ラブライブ・メモリアル ~海未編~   作:PikachuMT07

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第23話 文化祭前日

翌日の金曜も、自分の高校の授業が終わってから音ノ木坂学院へ行った。

今日は18時からバイトだから急がねばならない。

紅音とともに屋上へ行き、U字型の釘を大量に使用して板と板を繋いだ。

安い板のためどうしても完全なフラットでなく、浮いたところには新聞紙を挟みできるだけ平らにした。

また境目にはガムテープを張り、色を変えて目立つようにした。

ダンスしていてもガムテープは踏まないようにすれば、おのずと転倒のリスクは少ない。

さらに観客が立つほうへは薄いベニヤ板(演劇部の備品)を置き固定した。

本当はこの板にも塗装なりなんなりすれば、下の机の目隠しというだけでなく、ステージに花を添えられるのだが・・・俺一人では無理だ。

仕上げにステージサイドにイスを一つ置いてステージに上がる階段とし、ライブが出来る体制となった。

 

俺は紅音に頼み、本番用の靴を履いたμ'sに集まってもらった。

穂乃果「うわ~~っ!出来てる出来てる!!すご~い!」

穂乃果ちゃんは真っ先に来て真っ先に登り、ステージから外を眺めている。

穂乃果「おお~っ!すっごい景色いいよ!いつも見てるのに、これだけ上るだけで違うねえ!」

凛「凛も凛も!!お~!いい景色にゃ~っ!かよちんかよち~ん!早く早く!」

花陽「ちょ、ちょっと待って凛ちゃん・・・わわっ結構高いです・・・ちょっと恐いかも・・・」

9人もいると賑やかだ。

それぞれの感想を述べつつ、9人は配置についた。

すべての板には中央に☆の印、センターの板にはスプレーで簡単に色を付けた。

挨拶の時やダンスフォーメーションの立ち位置の目安にしてもらうためである。

にこ先輩の強い希望で、1,2,Jumpのリハーサルをやった。

やっぱり、と言っては何だが、下が畳でも木の板の上で踊ると靴音がすごい。

音はすごいがダンスが決まれば靴音も決まるわけだから、返ってかっこいいかもしれない。

靴音は上履きのようなゴム底でない限り、講堂だって同じ靴なら同じくらい音が出るはずなので、後はスピーカの音量を大きめにして迫力で乗り切るという事になった。

アンプスピーカは両端のステージ板の下に配置し、そこは目隠しのベニヤ板もない。

スピーカの下にもレンガを敷いて少し浮かせ、ステージより奥になるよう配置したので、雨が降っても汚れたり壊れたりはしないはずである。

スポットライトはそうは行かないため、上からビニール袋でガードし絶縁テープを厳重に巻いた。

μ'sメンバーも実際にステージでのリハーサルでフォーメーションの確認をし、手ごたえを掴んだようである。

特に前後は2.7mであまり余裕がないが、なんとか全員の協力、努力で予定通りに踊れるようだ。

良かった。後は天気だが・・・予報では今夜から弱雨である。

 

数曲のリハーサルが終わり、俺は雨対策でステージにビニールシートをかけた。

これは体育祭等で使うもので学校の備品だ。

その後μ'sメンバーに挨拶して音ノ木坂学院を出てバイトに向かった。

ステージに何か追加の要望があれば今晩中にメールしてもらい、明日の本番13時前に直す予定になっていた。

 

     ■□■

 

バイトが終わり21時。

雨が降り始めていたため俺は傘を差してミニストッパを出た。

いつもの癖で暗い神田明神を抜け、家路を急ぐ。

すると前方からフードを目深に被ったマラソンランナーがやってきた。

あれ?なんか見たことあるような服装・・・。

俺は傘を持って神田明神の階段の端を下っていた。

ランナーは反対の端をフードを被ったまま走り、俺達はすれ違った。

い、いやいや待て待て。

俺があの走り方を見間違えるはずがない。

あの娘がここで走るのを俺は半年近く、見続けているのである。

あれは穂乃果ちゃんだ。

ラブライブ出場に想いをかけて頑張っている事は知っているが、なぜ文化祭本番前日の、こんな雨の夜に走っているのだろう?

