【A/Z】蛍へ~銃と花束を~   作:Yーミタカ

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第四話 襲撃 二刀流カタフラクト『アルギュレ』

伊奈帆達が救助に来た揚陸挺に収容され沖に出ると、揚陸挺内に警報が鳴り響く。

 

「何事です!?」

 

「新芦原上空に高熱源体多数、軌道上からの隕石爆撃と思われます!!」

 

船長席に座るマグバレッジ大佐に伊奈帆達の高校の先輩、詰城が答えると、新芦原に無数の隕石が降り注いだ。

 

この隕石はかつての戦争で砕けた月によって構成されるサテライトベルトの中でも重金属成分を多く含む物を選んで地球へ落とすという、ヴァース帝国がかつて交渉材料の一つとして考案した戦略爆撃『隕石爆撃』によるものである。

 

これは爆薬など使わずとも、少しサテライトベルトに手を加えるだけで東京やワシントン、ニューヨークのような一大都市を灰塵に帰すような効果が得られるため、15年前、ヴァース帝国はこれを停戦、休戦交渉に大いに利用した。

 

そんな爆撃が新芦原に対して行われたのだ。

 

復興中の田舎町など、跡形もなく地図から消え去ってしまう。

 

そんな様子を、ブリッジにいた者は映像で、デッキにいた者は肉眼で、往年のパニック映画のような光景を目の当たりにする。

 

「俺達の町が・・・」

 

デッキで、新芦原が消滅するのを直に見たカームがそう呟く。

 

普段はありがたみなど感じないものは、失ったときにどれだけ尊いものであったかがわかるものだ。

 

「・・・ひどい、ここまでするなんて・・・」

 

新芦原に住んでいたわけではないセラムですらこう言うほど、隕石爆撃は徹底した破壊である。

 

「やつら、何が目的で?」

 

こんな中でも、伊奈帆は冷静に敵の目的を考える。

 

「示威目的じゃないのですか?」

 

伊奈帆の隣にいたエデルリッゾが彼にそう尋ねる。

 

「それならもうとっくにやってるよ。揚陸城だっけ?軌道騎士が地球に降下するのに使ったやつ、あれで十分だ。それに、示威行動なら、こんな田舎町にはやらない。」

 

そう言うと、エデルリッゾを伊奈帆と挟むように立っていたセラムが不安そうにする。

 

「もしかして・・・」

 

「それはない。」

 

何かを言いかけたセラムを、伊奈帆は遮るように、

 

「君の仮説・・・王女様が生きてるっていうのが本当だとして、パレードの時にあそこまで念入りにやったのに、今さら隕石爆撃なんてだめ押し、何の確証もないのにする意味がない。」

 

と、彼女が伊奈帆に出会った時に話した『アセイラム皇女生存説』・・・『パレードで爆殺されたアセイラム皇女は影武者で、本物は生きている』ということにもとづく予想を否定した。

 

「ですから、何か確証があったのでは?」

 

「確証っていうと、生きてる皇女様を見たとか?残念ながら、僕はミサイルに吹き飛ばされた皇女様を見たっきりだよ?」

 

伊奈帆はそう言って『生存説』自体を否定し、

 

「それと、誰が聞いてるかわからないから、滅多なことは言わないように。」

 

と、セラムに釘をさして船内に戻っていく。

 

「キイィ!あの無礼者、ベーッ!」

 

残された二人のうち、エデルリッゾが伊奈帆の背に向けて舌を出し、いわゆる『アカンベー』をすると、セラムは

 

「おやめなさい、エデルリッゾ。今のはわたくしが迂闊でしたわ。」

 

と言って、エデルリッゾをたしなめる。

 

「しかしひめさ・・・セラムお姉ちゃん、彼は・・・」

 

「あの方はわたくしを庇ってあのように申されたのですから、わかってあげなさいね?」

 

「・・・おおせの、ととっ、うん、わかったわ、お姉ちゃん!」

 

エデルリッゾは少し納得していないが、セラムにそう言って腕をからめ、二人で船内に戻っていく。

 

 

 

 その頃、揚陸艇の中で着替えていた蛍とライエは警報に驚いて廊下に転がり出てきた。

 

「敵襲か!?」

 

「わかんない、外・・・いえ、艦橋!!」

 

二人はそう話して艦橋に走っていく。

 

「敵か!?」

 

艦橋に駆け込んだ蛍がそう叫ぶと、

 

「艦橋ではお静かに。それと、民間人は立ち入り禁止ですよ。」

 

と、マグバレッジ大佐が二人にそう注意する。

 

芦原高校の生徒は非常時には軍属扱いされるが、蛍は警報に驚いて来たため上着は着ておらず、雑に着たシャツには芦原高校の生徒であることを示すワッペンも腕章も無い。

 

これでは民間人と間違われても仕方がない。

 

「あ、大丈夫っすよ、そいつ、ウチの一年っす!」

 

蛍は覚えていないが、新芦原事件の日にパレードの交通整理で一緒になった生徒会の祭陽先輩が蛍を指してそう言った。

 

蛍は祭陽先輩に礼を言うと、ライエを外に待たせて、操舵手席に見知った後ろ姿を見つけ、歩み寄る。

 

「網文、クライン、こいつぁ、何があったんだ?」

 

「隕石爆撃だってさ・・・」

 

韻子がしおらしく答え、

 

「新芦原・・・無くなっちゃったよぉ・・・」

 

