ラブライブ・メモリアル ~海未編~   作:PikachuMT07

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第2話 出会い

音ノ木坂学院から神田電機高校までは歩けば約10分少々だが、俺は少々本気気味のマラソンで約半分で辿り着いた。

さすがに転校初日から遅刻はマズい。

神田電機高校は近所にある大学の付属高校で、男子校である。

俺はいわゆる帰国子女なので無試験で受け入れてくれる高校はいくつかあったのだが、わざわざ電車や自転車で通ったりしないで済むという点と、せっかく日本に戻るので日本の得意分野である電子機器系の勉強ができる高校がいいか、と考えこの高校にした。

とりあえず初日、がんばろう。

1年→2年に上がった際はクラス替えがあったようで、2年からの編入である俺が特別、転校生的な扱いを受ける事はなかった。

ただまあ当然、クラスメイトは1年からの知り合い同士で固まるものだ。

今日はおとなしくしているしかないだろう。

ニューヨークの高校では知らないヤツには声をかけるのが当たり前なのだが・・・ここは日本。

まずは様子を見てアクションされたら適切に返すのが順当だろう。

 

初日はホームルーム、掃除、明日の入学式の準備だかなんだかの手順説明があっただけでランチタイムもなく解散となった。

友人どころか知り合いもできなかった。

一緒に教室の掃除をしたヤツの名前・・・何だっけ?

まあいいか・・・明日がんばろう。

俺が帰り支度をしていると担任の先生に呼ばれ、俺は職員室に向かった。

先生「お~桜野くん、だね。いやなに、大した事ではないんだがね。ウチの高校は1、2年の間は全生徒が部活動に所属する決まりとなっているんだよ。3年生は受験があるので、3年の4月に辞めるのはOKなんだがね。決まりとは言っても、そんなにガッツリやれという事でもないよ。マジメに成績を残したくて部活やってる生徒もいるにはいるが、大会に参加しないような部活動に所属して週に3日くらい顔を出すだけ、なんて生徒もいる。キミは背も高いし運動部でもやったらどうかね?」

先生はイッキにそこまで言って俺の反応を伺っている。

紫音「部活動ですか・・・2年生は必須って事ですよね?う~ん・・・バスケ部はありますか?」

小学生の頃からニューヨークではバスケである。

公園とは言えないようなちょっとした広場でもバスケゴールが設置してあり、子供の頃からバスケに親しんでいる俺はそう聞いてみた。

先生「むむむ、バスケ部かあ・・・。実はバスケ部は去年ケンカの不祥事事件を起こして現在停止中なんだよ・・・。すまんね。そしたら運動部で現在部員数が足りなくて困ってる部が二つあるんだよ。助けると思ってそのどちらかに入ってやってくれないか?弓道部と陸上部なんだけど」

紫音「弓道部と陸上部、ですか・・・」

正直、どちらもやった事がない。陸上部なんてのは走るだけだから簡単なのかな・・・そんな甘いモンでもないか。

しかしバスケ部でないのならどの部活も初心者である事に変わりはない。

俺は・・・

 

弓道部ルート = 海未ルート(○選択)

陸上部ルート = 凛ルート

文化部ルート = にこ、希、ことり、真姫、花陽ルート

 

弓道・・・アメリカじゃあ見た事すらなかったな・・・。

紫音「じゃあ弓道部、にしてみます。最初は体験入部って事でいいんですよね?」

先生「おお、やってくれるか。もちろん仮入部って事で、合わなかったら変えていいぞ」

ふ~む妙な事になったモンだ・・・俺が弓道か。

実は日本に来たわけだし、日本的な事を学びたいなあとは以前から思っていた。

アメリカでは日本人のクセに日本的な事を知らないと、残念がられた事が時々あったからである。

部活の話は区切りがついたようなので、今度はこちらから聞いておかねばならない事を切り出した。

紫音「先生、この学校、アルバイトは禁止じゃないですよね?」

先生「あ~バイトか。みんなやりたがるなあ・・・。うむ禁止じゃないぞ。ただし危険を伴う建設系やバイク便なんかはダメだな。それから週4日以上もダメ。勉強に差し支えるからな」

ふむふむ。

先生「やりたい所が見つかったらまずは先生に聞きに来なさい。それで面接に受かって働き始めたら、必ず報告する事。もし届出と違うところで見つかったら停学などの処分が出る場合があるからな」

なるほど。

先生「それじゃあ帰りにちょっと弓道部でも覗いていけ~」

先生に弓道部の部室を教えてもらい、俺は職員室を後にした。

 

