【A/Z】蛍へ~銃と花束を~   作:Yーミタカ

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少し伊奈帆と皇女の新芦原での会話を修正しました。




第七話 いい火星人

 種子島から飛び立ったデューカリオンの中で、アセイラム皇女、エデルリッゾ、そして伊奈帆は、殺されたはずのアセイラム皇女が生きていて、それも変装して避難民に紛れ込んでいたことに対する事情説明のためマグバレッジ大佐、不見咲中佐、鞠戸大尉と会議室で会談していた。

 

「さて、界塚伊奈帆君、どうしてアセイラム皇女殿下について私達への報告を怠っていたのですか?」

 

マグバレッジ大佐にそう聞かれ、伊奈帆は悪びれる様子もなく、

 

「いいえ、意図的に報告しませんでした。」

 

と、答えた。

 

「伊奈帆君、言葉には気を付けなさい!場合によっては軍法会議の対象になりますよ!」

 

不見咲中佐が伊奈帆をそう叱りつけると、アセイラム皇女がそれを止める。

 

「伊奈帆さんを責めないでください、事情があってわたくしから頼んだのです。」

 

「では、それを説明してください。」

 

マグバレッジ大佐がそう言うと、アセイラム皇女が言いにくそうにしているのを察してエデルリッゾが代わりに話す。

 

「新芦原の事件は、軌道騎士の中に潜む反逆者によるものでした。姫さまはパレードの日、慣れない地球の重力で体調を崩され、護衛隊長が影武者を立ててパレードを執り行ったんです。今考えると、護衛隊長は何かしら感じて姫さまを逃がそうとしてくださったのかもしれません。」

 

「質問、よろしいですか?あの事件は『憂星防衛軍』を名乗る過激派が犯行声明を出していますが、彼らが軌道騎士の手先だと?」

 

言葉に詰まったエデルリッゾに代わってアセイラム皇女が答える。

 

「それはわかりません。ですが、あの事件が軌道騎士によるものであるのは間違いありません。」

 

「そこまでおっしゃるのは、何かしら証拠がおありだからですか?」

 

そう聞かれたアセイラム皇女は伊奈帆に目配せし、伊奈帆が首肯するのを見てエデルリッゾに持たせていたレコーダーを出させる。

 

それに録音された、『トリルラン卿の犯行声明』を再生すると、マグバレッジ大佐はこの声が軌道騎士の『トリルラン卿』である確証を求め、伊奈帆は新芦原での、蛍の単独行動を除く戦闘記録にその声があることを教える。

 

「なるほど・・・ですが、まだ黙っていた理由を説明しておりませんよ?」

 

マグバレッジ大佐が大本の質問をあらためてすると、伊奈帆がそれに答える。

 

「事件の流れからして、軍に通じる者がいたのは間違いありませんし、実行犯は避難民に紛れている可能性があります。そのため、知らせるわけにはいきませんでした。」

 

それを聞いたマグバレッジ大佐は念のため、

 

「では、怪しい人物はいましたか?」

 

と、尋ねると伊奈帆は口ごもる。

 

一人だけいるが、もし自分の思い過ごしであれば不要な混乱を生むだけである。

 

「艦長、俺からいいか?」

 

伊奈帆が言いあぐねているのを察した鞠戸大尉が横から口を出す。

 

「どうしました?」

 

「一人だけ心当たりがある、俺と界塚准尉が見つけた嬢ちゃんがいたろ?ほら、さっき皇女サマ見て、幽霊でも見たみてぇに腰抜かしてたヤツ。どうもおかしいところが多くてな。証拠はねぇが、警戒するに越したことはねぇ。」

 

それを聞いたマグバレッジ大佐は静かにうなず

く。

 

「わかりました。ですが、今は護衛に人員をさくことはできません。ですから、鞠戸大尉と伊奈帆君で彼女を守ってください。」

 

「了解しました。」

 

「りょーかい。」

 

と、マグバレッジ大佐の指示に二人は答え、解散となった。

 

 

 

「伊奈帆さん、あの時のお約束を破ってしまい、申し訳ありませんでした。」

 

会議室を出るとアセイラム皇女は伊奈帆にそう言って謝罪する。

 

あの時とは、新芦原での作戦会議をした後のことだ。

 

伊奈帆が蛍を追い出し、部屋に伊奈帆、セラムことアセイラム皇女、エデルリッゾの三人が残る中、アセイラム皇女が伊奈帆に用件を尋ねた。

 

「伊奈帆さん、三人で話したいとのことでしたが、どういったご用件でしょうか?」

 

「少し確認しておきたいことがあったんです。お会いした時にお話ししていた『アセイラム皇女生存説』について。あ、この部屋は防音室ですし、録音や盗聴器の類はありませんのでご安心ください。」

 

この防音室、録音や盗聴器はないという言葉にアセイラム皇女とエデルリッゾは怪訝な顔をした。

 

「まず、亡くなったアセイラム皇女が影武者だったというのは根拠がおありですか?」

 

こう聞かれたアセイラム皇女は思案し、

 

「亡くなった皇女の影武者さんは本物よりも背が高かったのです。スカートの長さがニュースの時とお変わりしていましたわ。」

 

「なるほど・・・では、地球連合に新芦原の警察、全てがろくに捜査もできないまま開戦しましたが、それに関わらず軌道騎士が犯人だとどうして断定できたのですか?」

 

これにアセイラム皇女は即答する。

 

「このようにタイミング良く戦争を始めたのが・・・」

 

「それは単なる状況証拠ですよ。断定するには弱すぎます。」

 

伊奈帆がアセイラム皇女の言葉を遮ると、エデルリッゾが不服そうな顔をした。

 

