【A/Z】蛍へ~銃と花束を~   作:Yーミタカ

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第二話 開戦 第二次星間戦争

 新芦原事件の数時間後、地球衛星軌道に浮かぶ軌道騎士の拠点、揚陸城にて指揮を執る男が、指揮の合間に、

 

「こうなってしまったのは私が殿下をお諌めできなかったため・・・」

 

と悔やみ、時を同じくしてザーツバルムの宣戦布告、檄が飛ぶ。

 

「クルーテオ閣下、アルドノア・ドライブ出力90%、降下準備完了しました!」

 

指揮官、クルーテオに機関士の兵士が伝える。

 

「ことここに至っては武をもって弔慰を示すのみ・・・ただちに降下せよ、目標、日本、東京!!」

 

クルーテオの指令を聞き、操縦士が揚陸城を地球へ向けて発進させる。

 

軌道修正をしながら揚陸城は地球の重力に引かれ、極東の小さな島国へと落ちていく。

 

他の火星軌道騎士達も競うように、地球の主要都市へ揚陸城を降下させ、落着の衝撃で周辺を掃討し、拠点を設営する。

 

「降下完了しました。周囲、敵影ありません。」

 

レーダー観測手からの報告を聞き、クルーテオは思案する。

 

「劣等種とはいえ、この程度は想定済みであるか・・・よかろう、妨害電波発信、事前の情報にある通信ケーブル、通信基地を砲撃、破壊せよ!」

 

「了解しました!」

 

通信士、砲手、火器管制手が答え、ミサイル、火砲にて、事前に情報収集しておいた通信ケーブルの密集点、通信基地を砲撃、破壊する。

 

「閣下、軌道上よりザーツバルム卿から通信です。」

 

「繋げ。」

 

妨害電波の影響を受けない軌道騎士固有回線でザーツバルム卿から入った通信を繋げさせると、立体映像のスクリーンに宣戦布告をした騎士、ザーツバルムが映し出される。

 

「クルーテオ卿、我が宙域に浮かぶ地球人の通信衛星は全て破壊した。存分に駆けるが良い。」

 

「ザーツバルム卿、卿の戦働きに感謝する。この恩義、功一等をもって御恩返しつかまつろう。」

 

「フッ、健闘を祈る。」

 

ザーツバルムはそう言って通信を終え、スクリーンが消滅する。

 

「対空レーダーに反応、地球軍戦闘機と思われます!西南西より編隊一、射程まで60、北西より編隊二、射程まで180、北北東より編隊一、射程まで200・・・」

 

レーダー観測手が逐一レーダーに映った戦闘機編隊を報告する。

 

「射程に入り次第各個に撃て!目障りな羽虫を我が揚陸城に近付けるな!!」

 

クルーテオは報告を聞き、砲手、火器管制手に指示を下す。

 

本来なら地球連合軍戦闘機編隊は全てが同時に攻撃をしかけ、一種の飽和攻撃をしかけるはずであったが、通信網を破壊されたために足並みが乱れ、ズレが生じたのだ。

 

こうなってしまっては地球連合軍虎の子の航空部隊も猟銃で撃たれる水鳥のようなものだ。

 

射程に入るたび、ミサイル、対空砲の餌食になり、作戦中止しようにも戦況が共有されていないため中止もできず、七面鳥を撃つかのように撃ち落とされていく。

 

「敵航空部隊沈黙、地上に熱源反応、規模からして野戦砲、自走砲陣地と思われます。海上に反応、巡洋艦級3、駆逐艦級2、フリゲート級2、航空母艦1、軽空母1!」

 

「海上戦力を優先排除、砲兵陣地はその余力をもって排除せよ!」

 

海上戦力はすぐに攻撃を開始できるが、野戦砲、自走砲はすぐに攻撃を開始できないとクルーテオは判断して指示を出す。

 

「海上戦力沈黙、野戦砲、自走砲沈黙・・・レーダーに反応、戦車隊、東南東より突貫してきます!」

 

レーダー観測手の言を聞き、砲手、火器管制手は戦車隊に照準を合わせる。

 

「待て、そちらは陽動だ!手前の廃墟、橋梁残骸に砲撃、そして騎士ブラド、出撃せよ!」

 

「りょ、了解!」

 

砲手、火器管制手が即座に指示された場所を砲撃すると、対艦砲とおぼしき大口径砲を構えた地球連合軍のロボット兵器『カタフラクト』のアレイオンが三機がかりで揚陸城を砲撃しようとしていたのだ。

 

「小癪な劣等種め!!」

 

アレイオン隊に近距離用の短砲が撃ち込まれ、大口径砲の砲弾に引火し、誘爆に巻き込まれる。

 

しかし近づいていたのは砲兵だけではない。

 

アサルトライフル、サブマシンガン装備のアレイオンが揚陸城に斬り込もうと、揚陸城が砲撃できない根本までにじりよって来ていたのだ。

 

揚陸城はすでに砲撃できないアレイオン隊は無視し、陽動の戦車隊に砲撃を加え、彼らをなぎ払った。

 

多大な犠牲を払い、アレイオン隊がいざ、揚陸城に突入しようとしたその時、揚陸城のハッチからカタフラクトが一機、飛び降りてきた。

 

クルーテオが騎士ブラドと呼んだ者のカタフラクトだ。

 

「命知らずの劣等種どもめ、我が愛馬アルギュレの、剣の錆となるが良い。」

 

ブラドは拡声器を使い、口上をあげる。

 

「抜刀!!」

 

と、自分に活を入れるように呟くと、彼のカタフラクトが持つ二本の鉄剣が青白く輝き、試し切りをするかのように、近くに突き立っていた鉄骨を切り飛ばす。

 

いわゆるプラズマブレードだ。

 

アレイオン隊は隊長機の指示でアルギュレに向けて弾幕をはるが、アルギュレはプラズマブレード一本で、暴雨のように浴びせられる弾を全て切り払う。

 

「フッ・・・この程度では傷一つつけることも叶わぬ。ヌン!!」

 

弾幕が途切れた瞬間、気合いと共に遊ばせていたプラズマブレードをアレイオン隊長機に投擲し、隊長機は操縦席を貫通して地面に縫い付けられる。

 

動揺し、後ずさる他のアレイオンをさらに押すようにアルギュレは隊長機に歩みより、剣を引き抜いた。

 

そして、すでに沈黙した隊長機を真っ二つに切り裂き、爆散させる。それを見ていた僚機三機のうち一機が拡声器で、

 

「う、ウワアアアァァァ!!!」

 

と、恐怖のあまり、あるいは怒りに任せて叫びながらアルギュレにアサルトライフルを乱射する。

 

しかし、アルギュレは難なく切り落とし、

 

「勇気と無謀を取り違えては長生きできんぞ!!」

 

と、嘲りながら踏み込み、わざと操縦席が露出するようにアレイオンを切り払い、戦意を喪失したパイロットの顔が恐怖に歪むのを眺めながらプラズマでパイロットを蒸発させ、残された部分を破壊した。

 

「や、やめろ・・・やめてくれ、降伏する、だから命ばかりは・・・」

 

残った二機のうち片方がサブマシンガンを捨てて両腕を上げ、機関停止、降伏信号を発信して投降した。

 

しかしアルギュレは降伏した機体の腕と足を切り飛ばして操縦席をこじ開け、

 

「誇り無き者に明日を生きる資格は無い!!」

 

そう言うが早いか、操縦席を剣で串刺しにする。

 

それを見ていた最後の一機が武器を捨て、背を向けて逃げるのを後ろから剣を投げつけ足を壊し、上半身だけになってもはって逃げるため両腕を切り、残った操縦席部分を持ち上げ、わざとゆっくり、プラズマで少しずつ焼きながら剣の上に落としていった。

