蛍の暴走から一日が過ぎ、アセイラム皇女はデューカリオンのブリッジから眼下の白い大地を見ながらはしゃいでいた。
「エデルリッゾ、ご覧なさい!あの白いのは『雪』というそうよ!」
「ユキ・・・というのは白い土のことですか?」
「いいえ、雪というのは雲から氷の塊が地面に降って、たくさん集まるとあのように白くなるのですよ。」
この場に『雪は『結晶』で、塊が降るのは『ひょう』です。』だとか、『あれは雪ではなく凍土です』などと余計なことを言う者がおらず生き生きしているアセイラム皇女とは対称的に、ブリッジオペレーター、そして護衛の鞠戸大尉は気が気でない。
昨日の、蛍がアセイラム皇女とエデルリッゾに向けた銃がいまだに見つからないのだ。現場付近はくまなく探したため、間違いなく誰かが持ち去ったのである。
紛失した銃はソーコムピストル・・・45口径弾を使用する、モバイルライト一体型の大型拳銃である。
いまだに発見されたり届けられていないことから、一つしか考えられない。
『悪意を持つ人間が意図的に隠し持っている』というものだ。
アセイラム皇女暗殺未遂に関与しているであろう人物が艦内にまぎれている可能性が高いのだからこれ以外にありえない。
そして悪いことに、疑わしき人物の姿を昨日の事件以後、誰も見ていないのだ。
その頃、銃を持ち去った人物は調理室に隠れていた。
理由は二つある。
まず、銃を盗んでからこちら、水もろくに飲んでおらず、空腹に耐えかねたというものだ。
そしてもう一つ、ターゲットのガードが堅く、近づくことすら容易でないため、ある賭けに出たのである。
この方法はかなり運に頼る方法であるが、いつまでも隠れていては遅かれ早かれ艦内を総ざらいする『スパイ狩り』が行われるかもしれない。
そうなる前に、ターゲットを始末しようと考えたのだ。
彼女の脳裏に、地球での日々が思い出される。
彼女は物心ついたときにはすでに地球にいた。
15年前の第一次星間戦争の前、工作員として地球に潜入していた父が、偽装のために結婚していた母との間に生まれたのが彼女であった。
エンジェル・フォールで母を失い、父は男手一つで彼女を育てたのである。
彼女が7歳の時、彼女と父が潜伏していたのは新芦原の外れにある漁村であった。
難民登録もなく、星間戦争とその後の混乱で戸籍も無かった彼女は学校にも行けず、全てを父から教わった。
日本語、英語、ロシア語(ヴァース帝国公用語)の読み書き、数学、ヴァース帝国史、ヴァース帝国公民、サバイバル技術等を、漁の手伝いのかたわら教わり、その内容が同年代の少女がやるようなものでないことは彼女にもわかった。
ある時、彼女はその疑問を父に投げかけたのだ。
「ライエ、私たちは今でこそこのようなところで働いているがね、本当はある国のえらい人にお仕えしていたんだ。そのお方から頂いたお仕事を終わらせたら、私たちは貴族に取り立てていただけるのだ。」
「きぞく?」
「う~ん、そうだね、ライエがお姫さまになれるってことかな。」
少女・・・ライエはおとぎ話の絵本に出てきたお姫さまを思い浮かべた。
12時で切れる魔法で作ったドレスとガラスの靴で舞踏会に出て、一目惚れした王子さまが、舞踏会で落としたガラスの靴を拾って迎えに来てくれる。
「なりたい、おひめさま!」
「そうか、じゃあ、しっかりお勉強しないとな。ホントのお姫さまは待ってるだけじゃダメなんだ。それと、このお話はお父さまとの秘密だぞ?」
「うん!」
そんな話の後、父との秘密を守り続け、彼女が12の時に、父が話していたことの意味を知った。
彼女が火星人の平民を父に、
