【A/Z】蛍へ~銃と花束を~   作:Yーミタカ

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第三話 反撃ののろし

 伊奈帆達の作戦会議の翌日、まだ日も昇らぬ時間に寒空の下で、ヴァース帝国の軍服を着た少年が自分の乗ってきた輸送機を整備していた。

 

「・・・姫さま・・・」

 

彼は呟きながら、輸送機を着陸させた航宙船発着場のターミナルビルを眺める。

 

そのビルはアセイラム王女がパレードまで貸し切りで滞在していたのである。

 

彼の名はスレイン・トロイヤード、研究者であった父と共に火星へ密航し、事故で生死の境をさ迷っていたところをアセイラム王女に救われ、以後、地球のことを教えるため、付人のようなことをしていた。

 

 

 

 数日前、地球へ向かう航宙船の展望室で、スレインはいつものようにアセイラム王女に地球の話をしていた。

 

「青いキレイな星・・・ねえ、スレイン、地球では水や空気に青い色がついているのですか?」

 

「いえ、水や空気は透明です。しかしそれが、たくさん集まることで、屈折とか・・・そういうので、青く見えるのです。」

 

余談であるが、屈折ではないと添えておく。

 

それはさておき、アセイラム王女は大喜び。

 

「光を歪めてしまうほどの水と空気・・・なんと豊かな星なのでしょう!」

 

そんな時、展望室にクルーテオ卿が入ってくる。

 

「姫様、もう夜も遅うございます、どうか、御寝所へ。」

 

「あら、もうそんな時間ですの?ここにいると、時間が過ぎるのを忘れてしまいますわ。」

 

航宙船の時間は、いわゆる時差ぼけを起こさないよう、ヴァース標準時間から三ヶ月あまりをかけて少しずつ地球、新芦原の時間に修正されており、今は夜の10時を指している。

 

挨拶をしてアセイラム王女が展望室を出ると、クルーテオ卿はスレインの腹にパンチを入れた。

 

「ゴホッ!!」

 

「あまり図に乗るなよ、地球人風情が!」

 

鳩尾を殴られ、スレインは膝をつく。

 

彼は、アセイラム王女が親善大使の任に就く折に、火星から地球までの護衛であったクルーテオ卿が召し抱えることとなっている。

 

しかし、密航したとはいえ多大な功績をあげた彼の父とは違い、何の後ろ楯もない彼はただ、忌み嫌われる存在なのだ。

 

それが、父の死後、顕著になってきている。

 

「姫様の気まぐれは致し方ない、しかし、飼い犬の粗相は飼い主の責任であるからな。」

 

クルーテオはスレインを残し、展望室を出る。

 

この時はまさか、アセイラム王女の最も望まぬ事態になるとは、彼は夢にも思っていなかった。

 

 

 

『おい、地球人!!』

 

通信が入り、王女を想うスレインの思考は中断される。

 

「トリルラン卿、どうなさいましたか!?」

 

『そろそろ夜があける。ネズミ共が動きだすころだろう、貴様もすぐ動けるようにしておけ。』

 

と、一方的に命令され通信が切れる。これを聞き、スレインはため息をついた。

 

「(また、姫さまの望まぬ虐殺が始まるのか・・・)」

 

彼としては地球との戦争などアセイラム王女の望むところではないと考えており、どうにか和平できないかと思うが、彼は何の力も持たない、ただの一兵卒にすぎない。

 

「(姫さま、このスレイン・トロイヤードの不忠、お許しください。)」

 

スレインは輸送機に乗り込み、いつでも飛び立てるようにエンジンの暖機をしながら胸の内で呟いた。

 

 

 

 その頃、芦原高校では伊奈帆達が出撃に際し、員数が足らずに右往左往していた。

 

「ねえ、いた!?」

 

「いや・・・カームは?」

 

「こっちもだ、蛍のヤロー、怖じ気づきやがったのか!?」

 

蛍が作戦前に姿を消したのだ。どこかで寝過ごしているのかと考え皆で探したがどこにもいない。

 

「みんな、大変よ!」

 

倉庫に、避難民誘導をしていたユキ姉が駆け込んでくる。

 

「今、点呼を取ってたんだけど三人足りないの!」

 

「ユキ姉、落ち着いて。足りないのは?」

 

伊奈帆にそう言われてユキ姉は深呼吸して、

 

「まず、ライエちゃん・・・私が連れてきた子ね、それとナオくんと一緒に来たっていうセラムちゃんとエデルリッゾちゃんが・・・ナオくん、どうしたの?」

 

伊奈帆の顔が、いなかった者の名を聞いてユキ姉や韻子でなくともわかるほど青ざめる。

 

「わたくし達でしたらここに。」

 

皆が声のした方を見ると、そこにはセラム、そしてその妹のエデルリッゾがいた。ユキ姉とは違う通路を通ってきたため見つからなかったようである。伊奈帆が二人を見て安堵する中、ユキ姉は二人をしかる。

 

「もう、二人とも、勝手に離れちゃダメでしょ?」

 

「すみませんが、ユキ姉さん、わたくしはここに残りますわ。」

 

「ひめさムグ・・・」

 

エデルリッゾの口を押さえ、セラムは続ける。

 

「わたくしには、なさねばならない使命があります。」

 

そう言ったセラムを指してカームは、

 

「中二病?」

 

と韻子に耳打ちし、肘打ちをもらう。

 

「セラムさん、これは遊びでも訓練でもありません。それはわかっていますか?」

 

伊奈帆がそう尋ねるとセラムは頷く。

 

「ええ、それに先ほどのお話ですと、手が足りないのでしょう?」

 

伊奈帆は思案する。カタフラクトパイロットが三人、トレーラー運転手が一人の計四人が最低でも必要になるが、ユキ姉は添え木で固定した左腕を三角巾で吊っており、参加できない。

 

そして今から避難民に協力をあおぐ時間もない。

 

「わかりました、では、お願いします。」

 

伊奈帆がそう言うと、韻子とカームは当然ながら反対した。

 

「い、いいの!?」

 

