【A/Z】蛍へ~銃と花束を~   作:Yーミタカ

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第五話 バック・フィーバー

 蛍が志願兵として面接を受けるため、伊奈帆と韻子は艦長室から退室させられるが、韻子はドアに耳をつけて中の音を聞こうとする。

 

「韻子、その部屋、防音室だよ。」

 

「・・・だよね。」

 

韻子は伊奈帆にそう答えて彼の横に立つ。

 

「ねえ、蛍ってば、どうして志願なんてしたのかな?志願しなくても今までだってどうにかなってたし・・・」

 

「今までは、本当はマズかったんだよ。僕たち民間人だから国際法違反になるしね。」

 

「じゃあ、蛍が志願したのって?」

 

「『合法的に戦闘に参加する』だったらそのうち徴兵されるのを待てばいい。多分、彼の真意は・・・」

 

 

 

 伊奈帆と韻子が外で話している時、艦長室では蛍の面接が始まっていた。

 

「宿里蛍君 16歳 芦原高校一年 間違いありませんね?」

 

「はい」

 

蛍がマグバレッジ大佐の確認にそう答えると、マグバレッジ大佐は蛍のデータに目を通す。

 

「身長178㎝、体重88㎏、健康診断問題なし。直近評価は射撃C、近接格闘A+、カタフラクト操縦B、歩兵演習A+、車輌重機B-、整備B・・・いびつな評価ですね。」

 

そう言われた蛍は目を伏せる。

 

この評価の目安は、

 

A+→学年上位10位以内(男女別の場合あり)

 

A→上位

 

B→合格者平均(+-は内部での上下)

 

C→及第点(ここに達せない場合は追試)

 

である。

 

「では、現在、私達地球連合軍は火星、ヴァース帝国軌道騎士団と交戦中にありますが、なぜ貴方はこのような時期に志願しようとお考えになったのですか?」

 

「もちろん、地球連合軍に入隊して、地球のため、火星の反逆者を懲罰するためです。」

 

蛍の答えにマグバレッジ大佐はまた、彼のデータを見る。

 

「君は前戦争の戦死者遺族で、現在は本艦所属の鞠戸大尉が後見についているようですが、彼の承諾は得られますか?」

 

「ええ、喜んで承諾してくれると思います。」

 

そう言った蛍をマグバレッジ大佐は怪訝な目で見て質問を続ける。

 

希望する部隊、志願入隊した場合は伍長待遇であることを了承するか等々。

 

「・・・以上で面接を終了します。お疲れさまでした。」

 

「結果は?」

 

「保護責任者の鞠戸大尉を通してお伝えします。」

 

マグバレッジ大佐がそう言うと、蛍は礼をして退室し、部屋に残った不見咲中佐にマグバレッジ大佐は蛍に対する見解を尋ねる。

 

「彼のこと、どう思いますか?」

 

「平時であれば到底入隊させられない人材ですね。丁寧に飾ってはいますが、火星に対する強い悪意、憎悪が見え隠れしていますし、保護責任者の鞠戸大尉に対しても明らかな含みがあります。残虐行為、命令不服従、上官反抗の常習になるようなタイプです。もっとも、現在の状況でしたら、『弾丸避け』くらいにはなると思いますが・・・」

 

不見咲中佐が話す内容はマグバレッジ大佐が考えていることとほぼ同じものであった。

 

「不見咲君、キミがモテない理由を教えてあげましょうか?」

 

「素直なのはよいと聞きますが?」

 

「キミの場合は遠慮が無いと言うのです。とりあえず、これを鞠戸大尉にお願いします。」

 

つい数分前にもやったようなやり取りをして、マグバレッジ大佐は頭を抱えた。

 

 

 

「蛍、どうだった?」

 

「結果はオッサン経由だってよ。」

 

艦長室を出た蛍を、伊奈帆と韻子が迎える。

 

「ねぇアンタ、バカなこと考えてるんじゃないでしょうね?」

 

「あぁ?バカなことってなンだよ?『連合軍に入って地球や祖国のために戦います』ってのが、ンなにオカシイってかぁ?」

 

「だから、バカなことってのは!!」

 

「韻子!!」

 

伊奈帆が韻子の肩をつかみ、首を横に振る。

 

「・・・ま、まあ、例えばよ?勲章ジャラジャラぶらさげて、女の子からキャーキャー言われたいとか?」

 

「いらねぇよ、ンなモン!ま、あとはオッサン待ちだ。ナオの字、先、部屋ァ戻っとくぜ。」

 

そう言って二人と別れて部屋に戻る蛍を見送り、伊奈帆は韻子を咎める。

 

「ダメだよ、韻子。さっき話したのはあくまで僕の想像なんだから。」

 

「で、でも、伊奈帆の言うとおりだと思うし・・・」

 

「僕も間違いないと思うけど、証拠が無い。」

 

そう言って伊奈帆は蛍の後を追って部屋に向かう。

 

 

 

 伊奈帆が部屋に着くと、中から怒鳴り声が響いた。

 

「蛍、テメェ何で勝手に志願なんてしたんだ、あぁ!?」

 

「オメェにはカンケーねぇだろ、このクソジジイ!!」

 

ドアを開けると、中で鞠戸大尉と蛍が口論を繰り広げていた。

 

部屋に入っても二人は伊奈帆に気付いておらず、三段ベッドの最下段で毛布にくるまっているカームに話を聞く。

 

「あ~、俺は貝だ、な~んにもきこえね~」

 

「カーム、どうしたの、これ?」

 

「蛍が軍に志願したのを取り消すって教官が言ってて、それに蛍がキレてな~」

 

「そっか、やっぱりこうなったか・・・」

 

伊奈帆はそう言って蛍達を一瞥し、ため息をつく。

 

「教官、蛍、少し落ち着こう?」

 

「これが落ち着いてられっか!?界塚弟、オメェ、蛍のダチだろ!?止めろよ!!」

 

「なぁ、ナオの字、お前からも言ってくれよぉ!!俺はとっとと軍に入りてぇんだよ!!」

 

二人に協力を頼まれた伊奈帆は、少し考えて説得を始めた。

 

「教官、蛍は志願することで所属や階級である程度有利になろうとしてるんです。戦局は地球側が圧倒的に不利である以上、遅かれ早かれ召集されるでしょうから。」

 

「だがなぁ、その前に地球が全面降伏するかもしれねぇだろ?」

 

鞠戸大尉は地球連合軍の軍人にあるまじきことを言うが、それだけ蛍を止めるために必死なのである。

 

「通信妨害を解かない以上、それらしい打診をするつもりは火星側にはないのでしょう。そして地球側も、この通信妨害の中では無条件降伏を宣言することもできません。」

 

鞠戸大尉は言い返せず、口ごもる。

 

前星間戦争の生存者である彼には火星と地球の力量差から、火星側の戦略目標、『地球全土の領有』が本心であるとわかっているのだ。

 