この頃には『大きくなったらおひめさまになりたい!』などと考えることはなくなっていたが、その代わりに『故郷から遠く離れて頑張り続けた父のため』と、強く想うようになっていた。
「(お父さま・・・力を貸して!)」
携帯を開き、待受の写真を見た後、ギュッと胸に抱き、決意を固める。
この賭けは成功しても失敗しても彼女は死ぬことに変わりない。
だが、それでいいとすら考えていた。
死ねば父の元へ行ける、それならばどこだろうと構わないと。
新芦原事件の後、ライエは父が率いる暗殺チームを隠れ家まで軽トラックで積荷に偽装して送り届けるという任務を受けていた。
しかし、集合した中に、
他のメンバーは父が最初に指示したとおり、たとえ欠員がいても構わず脱出すべきだと主張した。
そのためライエはまず、チームを翌日の迎えが来るまでの隠れ家に逃がし、即座に集合地点へ戻った。
待っている間、嫌な想像・・・父が捕まったり殺されたのではないかと考えたりしていたがほどなくして父も集合地点へ到着した。
その時の彼はわき腹をおさえ、顔は何かをぶつけられたのか血を流しながら歩いてきたのだ。
「お、お父さま!?どうなさったのですか!?」
「ライエ?それは私のセリフだ!!どうしてまだ残っている!?」
「そ、それは・・・お父さまがいらっしゃらなかったから皆を送り届けたあと、戻って・・・」
「バカモノ!お前一人の勝手な行動のために全員が危険にさらされることもありうるのだぞ!?」
ライエは叱られたことで肩を落とす。
「・・・だが、父としては、ありがとうだ。さ、行こう。」
と、父に感謝されるとライエは顔を明るくし、軽トラックの助手席に彼を乗せて走っていく。
「お父さま・・・本当に何があったのです?地球の警備ですか?それとも、皇女の護衛に?」
「地球の警備だ。芦原高校の生徒だったが、そこいらの軍人より強いぞ、あの少年。何だったかな・・・自分の格闘術をマリト流とか言っていたな。」
「マリト流?」
「私の見立てでは、この国の格闘技・・・カラテとジュードウに軍隊格闘術を合わせたCQCに見えたが、そうするとマリト流というのはおかしいな。古武道の類いを誤認したのかもしれぬ。」
ライエの父は少し興奮した様子でそう話す。
「何だか、楽しそうですね?」
「すまない、どうもこの国の文化のこととなるとつい・・・」
「離れるのが惜しいのですか?」
ライエは、父の様子からそんな疑問を投げかける。
「・・・そうかもしれぬな。しかし、案ずることはない。ザーツバルム卿より爵位を賜るとなれば領地も頂くことになるだろう。その際、この島国を願い出ればよい。そして真っ先に復興をとげるのだ!・・・イタタタタ!!!」
「あまり激しく動くと傷に障りますよ?」
そして翌日、ザーツバルム卿の迎えを待っていた時、父はライエを労い貴族となることを仲間と喜びあった。
余談であるが、仲間が父を探しにいかなかった理由は、彼を信じ、たとえ遅れても隠れ家に自力で到着すると確信していたからで、それを知ったライエは自分を恥じた。
そしてあの悪魔、トリルラン卿の操るニロケラスが彼女達の前に降り立ち、興奮する父達をニロケラスはその手で消滅させたのである。
ライエは幸運にも父から、『危ないから下がっていなさい』と言われていたため、ただ一人助かった。
そして同時に、ザーツバルム卿なる人物が約を違え、自分たちの口封じをしようとしていることに気付き、走って逃げ、地球連合軍のカタフラクトに保護されたのである。
彼女は救助され、逃げる間ずっと、自分の身の振り方を考え続けていた。
いっそ全てぶちまけて、地球に保護を求めるか、それともずっと地球で全て知らぬふりをして生き続けるか。