「ってか、蛍は探さないのか!?」

 

「出来ることなら蛍は見つけておきたかったけど、ダンゴムシがいつまでも待ってるとは限らないし、動きだしたら不利なのは僕たちだ。代わりになってくれるなら願ってもないことだよ。」

 

「かもしれないけど・・・」

 

そう言った韻子がセラムを見ると、内容は聞き取れないがエデルリッゾと口論しているのが見えた。

 

「もう、喧嘩はダメよ?」

 

「むぅ・・・じゃあ、わたしも一緒に行かせて!!」

 

「え、ええ!?」

 

ユキ姉が仲裁に入ると、エデルリッゾはユキ姉にそう言って志願する。

 

「だ、ダメよ!エデルリッゾちゃんはまだ、教練も受けてないでしょ!?」

 

「トレーラーくらい、わたしにも動かせるよ!!」

 

「あ、あのね・・・」

 

「出来なくはないと思うよ。」

 

ユキ姉とエデルリッゾの間に、伊奈帆が割って入る。

 

「昨日、聞いたんだけど、外国じゃ教練を受けるのが中学とか、小学校高学年ってところもあるんだ。エデルリッゾはそれで教練を修了してるって。」

 

「そ、そうなの?」

 

ユキ姉がエデルリッゾにそう尋ねると何度も力強く首肯する。

 

「それにその子、お姉さんのことが心配みたいだから多分、隠れてでもついてくると思う。それくらいなら、見えるところにいてくれた方がまだマシだよ。」

 

伊奈帆がそう言うとユキ姉は頷く。

 

「仕方ないわね・・・わかったわ、私もこんな腕じゃなかったら行きたいけど・・・」

 

「そればっかりは仕方ないよ。じゃあ、避難民の誘導は任せたから。」

 

そう言って伊奈帆は皆を集めて、担当を割り振る。

 

韻子とカームは煙幕用のカタフラクトパイロット、エデルリッゾがトレーラー運転手、セラムがスモークグレネード射手、そして伊奈帆がスモークグレネード射手兼奇襲用カタフラクトパイロットだ。

 

 

 

 朝日が東の地平線から顔を出したのと時を同じくして、トレーラーが学校から発車し、韻子とカームのカタフラクトがそれに続く。

 

その後ろ姿を見送ったユキ姉は、避難民達の所へ行く前に、上空に向けて赤い信号弾を三発打ち上げた。

 

これは『戦闘開始』を意味する。

 

救助隊を編成していた鞠戸大尉達はこの信号弾を見つけ、すぐに救助のための揚陸挺を発進させた。

 

 

 

 一方、この信号弾は言うまでもなくニロケラスのパイロット、トリルランも発見しており、ニロケラスの『鷹の目』でトレーラーとカタフラクト二体を捕捉した。

 

「ネズミはおらぬか・・・そうかなるほど、土人共を囮にしてここから離れさせた後に脱出する所存か!しかし、こちらがわかっていれば問題はない、出てきたところにきびすを返せばよいのだからな!」

 

トリルランはニロケラスをトレーラーに差し向け、トンネルの前の道を開けたその時、トンネル内で避難民の一人が運転するハンヴィーが暖機を始めた。

 

「まだです・・・あと22秒・・・」

 

ハンヴィーの助手席ではユキ姉が秒読みをしている。

 

結局蛍とライエは見つからなかったが、伊奈帆が言うには、

 

「仮に逃げたんだとしても、蛍がいるなら合流できるはず。」

 

とのことで、二人は不在のまま脱出することとなった。

 

 

 

 伊奈帆達は当初の予定通り空へ向けてスモークグレネードを放ち、煙幕を焚いて新芦原上空を真っ白に染める。これにより、ニロケラス内ではトリルランが発狂していた。

 

「小癪な劣等種どもがあああぁぁぁ!!!」

 

ニロケラスに表示されているカメラ映像は全て真っ白。

 

ニロケラスの『鷹の目』とは、伊奈帆がにらんだとおり新芦原上空に飛ばした無人偵察機のことであったのだ。

 

しかし、上空にまかれた煙幕によって視界は完全に遮られ、ニロケラスは遮蔽物もない住宅地で動きを止めてしまった。

 

その頃、トンネルではユキ姉が秒読み10秒を切って、

「3・・・2・・・1・・・今です!!」

 

と合図すると、ハンヴィーがアクセル全開でトンネルから飛び出し、煙幕に包まれた新芦原を駆け抜ける。

 

こちらはそのまま港へ向かえばそれで作戦完了である。

 

その頃、動きを止めたニロケラスは周囲を飛行していたスレインの輸送機に通信を入れ、トレーラーやカタフラクトの位置を確認している。

 

「おい、地球人!奴らは今、どこにいる!!」

 

『・・・いました、市街中心・・・わあ!?』

 

爆音と共に通信が途絶え、ニロケラスのカメラに、煙幕の切れ間からエンジンに被弾して墜落する輸送機の姿が映る。

 

「使えぬヤツだ・・・まあよい、方向さえわかれば!」

 

と、ニロケラスをトレーラーに差し向けたその時、バリアに反応が出る。

 

歩兵用小銃の照準用レーザーと高速弾らしき物体が衝突したと出ているのだ。

 

方向は五時方向、下方45°である。

 

「そのような豆鉄砲、カタフラクトに効果があるわけなかろうに・・・」

 

『オイ、そこの腰抜け!テメェにネズミのシッポぐれぇの勇気があんなら、バリア解除して捕まえてみろやぁ!!』

 

小銃弾を撃たれた方から拡声器を使った声が響く。

 

『ほら、アリアーシュ、オメェも・・・』

 

『わかったわ、コホン・・・や~い、臆病者~!私はここよ、捕まえたかったらバリアを解除してみなさい!!』

 

ニロケラスはライエの声を拾うとそれを分析し、

 

『声紋一致、ラット5』

 

と、カメラとは別に立体映像式ディスプレイを表示した。

 

「ふむ・・・ネズミめ、そこにいるのかあああぁぁぁ!!」

 