順当な線で考えれば、火星が主張する『地球全土の領有』など不可能であるのだが、まず火星軍『軌道騎士』37家紋・・・いわゆる軍閥なのだが、それら一つ一つがニロケラスやアルギュレのような超兵器を複数個所持しており、それだけの力量差を背景に火星は停戦交渉どころか『降伏そのもの』を受け入れない可能性まであるのだ。

 

そうなれば最終的には、火星は地球全土を植民地にしてしまうだろう。

 

植民地にされるまで学徒動員をしないわけがない。

 

「えぇい、わかった!もう好きにしろ!!」

 

鞠戸大尉は半ばやけ気味に志願の書類にサインして蛍に渡すと、部屋から出ていった。

 

「いやぁ、助かったぜ、ナオの字ィ!!あのクソジジィ説得してくれてよぉ!!」

 

「蛍、お義父さんをそんな風に言っちゃダメだよ。反対したのだってキミのためなんだから。」

 

「あんなヤツをオヤジなんて言うなよ、胸クソわりぃ・・・」

 

そんな話をしている二人に、カームが割り込む。

 

「なぁ、そういやさ、どうして蛍って鞠戸教官と仲悪いんだ?」

 

一瞬で場が凍りつく。

 

「・・・クラフトマンよぉ、テメェ、言いにきぃことぉ、サラッと聞きやがるなぁ!」

 

グキッ、グキッと拳を鳴らす蛍に、カームは顔から血の気を引かせ、

 

「いや、だって気になるだろ!?俺もダチなんだからよ!!」

 

「蛍、ダメだよ、ケンカは。」

 

伊奈帆が止めるのも聞かず、蛍はカームに向けて拳を振り下ろした。

 

カームが目を強くつぶるが、拳は当たらない。

 

ゆっくり目を開くと、拳は寸止めされていた。

 

「今から独り言、言うぜぇ?耳ふさいでな!」

 

そう言って蛍は、『独り言』という体裁でカームに鞠戸大尉との因縁を話始めた。

 

「ヤロゥに俺の親父は殺された。」

 

「・・・は?初耳だぞ!?」

 

「鞠戸のヤロゥ、種子島でビビりやがって、親父が止めるのも聞かずに戦車砲を敵カタフラクトにぶっぱなしやがった、そのせいで小隊は全滅、小隊付きの下士官だった親父は二階級特進だ!」

 

「なあ伊奈帆、この話、もしかして・・・」

 

「種子島レポートだよ。」

 

種子島レポートとは前星間戦争における種子島での鞠戸大尉(当時少尉)率いる戦車小隊の戦闘報告書だ。

 

連合軍は黙殺し、鞠戸大尉自身も『嘘八百』と言っているが、流出した内容は到底嘘とは思えない内容で、ユキ姉のように鞠戸大尉を尊敬する軍人もいる。

 

そこに出てくる蛍の実父・・・『宿里曹長』は鞠戸大尉の戦車小隊付きで新任士官を補佐する下士官であったのだ。

 

しかし、火星側の先遣隊が降下した時に、存在するはずのない『ロボット兵器』・・・カタフラクトに鞠戸大尉は驚き、宿里曹長が止めるのも聞かずに砲撃命令を下し、指揮下に無い部隊も砲撃を開始してしまった。

 

いわゆるバック・フィーバー(臆病者の暴発)を起こしてしまったのである。

 

結果として中隊ごと鞠戸大尉の戦車小隊は全滅、連隊司令部まで露見してしまい、エンジェル・フォールに至る前に鞠戸大尉が所属していた連隊は『たった一体の超兵器』によって壊滅したのであった。

 

地球連合軍は種子島での戦いを『なかったこと』にするため、種子島レポートを黙殺し、鞠戸大尉自身も『種子島レポートは嘘』と認めるよう『説得』したのであった。

 

「いや、一応、俺たちも種子島レポートは知ってるけどよ、鞠戸教官、そんな悪いことしたか?」

 

「こいつは俺の独り言だ、聞き耳立てやがったらぶっ殺す。」

 

この話は終わりとばかりに蛍はそう言って部屋を出る。

 

「なあ・・・お前は知ってたのか、今の話・・・」

 

部屋に残されたカームは同じく部屋に残る伊奈帆にそう尋ねた。

 

「うん。鞠戸教官とはユキ姉が軍人になった時から知り合いだったから、彼と直接会う前からね。」

 

「だったらな~んで教えてくれなかったんだよ!?」

 

「個人情報だから、話さないなら僕からは言えない。」

 

そう言った伊奈帆にカームはため息をつく。

 

「まぁ、お前はそういうタイプだよなぁ・・・」

 

 

 

 二日後、蛍は正式に任官され、伍長の階級章と軍服を受領し、再編されたフェンリル隊というスカウト部隊に配属されることになった。

 

スカウト部隊とは、斥候、威力偵察、主力部隊による戦闘の側面支援を主任務とする部隊で、カタフラクト操縦だけでなく、徒歩、車輌を使用しての任務も多くなる。

 

マグバレッジ大佐から指示された部屋に向った蛍は、入る前に頬を叩いて気合いを入れて扉を開く。

 

「本日をもってこちらに配属されました、宿里蛍伍ちょ・・・ゲ!?」

 

「おせーぞ、五分前には着いておかねぇとな。」

 

蛍は、部隊長の男と目が合うと凍りつく。その男が鞠戸大尉だったからだ。

 

「ハメやがったな、あの女ギツネ・・・」

 

「コラ、上官に何つーこと言ってんだ!」

 

蛍の呟きを聞いた鞠戸大尉はそう言ってたしなめる。

 

この隊に蛍が組み込まれたのは偶然ではない。

 

まず蛍の教練の成績と、蛍が戦闘部隊を希望していたことからマグバレッジ大佐は再編中のスカウト部隊への編入を決め、それを知った鞠戸大尉が自分に任せるよう上申したのだ。

 

鞠戸大尉は元の部隊が壊滅しており、マグバレッジ大佐ももとよりそのつもりで、鞠戸大尉を中隊長として再編したスカウト部隊を任せた。

 

中隊とは言うが、その編成はたったの一個小隊であり、その小隊も定員割れしており、実質一個分隊、10名である。

 

その中に蛍は配属されたのである。

 

「さて、言っておくが当フェンリル隊の人材不足は深刻だ。お前みたいなクソガキまで入れなきゃなんねぇんだから当然だな。」

 

「転属願いを・・・」

 

「規則で新兵は最低半年、転属できねぇ。どうしてもしたけりゃ、退役するか、やらかして懲罰部隊に行くかだけど、どっちがいい?」

 

懲罰部隊とは、戦争中にわざと犯罪行為を行い、軍刑務所に入って戦争をやり過ごそうとする者を出さないようにするため、誰もが嫌がる仕事ばかりをさせる部隊である。

 

かつては『捕虜と一緒に爆弾担いで地雷原を走らせる』などといった非人道的な任務を課せられることもあったが、今ではそのようなことをさせるわけにはいかないため、『便所掃除、汚水処理設備清掃、遺体埋葬』などが主である。

 