 

「さて、もう一匹いるな・・・そこか。」

 

アルギュレが振り向くと、生身の女兵士がビルの残骸の中で腰を抜かして座り込んでいた。

 

生身だが彼女の服装は歩兵ではなく、カタフラクトパイロットのものだ。

 

彼女は先のアレイオン砲兵隊の砲撃観測手で、カタフラクトから降りていたため助かったのだが、戦闘の余波で逃げられなかったのだ。

 

「安心しろ、すぐに仲間のもとへ送ってやろう。」

 

そう言ってブラドは剣を地面に突き刺し、アルギュレの手で生き残りの兵士を捕まえた。

 

「や、や・・・やめ!!・・・ゲェア・・・」

 

悲鳴にならない悲鳴と共に、グチャッと『何か』が潰れた音がしてアルギュレの手が赤く染まった。

 

アルギュレが手を開くと、女兵士だったものがボトボトと地面に落ちていく。

 

「・・・ッチ、穢らわしい・・・」

 

最後に拡声器から漏れた声は、乾ききっていた。

 

 

 

 世界各地に落着した軌道騎士によって行われた戦闘は到底戦争とは言えない、一方的な殺戮ショーであった。

 

それが約四半日続き、第二次星間戦争のすう勢は決した。

 

この短時間で地球連合軍は組織的戦闘を継続できなくなり、全軍がコードZ(緊急時指令)を発令する。

 

コードZとは、民間人を地球連合軍本部へ避難させ、残存戦力も本部にて合流、再編し、反撃の機会を待つという、非現実的な作戦だ。

 

日本では日が上る前から我先にと避難民がフェリー埠頭に集まり、ユーラシア大陸側の決められた港にピストン輸送される。

 

そんな中、蛍は使用不可の携帯電話の代わりに公衆電話で何度も同じ番号に電話をかけていた。

 

『ただいま、回線がこみ合っておりまして、お繋ぎできません。時間を』

 

「クソッ!!このポンコツ!!190円返せコノヤロゥ!!!」

 

すでに19回、同じ音声を聞かされ頭に血がのぼっていた蛍は公衆電話を思い切り殴る。

 

「ほ、蛍くん、壊れちゃうよ~!」

 

偶然通りすがり、それを見たニーナが蛍を止める。

 

「しゃあねぇだろ、このポンコツがオレの金、飲み込んで返さねぇんだからよぉ!」

 

「仕方ないでしょ~、携帯使えないからみんな固定電話使ってるんだから~!」

 

そう言われて蛍は頭を冷やすために深呼吸する。

 

「ハァ・・・ワリィ、ちょっとイラついててな・・・」

 

「ちょっとなんだ、あれ・・・それより~、どこにかけようとしてたの~?」

 

「オッサ・・・いや、ナオの字だ、見当たらなくてよ。」

 

蛍は途中で言い直し、伊奈帆の行方をニーナに尋ねた。

 

「う~ん、伊奈帆くんはわからないけど~、韻子が生徒会のお仕事で~、逃げ遅れた人を集めるお手伝いするって言ってたから、一緒じゃないかな~?」

 

「オゥ、マジか!?クライン、ありがとな!」

 

ニーナの話を聞き、蛍は走り出す。

 

「ちょ!!どこ行くの~!?」

 

「迷ってンのかもしれねぇし、迎え行ってくらぁ!」

 

「あ、危ないよ~!!」

 

「平気だって、火星人どももここまで来るほどヒマじゃねぇよ!」

 

「も~!!」

 

頬を膨らませるニーナを残し、蛍は走る。

 

 

 

「(かなりウソ、ついたな。)」

 

蛍は胸の内でそう呟く。

 

彼にも、昨日の今日で火星人が新芦原のような、航宙船発着場などというほとんど使われない上に、自力で宇宙に行けるであろう火星人にはさして重要でない施設があるだけの新芦原に攻めてくるわけがないことくらいは考えられる。

 

しかし、彼は妙な胸騒ぎを感じていた。

 

彼は自分の知能に自信がない分、カンや胸騒ぎ、虫の知らせといった、第六感にあたるものを信じるタイプなのである。

 

「(まぁ、オッサンは殺しても死なねぇくらい図太いから心配ねぇが、ナオの字はあくまで人間だからなぁ・・・)」

 

そんなことを考えながら走る蛍は、一つ重要なことに気づいた。

 

新芦原はそこそこ広い、あてずっぽうで探すのも無茶だが、足も無しで探すのはもっと無茶だ。

 

「(乗り物、乗り物・・・この際、自転車でもかまわねぇ、無いかぁ?)」

 

と、乗り物を探していると大型バイクを見つけた。

 

「コイツぁいい、鍵は・・・無ぇな。仕方ねぇ、スマン持ち主、ちょっと拝借するぜ。」

 

と、蛍はその場にいない持ち主に一方的に頼み、鍵穴を昨日拾ったコンバットナイフで壊し、配線を直結させてバイクのエンジンをかける。

 

芦原高校に入学するより前に、『仕込まれた』ことの一つだ。

 

ちなみにバイクも、オフロード、いわゆるモトクロスのみだが教わっている。

 

「って、ガソリンほとんど無ぇ!!ったく、スタンド行かねぇと・・・」

 

蛍は愚痴をこぼし、ガソリンスタンドへ向かった。

 

ガソリンスタンドで給油し、乗り捨てられていたタンクローリーの荷台、そしてガソリンスタンドの屋根まで登って周囲を見回し、伊奈帆が乗っているであろう車を探す。

 

「種類はわかってんだから、視界に入ればこっちのもん・・・だけどなぁ・・・」

 

高いところに上がったくらいで見つかれば苦労はしない。

 

蛍が諦めて下に降り、ふと見上げた空から紫色の、見たことがないカタフラクトが降ってきた。

 

落ちた場所は離れていたが、かなり高いところから落ちてきたようで、蛍の体やバイクはおろか、タンクローリーまで衝撃ではね上がったように感じた。

 

「少なくとも、『地球連合軍の秘密兵器』なわけねぇよな!!」

 

考えるより先に身体が行動していた。すぐにバイクのエンジンをかけなおし、カタフラクトが落ちてきたところへ向かう。

 

 

 蛍が紫色のカタフラクトに追いついた時、それは下半身が無いまま後ろ向きに疾走するアレイオンを追いかけていた。

 

言うまでもないが下半身がない、大破したカタフラクトが後ろ向きに滑っていくわけがない。

 

蛍はアレイオンの上半身が、パワーがある頑丈な車に引っ張られていると確信し、紫色のカタフラクトをすり抜け、上半身アレイオンの右横に並んだ。

 

「いた、ナオの字ィ!あぶねぇぞ、何やってんだぁ!!」

 

アレイオンを牽引していたのはハンヴィーという、小銃弾くらいなら通さない装甲を施された四駆だ。

 

もっとも、アレイオンを大破させるようなカタフラクト相手では気休めにもならない。

 

それよりも蛍が驚いたのは、伊奈帆がハンヴィーの屋根の上に捕まり、紫色のカタフラクトをにらみつけていることであった。

 

「その声・・・蛍?」

 

伊奈帆が蛍の方を見て、いつもどおり呟くように言った彼の顔に、蛍は『強い悲しみ、怒り、自責』など、普段の伊奈帆とはほど遠い感情をかいまみた。

 

「乗せて。」

 

「乗せてって・・・オイイイィィィ!?」

 

伊奈帆は蛍の返事も待たずにバイクへ飛び移り、とっさに蛍が後ろへ伸ばした右腕に受け止められると彼の背中につかまってタンデムになる。

 

「無茶すんなよ、オメェ!」

 