「・・・実はわたくし、お聞きしてしまったのです。事件の日、皇女の車から軌道騎士団と思しき男の犯行声明を。」

 

「どちらで?それにスカートの長さだって大人と子供ほどの差があるわけでありませんから、目の前で見ない限りわかりませんよ?」

 

伊奈帆に指摘されアセイラム皇女はハッとして口を押さえる。

 

とっさに二つの根拠を話したが、それはどちらも、皇女本人ないし影武者本人でなければ知り得ないことであったのだ。

 

「どうなのですか?アセイラム・ヴァース・アリューシア皇女殿下?」

 

伊奈帆が尋ねると、アセイラム皇女の顔はひきつり、エデルリッゾがアセイラム皇女の前に楯になるように出た。

 

「キサマ、さては反逆者の仲間ですね!!」

 

「!?エデルリッゾ、おやめなさい!!」

 

「認めるんだね?」

 

各々がそう言うと、エデルリッゾはずっと握っていた左手を開き、小さなナイフを右手に持った。

 

金属製の折り畳みナイフなどではない、ガラス片に布を巻いただけの粗末なもので、それをずっと左手の中に握りこんでいたのだ。

 

「キ、キサマさえ殺せば、お、お、同じことでしゅ!」

 

「ふ~ん・・・」

 

伊奈帆はいつものように表情が読めず、エデルリッゾは緊張、恐怖のあまりナイフを持つ手は震え、目線は定まらず、足も生まれたての小鹿のようにプルプルと震えている。

 

それがなくとも、ナイフの構え方、使い方共に訓練を受けた人間のものではない。

 

「君に僕は殺せない。」

 

そう言った伊奈帆は、ここにユキ姉か蛍がいれば微笑んでいると判断する表情をしている。

 

「う、う、う、うるちゃあい!!」

 

エデルリッゾは椅子を踏み台にして机に飛び乗り、伊奈帆の前から肩車をするように飛びついて、伊奈帆を地面に押し倒すと目の前にナイフを突きつける。

 

「こ、こ、こ、これでもそんなこと言えるのでちゅか!?」

 

「ふぅ・・・後学のため教えといてあげる。まず、君は体が小さいから、体重だけで相手を拘束することは難しい。だから・・・」

 

伊奈帆はエデルリッゾの脇の下に足を通して、背筋と足の力でエデルリッゾを持ち上げた。

 

「足で相手の体をロックしたり、腕とか首だけを押さえることをお勧めする。」

 

もし、足でロック・・・ももやひざで伊奈帆の頭をはさんだり、ふくらはぎとももの裏で肩をつかまえていれば、エデルリッゾはこれほど簡単に持ち上げられることはなかったであろう。

 

余談だが、エデルリッゾは素人がよくやる間違いマウントポジションの、『相手の体の上に座る』というのも、異性の顔に股を近づけるのを恥ずかしがって、中途半端に腰を浮かせていたために伊奈帆が容易に持ち上げることができたのである。

 

二人の上下が逆転すると、伊奈帆はすぐにエデルリッゾからガラス片の即席ナイフを取り上げ、

 

「二つ、こういう、小さくて一度しか使えない武器は脅迫の道具には向かない。可能ならこうやって手の中に隠して、使う瞬間に指の間から覗かせるのが理想。」

 

と、即席ナイフの使い方を実演してみせる。

 

「三つ、使い慣れない武器は持たない方がいい。不要ないさかいの原因になるし、奪われたら相手は容赦しない。こんな・・・ふうに!!」

 

伊奈帆がナイフを持った拳をエデルリッゾ向けて振り下ろすと、エデルリッゾは頭を守るように腕を前に出した。

 

もっとも、この程度で防げるわけはない。

 

しかし伊奈帆はエデルリッゾを殴ったりせず、彼女の左手を取って、指を開かせた。

 

先ほどまでガラス片を握りしめていたその手は小さな切り傷ができており、伊奈帆はその傷を口でふさいで止血しようとした。

 

「アム・・・」

 

「い、いやあああぁぁぁ!食べないでえええぇぇぇ!!!」

 

エデルリッゾは暴れるが、武器を奪われた上に、いくら伊奈帆が男子の中で小柄とはいえ、エデルリッゾからすればはるかに大きい彼をはねのけることはできず、しばらくして伊奈帆が口を放すと、血は止まっていた。

 

「ちゃんと、あとで手当てしておくんだよ。」

 

そう言って伊奈帆がエデルリッゾの上からどくと、エデルリッゾは涙を流しながらアセイラム皇女に飛びついた。

 

「姫さまぁ、怖かったですぅ!!」

 

「よしよし、もう大丈夫ですから泣かないの。」

 

「言うわりには助けもしませんでしたね。」

 

伊奈帆がアセイラム皇女にそう言うと、アセイラム皇女は笑顔で返す。

 

「最初は驚きましたわ。ですがこのような会談を設けた伊奈帆さんが叛徒の仲間とは思えませんし、この子にも『後学のため』って申したではありませんか。ですから、危害を加えたりしないと確信が持てたのですよ。」

 

自分の意図が完全に見透かされていた伊奈帆は敵わないなとばかりに肩をすくめる。

 

「では、本題に入りましょうか。あなたの申すとおり、わたくしはヴァース帝国皇女・・・」

 

そこまで言ってアセイラム皇女は変装用ホログラムを切り、真の姿となる。

 

「アセイラム・ヴァース・アリューシアですわ。それにしても、いつ気付かれたのです?」

 

白いドレスをまとった金髪、翠眼の美しい姫、アセイラム皇女から、伊奈帆は照れからか目をそらす。

 

「おかしいと思ったのは最初に出会ったときおっしゃっていた『アセイラム皇女生存説』の時ですよ。当事者でなければ考えつかないお話しでしたしね。」

 

