【A/Z】蛍へ~銃と花束を~   作:Yーミタカ

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 今回、多少ショッキングな描写を含んでおりますのでご注意を。


第十八話 鞠戸大尉の過去

 とある砂漠の町、特筆すべき資源も無ければ交通の要衝というわけでもない地球連合傘下の町だが、ヴァース帝国軌道騎士がすぐ近くに降下しているとなれば連合軍も無防備にしておくわけにもいかず、小競合いならば押し返せる、騎士が直々に軍を率いて一大攻勢をかけてきた場合は民間人を連れて戦略的撤退ができるよう、申し訳程度の部隊が配置されていた。編成はいわゆる歩兵旅団、歩兵連隊を中心にカタフラクト隊、砲兵隊、戦車隊が配備されており、カタフラクト隊にはかつてのフェンリル隊員の一部、そしてユキ姉がいた。フェンリル隊は鞠戸大尉が率いていた中で事実上の小隊として動かせる分がまとめられて再編待ち、ユキ姉は彼女の弟を含む一部徴用者の扱いを巡って上層部に直訴した結果、左遷され、せめて身内がいる場所であるよう鞠戸大尉が自分の隊の副官ということにしているのだ。

 これといった娯楽のある町でない上に事実上の左遷先だからか、綱紀は緩んでおり宿舎に仲のよい女性兵ならばまだしも、民間人女性、下手をすればコールガールを連れ込む者までいる始末である。駐留軍の司令官も一時は綱紀粛正を試みたが、暴動が起きかねないため事実上黙認している。そんな状態であるが鞠戸大尉はそのようなことを一切していなかった。副官であるユキ姉すら自室で会うことはなく、隊長がそこまで徹底しているため隊員もさすがに宿舎へ民間人を連れ込むような真似をする者はいない。それ以外、すなわち町に出て合意の上での女性兵、コールガール等含む民間人とであれば互いに見逃しているが。

 一見、鞠戸大尉は綱紀粛正を徹底しているように見えるがそういうわけではない。元々彼は綱紀等にはあまり頓着していないのだ。ならばなぜ、よく知った相手すら自室に来ることを拒むのか、それは彼の部屋の状態からである。端的に言えば汚部屋、ゴミ屋敷状態だ。元々彼は家事が苦手であったが、蛍が来る前でもここまで酷くはなかった。否、正確には一時期同じことがあった、それはかの懲罰部隊から帰ってきたばかりの頃である。

「・・・グ・・・蛍、そこは踏・・・うわあああぁぁぁ!!!」

うなされては目を覚まし、気がつけば仕事、そんな日々を送っていたのだ。

 蛍がかつて鞠戸大尉も所属していた懲罰部隊に放り込まれて一年と半年、彼は自分のためにこの世を去った人がどのような気持ちであったか約17年越しに知ることとなり、悪夢にうなされているのだ。鞠戸大尉は肌身離さず持ち歩いているロケットを開く。ロケットの中には二枚の写真、一つは自分が指揮していた戦車小隊で特に親しかった隊長車運転手のヒュームレイ准尉と、当時新任士官であった鞠戸大尉に士官学校では教わることのできない実戦での指揮、心構えを教えてくれた小隊付下士官の宿里曹長、蛍の父が写っている。そしてもう一つは若い鞠戸大尉に寄り添って写る女。長い黒髪に優しそうな顔立ち、どことなくユキ姉に似ている彼女だが、隣に写る鞠戸大尉の年齢の頃ならばユキ姉はまだ子供か下手をすれば赤ん坊だ、間違いなくユキ姉ではない。

「お前はもっと辛かったんだよなぁ・・・この程度で音をあげてちゃいけねぇ・・・ッヨシ!」

自分の頬を両手で叩き、鞠戸大尉は足の踏み場もない部屋を歩いて外に出た。

 この一年半、彼はこのような空元気で仕事を続けていた。些細なミスをすることはあるが、それらをユキ姉やフェンリル隊の面々がフォローしてくれるのと、大きなミスはしないためどうにか仕事を続けていられる状態なのである。しかしどうしても寝付けない、そして翌日が休みの日は、深酒をする悪癖が戻ってきてしまっていた。この悪癖はかの懲罰部隊から帰還し、ある事件の後に生まれ、されどある使命感が芽生えたことで振り切ったはずであった。

 夜、消灯時間ギリギリの頃に鞠戸大尉はウイスキーをストレートで飲んでいた。普段は自分の限界を察して部屋に戻るのだが、この日はそれができずにラウンジで酔い潰れてしまったのである。

