「兄ちゃん、遅れてるわよ~」
「へい、チーズバーガーお待ち!!」
基地の厨房で、いつぞや本部の厨房を切り盛りしていたおばさんの指導の下、蛍は何人分ものハンバーガーを作っていた。
本来はライエをはじめ、韻子、ニーナ、カーム、伊奈帆の計五人分に付け合わせポテトを作るだけのはずで、材料も人数分のキャッシュしか使っていなかった。いつぞやの砂漠での約束を果たすだけだったのだが、ライエが皆を連れてきたのだ。ライエの分は蛍持ち、他の者は自腹であったが、急に増えた分は蛍も驚いていた。
「ライエ、人数増えるなら先に言ってくれ、頼むから。」
「な~によ、アタシ達はお邪魔虫とでも言いたいの?」
ライエに苦言を呈す蛍に横から韻子が割り込む。
「へい、網文曹長、ダブルチーズお待ち。」
蛍は先発三つ、ダブルチーズバーガー、チーズバーガー、ハンバーガーと付け合わせポテトが載ったトレーをそれぞれ韻子、ニーナ、ライエに出す。
「わ~、ありがと~!」
「クライン、いくらなんでも大げさじゃねえか?」
ニーナは拍手しながら受け取り、ライエは微笑みながら受け取る。蛍はデューカリオンに戻って、ライエが韻子、ニーナと仲良くしているのを見て嬉しく思った以上、三人連れで来るのは申し分なかった。問題はおまけ二人についてだ。
「へい、ハンバーガーにダブルチーズお待ち。」
伊奈帆はハンバーガー、カームはダブルチーズ、二人にはまるで、バイト先に冷やかしに来た同級生相手のような塩対応である。
「オイオイ、それが客に対する態度か~?」
カームはそれこそ、バイト中の同級生を冷やかすような話し方である。
「ありがと、宿里伍長。」
伊奈帆は一見いつも通りだが、隣に座る韻子にはその姿が痛々しく映る。
伊奈帆を連れてきたのは韻子の考えであった。最初は渋っていた伊奈帆だが、カームがほぼ無理矢理引っ張って来たのである。蛍がカームに塩対応しているのはこのような流れがあったからでもある。
「うん・・・おいしいけど、何か違う。」
ライエの感想に、ニーナが横から
「違うって何が?」
と、尋ねる。ライエの比較対象は某橋の看板の店で、チェーン店であったその店は当然の話だが肉は工場生産のチルド品、パンも同じく工場生産で、今並んでいる蛍の作った物は、パン一つ取ってもキチンとした物、肉はソースが染み込みやすい粗挽き肉を使ったハンバーグ、ソースも自主調合とこだわり尽くした代物だ。故にライエは違和感を覚えたのである。
「ま、確かにお金取れるレベルじゃないわよねぇ、蛍?」
「手厳しいですな、網文曹長は。あくまで家事の延長ですからね、自分の料理の腕は。」
「いや、そんなことねぇって!つぅかライエ、何か違うってオマエ、まさかアソコと比べてんのか?」
カームは蛍をフォローしながら、ライエに手で橋の看板の形を作るとライエは首肯する。
「バッカ、オマエあんなのと比べんなよ!いくらなんでもワリィだろ!?」
「あぁ、クラフトマン軍曹?失礼ですが彼女は・・・」
「あの店に。」
「ォィ!」
カームの上げて落とし、作者の肝を少々寒がらせるジョークに、蛍は小さく抗議の声を上げ、韻子、ニーナ、ライエは驚いて蛍を見るが、彼は取り繕うように伊奈帆へ話しかけていた。
「界塚少尉、お味の方は?」
「悪くないと思う。」