ニロケラスが表示したデータを見たトリルランは拡声器でそう叫び、暴れ始める。

 

それを見た蛍はライエに、

 

「乗ってきたな・・・行くぜぇ、アリアーシュ、しっかりつかまってなぁ!!」

 

と言って、ニロケラスの腕を避けながらバイクを走らせた。

 

二人は作戦開始より早く共同溝を使って別の出口から外に出ていたのだ。

 

その道は狭く、大人数が動くには向かない上に出口が新芦原市役所・・・大型車両もなく、港からも遠く、脱出には不向きなため伊奈帆も廃案にした作戦にしか考慮に入れていなかった。

 

しかし、少人数・・・二人とバイク一台なら余裕があるくらいの広さだ。

 

蛍達がバイクで逃げたのにも気付かず、トリルランはニロケラスの腕をめちゃくちゃに振り回していると、煙幕で真っ白な偵察機からの映像に、妙なものが映っているのを見つける。

 

「ネズミめえええぇぇぇぇ!!!む?」

 

細く、赤い線が一本、そしてその赤い線は銃撃があった方から伸びており、猛スピードで離れていっている。

 

その線の正体は煙幕の中でも正確な射撃をするための照準用レーザーポインタだ。

 

光の波長が長いため、煙幕によってさえぎられないのである。

 

トリルランはそれを見てニヤリと笑う。

 

「ククク・・・間抜けな子ネズミめ、尾が丸見えだ!!」

 

そして彼は、レーザーポインタの光を目印にして蛍達を追いかけ始めた。

 

 伊奈帆達の方では韻子が輸送機を撃ち落とした直後に、伊奈帆にカームから通信が入っていた。

 

「オイ伊奈帆、ダンゴムシの様子が変だ!」

 

「変?どう変なの?」

 

伊奈帆はその時トレーラーに乗っていたため、ニロケラスの様子は見えていなかった。

 

そしてカームや韻子からはニロケラスは見えるが、距離があるためニロケラスの拡声器から発せられる声は聞こえていなかったのである。

 

「何て言うか、ハエでも追い払うみたいに腕を振り回して・・・あ、動きだしたぜ!」

 

ニロケラスは腕を振り回すのをやめ、伊奈帆達の隊とは反対方向に走り始める。

 

この時、避難民のハンヴィーはすでに戦闘区域を抜けてしまったため、ハンヴィーを追っているわけではないし、港とも反対方向だ。

 

伊奈帆達は一端、目的地の河口付近にかかる橋で合流し、方針を話しあう。

 

「ね、ねえ、ここはもう離れていいんじゃない?あいつもよそに行ったし・・・」

 

「なんだよ韻子!お前までビビっちまったのかよ!?」

 

「違うわよ!ただ、深追いして、伊奈帆やアンタ、それにセラムさん達に何かあったらどうすんのよ!?」

 

韻子とカームが口論を始める。

 

そんな中、伊奈帆はカタフラクトの上で、ニロケラスが走っていった方をずっと眺めていた。

 

「ねえ伊奈帆、もうユキさん達も逃げ切ったはずよ?作戦は完了よね?」

 

「いや、まだオコジョの仇を討ってねえ!」

 

二人がリーダーである伊奈帆に判断をあおぐと、伊奈帆は、

 

「・・・追いかけよう。」

 

と、答えた。

 

「ちょっと伊奈帆・・・たしかに、オコジョはアイツに殺されたけど、冷静になって・・・」

 

「大丈夫、僕の考えが正しければ追い付いた時には、ダンゴムシはスクラップになってる。」

 

伊奈帆がそう言った時、海から揚陸挺が一隻、汽笛を鳴らしながら河岸に乗り上げる。

 

「オォイ!!ガキどもおおおぉぉぉ、無事かあああぁぁぁ!!!」

 

鞠戸大尉がそう叫びながら揚陸挺から飛び降り、ユキ姉がそれに続いて降りてくる。

 

二人を見た伊奈帆はカタフラクト、そしてトレーラーから降りて二人を迎える。

 

「界塚弟、蛍・・・宿里は?」

 

鞠戸大尉が伊奈帆にそう尋ねると、伊奈帆は黙ったまま市街地・・・ニロケラスが走っていった方を指した。

 

「え・・・ナオくん、蛍くんは大丈夫って・・・」

 

「案内するから、カタフラクト、乗せてください。」

 

と、ユキ姉に聞かれても伊奈帆は最低限のことしか言わず、鞠戸大尉達は仕方なく三体のカタフラクトと伊奈帆以下四名を揚陸挺に収容して、伊奈帆の言う通りに河を上って市街地に向かう。

 

 

 

こうして伊奈帆達が追う形となったニロケラスはまだ赤い光を追いかけていた。

 

この機体はどんなものでも即座に消滅させてしまうバリアを搭載しているため基本的に障害物を無視して進むことができるが、赤い光もバイクであるため小回りが利き、障害物をものともせずに進んでいく。

 

「ええい、ちょこまかと・・・」

 

トリルランは赤い光を追いながら焦りと苛立ちを浮かべ始めていた。

 

順当に考えればいくら小回りが利く相手でも、ニロケラスは障害物を無視して進めるのだから追いつけるはずだ。

 

しかし、ニロケラスが走っている場所は小さな坂や段差、倉庫のような建物に運動場や公園、工事現場など舗装されていない非整地、それも足をとられるような障害物がゴロゴロ転がっており、トリルランは転倒を怖れて速度を出せないのである。

 

ニロケラスのバリアは何でも吸収、消滅させる反面、接地面である足の裏に張ってはマントルどころか惑星の核まで突き抜けてしまうのでバリアが張られていない。

 

そのため、煙幕で目隠し状態のニロケラスでは先のような足場の影響を多大に受けてしまうのである。

 

「ネズミめ・・・人を小バカにしおってからに!!」

 

しかしこの鬼ごっこは突然終わりを迎える。

 

かなり距離を離されていたのに、赤い光が急に止まったのだ。

 