「あら、大尉!いくらなんでもこんなところで寝てたら風邪引きますよ!?」

偶然通りかかったユキ姉が酔い潰れた鞠戸大尉を見つけ、頬をペチペチと叩く。

「ムニャ・・・」

「ダメね、仕方ないわね。大尉、肩貸しますから、帰りましょうね?」

ユキ姉は泥酔している鞠戸大尉に肩を貸して立たせると、彼の自室まで歩かせた。

 

「大尉、鍵!」

「うぅ・・・」

基地内のラウンジで、見つけたのがユキ姉であったことが幸いした。もしこれが町の飲み屋で、悪意を持つ者であったら大変なことになっていただろう。それはさておき、ユキ姉は鞠戸大尉から受け取った鍵で部屋の扉を開けると、中の状態に顔をしかめる。

「ウ!臭!!それにこれ・・・」

ユキ姉もどちらかと言えばずぼらで、伊奈帆がいなければゴミ屋敷の住人だと冗談めかして自嘲することもある彼女だが、本物のゴミ屋敷、汚部屋を見るのは初めてであった。確かに鞠戸大尉は家事が苦手であるが、蛍が彼のもとに来る以前であっても彼女が知る限りここまで酷い状態ではなかったはずである。

「とりあえず、大尉はこちらへ・・・それと。」

ユキ姉はこの汚部屋を見てやるべきことを胸に決めたのであった。

「掃除は明日としても、せめて片付け。」

ユキ姉も明日は休みであり、この部屋を片付けることにしたのである。

 

 一方、鞠戸大尉はいつもの悪夢・・・懲罰部隊にいる蛍の夢でなく、自分の過去を夢で見ていた。種子島での戦闘詳報、通称『種子島レポート』を握り潰され、危機を感じた鞠戸大尉はそれを流出させた。その結果、彼に下された罰はかの懲罰部隊送りであった。懲罰部隊の惨状を見た彼は、『ここで死ぬことが全ての償いになる』くらいに考えていた。しかしそのような考えのためか、結果として諜殺も含めた全ての死神の鎌をかわしてしまった。そして鞠戸大尉にかけようとした硫酸を誤って自らかぶってしまった男を見た時、鞠戸大尉はまだ自分が死ぬ運命でないと悟ったのである。それまで何度も突き返していた、種子島レポートを虚偽と認める念書を書き、正規の手続きで軍に戻ると約一年ぶりに自宅へ帰ったのであった。

 婚約者と同棲していたアパート、一年ぶりに戻ったそこは貼り紙だらけとなっていた。

『バカ、死ね、ウソツキ、火地友好の敵、売国奴、人殺し』

等々、考えられる悪口にまざり、三ヶ月ほど前の日付から

『家賃支払督促、電気代未収通知、新聞契約打切通知』

や大量の新聞、ダイレクトメール等、ここには誰も住んでいないと取れる書簡が投函されている。当時の鞠戸大尉は、同居人はすでに実家に帰ったくらいに思っていたが、今の彼はその扉の向こうの惨状を知っている。

「ったく、ひでぇなコリャ。(やめろ、よせ、開けるな!)」

鞠戸大尉がどれだけ叫んでも彼の脳が過去の映像を再生しているだけなのだ、扉を開けるのを止めるわけがない。鍵を開け、ガチャッという音と共に扉が開かれる。

(うわあああぁぁぁ!!!)

夢を見ている方、つまり現在の鞠戸大尉が音にならない悲鳴を挙げる。同居人はずっと待っていたのだ、玄関からも見える居間でずっと。

見つけたと同時に過去の鞠戸大尉が婚約者に駆け寄るのを、現在の鞠戸大尉は幽体離脱したように過去の自分を第三者視点で見下ろすような形となる。

「ったく、ドッキリにも程があるだろ?いつ覚えたんだ、空中浮遊マジックなんてよ?」

婚約者を縄からほどき、畳の上に横たえた鞠戸大尉は婚約者の頬をペチペチと叩いて起こそうとするが、彼女が反応するはずがない。

「オイオイ、死んだフリかよ?息まで止めて・・・オイ!ネタバレてるって!ユキ!目ぇ開けろよ!」

過去の鞠戸大尉は婚約者に人工呼吸をして、服の胸元をはだけさせて心臓マッサージを始めた。そんな様子を、現在の鞠戸大尉は頭を抱えて見ている。

(そりゃまあ、コレ見りゃ、誤解されたのも仕方ねぇか?)