穂乃果ちゃんがかなりの速度で駆け上がって去って行く背中を見て、俺は嫌な予感を覚え、携帯を取り出した。

海未ちゃんにかけるかことりちゃんにかけるか・・・一瞬迷ったが、俺は当然のように海未ちゃんに決めた。

メールのやりとりは良く行っていたのだが、海未ちゃんへの電話は今日が初めてだった。

3コールで出た。

紫音「海未ちゃんですか?俺です、紫音です。今、ちょっといい?」

海未「・・・・・はい」

俺の大好きな師匠の声は、ずいぶんと沈んでいるように聞こえた。

紫音「あれ?海未ちゃん元気ない?大丈夫?あのね、今俺バイト終わって神田明神にいるんだけど、穂乃果ちゃんがマラソンしててすれ違ったんだよ。この雨の中なのに・・・海未ちゃん?聞こえてる?」

海未ちゃんから応答がなく確認の声を上げると、次の瞬間、海未ちゃんが息を飲む声が聞こえた。

海未「紫音さん!!あなたはいつから知っていたのですかっ!!」

急に大声ですごい剣幕で聞かれ耳が痛くなった・・・いつから?穂乃果ちゃんの事かな?

紫音「ええ?いつからって?いや穂乃果ちゃんとは今すれ違って、声をかける前に走って行っちゃったんだよ」

海未「穂乃果の話なんてしていません!!す、すみませんが私の家の前まで今すぐ来て頂けませんか?私も着替えておきます」

紫音「・・・ええ~と、うん、分かりました。そちらに向かいます」

俺、ずっと最初から穂乃果ちゃんの話しかしてないんだけど・・・なんだろ?

 

海未ちゃんの家は穂乃果ちゃんに教わって知ってはいたが、来るのは初めてである。

大きな和風建築の一戸建てで、良く手入れされた植木が何本もある広さの庭があり、昔ながらの塀がそれを囲っている。

都内では豪邸と言って良かろう。

俺が近づいていくと、傘を差したジャージ姿の娘が門の前に居るのが判った。

(スクフェス園田海未<10月 ジャージ編>未覚醒 参照)

いつも通り普通に声をかけた。

紫音「お~っす。どうしたの、こんな遅くに海未ちゃんが呼びつけるなんて、穏やかじゃな・・・」

しかし俺は最後まで話させてもらえなかった。

俺を確認した海未ちゃんは傘がぶつかるのも構わず、俺のすぐ目の前に立った・・・彼女の大きな目の長い睫毛は、涙で濡れていた。

海未ちゃんは俯き、俺の胸に右手のこぶしを置きながら言った。

海未「あ・・・あなたは・・・いつからことりの留学の事を知っていたのですかっ・・・どうして話してくれなかったのですか・・・!」

その声を聞いた瞬間、俺の胸に強烈な痛みが走った・・・心が痛いというのは、こういう事なのだろう。

紫音「ついに・・・話したんだね、ことりちゃん。俺が知ったのはね、個人大会の東京予選のすぐ後だよ」

そう言うと、海未ちゃんは半べそで俺を責め立てた。

海未「・・・東京予選の日、私とあなたは一緒に帰りました。その時は既になにかことりと隠し事をしていたではないですかっ」

紫音「・・・それはまた違う件だよ。俺達が関東大会の出場を決めた次の日だったかな・・・ことりちゃんがバイト先まで来て、留学の事を新たに相談されたんだ」

俺は思い出しながら説明する。

紫音「俺、もう一つことりちゃんの隠し事の約束をしてるから、相談しやすかったんだと思う。でもその日はまさか留学が決定するなんて思わなかったんだ」

海未「その日はって・・・ことりは何回、あなたに相談したのですか」

紫音「すっごく苦しそうだったよ。俺のところには3回来たよ。来て何回も泣いてた。ずっと穂乃果ちゃんに相談したいって・・・最初は新学期始まったら言うって言ってたのに、新曲が忙しくなって・・・相談できなくて。ミニストッパで衣装作りながら・・・悩んでた」

それを聞いた海未ちゃんはこらえ切れなくなったのか、俺の胸に顔を押し付けて泣き始めた。

海未「うう、ううう・・・一人で・・・そんなに悩んでいたなんて・・・そんなに苦しかったなんて・・・どうして私には・・・」

紫音「自分の事で、みんなには負担かけたくないって。文化祭終わったら言うって。でもやっぱりお母さんに強く薦められたらしくて・・・3日前にミニストッパに来て泣きながら留学を決めたって言ってた。最終決定は日曜だけど、もうひっくり返せないって」