「ハンヴィーの運転席につけて。」

 

「人の話を・・・わぁったよ!」

 

今は無駄話をしている場合ではないと考えた蛍は言われたとおりハンヴィーの運転席に横付けする。

 

「ちょっと伊奈帆!!危ないじゃないの!!それに蛍も、ノーヘルで!!」

 

「ン?網文?どうしてお前が運転を?」

 

「後で説明する。それより韻子、ついてきて。蛍、誘導お願い。」

 

「チッ、ついてこいよ。トばすぜ!!」

 

蛍はハンヴィーの前にバイクを出し、ハンヴィーを振りきらないくらいの速さで走る。

 

「で、何があった!?大体、手伝いじゃなかったのか!?これじゃ丸投げだろ!!」

 

「次を右。最初は軍の人が運転してたんだけど、戦闘に怖がって逃げ出しちゃって・・・次を左。」

 

「ったく、どっちが腰抜けだか・・・」

 

ハンヴィーとそれを誘導する蛍を、紫色のカタフラクトは着かず離れずで追いかけ、仮に引き離せても建物を『消滅』させながら追いかけてくる。

 

そして、自滅を狙っているのかはたまた遊んでいるのか、時々足を強く踏み鳴らし、その衝撃で蛍はハンドルを切り間違いそうになる。

 

「何なんだよ、アイツは!!」

 

「次、左。そのあとはずっと直進。火星のカタフラクトだよ。あいつ一機にアレイオン一個小隊が全滅したみたい。」

 

「ンな他人事みてぇに・・・ン?この先は・・・」

 

蛍は伊奈帆が目指しているものに気づく。

 

「や、確かに普通なら逃げ切れるかもしれねぇけど・・・」

 

「大丈夫、突っ切って。」

 

伊奈帆がそう言うと、目的の場所が見えてきた。新芦原を流れる大きな川の下を通るトンネルだ。

 

「あそこ、突っ込んで。」

 

「こなくそおおおぉぉぉ!!!」

 

「やあああぁぁぁ!!!」

 

蛍も韻子もアクセルを目一杯かけて、トンネルを目指す。

 

すると火星カタフラクトは今さらになって全力疾走してハンヴィーとの距離を詰め始めた。

 

まるで、トンネルに入られるのを嫌うように。

 

「・・・!!ゴオオオォォォル!!!」

 

バイクに二人乗りしているだけの蛍と伊奈帆は火星カタフラクトとハンヴィーにかなりの差をつけてトンネルに滑り込んだ。

 

「蛍、止めて。」

 

「ハァッ!?いや、まだヤツが追いかけてきてるだろ!?」

 

「その心配はないよ。あいつはこのトンネルには踏み込めない。それに、あんまり奥に行くと韻子達とはぐれるから。」

 

伊奈帆にそう言われ、不承不承、蛍はバイクを止めた。

 

一方、ハンヴィーは蛍が加速したのに合わせて韻子がアクセルを踏み抜かんばかりにベタ踏みしたが、それでも急に加速した火星カタフラクトとの距離は少しずつ縮まってきている。

 

「韻子、追いつかれるぞ!!」

 

後ろに乗っているカームがそう叫ぶ。一緒に乗っているのは20人近くの民間人だ。

 

「わかってるわよ!!あぁ、もう!!」

 

ハンヴィーにのしかかっているアレイオンの上半身が重すぎるのだ。

 

しかし、中に生存者、それも皆がよく知る者が乗っている以上、捨てるわけにもいかないのである。

 

トンネルまでざっと100メートル、時速100キロなら約三秒。

 

火星カタフラクトの手がもう少しでアレイオンにかかるかと思われた瞬間、ハンヴィーはトンネルに滑り込んだ。

 

すると、今まで執拗に追いかけてきていた火星カタフラクトは突然その場に停止し、ハンヴィーを逃がしてしまった。

 

最後の火星カタフラクトの攻撃は大破したアレイオンの装甲を少し削いだだけで、パイロットやコクピットには何のダメージも与えていない。

 

「韻子、もう大丈夫だ。あのカタフラクト、追ってきてねえよ。」

 

「うん、わかった。」

 

韻子はゆっくりブレーキをかけ、ハンヴィーを止めると、先にトンネルに入っていた伊奈帆と蛍が迎えに来た。

 

「伊奈帆、大丈夫!?」

 

「僕は無傷だよ。」

 

そう言ってハンヴィーの屋根に登る伊奈帆。

 

韻子は彼の表情から、蛍のように『強い悲しみ、怒り、自責』を読み取る。

 

屋根に登った伊奈帆を追って蛍も屋根に登る。

 

「ナオの字よぉ、何でそんなトコいたんだ?」

 

伊奈帆は蛍の質問に、大破したアレイオンのハッチを開くことで答えた。

 

操縦席ではユキ姉が気を失っている。

 

彼女は芦原高校の軍事教練教官、教師であると同時に連合軍予備役准尉でもある。

 

「なるほどなぁ・・・ペニビアサマってわけか。」

 

蛍は理由を知り気を抜くが伊奈帆の顔は、無表情であってもまだ悲しみ、怒り、自責の色が消えていない。

 

そんな中、ハンヴィーの天蓋からカームが顔を出す。

 

「おい、伊奈帆、オコジョ、無事か!?」

 

カームがそう呼びかけるが、ハンヴィーの屋根には伊奈帆と蛍しかいない。

 

「箕国も一緒だったのか?なぁ、ナオの字?」

 

「起助が・・・死んだ・・・」

 

「は?」

 

カームと蛍が同時に聞き返す。

 

「ウソだろ・・・ウソだって言えよ伊奈帆!!」

 

カームはハンヴィーからはい上がって伊奈帆の肩をつかみまくし立てるが、カームも伊奈帆がこんな時に『ドッキリだいせいこ~う!!』と言いつつオコジョがプラカードを持って出てくるような、悪質なジョークをやるはずがないことはわかっていた。

 

伊奈帆はカームと蛍に、オコジョの最期を伝える。

 

ユキ姉を助けるため伊奈帆より先にハンヴィーから出たオコジョは、急ハンドルでバランスを崩し、転落しかけた彼の手を伊奈帆が捕まえた。

 

伊奈帆はオコジョを引き戻そうとしたが、火星カタフラクトが意図的にか偶然かはわからないが地面を強く踏み鳴らし、衝撃で手が離れてオコジョは火星カタフラクトに衝突し、『消滅』したというのが、伊奈帆が見た全てである。そんな中、蛍は操縦席からユキ姉をおろし、ハンヴィーの屋根に寝かせる。

 

するとその時、アレイオンの無線がノイズだらけの音声を発する。

 

『かい・・・づか、聞こえるか!?』

 

声の主は鞠戸教官だ。

 

「おい、オッサン、テメェ生きてんのかぁ!?」

 

蛍は無線機に怒鳴るが、鞠戸教官は界塚、ほぼ間違いなくユキ姉を呼ぶだけで返答はしない。

 

「蛍、多分こっちの声は向こうに届いてない。」

 

「ンだよ、それ!?人に散々心配かけさせやがったクセによぉ!!」

 

「シッ!!静かに・・・」

 

伊奈帆が自分の口に人差し指を当て、蛍を黙らせると、無線から一方的な通達がなされる。

 

『火星カタフラクトのやつ、理由はわからないがお前を追っていてフェリーに向かう気配はない。そのままヤツを引き付けてくれれば、その隙に最後のフェリーが出港できる、だが無茶はするな、必ず迎えに行くから、何があっても生き延び・・・』

 

とても指令とは言えない頼みを一方的に告げ、通信が完全に途絶えた。

 

「オッサン、無茶言いやがるぜ・・・」

 

