甘い珈琲を君と   作:小林ぽんず

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お待たせしました。

原稿紛失からなんとか持ち直しました。


第六話 せんぱいと比企谷さん

「………ねぇ、一色さん?俺は小町に呼ばれたから帰ってきたんだけど…なんでお前朝から乗り込んできて俺の部屋で受験勉強してんの?」

 

「せんぱいちょっとうるさいです。今集中したいんで静かにしててください」

 

「あっそう…」

 

 そういってせんぱいを黙らせる。

 

 嘘だ。

 

 さっきから心臓はうるさいし、顔は熱いしで、自分から小町ちゃんに頼み込んでせんぱいの部屋まで来たくせにまともにせんぱいの顔すら見れてない。

 

 もっとも、おかげで問題集を眺めるしかなく、集中して勉強してる風な雰囲気になっているからある意味助かってはいる、かもしれない。

 

「……はぁ。おい、一色。そこのwhichは連鎖関係代名詞だから掛かってるところはそこじゃないぞ」

 

「……は?あ、んん?…あぁ……!そ、そっかぁ!あ、ありがとうございます!」

 

 びっっっくりしたーー!

 

 いきなり声掛けてくるから何事かと思ったよ。そういえば勉強してるていでした。いけないいけない。

 

 ふふ。それにしても。

 

 なんだかんだしっかり見てくれてるんだなー。

 

 久しぶりに会ったせんぱいはやっぱり少し不器用で、優しくて。

 

 そんな変わってないせんぱいと一緒にいれるのが楽しくて。

 

 だから、やっぱり私はせんぱいの事が好きなんだなーって思う。そして、じんわりと心が溶けていくような、心地よさが広がっていくような、そんな感覚を覚える。

 

「えへへ。せ〜んぱい!」

 

「はいはいあざといあざとい。んで、なに?」

 

「いや、呼んだだけです!」

 

「またかよ…」

 

 なんて会話にもならない会話をさっきから何度もして、ベッドに腰掛けるせんぱいを見上げるのは、無性にせんぱいの声を聞きたくなって、顔が見たくなるから。

 

 興味無さげに本を読んでるくせに、私が問題につまづいていると毎回質問する前に的確にアドバイスしてくれる。そんなせんぱいに癒されながら、感謝しながら。いつも家で勉強してるときなんかよりよっぽど良い集中状態で目の前の問題を解いていく。

 

 なんだかんだ世話を焼いてくれるせんぱいは、やっぱり優しい。

 

 いつもより効率良く進む勉強に満足感を覚えながら、教科を英語から古典に変えたタイミングで気が付く。

 

 

 ……………普通に受験勉強しちゃってるじゃん!!!

 

 

 予定では卒業してから会えなかったせんぱいにたっぷり甘えて困らせてやる予定だったのに!

 

 これじゃただの受験生じゃん!いやまぁ、受験生なんだけど。

 

 ……まぁいいか。

 

 そもそもこんなに受験勉強してるのは、せんぱいと同じ大学に行くためだし。

 

 今日の勉強には最強の癒し成分且つ家庭教師いるんだから!

 

 

 とは言ったものの。

 

「いろはさーん!あとついでにおにいちゃーん!晩御飯どーするー?」

 

 せんぱいの部屋のドア越しにそんな小町ちゃんの声が聞こえてきて気がつく。

 

「……んん?せんぱい、いま何時ですか?」

 

「…ん?あぁ。そういやもう七時だな」

 

 うそ!全然気がつかなかった。

 

 いやね、勉強頑張るとは決めたけどさ…がんばりすぎじゃないかな?流石にせんぱい成分が足りない!