弓道部の部室と言われたところは、体育館と武道場の間に建つプレハブを四畳半ほどの広さに細かく間仕切りしてある部屋の一角だった。

紫音「失礼します、弓道部ですか?」

俺は弓道部の札が下がる部屋をノックしてみた。

中から一人出てきた3年生と思しき人物に、ここに来る事になった経緯をかいつまんで説明する。

すると先輩は俺を部室の中に入れてくれた。

弓というのは何と数えればいいのかそれすら分からないが、いくつかの弓と矢、それに胴着が何着かかかっている。

なんというか男子校の運動部部室なんてもっと雑なイメージを抱いていたが、そんな事はなかった。

2人だけならそんなに狭くは感じない四畳半の部屋にあるパイプ椅子に、二人で向かい合って座る。

先輩「そうか・・・キミは弓道部に仮入部してくれるというワケか・・・大変ありがたい事ではあるが・・・」

先輩は少々言いづらそうな口調である。

先輩「担任の先生から聞いたかもしれないが、実は弓道部は現在、部員は僕だけなんだ。しかもその僕は今日、これから予備校に行かなくちゃならないときてる。そして見てもらえば分かると思うのだが・・・」

先輩は部室の窓から武道場を指し示した。

先輩「この学校、千代田区だからな・・・。校庭なんかも小さいけど、そこの武道場、剣道場と柔道場はあるけどさ、弓道場を置く場所はないんだよ」

見ると確かに武道場は横に長いようだが、板の間と畳の部屋があるだけで、壁の向うは学校外である。

紫音「・・・えっと、するといったいどこで、弓道の練習をするのですか?」

先輩「うん、実は神田明神から少し行ったところに弓連の道場があって、ウチの弓道部はそこを借りて練習するんだよ」

紫音「なるほど・・・学校内では活動できないんですね・・・」

先輩「仕方ない、ちょっとギリギリになるが間に合わない事はないから、キミと弓連の神田支部道場まで一緒に行って、僕はそこから予備校に行くよ」

なんだか慌しい事になった。

俺は洗濯済みだという弓道衣と弓を一張(ひとはり、と数えるらしい)持ち、先輩に従って学校を出た。

 

15分ほど先輩と歩き、弓道連盟の神田支部だという弓道場に着いた。

先輩は高齢の指導員に俺を託すと、そそくさと予備校へ去って行った。

弓道部部長なんだよな、あの人・・・。

高齢の指導員に弓道衣の着方から教えてもらい、なんとか着終えた俺は道場の中を見回してみた。

さすがに平日の夕方前の時間に弓道の練習をしている人は居ない。

指導員と俺の二人だけ・・・少し気後れを感じた。

長い黒髪の娘「こんにちは。失礼いたします」

その時、紅音と同じ制服を着た一人の女子高生が道場に入ってきた。

あれ?どこかで見たような気がする。

指導員「おお、園田さんじゃないか~。こんにちは!練習かい?」

園田さん「はい、春の大会が近いもので。学校は入学式の後片付けなどで部活が短縮となってしまい、こちらで練習させて頂こうと参りました」

指導員「そうかそうか。ゆっくり練習して行きなよ。そうだ園田さん、紹介するよ。この子、桜野くん」

指導員は俺を前に出しながら言った。

紫音「こんにちは、はじめまして。桜野です」

指導員「彼、最近ニューヨークから越してきて、今日から初めて弓道をやるんだって」

ん?なんだ、この展開は・・・なぜ先生はそんな事を言うのだろうか。

指導員「大変申し訳ないんだけど、園田さん。練習の前に立ち方と構えだけ、用語も含めて彼に教えてあげてくれないかな?私はちょっと理事会があって、これから出なきゃならないんだよ・・・」

口を挟むところは無かったが、なんだか本当に申し訳ない気持ちになった。

園田さん「私が・・・ですか?分かりました。私でよろしければご説明致します」

指導員「桜野くん、すまないね。こちらは園田さん。日舞の家元の娘さんで弓道も昔からやってる上手な子だよ。今日は言葉と立ち方だけ、教わって終わりにして下さい」

紫音「はい、ありがとうございました!」

俺は母さんから常々言われている「年上には礼儀正しく」を実践してみた。

何しろ今日はすべてにおいて初日である・・・第一印象が大切だ。

指導員は笑顔で「じゃ園田さん、お願いね~」などと言いながら出て行った。

 