「・・・カンベンしてくれ・・・」

 

「と、いうわけだ。半年はガマンしてもらうぞ。で、さっそくだが・・・」

 

鞠戸大尉は観念した蛍の前に、ドンと大量の本とノートを出した。

 

横から見ると、軍隊関連の本に混ざって、『数学1・A』『高校世界史』『高校英語』『国語』など、蛍が一瞬で戦意喪失するようなタイトルが混ざっている。

 

「あ~、オッサン?」

 

「『隊長』か『大尉』!」

 

「では『大尉どの』!明らかに軍務とカンケーねぇ文献が混ざっているような気がするのですが、自分の気のせいでしょうか!?」

 

「安心しな、気のせいじゃねぇからよ。お前、高校課程を終えねぇで軍に入るんだから、一年以内に詰め込みでやらなきゃなんねぇんだよ。」

 

これには蛍も噛みつく気力すらなくしてうなだれた。

 

ちなみに彼の教練以外の成績だが、体育、技術、家庭科のみ4ないし5。芸術科目は3ないし4。主要五教科は2ないし3である。

 

そして教科書を見る限り、やるのは主要五教科、いわゆる英数国理社のみのようである。

 

「オイオイ、こんなトコでへこたれてちゃあ、カタフラクトに乗る前に戦争終わっちまうぞ?」

 

蛍の初めての軍務は、まさかの『高校英語』であった。

 

 

 

「Repeat after me.”This is a pen.”」

 

ネイティブのような発音の鞠戸大尉に、蛍が続く。

 

高校課程の中で英語は特に重要になる。なぜなら、連合軍で公式に使われる言語は英語であるからだ。

 

「でぃすいずあぺん」

 

であるにもかかわらず、蛍の英語は完全に棒読み、日本語発音である。

 

「No,No.One more.”This is a pen.”」

 

「でぃすいず・・・ちょっと待てコラ、オッサン!」

 

「Hotaru!Don’t say”オッサン”!”sir”or”captain”」

 

鞠戸大尉は英語で受け答え、訳せない蛍は意味を考えて日本語で答える。

 

「へいへい、『大尉どの』!コレ、中学英語じゃないッスか!?」

 

蛍は読んでいた教科書を鞠戸大尉に見せながらそう言った。

 

『Fine English 中学一年』と書かれた表紙を見て、鞠戸大尉は腕を組む。

 

「Umm・・・Is there anything wrong?」

 

「わかんねっての!ぷりーずじゃぱにーず!!」

 

蛍が日本語発音の英語でそう言うと、鞠戸大尉は呆れながら日本語で話し始める。

 

「ったく、あのな、オメェが中学レベルの英語からして忘れてっから特別にこっからやってんだよ!」

 

「だからってこれはバカにしすぎだろうが!!」

 

「うるせぇ!最後のすらわかんねぇヤツにゃそれで十分だっつうの!!」

 

蛍は必死なものだが、鞠戸大尉は微笑んでいる。かつての二人の関係を思い出しているのだ。

 

 

 

 三年ほど前、鞠戸大尉が蛍を引き取った時、最初にやったのは取っ組み合いであった。

 

その頃の蛍は、町で目が合えば素人、玄人お構い無しの喧嘩屋で、ある時、警察に制止されても構わず続けようとして警察官を突き飛ばし、公務執行妨害、決闘で補導され、最終的に保護観察処分を受けた。

 

蛍は施設育ちであったのだが、その施設は『非行少年は引き取れない』と、身元引き受けを拒否し、里親兼身元引き受け人を探しているときに現れたのが鞠戸大尉だったのである。

 

蛍は最初、力ずくで自分の自由を勝ち取ろうと、鞠戸大尉に挑みかかったのだが、鞠戸大尉には手も足も出ずに組み敷かれた。

 

その時、鞠戸大尉はこう言った。

 

「クソガキが、町でちょっとくれぇ鳴らしたからって調子乗ってんじゃねぇぞ!」

 

これに、関節を極められたまま蛍は暴れたが、完全に技が極っていたため抜け出せず、そんな蛍に鞠戸大尉は続けた。

 

「悔しいか?ならよ、俺のトコで修行しな。上手くいきゃ、そのうち勝てるだろうよ。まぁ、万一にでも俺から一本取れりゃ、好きにしろよ。」

 

これより蛍は鞠戸大尉の元で軍事鍛練を受けることとなり、最初の1カ月は不意討ちを狙うがことごとく失敗する。

 

そして失敗しながら蛍は、『実際問題として仮に不意討ちで勝てたとして満足か?』と考えるようになり、鞠戸大尉の施す鍛練、そして学業課題をキチンとこなすようになった。

 

最初は軍事鍛練の一環で掃除洗濯をさせられていたが、鞠戸大尉の私生活があまりにも酷かったため、炊事洗濯掃除全てを蛍がするようになり、芦原高校に受かった頃には本当の親子のようになっていたのだが、そんな折りに鞠戸大尉の種子島での戦闘記録、『種子島レポート』のことを知り、一気に二人の関係が冷え込んでしまったのだ。

 

 

 

「何、にやついてんだ、気持ちわりぃぞ、大尉どの。」

 

「ったく、あんまし上官に暴言吐くなよ、そんなヒマがあんなら、さっさとこんな英語、終わらせちまえよ。」

 

「へいへい・・・」

 

授業が再開しようかというときに、部屋の扉が開く。

 

「蛍、大変だ!!」

 

カームが、扉が開くか開かないかのタイミングで叫ぶ。

 

「どうした、クラフトマン?敵襲か?」

 

鞠戸大尉がカームを一瞥してそう尋ねると、

 

「いや・・・説明が面倒だ、教官も蛍もとにかくラウンジに!!」

 

蛍を呼びに来たカームはそう言って部屋を出て、鞠戸大尉と蛍もその後に続く。

 

蛍達がついた頃には、ラウンジはすでにある放送を見ようと兵士や民間人でいっぱいであった。

 

ラウンジにあるモニターはもともと、士気高揚演説を流したり作戦説明をしたりするものだが、今は火星による通信妨害のため、館内放送にしか使われない。

 

ならばそこに映るのは艦長であるマグバレッジ大佐か、副艦長の不見咲中佐のどちらかであるが、今映っているのは豪奢な服を着た老人である。

 

「こいつは・・・」

 

「レイレガリア・レイヴァース。火星の皇帝よ。」

 

蛍の呟きに答えるようにライエが、カームと蛍の後ろから声をかけた。

 

「お、脅かすなよ!」

 

「シッ!始まるわよ。」

 

ここに集まっている者達は地球のあらゆる周波数に割り込んで行われているこの海賊放送で、

 

『偉大なる皇帝陛下よりご詔勅である、心して拝聴せよ。』

 

という上から目線の通告を聞き、集まったのだ。

 

もとより良い感情など抱いている者などおらず、聞き逃すのを嫌って集まったにすぎない者達に、モニターの中の皇帝は傲岸不遜に言い放った。

 

