのだろう・・・制服に着替え出てくるまでに、しばらく待たねばならなかった。

 

神田明神には、いつもμ'sがトレーニングをしている階段とは反対側に宮本公園という小さな広場があり、俺達はそこのベンチに座った。

早速問いただす。

紫音「いったいどうしたの、海未ちゃん・・・まるで別人みたいだよ?」

海未「・・・・・」

海未ちゃんは目を真っ赤にし、涙をこらえながら、それでも話してくれようとはしない。

仕方なく俺は話題を振った。

紫音「穂乃果ちゃん、元気になったんでしょ?ことりちゃんのお誕生会はやった?しばらく出来なくなるし・・・文化祭ライブの再公演とかやらないの?」

海未「・・・・・」

いくつかの質問を投げたが、それでも答えてくれなかった。

紫音「・・・困ったね。こんな師匠は初めてだよ・・・あっそうだ、良い事思いついた!穂乃果ちゃんの家にさ!ほむまん買いに行こうよ!仕方ないから今日は奢ってあげる!行こう!」

海未ちゃんの大好物で元気付けるという思いつきにかなり満足した俺は、明るく声をあげて立ち上がろうとした・・・が、その俺の左腕を海未ちゃんは、がしっと掴んでこちらを見た。

目が合って気付く・・・あの夜のように、海未ちゃんの目からは大粒の涙が、ポロポロ、ポロポロと、零れ落ちていくのだった。

海未ちゃんは静かに俺の左肩に顔を押し付けた。

海未「穂乃果を・・・穂乃果をぶってしまいました・・・」

紫音「え??」

海未「あの子が・・・μ'sを辞めると・・・あの子は自分の心に嘘を吐いて・・・あの子が一番傷付いているのは判ってたのに・・・私は・・・あの子を・・・」

紫音「え~と、海未ちゃんごめん、ぶったって言った?俺いつも海未ちゃんに腹殴られたり足蹴られたり手つねられたりしてるけど、そういうのじゃなくてフルスイングで?」

海未「・・・そうですね、私はあなたもぶっていました・・・私は感情が沸騰すると、口より先に手が出てしまうタイプの女なのですね・・・私のほうが最低です・・・」

そこまで言って海未ちゃんは「わっ」と泣き出した。

俺のシャツの左袖が、びしょ濡れになっていく。

少し感情が収まるまで待つしかない・・・俺は海未ちゃんの頭をゆっくりと右手で何回も撫でた。

いわゆるいい子いい子である。

5分以上もそうしていたろうか。

ようやく海未ちゃんは落ち着いてきたようで、会話できそうな気配になった。

俺は例によってハンカチが綺麗な事を確認し、海未ちゃんにポケットティッシュとともに手渡した。

海未「・・・すみません、またハンカチを・・・前回のハンカチと洗って返します」

紫音「いいよそれは、ゆっくりで・・・。それでいったいどうしたの?もう一回きちんと教えて」

海未ちゃんの話を要約するとこうだった。

一昨日、文化祭打ち上げ+ことりちゃんのお誕生会を行ったのだが、その席でいつまでも切り出せないことりちゃんに代わり、海未ちゃんがメンバーに留学の事を発表したそうである。

すると穂乃果ちゃんが激してしまい「ことりちゃんの気持ちが判らない!」と発言し、傷ついたことりちゃんは打ち上げも誕生会もそのまま放棄し、出て行ってしまったそうである。

その次の日である昨日、抜け殻のようになった穂乃果ちゃんの代わりに、メンバーでことりちゃんの引退ライブを計画したが、そこで穂乃果ちゃんが「そんなの意味無い」という発言をし、辞めると言い出したそうである。

