甘い珈琲を君と   作:小林ぽんず

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お久しぶりです。

お久しぶりぶりです。

お久しぶりぶりぶりです。


第五話 魔王と魔王Jr.

「なぁおい一色、あいつら部室で待ってんだけど」

 

 

 

 そんな声を無視して、一色は俺のブレザーの袖口をきゅっと掴んだままズンズンと進んでいく。そして連れられた先は校舎裏。三月と言えども校舎裏の日陰はまだ寒い。

 

 卒業式後の校門特有の喧騒も校舎を挟んでここまでは届かず、辺りはしんと静まりかえっている。そして当然こんな場所に人はおらず、俺と一色だけが卒業式の雰囲気から切り離された様な、そんな錯覚さえ感じる。

 

 

 

「先輩、改めて。卒業おめでとうございます」

 

 

 

 こちらに背を向けたまま、どこか涙声のような声色で一色が呟く。その背中と声から表情までは読めない。

 

 

 

「おう、あんがとさん。で、何か用事でもあんのか?早く部室行かないと雪ノ下に怒られるんだけど」

 

 

 

「先輩」

 

 

 

 俺の文句は遮られる。

 

 

 

「あ?」

 

 

 

「私は、先輩と知り合えてよかったです。仲良くなれてよかったです。先輩は、私の事……どう思ってますか?」

 

 

 

 由比ヶ浜結衣と出会えて良かった。

 

 

 

 雪ノ下雪乃と出会えて良かった。

 

 

 

 そして、一色いろはと出会えて良かった。

 

 

 

 数えだせば出会えて良かったと思える人間はたくさんいるのだ。いるはずなのだ。それこそ中学の時からは想像も付かないつらい。

 

 

 

 それなのに、たったそれだけの事実を伝える事も出来ずに、

 

 

 

「なんだそれ、いきなりどうしたんだ?そりゃあ、アレだろ。仕事は押し付けられるし告ってもないのにフラれるし、こっちは疲れまくってたっての」

 

 

 

 口から出たのはいつもと同じ様な悪態で。

 

 

 

 それでも、いつもと同じ様な悪態に返ってくるのはいつもの様な文句ではなくて。

 

 

 

 肩をビクッと震わせ、そっか…と力ない声を溜め息と共に漏らした一色を見て、俺は選択を間違えたのだと、否が上にも理解させられる。

 

 

 

 結局俺は最後まで変わらなかった。変われなかった。

 

 

 

 一歩踏み出すのが怖くて、一歩踏み込まれるのを嫌がって。そうしてここまで来てしまった。

 

 

 

 もう卒業だというのに。

 

 

 

 どこかのお調子者が何かやったのか、門のあたりで一際大きな歓声が上がる。それは校舎を越えてここまで届いた。

 

 

 

 今日は卒業式。この総武高校からの卒業。三年間の終わり。雪ノ下との、由比ヶ浜との、そして、一色との別れ。

 

 

 

 それは、俺の間違い続けた青春の終わりでもある。

 

 

 

 もし、もしも、だ。

 

 

 

 今、最後の問題が出されたのなら、俺は正解する事ができるだろうか。

 

 散々間違え続けた俺が、正解なんてする事が出来るのだろうか。

 

 正解が何かも分からない。正解の出し方も分からなくなってしまった。もっとも、最初から分からなかったのだが。

 

 

 

 だが、だがしかし、だ。

 

 

 

 最後くらい、俺は一歩を踏み出せるのだろうか。

 

 正解を求めてもいいのだろうか。

 

 目の前の一色にも。部室で俺を待つ二人にも。一歩を踏み出して、変わる事はできるのだろうか。

 

 彼女たちはそれを許容してくれるのだろうか。

 

 

 

 分からない。

 

 

 

 何を今更と一蹴されるかもしれないし、そもそも何勘違いしてるのだと笑われるのかもしれない。

 

 

 

 そんな考えがよぎって。

 

 

 

 だから怖い。

 

 

 

 だから躊躇う。

 

 

 

 だから結局俺は何もしてこなかった。全てから逃げてきた。分からないから。知るのが怖いから。

 

 

 

 分からないことは、知らないことは酷く怖い事だから。

 

 

 

 それでも、分からないからこそ踏み出してみるのではないのか?

 

 

 

 先が見えないからこそなんとか先を照らす方法を探して、先が分からないからこそ勇気を出して一歩踏み出して、そしてその先を得るために進むのではないのか。

 

 

 

 ならば俺は、ここで一歩を踏み出すべきではないのか?