蛍がそうこぼすと、ユキ姉を他の大人と共に下へおろしたカームが戻ってきた。

 

「おい、無線、何て・・・」

 

「火星人は僕たちを追っていて港に向かう気配が無いって。」

 

「ど、どうすんだよ、このトンネルの反対側からじゃ港に行く前にヤローに先回りされるぞ!?」

 

カームがそう言うのを聞いて伊奈帆は立ち上がり、ハンヴィーから飛び降りる。

 

「あそこ、共同溝を通れば学校に行ける。」

 

「な、何言って・・・」

 

カームが伊奈帆の真意をはかりあぐねていると、後ろから蛍がそれを代弁する。

 

「学校にゃあ教練で使うカタフラクトがあんだろ、弾薬に、歩兵装備も少ねぇけど保管されてる。」

 

「・・・まさか!?」

 

「あぁ、箕国の弔合戦だ、だろ?ナオの字ィ!!」

 

「そう、あのカタフラクトを撃退する。」

 

そう言って負傷者の確認をしていた韻子のもとへ向かい、オコジョの死亡を伝える伊奈帆。

 

最初は信じられないといった具合だったが、今は嘘を言うような時ではないのは彼女もわかっている。

 

「アタシの・・・アタシのせいで・・・グスッ・・・」

 

涙を流し始めた韻子を肩に抱き寄せ、彼女の涙を隠す伊奈帆。

 

それを遠巻きに眺めるカームと蛍に、二人の少女が歩み寄ってきた。

 

「もし、そこの方・・・」

 

呼ばれたのに気づいた蛍が振り返る。

 

声をかけてきた少女は、歳は蛍たちと同年代、長い茶髪をアップにまとめ、瞳はヒスイのようにきれいな緑色、雪のように肌が白い美人であった。

 

「北欧美人?」

 

彼女をそう呼んだカームに、蛍は

 

「誰?」

 

と、尋ねる。

 

「伊奈帆が避難中に見つけた旅行者だよ、すげぇ美人だろ?」

 

「ナオの字が?そりゃまた・・・」

 

「あの、よろしいでしょうか?」

 

北欧美女が蛍たちの会話に割り込む。

 

「あぁ、ワリィ・・・で、何だ?」

 

「あなた、先ほどの『のぉへるらいだぁ』ですよね?」

 

北欧美女はいわゆる和製英語をうまく発音できず、妙なイントネーションになる。

 

「ん?あぁ、ノーヘルライダーか?そうだけどよ、非常時なんだから固ぇこと言うなよ?」

 

「『かてぇこと』?何のことか存じませんが、とにかく、先ほどは助けていただき、ありがとうございました。」

 

そう言って北欧美女は桃色のパフコートの裾をつまんでお辞儀をする。

 

その様は堂に入っており、家柄、育ちの良さをうかがわせる。

 

「礼なら網文・・・あそこの運転手と、一緒にいるヤロゥに言いな。俺はアイツに頼まれただけだからよ。」

 

そう言って目をそらす蛍に、北欧美女の後ろで、飼い主の後ろから威嚇するチワワのようにうなっていたもう一人の少女がかみついてきた。

 

「こ、この下郎!!せっかくひめさ」

 

「エデルリッゾ!!」

 

エデルリッゾと呼ばれた少女は北欧美女を申し訳なさそうに見上げる。

 

「妹のご無礼、どうかご容赦を。わたくしはセラム、この子は妹のエデルリッゾ。以後、お見知りおきを。」

 

セラムと名乗った北欧美女はエデルリッゾを妹だと言うが、お世辞にも似ているとはいえない。

 

エデルリッゾはやや栗色よりの金髪を三つ編みにして後頭部にまとめ、瞳は灰色、黒いワンピースを着た、蛍たちよりずっと年下の少女だ。『赤飯前』と言っても通るような年頃だろう。

 

「セラムさんか、俺はカーム、こっちは蛍だ。」

 

カームが割り込むように自己紹介する。

 

蛍としては助かったと考えていた。

 

セラムはまだしも、エデルリッゾがやたら威嚇してくるため、話しにくいのである。

 

目でカームに感謝を伝え、セラムたちの応対をカームに任せてその場を離れる。

 

カームと別れた蛍が伊奈帆を探していると、ハンヴィーにもたれかかった少女に話しかけている伊奈帆を見つけた。

 

少女は白いパーカーのフードを目深くかぶっているため、顔がよく見えない。

 

「よぉ、ナオの字、どうしたぁ?」

 

一瞬、最後に『ナンパか?』と、軽口を添えようとしたが、少女の雰囲気からして、そんな軽口を言える空気でないことを感じとる。

 

「この子、ユキ姉が保護した民間人なんだ。今、考えるとあの火星カタフラクトはユキ姉とこの子を追ってたから、もしかすると何か知ってるかもと思ってね。」

 

「なるほどな・・・」

 

蛍が少女を見ると、少女は蛍をキッとにらみ、

 

「誰が聞いても一つしか言えないわ、アイツは父を殺して私を殺そうとした!おおかた抵抗できない相手をなぶり殺しにするのが趣味なんでしょ!?」

 

と、吐き捨てる。

 

「ま、まだ何も聞いてねぇよ・・・そうか、お前も親ぁ殺られたのか・・・」

 

「え?」

 

少女は蛍の言葉を聞き、彼の目を見る。

 

「聞いたかぎり、お前は目の前で殺されたみてぇだから完全に同じじゃねぇけどよ、オレの親父は前の戦争で戦死、お袋は連中が起こしたエンジェルフォールに巻き込まれて死んだ。」

 

「そ、そう・・・」

 

「オレは火星人をぶっ殺したくてしかたねぇ、お前も同じなら・・・」

 

「・・・勝手に一緒にしないで!!」

 

少女は蛍と伊奈帆の間を抜けて走っていく。

 

「・・・すまねぇ、怒らせちまったな・・・」

 

「いいよ、最初から期待してなかったし、わかったこともある。」

 

蛍は伊奈帆の歯に衣着せぬ言葉に苦笑する。

 

「手厳しいねぇ・・・わかったこと?」

 

「うん。あの子、蛍に『誰が聞いても一つしか言えない』って言ってたよね?つまり、『言える一つのこと』と、『言えない何か』があるってことだよ。」

 

伊奈帆が推理ドラマのように言葉の端から隠し事を見つけたのを聞き、蛍は

 

「お前、いつから刑事に転職した?」

 

とあきれる。

 

「ただ、追究するには弱い。だから蛍も、あの子には気をつけて。」

 

「わかったよ、ただあんまし期待すんなよ?オレはお前みてぇな頭はねぇからよ。」

 

そう言って蛍はユキ姉を診察している医師のところへ行く。

 

その医師は車の故障で逃げ遅れ、韻子たちに拾われたのである。

 

彼は蛍をはじめ、芦原高校の生徒の大部分は、芦原高校に健康診断などで出入りしているため彼のことはよく知っている。

 

彼は名を耶賀頼という。

 

「耶賀頼センセ、教官の具合は?」

 

「左腕を痛めていますね。骨に異常があるかもしれませんから、現状では絶対安静です。」

 

と、おそらく何度かした話をしつつ、ユキ姉の腕を簡単な添え木で固定した。

 

「キミも芦原高校の生徒ですか?」

 

「ああ、一年、宿里蛍だ。」

 

芦原高校の校則で、非常時は軍服の代用として制服着用が義務付けられている。

 

蛍が自己紹介すると、耶賀頼もそれにならう。

 

「芦原中央病院の耶賀頼です。宿里・・・ああ、キミが鞠戸さんトコの・・・」

 

「オッサンのこと、知ってんのか?」

 

「ええ、本当によくできた『息子さん』だとうかがっておりますよ。」

 