紫音「・・・なるほど。それでまさか海未ちゃん、グーチョキパーで言うとどれで穂乃果ちゃんをぶったの?まさか・・・」

海未「パーです・・・チョキって何ですか。真剣に聞いてくれていますか?」

紫音「真剣だよ。パーって、穂乃果ちゃんの頬っぺたを平手打ちしたって事か・・・海未ちゃん弓道やってて力あるんだから。俺みたいな男ならともかく・・・」

海未「・・・死ぬほど後悔しています」

紫音「だ、だめ!海未ちゃんが死んだら俺も死んじゃうよ・・・。それはともかく、穂乃果ちゃんは・・・」

俺はカバンからノートを取り出し、ここまでのまとめを書いてみた。

1、自分が倒れなければ、ラブライブ欠場もことりちゃんの留学もなかった

2、廃校は阻止できたし、どうせA-RISEには勝てないからスクールアイドル自体にもう意味がない

俺は海未ちゃんにノートを見せながら聞いた。

紫音「穂乃果ちゃんはこういう事で辞めるって言ったの?」

海未「・・・ちょっと1番が違うと思います」

海未ちゃんが1番を書き換えた。

1、穂乃果がことりやメンバーを見て行動していれば、ことりやみんなに迷惑をかける事がなかった

紫音「良くわからないけど、回りを見て行動するとことりちゃんが留学せずに済んで、倒れずに済んで、結果ラブライブも良い所まで行けてたって事?」

海未「・・・そこまで理論的ではないと思います。とにかくみんなが計画していた事が自分のせいで中断した事で、自分が要らない子なのだと思ってしまったのだと思います」

紫音「なるほど・・・みんなの計画を頓挫させた要らない子だから辞めます、と・・・そういう事か」

海未「・・・ことりが、穂乃果に最初に相談していれば留学を回避できた、という意味に取れる発言をしたのもまずかったです」

紫音「うん、俺もことりちゃんに、穂乃果ちゃんが留学なんかに行かせるわけがない的な事は、言ったことある。本来は自分の事だからことりちゃん本人に決める権利があるはずだけど・・・」

俺はことりちゃんと話し合った時の事も思い出しながら言った。

紫音「いつもの穂乃果ちゃんなら相手が理事長でも『ことりちゃんは留学したくないんだ、私が守る!』って食ってかかりそうだもんね」

海未「・・・そうですね。仮にことりが留学を心の底では望んでいても、穂乃果がことりを行かせたくないと思ったのなら、ことりを説得してお母様も説得してしまいます」

過去にもそういう事があったのだろうか・・・海未ちゃんは少し懐かしむように言った。

海未「でも私とことりは、穂乃果が引っ張ってくれた事で後悔した事なんてないんです。安全な道から穂乃果は多少危険でも面白い道に進んで行き、それが本当に元の道より楽しくて得る物も大きいのです」

この3人はいつもそうやって過ごして来たのだろう。

そのいつもの流れを自分が見失っていた事で、今回のトラブルが発生したと思い込み、穂乃果ちゃんは後悔し傷ついたに違いない。

紫音「しかしこの2つの事を穂乃果ちゃんが言ったとき、みんなはどうしたの?」

海未「花陽は『自分ばかり責めても良くない』と言いました。絵里も『それは傲慢だ』と言いました。にこは・・・」

紫音「にこ先輩は?」

海未「にこは穂乃果が『アイドル活動自体に意味がない』と言った事でとても憤慨して・・・『アイドルが好きじゃなかったのか』と、掴みかからんばかりでした」

紫音「・・・残りの人は特になし?」

海未「はい」

紫音「う~ん・・・ラブライブって確か今回が初めてで、次にいつやるかなんて全然決まってないんだよね?」

海未「・・・はい」

紫音「確か、アイドル研のにこ先輩に入ってもらって、μ'sは今の体制になったんだよね?」

俺は文化祭の2日目に聞いた、にこ先輩のつぶやきを思い出しながら言った。

紫音「にこ先輩は自分の夢だったラブライブ出場が消えたけど、それでも『練習しよう、ことりちゃんのお別れライブ後もアイドルとしてがんばろう』って言ったんでしょ?それは1年生と2年生に、来年とかのラブライブに出て欲しいって意味だよね?」