と、今にも泣き出しそうな声でニーナが伝える。

 

「・・・そっか・・・」

 

蛍は新芦原に住んでまだ二年ほどしか経っていないが、普通ならそれでも住んでいた町が跡形もなく消し飛ばされたなどというのは悲しみや怒りがこみ上げてくるものだ。

 

しかし、彼が感じたのはそれとは別の感情で、その感情はオコジョの死を伝えられた時にも感じており、蛍は激しく動揺する。

 

それを気取られぬように蛍は二人から目線を反らして進行方向を見ると、偶然見た光景によって、蛍は動揺が一瞬で吹き飛んでしまった。

 

「・・・クライン、前、前!!」

 

ニーナが操舵から注意を背けていたせいで揚陸艇は瓦礫に向かって突っ込もうとしていたのである。

 

「み、右、右!?左、右!?左!?左、右!?」

 

「俺に聞くな!!」

 

取り乱すニーナと蛍の後ろからマグバレッジ大佐が冷静に、

 

「船体、急速排気。」

 

と命令した。

 

揚陸艇はいわゆるホバークラフトで、ニーナは言われた通りに揚陸艇のエアクッションがため込む空気を減らし、船体を下げて瓦礫の下をくぐらせて、元に戻す。

 

この時、かなり荒く操船したため韻子はバランスを崩して蛍に抱きつくようにぶつかり、蛍もたたらを踏む。

 

「あ、ゴメン!」

 

「かまわねぇよ。それとクライン、頼むから前だけは見ててくれヨォ・・・」

 

「ごめん・・・」

 

ニーナは前を見たまま蛍に謝る。

 

それを聞いて蛍は、あらためて先ほどから指揮を執っているマグバレッジ大佐を見る。

 

青を基調とする地球連合軍海軍士官服に、大佐の襟章、ブロンドのセミロングにキリッとした顔立ちは20代中盤の『お姉さん』とは思えない貫禄を醸し出している。

 

蛍は彼女に敬礼し、艦橋を出た。

 

「今の子が件の息子さんですか?()()()()()息子さんですね、大尉。」

 

「・・・その口ぶり、わかんのか?」

 

「ええ、下心がある人間というのは、得てしてわかりやすいものなのですよ。」

 

 

 

 一方、外に出た蛍は壁を背にたたずむライエに、

 

「結局、何だったの?」

 

と、聞かれる。

 

彼女は蛍と違い、揚陸艇に積まれていた支援物資の中に、以前着ていたものと似たような服を選んできちんと着ているが、芦原高校の生徒でないため、完全に民間人扱いであるのだ。

 

「隕石爆撃だってよ。あんなモンやられちゃあ、新芦原は更地だ。」

 

そう答えた蛍に、ライエは違和感を感じる。

 

「あなた、なんか嬉しそうね。」

 

「ハァ!?何言ってンだ、こちとら、ハラワタ煮えくり返ってんのによ!」

 

「まあ、それならそれでいいけど。それより、これからどうなるのかしら?」

 

ライエが話題を変えてそう尋ねる。

 

「これから?まあ、連合海軍基地まで行って、それからフェリー・・・は、もうねぇだろうから、海軍の艦隊と合流するんじゃねぇの?」

 

「・・・そう・・・」

 

「ん?お前もなんかうれしそうじゃねぇ?」

 

「え?だって軍艦なら、やつらも手出しできないでしょ?」

 

「そうかぁ?」

 

蛍はライエと芦原高校で話したことを思い出す。彼女は『地球のカタフラクトは火星のカタフラクトに敵わない』と考えている。

 

『海の上までカタフラクトを持ち出すわけがない』ならばわかるが、『軍艦に乗れば大丈夫』とは考えないだろう。

 

そんな話をしていると、通路の角で伊奈帆と鉢合わせる。

 

「あ・・・蛍、よかった、探してたんだ。」

 

「オゥ、ナオの字、ん?例の北欧系の嬢ちゃん達は?」

 

「二人ともキャビンで休んでる。それと、二人っきりで話したい。」

 

伊奈帆はそう言いながらライエを見る。

 

「んだ?もう鞍替えか?」

 

「いや、キミと話したいんだけど?」

 

「ははぁ・・・なぁ、アリアーシュ、わりぃけど先にキャビンに行ってくれねぇか?」

 

蛍にそう言われたライエは首をかしげる。

 

「・・・どうして?」

 

「ったく、そこまでガキでもねぇだろ?アレでナニな話だからだよ。」

 

「ッ!!!サイッテ~!」

 

赤面して走っていくライエを見送り、蛍は安堵の息をついて

 

「・・・アリアーシュのことか?」

 

と、伊奈帆に尋ねる。

 

「うん。一緒にいて何かわかった?」

 

「正直、わかんねぇ。ただ、アイツは敵じゃねぇってのは確かだ。」

 

「どうして?」

 

「まぁ、お前は『甘い』とか、『信用させるための布石』とか言うかもしれねぇけどよぉ、もしアイツが火星側の人間なら、俺は今、ここにいねぇよ。」

 

蛍はかぶりを振ってそう答える。

 

「そこまで言わないよ。まあ、彼女が何か隠しているのは間違いないと思うけど、それで敵になるわけじゃないっていうのは確かかな?」

 

伊奈帆はそう言って蛍と別れ、キャビンに向かった。

 

一方蛍は伊奈帆と別れたあと、デッキに出て陸・・・新芦原の方を見る。直接見れば、もしかすると悲しみや怒りがこみ上げてくるかと思ったのだが、やはり悲しみや怒りよりも『別な感情』ばかり湧いてくる。