 

 

 

「先輩」

 

 

 

 一色の声がする。

 

 

 

 一色が振り向く。

 

 

 

 太陽が雲の中から姿を現し、校舎から顔を覗かせた。日陰が切れる。太陽の光が振り向いた一色を包む。日向の一色と、日陰の俺。

 

 

 

 闇から光へ。一歩踏み出せば。一歩進めば。

 

 

 

 俺は、彼女たちに近づくことができるだろうか。

 

 

 

 分からない。

 

 

 

 でも、だからこそ俺は、ここで踏み出さなければならない。

 

 

 

 根拠も何もないけれど、それだけは確かに間違っていないはずだ。

 

 

 

「………っ、なぁ一色。俺は…………っ!お前と……お前らと出会えて…」

 

 

 

 視界が霞む。口が渇く。

 

 

 

 それでも、言わなきゃいけない気がして。

 

 

 

 なんとか言葉を探して、口を動かす。

 

 

 

 

 

 ………一色さん

 

 

 

 

 

 それは紛れもなく俺の声だった。

 

 

 

 一色さん?

 

 

 

 目の前の一色の顔は太陽の光に包まれてここからでは良く見えない。

 

 

 

 そこで、世界が暗転する。

 

 

 

 鼻先をくすぐる珈琲の香り。そうだ、僕は喫茶店で…

 

 

 

 ………珈琲?喫茶店…?

 

 

 

 俺は総武高校生で、奉仕部で……

 

 

 

 あれ、僕って…なんだっけ?

 

 

 

 暗転していた世界が割れる、裂ける。

 

 

 

 そして落ちる。墜ちる。堕ちる。

 

 

 

 目の前の女性の顔は、最後まで見えなかった。

 

 

 

 でも、その女性の声が聞こえた。確かにそう言ったんだ。どこか懐かしい声で…

 

 

 

「比企谷さん!」

 

 

 

 そう、言ったはずなんだ。

 

 

 

 

 

  ☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

 ……………え?

 

 

 

 目の前に広がる小町ちゃんの心配そうな顔。

 

 

 

 かわいい………じゃなくて!

 

 

 

 …夢?

 

 

 

 あれは、卒業式?そして、一色さんに…あいつらって……誰だ?

 

 

 

「おにいちゃん?大丈夫?」

 

 

 

 小町ちゃんの声にハッと我に帰る。

 

 

 

「え、あ、あぁ…うん。大丈夫だよ。ありがとう」

 

 

 

「そっか、大丈夫ならいいんだ。何かうなされてるみたいだったからさ。まぁ、小町的には本当はあんまり大丈夫じゃないと思うけどね?」

 

 

 

「え?僕なら大丈夫だよ?」

 

 

 

「いや、おにいちゃんじゃなくて、陽乃さん」

 

 

 

「へ?オーナーさん?オーナーさんとは今日約束してるけど…っっ!」

 

 

 

 約束の時間は十一時、場所は駅前。

 

 

 

 駅前といっても、オーナーさんの言う駅前は最寄り駅から電車に乗って十分ほどのターミナル駅、要は都会まで出る必要がある。

 

 

 

 そして今は十時半。

 

 

 

 今から一番早い電車に乗れても時間ぎりぎり、今から用意していては遅刻確定である。

 

 

 

 あの、えっと…流石に寝すぎじゃないかな、僕。

 

 

 

 ここまでくると流石に急ぐ気も起こらない。

 

 

 

 オーナーさんにそっと謝罪のメールを入れて、小町ちゃんの朝ごはんを食べた。

 

 

 

  ・

 

 

 

  ・

 

 

 

  ・

 

 

 

「それで、何か言い残す事はあるかな?」

 

 

 

「えーーっと…その服、似合ってますね?」

 

 

 

「………」

 

 

 

「す、すみませんでした…」

 

 

 

「デートに遅刻とは、中々勇気があるね〜八幡くん?」

 

 

 

「いや、あの…これデートじゃ」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「だからこれはデートじゃ…」

 

 

 

「なにかな?八幡くんはこんな美人なお姉さんを1時間も待たせたんだよ?そんな人に人権がまだあると本気で思ってるの??」

 

 

 

「……」

 

 

 

「唯一あるのは、これからお姉さんとデートしてお姉さんを満足させる為に身を粉にする事が出来る権利だけだよ」

 

 

 

「いや。それってもしかしなくても義務ですよね?」

 

 

 

「私、秋物の服が欲しいかも」

 