鞠戸大尉は部屋を見回すが、その景色はモヤがかかって不明瞭である。あくまで鞠戸大尉の記憶である以上、彼が注視していなかったものに関しては不明瞭になるのだ。それはさておき、過去の鞠戸大尉がやっていたことは何の意味もない。なぜなら・・・

「ちょっとうるさいわよ!?・・・あ、ああああんた!な、な、な何やってんのよおおおぉぉぉ!!!」

鞠戸大尉と面識のない、近所のオバさんが今まで人の気配のなかった部屋がドタバタとうるさくなったため苦情を言いに来て、鞠戸大尉と婚約者の姿を見て悲鳴をあげた。

 鞠戸大尉が蘇生処置を行っていた婚約者は首を吊って死んでいたのだ。後の検死結果によると死後半年、発見された時には腐乱し、蛆が大量にわき、美しかった顔も崩れてしまっていた。蘇生処置など意味がないことなど、見ればわかる状態だったのである。この事件は大小問わず様々なメディアが大きく報じた。一部では近隣で適当な聞き込みをして、あることないこと書いたものもあった。

『連合軍士官、死体遺棄の疑い。殺害にも関与か?』

『連合軍士官、一般女性を強姦死、死後半年ものあいだ死姦。』

『警察と連合軍の癒着?殺人容疑の士官をなぜ逮捕しない?』

『連合軍は不要!ヴァース帝国よりも連合軍こそ危険!!』

なお、警察による公式発表では

『山城雪音(22)は司法解剖、現場調査の結果自殺と断定、第一発見者の地球連合極東方面軍九州師団所属鞠戸孝一郎少尉(23)については一年の間軍務にて現場に訪れておらず、自殺そのものへの関与は無いものと推定される。』

であった。彼女が残した遺書も発見され、内容は要約すると、

『罵詈雑言もあの人が生きていれば耐えられた、けどあの人はきっともうこの世にいない。あの世で一緒になろうと思います。』

と、鞠戸大尉が音信不通となり、殉職したと思っての後追い自殺だったのだ。これらの真実は個人間や一部メディアでは伝達された情報であったが、総量は先の嘘八百報道の方が圧倒していた。なぜ真実よりも嘘の方が喧伝されるのか?嘘が商品になるからである。人間はつまらない真実よりも面白い嘘を好む生物だ。『恋人が死んだと勘違いして自殺した憐れな女性』と、『軍人が強姦して殺した被害女性の死体を半年も玩具にしていた、軍人だから国家機関等に匿われている、これは不正だ!これを糾弾する者こそ正義!!』ならば、商品価値の高い情報は後者だ。可哀想ではあってもどこか、否、どこにでもありそうな悲劇よりも、わかりやすい悪党、それも『巨悪』に属する者を、力無き一般人が団結して正義の鉄槌を下す、正義は我等にあり!の勧善懲悪物語の方が客受けがいいのは当たり前だ。その勧善懲悪物語はそうあるものではない、と言うよりは『存在しない』のだから。無責任な客はその娯楽のために自らと無関係な者がどれだけ犠牲になっても構わない、結果、本来なら顔も名前も伏せられたであろう鞠戸大尉の婚約者、雪音は死後に尊厳を汚され、鞠戸大尉はありもしない罪を被せられ、ただでさえ不安定であった彼は酒で虚脱感や悲しみを忘れようとしたが悪化の一途を辿り、第一次星間戦争から5年、連合軍監視下で予備役中尉として受け取った端金を酒につぎ込む自堕落な生活をしていた彼はとうとう自ら命を絶とうと雪音と同じように首を吊った。しかし薄れ行く意識の中、雪音と出会ったのだ。もしかすると三途の川のほとりで鞠戸大尉を待っていたのかもしれないし、単なる幻覚かもしれない。だが、彼女が言ったことが後の彼を決定した。

 

『私の分もしっかり生きて。あなたの力を必要としてる人はまだたくさんいるのよ。』

 

偶然にも縄が切れ、彼は一命をとりとめた。そんな奇跡を彼は、火星と戦って生き残った自分を軍に残すこと、そしてせめて、自分が指揮していた小隊の遺族に償いをしていくことが自分に課せられた使命なのだと考えたのだ。自殺未遂から五年で現場復帰し、大尉昇進、平行して遺族の足取りを必死で追い、大部分は新たな幸せを手にしていたが、一人は足取りが途絶えて追えなくなり、一人は犯罪記録を残していた。足取りを追えなくなったのはマグバレッジ大佐、犯罪記録を残していたのは蛍である。かつて世話になった宿里曹長の息子と出会った時、必ず彼を幸せにすると鞠戸大尉は宿里曹長に誓ったのであった。

 

「うぅ・・・」

鞠戸大尉は過去の追体験を終え、ビデオが再生を終えたように真っ暗な部屋の中、ベッドで横になっている。グワングワンと頭が揺れるような不快感を感じながら部屋の中を見回すと、もはやこの世にいないはずの女がいた。部屋の中の物を動かしたり、床に脱ぎ捨てられた服をたたむ彼女に鞠戸大尉は小さく声をかけた。