 

「(クソッ!やっぱりかよ!!)」

 

『別な感情』を抱く自分に苛立った蛍は近くにあったハンヴィーを思いきり殴った。

 

じわっと拳から痛みが広がり、耐え難い激痛となる。

 

「いってええぇ・・・」

 

叫びそうになるのをこらえてうずくまる蛍に、デッキに出てきた者が声をかける。

 

「なぁにやってんだ、オメェ?」

 

「ンでもねぇよ、オッサン・・・!!」

 

蛍はその男・・・鞠戸大尉に背を向けたままそう答えた。

 

「何でもなくて装甲車殴るヤツがいるか?力になれるかもしれねぇから話してみ?」

 

「なんでもねぇって言ってんだろ!!」

 

そう言って蛍は鞠戸大尉を振りきって船内に駆け込んだ。

 

通路を振り返らず走って船倉に向かっていると、ニーナと鉢合わせる。

 

「蛍くん、走ったら危ないよ~?」

 

「クライン、オメェ、操船は?」

 

「艦長さんから、休憩するよ~にって。さっきまで韻子たちと一緒にいたけど、みんな寝ちゃってね~」

 

そう言ったニーナは目の下には濃いクマを作り、顔は憔悴しきっている。

 

『強制的な休憩』を言い渡されたのも無理はないだろう。

 

「お前は寝ねぇのか?」

 

「うん・・・」

 

「無理にでも寝ておけ。こっから先、休める時なんてザラだぜ?」

 

「うん・・・あい・・・がと・・・」

 

話している途中でニーナは糸が切れた人形のように力無く倒れ、蛍はそれを受け止める。これは眠るというより気絶だ。

 

「ったく・・・ムチャしやがって・・・」

 

蛍はそう呟き、起こしても悪いと考えて、近くの鍵がかかっていなかった部屋に入り、ニーナを横たえさせる。

 

入った部屋は偶然にも蛍が着替えるのに使った部屋で、着るのを忘れていた上着と、エマージェンシーシートが床に散らばっている。

 

シートはすでに避難民全員に配られているため、これらは余りだ。

 

「一枚、借りますぜ。」

 

誰にというわけでなく蛍は許可を取り、ニーナをシートでくるむようにして、シートからはみ出した肩のあたりに上着をかけ、自分の膝を枕にさせて寝かせると、彼自身は壁を背にして座り、目を閉じる。

 

何かあったときにニーナをすぐ起こせるよう完全に眠ってしまわないようにするのもさることながら、これは蛍なりのニーナへの労いの情からこうしたのである。

 

船の中は静かなものであった。

 

九死に一生を得た避難民は疲労もあって皆、眠っている。

 

船倉、船室に響くのは船のエンジンの駆動音だけで、蛍もうつらうつらと眠りそうになっていた。

 

そんな時、ニーナが膝の上でモゾモゾと動き、それに気付いた蛍は目を覚ます。

 

「ン?目ぇ覚めたか?」

 

「・・・ゃあ・・・イヤアアアァァァ!!!」

 

「ッデ!?」

 

ニーナが悲鳴と共に跳ね起き、彼女の額が蛍のあごにぶつかり、蛍の頭の中に星が舞う。

 

「・・・え?あれ?ここは?」

 

「オォ・・・ナイスヘッドバットだぜェ、クライン・・・」

 

「ほ、蛍くん!?どうして!?あれ!?」

 

混乱するニーナに、蛍はニーナが通路で気を失ってからのことを話すと、彼女は意識が飛ぶ直前のことを思い出し、赤面する。

 

「えっと・・・ありがと。」

 

「・・・礼を言うのは俺の方だよ。」

 

「も~!頭突きしたのは謝るから~!」

 

「そうじゃねぇよ!・・・俺たちのこと、助けに来てくれたろ?それも、一睡もしねぇでよ。」

 

そう言って蛍は自分の目元を指し、ニーナはそれを見て手鏡を取り出す。

 

鏡に写った彼女の目元には濃いクマが浮かんでいた。

 

「あ~、もう二日は寝てないからね~」

 

ニーナは苦笑いしながら手鏡を閉じる。

 

「二日ってぇと、パレードの日からか?まあ、あんなモン見ちまったら眠れねぇのもわかるけどよ・・・」

 

「違うの・・・」

 

そう言ったニーナはいつもの明るさなど微塵も感じさせぬほど落ち込んだ。

 

「わたしね、あの時、死んだ人たち見て、『自分じゃなくてよかった』って思っちゃったの・・・そんなこと考えてるわたしに気付いたら・・・」

 

「よせ、あんまり考えると体に障るぞ。」

 

蛍はニーナの頬を軽く叩き、ニーナの思考を中断させる。

 

「・・・オメェは十分優しいよ。」

 

「どうして・・・わたしは・・・」

 

「あんなモン見たんだ、『自分が死ななくてよかった』なんざぁ誰でも考えるだろ。それをスルーしねぇで受け止めてんだ、十分だろ?」

 

そう言われたニーナが涙ながらに蛍を見上げると、蛍は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

「それに、ホントに血も涙もねぇヤツってぇのは、人死にを喜ぶようなヤツだ。そういうヤツラは大事なモン亡くしても、『ケンカ上等だゴラァ!!』とばかりに殴りかかっていくぜ。『カタキ取る』じゃなく、ただ『ケンカ』のためにな。お前はそうじゃねえだろ?」