伊奈帆がそう言うとアセイラム皇女は表情を曇らせるが、伊奈帆は構わず続ける。

 

「そして僕がお尋ねしたいのは、一つはあなたがあの爆撃から奇跡的に生き残ることができたのか、それとも本当に影武者を立てていたのかです。」

 

と、伊奈帆はアセイラム皇女が表情を曇らせた原因に触れてしまった。

 

「彼女は・・・影武者です・・・」

 

少し声を掠れさせながらアセイラム皇女は答えた。

 

「姫さま、お気を確かに。」

 

エデルリッゾがアセイラム皇女をそう言って励ますなか、伊奈帆は二つ目の質問をぶつける。

 

「では、あらためてお尋ねしますが、なぜあなたは犯人を軌道騎士だと断定できたのですか?」

 

伊奈帆はさすがに犯行声明はデマカセだと考えてそう尋ねる。

 

「それは・・・」

 

「このようなことは申したくありませんが、あなたを含めて軌道騎士、ひいてはヴァース帝国が自作自演をし、それに乗じて軌道騎士団があなたを亡き者にしようとしたとも・・・」

 

「違いますわ!!」

 

アセイラム皇女は強く否定し、その瞳には涙を浮かべる。

 

「エデルリッゾ、例のものを・・・」

 

「しかし姫さま、この者は信用しても・・・」

 

「大丈夫でしょう。この方は真実が知りたいだけですわ。」

 

アセイラム皇女とエデルリッゾはそう言って相談し、エデルリッゾがレコーダーを出す。

 

再生されるのは影武者が持ち帰った通信記録だ。

 

それを聞いた伊奈帆は、録音の状況、入手経路をアセイラム皇女に確認し、それらに嘘や隠し事がないと判断して彼女に謝罪する。

 

「なるほど・・・すみません、失礼なことを申しましたね。」

 

「いえ、わたくしも・・・」

 

「それと、この『トリルラン』という軌道騎士ですけど、あのダンゴムシのパイロットの声と似ていますね、ちょっと解析してみましょう。」

 

そして、伊奈帆が声紋パターンを分析した結果、ニロケラスのパイロットと犯行声明を出した軌道騎士の声紋は一致し、軌道騎士の中に黒幕がいると確定したのである。

 

「あのカタフラクトのパイロットの名前が『トリルラン』かはさておき、彼は暗殺者に関わりがあるのは明白です。身柄を押さえられれば、なお良しです。」

 

「では、さっそくお友だちの方にもお話しして助力を・・・」

 

「それはいけません。」

 

伊奈帆はアセイラム皇女の提案を遮った。

 

「みんなを信用してないわけじゃありませんけど、人の口に戸は立てられませんからね。韻子や蛍達が知れば、避難民全員も知ってしまうと考えていいでしょう。そうなると、人は割り切って考えるのが難しい生き物ですから、この戦争を起こした連中と関係ないと言っても、二人に危害を加えようとする者も現れるでしょう。そして何より暗殺者の仲間がいないともかぎりません。」

 

伊奈帆がそう言うと、アセイラム皇女とエデルリッゾは少し身を震わせる。

 

いくら正体が知られていないとはいえ、自分達の命を狙う者がいると考えると恐ろしいものなのだ。

 

「僕はあの日、現場にいたんですけど、あのミサイルは連合軍からの横流しと見て間違いありません。あれだけの量となると、連合軍内部にもスパイが紛れ込んでると考えていいでしょう。こうなると、そういった連中が手を出せないところ・・・連合軍本部までは僕たち三人の秘密にしておくのが最良ですね。」

 

 

伊奈帆がそう言うと、アセイラム皇女は小指を差し出す。

 

「これは?」

 

「地球ではこうして約束をするのでしょう?」

 

アセイラム皇女は指切りをしようとしているのだ。

 

伊奈帆はそれにならって小指をアセイラム皇女の小指にからめ、それをエデルリッゾがうらめしそうににらむ。

 

「エデルリッゾ、あなたもですよ?」

 

「え!?わたしもそのようなことを許していただけるのですか!?」

 

「ええ、ですから一緒に。」

 

エデルリッゾがおずおずと小指を絡ませ、三人で指切りをしたのであった。

 

「あ、そうそう、セラムさん、敬語の使い方、間違ってますよ。」

 

「え!?本当ですか!?」

 

「ええ、僕が気付いた理由の一つですし。それも、教えますから慣れてくださいね。」

 

 

 

この時の約束を、アセイラム皇女が反故にしたのである。

 

「あの時ばかりは仕方ありませんよ。この艦はセラムさんが正体を明かさなかったら動かせなかったんですから。・・・?」

 

フォローした伊奈帆は何かしっくり来ないようで虚空を眺める。

 

「どうなさいましたか?」

 

「いや、もう隠す必要もないから、『アセイラムさん』って呼ばないとおかしいかなと。」

 

いつものことながらずれた伊奈帆にアセイラム皇女は微笑み、

 

「お好きな方でかまいませんわ。」

 

と、言ったのを二人の間に割って入るような声がする。

 

「いいえ、かまいます!」

 

この二人の間に割って入るのも、エデルリッゾと決まっている。

 

「これからはアセイラム・ヴァース・アリューシア皇女殿下とお呼びくださいまし!」

 

そんなエデルリッゾにアセイラム皇女が苦笑いしていると、三人を追って走って来る者がいた。

 

ドタドタとうるさい足音に振り返ると、そこにいたのはカームであった。

 

「オイ伊奈帆!!この艦に火星人が乗ってるそうじゃねぇか!?どこだ!?俺がこの手でぶっ殺してやる!!」

 

カームがなぜ火星人の存在を知っているかというと、伊奈帆達が呼び出されていた時のことだ。

 