海未「・・・はい」

紫音「それを穂乃果ちゃんに教えてあげる人と、あとにこ先輩以外にも、穂乃果ちゃんが辞めてもμ'sをやるってその場で言う人が欲しかったね。勝つとか学校存続とか関係なく、μ'sが楽しいからやるって人が」

海未「・・・はい」

海未ちゃんは弓道家の割にはとても華奢な肩をすぼめ、縮こまっている。

紫音「それで、今日は海未ちゃん、どうしたの?穂乃果ちゃんを慰めたり説得しに行ったりしなかったの?練習してて、いいの?」

海未「・・・いえ、私は今日は朝から、穂乃果と口を利いていません」

紫音「・・・・・」

そんなバカな・・・それでは弓道の練習をしても身が入らないはずだ。

せめて穂乃果ちゃんへの感情を決着させないと、μ'sが仮に解散しても、しばらくは弓道の練習はできないだろう。

荒療治になってしまうかもしれないが・・・俺はこの娘に元気になって欲しかった。

紫音「海未ちゃん、キミもすごく傷ついてると思うけど、俺は今からキミを怒ります。いいね?」

海未「・・・・・」

紫音「穂乃果ちゃんも傷ついて、みんなの感情を考えず『辞める』と言ってしまった。それに対して平手打ちをしちゃった事は仕方ないと思う。俺だっていつも冷静ってわけじゃないし、そういう感情の時もあるよ。それにそこの所は、海未ちゃんも充分反省してる」

海未「・・・・・」

紫音「でも、今日は違うよね?海未ちゃんは一晩冷静に考える時間があって、穂乃果ちゃんがどれだけ傷ついてるかも判ってる。だから今日穂乃果ちゃんに会った時に『みんなに迷惑をかけラブライブに出られなくしてしまったのだから、辞めるのではなくμ'sを続ける事が、反省とお詫びを表すんじゃないか?』って言わないといけなかった」

海未「・・・・・」

紫音「俺が言うまでもなく海未ちゃんはそれ判ってたはずだよ。それなのに子供みたいに穂乃果ちゃんを無視して、自分の感情を弓道の練習で誤魔化そうとしたんだよ」

海未「・・・・・」

紫音「弟子の俺が言うのは申し訳ないけど、弓道に失礼だよ。そういう感情を道場に持ち込んだらダメだよ」

俺はそう言って海未ちゃんの頭に手を置いた。

海未「・・・うっうぅ・・・ごめんなさい・・・穂乃果ぁ・・・」

海未ちゃんはまた俺の左肩に顔を押し付けてさめざめと泣き始めた。

あ~あ・・・でも元気になってもらいたいしなぁ・・・。

俺は海未ちゃんが落ち着くのを待ってから言った。

紫音「ことりちゃん、学校にはもう来てないんだっけ?一回会ってさ、留学前の、9人のラストライブの日取りを決めちゃいなよ。それで穂乃果ちゃんにその日に来いって言ってさ」

俺はできるだけ明るく言う。

紫音「そうすれば学校の存続もA-RISEやラブライブ出場も関係ない、ことりちゃんのためだけのお別れライブなんだし、逆に欠席するほうがフォーメーション崩れて迷惑なんだから、問題の1も2もクリアしてる。さすがに来るよ。そこで仲直りしようよ」

海未ちゃんはこっくりと頷き、涙を拭きながらとぼとぼと帰って行った。

公園を通るご近所さんが全員、俺達をしげしげと見ながら通った事は今後も隠したほうがいいだろう。

「こんな綺麗な娘を泣かすなんて!」と極悪非道の人非人を見る目つきで通行人から見られた俺も、相当傷ついた気がする。

だが仲直りして元気になってくれるのなら、そんな傷はどうでも良い事だ。


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