だが、どちらを取ったとしても彼女は地球で一人ぼっちである。
心を許せる相手もおらず、保護を求めた場合は拘束され、一歩間違えば火星に皇女暗殺犯として引き渡されるのを、そして口をつぐんで隠れ続ければ、いつか正体を知られて私刑にあい、殺されるか死んだ方がましだと思う目にあわされることに怯え続けなければならない。
両方の血を持つ彼女は地球人にも火星人にもなれなかったのである。
そんな彼女の前に、同類を名乗る者が現れた。
蛍である。
彼は最初こそ無神経に人の心の中に土足で上がり込んで来たが、敵討を手伝い、その後もずっと彼女をかばって真実を伏せ続けている。
気づくとライエは蛍を自然と目で追っていた。
友人達の中にいる彼を見て、ライエはあることに気づいたのだ。
彼も自分と同じなのである。
「(・・・って、何であんなヤツのことばっかり考えてるのよ!?)」
ライエは隠れたまま、首をブンブンと横に振って回想を振り払う。
「(だいたい、アイツはあたしを拒絶したじゃないの!)」
昨日の蛍の暴走の時、彼の言った言葉はまだ、ライエの耳にこびりついて離れない。
『いい火星人なんてのは、くたばったヤツだけなんだよ!!』
この一言は一日たった今でも、彼女の心に深く突き刺さっている。
もはや彼女にとっての居場所は、『父親のもと』以外に無い。
その想いが彼女を突き動かす。
「これ、どちらですか?」
「艦橋とその後で営倉だ。気を付けろよ、皇女サマの分も入っているからな。それとこっちのは俺がやっとく、食堂だけあって多いな。」
外でそんな会話がされたあと、ガラガラとライエが隠れているものが動かされる。
「う~、重い・・・」
運んでいるのは先日の徴募で艦内の手伝いをすることになった避難民の女で、ライエにとっては運良く、コンテナの異変に気付いていない。
「よいしょっと、とう・・・ちゃ~く!」
コンテナが艦橋の入口につけられ、艦橋内にコールが鳴る。
「あ、お任せを。は~い、今、出ま~す!」
エデルリッゾが艦橋のドアを開くと、白い布をかけられたコンテナの横で、グロッキー状態の女がへたりこんでいる。
「どうしたのです?」
「いやね、重いのよ・・・火星のお姫様って昼間っから満漢全席とか食べちゃうの?」
「まんがんぜんせき?」
「あ、そっか、お嬢ちゃんは知らないかな。百品くらいあるフルコースのこと。」
「このコンテナにそんなの入るわけないじゃないですか~、地球人って体力無いのですね・・・って、あら?うむむむむむ!!!」
エデルリッゾがコンテナを艦橋に引き込もうとするが、びくともしない。
「ぷはぁっ!?き、きっとキャスターがこわれているんですよ。どれどれ・・・」
エデルリッゾはそう言うと、コンテナにかかっている布をヒラッと小さくめくった。
すると、中から飛び出してきた何かにはがいじめにされ、こめかみに冷たい金属の筒のようなものを当てられたのだ。
「え!?え!?うぐ!!」
「きゃああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
「エデルリッゾ!?」
「動かないで、逆らえばこのおちびちゃんの命は無いわ。」
艦橋までコンテナを運んできた女は腰を抜かし、エデルリッゾは爪先がやっと床につくくらいの高さまで締め上げられ、アセイラム皇女がエデルリッゾの名を呼ぶと、エデルリッゾのこめかみに銃を突きつけている少女がエデルリッゾを盾にしながら艦橋に入る。
「ライエ・・・アリアーシュ!!」
鞠戸大尉は彼女をにらみつけながら名を呼ぶ。
不見咲中佐が拳銃に手をかけようとするとライエは彼女をにらみ、牽制する。
「ライエさん・・・どうしてこのようなことを・・・?」