すぐさま捕まえようと追いすがるトリルランであったが、違和感を感じてニロケラスの足を止めた。

 

レーザーポインタは止まる直前はまっすぐ進んでいたことと、直進し始めたあたりでニロケラスのバリアには何の反応もないところから広い道路を走っていると、トリルランは考えたが、とするとバイクはなぜ止まったのかと考えたのだ。

 

「(待て待て、なぜこやつらは、小銃などで囮を・・・?そもそも、ネズミが奴等を囮にして逃げおおせようとしているであろうに、なぜ自分の居場所をばらす?)」

 

ふと沸いた疑念に、トリルランは思考を巡らせる。

 

「(小銃弾ではニロケラスの鉄壁が無くともかすり傷すら与えられない、いっそ解除して周囲を目視すべきでは・・・)」

 

そう考えたトリルランはバリアを解除しようと、ホログラム式キーボードを呼び出して操作しようとした。

 

しかしその時、またもや拡声器でライエが挑発してくる。

 

『や~い臆病者!バリアが無いと何もできないのか~!悔しかったらバリア解除してみな~!!』

 

これを聞き、トリルランは操作する手を止める。

 

「(そうか、わかったぞ、こやつの浅知恵!我がニロケラスの鉄壁をこちらで解除させるのが目的か!!おそらく、解除した瞬間に煙幕をばらまいた連中が飛びかかると言う算段!!)」

 

彼の中で結論が出た瞬間、ニロケラスはまた動き始める。

 

「ふははははははっ!!!貴様の浅知恵、このトリルランに見抜けぬと思ったか!!!」

 

ニロケラスが拡声器で高笑いしながら赤い光に飛びかかろうとすると、その光は突然、消滅する。

 

「フ・・・今さらムダなことを・・・」

 

トリルランは光が消えた場所めがけて突っ込んでくる。

 

 

 

時間を少し遡り、蛍とライエがニロケラスを挑発し、バイクで逃走を始めたあと、蛍はある場所でバイクを急停止させ、ライエがバイクから飛び降りた。

 

「頼むぜ。」

 

そう言った蛍にライエは首肯して目的地に走り始めると蛍はバイクを旧市街に向けて走らせた。

 

一方、バイクを降りたライエはある場所に向かう。

 

「・・・着いた!」

 

彼女が向かったのは蛍がガソリンを拝借したガソリンスタンドであった。

 

そこに乗り捨てられているタンクローリーに積載されているガソリンを確認する。

 

「(満載・・・スタンドに移す前に逃げたのね。)」

 

確認を終えるとライエはタンクローリーに乗り込み、指示された水路に向かった。

 

その水路は新芦原中を流れる川の、流れを変えて本流に逃がすもので、その中でも比較的大きなものである。

 

水路にタンクローリーを無理やり降ろし、車幅ギリギリの道を走り、目的の場所・・・旧市街の廃墟群を目指し、ライエは疾走する。

 

「(ホントにうまくいくのかしら?)」

 

そう疑問を胸にするライエが目的地に着くと、蛍から持たされていた対カタフラクト地雷を屋根の上に敷設し、発煙筒を焚いて蛍に合図した。

発煙筒の煙は新芦原上空を覆う煙幕と同じ白色で、ニロケラスの無人偵察機のカメラには映らないが、人間の目の高さから見れば地面から立ち上っているのが確認できる。

 

それを見て蛍は発煙筒の煙を目印に走り、ライエの隣にバイクを停めた。

 

彼女は水路にかかる歩行者用の橋の上で待っており、その橋の下にはタンクローリーが水路を斜に渡すように停車され、屋根には対カタフラクト地雷が設置されている。

 

「アイツはどうしてる?」

 

「上々だぁ、ヤロゥ、どこ走ってるのかも気づいてなかったみたいだぜ。」

 

蛍は旧市街に入ってずっと、同じところをぐるぐると回っていただけなのだ。

 

トリルランはそれをレーザーポインタを頼りに追いかけていたため、スイカ割りで目隠しをしてその場で回転した時のように、自分の位置や方向感覚を失っていたためそれに気づかなかったのだ。

 

「・・・来たぜ!」

 

ニロケラスが足元を気にしながらやって来て、いざ水路までの直進に差し掛かると急に足を止めた。

 

「・・・どうしたのかしら?」

 

「あンにゃろぅ、ここまで来てビビりやがったな・・・」

 

「ちょっと、拡声器貸して!!」

 

ライエは言うが早いか、蛍から拡声器を引ったくり、スイッチを入れて、

 

「や~い臆病者!バリアが無いと何もできないのか~!悔しかったらバリア解除してみな~!!」

 

と、ニロケラスを挑発した。

 

「逆に警戒されねぇか?」

 

「賭けよ賭け!ダメなら両手挙げて逃げるだけよ!」

 

ライエがそう言うのを聞いて蛍はあたりを見回す。

 

今までニロケラスは目隠しで走っていたのだから蛍は逃げきれていたのであり、もしバリアを解除して追いかけられてはまず逃げ切れない。

 

そして、逃げ込めそうな場所というと、水路が地下に潜るトンネルだけだ。

 

しかしこのトンネルは地上からは行き止まりになっており、唯一他所へ繋がっている水路も四角い金網のような蓋がされており、蛍ですら開く自信はない。

 

『ふははははははっ!!!貴様らの浅知恵、このトリルランに見抜けぬと思ったか!!!』

 

ニロケラスから高笑いが響き、蛍は逃げ道を探す必要が無くなったことに安堵する。

 

「うへぇ・・・引っ掛かるモンだなぁ・・・」

 

「こういうのは単純な方が上手くいくのよ。さ、行きましょ?」

 

「あぁ・・・ン?」

 

蛍はバイクのアクセルを吹かそうとするが、急にエンジンが止まり、まったく反応しなくなる。

 

「どうかした?」

 

「ヤベェ・・・バッテリーあがってやがる!!」

 

それを聞きライエは顔面蒼白となり、

 

「ど、ど、どうするのよ!?まさか走って逃げるなんて言わないわよね!?」

 