園田さん「桜野さん、でしたね。はじめまして。園田海未と申します。それではこの後は少しだけ、私が説明いたします」

紫音「あ、ありがとうございます。よ、よろしくお願いします」

間近で見る園田さんは今朝のブロンド生徒会長ほどのインパクトはないが、とても綺麗な娘だった。

ため息が出るような憧れの和風美少女だ・・・ってこのフレーズ、今朝もあったような・・・。

園田さん「あら、袴の長さが若干合っていませんね。帯の締め方も緩いようです。直しますからじっとしていて下さいね」

音ノ木坂学院の制服は東京の女子高生の例に漏れず、ミニスカートである。

園田さんは綺麗なひざを床につき、俺の帯紐を直してくれた。

これはシャンプーのにおいだろうか・・・甘く爽やかな香りがした。

園田さん「はい、直りました。それでは私も着替えてきますから、そこに正座をして待っていて下さい」

紫音「はい、師匠」

園田さんのしっかりとした立ち居振る舞いに、俺は思わず師匠と、呼びかけてしまった。

園田さん「し、師匠とは・・・呼ばれ慣れません。なんだか恥ずかしいです」

紫音「いえ、園田師匠と呼ばせて頂きたいと思います。正座で待機しております」

そう言うと師匠はなんだかモジモジしていたが、俺が正座をすると小走りで着替えに行った。

 

ところで俺は正座という姿勢がどういうものかは知っていたが、行うのは初めてである。

それはそうだ、ニューヨークで靴を脱ぐのはシャワーとベッドの上くらいなのだ。

園田師匠が着替えに行ってから大して時間は経たないうちに、もう脚が痛くなってきた。

座布団の上でも正座は痛いと聞いていたが、ここは板の間である。

足の甲に板の間の固くて冷たい感触と痛みがあったが、そういった感覚がある時間はあっという間に過ぎ、しびれてきた。

園田師匠「お待たせいたしました。正座はできていますか?あら、がんばっていますね!」

紫音「し、ししょう・・・俺は正座は初めてです・・・こんなに痛いものですか・・・」

園田師匠「ふふ、そうですね。最近は正座をしたことがない、という方も多いです。ですが正座は弓道においても日舞においても精神を統一する為の大事な姿勢ですから、これをおろそかにはできません。まあ一日目ですから、これで正座は終わりに致しましょう。足を崩して頂いて結構です」

紫音「ふ~っ助かった!」

さすがに道場に寝転がったりすると師匠の気分を害すかもしれない、と思い俺は立ち上がろうとした。

案の定感覚のない脚は少しふらついた。

紫音「おっと・・・」

園田師匠「危ない・・・」

その時、バランスを保とうと思わず出した右手を、師匠の左手が握っていた。

俺達は数瞬、見つめあい・・・次の瞬間、師匠の白い顔は突如ピンク色に染まった。

園田師匠「い、嫌っ」

師匠は俺を突き飛ばした。

恥ずかしかったんだろうなあ・・・俺も恥ずかしい。

いつもの俺ならその程度突き飛ばされても踏ん張れるはずなのだが・・・しびれた足では踏ん張れず、無様に転倒した。

紫音「痛たた・・・」

園田師匠「ご、ごめんなさい、そんなつもりではなく・・・ああ、どうすれば良いのでしょう!」

師匠は倒れた俺の右手を両手で包み自分の胸に当て、祈るような姿勢で心配そうに俺を見た。

大きな瞳は潤んでいる・・・なんて長い睫毛なんだろう、と俺はまったく関係のない事を考えていた。

紫音「い、いや師匠、大丈夫です。わざとじゃないって事はわかってますので・・・」

人気のない道場で、俺と師匠は手を繋いでいるという事になるのだろうか・・・いや師匠の優しさに甘えてはいけない。

俺は師匠から右手を離し、今度こそしっかりと立ち上がった。

紫音「さあ師匠、そんな心配そうな顔しないで下さい。稽古を始めましょう!」

そう言うとやっと師匠も少し安心してくれたようで、弓道の説明を始めてくれた。

良かった・・・こんな可愛い師匠に心配をかけたくない。

 

その後園田師匠は、立ってから矢を射終わるまでを射法八節というのだが、その内の最初の二節である足踏み(あしぶみ)と胴造り(どうづくり)という動作、姿勢を教えてくれた。

師匠の小さな手が俺の背筋を強めに押してくれる。

これはしっかり覚えねばなるまい。

二節の姿勢を教わったところで園田師匠がお手本を見せてくれる事となった。

俺は道場の片隅に正座し、師匠の背筋がピンと伸びた美しい姿勢、緊張感のある綺麗な横顔に見とれた。

透き通るような白い肌と小作りな顔に大きな瞳がまっすぐに的を見すえる様は神秘的ですらある・・・例えるならアルテミス、だろうか。

なかなか良い物を見せて頂きました。

しかしながら俺の脚のほうがすぐに限界を迎えた。

18時に近づいている事もあり、俺は園田師匠にお礼と練習時間を割かせてしまったお詫びを述べ一礼、道場を退出する時も一礼しその場を辞した。

やはり武道というものは礼が肝心である・・・と日本に帰る前に読んだ日本文化を特集した雑誌に書いてあった。

ジャパニメーション特集が見たくて買った雑誌だったのだが、ちゃんと読んでおいて正解である。

 