 

 

「え、無視?」

 

 

 

「ん?何か言った?」

 

 

 

「いえ、喜んでお伴します!」

 

 

 

「うんっ!それでよし!それじゃあ、れっつごー!」

 

 

 

「はぁ…はいはい。………あ、取材は?ねぇ!取材は?!…また無視!?」

 

 

 

 こうして、僕とオーナーさんの取材、もといデートが始まった。

 

 

 

 なぜか腕を組んで歩くというオマケ付きで。

 

 

 

 

 

 

 

  ☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

 

 

「………うん。やっぱ似合うわ。ムカつく」

 

 

 

「え?!ひど!」

 

 

 

 私の遅刻を昼ごはん奢りという罰でなんとか許してもらった後、私と美沙は服を買いに来ていた。

 

 

 

「ねぇねぇ美沙さん?私もう疲れたんですけど…」

 

 

 

「はい!じゃあ次これね」

 

 

 

 美沙は私の試着姿を写真に納めると次の服を渡してくる。

 

 

 

「まだやるの?」

 

 

 

 うんざりとした声色で美沙にそう尋ねてもしっしっと手で追い返される。酷くないかにゃー?

 

 

 

 仕方ないのでガクッとうなだれながら試着室へと戻る。

 

 

 

 はい、そうです。私一色いろはが今何をしているかと言うと、一人ファッションショー・一色いろはコレクションです。

 

 

 

 需要ないよねこんなの。てへ。

 

 

 

 それにしても、だ。

 

 

 

 さっきからこんな露出度高い服着るの?って服ばっかなんだけど…。肩出てるし、背中もけっこう空いてるし、丈は短いし…。え?痴女なの?ワンピースってもっと清楚なイメージに仕上げる物なんじゃないかな?

 

 高校の時から太ったりはしてないから多分大丈夫だけど、正直抵抗が半端ない。

 

 

 

 なにより、こんな服を平気で着て、男子にあざとく可愛らしく振舞ってた自分が凄く怖いです。

 

 

 

 なんて、渡された服にそんな感想を抱くくらいにはこんな服を着るのは久し振りで。

 

 

 

 それもそのはずなんだ。こんな服、せんぱいが事故にあったって聞いてから着てなかったね…。

 

 

 

 そんな事を思い出したりしながら、もう何十回繰り返したか分からない着替えをするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

  ☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

 

 

 買い物を終えて再び駅前まで帰ってくると、空は夕日で赤く染まっていた。

 

 

 

 結局取材なんてこれっぽっちもしない辺り、オーナーさんらしいと言えばらしいな。

 

 

 

「あーー!楽しかったねー!八幡くん!」

 

 

 

 そう言ってくるっとこちらを向くのは僕の横を歩いていたオーナーさん。

 

 

 

 いや、僕は死ぬほど荷物持ってるんだけど…。取材の事なんて忘れてるだろこの人…。

 

 

 

 そんな文句もオーナーさんの笑顔のせいで引っ込んでしまうから恐ろしい。そんな完璧な笑顔。

 

 

 

 でも、オーナーさんは元気すぎるくらいには元気そうだったし、偶にある仮面を被っているような素振りもなかったし。

 

 

 

「でも、買い物するだけなら都築さんの方がよっぽど優秀なんじゃないですか?」

 

 

 

 オーナーさんの笑顔を見ているのがちょっと照れくさくて、そんな事を言ってしまう。

 

 

 

「遅刻もしないしねー」

 

 

 

 うっ。

 

 

 

「あははっ。顔に出てるぞ〜うりうり!」

 

 

 

 そう言って僕の頬を指でつんつんするオーナーさん。周りの眼が痛いのでやめてください。あと当たってます。

 

 

 

「本当は分かってるでしょ?八幡くんとが良かったから八幡くんを誘ったんだよ」

 

 

 

「………そうですか」

 

 

 

「また照れちゃった?」

 

 

 

 オーナーさんのクスクスと笑う声が届いてくる。

 

 

 

 オーナーさんは、僕の事をどう思っているんだろう。

 

 

 

 そんな事を考えてしまうのは、人の気持ちが気になってしまうのは、きっと僕が持ってはいけない感情を一色さんに持ってしまっているからで。

 

 

 

 オーナーさんの荷物とは別に僕が買った物。月曜日に一色さんに渡すプレゼントが入った袋を、くしゃりと強く握った。

 

 

 

 僕は、なにがしたいんだろう。

 

 

 

 やっぱり、分からない。

 

 

 

 