「ったりめぇだ!根性でどうこうなりゃしねぇよ!!」

 

蛍はそう言いながら、先ほど考えていた唯一の逃げ道・・・蓋をかぶせられた水路をにらみつける。

 

「クソが!!」

 

蛍は水路に飛び降り、蓋に手を突っ込む。

 

金属製で、長方形の網のような蓋は人力で持ち上がるような重さではないが、蛍はそれを背筋と足の力まで使って持ち上げる。

 

しかし、網にかけられたのは指だけであるため力がうまく入らず、蓋を足先が入るくらいまで持ち上げるのが限界であった。

 

それを見たライエはアサルトライフルの弾倉を外して弾丸を排出すると、銃床を蓋の下に差し込み、近くに落ちていた瓦礫を土台にしてシーソーのようにする。

 

「手伝う!!」

 

ライエは銃身を両手で押し下げようとするが手の力ではびくともしない。

 

業を煮やした彼女が銃身に座り体重をかけるが、それでも拳二つほどしか蓋は持ち上がらない。

 

だが、蛍にはそれだけで十分であった。

 

「ッ!デカした!!うりゃあああぁぁぁ!!!」

 

蛍は蓋の下に手を入れて、全身のバネを使ってほとんど放り投げるようにしてそれをひっくり返した。

 

蓋がされていたことからわかると思うが、水路は水量が多いため流れが早く、そして深い。

 

「泳げるか?」

 

蛍がライエに確認すると彼女は首を横に振る。

 

「なら、大きく息を吸って止めろ!」

 

蛍の言ったとおりにライエが息を止めると、蛍はライエを抱きかかえて水の中に飛び込んだ。

 

アサルトライフルはライエが座った時にレーザーポインタが壊れ、銃身も曲がってしまったため捨てていく。

 

念のためだが、銃身が曲がったのはライエが重すぎたためではなく、本来想定していない使い方をしたためであることを彼女の名誉のために補足する。

 

二人が水路に飛び込んだ瞬間、ニロケラスは歩行者用の橋を踏み抜き、その下に置かれていたタンクローリーの屋根いっぱいに敷設された対カタフラクト地雷が炸裂して足を破壊されながらタンクローリーに覆い被さるように倒れる。

 

タンクローリーに満載されたガソリンは地雷の爆発そのものでは引火しなかったが、ニロケラスが倒れこんで破壊したタンクローリーから出た火花で着火し、ニロケラスを火だるまにする。

 

火だるまになったニロケラスの中で、トリルランはバリアを再起動しようとしていた。

 

ニロケラスのバリアは転倒した際、地面を消滅させながら惑星の核に向かって落下するのを避けるため、安全装置がかかってバリアそのものが停止する。

 

そして現在、足が破壊されたニロケラスの中で全方位型スクリーンが映す火の海を見て、トリルランはパニックを起こしたのである。

 

人は危険に瀕した際、思わぬ行動を取ることがある。

 

例えばアクセル、ブレーキ踏み間違い事故、あるいは火災現場で非常口をめぐるパニックなど、冷静な思考ができていればたいしたことがないミスが大惨事につながる。

 

トリルランはまさにそうなっていたのだ。

 

足が破壊されたとしても、はってでも炎の中から脱出すればいいのに起動しないバリアを再起動しようとばかりしている。

 

カタフラクトもある程度は耐熱処理をしているが、2000℃を超えるガソリンの燃焼温度で長時間焼かれるなど想定していない。

 

ニロケラスは駆動部や精密機器、そして熱に弱い部品が焼かれ、融解し、コンピューターがアラームを鳴らし続ける。

 

『警告  機体温度危険域です パイロット保護のため脱出装置を起動します』

 

とうとう、ニロケラスは機体が爆発する危険性を察知し、そう警告する。

 

「な!?ま、待て、ここは敵陣の・・・」

 

ど真ん中と言い切るより早く、ニロケラスはトリルランを操縦席ごと排出し、炎上するニロケラスから脱出させると熱に耐えられなくなったニロケラスはとうとう爆散したのであった。

 

 

 

 これが昨日の作戦会議で伊奈帆が話した『もう一つの案』だ。

 

「あのカタフラクトって、どうやって立ってるんだろうか?」

 

蛍がもう一つの案を尋ねると、伊奈帆は皆にそう尋ねた。それにカームが答える。

 

「んなもん、普通に・・・あ、そうか!」

 

「そう、あのバリアを張ってたら、地面を突き抜けてしまう。ならば脚部、最低でも接地面はバリアが無い。」

 

ここまでは普通に考えられる。問題はここからだ。

 

「じゃあ、あのカタフラクトは転倒したらどうなるのかな?」

 

「・・・バリアで地面を消滅させながら地球の中心まで一直線?」

 

韻子が自信無さげに答える。すると伊奈帆は首を横に振って、

 

「さすがにマントルで溶けると思うけど、そうならないための安全装置があると思う・・・たとえば、傾きに応じてバリアの形を変えるとか、バリアをオフにするとかね。」

 

そう言った伊奈帆の言葉で蛍はピンときた。

 

「あンのカタフラクトをスッ転ばそうってワケか!?」

 

と、蛍が言うと伊奈帆はうなずいた。

 

そして伊奈帆は転ばせ方、場所、もしバリアがオフになったとき破壊する手段を話した。

 

破壊する手段は、元はカタフラクトの一斉射撃であったが、それができないため、ガソリンを使った炎の海で代用している。

 

そしてそれがどれだけ危険であったかは、今蛍が水路から見上げる光景が如実に物語っている。

 

「(半分成功ってとこかぁ?ガソリン多すぎたな・・・)」

 

水流に乗ってタンクローリーを離れた蛍たちであったが、オレンジ色の炎が水面を撫でていくのを水中から眺め、蛍は心の中で舌打ちする。

 

蛍の予想では水路の上はそれほどひどく炎上しないと考えていたが、実際には水路が地下に潜るトンネルの中まで炎が燃え広がっており、かなり奥まで泳ぐ必要がある。

 