「ヴァース帝国皇帝の名において、地球へ休戦を布告する。」

 

長々と語られる『孫娘の死を悼む』だの『地球人の悪辣なる所業を非難する』だのといった枝葉を無くせば要点はこれだけであった。

 

ある者は喜び、ある者は憤る中、近くにいた韻子が蛍達に合流する。

 

「聞いた!?休戦よ!!このまま終戦かな!?」

 

「ったく、まだそこまでは言ってないだろ?」

 

韻子とカームがそう話す中、蛍は苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 

そんな蛍の横で、ライエは誰にというわけでなく言葉を発した。

 

「これじゃ、終わらない。」

 

ライエに蛍達三人が注目する。

 

「どういうこった、アリアーシュ?」

 

「見てて気づかなかった?あの言い方じゃ火星の内乱を止める体よ?」

 

たしかに、ヴァース皇帝の言い方は上からの物言いで誰もが不快に思っていた。

 

そして普通なら休戦は布告するものでなく、敵対行為を停止し、和平交渉の間『休戦状態』になるものだ。

 

「けど、向こうから休戦って言ってたんだよ?」

 

「何の権限も無い人間が、外国同士の戦争に『すぐやめろ』なんて言っても誰も聞かないわ。」

 

ライエが韻子にそう返すと、カームが

 

「外国同士?」

 

と、ライエに疑問を投げかける。

 

「ヴァース帝国は皇帝が直接治める直轄領以外・・・たとえば軌道騎士の所領とかは、軌道騎士がヴァース帝国の臣下と言っても連中に一任されている『外国』よ。軌道騎士が王女暗殺をダシに防衛戦争を主張すれば停戦命令に従う必要は無いわ。」

 

冷たく言い放つライエを鞠戸大尉は怪訝な顔をしてずっと睨んでいた。

 

その時、艦全体に警報が鳴り響く。

 

 

 

 警報が鳴る少し前、艦橋で今の放送を見ながらわだつみのレーダー手からレーダーの使い方を教わっていた詰城先輩が、火星の妨害の中でも使用できる短距離レーダーが敵味方識別信号『クルーテオ伯軍』の飛行物体を捕捉したのを確認したのである。

 

「三時方向敵飛行物体!」

 

「映像をお願いします!」

 

マグバレッジ大佐がそう言うと、詰城先輩に代わりレーダー手が艦橋のモニターに敵機・・・先日の白いカタフラクト『アルギュレ』をぶら下げた黒い輸送機が飛行しているのが映した。

 

基地ごと爆破したはずであったが、運良く応急修理で戦闘が可能な程度の破損しかしていなかったのだ。

 

「対空火器準備!!敵をこの艦に取り付かせるな!!カタフラクト隊は甲板に展開!迎撃に加われ!!」

 

マグバレッジ大佐の指揮が飛び、艦橋では火器管制手が熱源誘導ミサイルを放ち、速射砲を放つが輸送機はアルギュレを積んでいるというのに戦闘機顔負けの機動と熱源誘導撹乱装備フレアでミサイルを、速射砲で追いきれないほどの速度で砲撃を回避し、アルギュレをわだつみの飛行甲板に放り込んだ。

 

わだつみはそれでもアルギュレをCIWSのガトリング砲で撃つが、アルギュレは毎分4000ないし5000発の発射を可能とするガトリング砲の弾幕を以前のようにブレードを突きだして弾き飛ばしながら、CIWSですら狙えない飛行甲板に降り立ってしまった。

 

この時になってやっとカタフラクト隊が甲板に上がってくるが、彼らを責めることはできない。

 

何の援護も無いカタフラクトが単機で航行中の戦闘艦艇に飛び乗ってくるなどという無謀な作戦、誰が想定できるであろうか。

 

「撃て、撃て!!遮蔽物の無いここでは、ヤツのような近接戦しかできないカタフラクトなどただの的だ!!」

 

最初に出てきた隊の隊長がアルギュレを軸にした扇形状に部隊を展開して集中砲火する。

 

しかしアルギュレのパイロット、騎士ブラドはガトリング砲の弾幕すら切り払ったのだ。

 

何体破壊したか彼も宙では覚えていないアレイオンの銃撃などものの数ではない。

 

すぐさま切り捨てられた三体のアレイオンを追うように他の隊が追いかけてくる。

 

「まずAP弾に切り替えろ!足止めくらいにはなる!!」

 

伊奈帆達の戦闘記録が役立ち、アレイオン隊は散開しながらAP弾の雨をアルギュレに浴びせる。

 

しかしこれも、やはり伊奈帆達が戦った時のように突き出したブレードで弾く。

 

こうして時間稼ぎをしている間にマグバレッジ大佐の指示で『対拠点用装備』を携えたアレイオンがアサルトライフルで足止めをする部隊の後ろに並んだ。

 

そして前列がしゃがむのと同時にその上に乗り出すようにした後列が『対拠点用装備』をアルギュレに向けて放つ。

 

「愚かな・・・単発砲などアルギュレの前では・・・ヌ!?」

 

異常を察知したブラドはアルギュレのブーストを吹かせてジャンプさせた。

 

すると、元いた場所を無数の子弾が通りすぎていく。

 

反応があと少し遅ければアルギュレはめでたくスクラップになっていたであろう。

 

この『対拠点用装備』とは、いわゆるショットガンなのだ。

 

防衛設備を一撃で破壊したり、道を塞ぐ壁やバリケードを吹き飛ばすほどの威力を持つ反面、射程が短いという弱点を持つこのアレイオン用ショットガンならばアルギュレにダメージが通るとマグバレッジ大佐は考えたのだ。

 

「散弾ばかりは切り払えぬな・・・ならば!!」

 

アルギュレはショットガン装備のアレイオンを一体破壊し、アサルトライフル隊の間をぬって艦橋を背にしたのである。

 

「ヤロゥ!!」

 

「やめろ!!艦橋に当たるぞ!!」

 

ショットガン隊の一人が発砲しようとしたのを分隊長が止める。

 

艦橋を背にしたアルギュレはアレイオン隊相手にブレードをふるい、一方的に蹂躙していく。

 

発砲できなければ銃砲などただの鉄の筒だ。あるものは状況にあわせて思考を切り替えられず、あるものは銃を捨てて近接戦用のナイフに持ちかえるが、ナイフとブレードの長さの差を埋められずに切り伏せられていく。

 

残った者はアルギュレを狙いながら密集し、威嚇するようにロックオンする。

 

しかしそのロックオンは艦橋にも向けられており、アレイオンの中では『警告 射程内に友軍存在』と、そして艦橋では味方によるロックオンアラートが鳴り響いていた。

 

アルギュレは拡声器で高々と宣言する。

 

『我こそはクルーテオ様が筆頭騎士ブラドなり!先日のオレンジ色よ、決闘だ!!』

 

「な、なにやってるんスか、あの人!!」

 

「に、逃げないと、艦長!!」

 

『いざというときのため』わだつみの動かし方を教わっていた三人の学生のうち二人・・・ニーナ、祭陽先輩がパニックを起こす。

 