 

蛍の言葉に、ニーナはうなずく。

 

「なら、誰かがお前を悪く言いやがったら、俺が殴ってでも黙らせる。それがお前だろうとよ。」

 

「・・・蛍くんって、けっこう話すタイプだったんだね。」

 

ニーナは意外そうにそう呟いた。

 

「そうか?普通だろ?」

 

「気づいてないの?蛍くん、ほとんどいっつも伊奈帆くんとしか話してないんだよ?」

 

「ンなこたぁ・・・」

 

言いかけて蛍は思案する。

 

たしかに、ニーナの言うように伊奈帆以外とは最低限しか話していないのである。

 

その事は言われて気付いたというのではなく、気付かないふりをしていたのだ。

 

どこかで韻子やニーナ、カーム、死んだオコジョと壁を感じていたが、意識しないようにしていたのである。

 

「そういや、そうかもな。」

 

「でしょ?わたしも、みんなも、友達なんだからさ、遠慮なんかしないでいいんだよ。」

 

「わぁった、そうすっよ。・・・次のシフトはいつだ?」

 

「着くまで休憩だって。」

 

「だったら寝てな。何かあったら起こしてやるから。」

 

少し不安そうにするニーナだったが、やはり疲労もピークだったのであろう、蛍の膝を枕にして、

 

「ん・・・ありがと、おやすみ~」

 

と、言うが早いか眠ってしまった。

 

「いや、船倉に移れって、もう寝てるしよ・・・」

 

蛍はそう言って壁を背にして目を閉じる。

 

二人は韻子に見つかって叱られるまでそうやって眠っていたのであった。

 

 

 

 基地に到着すると、残存していた連合軍は撤収準備に入っていた。

 

すでに本隊は撤収を完了しており、残っていたのは基地を破壊し、逃げ遅れた民間人達を護衛、誘導するための部隊だけである。

 

鞠戸大尉、マグバレッジ大佐が残存部隊の隊長から報告を受けている間、伊奈帆達はマグバレッジ大佐から指示を受け、基地に残されていた物資を揚陸艇に運び込んでいく。

 

 

「レーション、ここ置いとくよ~?」

 

ニーナがレーションの入った箱を下ろすと、ズシッと重そうな音がする。

 

カームもまた別の箱を運んできて下ろすと、似たような音がする。

 

「しっかしカームってば教練サボってばっかだったのに意外ね~?」

 

韻子がフォークリフトを近くに停めてカームにそう言うと、カームは苦笑いしながら答える。

 

「まあな、今は火星人と戦うなら、何だってやるさ!・・・ところで、蛍のヤツ、どこでサボってやがんだ?」

 

「・・・っと、蛍だったら軍の人と一緒に行ったよ。多分、基地の爆破処理を手伝ってるんじゃないかな?」

 

揚陸艇に積み込みをして戻ってきた伊奈帆がカームに答える。

 

「爆破!?」

 

韻子達三人が同時に伊奈帆に聞き返す。

 

「シッ!声が大きい。あくまで予測だよ。基地をそのまま残しておくくらいなら、ブービートラップでも仕掛けておくかもってだけ。」

 

「ん~、そうだとしても~、一言くらい欲しかったな~」

 

「蛍も急に頼まれたみたいだったからね。僕から、みんなには『ゴメン』ってさ。」

 

それを聞いてニーナは微笑む。

 

彼女と話す前の蛍なら、伊奈帆にだけ伝えて他は知らないといったところであっただろう。

 

しかし蛍は伊奈帆に、皆への伝言を頼んだのだ。

 

小さくとも彼が自分の言葉を聞き入れて変わったのがうれしいのだ。

 

「あらぁ?どったの、ニーナ?」

 

「えへへ、何でもな~い!」

 

韻子が少し意地悪く聞くが、ニーナは笑顔のままはぐらかす。

 

一方、蛍は伊奈帆の予想どおり、ブービートラップを仕掛けていた。

 

起爆装置は他の兵士が仕掛けているため、彼が扱っているのは爆薬のC4である。

 

「さて、こいつでラストっとぉ!」

 

リモコン起爆式の信管を起動し、電波が来れば爆発するようにして蛍は担当した建物・・・格納庫から出ようとして、月明かりに照らされた、置き去りにされているバイクや高機動車、ハンヴィー、装甲車を見る。

 

これらは2隻しかない揚陸艇には到底詰め込める数ではないし、合流予定の軍艦のスペースにも限りがある。

 

ここに捨てていけばヴァース帝国にろ獲されるのは間違いないのだから、中身のガソリンを燃料にして爆発の効果を高めるのが最も有効な使い道なのだ。

 

「もったいねぇなぁ・・・」

 

蛍はそう呟くが致し方ない、彼は後ろ髪を引かれる思いで外に出る。

 

が、ここで彼は妙なものを遠くに見た。青白い光の棒のようなものが空中を舞っているのだ。

 

蛍はバイクにぶら下げられていた双眼鏡を取ってその光を見ると、白いカタフラクトが青白く光る巨大な棒切れを振り回し、アレイオンを両断しているのを目撃した。

 

蛍はもちろん知らないが、このカタフラクトは東京に降下したクルーテオ伯爵が有するもので、パイロットは騎士ブラドと呼ばれる男である。

 

「敵襲!!!敵襲!!!!!」

 