作戦完了報告を終えて韻子、蛍がデューカリオンを自動操縦にしてマニュアルを読んでいたニーナを交え艦橋で歓談していた時のことだ。収容したカタフラクトの整備を終えたカームが会話の輪に加わると、この艦のことをニーナに尋ねた。

 

「この艦って、どうやって飛んでるんだ?」

 

「え?えっと~ほら、あれがあれで・・・」

 

ニーナもまだよく理解できていなかったため、変な受け答えをする。

 

「あれだろ、15年前の種子島に降下したカタフラクトから抜き取ったなんちゃらドライブを使って・・・」

 

「アルドノア・ドライブね。」

 

「おぉ、それそれ、さっすがナオの字の嫁だ・・・なあ!?」

 

韻子の顔面パンチを蛍はのけ反って避ける。

 

「悪かったよ、学年次席!」

 

「フンだ!体育歩兵格闘だけ主席の筋肉バカ!!」

 

またもや口喧嘩を始めた二人を横目に、カームはニーナに疑問をぶつける。

 

「それじゃあよ、どうやってこの艦、起動させたんだ?たしか、アルドノア・ドライブは皇帝一族かその手下じゃねぇと動かせないんだろ?」

 

「それがね~、火星のお姫さまが偶然乗ってて・・・」

 

「お、オイ、クライン!」

 

祭陽先輩がニーナをしかるが、すでに手遅れだ。

 

「は?」

 

「え、ええ!?」

 

「な、何だって!?」

 

カームは叫ぶと艦橋を飛び出していき、それを韻子とニーナが追いかける。

 

オペレーター達には、アセイラム皇女とエデルリッゾのことは箝口令が敷かれていたのだ。

 

にもかかわらず、ニーナは口を滑らせてしまった。

 

箝口令を敷いていた理由はもちろん、今のカームのように暴走する者を出さないためである。

 

一方、一番暴走しそうであった蛍はおとなしいもので、まだ艦橋に残っている。

 

「行かねぇの?」

 

「えぇ、ちょっと頭の中、整理しねぇといけねぇんで。」

 

そう言ってゆっくりと艦橋を出る蛍。

 

「意外だ。」

 

「高嶺の花と薔薇の三角関係・・・ッチ、ナシナシ!!」

 

詰城先輩はまた、わけのわからないことを呟いていた。

 

 

 

 そして、カームが伊奈帆達のところに走ってきたのだ。

 

伊奈帆はアセイラム皇女を自分の影に隠すように前に立つが、アセイラム皇女はそんな伊奈帆を手で制し、カームの前に立つ。

 

「どこだコラァ!!」

 

「ここに・・・」

 

「はい?」

 

アセイラム皇女はスカートの裾をつまんでお辞儀をすると、

 

「わたくしはヴァース帝国第一皇女アセイラム・ヴァース・アリューシアです。この度のことはたいへん遺憾に感じておりますわ。ひいては、この戦争の早期終結に粉骨砕身する所存にあります。」

 

と、あいさつする。

 

するとカームは顔を真っ赤にして直立不動となり、

 

「は、ハイ!ガンバッテ!!」

 

と、一言しか返せなかったのであった。

 

そこへ、足の遅いニーナと一緒に韻子が到着するが、すでにカームがアセイラム皇女に何をするでないため、安心してカームをからかう。

 

「何赤くなっちゃってんのよ?」

 

「タコみた~い。」

 

女子二人の声を聞いてカームは驚いて振り向く。

 

「あんた、火星人はみんな敵だ~とか、言ってたじゃない。」

 

「そ、それは、ほら、アレだよアレ!」

 

韻子がカームの昔の発言を蒸し返し、カームはあわてながら取り繕う。

 

「火星人にも~、いいヤツと~、わりぃヤツが~、いるんだろ~?」

 

カームの幼稚な言い逃れに女子二人はあきれ返り、伊奈帆に助けを求めるがいつもの無表情である。

 

「何とか言ってくれよ~!!」

 

ちなみに伊奈帆の表情は、

 

『いや、言いたいことはわかるけど、もう少し言い方なかったの?』

 

である。

 

そんな空気を裂くように、手を叩く音が響く。

 

「いやぁ、クラフトマンよぉ、よぉくわかってんじゃねぇかぁ!」

 

声の主は皆、知っている。

 

蛍だ。

 

しかし、彼が見えているアセイラム皇女とエデルリッゾは顔をひきつらせ、伊奈帆は今度こそ二人を守るように彼女達の前に立った。

 

「お、蛍は話がわかるなぁ!そうだよ!!・・・って、な、なぁ、何の遊びだ、そいつは・・・」

 

「ちょっとアンタ、冗談でもタチが悪いわよ・・・」

 

「そ、そうだよ~、それにしても、リアルなオモチャだよね~」

 

振り向いて蛍の姿を見たカーム、韻子、ニーナは各々、蛍が悪趣味なイタズラをしていると考えたが、次の瞬間、その考えが吹き飛ばされる。

 

パァンと、『リアルなオモチャ』が乾いた音を響かせ、煙を吹いたのだ。

 

「俺はよぉ、ゲリラ戦やってほとんどそのままだったんだよなぁ。コイツはもちろん、モノホンだよ!」

 

彼が手に持っていたのは45口径ソーコムピストルであったのだ。これを見てカームが、

 

「な、何でそんな物騒なモン抜いてんだよ!!」

 

と叫ぶが、蛍はにべもなく、

 

「決まってんだろ?『火星人』を二匹ほど駆除するためだよ!」

 

と、答える。

 

「何よそれ!?この子たちのことよね!?この子たちが何したってのよ!?」

 