詰城先輩も声を上げたりしないが小刻みに震えている。

 

しかしマグバレッジ大佐を筆頭に軍人は動じない。

 

彼女達が動揺してはもっと大勢の人間に混乱が広がり、わだつみは戦わずして沈むであろう。

 

「うろたえるな!!」

 

マグバレッジ大佐の声が艦橋に響き、ニーナ達学生はビクッとして艦長席の方を向く。

 

「民間人は速やかに退避。」

 

「りょ、了解ッス・・・詰城、クライン、行くぞ!」

 

祭陽先輩が二人を誘導して艦橋を出ようとする。

 

しかし、いざ出るときになってニーナは踏みとどまり、振り返った。

 

ニーナも韻子や伊奈帆から聞いて蛍が軍に志願入隊したことは知っている。

 

もしかすると今、戦っているかもしれないと思うと逃げ出すことができなくなったのだ。

 

「先輩たち、ごめんなさい。わたし、ここに残ります。」

 

「いや、ここに残って何ができるッスか!?」

 

ニーナは艦橋に振り返る。

 

「艦長さん、あそこで友達が戦っているかもしれないんです。ですから・・・」

 

「『ここで応援したい』ですか?残念ながらここで貴女が出来ることなど何一つありませんよ?」

 

民間人が艦橋のように攻撃を受けやすい、今はアルギュレが盾にしている場所に残っていては余計に戦いにくい。

 

それが戦闘員と親しい者ならなおさらだ。

 

「戦闘中に民間人が艦橋にいることは認められません、退避しなさい、これは命令です。」

 

「・・・できません・・・」

 

ニーナは震えながらも退かず、マグバレッジ大佐は艦内の憲兵詰所に連絡する。

 

「憲兵、艦橋に退避命令を受け入れない民間人が三名、強制退去させてください。」

 

マグバレッジ大佐がそう言ったのを聞いて青ざめた祭陽先輩が詰城先輩とアイコンタクトで示し合わせ、ニーナの両脇を抱えた。

 

「すみません、祭陽以下二名、即座に退避するッス!!」

 

「せ、先輩、放して!!」

 

「クライン、ここは言うこと聞くッスよ!!」

 

祭陽先輩がニーナにそう言い聞かせ、詰城先輩は無表情のまま、艦橋を後にする。

 

「ったく、なんであんなことを・・・」

 

「だって・・・」

 

艦橋を出ると扉がロックされたため諦めたニーナは先輩二人と走りながら祭陽先輩にそう答えた。

 

ここに来て今まで黙っていた詰城先輩が口を開く。

 

「正統派・・・王道とも言いますね。これまた大好物です。」

 

「何です、それ?」

 

この詰城先輩はニーナと韻子が仲良く話している時も、『ユリですね、好物です。』と、もらしていた。

 

ニーナは前回も今回も意味がわからなかったが、祭陽先輩は詰城先輩の言った意味がわかったため頬を緩ませる。

 

「クラインが?宿里を?マジ?」

 

この言い方は韻子がたまにニーナをからかうのに使うニュアンスに似ていたため、ニーナは赤面する。

 

「ちょ!?どうしてそうなるんですか~!?わたしは友達として心配なだけで・・・」

 

「わかった、わかったッスから、もう少しッスよ。」

 

三人は民間人保護区画に走り込み、他の者と合流した。

 

 

 

 この時、蛍はまだ出撃していなかった。

 

着任したばかりであることもさることながら、フェンリル隊は再編中で、そもそもカタフラクトを受領していないため、鞠戸大尉も含め、別命あるまで待機を命じられていたのだ。

 

しかし蛍は命令を無視し、鞠戸大尉の目を盗んで格納庫に入り、芦原高校から持ち出したスレイプニールに乗ろうとしていたのだが、すぐに使えるスレイプニールをめぐって伊奈帆と口論になっていたのである。

 

「ナオの字よぉ、わかってンだろ!?軍人優先だ!!」

 

「ダメ。こんな方法、他の人にはさせられない。それに蛍だってどうせ待機命令が出てるんでしょ?」

 

伊奈帆はアルギュレを破壊する策があるが、危険だから自分でしなければならないと言い、蛍は軍人優先で自分が戦うと言って聞かない。

 

「ちょっと、ナオ君、蛍君もいい加減にしなさい!もう私が出るから!!」

 

二人をユキ姉が仲裁してそう言うが、彼女も『アーマチュア』という機械式外骨格で、鎮痛剤を打った腕を動かしてはいけないにもかかわらず無理矢理動かしている。

 

カタフラクトの操縦などとてもできる腕ではないため、蛍と同じく待機命令を受けている。

 

「准尉殿その腕じゃあ無理ですぜ。弟さんを説得してくださいな。」

 

「教官に言われたんだよ、『特攻は人にさせるな』って。僕がするぶんには問題ない。」

 

「言っただろ、テメェの作戦なら信じる、だから俺にやらせろって!」

 

こんな調子で平行線なのだ。

 

業を煮やした伊奈帆は折衷案を提案する。

 

1.あくまで伊奈帆の作戦は参考にするだけ

 

2.蛍に勝算があるならそれを使うこと。

 

この二つが飲めるなら伊奈帆は蛍に譲ってもいいと提案し、蛍は快諾してスレイプニールに乗り、装備を整えると甲板につながるエレベーターにスレイプニールを乗せた。

 

 

 

 甲板ではいまだにブラドと連合軍のアレイオンがにらみ合いを続けていた。

 

アレイオンは何度か切り込み攻撃を仕掛けたのだが全てアルギュレに切り伏せられ、損害を出さぬよう威嚇し続けているのである。

 

そこへ格納庫からオレンジ色のカタフラクトが現れ、拡声器でアルギュレを挑発する。

 

『ご指名ありがとよぉ、『この間のオレンジ色』だ!!』

 

蛍は間違いなく伊奈帆を指名しているブラドに対し、伊奈帆のふりをして戦いに臨んだ。

 

そしてスレイプニールは手首部分に蛇腹型の追加装甲を着けているだけで非武装である。

 

これを見た連合側兵士は皆、『正気か!?』と、自分達が見たものを疑う。

 

『宿里伍長!?何をしているのですか!?あなたは待機命れ(ブツッ)』

 

蛍は艦橋からの通信を切り、艦橋ではマグバレッジ大佐が頭を抱える。

 

「・・・やらかすとは思っていましたよ。」

 

「とりあえず弾丸避けに・・・」

 

「不見咲クン!!」

 

ジッとマグバレッジ大佐が不見咲中佐をにらむと不見咲中佐は肩を落とす。

 

二人きりならばまだしも、他の乗組員がいるときに部下を捨てゴマにするようなことは、人の上に立つ者として絶対に言ってはならない。

 

マグバレッジ大佐は不見咲中佐を叱ったあと、通信を開く。

 

「鞠戸大尉ですか?少々状況が変わりましたので・・・ええ、そうです。お願いします。」

 

 

 