元を正せば韻子が伊奈帆を誘ったのは、蛍と伊奈帆があまりにも他人行儀で話し、それに傷心しているのが見て取れる伊奈帆をいたたまれなく思ってのことであった。しかし蛍はいまだに他人行儀を続け、伊奈帆もそれに合わせているかのような話し方だ。
「ねえ、アンタ達いつまで意地張ってんのよ?」
とうとう韻子は二人にそう切り出した。
「意地?」
「網文曹長、どういう意味で?」
「だ・か・ら!その『曹長』とか付けるのやめなさいって言ってんのよ!!伊奈帆も伊奈帆よ!!何よさっきの『宿里伍長』って!?」
「ちょ、ちょっと韻子~!」
興奮して立ち上がった韻子を、ニーナが羽交い締めして引き止める。そうしなければ二人に噛み付きそうな勢いだ。
「韻子、落ち着きなさいよ、どうどう。」
「人を馬みたいに言わないでよ!」
「韻子、僕たち、何か間違ったこと言った?」
ライエがあまりやる気を感じさせない言い方で韻子を制止するのに続くように伊奈帆が尋ねる。韻子は伊奈帆がズレた物言いをしているのではないと言葉の調子で解した。本気で今までのやり取りに疑問を感じていないのだ。
「僕は事実少尉だし、韻子も曹長、カームは軍曹、彼は伍長。何もおかしくないでしょ?」
「じゃ、じゃあライエとニーナは?」
「ライエさんは今のところ二等兵でニーナも一等兵、普通に呼んでてもおかしくないよ、」
理屈の上では伊奈帆の言う通りだ、しかし韻子は納得できないのである。伊奈帆が本当にそのように考えているのであれば、今のように辛そうにはしていないはずなのだ。
「だから、アタシが言いたいのは・・・」
「ん?この基地のハンバーガー、こんなだったか?」
「いんや、ちょっと臨時の子が入ってね。」
韻子達のハンバーガーを見た兵士が食堂のおばさんに尋ねると、おばさんは蛍を指して答えた。
「そういやメシ、まだだったな、兄ちゃん、俺もハンバーガー一つ!ポテト付きで!!」
「え?いや、俺は・・・」
蛍は事情を話そうとしたが、他にも兵士が集まってくる。
「俺も」
「俺も!」
もはや全員に説明するのは不可能な数が集まり、おばさんは蛍を激励する。
「ほら今からここは戦場さね、ボヤッと突っ立ってたら死んじまうよ!!」
「い、イエス、マム!!」
蛍は条件反射でおばさんに敬礼した。
「さぁさぁとっとと仕事にかかりな!早くしないと客が途切れる前に材料が腐っちまうよ!!」
「イエス、マム!!」
どこかで聞いたことがあるセリフを言ったおばさんに敬礼すると蛍は仕事にかかった。あまりの忙しさに伊奈帆達は気を使ったのか引き上げ、冒頭につながるのである。
「お、終わった・・・」
材料が尽きるのと客が途切れるのはほぼ同時であった。
「まったく、この程度で根を上げるんじゃないよ、おばちゃんなんてこの三倍は毎日さばいてるんだからね?」
座り込んで答える気力すらない蛍は頭の中で、『この三倍とか、どっかの懲罰部隊が天国に思えるぜ・・・』と考える。
「はい、お駄賃の明細。キャッシュで入れとくから確認してね。」
「ふぁい・・・」
どうにか答えて蛍が立ち上がると、おばさんは彼の背中に、
「まぁね、若いウチはいろいろあるさ、けどいつまでも逃げてちゃ、何も始まらないよ。」
と、声をかけた。おばさんは蛍と伊奈帆達のやり取りがきな臭くなったので蛍に仕事を言いつけたのだ。
「マム・・・」