韻子がそう怒鳴り付けるが、蛍は構わず怒鳴り返す。

 

「別に何も・・・けどなぁ!!『いい火星人』なんてのは、くたばったヤツだけなんだよ!!」

 

蛍がアセイラム皇女に、伊奈帆を挟むようにして銃口を向け、その射線上にいたカームが反射的に通路の脇に避ける。

 

「なぁ、ナオの字よぉ、どけよ、そこ。」

 

「・・・どかない。」

 

「あぁ!?」

 

蛍が脅しつけるが、伊奈帆は無表情のままアセイラム皇女達の楯になっている。

 

銃に限らず、凶器を向けられた人間の反応、そして対応としてはカームの方が正しい。

 

それが銃となればなおさらだ。

 

そもそものところ、伊奈帆がやっていることは銃に対してはほとんど意味がない。

 

「頭のいいテメェならわかンだろ?今、コイツをぶっぱなしたらどうなるか?」

 

「僕の体を貫通してセラムさんかエデルリッゾに当たる。そして運よく貫通しなくてもあらためて二人を撃てばいいだけ。」

 

伊奈帆はずっと無表情のままだが、蛍にはその顔に『憐れむ』感情が読み取れた。

 

その意味がわからず、蛍はイライラしながら伊奈帆を脅しつけた。

 

「意味ねぇのはわかってんだろ?なら、どけよ!」

 

「どかない、この二人にもしものことがあったら地球と火星の戦争はどっちかが消えてなくなるまで続く絶滅戦争になる。」

 

「望むところじゃねぇか!!」

 

蛍の銃を持つ手が力の込めすぎで震え、狙いが定まらなくなり、そんな蛍に伊奈帆は一言、付け足した。

 

「君はそんなこと望んでない。」

 

「・・・な、ナメんな!!」

 

蛍は銃身を震わせながらも伊奈帆越しにアセイラム皇女を狙う。

 

しかしその弾道には伊奈帆の首があり、蛍の銃の腕では、撃てばまず伊奈帆に当たる。

 

「俺は本気だ、どけよ。」

 

「君には撃てない。」

 

「・・・クソッ、そんな目をするなあああぁぁぁ!!!」

 

「ダメェ!!!」

 

悲鳴と共にニーナが、蛍の腰にタックルするように組み付いた。

 

「ニ、ニーナ!?何やってんのよ!?」

 

韻子がそう叫ぶが、ニーナは蛍の腰から離れない。

 

ニーナの教練成績は重機、整備を除いて中くらい、男子近接格闘主席で成人男子でも大柄な蛍に力でかなうはずもない。

 

しかし、それでもニーナは蛍に呼びかけながら組つき続けた。

 

「蛍くん、やめてよぉ!こんな酷いこと!!」

 

彼女の頭にあるのは、大事な友人が間違ったことをするのを止めたいという想いだけだ、自分がどうなるかなど頭の中に無い。

 

「何しやがんだ、離せ!!」

 

蛍がニーナの腕を引き剥がそうとしてつかむと、

 

「やあああぁぁぁ!!!」

 

エデルリッゾが自分を奮い立たせながら、蛍が意識していなかった銃を持つ右腕に飛び付く。

 

以前、伊奈帆に言われた、『自分より大きな者には単純な力ではかなわない』ことを念頭に置き、蛍を押さえるのではなく蛍から銃を奪おうとしたのだ。

 

「・・・このヤロゥ!!」

 

「よ、よせ!!」

 

今度はカームが、エデルリッゾを殴ろうとした蛍の腕を捕まえる。

 

三人がかりで捕まえられた蛍であるが、それでも三人を振りほどこうとする蛍の右腕に、エデルリッゾが噛みついた。

 

「ガブッ!!」

 

「イテェ!!!」

 

人間の噛む力は体重と同じくらいで、歯は人体の中で最も硬い部位である。

 

蛍がいくら大柄かつ鍛えられた体で、エデルリッゾが小さく力が弱いといっても、これには耐えられない。

 

たまらずエデルリッゾを銃ごと投げ飛ばし、ニーナを壁の方に突き飛ばしたあと、左腕をつかんでいたカームを払い腰で投げ飛ばした。

 

銃はエデルリッゾを投げ飛ばした時に遥か遠くまで滑っていき、皆、見失った。

 

エデルリッゾは口を押さえてうずくまっているのをアセイラム皇女に助け起こされ、カームは壁を背にして座り込み、ニーナは倒れたまま動かないが、三人がかりで組み付いた結果、蛍の銃を取り上げることには成功した。

 

「蛍、今ならまだ間に合う。これ以上はやめよう。」

 

「ウルセェ!!人間なんてなぁ、指二本ありゃあ充分殺せるんだよ!!」

 

伊奈帆は静止を呼びかけるが蛍はやはり聞かない。

 

アセイラム皇女はカームの時のように蛍を説得しようとするが、伊奈帆がそれを止め、むしろ蛍を挑発する。

 

「普段の君なら、そうかもしれない。けど、今の君くらいなら僕でも止められる。」

 

「ちょっと伊奈帆!煽らないで!!蛍も、いい加減にしなさいよ!!」

 

韻子が気を失っているニーナを介抱しながら二人を止めようとするが、蛍はもはや誰にも説得できないほど熱くなっていた。

 

「そうかよ、言うようになったもんだなぁ・・・じゃ、遠慮なくいくぜぇ、ナオの字ィ・・・いや、界塚伊奈帆オオオォォォ!!!」

 

「そこまでだ、このクソガキがぁ!!」

 

蛍はその声と共に後ろ襟をつかまれて引き倒された。

 

蛍が引き倒した相手を見上げると、それは鞠戸大尉であった。

 