蛍は声を張り上げ、警報を鳴らすと廃棄する予定であったバイクのエンジンをかけ、揚陸艇へ急ぐ。

 

警報器がけたたましく鳴り響き、物資の積み込みを終えた伊奈帆は状況を確認するためにパニックに陥る避難民や兵士の波に逆らって港に降りると、そこへ蛍がバイクで滑り込むように走ってきた。

 

「ナオの字ィ!船に戻れ!!ヤベェのが来やがった!!」

 

「蛍、落ち着いて、何があったの?」

 

「火星のヤツラだ、青い光の剣持ったのが殴り込んで来やがった!!」

 

「青い剣?」

 

伊奈帆が蛍から状況を聞き出していると、くだんのカタフラクトが港に飛び込んでくる。

 

残存部隊のアレイオンがアサルトライフルの集中砲火を浴びせる。

 

しかし、白いカタフラクト・・・アルギュレはハエを叩き落とすかのように75㎜HE弾の雨を切り払う。

 

「・・・とにかく、揚陸艇へ戻ろう。港から出ればヤツは追ってこれないはずだから。」

 

「なら、話は早ぇ、乗れ!」

 

伊奈帆は蛍の後ろに乗り、揚陸艇へ急ぐ。

 

揚陸艇から降りていた民間人や兵士はすでに2隻の揚陸艇のどちらかに乗り込んでおり、あとは蛍と伊奈帆が基地まで乗ってきた二番艇に乗り込むだけだ。

 

満員になった一番艇はすでに機関を起動させ、離岸しようとしている。

 

「蛍、急いで。」

 

「もうアクセル目一杯だってぇの!!!」

 

バイクの速度計は時速100㎞を越え、まだ増え続けている。

 

そんな二人の頭上を大きな青い光輪が追い抜いていく。

 

その光輪は一番艇のブリッジに突き刺さり、一番艇を炎上させた。

 

アルギュレがカタフラクト隊を全滅させ、離岸しようとしていた一番艇に二つのブレードのうち一本を投げつけたのだ。

 

一番艇は兵士が主に乗っていたため武器弾薬を積んでおり、それらがブレードの熱で引火、爆発する。

 

「クソッ、クソオオオォォォ!!!」

 

蛍はそう叫びながらアクセル全開で二番艇に滑り込むようにバイクを横付けすると、韻子、カーム、ニーナ、セラム、エデルリッゾが二人を出迎えた。

 

セラム達姉妹は伊奈帆に向かい、韻子達は蛍に呼び止められる。

 

「なぁ網文、俺たちで最後なら、とっとと出すように伝えてくれねぇか!?」

 

「それが、さっきの一番艇の爆発でエンジンが故障したみたいなの!今、教官とユキさんが修理に向かってるわ!!」

 

「なあ蛍、火星人は!?」

 

「あれだ!」

 

蛍が指差した先ではアルギュレが悠々と歩いて一番艇に近づき、ブレードを引き抜いたかと思うとそのブレードで一番艇を真っ二つに切り裂き、轟沈させる。

 

「ンにゃろぅ、こっちが逃げきれねぇって思ってやがンのか余裕だなぁ・・・」

 

「ほ、蛍くん、伊奈帆くんが!」

 

ニーナがそう言った時、伊奈帆はセラム達と何かしら話して、彼らが積んできた練習機、スレイプニールに走っていく。

 

「待てよ、ナオの字!!」

 

ニーナにはセラム達と船内に避難するよう言って蛍、カーム、韻子が伊奈帆に駆け寄る。

 

「一人でカッコつけんなよ、伊奈帆!」

 

「アタシらも手伝うわよ!」

 

カーム、韻子がそう言うと、伊奈帆は三人に担当を伝える。スレイプニールは伊奈帆とカームだけで、蛍と韻子は別の物をあてがわれる。

 

「・・・あれって・・・アレ?」

 

「またコイツかよ?」

 

韻子は呆然とし、蛍は苦笑いする。

 

「まあいい、網文、急げ!」

 

「言われなくても!」

 

韻子はまず揚陸艇にあるものを取りに行き、蛍は先ほどからエンジンをかけっぱなしのバイクにまたがった。

 

 

 

 伊奈帆達が準備を整えたころ、アルギュレの中では騎士ブラドが不敵な笑みを浮かべていた。

 

「フッ・・・脆い・・・原始人共の猿真似人形の何と脆いことか。アルギュレの前ではこのようなもの、砂に等しい。」

 

アルギュレが装備しているのはアルドノア・ドライブから無尽蔵に供給されるエネルギーを用いたプラズマブレード二本、ただそれだけだ。

 

しかし、彼にとってはそれだけで十分なのである。アルギュレの装甲はアレイオンが装備する75㎜口径アサルトライフルでは致命傷を与えられず、東京で出たような対艦砲では砲弾を切り払いながら、トップへビーの機体が生み出す機動性で白兵戦に持ち込んでしまう。

 

仮にカタフラクトで白兵戦を挑まれたとしても、ブラドは白兵戦に絶対の自信を持っている。そんな彼にオレンジ色のカタフラクトが物陰から不意を打って75㎜HE弾を放つ。

 

「ヌッ!?まだ死に損ないがいたか!?」

 

アルギュレがブレードを振ると榴弾であるHE弾はブレードの熱で信管が作動して空中で炸裂し、アルギュレにダメージを与えられない。

 

オレンジ色のカタフラクト、スレイプニールのパイロットは確認するように呟く。

 