耶賀頼がそう言うと、蛍は目をそらし、

 

「息子じゃねぇよ・・・」

 

と、小さく答える。

 

ちなみに、苗字が違うところからもわかるが、鞠戸と蛍は養子縁組をしていないため耶賀頼が言う『息子』と言うのは『法律上』間違いである。

 

「まぁ、それはさておき、彼女を運びたいのですが・・・」

 

と、耶賀頼は何かを期待するように話す。

 

本来ならストレッチャーか担架が欲しいが、残念ながらそれらや類する物は無い。

 

そしてユキ姉は背が成人女子平均よりかなり高く、軍人であるから筋肉質で身長、見かけよりも重い。

 

安静に運ぶなら、男の中でも力が強い方でなければならない。

 

「あぁ、やりますよ。こん中じゃあ、オレが適任って言いたいんでしょう?」

 

「ご明察。では、お願いします。」

 

そう言われた蛍は、いわゆる『お姫様抱っこ』でユキ姉を抱き上げた。

 

彼が何の気なしに伊奈帆を見ると、無表情のまま、じっと蛍を見ている。

 

「・・・代わるか?」

 

蛍は伊奈帆の近くまで歩いていき、少し意地悪く聞く。

 

「そうしたいけど、僕じゃユキ姉を持ち上げられない。」

 

相変わらず無表情のままだが、少し不機嫌になったのを蛍は感じ取った。

 

 

 

 共同溝を通って蛍たちが芦原高校に到着すると、蛍と伊奈帆は耶賀頼と共にユキ姉を医務室に運ぶ。

 

医務室できちんとした道具を使って耶賀頼がユキ姉の手当てを始めると、伊奈帆は蛍の腕を引いて外へ出た。

 

韻子とカームが避難民の負傷者を医務室に連れていくのとすれ違いながら、蛍は伊奈帆に尋ねる。

 

「姉貴についてやってなくていぃのか?」

 

「僕がいて腕が治るならそうするよ。けど、そうじゃない。だからできることをやらないと。」

 

蛍はそれを聞き、少し伊奈帆を非難するようににらむ。

 

「ま、それなら仕方ねぇ、とっとと終わらせるか。」

 

「そう。じゃあ、一つお願い。」

 

伊奈帆は蛍に一つ、頼み事をして別れる。

 

伊奈帆が向かったのは演習場のカタフラクト、重機倉庫だ。

 

訓練で使った実弾、カタフラクトを確認し、歩兵用装備を確認する。

 

「・・・行けるな。」

 

伊奈帆は装備をチェックしながら、すでに火星カタフラクトを撃退する作戦を頭の中で練っていた。

 

 

 

 同じ頃、港では鞠戸教官・・・連合軍の軍人としては大尉である彼が民間船護衛部隊にユキ姉救出を直談判していた。

 

「頼む、まだ戦っている味方がいる!」

 

しかし、護衛部隊の兵士はにべもなく、

 

「生き残ったのはアンタだけだ、ま、どうせ昔みたいに敵前逃亡ってとこだろ?腰抜けの『種子島の生き残り』さん?」

 

「テメェ!!」

 

鞠戸大尉が兵士の胸ぐらをつかみ、殴りかけたその時、

 

「やめなさい!!」

 

と、凛とした声が響く。声の主は、地球連合海軍の士官制服に、大佐の襟章をつけた女性士官だった。

 

「大尉、どんな理由があろうと、暴力行為は見過ごせません。」

 

「・・・クッ!!」

 

鞠戸大尉が兵士から手を離すと、兵士は意地悪く鞠戸大尉をせせら笑う。

 

「あなたもですよ?大尉の戦闘記録は彼を収容した際に持ち帰ったブラックボックスに残っています。彼を敵前逃亡で告発するなら証拠として提出しましょう。しかし、そのような事実が無い場合、あなたは虚偽の告発をしたことになります。その時の処分は覚悟できていますか?」

 

兵士は大佐の毅然とした態度にしり込みし、目をそらす。

 

「そうでなくとも、あなたは公然と、憶測にもとづいて大尉を誹謗しています。まあ、今なら謝罪ですませましょう。」

 

大佐に淡々と告げられ、兵士は鞠戸大尉に向き直り、

 

「しぃませんでしたねぇ、英雄どの!!」

 

と、とても謝罪には聞こえない物言いで謝罪して逃げていく。

 

「・・・すまなかったな、大佐殿。」

 

鞠戸大尉は大佐に敬礼し、大佐はそれに敬礼を返して、

 

「第三護衛艦隊所属、ダルザナ・マグバレッジ、階級は大佐です。以後、お見知りおきを。」

 

「日本中部方面隊、新芦原駐屯部隊所属、鞠戸孝一郎、階級は大尉だ。」

 

互いにあらためて自己紹介をして、鞠戸大尉はあらためてマグバレッジ大佐に直談判する。

 

「まだ新芦原で仲間が戦っている。彼女のおかげでフェリーは襲撃されていないんだ。だから・・・」

 

マグバレッジ大佐はすでに鞠戸大尉の機体に詰まれていたブラックボックスを確認し、仲間がユキ姉を指しているのを知っている。

 

「残念ながら、電波妨害が激しく、通信はおろか、GPSすら使えないのが現状です。界塚准尉は作戦行動中行方不明とするしかありません。」

 

と、冷静に答えた。しかし、鞠戸大尉は引き下がらない。いや、引き下がれない理由があるのだ。

 

「フェリーの避難民リストに乗っていない名前があった、俺の教え子たちだ、その中にゃ俺の息子もいる!!」

 

それを聞き、マグバレッジ大佐は思案し、

 

「わかりました、揚陸艇を一隻、残しましょう。ですが、乗組員が揃わなかった時は、諦めてください。」

 

と、救出に向かう許可を与えた。鞠戸大尉はマグバレッジ大佐に深く頭を下げ、乗組員の確保に向かった。

 

「頼む、新芦原に取り残された避難民の救助に・・・」

 

と、声をかけてまわるが、現役の軍人からは機関士一人しか志願せず、仕方なく避難民集合場所まで行き、民間の船乗り、教練修了者、退役軍人に声をかけていくが、誰も取り合ってくれない。誰だって自分の身はかわいい、こうなるのも当然であろう。

 

「あ~、教か~ん!」

 

避難民の中で鞠戸大尉を呼ぶものがいる。鞠戸大尉は藁をもつかむ心持ちで呼ばれた方を見ると、教え子の一人、ニーナが手を振っていた。

 

「クラインか・・・今は忙しいから、後で・・・」

 

「韻子たち~、知りませんか?」

 

鞠戸大尉はまさにその事で動いている。しかし、教え子の一人であるニーナに協力を求めるのは気が引けたため、知っていることだけ教えることにした。

 

「・・・あいつらはまだ港まで来ていない。」

 

「ウソ・・・蛍くん、迎えに行くって・・・それに、こんなところまで火星は攻めてこないって!!」

 

「待て、あのバカ、ここに来てたのか?来た上で戻ったのか!?」

 

鞠戸大尉はニーナの肩をつかんでゆすりながら詰問する。

 

「きょうか~ん!!ゆすらないで~!!」

 

「す、すまん・・・と、とにかくだ、今、新芦原には火星カタフラクトが一機、おおかただが、威力偵察に来てる。網文達は新芦原に隠れてんだろうから、安心してフェリーで先に避難しろ、な?」

 

と、鞠戸大尉はニーナに、自分が救助に向かうのを伏せ、さらに小声で情報が拡がらないように伝えた。極限状態での、いわゆる『伝言ゲーム』とはおそろしいもので、

 