「あら?皇女殿下はまだお気づきになられていなかったのですか?わたくしめはあなた様のお命頂戴つかまつりに参りました悪逆非道の叛徒が一味にございますわ。」
これはこの場にいる者の中では、マグバレッジ大佐、不見咲中佐、鞠戸大尉、ユキ姉、アセイラム皇女、エデルリッゾの7人は、アセイラム皇女が正体を現した時の対談で出た話であったので予測できていたことであった。
しかし、アセイラム皇女はやはり、彼女が暗殺者の一味などと考えたくなかったのである。
「さあ、わかったのならば皇女はこちらへ。この侍女と引き替えに、盾になりなさい。」
ライエがそう言うとアセイラム皇女は彼女のもとへ歩み寄ろうとする。
「(チャンスは一瞬・・・彼女がエデルリッゾを離した瞬間、投げ飛ばすしかありませんわ・・・)」
ライエを見据え、ゆっくりと近づいていくアセイラム皇女を太い腕が阻む。
「鞠戸・・・大尉さん?」
「姫サンよ、こういうこたぁ俺みてぇな本職に任せといてくだせぇな。」
不敵に笑う鞠戸大尉にライエはエデルリッゾをはがいじめにしたまま銃を向ける。
「ジャマしないで!オッサン、アンタから撃つわよ!」
「嬢ちゃんよ、目上の人間への口のききかた、親から教わらなかったのか?まぁ、銃の撃ち方も教えねぇで工作員なんざやらせてんだから、当然っちゃ当然か?」
鞠戸大尉はさすがに『親が工作員でその教育までした』などと考えなかったため冗談めかして言うが、まさにその通りであったため鞠戸大尉の予想以上にライエの怒りに火がついた。
「あ、あたしならまだしも、父さまの悪口は許さないわよ!!」
「そうか、じゃあ撃ってみろよ。しかし・・・ダメだ、グフッ、もうガマンできねぇ!ギャハハハハ!!!!!」
対する鞠戸大尉は笑いをこらえる限界を超えたらしく、笑い始めた。
周囲の者達は、あっけにとられたり、顔を青ざめさせたりする中、マグバレッジ大佐とユキ姉がつられたように笑い始める。
「わ、わらっては・・・クスクス・・・かわいそうですわ・・・ククク・・・」
「ダメェ!私もげんかい~!!」
二人を見て不見咲中佐も、
「あはは~これはけっさくですね~」
と、棒読みでならう。
「な、何よ!?何なのよ!?」
ライエはわけがわからず鞠戸大尉、背を向けたままのマグバレッジ大佐、艦橋の反対側にいるユキ姉を順に見る。
「あのなぁ嬢ちゃん、銃の安全装置、かかったまんまだぜ!」
「え?あ!?」
ライエは鞠戸大尉の指摘で彼に向けていた銃の安全装置を確認しようとしたができなかった。
確認するより早く、鞠戸大尉が踏み込んで銃を奪ったからだ。
「姫サン、持ってな!!」
鞠戸大尉は奪った銃の撃鉄を戻して、『安全装置をかけ直した後』、アセイラム皇女に投げて渡した。
順当に考えれば簡単なことだ。
安全装置があるのは銃の左側グリップ付近。
人質に銃を向ければ見えるのは右側、銃を向けられた状態では陰に入って見えない。
『安全装置がかかっている』などブラフである。
マグバレッジ大佐とユキ姉は、鞠戸大尉が笑いながら口元をライエからは見えないように隠して口の動きで『笑え』と指示したのに従っただけである。
なお、不見咲中佐はマグバレッジ大佐が笑い始めたのにならっただけだ。
「クッ・・・あ!?」
ライエはすぐさまホットパンツの背中側に挟んでいた果物ナイフを抜いたが、鞠戸大尉はそれを手刀で叩き落とし、ライエの拘束がゆるんだエデルリッゾを不見咲中佐の方へ突き飛ばし、武器も人質も失ったライエは鞠戸大尉に取り押さえられる。
「艦長、憲兵を頼む。」
鞠戸大尉のあまりの手際のよさにマグバレッジ大佐は驚きながらも憲兵を呼び、彼の元に駆け寄る。