「HE弾は効果無し、AP弾に切り替える。」

 

弾倉を交換し、スレイプニールはもう一度アルギュレを撃つ。

 

徹甲弾であるAP弾は、爆発はしないがアルギュレの表面に小さな傷をつけるだけでやはりダメージはほとんど与えられない。

 

しかし、スレイプニールのパイロット、伊奈帆にとってはアルギュレに致命傷を与えたのと同じことであった。

 

「カーム、AP弾を使って。そして蛍、こいつはダンゴムシみたいなバリアは積んでないみたい。」

 

『了解だ、伊奈帆!』

 

『わぁったぜぇ、ナオの字!!』

 

伊奈帆に通信機から二つの返事が返ってきたのを聞き、伊奈帆は再び引き金を引く。

 

アルギュレはそれに対してブレードをスレイプニールに真っ直ぐ向けて、砲弾がブレードに触れる時間を長くして弾頭の先端部を蒸発させて弾く。

 

アルギュレによって弾かれた砲弾は基地内で四方八方に飛び散り、生身で潜んでいる蛍の近くにも流れ弾が飛んできた。

 

「うへぇ・・・当たったら死ぬな、コイツは。」

 

『大丈夫、そろそろ仕掛けるから。カーム。』

 

『よし来た!!』

 

伊奈帆の合図でカームがアルギュレに十字砲火を仕掛けるが、アルギュレはブレード二本で伊奈帆とカームが放つ弾幕を切り払い、正面にいた伊奈帆のスレイプニールに切りかかった。

 

伊奈帆はアサルトライフルを横に持ってアルギュレが持つブレードの柄を受け止め、つばぜり合いに持ち込む。

 

『どうした、撃ってみるがいい、仲間にも当たるだろうがな!!』

 

アルギュレの拡声器からブラドがカームを挑発する声が響く。

 

カームは教練をよくサボっていたためカタフラクトの操縦を全般的に苦手としているが、つばぜり合いで味方ともみ合う敵だけを撃つとなると、射撃評価で伊奈帆をおさえて学年一位の韻子どころか熟練カタフラクトパイロットですら難しい。

 

そしてスレイプニールはもともと軽装であるためこのような取っ組み合いには向かない。

 

さらにアルギュレは地球連合軍主力カタフラクトのアレイオンより大型であるため、伊奈帆には部が悪すぎる。

 

徐々に押され、集積されていたコンテナを踏み崩しながら伊奈帆のスレイプニールは皆が乗る揚陸艇の方へ押し込まれていく。

 

『蛍、いま。』

 

「了解、ウリャアアアァァァ!!!奇兵隊のお出ましだぜえええぇぇぇ!!!」

 

伊奈帆の合図で蛍はバイクのアクセルを目一杯にして、伊奈帆が踏み崩したコンテナを目指す。

 

彼の後ろでジャラジャラと大きな音をたてて重貨物用の鎖が引きずられており、蛍はコンテナの上をモトクロスのように走り回って、伊奈帆のスレイプニールを押し込んだことでコンテナの中に足を踏み入れたアルギュレの足に鎖を巻きつけ、外れないようにフックをかけるとアルギュレの足下から離れながら、信号弾を撃つランチャーを斜め上方、すなわちアルギュレの方へ向けた。

 

 

「網文、上げろおおおぉぉぉ!!!」

 

『カーム、カメラを切って。』

 

『応よ!』

 

二人がカメラを切ると、蛍が撃った砲弾が輝き、あたりは真夏の日中のように明るくなった。

 

蛍が撃ったのは閃光弾だ。

 

それもカメラの配線を焼き切ったり、スクリーンを焼きつかせて使い物にならないようにするほど強力なもので、伊奈帆はそれを防ぐためにカームへカメラを切るように言ったのだ。

 

一方、アルギュレの全天球型カメラやそれを映すスクリーンは無事であったが、むしろ無事であったため、ブラドには問題が発生した。

 

「グッ・・・失明兵器とは卑怯なり!!」

 

普通ならばカメラの配線が焼ききれるか、仮にそれが無事でもスクリーンが焼き付くような光量を平然とコクピット内に投影したのだ。

 

失明するほどではないが、当面の間は目を開けることはできない。

 

ブラドにはぼんやりとだが、アルギュレの前にいたスレイプニールが離れるのが見え、突如生まれた浮遊感のあと、アルギュレの足が何かに強く引っ張られた。

 

先は気にも止めていなかったが、蛍がアルギュレの足に巻きつけた鎖が強い力で引っ張られているのだ。

 

バランスを崩してアルギュレはブレードを一本落としてしまい、そのまま引きずられていく。

 

その先にあるのは船の荷積み、荷降ろしをするのに使うガントリークレーン。

 

それを操縦する韻子によってクレーンは巻き上げのまま固定され、韻子はクレーンの操縦席から出て、クレーンの上を全力で走る。

 

このクレーンは二つの脚で荷を乗せるトラックや船を跨ぐようにするタイプであるため、クレーン部分が脚をつなぐ長い橋のようになっている。

 

助走をつけるには十分だ。

 

そして彼女はクレーンから飛び立つとすぐパラシュートを開いた。

 

海に向かって吹く陸風に乗って滑空し二番艇を目指していると、アルギュレはとうとうクレーンに逆さ吊りにされ、じたばたと腕を振り回している。

 

