ラブライブ・メモリアル ~海未編~ 作:PikachuMT07
ことりちゃんの二回目の留学相談があった週の土日、弓道の関東個人選手権大会があった。
関東大会なので1都6県と山梨県までの各県の上位代表選手で競う。
場所は毎年参加県のいずれかで行われるのだが、今年は東京でやってくれて助かった。
というのは俺一人の部活なのに他県まで遠征試合に行くのは色々と大変だからである。
などと安心している場合ではなかった。
結論から言うとやはり選手層が東京大会とはまるで違った。
上位グループはまるでメカのようにミスしないのである。
結局俺は予選をギリギリで通過したものの、ベスト16にも入れずに終わった。
海未ちゃんに良い所を見せるチャンスだったのに・・・。
せっかく神田道場では社会人や大学生に混じって練習できるのだから、もっと高レベルを目指せるのに漫然と練習していたのだな、と改めて反省しきりである。
海未師匠の試合結果についても、やはり疲れていたと言わざるを得ない結果だった。
海未ちゃんには後輩が応援についているので一緒には帰れない。
後でメールを入れておこう。
■□■
関東大会翌日の月曜日、さすがに今日くらいバイト前の練習はしなくてもいいかな、と思いつつ学校を出ると、穂乃果ちゃんからメールがあった。
「バイト前に神田明神に寄って欲しい」とある。
果たして寄ってみると、穂乃果ちゃん、絵里先輩、希先輩が俺を待っていた。
穂乃果「お~い、しょーくん!こっちこっち!」
紫音「穂乃果ちゃん、おっす!絵里先輩、希先輩、こんにちは」
絵里「ショーン、こんにちは。悪いわね、来てもらっちゃって」
紫音「いえいえ。いったいどうしたんですか?」
穂乃果「えっとね!今週末の文化祭で、ライブやるの知ってるでしょ?」
紫音「うんうん、知ってる~。兄妹で楽しみにしてるよ!」
絵里「ありがとう。それでね、海未から少し聞いたかもしれないのだけれど」
紫音「・・・え~と、なんでしたっけ?」
希「あのな、文化祭のライブ、ウチ達は屋上でライブする事になったんよ・・・それでな、簡易ステージの話、聞いておらん?」
紫音「ああ、ちょっとだけ聞きました。屋上には何もないからステージを作らなければいけない、と・・・」
穂乃果「そう!それで海未ちゃんが言ってたんだけど・・・手伝えるなら手伝ってくれるんでしょ?」
紫音「うん、確かにそう言ったかも。でも・・・女子高の屋上に男子が文化祭前に入ってお手伝いとか、できるんです?」
そう聞くと、絵里先輩は静かに語った。
絵里「まあ普通に考えたら無理よね。ただ今回は屋上にステージを作るという事自体が、女子だけでできる事ではないのよ」
希「演劇部の簡易ステージは大きいけど、そのままでは女子だけで持ち上げられんし、持ち上げても階段を曲がって上に運べないんよ」
絵里「だから演劇部のを借りるなら、全部一旦分解して、屋上に運んで組み立て、ライブが終わったらその逆の作業をして返却しないといけないわ」
穂乃果「それで、私達誰もそんな作業できないし~。組み立てがヘタでステージ壊しちゃうと大変だし!私ちょっと重いから」
穂乃果ちゃんの良く判らない体重の話に一応反応しつつ、会話を続ける事にした。
紫音「・・・穂乃果ちゃんは細くて軽いと思うけど・・・でもその作業は確かに現実的ではないですね・・・」
絵里「・・・そう。それでショーン、私たちで何とか文化祭の準備という事で、男子であるあなたを学校に一定時間だけ入れるようにするわ。だからうまく簡易ステージを作る方法を考えて、実行して欲しいのよ」
紫音「な、なるほど・・・そういうお話でしたか。分かりました。ステージ設置を計画します。できれば俺とアイドル研のメンバーだけでできたほうがいいんですよね?」
絵里「そうね、男の子が何人もゾロゾロというのは難しいし、あなただけなら紅音さんもいるから難易度は低いのよ・・・悪いわね」
希「紫音くん、よろしうな!うまく行ったらウチがちょっとサービスしたるよ!」
穂乃果「あ~!希ちゃんズルい~!私も色々サービスしちゃう!・・・それはともかくラブライブに近づくために大事なライブだから、絶対絶対、よろしくね!」
紫音「はは、がんばります!」