火星カタフラクトが新芦原に現れた?火星人が新芦原に大挙して攻め込んできた?火星人が避難民を虐殺に来る?ただちにフェリーを出せ(暴動)

 

と、なりかねない。そのため小声で伝えたのだ。しかしニーナは、

 

「教官、もしかして救助に行くんですか?」

 

と、鞠戸大尉が隠していた真意を見抜き、確認するように尋ねた。

 

「グ・・・それは・・・」

 

違うとも言えずに目をそらす鞠戸大尉は、別の教え子たちと目が合ってしまった。韻子をよく知る生徒会の先輩で、詰城祐太朗と、祭陽希咲だ。

 

「教官、すみませんが、お話は聞かせていただきました。」

 

詰城は眼鏡をクイッとなおしながらそう言う。

 

「網文の車だけがまだ戻ってねぇんです・・・救助に行くなら、オレ等も連れてって欲しいっす!」

 

「ば、バカ、大声出すな。」

 

鞠戸大尉は小声で話していたつもりだったが、二人に聞かれていた。

 

他に聞いた者がいないか見回すが、どうやら他にはいないようだ。

 

「教官、私もお手伝いします!」

 

ニーナは、いつものフワフワとした雰囲気がウソのように、真剣に頼む。

 

鞠戸大尉はこれ以上、教え子を巻き込みたくなかったが、このまま救助隊を募集しても集まらないだろうと考えはじめてもいた。

 

「・・・すまねぇ、お前たちを危険な目にあわせるはめになっちまった。界塚准尉と避難民の救助に力を貸してほしい。」

 

教え子たちにあらためて頭を下げて頼む鞠戸大尉に、ニーナ、祭陽、詰城の三人は敬礼で返したのであった。

 

そんな場に、凛と通る声が響く。

 

「鞠戸大尉、救助隊に一名、追加をお願いします。」

 

鞠戸大尉がその声に振り向くと、そこにはマグバレッジ大佐が立っていた。

 

「大佐殿?そっちにはそっちの仕事が・・・」

 

「当艦に与えられた任務は『新芦原からの避難民誘導並びに護衛』です。新芦原にまだ避難民が残っている以上、艦長である私がここを離れるわけにはまいりません。護衛艦の方は副長に任せておいて問題はありませんので私も救助隊に加えていただきたくお願いします。」

 

そう言って頭を下げるマグバレッジ大佐に、鞠戸大尉は首を横に振った。

 

「大佐殿、そんなことをしちゃあ他に示しがつきませんぜ。ここは一つ、命令してくださいな。『我が隊はこれより、新芦原に取り残された避難民の救助に向かう。』とね。」

 

その言葉に、マグバレッジ大佐は顔を上げた。

 

「ありがとうございます。では、皆さん、私達はこれより、新芦原に取り残された避難民の救助に向かいます。いくら親しい方が残されているとはいえ、民間人であるあなた方にこのようなことをお願いするのは心苦しい限りですが、ご助力をお願いいたします。」

 

マグバレッジ大佐がそう言うと、鞠戸大尉をはじめとする救助隊のメンバーは敬礼で答えた。

 

 一方、新芦原の伊奈帆達が逃げ込んだトンネルの前で、紫色の火星カタフラクトはいまだに動かず、伊奈帆達が出てくるのを待ちかまえていた。数時間前、東京陥落直前、地球連合極東方面軍日本駐留軍団が壊滅したころ、クルーテオのもとに部下の一人が作戦を具申した。

 

「クルーテオ卿、我らはこれより新芦原に進軍すべきにあります。」

 

「新芦原か・・・そなたの具申、感謝しようぞ、トリルランよ。卿の申すとおり、かの悲劇の地に我が家紋を描きしヴァースの御旗を打ち立てればヴァース帝国の大儀も立とう。しかし、今はまだこの地の制圧に人手が必要ゆえな・・・」

 

クルーテオは遠回しに、トリルランに新たな具申をうながす。

 

「でしたら、このトリルランにお任せを。食客としてお仕えさせていただいたご恩、今こそ報いてみせましょう!」

 

「その心意気やよし!トリルランよ、我がクルーテオ家が陛下より賜りし名馬『ニロケラス』を駈り、新芦原を制圧、当地の責任者を拘束し姫暗殺の顛末を問い質せ!」

 

といった経緯でクルーテオはトリルランにクルーテオ伯家が有するカタフラクトの一つ、紫色のカタフラクト『ニロケラス』を貸し与えたのだ。

 

このトリルランこそが、伊奈帆達を追い回していたカタフラクトのパイロットである。

 

彼がトンネルから出てくるものに全神経を研ぎ澄ましていると、不意にトンネルの中からラジコン飛行機が飛び出してきて、ニロケラスを駈るトリルランを挑発するように飛び回る。

 

すると、トリルランは拡声器のスイッチを入れて、

 

「何度やっても無駄だ、ネズミどもが!!」

 

苛立ちをあらわにしてラジコン飛行機を腕で払うとラジコン飛行機はオコジョのように跡形もなく消滅した。

 

仮にラジコン飛行機をぶつけてもニロケラスは特殊なシールドを張っているためダメージを受けることはないのだが、そうであってもトリルランは、幾度となくラジコン飛行機をけしかけられ、頭に血がのぼり始めていた。

 

ラジコン飛行機を消滅させた瞬間、ニロケラスに通信が入る。

 

「下郎が、今は忙しいのだ!!」

 

「ほぉ・・・それが我に対する態度か、トリルランよ?」

 

通信の相手を見てトリルランは青ざめる。相手は、先のような態度をとっていい相手ではない。

 

トリルランはカメラと通信のホログラムディスプレイ以外に明かりがない操縦席の中でひざまずくようにして謝罪する。

 

「め、滅相もありません、卿とはいざ知らず・・・」

 

「ふむ、まぁよかろう、我が揚陸城は蝕に入るゆえ、手短にな。ネズミ退治の首尾は?」

 

と、通信の相手は話す。蝕とは、軌道上の揚陸城が地球の反対側に位置する状態を指す。

 

これが示すのは、通信の相手が地上に降りているクルーテオではないということだ。

 

「は、ネズミどもは新芦原にて狡猾に逃げ回ったものの、我がニロケラスの追撃の甲斐あって、穴蔵の中に押し込むことに成功しました。あとは痺れを切らして這い出てきたところをニロケラスの鷹の目をもってすれば・・・」

 

「つまり、取り逃がしたということか?」

 

通信相手の『卿』はトリルランの報告を中断させ、結果を冷たく突きつけた。

 

「い、いえ、そのようなことは・・・奴等を追い込んだトンネルからは港に向かうことはできませぬ。ですから、港に向かおうと出てきた時こそ我がニロケラスの鷹の目で・・・」

 

「たわけ!一刻を争うこの時に根比べなどしていられるか!!」

 

トリルランは卿の一喝に驚き、言葉に詰まる。

 

「大まかな場所はわかっているのであろう?ならば話は早い、新芦原一帯に隕石爆撃をしかける。」

 

これを聞き、トリルランは青ざめる。『卿』から命じられた『ネズミ狩り』を失敗したとみなされるからだ。

 

そうなってしまえば彼の出世は遠のいてしまう。

 

「お、お待ちください、ここ、新芦原はクルーテオ卿の揚陸城に近すぎます、彼への攻撃と取られては後々、禍根を残すことに・・・」

 

「背に腹はかえられぬ。トリルランよ、隕石爆撃の軌道調整に数時間かかるゆえ、貴様はネズミが万一にも逃げ出さぬよう見張っておくがよい。」

 

「は、ハハァ!!おおせのままに!!」

 

通信が切れ、トリルランは操縦席を八つ当たりで叩く。

 

「ネズミめ、全てはキサマのせいであるぞ!!」

 