その頃、カームと伊奈帆のカタフラクトは揚陸艇に乗り込み、蛍もバイクで揚陸艇に飛び移っていると、エンジンの修理がやっと終わったようで、揚陸艇が排気音をあげる。

 

『僕が合図したら出してください。』

 

伊奈帆が艦橋にむけた通信が、韻子の通信機にも聞こえる。

 

これは言うまでもなく韻子を待っているのだ。

 

これを聞いた韻子はパラシュートを操作して二番艇へ降りようとして、重大な事実に気付く。

 

「・・・ヤバッ!!」

 

『どうかしたの、韻子?』

 

韻子が発した声に伊奈帆が冷静に尋ねてくる。

 

「風が強すぎるの!このままじゃどうやっても揚陸艇を飛び越えちゃうよぉ!」

 

夜の海に落ちるのはまずい。視界が悪いため捜索が困難を極める上、彼女は簡単な通信機しか持っていないため救難信号も出せない。

 

そして敵のカタフラクトが来ている以上、揚陸艇はすぐに出なければならないため、確実に作戦中行方不明・・・死んだものとされるであろう。

 

『僕のカタフラクトを目掛けて飛んで。』

 

「ぶ、ぶつかっちゃうわよ!?」

 

『大丈夫、僕を信じて。』

 

そう言われた韻子は伊奈帆が乗るスレイプニール目掛けてパラシュートを操作する。

 

「(ぶつかる・・・、ぶつかる、ぶつかる!!!)」

 

韻子は衝突したあとの自分をつい想像してしまう。

 

しかしその時、韻子の動きにあわせて少しだけ中腰になった伊奈帆のスレイプニールのコクピットが開き、伊奈帆が両腕を開いて出てきた。

 

「韻子、こっち。」

 

「伊奈帆!!」

 

韻子は伊奈帆に抱きつくようにスレイプニールに飛び降りてパラシュートを外すと、パラシュートは風にあおられて夜闇に吸い込まれていく。

 

「出してください。」

 

『こちらブリッジ、了解!』

 

通信機から祭陽先輩の声がして揚陸艇が発進する。

 

この時、やっと視力が回復したブラドは残っていたブレードを構えたまま、宙吊りにされたアルギュレをゆする。

 

「・・・劣等種め、キサマ等だけは、我が剣で!!」

 

ブラドはアルギュレをゆすった反動でブレードを投てきしようとするが、手が離れる瞬間にアルギュレにミサイルが直撃し、無数のAP弾、HE弾が嵐のように襲いかかる。

 

ブレードは柄の部分まで地面に突き刺さり、アルギュレからは取れなくなったため、防ぐ手立てもなくアルギュレは砲弾の雨を浴び続けた。

 

『アルドノア・ドライブ出力低下』

 

『レーダー破損、通信機破損』

 

アルギュレ内でホログラム投影型ディスプレイがアルギュレのダメージを伝えるが、今のブラドにはどうすることもできない。

 

そんな砲弾の嵐が止むとほぼ時を同じくして基地が爆発し始めた。

 

流れ弾が起爆装置の近くに飛んでいき、偶然それを起動させてしまったのだ。

 

伊奈帆達はすでに揚陸艇の中に入っていたが、爆発の衝撃で横転するのではないかと思うほど船が揺れる。

 

「蛍、やっぱり爆弾を仕掛けてたんだね?」

 

「あぁ、どぉやら暴発しちまったみてぇだけどなぁ・・・」

 

二人はデッキの扉から炎上する基地を見て、アルギュレを砲撃した援軍を見る。

 

その援軍は、地球連合軍第三護衛艦隊所属、強襲揚陸艦『わだつみ』、マグバレッジ大佐の乗艦だ。

 

二番艇はわだつみに収容され、避難してきた民間人が降り、積み込んでいた物資を兵士達が降ろし、それを蛍達一部の民間人が手伝っていると、艦内呼び出しが鳴る。

 

『界塚伊奈帆君、網文韻子さん、宿里蛍君、艦長室まで出向してください。』

 

これを聞いて韻子は少し声を震わせながら伊奈帆に尋ねる。

 

「・・・もしかしてさっきのことで怒られるのかな?」

 

「・・・さあ、何とも・・・」

 

先の出撃は本来、ほめられたものではない。

 

『緊急事態』といっても、まだ二番艇には兵士が乗っていた以上、予備役にない民間人である蛍達が戦うのは戦時国際法上問題だ。

 

「でぇじょ~ぶだって、もしそうでも死にゃしねぇよ。」

 

「まあそう思うけどぉ・・・あ~ん、鬱だわ~!!」

 

韻子は自分の頭をクシャクシャとかき回す。

 

「・・・で、実際どぉなんだ?」

 

蛍が伊奈帆にそう尋ねると、伊奈帆は少し難しそうな顔をした。

 

「ホントに何とも言えないよ、おとがめなしかもしれないし、『処分保留』で何か言われるかもしれないし。」

 

国際法、条約で縛られるのはあくまで国家であり、それにもとづいて法整備され、いわゆる『軍規』が作られる。

 

ならば、民間人はどう扱われるかというと、刑法など一般的な法律が適用される。

 

日本の場合は、準備をした場合『私戦予備罪』、実際に戦って人を死なせた場合『殺人罪』といったふうにである。

 

新芦原での戦闘はまだ『正当防衛』、『緊急回避』といったものが認められるであろうが、今回はグレーゾーンだ。

 

話しているうちに三人は艦長室に到着し、ドアをノックする。

 

「どうぞ。」

 

