この話を読む前に第三話の八幡視点読んだ方が分かりやすいかもです。
もしは?なんだこれ?ってなった方いらしたら、第三話に一度お戻りください。
あと第三話から一週間と少し経っているとお思いください。
では、よろしくお願いします。
考えても出ない答えを求めて考え続ける。気付けば時計は頂点を跨ぎ、金曜日になっていた。
ここ一週間ほど、こんな日々が続いている。
どうしても考えてしまう事があるのだ。
答えは出ないと分かっているのに、考えずにはいられない。
もはや誤魔化せず、認めざるを得ない事なのに僕は頑なにそれを認めない。
それを認めたくはないから。
いや、認めてはいけないから、と言った方が正しいか。
そしてそんな最近の夜はいつも寝付けない。
そんな日はベランダで風を浴びたり、星を見たりして心を落ち着ける。
今日もコーヒーカップを片手に風を浴びていた。
考えすぎて頭が痛くなってきたのだ。
思考はあっちこっちに流されながら飛び回り、その正しい飛び方も着地するべき場所も見出せないまま飛び続けている。
いつ墜落して爆発するとも分からない。
そんな思考。
そんな思考に蓋をしてコーヒーカップを傾ける。
砂糖を沢山入れた、風味も何もない甘い甘い珈琲。
ただ甘いだけのソレは珈琲っぽくなくて、あんまり美味しくないはずなのに、その甘さが妙に心地よかったりする。
無性に飲みたくなる時があるのだ。
まぁ喫茶店のマスターが好んでそんな珈琲を飲んでるのもかっこ悪いので僕一人の時だけの限定だけど。
そんなのを飲みながら星を見ていると、ポケットの中のスマホが震えだした。
珍しく働いた僕のスマホ。
小町ちゃんと連絡を取る以外ほとんど使わないスマホ。
何かと思えば電話だった。
それもオーナーさんから。
「もしもし、比企谷です」
『ひゃっはろー八幡くん。こんな時間にごめんねー』
え、なにそのあいさつ。
なんだかテンションの高いオーナーさん。
「ひゃ、ひゃっはろー?…それで、何の用ですか?」
『あ、うん。土曜日お店休みにしてね。オーナー命令。そんでお姉さんとデートしよっか!これもオーナー命令』
じゃあしよっか。なんて提案しないでほしい。
「え、でもなんで急に」
『取材だよ取材。最近カフェ巡りしてなかったでしょ?最近気になるお店がいっぱいあるんだよね!』
取材とはまた懐かしい。
喫茶店を始めるにあたって僕とオーナーさんは色んなカフェや喫茶店に行ったりした。
それが役に立っているかと言われれば微妙で、ほとんどオーナーさんの暇つぶしに付き合わされただけなんだけど。
「仕事で何かあったんですか?」
だから気になった。急にまた取材だなんて言いだしたから。
『んーん?そんな事ないよー?仕事なんてすぐ終わりすぎて暇なくらい?』
たまには八幡くんと仕事以外の付き合いってのもいいでしょ?とオーナーさんは付け足した。
「ならいいですけど。土曜日でしたっけ?」
『うん、土曜日。お店休みにすれば予定も無いでしょ?』
「…はい、大丈夫ですよ」
日曜日にしませんか?
なんて事を言いそうになってしまった。
土曜日は一色さんが来るから。
オーナーさんと一色さんを比べるなんてどうかしてる。
どう考えてもオーナーさんの方を優先させるべきなのに。
『うん、りょーかーい。じゃあ土曜日、十一時に駅前ねー!』
オーナーさんはどこか嬉しそうな様子でそう言うとそれじゃあね!と電話を切った。
相変わらず自由だなぁ。
妙に嬉しそうだったけど、僕を暇つぶしに誘うくらい仕事でストレスでも溜まっているんだろうか。
まぁ、一色さんに新作メニューを試食してもらう約束もしたし、何か使えそうなアイデアがないか探す日にしようかな。
そんな事を決めて、その日はもう寝る事にした。
☆ ☆ ☆
お客さんに珈琲を出したりケーキを出したり。
そうして少しの雑談なんかをしながら三時過ぎを待つ。
これが一色さんが来るまでの過ごし方。
そんな風に一色さんを待ちながら今日はどんな話をしようか、なんて考える時間は心地が良い。
あ、今日のメニューは何にしようか。
麺類なんかはあらかた出し尽くしてしまったし。
たまにはメニューに無いものにしようか。
初めて一緒にご飯を食べたあの日から、二、三回彼女と晩御飯を一緒に食べた。
これからもたまにお世話になりますと彼女も言っていた。
僕としては彼女と居る時間がのびるので普通に嬉しい。
ご飯を食べている時の彼女は少し表情が柔らかくなる。
それを見ているのが最近のマイブームである。