「それはやめなよ、兵隊さん、あたしゃただの手伝いさ、おばちゃんでいいよ。」
「じゃあおばさん、ありがとうございました。」
蛍は振り向いて深く頭を下げて厨房を後にしたのであった。
蛍はデューカリオンに戻って、かつて所属していたスカウト部隊、フェンリル隊が異動しており、再着任次第合流再編することになる新兵を、数名の先任下士官と共に格闘訓練を施すこととなった。彼の格闘技術は懲罰部隊で死線を潜り続けたことによってより洗練されており、かつてのフェンリル隊員たる先任下士官にも驚かれる。
そんな彼が新兵の訓練を終え、一人残って自身の鍛練を続けていると、一人の男がやってくる。
「お、まだやってたのか、蛍?」
「クラフトマン軍曹?何かご用で?」
訓練所に入ってきたのはカームであった。彼は整備を終え、今は運動着を着ている。
「いや、伍長に稽古でもつけてもらおうかなと思ってな。」
「そうでしたか、では防具をお持ちしますので少々お待ちを。」
「いらねぇよ、そんなモン、それとも何か?テメェは防具無しじゃオレみてぇな整備兵も相手できねぇのか?」
カームは蛍を挑発するような語長でそう言うが、蛍は困惑しながらも理由を述べる。
「いえ、防具無しでは万一の場合がありますので・・・ッ!?」
カームは蛍の答えを遮るように顔面へポケットに入れていた何かを投げつけた。それを宙で蛍が取ると、それは汚れた整備用の手袋であった。
「クラフトマンよ、コイツはケンカ売ってるってことでいいか?」
「だったらどーすんだよ?」
「上等だ、買ってやるよ!!」
蛍は手袋を投げ捨て、左掌に右拳を打ち付けてそう怒鳴る。
カームは蛍へ真っ直ぐ突進し足を狙ってタックルするのを蛍は軽々いなしてカームを転ばせる。
「グッ、まだまだぁ!!」
カームは立ち上がり蛍へ大振りのパンチ、キックを繰り出すが蛍はパンチを易々と避け、キックは一発目をかわして二発目に合わせて足を払う。
「どうした、ケンカ売っといてこの程度かよ?」
「オマエもあんまなめんじゃねぇぞ!」
事実、蛍はカームにまったく本気を出していない。本気ならばタックルを切った時、はたまた足を払って転ばせた時にマウント取って決めてしまっていただろう。それをしない時点であしらっているだけだ。
「そりゃあああぁぁぁ!!!」
カームは再び立ち上がり蛍へ向かっていく。無駄な動きが多い、蛍にとってはチンピラのケンカ以下のカームの鳩尾にカウンターパンチを叩き込むとカームは腹を押さえてその場に座り込んだ。
「やめとけ、お前じゃ俺に敵わねぇよ。」
「ガハッ、ゲボッ、オエェ・・・ま、まだだ・・・」
ふらつきながらもカームは立ち上がった。
その後、カームは何度倒されても立ち上がり蛍へ向かっていく。
「もうやめろよ、俺だって勢い余っちまうかもしれねえぜ!?」
「ま、まだ・・・まだだぜ・・・」
カームは鼻血を流しながら、もはや腕を上げるのも難しくなったのにファイティングポーズを取り、右足を引きずりながら蛍ににじり寄って行く。カームはすでに立ち上がるのも難しいほどのダメージを負っていた。鼻血で息はろくにできず、両腕は何度も殴られ蹴られ、骨が折れていないのが不思議なほど腫れ上がり、足も蹴られ過ぎでパンパンに腫れていた。しかしそれでもカームは蛍へ向かっていくのを止めないのである。