「無茶をなさらないでくださいよ!」
「無茶なもんか。トーシロ一人取り押さえるなんざ。」
「だ、誰が素人よ!?」
ライエは鞠戸大尉に組み敷かれたまま、彼にかみつく。
「あんな古臭ぇ手にかかるヤツなんざまず素人だろうよ。オメェ、大方荒事にゃあ参加させてもらえなかったろ?」
ライエは鞠戸大尉にそう言われ、今まで父から任された仕事を思い出す。
連絡員とのやり取りに使う文書等の暗号化、復号化、地球側の暗号文書等解読・・・いわゆる書類仕事、事務仕事ばかりであった。
無論、特殊部隊や工作員の主な仕事は現地協力者の確保ならびに教育、そしてそういった者達や本国とのやりとりに関わる書類仕事が主で、某元グリーンベレーや某元コマンドーのように一人で正規軍をなぎ倒したり、某スパイのように不思議ツールを駆使して美女とたったの二人で敵国の秘密基地を破壊するようなことはしないが、危険を伴う仕事がないわけではない。
そういった文書を直接やり取りするとなれば、あらゆる障害、妨害が想定される。
協力者の裏切り、地球側のおとり捜査等の防諜といったことにあえば、相手が死ぬか自分が死ぬか、いずれにせよ人死には免れない。
そういったことは全て、彼女の父がやっていたのだ。
新芦原事件の時も、実行部隊でなく、逃走経路の確保で、比較的安全な配置である。
それらを思い出したライエは涙を流す。
「あたし・・・お父さまからまったく信頼されてなかったのね・・・」
そう呟いたライエを、鞠戸大尉は一喝する。
「大バカヤロウ!!オマエ、オヤッさんの気持ちも少しは考えろ!!」
この声の迫力に、艦橋に居た者は最高位であるマグバレッジ大佐まで含めて肩を震わせる。
「俺もなぁ、血のつながりはねぇが、ガキが一人いる。ソイツも人の話聞かねぇで軍に入りやがったがなぁ、俺は今でも、人殺しなんざさせたくねぇんだよ!何でかわかるか!?」
鞠戸大尉はライエの胸ぐらをつかんで、壁を背にして立たせるとそう尋ねた。
首を横に振るライエに鞠戸大尉は答える。
「手についた人の血の臭いってのはな、どれだけ洗っても落ちねぇんだよ!そんな思いをな、自分の子供・・・ましてやかわいい娘にさせたがる親がいるか!?」
「でも・・・父さまのやり残した仕事を・・・」
「あのなぁ、俺はオマエのオヤジがどんなヤツだったかは知らねぇ、けどな、人の親なら思うこたぁ同じだと思うぜ。」
少し鞠戸大尉は思案して間を置く。
「自分のことなんざいいから、生きて、幸せになれってよ。」
鞠戸大尉がライエの父を知らないのは間違いない。
しかしライエには、鞠戸大尉と彼女の父が重なって見えた。
「お父・・・さま・・・グスッ・・・」
鞠戸大尉が手を離すと、ライエは鞠戸大尉の胸に顔をつけて泣き始める。
すると、アセイラム皇女が二人の元へ歩み寄っていく。
「姫さま!?危険です、その女は叛徒の一味ですよ!?」
エデルリッゾが不見咲中佐の元を離れ、アセイラム皇女の元へ駆け寄り彼女を引き止めようとするが、アセイラム皇女は銃をエデルリッゾへ預けて下がらせる。
「心配は無用ですわ。彼女はもう狼藉を働くつもりはありません。」
そう言ってアセイラム皇女はライエの隣に立ち、優しく背中をさする。
「グスッ・・・何よ・・・同情のつもり?」
「違いますわ・・・ごめんなさい、あなたの辛さ、苦しさに気付いてあげられなくて・・・」
アセイラム皇女はマグバレッジ大佐の方へ向き直る。
「記録をお願いします・・・わたくし、ヴァース帝国皇女アセイラム=ヴァース=アリューシアの名において、彼女、そして彼女の父君とその旗下にあった一団について、弑逆をはじめとする一切の罪は不問とします!」