 

「晩飯食ってくか?」

 

「ん〜。ご馳走になりたいのは山々なんですけど、流石に帰ります。一日居座って、お昼ご飯までご馳走になっちゃいましたし」

 

「そうか。ならまぁ、なんだ?家まで送るぞ」

 

「なんですかそれ、せんぱいらしくないです」

 

「きみ酷くない?ほら、いいから行くぞ。てか送ってかないと小町に晩飯抜きにされる。多分」

 

「そういう理由なら…せんぱいらしいですね」

 

 そういってふっと笑うと、

 

「だろ?」

 

 そういってせんぱいもニヤッと笑う。すみません、それは気持ち悪いです。

 

 

 

 せんぱいの家を出て、並んで歩く。

 

 せんぱいは部屋着に何故か鞄だけ持ってるし、猫背だし、ポケットに手を突っ込んで怠そうに歩いてるし、欠伸までしてるし、誰よりもかっこ悪い。でも、誰の前でも飾らない、マイナスの面も当たり前の様に見せる。そして、誰よりも優しい。そんな誰よりもかっこいいせんぱいなんだ。

 

「にしてもお前、結構勉強頑張ってるんだな、正直指定校推薦とか狙ってるのかと思ってたわ」

 

「それは私が指定校推薦を狙って楽しそうな人間に見えるって事ですか?」

 

「そういう事じゃねぇよ。ほら、あれだよ。城廻先輩も指定校推薦だったろ、確か。だからそういう選択肢もあるんじゃないのかって話だ。受験なんてクソだるいもん、苦労なしで乗り切れるならそれが一番だろ」

 

 そういう辺りはやっぱりせんぱいらしい。

 

 確かに、私には生徒会長を二期連続でやっているという強みもあるし、指定校推薦も狙えなくもない。

 

 でもね、せんぱい?

 

「確かに〜、それもありなんですけどね?ダメなんですよ、それじゃあ」

 

 私のそんな言葉に、せんぱいは少し面食らった様な表情になる。…ちょっとそれは失礼じゃないですかね?

 

「私には目標があって、それを成し遂げる為には絶対に自分の力で第一志望に合格するんです。そうしないと、ダメなんです」

 

「ほーん。じゃあ、その第一志望ってのはどこなんだ?」

 

「ふふ。内緒ですっ」

 

 だって、恥ずかしすぎて言えないから。

 

 せんぱいと同じ大学に、同じ学部に、同じ方法で入って、今度は私がたまたまあの部室を訪れた時みたいな偶然じゃなくて、自分からせんぱいに会いに行って、また先輩後輩の関係になりたいだなんて。それだけじゃなくて、付き合いたい。だなんて。

 

 もっと好きな人の近くにいたいなんて、そんなくだらない動機。

 

 その好きな人と同じ道筋を辿りたいだなんて、そんな自己満足な目標。

 

 それでも、私にとってはとても大事な事だから。

 

 しょうもないですか?くだらないですか?確かにそうかもしれません。でも、仕方ないじゃないですか。

 

 それもこれも、せんぱいのせいなんだから。

 

 そんな目標を立てて、その為に頑張れてしまうくらい、せんぱいの事が好きなんだから。

 

 なんて、そんな事。

 

 恥ずかしすぎて、言える訳がなかった。

 

 

 

 あっという間に時間は過ぎる。気が付けばもう私の家の前に着く。

 

 今日の次はいつ会えるんだろう?そんなことを考えてしまう。せんぱいの事だから、会いたいと言えばなんだかんだ時間をつくってくれるんだろう。

 

 それでもせんぱいに迷惑をかけたくないと思ってしまう自分もいて。

 

 だからすっごく不安になる。

 

 それでも、今日はこれでお別れ。

 

「一色、これ」

 

 私がお礼を言うよりも早く、せんぱいの声が耳に届く。そして手渡されるのは可愛くラッピングされた細長い箱。

 

「え?な、なんですか?これ?」

 

「開けてみれば分かる」

 

 せんぱいはそう言ってそっぽを向いてしまう。

 

 その頬に朱が差しているように見えるのは、夕日のせいなのかもしれない。

 

 手渡された箱のラッピングを解き、箱を開けると出てきたのはシンプルなデザインの、ピンク色をした可愛らしいネックレス。

 

「どうしたんですか?これ…」

 

「あー、あれだ。誕生日、四月だろ。一応用意したはいいが四月は忙しすぎたし、本当は夏休みに帰省した時に渡せたら良かったんだが、タイミングが合わなくてな。半年くらい遅れた事になるけど…まぁ、一応、誕生日おめでとう…?」

 

「…………っっっっっ!」

 

 そっか…誕生日、覚えてくれてたんだ。

 

 じゃなくて!