「・・・もうやめろよ!わかったよ、俺の負けでいい!!」
「や・・・やった・・・勝った・・・ぜ・・・」
カームは蛍が降参すると力尽き、その場に倒れた。
カームが目を覚ますとそこは訓練所でなく医務室であった。正式に軍医となった耶賀来先生が呆れながらカルテを見ており、その向こうでは蛍がばつが悪そうに座っている。
「一応、お話はうかがいますよ、どうなさったのですか、クラフトマン軍曹?」
「いや、宿里伍長にCQC訓練を付けてもらって・・・」
「伍長と言い分が違いますね?私闘の末こうなったとのお話ですが?それに訓練のレベルではありませんよ?」
「いや、激しい訓練だったんですよ、ホント!」
蛍は私闘だったと耶賀来先生に言っていたが、カームは訓練と言い張る。無論、耶賀来先生は負傷具合から何があったのかある程度わかる。
「まぁ、訓練中の事故とおっしゃるならそうなんでしょう、幸いにも骨折等はありませんし、脳波も異常ありませんでしたから、そういうことにしておきましょう。後日、目眩や強い痛みが出ましたらすみやかに医務室に来てくださいね。」
そう言って耶賀来先生は診察室へ戻る。
「ったく、どうしてあんなことしたんだよ?」
「こうでもしねぇとオマエ、ずっとオレや伊奈帆から逃げるだろ?」
カームがそう言うと、蛍は強く反論する。
「逃げるって何だよそれ!?」
「オマエさ、やらかした後から伊奈帆のこと避けてたろ?ニーナとライエはまだしも、韻子やオレとは昔から距離取ってたしよ。
それ含めてよ、連合本部で戦った後な、ライエとオレ、韻子、ニーナで話してたんだよ。ライエのヤツが言ってたんだけどよ、オマエは『敵』じゃねえと興味を示さねえって。なら、一番手っ取り早くオマエをこっち向かせるなら、ケンカ売るのが一番だと思ってな。」
「距離?そんなこと・・・」
「オマエ、オレや死んじまったオコジョ、韻子とニーナ、めんどくせーな、伊奈帆以外全員ファミリーネームで呼んでたろ?何があったか知らねぇけど、ニーナとか特にファーストネームで呼べって言ってたのに無視してよ。最初はそういうヤツって思ってたけどな、何となく気付いたんだ。オマエ、他人が『怖い』んじゃねぇかなってな。」
図星を突かれた蛍は口ごもる。かつて伊奈帆に言った『独り言』で伊奈帆を怖かったと言っていたが、極論彼は誰も彼もが怖かったのだ。 だから『敵』、『将来の敵』、『それ以外』として壁を作っていた。
「だからよ、まずはオマエがオレの方を向くようにしねぇと話も聞いてくれねぇか、聞き流されるだろ?だからケンカ売ったんだよ。」
そう言ったカームに蛍は失笑しながら、
「クソッ・・・カーム、お前、馬鹿だろ、それも大馬鹿・・・そんなことのためにこんなボロ雑巾みてぇになってよ・・・」
と、答えた。それにカームは笑みを浮かべる。
「オ、初めてカームって呼んだな?ホラ、収穫は十分じゃねぇか?」
「ここまで、やられちゃ、仕方ねぇだろ?」
まだ笑いが収まらない蛍は息を詰まらせながら話す。
「それに何だかんだ言ってもオマエに勝てたしよ。」
「の○太かお前は?」
事実、勝ったと言ってもカームはのび○太よろしくボロボロだ、しかしカームにしろの○び太にしろ、他人のためにボロボロになりながらも全力で戦った者を誰が嘲笑できるだろうか?
