いろはの砂糖をそこかしらに振りまいた3000文字弱のモノローグ的なものです。
第三話ではありません。小休止です。
次回から本格的にお話が始まるので、それに合わせて時系列と二人の関係についてまとめたって感じです。
では、今回もよろしくお願いいたします。
あの日から三日が過ぎた。
あの日から毎日あの喫茶店に通っている。
あの日というのは初めての約束をした日。またお店に来ますと言った日だ。
せんぱいはなぜ掛けだしたかは知らないが掛けているメガネのおかげか女性に人気があるらしく、店でお客さんを見かける時は女性客ばかりだった。
まぁ元々目以外は顔整ってるしね。
奉仕部の部室で寝ているせんぱいの寝顔をこっそり撮った写真は今も残っている。
そんなメガネイケメンと化したせんぱいはその敬語キャラとエプロンの執事感も合わさって地元では少しだけ有名らしい。
大学の食堂に置いてあった女性向け地元誌に載っていた。
美味しい珈琲と眼鏡イケメンのお店。
そんな評価に思わずむーっとしたが、周りから見たら私もそんなイケメン目当ての客だし、実際そうだから何とも言えない。
ただし女性諸君。
せんぱいがメガネ取ったらすごいんだからな!覚えとけよ!
と、こう言ってやりたい。
さて、である。
今日も今日とて喫茶店に脚を運ぶせんぱい想いの健気な私だが、他のお客さんがいる時はせんぱいと話せない。
大体いつもカウンターに誰かしらが座っているから。
大学が終わってから喫茶店に行くと割とお客さんが多い。
せんぱいと再会した日、そしてその翌日がたまたま人が少なかっただけらしい。
そんな他のお客さんにカウンターをとられてしまった時、私は初めてこの喫茶店に行った時に座った、カウンターが見える席に座ってせんぱいを見つめている。
せんぱいはカウンターに座る女性と仲睦まじげにお話ししている。
女性が笑えばせんぱいも笑う。
せんぱいが何かを言えば女性は嬉しそうに手をパタパタとさせる。
……むー。
少しだけもやっとする。
あ、せんぱいが来た。
せんぱいは私の視線に気がつくといつもクッキーを持ってやってくる。
注文していないクッキーはせんぱいからのサービス。
クッキーのお皿の端にはいつも四つ折りになったメモ用紙が乗っている。
それを広げて、読む。
『今日はなかなか帰ってくれません』
お客さん相手にそれはどうなの…
なんて思うけれど、裏を返せば私と話したいと言ってくれているようで、とても嬉しい。
私は読んだメモ用紙を財布にしまう。
これで三枚目。
私の宝物だ。
因みに一枚目の内容は『来てくれてありがとうございます。サービスです。食べててください。』で、二枚目は『もう少しお待ちください』だった。
そう考えるとやっぱりせんぱいはせんぱいで私に会いたいと思ってくれているらしい。
そんな事を考えて少しの優越感に浸りながら私は甘いクッキーといつものブラックコーヒーを楽しみつつ、カウンターが空くのを今か今かと待つのだった。
お客さんがみんな帰って、それからやっと私とせんぱいの時間は始まる。
せんぱいは私の席にブラックコーヒーを持ってやってくる。
私と違ってミルクもお砂糖も入れていない。
甘い時間を過ごすからコーヒーくらいは苦くていいんですよ。
なんて言うせんぱいに思いっきり赤面してしまった二日前の事を思い出してまた恥ずかしくなる。
今日は金曜日。
明日から二日、せんぱいに会えない。
土日は一度実家に帰って来なさい。
最近帰ってないからと、そうお父さんとお母さんから連絡があったからだ。
それを言うとせんぱいは少しだけ寂しそうな顔を浮かべてくれた。
私も同じ気持ちですよ。なんなら、私の方が寂しく思ってます。
なんて、そんな事は言わないけれど。
二年ぶりに出会った大好きなせんぱい。
私の知っているせんぱいとは違うけれど、それでもせんぱいなのには変わりない。
だから好き。
たまに私の知っているせんぱいが顔を覗かせる瞬間や、私の知っているせんぱいなら絶対にしなかった事をするせんぱいが、たまらなく愛おしい。
だから幸せ。
昔のせんぱいと今のせんぱいを重ねる。そのどっちもが魅力的で、私にはない素敵なところをたくさんもっている。
だからもっと好きになる。
まだ聞きたいことも話したいこともたくさんある。だからこれからもこの店に通おう。