彼を追うようにバタバタと憲兵、衛生兵、軍医になった耶ヶ頼先生に従軍看護師が駆けつける。

 

蛍はすぐに床を転がり、壁を背にして立つと、憲兵達と鞠戸大尉を交互ににらむ。

 

蛍は銃を発砲していたのだ、遅かれ早かれ憲兵に、他の軍人も来るのは当たり前である。

 

伊奈帆はそれまでの時間稼ぎをしていたのだ。

 

憲兵達はさすまたを構えて蛍を牽制し、鞠戸大尉は直立不動で蛍をにらみつける。

 

一瞬の緊張の後、蛍は憲兵達に目標を定め、憲兵達もさすまたで蛍を取り押さえようとしたその時、

 

「やめろ!!」

 

と、鞠戸大尉が一喝し、蛍も憲兵達も動きを止める。

 

「駄々こねるガキをしつけるのは親の仕事だ。」

 

これを聞いた蛍は鞠戸大尉をにらみつける。

 

「今、何つった?」

 

「駄々こねるガキをしつけるのは親の・・・」

 

「誰が親だ、誰が!?テメェは親どころか親父のカタキだろうがよ!!」

 

蛍は怒りに任せて怒鳴り続け、今まで鞠戸大尉に向けた負の感情など比にならないほど酷く、辛辣なものを吐き出し続ける。

 

「テメェのせいで親父は二階級特進、お袋もエンジェル・フォールで死んで、俺は施設送り、ガキの頃は施設育ちだからって小学校じゃ的かけられて、中学でやり返したらしまいにゃ保護観察・・・」

 

鞠戸大尉すら止めようとしないため、一方的に蛍がまくし立てるのを、衛生兵の手当てを受けるニーナ、カーム、エデルリッゾ、それに付き添う伊奈帆、韻子、憲兵に保護されたアセイラム皇女をはじめとするその場にいる者達が聞き続ける。

 

「そんな時に善人ヅラして俺を引き取ったのが、親父を殺したテメェだったんだよな、なぁ、罪滅ぼしのつもりか?だったら親父とお袋を返せよ!俺のここまでの人生返せよ!!」

 

そこまで言って罵倒が途切れたのを待っていたかのように鞠戸大尉は静かに答える。

 

「言いてぇことはそれだけか?」

 

蛍はそれを聞き、鞠戸大尉をにらみつける。

 

「たしかに、曹長の戦死は俺のせいだ。何なら、殺されても文句はねぇよ。ただな、それでお前は気がすむのか?」

 

「・・・すむわけねぇだろ?次は直接殺したヤツら、くたばってんだろうからそのガキ共に落し前つけさせる!!」

 

「・・・で、それが終わったらヴァースの皇族貴族を生み出したヴァース帝国を根絶やし、それも終わりゃ戦争の原因を作った残りの片割れの地球連合を潰すってかぁ?ふざけんな!!テメェは自分の境遇をネタにして八つ当たりしてるだけだろうが!!」

 

鞠戸大尉に図星を突かれた蛍は強く拳を握り、震わせながら鞠戸大尉をにらむ。

 

「・・・っせぇよ・・・」

 

「何だ?図星突かれてショックか?」

 

「ウルセェ!!黙れこのクソジジィ!!」

 

蛍は鞠戸大尉にそう叫びながら突進していった。

 

 

 

 五分ほど経ち、その場は静まり返っていた。

 

本来、制止せねばならない憲兵でさえも躊躇するほどの暴行に、その場にいる者全てが戦慄を覚えたのだ。

 

一方的に殴られている者はすでに意識がないのか、無理に引き起こされて壁を背にして何度も膝蹴りを叩き込まれ、反射的に抵抗すると、今度はその勢いを利用して床に投げ飛ばし、連続でストンピング。

 

これだけの暴行を一方的に行っているのは鞠戸大尉だ。

 

「な、なあ、お前、止めろよ・・・」

 

「は?アレに巻き込まれろって?」

 

憲兵達がそう話していると、隊長が先頭に歩み出る。

 

「た、隊長!?危険です!!」

 

「フン、危険なものか。お前達・・・」

 

とうとう制止するのかと考えた憲兵達に隊長は、

 

「全員待機。まだ『その時』じゃない。」

 

「隊長!?」

 

憲兵達は待機命令に驚き、隊長を一斉に見るが、隊長は怯えた様子など欠片もなく、ただ『親子喧嘩』を黙って見ていた。

 

同じように落ち着いて見ているのは、耶ヶ頼先生と、その横で座り込んでいた伊奈帆の二人である。

 

「な、なぁ、止めねぇと蛍のヤツ、殺されちまうんじゃねぇか?」

 

カームが伊奈帆にそう言って止めるように促すが、伊奈帆はいつものように、

 

「僕じゃ止められない。」

 

と、無表情のまま答えた。

 

「そんなに止めたいなら、カームが行けば?」

 

続けて伊奈帆がそう言うと、カームは青ざめて鞠戸大尉を見る。

 

彼の顔は、『鬼の形相』というたとえがよく合う。

 

止めに入れば怒りが止めた者に向きそうなほどだ。

 

「もう!!・・・伊奈帆?どうして・・・?」

 

韻子は伊奈帆の表情から『安堵』の感情を読み取り、困惑する。

 

そんな韻子の隣で意識を取り戻したニーナが、惨状を目の当たりにしてヨロヨロと立ち上がる。

 

「ちょっと、ニーナ!?まだ立っちゃダメよ!!」

 

蛍から受けたダメージが最も大きかったのはニーナであった。

 

彼女は蛍に突き飛ばされた時に後頭部を強打しており、耶ヶ頼先生も絶対安静と韻子に言いつけていたのである。

 