しかし彼は今、左腕でライエを抱えており、さらに彼女は蛍にギュッと力強く抱きついているためうまく泳げない。

 

やむを得ず水流に乗って、壁面に捕まれそうなところを探りながら炎を逃れている。

 

「(あと少し・・・?おい、どうした?おい、アリアーシュ!?)」

 

まだ炎が水面を照らしているというのにライエが急に蛍の腕を振りほどこうとし始めたのだ。

 

今、水面に顔を出せば間違いなく大火傷だ。

 

「(バカ!!よせ!!)」

 

蛍は視界が悪い中、一つの結論に至る。

 

ライエは息切れしているのだ。

 

通常、何もせずに人間が潜水する場合、50秒が限界だと言う。

 

だが、動いていた場合や、泳げないことから来るプレッシャーによって過剰に酸素が使われればこの時間は著しく短くなる。

 

30秒がいいところであろう。

 

対して蛍は意識を保てる限界いっぱいで90秒は潜ることができるため、ライエが息を止めていられる時間を失念していたのだ。

 

彼女はすでにまともな判断ができる状態ではなく、失禁、チアノーゼなど、意識が途切れる兆候が現れている。

 

「(クソッ!!このままじゃ俺まで・・・仕方ねぇ!)」

 

蛍は暴れるライエの頬を左手で押さえ、手探り・・・否、口探りでライエの唇を探す。

 

ライエは死に物狂いで水面を目指していたため頬をなめる触感に気付かず、それに気付いたのは蛍の口が彼女の口をふさいだ時であった。

 

密封されたライエの口の中に蛍が吐き出した呼気が注がれ、途切れかけた意識が戻ってくる。

 

ライエの意識が戻った時、今度は肺の中の空気を全てライエに渡した蛍の意識が遠のき、しっかり掴んでいた水中のはしごを手放し、二人は急流に流されていく。

 

 

 

「プハッ!!」

 

流されたのが結果的に二人の命をつなぐこととなった。

 

蛍はライエを抱えたまま流され、水面に顔を出して肺に新たな空気を送り込んだライエは、流れが緩やかになったところで水から上がるはしごにつかまり、蛍の頬を叩く。

 

「しっかり・・・しっかりしなさいよ、バカ!!」

 

いくら意識を取り戻したとはいえ、ライエの力では90キロ近い蛍を水から引き上げることなど不可能だ。

 

「・・・さっきの借りを返すだけだからね・・・」

 

少しためらいながらライエは、蛍が聞いていないのはわかった上で、自分に言い聞かせるように呟くと蛍に口づけし、息を吹き込んだ。

 

強制的に肺へ空気を送り込まれた蛍は反射的に空気を吐き出し、一緒に吐き出した水をライエの顔に吐きかける。

 

「ゲホッゴホッ!!」

 

「・・・ここ、つかんで上にあがって。」

 

少し不快感を顔に出したあと、ライエはそう言って蛍を水からあがらせ、コンクリートの上に仰向けに倒れた蛍の横で、彼の方を向いて横になる。

 

「・・・生きてる?」

 

ライエがそう尋ねると蛍は横目でライエを見て、

 

「・・・死ンでっかもなぁ・・・女神サマが見えるぜ・・・」

 

「バカ言う元気があるなら、大丈夫ね。」

 

二人は軽口を叩き合いながら、意識がしっかりするのを待っていると、上の方で爆発音が聞こえたあと、少しして何かが地面に落ちた音が聞こえた。

 

「・・・行くか?」

 

「ええ、早くしないと逃げられるわ。」

 

二人はそう言って立ち上がり、近くのマンホールから地上に出た。

 

ニロケラスの爆散は伊奈帆達が乗る揚陸挺からも見え、伊奈帆は呟く。

 

「やっぱり・・・」

 

これを見たユキ姉は、

 

「あの方角、ナオくんが却下した作戦の・・・」

 

と、確認するように尋ねるが伊奈帆は何も答えない。

 

「すごい音したけど・・・うわぁ・・・」

 

韻子がカタフラクトを乗せたデッキに上がると、もくもくと立ち上る黒煙と炎に絶句する。

 

「旧市街の廃墟群なのがせめてもの救いかぁ?」

 

韻子を追うように出てきた鞠戸は、入れ違いに中へ入ろうとした伊奈帆を捕まえる。

 

「なぁ、界塚弟よぉ、そろそろ話しちゃあくれねぇか?な・に・が・あ・っ・た?」

 

かなり強い調子で鞠戸大尉に聞かれた伊奈帆は『却下した作戦』の全貌を鞠戸大尉に話した。

 

煙幕を撒いた後、照準用レーザーとバイクで囮が旧市街まで誘導し、地雷で足を壊しカタフラクトの一斉砲火を浴びせる予定だったが、炎や煙の上がり方からして大量のガソリンで代用したらしいのも含めて全て、危険きわまりない作戦を。

 

鞠戸大尉は一部始終を聞いて伊奈帆の胸ぐらをつかむ。

 

「テメェ、そりゃほた・・・宿里に死ねって言ってるようなもんじゃねぇか!?」

 

「大尉、暴力はいけませんよ、暴力は!!」

 

「き、教官、やめてください、伊奈帆は却下したのを蛍が勝手にやった・・・」

 

ユキ姉と韻子が間に入って鞠戸大尉を止めようとしたが、伊奈帆は二人を静止する。

 

「いいんだ、僕があんなこと言ったせいで蛍はこんなことしたんだ。止められなかった責任は僕にある。」

 

殴られそうだというのに冷静な伊奈帆に、鞠戸大尉は冷静さを取り戻して手をはなし、

 

「説教はあのクソガキと一緒にだ。」

 

そう言って鞠戸大尉は揚陸挺に入り、残された三人は爆炎を見やる。

 

 

 

 少しして近くの川岸に揚陸挺を止めると、伊奈帆、韻子、鞠戸大尉はカタフラクトに乗りカームがハンヴィーにユキ姉、セラム、エデルリッゾを乗せて炎の方に向かう。

 