 マグバレッジ大佐が鞠戸大尉に何らかの指揮を出した頃、艦橋では相変わらず現代戦らしくない名乗り合いが続いていた。

 

『よく出てこれたものだな!あらためて貴様に一騎討ちを申し込む!!』

 

『よし来たぁ!来いやああぁぁ!!』

 

蛍が応じたことにより、近代戦以降は存在そのものが考えられない一騎討ちが始まった。

 

『ふむ、オレンジ色よ、貴様、取るものも取らずに出てきたというところか、得物を取るいとまくらいは与えようぞ?』

 

『ハッ、テメェごとき、コイツで十分だ!!』

 

スレイプニールの手・・・マニュピレーターが握り込まれる動きに合わせて手首の追加装甲が展開してマニュピレーターを覆う。

 

この追加装甲は、陣地設営や戦闘工兵任務に従事する際に壊れやすいマニュピレーターを保護するためのものである。

 

無論、武装の類いではない。

 

『フッ、オレンジ色、後悔するなよ!!』

 

アルギュレはブレードをスレイプニールに向けて大仰に構える。

 

その時、蛍のスレイプニールに通信が入った。艦橋からでなかったため蛍は拡声器を切り、通信を開く。

 

『オイ、蛍!何やってんだ、命令無視して!』

 

「オッサン・・・仕方ねぇだろ?やらなきゃ、民間人が一人、特攻しかけてたんだからよ。」

 

『界塚弟だな?まぁいい、とにかく、当フェンリル隊に新たな命令が下った、我が隊はこれより、当艦に取りついた敵カタフラクトを撃破する。宿里伍長は鞠戸大尉の指揮の元、スレイプニールにて出撃せよ。早ぇ話しが事後承諾だ。』

 

「ッシャア!!おっと、イエス、サー!!」

 

蛍が鞠戸大尉から事後承諾の命令を受けるとそう言って、念のため鞠戸大尉の命令を聞く。

 

『さぁて、一騎討ちみてぇになってるが、応じることはねぇ・・・と、言いてぇが、現状、援護はあんましあてにならねぇ。前にも教えたことあるけどよ、ああいうタイプには・・・』

 

蛍が考えていたこと、鞠戸大尉の指揮、そして伊奈帆の策は大部分が一致していた。

 

伊奈帆の策ではアルギュレのプラズマブレードを爆発反応装甲という、攻撃が当たった瞬間に外部装甲を爆発させて攻撃を防ぐ追加装甲でプラズマを吹き飛ばして組み付き、アルギュレごとスレイプニールを海に捨て、自分は脱出するというものであった。

 

この、『組み付く』部分は蛍も、鞠戸大尉も同じである。

 

蛍操るスレイプニールは重心を落とし、両手を頭の高さに上げて迎えうつように構える。

 

それめがけてアルギュレは地を蹴った。

 

アンバランスな重心を最大限に利用した踏み込みの速さはアレイオンやスレイプニールの比ではない。

 

先に出撃していたアレイオン隊は元より一騎討ちなど認めるつもりはなく、アルギュレを撃とうとしたが、鞠戸大尉の予想通り、密集していたことが仇となりアルギュレを追うことができず、スレイプニールと肉薄させてしまう。

 

『もらった!!』

 

アルギュレから勝ち誇ったようなセリフが飛び出すが、スレイプニールはプラズマブレードで唐竹割りにされる寸前でアルギュレを操るブラドの視界からこつ然と消えた。

 

次の瞬間、アルギュレの右側面の胴体に衝撃が走る。

 

スレイプニールの正拳突きが命中したのだ。

 

もともとバランスを悪くなるようにあえて設計されているアルギュレはその一撃でたたらを踏み、スレイプニールは即座にアルギュレの右腕に取り付いて十字固めをかけながら甲板に引き倒す。

 

『な、何をした!?』

 

『地球名物、正拳突きと腕十字だ!ありがたくとっときな!!』

 

拡声器で会話が交わされてすぐにアルギュレの右腕が限界を迎え、引きちぎられた。

 

ブレードはエネルギー供給を断たれたため、ただの金属の棒になる。

 

単純な出力と耐久力はスレイプニールとアルギュレでは比にならない。

 

人間になおせばこの二体の差はライト級格闘家とヘビー級格闘家ほどだ。

 

しかし、アルギュレの腕一本とスレイプニール全身となれば話は別だ。

 

これ・・・すなわち白兵戦でブレードを腕ごと奪い取るというのが鞠戸大尉の指揮、そして蛍が考えた勝機である。

 

 

 

 同じ頃、民間人退避区画では伊奈帆が壁にかかったモニターをいじっていた。

 

それに気づいたセラムが隣に立つ。

 

「何をなさっているのですか?」

 

「戦術データリンクにこのモニターを繋げば、外の様子がわかるかもって思ったんだけど・・・やっぱり接続は向こうから切断できるみたい。」

 

「伊奈帆、こっち貸してみろ!」

 

二人の様子を遠くから見ていたカームが割って入り、モニターの裏の配線を変え始めた。

 

「ここを直結させて・・・できた!」

 

カームがそう言うと、モニターは艦橋の様子を映す。

 

艦橋には指揮をしながら艦橋を目指していた鞠戸大尉が到着し、人数がニーナ達が出た後より一人増えている。

 

「っとと、ちょっと待ってくれ。」

 

今度は文字列が映り、次にアレイオンのカメラ映像に切り替わった。

 

そこにはスレイプニールの後ろ姿、そして片腕を失ったアルギュレが対峙しているのが映っていた。

 

外の様子が映されると、そこに他の民間人達も集まってくる。

 

「か、火星人だ!!こ、この艦に乗り込んできたぞおおおぉぉぉ!!!」

 

「に、逃げろ!!」

 

「バカ!どこにだよ!!」

 

甲板の様子を見た瞬間、区画は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。

 

そんな区画に、凛としたよく通る声が響き渡る。

 

「鎮まりなさい!!」

 

声の主はモニター近く、伊奈帆の隣・・・セラムであった。

 

「ご覧ください・・・敵は単機、それに中破しております、すぐに捕縛されることでしょう。」

 

中学生か高校生くらいにしか見えないというのに、セラムの一声で浮き足立った大人達は一瞬でおとなしくなる。

 

「す、すげぇ・・・」

 

カームが感嘆の声を漏らすと、騒ぎを聞きつけた韻子が、合流したニーナ達と人混みをかき分けて伊奈帆達のもとに来た。

 

「ね、ねえ!今、何があったの!?」

 

韻子がそう尋ねると、セラムは緊張の糸が切れたのかふらついてそれを伊奈帆が倒れないように支える。

 

「セラムさん、あまり慣れないことはしない方がいいよ。」

 

「考えるより先にああしてしまいましたの。申し訳ありませんわ。」

 

「それはいいよ、助かったし。それはそれとして、妹さんは?」

 

「あら?先ほどまでここにいましたのに・・・」

 

「ここ、ここで~す!!」

 