余談だが、エデルリッゾは抜けかかっていた乳歯の歯茎脱臼、カームは背中の強打による打撲である。

 

さておき、ニーナは韻子の制止も聞かず、おぼつかない足取りで鞠戸大尉の背中に近づき、抱きつくように組み付いた。

 

「きょうかん・・・やめて・・・蛍くんが死んじゃうよぉ・・・」

 

まだ意識がはっきりしていないニーナは呂律が回っておらず、鞠戸大尉に寄りかかってやっと立っている状態である。

 

蛍以上に力の強い鞠戸大尉ならば簡単に振り払ってしまうだろう。

 

しかし鞠戸大尉は、蛍の胸ぐらをつかんで立たせていた右手を離し、ニーナを耶ヶ頼先生のところまで連れていく。

 

「センセ、怪我人を頼みますぜ。」

 

誰にも止められないと思われていた鞠戸大尉が暴行をやめ、そう言ったのだ。

 

「わかりました、ストレッチャーをもう一つここへ!私は先にこの子達の診察をしますから、宿里伍長の応急処置をお願いします!」

 

耶ヶ頼先生は衛生兵にそう指示し、従軍看護師にストレッチャーに乗せたニーナを連れさせ、歯が抜けた跡に綿を噛んだエデルリッゾ、まだ痛むのかヒョコヒョコと歩くカーム、それに付き添う韻子と伊奈帆、アセイラム皇女がついていった。

 

 

 

 医務室に着くと、耶ヶ頼先生はニーナの脳波を検査し、衛生兵がエデルリッゾの手当てをした。

 

エデルリッゾは手当てが終わるとアセイラム皇女の元へ戻り、どうにか回復したカーム、付き添いの伊奈帆、韻子は、検査を終え、『異常なし』と診断されてベッドに横たわるニーナの隣で、先の事件の話をしていた。

 

「アイツ・・・どうしてあんなこと・・・」

 

韻子が先の蛍に対する恐怖から自分の肩を抱いてそう呟く。

 

「俺もさ、ついこの間まで『火星人はみんな敵だ』っつってたけどよ・・・やっぱあんな風に見えてたのか・・・?」

 

カームがそう言うと、韻子と伊奈帆が否定する。

 

「さすがにあんなじゃなかったわよ!」

 

「うん、全然違う。」

 

「そっか・・・」

 

「蛍はカームよりも本気。」

 

伊奈帆がそう言うと、

 

「ど、どういうこったよ!?」

 

と、カームはまくし立てる。

 

「言葉通りだよ、蛍は僕と同じように、実のお父さんが戦死してるし、お母さんもエンジェル・フォールに巻き込まれて失ってるからね。」

 

伊奈帆と蛍、まったく正反対ともいえる二人の接点はここである。

 

しかし、二人の火星に対する感情はまったく違う。

 

「でも、伊奈帆はあんな風になってないわよね?」

 

「正直なところ、本当なら僕がおかしいんだと思うよ。両親を死に追いやったのは前の戦争で死んだ当時の火星の軍人って割り切ってる僕の方がね。」

 

これにカームが反論する。

 

「そんなもん、俺だって・・・」

 

「行ったことも見たこともない故郷を焼かれた?」

 

「う・・・」

 

カームはそれを聞いて言い返せなくなる。

 

「でも、それは蛍だって同じでしょ?こう言ったら伊奈帆にも悪いけど、生まれたばかりじゃ両親の顔も覚えてないだろうし。」

 

韻子が二人の間に割って入りそう尋ねると、伊奈帆は少し言いにくそうにして答える。

 

「新芦原を出る前さ、ダンゴムシにオコジョが殺されたよね?」

 

これを聞いたカームと韻子は表情を曇らせた。

 

「この前、先に行ったフェリーが沈められたよね。あの船には、みんなの家族も乗ってた・・・」

 

「やめろよ!正直、まだ整理ついてねぇんだ!!」

 

カームが耳を塞ぎ、首を横に振りながらそう叫ぶ。

 

伊奈帆の言ったとおり、カーム、韻子、ニーナの家族は撃沈されたフェリーに乗っていた。

 

その報が届いた時の、わだつみは悲嘆と怨嗟の声で溢れた。

 

肉親や親しい者を失った者ばかりだったのだから当然のことだ。

 

「じゃあさ、たとえば地球の裏側で、知らない人が同じように殺されたとしたら?知らない人ばっかり乗った船だったら?」

 

「それは・・・」

 

「悲しいことだとは思うわよ。でも、おんなじように思うかって言われると・・・」

 

カームは口ごもり、韻子は思ったことを口にする。

 

「そう、違って当たり前なんだ。知ってる人や肉親を失うのと、関わりの無い人が死ぬのはね。行ったことも住んだこともない場所ならなおさらだよ。」

 

「テメェ!!」

 

カームは伊奈帆の胸ぐらをつかみ、殴ろうとするが、拳を降り下ろせない。

 

理性が、良心がためらわせるのだ。

 

「ゴメン、僕も言いすぎたよ。」

 

伊奈帆の謝罪を聞くとカームは手を離し、壁に頭を打ち付ける。

 

本当に怒っていたのならば、ためらうことなどなかったはずなのだ。

 

「何だったんだよ、俺・・・カラッポじゃねぇか・・・」

 

「カーム、それでいいんだ。本気の憎しみなんてのは、持っちゃいけない。それに、蛍だってそんなのは持ってない。」

 

そう言った伊奈帆に韻子は、

 

「蛍も?でも、さっき蛍は本気だって・・・」

 

と、尋ねる。

 

「あくまで純度の問題だよ。本当に蛍が『火星人を一人でも多く道連れにして地獄に行く』とか考えてたら、僕たち、みんな死んでるよ。あの時の蛍はピストルを持ってたんだから、問答無用で撃てばよかったんだからね。そうしなかったのは彼も、僕たちに止めてほしかったんだと思うよ。」