     ■□■

 

腹が減っていたのでそのまま実家のほうへ帰宅した。

するととたたたと妹達が駆けてきた。

翠音「お兄さま、お帰りなさい~」

紅音「お兄ちゃん!ずいぶん遅かったわね、何かあったの?」

妹達は俺が帰るまで夕食を待っていたらしい。

母さんと四人で食卓を囲み、俺達は学校1日目について報告しあった。

紅音はやはり星空さんと小泉さんと友達になり、班決めや休み時間の会話等で仲良くしてもらえたようだ。

今朝父親にキスしていたお嬢様な娘は西木野さんというのだが、話しかけてもクールな返答ばかりであまり仲良くなれなかったらしい・・・これから頑張れば良いだろう。

翠音のほうも転校早々、話しかけてくれる明るいクラスメイトが居たようで、すぐに打ち解けられたそうだ。

高坂さんという名前らしい。

翠音は少しのんびりしたところがあるから、接近してくれる友達はありがたい存在である。

さらにクラスにプラチナブロンドと青い瞳のロシア系美少女が居たとの事だった。

翠音も黒髪の女の子ばかりの所に入ると目だってしまうが、そういう娘がいるなら翠音ばかりが目立つ事はないだろう。

俺というお兄さまは翠音に言い寄ってくる男が出たりしたら大変心配なのだった・・・翠音は自分で断ったりできないタイプなのだ。

瑠璃音「それで?そのかわいいブロンドの娘はなんていう娘なの?」

翠音「綾瀬亜里沙ちゃんていうんだよ~。翠音達と同じクォーターなんだって~。絶対お兄さまのタイプの娘だよ~」

紫音「む、むむぅ~。それは何とも確認が必要な情報だな翠音ちゃん。明日一緒に登校しような!」

紅音「お兄ちゃん・・・ホントやらしいよね!翠音!そのアリサって子をお兄ちゃんに見せちゃだめよ!」

翠音「え~。だってお兄さまのニヤけ顔面白いよ。その顔見ると亜里沙ちゃんがどれだけお兄さまの好みか、分かるんだよ」

紅音「あのだらしない顔はお兄ちゃんの一番ダメな顔よね!今朝だってウチの女子高の女の子をジロジロ見るから、わき腹を小突いてやったんだから!」

むぐぐ・・・あれは小突いたというレベルではなかった気がしたのだが。

紫音「紅音、大丈夫。見回した限りではお前よりかわいい娘なんて何人かしかいなかったぞ。そもそも見ただけで仲良くなる事なんでできないんだから・・・あたっ」

テーブルの下で脛を蹴られた。

紅音「失礼ね!確かに私が一番かわいいとか言い出したらお兄ちゃんじゃないと思うけど・・・とにかく、そのブロンドの娘はお兄ちゃんをヘンタイに一歩近づける可能性があるから注意よ!」

瑠璃音「紅音は日本に戻ってからすっかりお兄ちゃん子に戻ってしまったわね・・・。新しいお友達とカッコイイ男の子の話をしなさい。紫音の高校は男子校なんだし、あなたたち以外の女の子に優しくするなんてまずできないと思うわよ。それで紫音の高校はどうだったの?」

母さんナイス。

俺は弓道部に仮入部し道場に見学しに行った事を話した。

ただしもちろん教えてくれた園田師匠が音ノ木坂高校の女子高生だという事は伏せておいた。

瑠璃音「へ~弓道ね。確かにあなた、日本的なものを身に付けたいって言ってたものね。それで申し訳ないけどアルバイトの話は先生に聞いてきてくれた?」

俺は職種にもよるがアルバイトは認められている事を説明した。

実は自分のアパートの部屋代とお小遣いは、高校生になってからは自分で稼ぐ、という事になっていた。

携帯代と部屋代で約3万円、それ以上は稼いだ分が毎月の自分のお小遣いとなる。

瑠璃音「紫音、悪いわね。勉強に差し支えるようなら、またお父さんと相談しましょう。紅音、翠音は食べ終わったらお風呂入っちゃいなさい!」

夕食が終わり俺は妹二人が風呂からあがるのを待ってから風呂に入りアパートに戻った。

戻ってからは自分のベッドの上でたっぷりと正座の練習をした。

もちろん園田師匠の勇姿を出来る限り眺められるようにするためなのは言うまでもない。


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