そう思って、憂鬱だった毎日がちょっとだけ楽しくなる。
コーヒーをおかわりして、二人でもう一皿のクッキーを口に運んで、二人だけの時間を過ごす。
失った時間は取り戻せないけれど、ならまた一から新しい時間を築けばいい。
一度失った関係ならば、ゼロから作り直せばいい。
昔のせんぱいも恋しいけれど、あの頃のせんぱいに会いたいけれど、せんぱいの記憶が戻って欲しいとも思うけれど、それを言うのは私からではない。
今のせんぱいには今の生活、関係、そしてこのお店があるから。
でも、せんぱいがもし、もしも記憶を取り戻したいと言ったのならば、その時は全力で協力しよう。
そう決めている。
…まぁ、今のせんぱいの少女漫画に出てきそうなイケメン感もたまらないからこれはこれで……
なんてよこしまな気持ちもあったりするけれど。
とりあえず、そんな理由で私は昔の話はしない。
聞かれれば軽く教えたりはするつもりだけれど、今のところ、それもない。
それでもせんぱいは私といる時に唐突に訪れる、せんぱい曰く不思議な懐かしさなんかを楽しんではいるようだけれど。
大学の話をして、せんぱいの話を聞いて、くだらない事を言い合って、そして無言を楽しむ。
一緒に本を読んだり、そんな事をしても楽しいかもしれない。
そんな事を考えていると頬が緩む。
そしてそんな私を見て正面のせんぱいは微笑む。
その微笑みにえへへーと微笑み返す。
二人だけの店内で、珈琲の香りに包まれて、大好きなせんぱいを独り占めして。
まるで世界から切り離されたような、そんな暖かな微睡みの中にも似た不思議な感覚の中で私は幸せな時を過ごすのだ。
そんな時間は、そんな時間だけは、たまらなく好きだ。
けれど、
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
気付けば窓から漏れる光には赤みがさしはじめ、街が夕焼けに赤く染まる時間になっていた。
そして、それがお別れの時間。
せんぱいは空になった二つのグラスとクッキーのお皿をもって立ち上がる。
それをカウンターに置いて、外に出る。
それに着いて行く。
そうしていつもの約束をする。
今日はいつもと少しだけ違った。
「月曜日は、カウンターに座ってください。予約席にしておきます。約束してくれますか?」
予約席なんてあるんだ…
いや、そんなのないよ。多分。
もしかして土日に私に会えないから月曜日は長く一緒に居たいのかな?
そう考えてにやけそうになる頬を抑え、
「はい、よろこんで」
と答えて指切りげんまんをする。
たった数秒。
せんぱいの小指と私の小指が絡まる。
それだけなのに、とっても幸せな気持ちになる。
一日、二十四時間もある一日の中でせんぱいといれる時間はたったの数時間、お話できる時間はもっと少なくて、こうやって触れ合える時間はたった数秒。
そのたった数秒が、私の一日の中で一番幸せな時間だ。
指を離して、少し見つめあって、恥ずかしくなって目を逸らして、そうして本当のお別れ。
手を振ってくれるせんぱいに手を振り返して、駅に向かう。
それが、今の私の日常だ。
せんぱいからもらった暖かさを抱きしめて、それを逃してしまわないように、せんぱいの事を考えながら帰る帰り道。
電車の窓からは夕焼け。
さっきまでせんぱいと見ていた綺麗な夕焼け。
けれど、一人で見る夕焼けは、ひどく寒々しくて、寂しいものだった。
また会いたい。早く会いたい。
せんぱい、月曜日が楽しみです。
はい、こんな訳で、一週間でいろはは完全に落とされました。
もうベタ惚れです。
元々気質はあったしね、高校時代は好きだったしね、会えなくて寂しいと思ってたしね、その辺は惚れても仕方ないかなーなんて思っていてください。
作中の時系列というか季節ですが、この話の時点で五月です。ゴールデンウィークは明けてます。
では、今回もまた感想評価お気に入り等お待ちしております。もっと送ってくれると僕は喜んで小躍りします。
そんで家族に白い目で見られることでしょう。
では、本当に今回もお読みいただき本当にありがとうございました!
ー追記ー
少しおかしかった点を直して、少し文を足したりしました。
メガネのくだりとかですね。
では、お楽しみください(投稿日同日)