中からマグバレッジ大佐の声が聞こえると、伊奈帆がドアを開けて最初に入り、蛍、韻子の順でそれに続く。

 

部屋の中では艦長席に座るマグバレッジ大佐の後ろで背の高い女性士官が立って、タブレット端末を持って控えていた。

 

彼女は不見咲カオル、階級は中佐で、『わだつみ』の副長である。

 

「今回の戦闘データを拝見しました。網文さん、あなたが火星カタフラクトを撃退したのですね?」

 

「は、はい・・・やっぱりまずかったでしょうか?」

 

韻子はせめて、『自分だけ』が罰を受けるよう、立案が伊奈帆であったことや、蛍、カームも作戦に参加していたことは意図的に話さない。

 

「たしかに、日本の予備役は高卒からで、あなた方は民間人。本来ならば民間人が戦闘行為に参加するには軍属として連合軍の了承を得るか、緊急でなければ認められません。ですが今回は、二番艇に搭乗していた兵士で即座にカタフラクトを操縦できた者はおりませんから、緊急事態になるでしょう。」

 

マグバレッジ大佐が言わんとすることを不見咲中佐が代弁すると、韻子は胸を撫で下ろした。

 

「よかった・・・あ、それとあの作戦は伊奈帆・・・界塚君が作戦を立てて、アタシはそれに従っただけで・・・」

 

韻子がそう言うのを聞いてマグバレッジ大佐は伊奈帆に向き直る。

 

「界塚?もしかして界塚准尉の?」

 

「ええ、界塚准尉は僕の姉です。」

 

「こんな戦果をあげるなんて、お姉さんも鼻が高いでしょうね。軍人でしたら功一等賞を差し上げるところです。」

 

功一等賞・・・連合軍において、司令官の権限で出せる勲章である。職業軍人であれば給与や昇進の査定にもなるが、今の状況ではせいぜい名誉くらいしか価値がない。

 

「それと、宿里君・・・貴方はこの件とは別件です。」

 

それを聞いた蛍は心当たりを思い浮かべる。『新芦原での命令無視』『基地のバイク無断使用』・・・

 

「新芦原での戦闘データを見る限り、貴方が単独で新芦原に現れたカタフラクトを破壊したようですが、その事を口頭でいいので報告をお願いします。」

 

「え?あ、あぁ、そう言えばそうッスね。」

 

蛍は新芦原での戦闘を要所要所かいつまんで報告する。煙幕で視界を奪い、バイクで罠に誘導、脚を壊してガソリンで焼いたあと、脱出したパイロットを捕縛しようとしたところ自決されたと。

 

「・・・なるほど、わかりました。不見咲君、今のお話、録音しましたか?」

 

「いえ、言われてませんでしたので・・・」

 

「ハァ・・・不見咲君、キミがモテない理由を教えてあげましょうか?」

 

「女は慎ましく殿方を待つものだと聞きますが?」

 

「待つのと何もしないというのは違います。」

 

少し理不尽なことを言うマグバレッジ大佐に、蛍は意を決して頼み込んだ。

 

「大佐殿、お願いがあります。」

 

「どうなさいました?」

 

マグバレッジ大佐がそう尋ねると、

 

「連合軍に志願させてください!!」

 

蛍がそう言うと、韻子と伊奈帆は驚いて蛍を止める。

 

「・・・バカなこと言っちゃダメだよ。」

 

「そ、そうよ!別に徴兵されてもないんだから、今までどおりでいいじゃない!!」

 

「ワリィけどよぉ、コイツぁ俺の問題だ、いくらナオの字でも言うことは聞けねぇ。」

 

驚く伊奈帆、韻子、不見咲中佐とは対称的に、マグバレッジ大佐は蛍が言うのをわかっていたようにため息をつく。

 

連合軍の規定では、今のような非常時では志願兵を受け入れるか否かは現場指揮官、すなわちマグバレッジ大佐の裁量に委ねられている。

 

そして今、志願兵を突っぱねた場合、後々、どうしても民間人を徴用、または徴兵しなければならなくなった時、軋轢を生じる可能性がある。

 

彼が文句を言わなかったとしても、徴用、徴兵を正当事由なく拒否する者が、『前に志願兵がいたらしいけど、その時は突っぱねたのに必要になったら無理矢理引っ張るのか』などと言い出すかもしれない。

 

マグバレッジ大佐としては、痛いタイミングで蛍は志願を申し出たのだ。

 

そして同時に、マグバレッジ大佐は新芦原を脱出した時に感じた彼の危険性、そしてそれに対処するには今のうちに軍に入れ、首輪をつけておいたいいとも判断した。

 

「わかりました、すぐ面接に入りましょう。非常時ですから、書類審査は省略します。不見咲君、新芦原の住民台帳と芦原高校から彼のデータをお願いします。」

 

「了解しました。」

 

不見咲中佐はタブレット端末でわだつみにコピーされている住民台帳から蛍の戸籍、住民票、芦原高校での評価を検索して、見やすいようにデータを整理してマグバレッジ大佐に渡した。

 

「ふむ・・・こういった気配りが普段からできれば、貴方もモテるでしょうにね。」

 

また軽いセクハラ発言をして、伊奈帆と韻子に退室を促して蛍の面接を始めるのであった。

 




書いてて思いましたが、この揚陸艇、いくら基地の物資を積めるだけ積んだとはいえいろいろ積み過ぎじゃないかな~と思います。
パラシュートとかなんであるんだよと。

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