声と共に人混みの中から小さな手が出てきて、伊奈帆がその手を引っ張ると、もみくちゃになったエデルリッゾが出てきた。

 

「・・・大丈夫?」

 

「し、死ぬかと思いました。」

 

エデルリッゾが肩で息をしながらそう言うと、モニターをチラチラと確認していたカームが、

 

「おい、動きそうだぞ!」

 

と、戦況を皆に伝えた。

 

 

 

 甲板ではアルギュレとスレイプニールがじわりじわりと互いを牽制していた。

 

蛍はアレイオン隊が射線を確保できる方に動いて一騎討ちを反故にする可能性をちらつかせ、ブラドはそれを防ぐためにスレイプニールをアレイオンからの射線上に置くよう動かし出方をうかがう。

 

『自分から仕掛けろ、あんまし追いつめたままほっとくとヤツは艦を破壊するかもしれねぇ。』

 

「了解。」

 

蛍は念のため拡声器を切って鞠戸大尉に答える。

 

通信の声は拡声器には入らないが自分の声は別である。

 

先に動いた方が負けと誰もが思う中、蛍は鞠戸大尉の指示に従い自分から仕掛けた。

 

まっすぐ、放たれた銃弾のようにアルギュレに向かってスレイプニールを突進させる。

 

「(鞠戸流五輪書(非売品)、『我、徒手にて刀と相対すれば』より)」

 

蛍は鞠戸大尉から教わった格闘を最大限にスレイプニールで再現する。

 

『バカめ、死ぬがいい!!』

 

対するブラドは勝ち誇りながらアルギュレに残されたブレードを前に突き出し、スレイプニールは串刺しになる・・・はずであった。

 

スレイプニールはまたもやブラドの視界から消失したのである。

 

『またか!?うわぁ!!!???』

 

ブラドがスレイプニールを視界に捉えるより早く、アルギュレが宙を舞った。

 

蛍はスレイプニールをスライディングタックルで甲板を滑らせ、アルギュレの両足を蹴り折ったのである。

 

「足を砕きて得物を奪え!!」

 

蛍は鞠戸流五輪書『我、徒手にて刀と相対すれば』の続きを口に出す。

 

刀剣の攻撃は基本的に上半身を狙うように考えられている。

 

防御もそれに伴い上半身が重視される。

 

蛍の見立てでブラドは、港湾基地の戦闘において防御に徹した時は銃弾に対して確かに鉄壁の防御を見せていたが、攻撃に出ると魅せ技のような大振りが多く、防御が疎かだったのである。

 

そのため、伊奈帆のスレイプニールを破壊することができなかったのだ。これならばと、蛍は白兵戦なら組み伏せることができると踏んだのだ。

 

ちなみに、鞠戸流五輪書とは単に蛍が鞠戸大尉から教わった格闘をメモして、文語風に書いただけのもので、鞠戸大尉が書いたというわけではない。

 

さておき、アルギュレはトップヘビーに設計されている以上、脚部の装甲はほとんどつけられなかったため、足を簡単に破壊されたのである。

 

『卑怯だぞ!!』

 

ブラドの罵声がアルギュレの設計がこのようになっている理由を物語っている。

 

アルギュレは古代ヴァースにて行われていた剣術を文献から復活させた『ヴァース古流剣術』の使用を念頭に置いて設計されているのだ。

 

しかしこれは、『攻撃は見栄え重視の大振り』『大剣による二刀流』『飛来する矢弾を大楯等で防がず払い落とす』『接近戦における下半身への攻撃は想定外』など、ヴァース帝国では認識されていないが完全に競技用ないし演舞用であるのだ。

 

実戦において『大振り』は論外、大剣を『二本も』持っていても邪魔になるだけ、飛来する矢弾を弾いたりせずとも『身を隠す』か『楯をかかげる』だけでことは足りる。

 

『卑怯?ここはボンボンの舞踏会場じゃねぇんだよ!』

 

対して、悪党のセリフにしか聞こえない返答をする蛍は、鞠戸大尉に教わった格闘をスレイプニールで再現したのだ。

 

その鞠戸大尉は連合軍式近接格闘術、そしてその下地には士官学校に入る前に初段を取った空手、士官学校時代に同じく初段を取った柔道がある。

 

この日本古来からの武術の源流は中国拳法だといわれ、さらにその源流は仏教の開祖、仏陀が編み出した武術だという説もある。

 

3万年前の文献からうわべだけ再現した剣術と、2000年を越える歴史の中、分岐、継承、切磋琢磨、洗練されてきた武道、格闘術のどちらがより強いかなど、火を見るより明らかだ。

 

 

 

 蛍のスレイプニールはすでに片腕を力なく振ることしかできなくなったアルギュレの、残った腕を踏み折る。

 

するとプラズマブレードは先ほどのようにただの棒切れとなり、とうとうアルギュレは身動きすらとれなくなってしまった。

 

『グ・・・やむを得ん、投降する。』

 

アルギュレから心底悔しそうな声が聞こえてくる。

 

『よぉし、宿里伍長、作戦完了だ。』

 

鞠戸大尉も通信でそう言ったが、蛍はそれらを無視してアルギュレのコクピットにスレイプニールの手をかけ、力任せに弾き飛ばした。

 

コクピット内部が完全に露出し、乗っていたブラドはみるみる青ざめていく。

 

「き、聞こえなかったのか!?投降する!!」

 

『な、何してやがんだ!蛍!!』

 

『・・・通信遮断、接触回線オープンっと。なぁ、騎士ブラドさんとやらよぉ、テメェら、散々好き勝手やっといて、今さら『捕虜として扱え』なんて、通ると思ってんのか?あぁ!?』

 

「な・・・キサマ、まさか!?」

 

『ワリィけどなぁ、捕虜に食わす飯よりスレイプニール洗う方が安いんだよ!!』

 

「よ、よせ!」

 

ブラドの悲鳴が上がるより早く、スレイプニールの拳がブラドを叩き潰した。

 

カタフラクトに殴られれば人間が原型をとどめられるはずもなく、半壊したコクピットは赤黒く染まっているだけであった。

 

これを見たアレイオン隊のパイロットは、ある者はコクピット内で目をそらし、ある者は『残虐行為の証拠』を持ち帰られるのを阻止するため、上空を旋回していた輸送機に砲弾の雨を浴びせ、撃墜した。

 

輸送機はどうやら燃料タンクに被弾したらしく、パイロットが脱出する気配もなく火だるまになって海に吸い込まれるように落ちていく。

 

そしてこの様子は艦橋だけでなく、避難区画で民間人達も盗み見ていたのだ。

 

モニターの一番近くにいたのは伊奈帆達で、その周りを他の大人達が囲んでいる。

 

「・・・あんまりですわ・・・」

 

そう発したのはセラムだ。

 

スプラッタシーン直前にエデルリッゾの目をふさぎ、自分も目をそらしていた。

 

「い、いくらなんでもやりすぎッスよ・・・」

 

「・・・グロリョナはカバー範囲外です。」

 