カタフラクトに乗っていくのは、万一ニロケラスがまだ動いていたときの保険である。

 

「見えたか!?」

 

ハンヴィーからカームが通信で伊奈帆に尋ねると、

 

「見えた、ダンゴムシは動く気配がない。」

 

と、伊奈帆が返答する。伊奈帆達がニロケラスのもとにたどり着くと鞠戸大尉が、

 

「ひでぇな・・・とにかく、消火だ!」

 

と言って、カタフラクトに積んでいた消火剤を三機がかりでまく。

 

この消火剤は石油施設などが燃えているのを想定しているため、ガソリンが燃えていてもすぐに火は小さくなり、黒焦げになったニロケラスがあらわになった。

 

「ちょ、ちょっと!あの黒焦げのバイク、蛍のじゃない!?」

 

韻子がカタフラクトで指差した先には、蛍が盗んできた大型バイクが転がっていた。

 

「あ?アイツにバイクなんざ買い与えてねぇけど・・・」

 

「新芦原に乗り捨ててたのを勝手に乗ってたみたいですよ。」

 

「アイツは・・・まあ、非常時っちゃあ非常時だがよ・・・」

 

鞠戸大尉と話しながら伊奈帆は、ニロケラスの残骸から何かが打ち出された痕跡を見つけて、

 

「・・・パイロットは脱出したようです。蛍のついでにこっちも探しましょう。」

 

と、皆に伝える。その時、ハンヴィーから周囲を見ていたセラムから通信が入る。

 

「見つけました、十時方向です。」

 

その方向はカタフラクトからは建物が邪魔で見えにくく、伊奈帆は覗きこむようにしてハンヴィーと目線の高さを合わせると、ニロケラスの操縦席と思われる、人が何人か入れそうな金属製のボールが転がっていた。

 

そしてその前に男が一人立っている。

 

「いました、蛍です。」

 

伊奈帆がそう言うと、鞠戸大尉はカタフラクトを降りて走っていき、伊奈帆、韻子も同じようにカタフラクトを降りて鞠戸を追う。

 

「蛍、無事だったか!?って、お前は・・・」

 

「きゃ!?ア、アンタ服くらい着なさいよ!!」

 

三人が蛍の近くまで来ると、鞠戸大尉はあきれ、韻子は小さく悲鳴をあげる。蛍は上半身裸、制服のズボンだけで三人を迎えたのだ。

 

「制服、どうしたの?」

 

伊奈帆は自分のブレザーを蛍に着せながらそう尋ねる。

 

彼の髪は濡れており、ズボンはだいぶ乾いてはいるが、やはり少し湿っている。

 

そして何より、蛍はやせ我慢しているが唇は紫に変色し、体は小刻みに震えている。

 

「まあ、ちょっとな・・・あの向こう、網文だけで行ってくれねぇか?」

 

そう言って指差した先で、瓦礫の影で焚き火をたいているのか、小さな煙が上がっており、瓦礫には女物のTシャツにホットパンツ、白いブラジャーがかかっている。

 

韻子が『もしや』と思いながら瓦礫の横から覗きこむと、そこにはライエがカタカタと震えながら焚き火にあたっていた。

 

「あ・・・あなた・・・たしか、昨日の・・・」

 

ライエは韻子の方を向き、やっとの思いで声を出す。

 

彼女は蛍から借りたブレザーの上着と、その裾から見える白いショーツ以外、何も身に付けていない。

 

焚き火に使っている一斗缶の中で燃えているのは彼女が着ていたパーカーと蛍のワイシャツだ。

 

「ちょ、ちょっと待っててね?」

 

韻子はダッシュで伊奈帆達の元へ戻り、

 

「男子立ち入り禁止だかんね!!」

 

と言ったあと、ちょうど到着したカームのハンヴィーに駆け込んだ。

 

それを見て鞠戸大尉は、

 

「んだ、ありゃ?」

 

と、呟く。

 

「アリアーシュ・・・昨日、界塚教官が助けた女が半裸で。俺とこのクソ寒ィ中、寒中水泳やったモンですからねぇ。」

 

蛍がそう言って説明する後ろで、韻子、ユキ姉、セラム、エデルリッゾが毛布を持ってライエの方に向かっている。

 

「そういやぁ、コイツ・・・ダンゴムシのパイロット、見つけたンっすよ。」

 

報告を続ける蛍は、建物の裏に伊奈帆と鞠戸大尉を連れていく。

 

「う!?」

 

「これは・・・」

 

そこには、ヴァース帝国軌道騎士の軍服を着た男が座り込んでいた。

 

左足を後ろから、右足を前から撃たれ、右手の指は親指と小指を残してちぎれ飛び、額・・・正確には右眉の上に銃創、そして両目は光を失って虚空をにらみ、顔は憎悪で醜く歪んで絶命している。

 

伊奈帆達が蛍について建物の裏に回ったのを見た韻子達女子と、ハンヴィーから様子を見ていたカームが不審に思い伊奈帆達についてくる。

 

「どうしたの?・・・ヒイッ!?」

 

「う、うわああぁぁ!!」

 

「み、見ちゃだめ!!」

 

韻子、カームは悲鳴をあげ、ユキ姉はセラム、エデルリッゾが死体を見ないように遠ざける。

 

そして毛布を掛けられたライエはまた、身体を震わせていた。

 

「脱出したのが見えてなぁ、逃げっから、コイツで足を撃って捕まぇたンだ。」

 

蛍は説明しながら、ホルスタに入れたガバメントを叩く。

 

「ンでコイツ、俺にピストル向けてきたから、手ぇ撃ったわけだ。」

 

近くにピストルが落ちており、指が飛んだときの血が少し付着している。

 

そのピストルは地球では生産されていない型の銃で、火星パイロット・・・トリルランの物で間違いない。

 

「それで観念したと思って油断したんだ、ヤロゥ、俺が目ぇ離したスキに自殺しやがった!」

 

心底悔しそうに蛍がそう言うのを 聞きながら、伊奈帆はトリルランの銃創と左手を見る。

 