マグバレッジ大佐が記録を始めたのを確認してアセイラム皇女はそう宣言する。
ヴァース帝国は法治制度が未発達であり、皇族の一言は絶対である。
そして弑逆・・・皇帝や皇族に対する、未遂、予備を含む殺人は一族郎党全て処刑される。
しかし皇女は国交が断絶しているとはいえ、地球連合という公の機関に公文書として残るよう宣してライエと彼女の父、そして彼の旗下にいた部下について罪を問わないとした以上、これを覆すのは不可能である。
罪を問われるのは彼女たちを裏で操った黒幕だけだ。
「・・・記録しましたよ、皇女殿下。ですが、地球連合とその加盟国は全て法治主義ですから、『はいそうですか』とはいきません。それはわかりますね?」
地球・・・この場合、事件が起きた日本において、ライエは『殺人幇助』、『外患誘致』に問われ、仮にアセイラム皇女の宣言をヴァース帝国の裁判で無罪になったものとしても、日本での裁判には関係がない。
そして地球連合に加盟している国の政府が地球外勢力との交戦によって機能していない場合は、政務上必要な手続きについては地球連合が代行することになっている。
つまり、地球連合がライエの『殺人幇助』、『外患誘致』について裁くことになるのだ。
「どうにかなりませんか?」
「・・・そうですね。こればかりは私も専門外ですが、できる限りの便宜をはかりましょう。」
マグバレッジ大佐もそう言って協力を約束した。
「こんなことして、アンタは何の得があるの?」
「わたくしはこの戦争を早急に終結させたいと考えております。その時、必ずやこの戦争を仕組んだ者達に相応しい罰が下ることでしょう。あなたのお父君を手にかけた者達のこと、教えていただけますか?」
「・・・そう、わかったわ。信じるかどうかはアンタ次第だけど・・・ザーツバルムっていう名に覚えはある?」
ライエが語った黒幕の名前に、件の録音を聞いた者達に衝撃が走る。
「・・・もう間違いありませんわね。」
「伯父様が・・・そんな・・・」
これでライエの扱いは決まった。
重要な証人である彼女に、無体な扱いはできない。
本部につくまでは監視の元でこれまでどおりの生活を保証しようとマグバレッジ大佐は提案したが、ライエは筋を通すと言って断り、営倉入りを希望する。
「けどよぉ、別件で営倉行きかもしれねぇぜ?」
一通り話がまとまったあとで鞠戸大尉が異を唱える。
「なぁ、コンテナにゃあ俺らのメシが入っていたはずだぜ?どうした?」
これを聞いたライエは目をそらす。
ライエが隠れていたコンテナの二段目にはわだつみ時代からの軍人である通信手、操舵手、火器管制手、レーダー手、鞠戸大尉、そして営倉にいる蛍の昼食が積まれていたのだ。
「ホラ・・・ね?食べ物を横に置いてたら中に隠れてるのバレバレでしょう?」
「で?」
「捨てたらもったいないでしょ?」
「だから?」
「その・・・あんまりおなかすいてから・・・食べちゃった!」
「テメェ!!俺の昼飯返せ!!ホラ、吐け!!」
鞠戸大尉がライエの口を横に引っ張るをのを、マグバレッジ大佐とユキ姉が後頭部をはたいて止める。
「大人げないことしない!!」
こうしてライエにはもう一つの罪、『
ライエ、いくら腹が減ってたからって六人前は食い過ぎだと思うぞ。
しかしダイエットなんてしたことがない彼女のことですから、多分フードファイターのような特殊体質なのでしょう。
冗談はさておき、ライエが地球人とのハーフ設定は私の想像です。
エンジェル・フォール後の地球と火星の行来が難しい以上、ライエ父は前星間戦争以前から地球に潜入していないとおかしいですから、そうなるとライエの母親は地球人じゃないかと。