「ま、それはいいんだ、それより蛍。聞きてぇことがあるんだけどいいか?」
「お、いいぜ、何だ?」
蛍は軽くカームに答えると、カームも軽い調子で尋ねる。
「オマエさ、ライエとヤッた?」
「ブフゥ!?ゲホッゲホッ!!」
驚き吹き出した蛍はカームの胸ぐらをつかんだ。
「このエロフトマン!何つーこと聞いてくれやがんだ!!」
「分かりやすっ!!つーかもうこれ、答え言ったようなもんだろ、ア
大声に対し診察室から耶賀来先生が顔を覗かせる。
「お二方、そう言うお話は小さい声でお話ししましょうね~?」
「す、すいません・・・」
二人が謝罪すると耶賀来先生は診察室に戻っていく。
「しかし、何でわかったんだよ?」
「ライエ見てりゃあわかるっつの、何つーかさ、前より美人になってるしよ。」
「もっぺん言っていいか?このエロフトマン。」
蛍はこめかみを指で叩きながらそう言う。
「何とでも言えよ。それにしてもオマエとライエが付き合ってたとはな~」
「そういうわけじゃねんだよ・・・」
蛍は機密に触れないように、ライエの名誉を傷つけないようにかいつまんでライエとのことを話した。蛍にはライエとのことを一人で抱え込むには大きすぎたのだ
「・・・なるほどな。まあ何だ、一つ聞くぜ?オマエはライエのこと、どう思ってんだ?」
「どうってぇと?」
「ン~、あーも、めんどくせー、ライエのこと好きなのか、それともヤりたかった時に偶然いい女が目の前にいただけなのか?」
カームは蛍に直球で尋ねる。こんなことは伊奈帆であればしないだろうし、こういった相談は伊奈帆にしても仕方ないであろう。
「そうさな・・・エロいカッコしてて、いいカラダしてたとは思ったけど・・・違う、笑ってくれたあいつを、俺だけのモンにしたくて仕方がなかった。エロいカッコしてたとか言い訳だな。」
蛍は思ったことをそのまま口にする。
「なら、答え出たじゃねえか!」
「はぁ・・・出たはいいけど・・・」
蛍はカームの指摘にため息をつく。
「やっぱさ、無理やり抱いたのはまずかったと思うんだよ。」
「無理やりか?もしそうならよ、口も聞いてくれねぇだろ?
ま、あとは一つしか言えねぇな、頑張れ!」
カームはそう言って右拳を突き出し、蛍はその拳に自分の右拳を合わせて、
「おう、ありがとな。」
と、短く答えた。
「で、よ?オマエ経験多いとか言ってなかったか?反応が思っきし童貞卒業一人目みたいなんだけど?」
「童貞が言うなって言いてぇとこだけど・・・何て言ったらいいか、ただヤッただけの経験ってな、本気で惚れた相手にゃあんま意味無ぇってのがよくわかったよ。」
蛍は顔を真っ赤にしながらカームに答えた。
「本気で惚れた・・・か。ま、それはそれとしてニーナはどうなんだ?」
「クラインがどうして出てくるんだよ?」
「や、ニーナがオマエのこと好きなの、バレバレだったじゃねえか。オマエも悪い気はしてなかったみてぇだしよ。」
「・・・まぁ、可愛いな~とか、乳デケェとか思ってたし、いい子だとは思ってたよ。ただ、言っちまえば『LOVE』じゃなくて『LIKE』止まりなんだよな。」
これまた赤面しながら答える蛍。かつてのニーナとの一件の時、ニーナに対して少なくない好意を自覚した彼だが、同時に恋愛感情を抱くことは無いとも確信したのであった。ニーナは蛍にとって『綺麗すぎる』のだ。一般的にいわゆる恋愛関係とは対等の関係である。どちらかが支配的な関係になってしまうと不健全な関係になるか、そもそも成立しないかのどちらかだ。かつて日本にあった家父長制のような関係であったとしてもどこかで調整が為されていなければ婚姻を続けることは難しかったのであるから当然である。
「しっかし蛍とこんな話する日が来るとはな~」
「カーム、お前も俺にばっか話させねぇで少しは話せよ!」
「え、オレ?いや、浮いた話なんざね~よ、オレにゃ!」
この時、診察室に誰か入ってきた気配がしたのだが、カームはともかく蛍も気がついていない。