 

 うわぁぁ!なんかもう!なんかもう!この人は本当にもう!

 

「ず、ずるいです!あざといです!」

 

 本当に、この人はずるいし、あざといんだ!

 

 言葉はまとまらず、どう反応したらいいのかも分からず。

 

 それでも、嬉しいという気持ちだけがこの身を包んでいく。

 

「こんなの…こんなの……」

 

 分かっている。せんぱいにとっては知り合いに誕生日プレゼントを渡す、たったそれだけの事なのだと。

 

 それに、どうせプレゼントを用意してくれたのも小町ちゃんあたりの差し金だってことも。

 

 それでも、それでも…

 

 こんなの、ひきょうだ。

 

 だって。

 

 だって。

 

 好きな人にこんな事されたら、

 

 好きが、とまらなくなってしまうじゃないか。

 

 

  ☆ ☆ ☆

 

 

「あぁ、一色さん。こんに」

 

 ドアを力一杯開けると同時に聞こえてくる比企谷さんの声を遮って、一直線にカウンター席、つまり比企谷さんの正面の席に座る。

 

「こんにちは比企谷さん。それじゃあ、話を聞かせてもらいましょうか」

 

 比企谷さんは少しポカンとした顔を浮かべた後、何か納得したように小さく頷いた。

 

 そしてそのまま、ややあってから比企谷さん。

 

「えっと……怒ってます?」

 

「怒ってません」

 

「いや、でも…」

 

「怒ってません!いいから、はるさ…あの土曜にいた女の人は誰なんですか?」

 

 一刻も早く話を聞きたくて、こちらから本題を切り出す。

 

 大学から早歩きで来たから息は切れ切れ。

 

 正直すっごい疲れたし、喉も渇きすぎて言葉もうまく出てこない。

 

 それでもまっすぐに比企谷さんを見つめて、言葉を待つ。

 

 とりあえず、焦っていた。その焦りの正体はハッキリしない。いろんな不安が混ざりすぎていてよく分からない。ただ単に焦っていた。

 

 そんな私を見透かしたように、宥めるように、落ち着かせるように、それでも少しの戸惑いとともに、心地よい声が鼓膜を震わせる。

 

「ええと…コーヒー、飲みます?」

 

 紡がれたのはそんな言葉で。

 

 貰います。と言いそうになって我慢する。そんな言葉に屈してはいけない。喉の渇きに負けてはいけない。

 

 雪ノ下陽乃、彼女のことを聞くまでは。

 

「…………………………」

 

 無言が答えだ。屈してはいけない。

 

 さぁ、話してもらおうか。

 

「い、いらないですか?」

 

 たんたんとコーヒーの準備をしながらそう聞いてくる比企谷さん。

 

 屈しては…いけない。

 

 グラスと氷が軽快な音を奏でる。

 

 慣れた手つきでコーヒーが淹れられていく。

 

 美味しそうだ。でも、屈してはいけない。

 

「……………………………………のみます」

 

 はい、無理でした。だって喉渇いたんだもん!

 

 でも、

 

 かしこまりました。

 

 そう笑顔で言う比企谷さんは、やっぱり素敵だった。

 

 

  ☆ ☆ ☆

 

 

 比企谷さんの話が終わったのは、私が丁度二杯目のコーヒーを飲み終わったくらいのタイミングだった。

 

 急いでお店に来て、肩で息をしていた私のためか、飲みやすいようにいつもより甘く、そしてミルクが少し多めに入れられた、そんな甘く、優しいコーヒーだった。

 

 ふぅと一息。

 

 比企谷さんは話し終えると何も喋らず洗い終わったグラスを拭いている。

 

 おそらく、私の反応を待ってくれているのだ。

 

 だから私は落ち着いて比企谷さんの話を整理する。

 

 比企谷さんの話はこうだ。

 

 土曜日、私にはお店を休みにして自分も休むと嘘をついた事を申し訳ないと思っていること。

 

 はるさん先輩は比企谷さんが退院してから喫茶店をオープンするキッカケを作ってくれたり、今でもオーナーとしてお世話になっていること。

 

 そして土曜日ははるさん先輩と喫茶店めぐりの取材に出かけていたということ。

 