祭陽先輩、詰城先輩も目をそらす。

 

「・・・か、火星人が悪いんだ・・・だから、何されても文句言えねえだろ?」

 

自信なさげな声で蛍の行動を擁護するカームに、伊奈帆は冷静に答える。

 

「今のはグレーゾーンだった。殺さない方が正解だよ。」

 

そして、その近くでうずくまるニーナは、

 

「ぅぷ・・・ォェ・・・」

 

と、ショックのあまり嘔吐し、韻子が彼女の背をさすりながらエチケット袋を口元に当てる。

 

「ニーナ、あんまりきついなら医務室、行こ?」

 

「・・・大丈夫、蛍くんのこと、最後まで見てるって・・・決めてたから・・・」

 

そう言ったニーナの顔は真っ青である。そんなニーナが、何者かに脇を抱えられて立たされた。ライエである。

 

「もう終わったわ、ここで吐いたら掃除が大変でしょ?トイレと医務室、どっちが近いかしら?」

 

ライエはすでに甲板の戦闘から興味を失い、平然としている。人が死んだというのに。

 

「ま、待って、アタシも行くから!」

 

足早にニーナを連れていくライエのあとを韻子が追っていき、三人に大人達は道を開けた。

 

そして周りの大人達はというと、子連れはセラムがしたように子供にモニターを見せないようにしているが、大多数は、

 

「やったぜ!火星人をぶっ殺したぞ!!」

 

「調子乗ってっからくたばるんだよ!!」

 

「いっつも月や火星から俺たちを見下しやがってよぉ!胸がスッとしたぜ!!」

 

と、まるでヒーローショーで悪役が倒されたかのような歓声をあげていた。

 

そして、この狂ったような『熱』は軍人達にも拡がっていく。

 

この戦闘の問題を考えずに、否、忘れるためというものもいる。

 

そんな中、この狂熱が入って来ぬ場所があった。

 

艦橋である。

 

「不見咲君、事後処理を頼みます。敵兵の遺体は回収できるだけ回収の後、海軍葬の準備を。」

 

「了解しました。艦長、念のため報告いたしますが、くだんのカタフラクトパイロットは投降規定『機関停止』を怠っていましたから、彼を軍法会議にかけることは・・・」

 

不見咲中佐はマグバレッジ大佐の指示に返答しながら蛍を擁護する。

 

それに対しマグバレッジ大佐は振り返り、

 

「不見咲君、確かにあなたの言う通り、彼を軍法会議に処することはできませんが、それとこれとは別問題です。」

 

と答えて司令席から立つ。

 

艦橋に狂熱が入ってこなかったのは、熟達の軍人ばかりであり、この度の問題点・・・すなわち、『投降兵の私的処刑』を、蛍が独断で遂行したことを理解していたのもさることながら、マグバレッジ大佐の冷たい怒りにあてられたというのもあるのだ。

 

不見咲中佐が言ったとおり、ブラドはカタフラクトの投降規定『投降信号の発信ならびに口頭での投降宣言、武装の投棄、機関停止』のうち、『機関停止』を怠っていたため、投降は認められない。

 

これを怠っていては、例えば投降するふりをして逃亡を企てたり、今回のように逃げることができなくても機関を暴走させて自爆など、投降そのものが無意味になってしまう。

 

そのために決められているのが『投降規定』なのである。

 

しかし、蛍は『機関停止していないのが故意か過失かの確認』を行っていないため、問題ないとしてもグレーゾーンである。

 

艦橋を出たマグバレッジ大佐は、蛍の暴挙を部隊指揮所で見てから艦橋に釈明しに来た鞠戸大尉とはちあわせる。

 

「大佐どの、うちのガキ・・・宿里伍長の件だが、これは監督を怠った俺のミスだ。だからアイツのことは・・・」

 

鞠戸大尉がそう言うと、マグバレッジ大佐は首を横に振った。

 

「ご安心を、彼を軍法会議に問うことはそもそもできません。ですが、言わねばならないことは言わせていただきます。」

 

「それこそ、俺が!」

 

「大尉と伍長には軍務以外の関係がございます。それではいけないのですよ。」

 

そう言ってマグバレッジ大佐は格納庫に向かった。

 

 

 

 マグバレッジ大佐が格納庫に到着したとき、蛍は凱旋将軍のように迎えられていた。

 

本人は戸惑いながらも悪い気はしていないようで愛想笑いで返している。

 

「宿里伍長、よろしいですか?」

 

マグバレッジ大佐がそう声をかけると、蛍は少し浮かれた様子でマグバレッジ大佐に歩み寄る。

 

そんな彼を迎えたのは、労いの言葉でもなければ、ましてや熱い抱擁などでもなく、鋭い平手打ちであった。

 

「・・・な、何するんスか!?」

 

「黙りなさい!貴方は自分が何をしたかわかっているのですか!?」

 

マグバレッジ大佐の怒声に、蛍は逆上する。

 

「俺は命令通り、ヤツをぶっ殺して来ただけッスよ!!」

 

「私は『甲板に取りついたヴァース帝国カタフラクトを撃退せよ』としか命令していません!!」

 

「同じじゃないッスか!?」

 

このやりとりを聞いた周りの兵士達は二人から目をそらす。

 

『撃退せよ』と、『殺せ』。

 

似ているようだがこの二つは大きな違いがある。

 

前者は『戦った結果、敵兵が死ぬ可能性がある』、つまり、『殺すのは必須ではない』。

 

極端な話、敵の武器だけを無力化する兵器があるとして、それで戦闘不能にしてもかまわないのだ。

 

後者は文字通りだ。

 

投降しようとかまわず『殺すこと』が目的で、たとえ戦争であっても許されることではない。

 

このような大きな違いがあるからこそ、後者になってはならないのだ。

 

それに気づいたために周囲の兵士は目をそらしたのである。

 

「まあ、今回は志願したばかりの新兵がバックフィーバーを起こしただけとして、処分は今ので終わりにしましょう。」

 

マグバレッジ大佐がそう言うと、蛍は目をそらし、格納庫を走り去った。バックフィーバー・・・臆病者の暴発を意味する言葉は、かつての鞠戸大尉と同じだ。

 

種子島で彼の父を奪った鞠戸大尉と。

 

「・・・俺は・・・違う・・・腰抜けじゃねぇ・・・」

 

そう呟く蛍を乗せたわだつみは、航路どおりに避難民を乗せたフェリーが目指していたウラジオストクの港へ向かって進んでいく。




書いててかなりえぐいことさせたなとは思います。

カタフラクトの投降規定ですが、とりあえず昔の軍艦の規定を元にしております。

戦闘行為の停止、白旗掲揚等降伏の意思表示、『機関停止』

船って一回機関緩めるとすぐ動けないから、機関停止せずに白旗あげてそのまま逃げるとかあったそうです。

※追記

仏陀が編み出した武術が中国拳法の起源というのは誇張なのであしからず。

達磨大師がインドで収めた武術と、仏陀が学んだという武術が同じ名前というだけらしいです。

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