左手は血がベッタリと付着してまだ乾いておらず、銃創にはあるはずのものがない。

 

「伊奈帆さん、よろしいですか?」

 

死体を調べていた伊奈帆の横にセラムが座りこむ。

 

どうやらユキ姉の制止を振り切ってきたようだ。

 

セラムは座ったまま死んでいるトリルランを横たえさせ、両手を胸の上で組ませて目を閉じさせ、表情を穏やかなものにさせる。

 

そうすると、彼女は死体の前で手を組み、トリルランへ祈りを捧げ始める。

 

「セラムさん、いいの?この人は多分・・・」

 

「わかっています・・・ですが、亡くなったからには皆、平等です。善人も、悪人も、火星も、地球も、皇帝も、平民もなく・・・」

 

セラムが伊奈帆にそう答えると、伊奈帆は簡単にだがトリルランに手を合わせ、蛍を追求する鞠戸大尉のところへ向かう。

 

「なぁ、蛍よぉ、何でこんな危ねぇマネしやがったんだ、あぁ?」

 

「ンだよ、テメェにゃ関係ねぇだろ?」

 

二人は今にも殴り合いをしかねない雰囲気だ。

 

「界塚弟から聞いたぜ?作戦無視してやらかしたってなぁ?」

 

「結果オーライだろ?事実、ヤロゥは俺がヤッたんだからよぉ?」

 

「テメェ!!」

 

鞠戸大尉は拳を握り、振り上げるがそこで止まってしまい、蛍は鞠戸大尉を、

 

「殴ンのか?やれよ、ほら!!」

 

と、両手を開いて挑発するのを、カーム、エデルリッゾは怯えながら、ユキ姉は何もできない無力感をかみしめながら見ている。

 

この空気を切り裂くように乾いた音が響いた。伊奈帆が蛍を平手打ちしたのだ。

 

「・・・ぁにすんだよ?」

 

「蛍、君が突出したのは僕があの作戦を話したから・・・迂闊だったよ。でも、ユキ姉がつれてきた子・・・ライエさんを巻き込んだのはどうして?」

 

伊奈帆が淡々と蛍を追求すると蛍は目をそらした。

 

「人手が欲しかったんだよ・・・」

 

「あのくらい、一人で準備できると思う。」

 

「じ、時間をかけたくなかったんだよ!!」

 

「一番時間がかかるのは移動だけど、君一人の方が早いんじゃない?」

 

蛍は弁明するが、伊奈帆の追求は止まない。蛍は嘘を並べているのだから当然の話だ。

 

彼はただ、一人でやるのが怖かったのだ。共犯感覚というのだが、いわゆる『みんなやってるんだからいいじゃないか』『赤信号、みんなで渡れば怖くない』のたぐいである。

 

「・・・もうやめて・・・」

 

伊奈帆の追求を消え入りそうな声が遮る。

 

「いいの・・・もう、庇ってくれなくても・・・」

 

声の主は毛布をかけられてもいまだに震えているライエであった。

 

「バ・・・よせ!」

 

「私が連れて行ってって頼んだの。そうしないと他の人にバラすって。」

 

「・・・はぁ?」

 

ライエの弁解を聞いて呆ける蛍に伊奈帆は、

 

「ホント?」

 

と、尋ねる。

 

「あ、あぁ、バラされちゃあ絶対止められるって思ってな・・・」

 

動揺する素振りを見せながら蛍が答えると、伊奈帆は追求をやめ、鞠戸大尉が手を叩きながら二人の肩を捕まえる。

 

「じゃあ、お説教といくかぁ?」

 

伊奈帆も蛍も目をそらすが、無理やり目線を合わされ、まずは伊奈帆を諭す。

 

「いいかぁ?行ったきりの特攻、鉄砲玉になるようじゃあ作戦とはいわねぇ。立てて、口に出すときには理屈の上だけでも『必ず生還できる』って言え。そうじゃねぇもんを『やらねぇ』としても、口に出すのはゲスがやることだ。わかったな?」

 

「・・・はい。」

 

伊奈帆はいつも通り無表情だが、付き合いが深い蛍、韻子、ユキ姉は声で、至近距離で目を合わせている鞠戸は、伊奈帆の目尻に浮かぶ、流れるほどもない涙で泣いているのを気取る。

 

「宿里、お前には確かに色々と仕込んだ。けどよぉ、そいつは誰かを殺すためのモンでもなけりゃ、英雄になるためのモンでもねぇ、テメェの身を守るためのモンだ。」

 

「・・・あぁ。」

 

蛍は伊奈帆とは逆にふてくされた返事をし、鞠戸大尉は奥歯を噛みしめるが、

 

「わかってんならいぃ。さ、出るぞ。」

 

と言って二人を解放した。

 

ちょうどセラムも祈りを捧げ終えて、皆がハンヴィーに向かおうとするが、ライエは逆に走り、蛍に抱きつく。

 

「あらあらぁ?蛍くんってばすみに置けないわねぇ?」

 

「ちょ!?公共の場でアンタ、何やってんのよ!?」

 

ユキ姉がはやし立て、韻子は蛍達を咎める。

 

「違ぇよ!!アリアーシュ、お前も何やって・・・」

 

「さっきので貸し借りゼロだからね。」

 

引き剥がそうとする蛍に、ライエは他の者に聞こえぬよう小声でそう言った。

 

蛍は耳打ちで返そうとするが、伊奈帆の視線に気づいて耳打ちをやめ、彼女の頭を撫でながら、

 

「あぁ、やっぱ怖かったよなぁ、悪かったな、こんな目にあわせちまってよぉ。」

 

と、あやすふりをしてごまかし、寄り添うようにしてハンヴィーに乗り込んだ。

 

 

 

 公式記録にも残らないような局地戦である上に、実質民間人によるゲリラ戦であったが、この戦闘が第一次も含む星間戦争において、地球側がヴァース帝国カタフラクトを撃破した初めての戦闘になったのであった。




とりあえず一括りです。

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