 …うん。なんではるさん先輩は当たり前のように比企谷さんと関係性を築いているのか。やっぱりあの人はすごい。なんというかもうヤバい。何がヤバいってもう超ヤバい。それくらいの衝撃受けた訳だけれども、これを考えるのは多分今じゃない。

 

 今日私を比企谷さんの元へ急がせた理由、それはきっと、単純に嫉妬という感情だった。

 

 私はきっと、浮かれていて、そしてどこかで今を嬉しく思っていた。

 

 昔は敵うはずもなかった二人のライバルはもういないと、無意識のうちに思ってしまっていたのだ。不謹慎極まりないけど。

 

 それなのに。

 

 見つけてしまったのだ。

 

 二年前の残り香。比企谷八幡を知る人。

 

 雪ノ下陽乃。

 

 ただ遠ざかる二人の後ろ姿を眺める事しかできなかった土曜の夕方。

 

 心の底から楽しそうなはるさん先輩と、穏やかな表情でその隣を歩く比企谷さん。昨日今日出会ったような感じではない、旧知の仲の様な親しげな様子。記憶のない比企谷さんに旧知の仲など、いるとは考えにくいのに。

 

 なぜ?一度考え出せばキリがないのだ。いや、今までの私が自分の事ばかりで、少し考えれば分かる事にも考えが及んでいなかっただけかもしれない。

 

 果たして記憶を失った人間が二年やそこらで喫茶店を開き、平凡な日常を手に入れる事ができるのか。

 

 それに当時大学一年生のせんぱいにそんな余裕もなければ、必要な準備等を行える知り合いなどいなかったはずだ。考えられるのは協力者、援助者が存在した可能性。そしてそれが可能な人間など、当時のせんぱいの人脈から考えれば、雪ノ下陽乃と言う人間しか出てこない。

 

 なんでこんな単純な答えにたどり着かなかったのか。

 

 それに、はるさん先輩のことだけではない。

 

 この事実を知っている上で私にはもちろん、結衣先輩や雪ノ下先輩にも連絡していない小町ちゃんのことも、だ。

 

 比企谷さんを取り巻く環境は、おそらく思ったよりも普通ではないのだ。

 

 でも、比企谷さんはそんな事実をカケラも知らない。

 

 雪ノ下陽乃は、比企谷八幡と全く新しい関係を築き、比企谷小町はそれを認知しながらも干渉はしてこない。

 

 それが答えなのだ。きっと、小町ちゃんの意思と、願いと。それと雪ノ下陽乃と言う存在による協力。

 

 だからこれは、私のわがままで、独善的で、利己的で、自己中心的な私の願い。

 

 小町ちゃんはきっと悲しむし、はるさん先輩は敵に回るだろう。

 

 それでも、それでもだ。

 

 私は、また見たいのだ。浸りたいのだ。

 

 あの空間に。

 

 今はもう霞んでしまったあの空間を取り戻したいのだ。笑い合う三人と共に居たいのだ。

 

 そして何より。

 

 願わくば、せんぱいの隣に。

 

 たったそれだけ。

 

 それだけのために私は小町ちゃんがしたであろう苦悩も葛藤も、はるさん先輩がしたであろう努力も苦労も、全てを知らないままで踏みにじる。

 

 その行動に、私はきっと後悔なんてしないから。

 

 だから私は1人グラスを拭く比企谷さんに、せんぱいに、声をかける。

 

「ねぇ、比企谷さん?」

 

 せんぱいがこちらを向く。

 

 せんぱいと同じ顔をしたせんぱいではない男の人に、私はただその眼を見つめて、ゆっくりこう言うのだ。

 

「記憶、取り戻しませんか?」

 

 

 




前回復活投稿してから約2週間経ちました。
色々ありました。
感想たくさんもらいました。ありがとうございました。お世辞でもクオリティ落ちてないと言ってもらえて救われました。
何故かランキングに乗りました。これまたありがとうございました。
そしておきにいりが100以上増えて500になりました。もう意味が分かりません。でもありがとうございました。

さて、今回の話についてですが。次の話を待ちましょう!以上です。
考えようと思えば考えられますが。考えたい人はご自由にどうぞ!です。

ではでは、今回もありがとうございました!

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