穂乃果ちゃんと希先輩の軽妙なやり取りに絵里先輩と笑いあったが・・・話の内容はどえらい事な気がした・・・なんとかがんばるしかあるまい。
その日のバイトはずっとステージの設置について考えていたため、バイト仲間からは「ぼ~っとするな」と怒られてしまった。
だがお陰で大体構想はまとまってきた。
バイトが終わって携帯を見るとメールが届いていた。
内容は「ステージ設置を引き受けてくれてありがとう!ショーンが音ノ木坂に入れる日は木、金曜と文化祭当日の土日だけ。木金は15時~18時の3時間だけ、土日は10時~16時よ」であった。
という事は賞味6時間しか準備の時間はないという事か。
さすがに当日設置作業を行うのは避けたい。
更に絵里先輩のメールには続きがあった。
「言葉が悪くて申し訳ないけど、紅音さんがあなたの見張りになったわ。さすがに男子に校内をウロウロされるのはまずいの。木金は、あなたは校庭とアイドル研の部室と屋上の、最短距離しか移動できないわ」
ははあ・・・絵里先輩も相当がんばったに違いない。
絵里先輩が理事長から信頼されているからなんとか叶ったという所か。
「無理言ってごめんなさい。あなたしか頼める人がいないの。私と希は生徒会、ことりと海未とにこと花陽は衣装作り、真姫はレコーディング、穂乃果と凛だけじゃ設置はできないから。よろしくね」
ですよね~~・・・というかやっぱり予定自体に無理がある。
2学期始まってから新曲、新衣装投入はハンパではない。
本来はA-RISEのような後ろ盾があってできる事なのであろう。
俺はバイト中に思いついた事、考えた事を、バイトの休憩室から絵里先輩と穂乃果ちゃんにメールした。
絵里先輩、穂乃果ちゃんこんばんは。俺が考えたステージ案です。勉強机を30個ほど借ります。それを隙間を空けつつ横に10個ずつ3列並べます。
この机の上に畳を9枚、隙間を開けず縦に並べます。これで机と畳の厚みで70cmくらいの高さのステージになります。
さらに畳の上に畳と同サイズで1cm程度厚みがあるベニヤ板を並べます。畳はふかふかなので靴では踊りにくいからです。靴音も畳が下にあればあまりうるさくないはずです。
雨天の可能性と靴音対策で、この上に薄いゴム膜を張れればかなり良いと思いますが、予算は超えてしまうかも知れません。
畳は1枚20kg以上あると思いますが、俺一人で運べます。板と机はそんなに重くないですから皆にも手伝ってもらいます。
前から見るとかなりみっともないステージなので、薄いベニヤ板で隠す必要がありますが、これなら2日間で設置できます。
これで1人1畳分のスペースがあるステージになります。具体的には横8m、縦は1.8mの横に長いステージです。
この大きさに勉強机を全部敷き詰めるのは、机が60cm×40cmだとすると90個近く必要となり現実的ではないですし、ぴったり並べても角が丸く隙間がゼロにならないのでそのままでは恐いです。
なので机は畳を支えられる必要最低限の数で、その代わりステージ本体は畳と板の二重にしてバウンドや音を防ぎます。
この計画で良ければ、木曜に誰かの親にクルマで俺の高校に畳を取りに来てもらい、それまでにホームセンターでベニヤ板を買っておいてもらえれば、設置は俺がやります。よろしくです。
こんなに長いメールを打ったのは初めてだ・・・文章は3分割して送信した。
簡易ステージの案については、まず土台部分は学校にたくさん数があり、並べて高さが稼げるものは勉強机しかない。
畳は俺が通う神田電機高校の柔道場がちょうど古い畳の入れ替えをしていて、思い付いた。
返却手続きをきちんとすれば、古い畳を借りられるだろう。
ベニヤ板だけは買わねばなるまい・・・ホームセンターなら1枚3,000円というところか。
予算は特に衣装の生地にはかなりお金を使っているはずなので・・・板を揃えるのは大変かも知れない。
だが一人でたったの6時間で設置するのにあまり綺麗、豪華には出来ないし、安全性や雨天の事、撤収まで考えるとこの辺がいい所だと思う。
この広さで前後の入れ替わりがあるフォーメーションができるのか不安だが、オープンキャンパスの時見た「僕らのLIVE 君とのLIFE」はいけると思う。