 

伊奈帆がそう答えると、韻子はホッと息をついた。

 

「不幸中の幸いかもね。アイツが私たちのこと、友達って思ってくれてたのは。」

 

「そうだね~、あんなの出した時はびっくりしちゃったけど、とりかえしがつかないことにならなくてよかったよ。」

 

韻子は自分の言葉に答えた者の方を向く。

 

ニーナが目を覚まし、体を起こそうとしていた。

 

「ニーナ!?大丈夫!?」

 

「う~ん、まだクラクラするけど、大丈夫だよ。」

 

ニーナはキョロキョロと、周りのベッドを見たあと、尋ねる。

 

「蛍くんは?」

 

「アイツはニーナが教官を止めたあと、その場で手当てされてたから、そのまま営倉じゃねぇのか?」

 

カームが答えるとニーナはシュンと、落ち込む。

 

「蛍くん、大丈夫かな?教官に、あんなに・・・」

 

「大丈夫だよ。教官、手加減してたから。」

 

「え!?」

 

伊奈帆が発した言葉に、カーム、韻子、ニーナの三人は伊奈帆を一斉に見やった。

 

 

 

 同じ頃、アセイラム皇女は戻ってきたエデルリッゾを連れ、ラウンジで紅茶を前にして席についている。

 

正面に座っているのは鞠戸大尉。

 

彼はテーブルに額を擦り付けてアセイラム皇女に謝罪していた。

 

「ウチのクソガキがとんでもないことしでかし、面目次第もない。」

 

これにはアセイラム皇女の方がおどろき、

 

「お願いしますから、そのようなこと、なさらないでください!」

 

と、彼を止める。

 

「モガモガモガモガモガ、モガモガモガ!モモガ!(あのような無礼を働いて、謝罪ごときですむと!アイタ!!)」

 

綿をかんだまま鞠戸大尉に怒りをぶつけるエデルリッゾの後頭部をアセイラム皇女は平手で叩く。

 

「エデルリッゾ、彼はわたくしと話しているのです。たしかに、あなたも銃を向けられました。このようなケガをしたのも事実です。ですが、当事者にはこの方がすでに制裁を下しました。彼を責めるのは筋違いですよ?」

 

敬愛する皇女にたしなめられたエデルリッゾはシュンと肩を落とす。

 

「エデルリッゾ、今日は下がりなさい。」

 

「モガ?モガガ・・・(え?ですが・・・)」

 

「いくら抜けかかっていた乳歯とはいえ、処置に麻酔を使用したのでしょう?なら、無理せず、今日はお休みなさい。」

 

「モガ・・・モガモガモガガ、モガモガモガモガモガ。(はい・・・わかりました、ありがとうございます。)」

 

エデルリッゾが一礼して下がると、アセイラム皇女は鞠戸大尉に向き直る。

 

「先ほども申し上げましたが、手心を加えたとはいえ彼はあなたが裁いたのですから、わたくしから異を唱えるつもりはありません。」

 

「本当に申し訳・・・!?」

 

「わたくし、護身術には少々心得がありますの。あれが全力か否かくらい、わかりますわ。」

 

アセイラム皇女の言うとおり、鞠戸大尉は手加減をしていた。

 

見た目は派手だが、血が出やすいところを狙って浅く打ち、骨折など大きなケガをしにくいところを、派手な音がするように打って、端から見れば容赦のないメッタ打ちに見せていただけなのだ。

 

もっとも、憲兵隊長や伊奈帆、アセイラム皇女や、医者である耶ヶ頼先生にはばれていたのであるが。

 

しかし、そうしなければ蛍と憲兵隊が衝突し、鞠戸大尉の指導で一般的な連合軍兵士より近接格闘においてはるかに高いレベルにある蛍相手では憲兵隊も少なくない被害を出しただろうし、蛍も鞠戸大尉によって受けた負傷以上にダメージを受けていたはずである。

 

そしてこれは失敗したのだが、アセイラム皇女が引くほど、蛍を痛めつけたように見せれば後の処分で蛍の罪を軽くできるかもと考えたのである。

 

「はぁ・・・ごまかすのは余計、失礼に当たりますな。そのとおりですよ。ですが・・・」

 

「ご安心を、口にしたことを反故にしたりしませんわ。ただ、エデルリッゾには傷が癒えた頃に、何か甘いものでもご馳走してあげてくださいな。」

 

「ご厚意、痛み入ります、姫サマ。」

 

アセイラム皇女は蛍、そして鞠戸大尉を許した。

 

 

 

 そしてこの度の事件についてマグバレッジ大佐は報告を受け、蛍へ地球連合本部につくまで営倉行きと処分留保を言い渡し、暴行に及んだこと、部下の不祥事について上官である鞠戸大尉に始末書提出を命じた、これでこの度の事件に決着がついたかと思われたが、一つだけ、解決していないことがあった。

 

蛍が取り落とした銃が、見つからなかったのである。

 

その銃は、蛍が取り落としたあと、廊下を滑っていき、一部始終をずっと隠れて見ていたある人物が拾って、持ち去っていたのであった。




実は今回の話がこのSSを書こうと思った動機だったりします。

カームがへたれるの早すぎだろと思って。

そしてオリ主に、『いい火星人は死んだ火星人だけだ』と、あえて極端なことを言わせるというのが。

さて、最後に出た、銃を持ち去った人物は一体、誰でしょう?(や、バレバレですがね。)


追記:修正について

あの部分、さらっと流したかったのであまり考えずに書いたのですが、他の方の小説と類似していたので書き直しました。

ここにお詫び申し上げます。

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