「ユキ・・・」

雪音の愛称で彼女に呼びかけると、彼女は振り向き、枕元に歩み寄ってくる。

「すみません、大尉。起こしてしまいましたか?」

と答える彼女を鞠戸大尉は抱きしめた。

「え、ちょ、大尉!?」

「やめろよ、そんな他人行儀。孝一郎でいいだろ?」

彼女は最初戸惑っていたが、抱擁を返しながら

「ええ、孝一郎さん。」

と答えた。鞠戸大尉はユキをベッドに誘うと唇を奪いながら彼女のブラウスをはだけさせ、外から入ってくる星明かり、月の破片の光という少ない光でもわかる白い肌と対照的な黒いブラジャーを外す。この時、鞠戸大尉は少し違和感を覚えた。雪音はフワッとしたワンピースを好んでいたが、目の前の彼女は制服のようにきっちりとしたブラウスにタイトスカートを着用している。下着も白や桃色など明るい色を好んでいた。だが、燃えるように愛し合った女の夢と考えると些細な違いなど気にならなくなっていった。

 鞠戸大尉はご無沙汰などというものでなく、雪音を初めて抱いた時のように、壊れ物を扱うかのように優しく彼女を抱いた。彼女もまるで経験が無いかのように身体全てを鞠戸大尉に委ね、暗い部屋で恥ずかしそうに、そして痛みを我慢して声を押さえていた。

 

 窓から差し込む陽光を鞠戸大尉は手で遮りながら目を開く。服が妙な乱れ方をしており、それを直しながら部屋の中を見回すと汚部屋が見る影もないほど片付けられており、自分に背を向けた女が、数日前に着た記憶のある彼の制服にアイロンをかけている。

「界塚?どうして俺の部屋に?」

鞠戸大尉がそう尋ねると、ユキ姉は振り返って一瞬怪訝な顔をしたがすぐに笑顔で答えた。

「鞠戸大尉、もうすぐお昼ですよ?」

「いや、そうじゃなくてな・・・」

鞠戸大尉が再び尋ねようとすると、ユキ姉は笑顔のまま、

「昨日、大尉ったらラウンジで酔い潰れてたんですよ。それでお部屋まで送ったんですけど、酷い部屋だったからお片付けしようと思ってお部屋の鍵、借りてました。はい、お返ししますね。」

と答えて鞠戸大尉に鍵を返す。

「・・・そういえばユキって・・・私のことじゃないですよね?いつも『界塚』ですし?」

鍵を返したユキ姉がそう尋ねると鞠戸大尉は顔を真っ青にした。

「いや、ま、待て、それ、どこで?」

「昨日、寝言で『ユキ、ユキ』って。」

これに鞠戸大尉は顔を手で隠す。

「・・・昔の婚約者だよ。」

声が照れているのでなく、落ち込んでいるのでユキ姉も真剣な顔をする。

「昔の?・・・聞いてもよろしいですか?」

この話はユキ姉も知らないのである。鞠戸大尉は懲罰部隊のことは伏せ、雪音のことを話した。

 

「そう、ですか。ですけど、その人も大尉が元気でいることを望んでますよ!きっと、そのロープを切ったのも雪音さんです!」

「いや、さすがに偶然だろ?」

「いいえ、ずっと雪音さんは大尉のこと、守ってくれてますよ。私も女ですから、雪音さんがどう思うかわかります!」

と、言いきるユキ姉に、鞠戸大尉は微笑みを浮かべて彼女の頭をクシャクシャと撫でる。

「ありがとよ、気が楽になった。」

「えへへ・・・あ、そういえば蛍くん、帰ってきたそうですよ!デューカリオンとこっちに向かってるそうです。」

「ふっ、あの大バカ野郎!心配かけやがって!!」

鞠戸大尉は満面の笑みで答えた。

 

 二人で息子、弟と会えることを喜んだあと、鞠戸大尉はあらためて昨夜の夢のことを考え、ユキ姉に話す。

「しっかし、なんだったんだ、あの夢。」

「・・・夢のことでしょう?意味なんてないですよ。」

「ま、それもそうか。」

「ええ、ただの夢・・・ですよ。」

吹っ切れた鞠戸大尉とは対称的に、複雑な表情をして下腹を撫でるユキ姉であった。

 

 




 鞠戸大尉、あんまりにも女気がないので、何かあったのでは?という前提で書きました。少々やりすぎかとは思いましたが、こんなことでもあれば女気がないのも納得かと。

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