トリルランは憎々しげにトンネルが映るディスプレイを睨み付ける。

 

この時、トリルランからは見えていないがトンネルの中ではラジコンを操作していたカームと韻子がガッツポーズをし、観測データを持って共同溝から脱出していた。

 

 

 

 夜のとばりが降りた頃、伊奈帆は蛍、韻子、カーム、ユキ姉を会議室に集め、ブリーフィングを始めた。

 

「さて、現状の説明だけど、例のダンゴムシがトンネルの前に陣取っていて僕たちは港に向かうことができない。この状況を打破するために、ダンゴムシを撃破、最低でも行動不能に追い込みたい。」

 

伊奈帆がそう言うと蛍が横から、

 

「生ぬるいこと言うなよ、ナオの字ィ!火星人をぶっ殺せって・・・」

 

と言ったのを、伊奈帆は

 

「蛍、発言は許可してない。」

 

と、たしなめる。

 

これをユキ姉、韻子は呆れながら、カームは少し共感しながら聞いていた。

 

静粛になったのを確認すると、伊奈帆はプロジェクターのスイッチを入れ、ユキ姉の戦闘記録を再生する。

 

内容は、要約すると次のとおりであった。

 

『ユキ姉のアレイオン隊が橋の上でニロケラスに追われる民間人を発見、隊長は民間人に構わずニロケラスに発砲するが、弾丸は炸裂弾、徹甲弾の別にかかわらず、当たった瞬間にニロケラスの表面が黒くなったかと思うと消滅する。

 

 ユキ姉は同じ隊にいた鞠戸大尉の命に従い、ニロケラスが橋の下からの鞠戸大尉の攻撃と隊長達の攻撃に気を取られた瞬間、民間人の少女を救助。

 

 データリンクで得られた、ユキ姉の機体カメラが見ていない部分で隊長達がグレネードを放つがやはり着弾と同時に砲弾が消滅、鞠戸大尉の視点に移り、アレイオンが豆腐を切るかのように引き裂かれ、隊長ともう一人が戦死、ユキ姉は鞠戸大尉に民間人を連れて逃げるよう言われ、戦線離脱する。

 

 通信可能圏外に出るまでの鞠戸大尉の戦闘記録では、発砲してもやはり効かず、鞠戸大尉は何を考えたかニロケラスに肉薄し、ニロケラスの『顔』を接射するがやはり効かない。

 

 ナイフに持ち代えて『顔』を突き刺すが、ナイフ、アレイオンの手、腕が消滅する結果に終わった。

 

 そして最後、ニロケラスが腕を振り上げたところで通信圏外に出た。』

 

この後ユキ姉が装甲車を見つけたところで映像がストップする。

 

「こっからは?」

 

発言許可を取って蛍が聞くと、伊奈帆は無表情だがユキ姉と蛍、韻子がわかるくらいに、他は皆、暗い顔になる。

 

「このあとは僕たちが直に見たから。」

 

「・・・わかんだろ?こっからは誰も見たくねえんだよ。」

 

伊奈帆とカームの言葉に、ばつが悪そうにする蛍。

 

続いてカームが手を挙げ、

 

「ぶっ殺すとか撃破とかは置いておくとして、こんな正規軍ですらかなわないヤツ、俺らでどうにかできんのか?」

 

と、質問する。

 

伊奈帆はこれを聞き、プロジェクターを操作し、停止していた映像を逆回しして隊長達が撃つ弾丸が吸収されていくところで止めた。

 

「これを見て、ダンゴムシは弾丸を防いだり跳ね返すんじゃなく、『消滅、吸収』させてるよね。」

 

伊奈帆は映像の上に別窓でカーム、韻子がラジコンで取ったデータを出す。光を当てても反射する様子はなく、一瞬、光が当たった部分が歪むがすぐ元に戻るだけだ。

 

レーダーの電波を当てても黒い影ができるだけ、ソナーの音波を当てても返ってこないかわりに、ニロケラスの両肩から、そして背後からは反射らしき音で、拡声器の音声が入る。

 

「こりゃあまた、ヤッコさん、ずいぶんイラついてんじゃねぇか。」

 

ケラケラと蛍が笑い、伊奈帆は咳払いをして続ける。

 

「とにかく、これでわかるのは、ダンゴムシは特殊なシールドを表面に張ってる。バリアと言ってもいい。」

 

「バリア?」

 

韻子がいぶかしむように呟くと、伊奈帆はそのバリアの特性を表す図をプロジェクターに出した。

 

「あのバリアは、物質はもとより、質量を伴わない光、電波、音波、全てを遮断する。」

 

これを聞いた蛍は、

 

「(ガキの遊びに出てくる『バリア』かよ・・・)」

 

と、内心で呆れ、ため息をつく。

 

「ならば、あのバリアの中は真っ暗のはずなんだ。」

 

そう言って伊奈帆はイメージ図の、バリアの内側に当たる部分を黒く染める。

 

「まあ、そうなるけど、じゃあどうだってんだ?」

 

カームの質問に伊奈帆は、

 

「なら、あいつはどうやってこっちを見てる?どうやって拡声器の声をこちらに伝えてる?」

 

と、質問で返す。

 

もはやこれは確認だ。

 

伊奈帆はまず、音波探知に、拡声器の音が入った部分を表示する。

 

「肩から、具体的にどこからかはわからないけど音が出てるね?そして鞠戸教官の戦闘記録・・・」

 

今度は鞠戸大尉がニロケラスの顔を攻撃していた時を表示し、

 

「教官は半分正解、顔のカメラにはバリアが無いと踏んだんだね。けど、この時は材料が少なすぎた。ダンゴムシはこの時、近くの橋の下にいた鞠戸教官より、開けたところにいた隊長達の攻撃に向かった。そして僕たちを執拗に追いかけたわりに、トンネルに入ると追うのをやめた。共通してるのは?」

 

最初の伊奈帆の発言から、拡声器と同じで目の部分にあるカメラにはバリアをはっていないと皆、考えたがそれは鞠戸教官がやって違うと結果が出ている。

 

「上から見えないこと?・・・あ!もしかしてカメラ!?アタシ達がラジコンでやったみたいに、空に観測機を飛ばすとか!?」

 

韻子が答えを閃き、伊奈帆は頷く。

 

「なるほど、ンで、見つかんねぇように、俺に学校中のカーテンを閉めろって言ってたんだな?」

 

「あれは助かったよ、ありがとう、蛍。」

 

無表情だが少し微笑む伊奈帆に、蛍は照れからか横を向き、目をそらす。

 

「こういうカラクリだから、橋の影にいた鞠戸教官に気づかなかったし、トンネルに入った僕たちを追ってこなかったんだ。」

 

と言って、おそらくニロケラスが見ているであろう新芦原の上面図を表示した。

 

「僕たちがいるのはここ、芦原高校。で、装甲車はトンネルの中、僕たちが囮になれば、トンネルからヤツを引き離せる。で、作戦なんだけど・・・」

 

伊奈帆の作戦はいたってシンプル、まず囮になるトレーラーとカタフラクトで、スモークグレネードなどで新芦原中に煙幕を焚き、カメラを無力化して、トレーラーにあらかじめ積んでいたカタフラクトを下ろし、河口付近の橋まで誘導、橋を壊して河に落として水を使って、水が消滅しない『バリアの穴』を探すというものだ。

 

しかし、これに異を唱えたものがいた。

 

「なぁ、ナオの字、らしくねぇぜ?」

 

蛍だ。彼はこの作戦に重大な欠陥があるのに気づいたのだ。

 

「河ったって、あれ、あんま深くねぇぞ?せいぜいダンゴムシの腰くらいまでしか水につからねぇよ。」

 