カウンターのお客さんと雑談していたり、帰っていくお客さんを見送ったりしている内にいつの間にか時計は三時を過ぎていた。
そろそろ、気を引き締めないとな。
彼女の前ではいつも通りの比企谷八幡である為に。
『比企谷さん』である為に。
彼女に、この僕の悩みを、醜い部分を見せないように。
一色さんはいつも通りの時間に来た。
お客さんが少ないからか、その表情は少し嬉しそうだった。
それだけで僕まで嬉しくなった。
紙を渡す。
今日の朝から用意しておいたものだ。
因みに字に納得がいかなくて二回書き直した。なんとなく綺麗な字で書きたい内容だったから。
『月曜日は何の日でしょうか?答えあわせは月曜日。正解したら商品です。』
そんな内容。
商品というかプレゼントというか。
本当は何か用意する時間も無いのでケーキか何かを作る予定だったけれど、丁度良いので明日オーナーさんに買い物に付き合ってもらってちゃんとした物を買おうと思っている。
来週の月曜日は、僕と一色さんが出会って一ヶ月の記念日だから。
記念日かどうかは分からないけれど、僕の中では大きな意味を持つ日になったから。
でもなんとなくだけど、一色さんなら月曜日で一ヶ月だと分かってくれている気がしていた。
ほら、やっぱり。
紙を広げる彼女の顔を見るに、おそらくもう答えは分かっているのだろう。
月曜日は、良い日にしないとな。
紙を見ながら頬を緩ませる彼女を見て、そう思った。
そうして時間は過ぎていき、一色さんのコーヒーが残り半分くらいになった頃、最後のお客さんが帰っていった。
自分のコーヒーとクッキーを持って一色さんの元に行くと、一色さんは笑顔でお疲れ様です。と言ってくれた。
僕が疲れた顔をしていたのか、一色さんは僕を心配してくれた。
ここ最近はお客さんが増えて来たからだろう。
純粋に心配してくれている一色さんの気持ちは嬉しかった。
けれど、嘘をついてしまった。
明日、お店を休みにする理由だ。
僕が休む為じゃない。
本当はオーナーさんと取材に行くのだ。
それを言わなかった。
理由をぼかせば彼女は僕が明日は休養に当てると思ってくれる。そう思ったから。
いや、正確には本当の事を言えなかったのだ。
言いたくなかったのだ。
オーナーさんと取材だから。
そんな本当の理由を、言えなかったのだ。
何故言えない?何故言いたくない?
その理由は、もう分かっていた。
けれど、認めるわけにはいかなかった。
「ありがとうございます。比企谷さん。私、今幸せです」
一色さんは急にそんな事を言ってきた。
そう言った彼女の表情は僕から見ても分かるくらい、嘘なんて全くついていないような表情で。
心底素敵な表情だと思ったし、改めて彼女を素敵な女性だと思った。
けれど、僕はその顔を直視できなかった。
直視する権利が無かったのだ。
僕には、眩しすぎるから。
昨日、あのベランダでしっかり蓋をしたはずの思考が溢れ出す。
その顔を、その表情を、その言葉を。
彼女が僕に向けるたびに僕の中の自己嫌悪は大きくなる。
申し訳なさで胸がはち切れそうになる。
彼女はこんなにも真っ直ぐだ。
僕とは違って。
そんな僕と彼女の違い。差。溝。
それを感じるのだ。
それでも、返す言葉は決まっていた。
僕も一色さんと出会って幸せだから。
幸せなはずだから。
そうして取り繕った言葉にも、彼女はほんのり頬を赤く染めてくれる。
僕は僕を嫌いになりそうだった。
それでも、今だけは。
彼女の前では『比企谷さん』でいるために。
彼女に笑顔でいてもらうために。
僕は僕を演じ続けた。
彼女の言葉に返して、話を振って、笑いあって。
そんないつも通りの時間を過ごした。
いつもは経つのが早すぎて嫌になる時間も、今だけは早く過ぎてくれればいいと思った。
今日の彼女は昨日までより元気な気がしたから。
どこかいつもより笑顔が自然な気がしたのだ。
最近は少し悩んでいるような顔を見る事もあったから。
だから、その姿を見られただけで僕は幸せだった。
多分。
多分、幸せだったはずなのだ。
分からないけれど、多分これが幸せなのだ。
これが幸せだと、少し前までは断言できたはずなのに、断言できなくなっていた。
それでも、これが一ヶ月前、僕が望んだ物なのだ。
そう信じていないと、ダメになりそうだった。
自分の気持ちに蓋をして、昔の僕から逃げて、彼女とは向き合えずに、自己嫌悪だけが残る。
分からない。分からない。分からない。
ただ、分からなかった。
一色さん、僕はどうしたらいいですか?