 

 

 

「八幡くん」

 

 

 

 

 

 

 

 唐突にかけられた声はいつものオーナーさんの声だけど、いつものオーナーさんの声とは違って。

 

 

 

 それが気になって。

 

 

 

 だから沈んでいた顔を上げる。

 

 

 

 けれども、僕はオーナーさんの話を聞くことはなかった。

 

 

 

 顔を上げると、丁度駅前広場のモニュメントに差し掛かった辺り。

 

 

 

 噴水のすぐ側。

 

 

 

 偶然。

 

 

 

 本当に偶然。

 

 

 

 その姿を見つけた。

 

 

 

 次の瞬間、僕はオーナーさんの話も聞かずに歩き出していた。

 

 

 

 歩くスピードは上がり、早歩きになり、気付けば走る自分がいた。

 

 

 

 そして、辿り着く。

 

 

 

 腕を掴む。

 

 

 

 そして、掴んだ腕を返し、極め、思いっきり絞り上げた。

 

 

 

「ひ、ひきがやさん?!」

 

 

 

 男の小さな悲鳴をかき消す大きさで、一色さんが声を上げた。

 

 

 

 周りの人がその声につられてこちらに注目する。

 

 

 

 すると男はバツが悪そうにそそくさと去っていった。情け無さすぎる。が、好都合だった。

 

 

 

「大丈夫ですか?一色さん」

 

 

 

 そう、声をかける。

 

 

 

「ひ、ひきがやさん…」

 

 

 

「気を付けてくださいよ。変な人もいるんですから」

 

 

 

「助けてくれて、ありがとうございます」

 

 

 

 一色さんと、その横にいた女性がそうお礼を言う。

 

 

 

「でも、比企谷さん。なんでここに?今日は家でお休みになるって……」

 

 

 

 一色さんのどこか不安そうな、不満そうな声は、遅れてやってくる人の声に飲み込まれる。

 

 

 

「八幡くん!急にどうしたの…」

 

 

 

 小走りで追いついてきたオーナーさん。

 

 

 

 その目が一色さんを捉えて、一瞬ハッとしたような表情になる。

 

 

 

 ナンパ男を撃退した事に気がついたのかな?

 

 

 

「はじめまして、雪ノ下陽乃です」

 

 

 

 そして、オーナーさんはそう言った。

 

 

 

 え、なんでいきなり自己紹介?

 

 

 

 不思議に思って目線をオーナーさんに向けると、オーナーさんはニコッと笑って、

 

 

 

「さて。八幡くん、私たちは行こうか。電車の時間もあるしね!お二人とも、変な男に気を付けてね!」

 

 

 

 とだけ言い、歩き出してしまった。

 

 

 

 一色さんも、その横の女性も何も言わない。いや、言えないのだ。今のオーナーさんの雰囲気は、有無を言わせない圧力があった。

 

 

 

 だから、何かおかしい。なんとなく、そんな気がした。

 

 

 

 けれどもオーナーさんを放って置くわけにはいかず、一色さんに軽く挨拶して僕も続いて歩き出す。

 

 

 

「比企谷さん」

 

 

 

 そう呼び止められる。

 

 

 

 はい?そう言って振り返ると、

 

 

 

「月曜日、楽しみにしてますね?」

 

 

 

 そこにはこれまた謎の威圧感を漂わせた一色さんがいて、

 

 

 

「八幡くん?何してるのかな?早く行くよ?」

 

 

 

 そして前方には最早魔王と化したオーナーさんがいる。

 

 

 

 前方の魔王、背後には魔王Jr.

 

 

 

 正に四面楚歌。

 

 

 

 僕と一色さんの友人が溜め息を吐くのは、奇しくも同じタイミングだった。

 




とりあえず、大変お久しぶりです。

受験が終わったのが3月20日。それまでは浪人覚悟して勉強してました。
その後は一人暮らしの準備に奔走し、大学入学後一ヶ月は一人暮らしに苦戦しまくったせいで碌に書けず、なんやかんや文章書くリハビリしてたら、こんな時期になってしまった。

おそらくこんな作品覚えている人いないだろうし、書いてる自分でさえ作品を掴み直すのにプロットやら投稿された文章やらを一週間くらい読んでました。


というのが、言い訳です。

更新が予定より二ヶ月とかの単位で遅れて、本当に申し訳ありませんでした。

これからなんとか書いてきます。

クオリティ上げるどころか下がってるのはご愛嬌。

なんとか改善していきます。これからもよろしくお願いします。

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