畳がもう少し借りられれば、設置時間にもよるがもう一回り大きくすると踊りやすいかも知れない。
バイトから自分の部屋に戻ると絵里先輩から「それでOK」のメールが返ってきていた。
ベニヤ板は演劇部から借りる事ができそうで、全部買う必要はなさそうとの事だ。
畳も穂むらの軽ワゴンが出動して運んでくれる事が決まった。
明日、学校で柔道場から出た入れ替えの畳を借りる交渉をせねばならない。
友達を誤魔化すのが大変そうである。
女子高に入るなんてヒロタカ達が聞いたら、何を言い出すか分からないからだ。
■□■
さてそろそろ寝るかと思い始めた時間、ことりちゃんから一通のメールが届いた。
明日はバイトか、と聞かれたので、今週は月・金・土曜がバイトであり、明日は火曜だから部活の後はヒマであると返事した。
すると明日、部活の後でミニストッパに行くので会って欲しいという。
また留学の話だろう・・・俺はもちろんOKした。
実家に『臨時でバイトに出る事となった』と嘘の連絡を入れミニストッパで待っていると、ことりちゃんがやってきた。
今日は今にも泣き出しそうだった。
ミニストッパの休憩コーナーのテーブルに座らせ、いつもより早めに大盛りハロパロを注文する。
しかしことりちゃんは、運ばれてきたハロパロに手をつけようとしなかった。
紫音「・・・ことりちゃん、大丈夫?どうしたの、暗い顔して・・・」
ことり「・・・みんなの前では、がんばってるんだけど・・・紫音くんの前だと・・・誤魔化せないね」
紫音「留学、決定したの?」
ことりちゃんはこっくりと頷いた。
ことり「やっぱり・・・行ったほうがいいって・・・。好きな人がいるから、日本でもっと勉強したいって、言ったんだけど・・・」
紫音「うん・・・そしたら?」
ことり「そしたら・・・そしたら、ことりが好きなその人は、同じくらいことりの事が好きなの?って。ことりが日本に居なきゃダメな人なの?って・・・」
むぐぐむぐぐむぐむぐ・・・まるで俺自身の浅はかなアドバイスに直接問われているように聞こえた。
ことり「ことりの一番大切な人が・・・ことりの事も一番大切に思ってくれて・・・どうしても日本に居て欲しいって言うならそれは仕方ないって。でもことりの事を大切に思ってくれる人は、絶対ことりの将来も考える人だって・・・」
うおおおお・・・反論できねえ・・・俺も苦しくなりながら発言する。
紫音「・・・お母さんの言ってる事、正しいね。留学自体が本当にことりちゃんの為になるかっていう所をひっくり返さないと、議論にならないと思う」
ことり「・・・それは、本当にお洋服のデザイナーになりたいなら、やっぱり行くのが正しいとことりも思うの・・・最終決断は日曜だけど、ひっくり返せないと思う」
そこまで言うと、ことりちゃんは顔を手で覆ってシクシクと泣き始めた。
俺はちょっと迷ったが、ことりちゃんの横に座って肩を抱き寄せた。
ことりちゃんは俺の肩に頭を乗せ、小さく嗚咽を漏らしていた。
俺は妹が泣いている時よくやるように、ことりちゃんの頭を優しく抱きしめた。
今日はハンカチを持っていた・・・さすがにあの日からハンカチを持つようにして正解である。
ハンカチが綺麗である事を確認し、俯いて泣いていることりちゃんに手渡した。
大盛りハロパロの表面に付いた水滴も、俺にはことりちゃんの涙のように見えるのだった。
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ことりちゃんを送り実家で夕飯を食べ風呂に入ってから、自分の部屋に帰ろうとして気が付いた。
あれ?木曜日に音ノ木坂高校に入れるのであれば、ことりちゃんに誕生日プレゼントを手渡せるのではないか・・・?
当初の計画では金曜までにプレゼントを買って土曜に手渡そうと思っていたが、木金とステージ設置が入ってしまったので買い物は厳しい。
俺は母さんに頼み、アマゾーナで以前から考えていたことりちゃんへのプレゼントを注文してもらった。
母さんはプライマル会員なので明日にはギフト設定で届くはずだ。
渡せるのは今年しかないのだから、どんな状況になるかなどは考えもせず、なんとか手渡ししたいと思ったのだった。