なんて事は聞けなくて。
自分では答えが出なくて。
そうして今日も頭の中でただ繰り返す。
ごめんなさい。一色さん。
☆ ☆ ☆
「喫茶店で食べるチャーハンって変な感じしましたね。美味しかったですけど」
そう言って笑う彼女の横を歩きながら、お店から駅までの道を行く。
昨日の夜とは違って雲に覆われた空に星は見えなかった。
見上げても星は見えない。光は見えない。
僕は上手く演じていられるだろうか。
そんな事ばかり考えていた。
夜でよかった。暗くてよかった。曇っていてよかった。
僕の顔が見られなくていい、彼女の顔を見なくていい。
きっと、今の僕はひどい顔をしているから。
きっと、今の彼女は素敵な顔をしているから。
自分が何を言って、彼女が何を言ったのかも分からなかったけれど、気付けば駅についていた。
「比企谷さん、はい」
出された小指。
一瞬手を出すのを躊躇って、でもやっぱり出した。
小指が絡む。
その瞬間だけは心地が良かった。
「じゃあ月曜日に、また」
「はい!楽しみにしてますね!」
駅の灯りに照らされてやっと僕の目に入ってきた彼女の顔は、やっぱり僕には眩しかった。
去り際、一色さんは急に立ち止まり、何かを思い出したように振り返って言った。
「私、『比企谷さん』と一緒に居れて幸せですよ?だから、そんな顔しないでくださいね」
「…………ぇ…?ひ…ひきがやさん?」
気が付けば、彼女を抱きしめていた。
分からない。
ただ、抱きしめていた。
「……ぇ?…あ、あの………うぅ」
「…すみません。後少しだけ、このままで」
「……ぇ…ぁ……はぃ…」
遠慮がちに僕の背中に添えられた彼女の両手の感触が無性に愛おしい。
「…あ、あの……比企谷さん?」
「はい」
「ど、どうひたんですか?」
「分かりません」
「……ふぇ?」
「分かりません。けど、今はこうしてたいんです」
それが今の本当の気持ちだった。
「………ふふ。なら仕方ないですね」
一色さんのその返事を聞いてから、僕たちは無言で抱き合っていた。
どれほどそうしていただろうか。
数十秒かもしれないし、数分かもしれない。
ふと、僕の胸元に顔を埋めていた一色さんは顔を上げて、僕を見上げて言った。
その顔は何かを決意したような顔だった。
「私、悩んでることがあったんです。考えても答えが出なくて、幸せなはずの時間が幸せだと思えなくて。
でも、今日親友が色々と言ってくれたんです。それで少し、救われたんです。
そして今日比企谷さんを見て思ったんです。何も言わないでいるのはダメだなって。
だって、私が悩んでるのと同じように、比企谷さんも何か悩んでるのに気がついたから。
そしてそれはきっと私が比企谷さんとの事で悩んでいたように、私が原因で悩んでいる。そうですよね?」
僕の胸元から優しいトーンで届いたその声は僕を包んでいた空気ごと溶かすような、そんな暖かさをもった声だった。
一色さんは続ける。
「もっと、比企谷さんの事を知りたいです。もっと、私の事を知ってもらいたいです」
だから、と彼女は続ける。
「月曜日、お話しましょうね。きっと、ちゃんと」
「………はい」
「ふふ。よかったです。じゃあ、はい!」
一色さんは僕から離れて二、三歩後ろに下がると、右手を出した。
「ほら、約束。ですよ?」
「…………はい」
やっと笑った僕に、彼女はこれ以上ないくらい屈託のない笑顔を見せてくれた。
駅の灯りに照らされたまま笑う彼女の頬は真っ赤に染まっていて、どこまでも可愛らしかった。
不思議と、今はその顔を見ることが出来た。
そうして僕たちは二回目の指切りげんまんをした。
何かが解決したわけでもない。
何かが前に進んだわけでもない。
それでも、救われた。
僕の悩みに、僕の苦悩に、僕の苦しみに。
彼女の言葉はきっと僕が欲しかった言葉だった。
僕はただ、昔の僕じゃなくて今の僕が受け入れられている実感が、その証拠が欲しかったのだ。
あるいは、嬉しかったのかもしれない。
彼女も同じように悩んでいた事が。
僕のために悩んでいてくれた事が。
我ながら単純だと思う。
それでも、駅からお店までの帰り道、こんなに幸せな気持ちで帰るのは久し振りだった。
それもこれも、全部一色さんのおかげ。
彼女の言葉は優しくて、柔らかくて、暖かくて。
ついさっきまであった腕の中の暖かさは、初めてのもので。
ついもっと欲しいと思ってしまう。
「…………あつい」
思い出しただけで体温が上がったような気がした。
多分僕の顔はまだ赤いことだろう。
そしてきっと一色さんもまだ赤い。
そんな事を考えて、さっきの彼女の顔を思いだしてふふ、と笑い声が溢れてしまった。
「……明日お店休みにしといてよかったな。不本意ながらオーナーさんに感謝だ」
だって明日なんて恥ずかしくて会えないし。
そんな事を呟きながら、一人歩いた。
あぁ書きづらかったです。
二回書いたのを消しました。
一回目はこれ八幡自殺するだろってくらい病ませてしまって。
二回目はこれただのイチャコラやってなって。
そうしてこれが三回目です。
なんとか不自然な点が無く形になっていたらいいのですが、もはや自分でも書いてて分かりません。
自分的にはちゃんと前話までとつながっていると思うんですが。
その辺はなんとか皆さんの読解力というやつでなんとかしてください。よろしくお願いします。
そうそう、土曜日。買い物…取材…同じ日…あっ…ってヤツですね。
そんな土曜日を書きます第五話をお楽しみに。
では。今回もありがとうございました。