「オレさぁ、歳上が好みだから同級生はな~」
「歳上ってえとユキ姉さんとか?」
「いや、あの人あんま歳上ってカンジしね~じゃん?それにどっかの仏頂面弟がセットで付いてくるぜ?」
「それな!」
蛍は半笑いで、伊奈帆から無言で蹴られそうな冗談を肯定する。
「じゃあマグバレッジ艦長?」
「あの人な~、いや、オマエのカーチャンになるかもしんね~ぜ?」
「うげぇ、あんなおっかねぇお袋とか勘弁してくれよぉ。」
蛍が露骨に嫌そうな顔をするのを、カームはケタケタと笑う。本部での戦い以後、マグバレッジ大佐が鞠戸大尉を見る目が『上司部下のもの』でないというのはデューカリオンクルーの中ではもっぱらの噂となっていたのだ。一部で不自然に美化された、鞠戸大尉がマグバレッジ大佐を助けた英雄譚となった薄い本が連合軍の中で出回っているほどである。何故かマグバレッジ大佐が実年齢マイナス10歳され、少年士官となっているが。
「じゃあよ、不見咲副長はどうだ?」
「あの人、ゼッテー彼氏の一人二人いるだろ、オレなんか相手されねーっての!」
「いや、存外いない歴=年齢かもしんねえぜ?」
などと話していると、診察室から若い女性士官が顔を出す。
「私がどうかしましたか?」
「ブッ!?」
噂をすれば何とやら、今話題に上がっていた不見咲中佐であったのだ。彼女は耶賀来先生の、デューカリオンへの着任に関する書類のやり取りで診察室を訪れていたのだ。
「い、いやぁ不見咲副長モテるんだろ~なぁって、なあ、蛍?」
「そ、そうそう、牛丼屋並の回転率だろうなぁって、ハハハ・・・」
ごまかす二人に不見咲中佐は可愛らしく小首をかしげ、
「残念ながら、私に恋人というものがいた時間は一秒もありませんよ?」
と答え、診察室で書類のやり取りを終えると医務室を後にした。
「蛍、まさかの正解だったな。」
「お、おぅ・・・にしても口は災いのもととはよく言ったもんだな・・・」
二人は乾いた笑い声と共にそんなことを話すのであった。
翌日、カームは基地を出るデューカリオンの格納庫にてボロボロになった顔を部下達に驚かれる。
「班長、その顔・・・」
「あ、これか?格闘訓練でちょっとな。」
「これ、訓練じゃないっしょどう考えても!」
「いや、ホントだっての、そらより聞いてくれよ~、そん時な、元フェンリルのヤツから一本取ったんだよ~」
元フェンリルというのを聞いた部下達は色めき立つ。今は解散しているとはいえフェンリル隊はデューカリオンに関係する者で知らぬ者はいない。特に白兵戦の強さは語り草だ。
「元フェンリル相手に!?班長が!?」
「どうやったか聞きてぇか?」
カームは蛍との決闘を脚色して部下達に話して聞かせる。
一方、艦橋ではマグバレッジ大佐がオペレーター達の報告を聞きながら年甲斐もなく少し浮かれた様を見せていた。鞠戸大尉、そしてユキ姉が一時退艦して約一年。二人と、鞠戸大尉率いるフェンリル隊を迎えに行くのである。
「艦長、発艦準備整いました!・・・艦長?」
不見咲中佐が返事の無いマグバレッジ大佐に呼びかけると、ハッとした様子でマグバレッジ大佐は答える。
「どうしました?」
「いえ、発艦準備整いましたので、ご命令を。」
マグバレッジ大佐の様子で不見咲中佐以外はある程度察しがついたが、空気が読めないことに定評のある不見咲中佐だけは気づいていない。
「コホンッ、失礼しました。デューカリオン、発進!」
マグバレッジ大佐の命一下、デューカリオンはアルドノア駆動音を響かせ発進する。舵を握るのはニーナ、砲やミサイルの引鉄というべき火器管制を握るのはライエ、通信士の祭陽先輩にレーダー手の詰城先輩、大部分がかつてのわだつみと入れ替わったデューカリオンは広い空へと飛び立つのであった。
一部伏字ミスしたような気がしますが気のせいでしょう。
薄い本?きっとオジショタ好きの貴腐人な騎士団みたいな人達がいたんでしょう(すっとぼけ)