海未ちゃんの涙が、俺のシャツを濡らしていくのが判る。

紫音「ごめん、俺がもっと、ことりちゃんが日本に居られるような理由を考え付ければ・・・もっと強くみんなに相談するように言っていれば・・・」

海未「うぬぼれないで下さい!!」

海未ちゃんは小さなそのこぶしで、俺の胸を叩いた。

俺を見た顔は涙でぐしゃぐしゃである。

海未「あなたが、あなたが何を言ったって・・・状況は変えられません!たぶん私が聞いてもそれは同じです・・・でも、あの子が本当に困っている時に、そばに居てあげられなかった自分が・・・悔しいのです」

海未ちゃんは再度俺の胸に顔を埋め、力ないこぶしを俺の胸に何度も打ちつけた。

海未「いえ・・・そばには居たのです、毎日毎日・・・。でも力になれなかった・・・話してもらえなかった。あの子の苦しみを一緒に背負ってあげられなかった・・・衣装まで作らせて・・・」

海未ちゃんの髪からは洗いたての甘い香りがする。

この髪にずっと触ってみたかった。

今はそのチャンスなのに、俺はまったくそんな気持ちにはならなかった。

なれなかった。

そこにはただ、友達の苦しみを一緒に背負えなかった自分を責めて涙する女の子が居た。

この娘を、元気付けてあげたい・・・この娘をこのように苦しめないために、ことりちゃんも相談を渋っていたのだから。

俺は海未ちゃんの背中を優しくさすった。

紫音「海未ちゃんが自分を責めても仕方ないよ。ことりちゃんだって、一番の親友だから海未ちゃんに言えなかったんだよ。きっと海未ちゃんが同じ立場でも言えないよ。だから元気出して」

海未ちゃんは傘を差すのを放棄していた。

俺は自分の左手の傘を海未ちゃんに差し、背中をさすった右手で海未ちゃんの頭をやんわり抱え、耳元でささやいた。

紫音「文化祭が終わったら・・・ことりちゃんは穂乃果ちゃんに相談するよ。その時もう一度みんなで、ことりちゃんの苦しい気持ちを聞いてあげようよ。こんなに仲が良い友達だぜ?離れたってずっと友達だよ。だからことりちゃんが笑って留学できるような方法を考えようよ」

海未ちゃんはぐすぐすと鼻をすすりながら顔を上げた。

海未「あなたの・・・昨日の誕生日プレゼント・・・私たちの時間とことりの海外の時間が判るようになっているのですね・・・ことり、泣いてました」

紫音「そうだね・・・開けるって言ったとき、海未ちゃんにはバレちゃうって思ったんだけど・・・開けさせてあげたかったんだ」

海未「あ、あなたは・・・優しすぎます・・・残酷です・・・」

紫音「ごめん・・・ほら海未ちゃん、涙を拭いて。かわいい顔が台無しだよ・・・。俺の師匠なんだから、しっかりして下さい」

俺はハンカチを取り出し、汚くないのを確認してから海未ちゃんの目を拭いた。

海未「・・・こ、子供じゃないです・・・自分でできます・・・。あ、あの、ティッシュも持っていませんか?」

紫音「はは、持ってる持ってる」

俺はポケットティッシュも手渡した。

まもなく海未ちゃんは涙と鼻を拭き、だいぶマシな顔に戻って言った。

海未「・・・みっともない所をお見せして・・・失礼致しました。その・・・あなたがこの2週間、ことりの気落ちを和らげていたのなら、お礼を言わねばなりません。ありがとうございます」

紫音「力不足だったけど・・・ね。お礼を言われるほどじゃないよ」

海未「明日のライブも、よろしくお願いします。そしてことりの事、明後日は必ず相談すると思います。力を貸して下さい。あなたが・・・必要です」

紫音「うん、判った。明日明後日、もしかしたらことりちゃんとの最後のライブになるから、がんばってね。お休み」

海未「・・・おやすみなさい」

弱弱しい後ろ姿で門に入って行った彼女が見えなくなっても、俺は何度も振り返りながら帰った。

海未ちゃんと別れるのが辛かった。

ずっとあの娘を慰めてあげたかった。

今宵、あの娘は自分を責め続け、眠れないなんて事にならないだろうか・・・。

ことりちゃんの話を明後日、聞いてあげようと思ってくれれば眠れるはずだ。

俺は自分の胸にまだ乾かずに残っている海未ちゃんの涙に触れた。

友達のために真剣に怒ったり泣いたりできる彼女を、俺は好きなのだと思った。

彼女に本気で想ってもらえる男になりたい。

彼女がこれ以上泣かないように、守りたい。

そう強く、心に刻み込んだ。


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