腰までしかつからないならば、その上に穴があればどうにもならない。

 

「・・・そればっかりは運だね。」

 

「なぁ、腹ァ割って話そうぜ?ホントはもっと確実な手、あんだろ?」

 

確かに伊奈帆はもう一つ作戦を考えていたが、彼はそれを『作戦立案の外道』と考え、すぐに却下したのである。

 

「じゃあ言うだけ言うよ。絶対やらないけど。」

 

伊奈帆はもう一つの作戦を話す。話し終わるとカーム、韻子、ユキ姉は立ち上がり、

 

「ダメ、絶対ダメ!そんなことしたら、絶対に死人が出るわよ!!」

 

まず、今まで黙っていたユキ姉が、伊奈帆が却下した一番の理由を叫んだ。

 

「だいたい、バイクなんて動かせるの、蛍しかいないじゃん!!」

 

次は韻子、バイクが必要になるが、バイクは軍事教練では教えないので動かせるのは蛍しかいない。

 

「伊奈帆、いくらなんでもそりゃねぇよ!!」

 

最後はカーム、これを聞いて伊奈帆は首を横に振り、

 

「ね?だから却下したんだよ。」

 

と、『言わんこっちゃない』といったふうに言う中、蛍は口元に笑みを浮かべて黙っていた。

 

「とにかく、そんな作戦は許可できません!!」

 

ユキ姉も韻子にならうように強く反対する。

 

「僕も最初から、こんなことする気はないよ。」

 

と、伊奈帆が言って会議は解散となった。

 

「じゃあ、決行は明日、日の出と共に出撃する。これにて解散。」

 

そう言って伊奈帆がプロジェクターの電源を落とすと、伊奈帆を残し、皆、部屋を出る。

 

「ナオの字?片付けなら手伝うぜ?」

 

さして重要なものがあるわけでもなく、明日には学校ごと放棄するから片付ける必要もないが、残っている伊奈帆が気になった蛍はそう尋ねた。

 

「いや、ちょっと人を待っててね。」

 

と、伊奈帆が答えた時、開いている扉をコンコンとノックする音が防音の会議室に反響する。

 

「伊奈帆さん、おいでになられましたわ。」

 

会議室の外にはセラムが立っていた。その前に立ち、妹のエデルリッゾが開け放されたドアをノックしている。

 

「ははぁ、ナオの字よぉ、あぁいうのが好みなのか?」

 

蛍は伊奈帆と肩を組み、ヒソヒソと尋ねる。

 

「そんな話じゃないよ。」

 

「じゃあ、一緒にいてもいぃか?」

 

「それはやめて。」

 

「ほら、やっぱそぉいう話じゃねぇか!」

 

「もう、それでいいからとにかく、席を外して。」

 

すでに男同士の内緒話の体ではなくなった蛍を、伊奈帆は押し出すように会議室から追い出し、鍵を閉めて入れないようにした。

 

会議室は防音室であるため、ドアに耳をつけても中の音は聞こえない。

 

蛍は舌打ちしてその場を離れた。

 

彼もまた、準備があるのだ。

 

 

 

 真っ暗な芦原高校の廊下で、白いパーカーを着た少女が携帯電話の画面を見ていた。

 

今はフードを脱ぎ、赤く短いくせ毛と虚ろな顔立ちが携帯電話のバックライトに照らされている。

 

カーテンが閉められ、少しでも人の気配を消すため、建物内は非常口や消火栓のランプ以外に光源は彼女の携帯電話の画面しかない。

 

画面に映っているのは、少し幼い少女と、壮年の男性であった。

 

二人の顔はよく似ており、笑顔で写っていることが、彼女達が幸せであったことを物語っている。

 

「親父さんか、それ?」

 

「きゃ!?だ、誰!?」

 

少女は背後から声をかけてきた男にモバイルライトを向けて後ずさる。

 

痴漢よけの方法の一つをくらった彼は目をかばい、

 

「携帯のライトぐれぇなら大丈夫だろうけどよぉ、万一があっからな?」

 

と言って、目が光になれたらしく、手を下げる。声をかけてきた男は蛍であった。

 

「驚かさないでよ・・・で、何?」

 

少女が、ぶっきらぼうに蛍に尋ねると、蛍は少女を壁に追い込むようにして立ち、

 

「いや、な?俺たち、どっかで会ったことねぇか?」

 

「ハァ?何それ?ナンパのつもり?なら古くさいわよ、その手。」

 

少女は蛍にそう答える。蛍は実際、少女に見覚えがあった。

 

ただ、どこで、どういう風に見たのかを思い出せないのである。

 

彼が一番荒れていた三年ほど前、取っ替え引っ替えしていた女の一人かもしれないし、ただ町中ですれ違っただけかもしれない。

 

それほどあやふやなのだ。

 

「まぁ、ナンパって言えばナンパか?」

 

と、疑問型で答えた蛍に少女は、

 

「アンタ、バカ?今、どんな時かわかって・・・」

 

と、呆れながら蛍をつきはなそうと、分厚い胸板を両手で押した。

 

しかし蛍に見せられた彼の携帯電話に、メール機能を使って打たれた文章で、

 

『親父さんの仇、討ちにいかねえか?』

 

と、短いメモが書かれているのを見て、少女は蛍の胸ぐらをつかんで引き寄せ、

 

「バカじゃないの?アンタは見てないでしょうけど、あの火星カタフラクトに、地球のカタフラクトは手も足も出なかったのよ?」

 

と、罵倒する。

 

少女は会議に出ていないので、伊奈帆が見つけたニロケラスの『弱点』を知らない。

 

「ダンゴムシの変なバリアなら、ナオの字・・・トンネルでおめぇを口説いてたヤツが破り方を見つけてな、あとはちょっとばかし無茶すりゃあ、ダンゴムシのパイロットは地獄行きだ。」

 

「・・・つまり、アイツの作戦に協力しろってこと?」

 

と、確認する少女に蛍は首を横に振った。

 

「いや、こいつは単独行動だ。ナオの字とは別に行く。」

 

「・・・内容によるわね。」

 

蛍は少女に、伊奈帆が却下した作戦を、採用した作戦と組み合わせてやる旨を説明する。

 

「それ、私達はまず確実に死ぬんじゃないの?」

 

「別に爆弾抱いてつっこむわけじゃねぇ、確実に死ぬって決まったわけじゃねぇよ。」

 

「・・・ま、嘘はついてないわね。わかったわ、条件付きでその話、乗ってあげる。」

 

そう言った少女に蛍は、

 

「条件?」

 

と、尋ねる。

 

すると少女は蛍を射抜くような目でにらみながら答えた。

 

「あのカタフラクトのパイロットは・・・確実に殺すこと。飲めないなら、他を当たって。」

 

これに蛍は不敵に笑い、

 

「ハナっからそのつもりだ。それじゃ、バイクデートとシャレこもうぜ。」

 

と、デートの約束を取りつけたようにしてそう言うと、

 

「・・・ライエ・・・」

 

と、少女は呟く。

 

「ん?」

 

「ライエ・アリアーシュ・・・あたしの名前。」

 

「あ、そういや、自己紹介がまだだったな、俺は宿里蛍だ。」

 

そう言った蛍に、ライエは、

 

「蛍ね・・・それじゃ、明日の『デート』、楽しませてね。」

 

と、答えて避難民が眠っている食堂に戻り、それを見送った蛍はカーテンの隙間から、ニロケラスがいるであろう方をにらみつける。

 

『明日は火星人狩日和だろうな。ヤツら、皆殺しにしてやるよ!』

 

15年前の戦争の時に砕けた月が照らす新芦原に、蛍はそう決意を固めたのであった。




次回はニロケラス戦です。

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