【A/Z】蛍へ~銃と花束を~   作:Yーミタカ

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このサブタイトル、どうなんでしょ?
正直、ワンシーンから取ったので、全体としてはどうなのかと。


第十六話 オアシスに咲く蓮花

 深夜の砂漠に立ち尽くす蛍とライエ、二人を照らすのは無数に砕けた月と星の光、そして炎上する車の炎。

 

いつまでも放心してはいられないと考えた蛍は、車から離れて砂丘を越えると砂を掘り始めた。ライエも蛍が何をしようとしているか察し、持ち出せた布を広げる。

 

蛍が四人は横になって入れそうな穴を掘ると、二人で持ち出せた物を穴に入れ、そこに布をかけてピンと張らせて固定する。簡単なシェルターだ。

 

砂漠は名前のとおり砂地であるため、風で簡単に地形が変わり、道路もなければ地図も方位磁石もない状態で当てもなく砂漠を歩き回るのはまず自殺行為だ。

 

そのため、まずは現状で生存率を上げるためシェルターを作ったのだ。

 

人間が文明社会から放り出された時、水と食料の確保ばかりに目をやりがちであるが、文明社会の中ですら頻発する熱中症事故や、現代のように暖房や建物の気密がしっかりしていないころは凍死もざらだったことからわかるように体温の管理も、否、体温の管理こそ最優先すべき重要事項なのだ。

 

この簡易シェルターの中は日中でもそこまで温度が上がらないし、砂漠の夜は放射冷却によって日中の暑さが嘘のように寒くなるがシェルター内ならば何も無いよりはるかにマシだ。

 

「それにしても連中、ここまでやるかぁ普通?」

 

「全部ガードされるからアイツらも焦ってたんでしょ? そんなことより、これからよ。水と食料は5日分。ジリ貧なのは変わらないわ。」

 

「・・・1人なら10日分ってとこだな?」

 

蛍の言葉にライエは身構える。

 

「あんた、まさか!?」

 

「お前に譲る。」

 

「はぁ?」

 

しかし予想外の言葉に今度は呆気に取られた。

 

「砂漠でも動物はいるし、どっかこっか水もあるだろ。それでどうにかするからよ。」

 

蛍はそう言ってシェルターから出ようとする。

 

歩き回るなら昼より夜の方がいい。キャンプを見失いさえしなければ熱中症の心配はしなくていいからだ。そんな蛍をライエは引き止める。

 

「バカなこと言わないの!とりあえずある分から食べて、無くなったらその時考えましょう?」

 

実を言うと蛍も空腹を感じ始めていた。本来ならば今頃、休憩で食事にありついている頃なのだ。

 

二人は牛肉煮とトマト煮の缶詰を開け、半分ずつ分け合って食べる。

 

缶詰等に毒を仕込むには缶詰を作る機械そのものを用意するという非現実的な手段を取るのでなければ注射器のようなものを使わねばならない。

 

そのため毒を入れたならばどこかここかに穴があるはずだが、蛍とライエ二人がかりでチェックした結果、それらしいものはなかった。

 

そもそもバックパックは争奪戦の末得たものだから、ピンポイントで毒を仕込むのは不可能である。

 

毒の危険はなく、空腹であるのにライエの食は進まない。ジリ貧の現状を考えると食べる気が起きないのだ。

 

「・・・なあ、何か食いたいものあるか?」

 

「何かって、今?」

 

蛍が言ったことの意味がわからず、ライエはそう尋ねる。

 

「違ぇよ、帰ってから食いたいものあるかって話だ。オッサンのせいで俺、料理は得意だからよ、材料が無ぇとかよっぽど凝ったモンじゃなけりゃいけるぜ。」

 

「帰ってからって、現状わかってる?帰れるかすらわからないのよ?」

 

「やっぱりそんなこと考えてたのか。いいか、帰れる帰れないじゃねぇ、帰るんだよ。そのためにゃ、帰ってからのこと考えるのが一番なんだよ。」

 

蛍がそう言うとライエは失笑しながら答える。

 

「フフッ、そうね・・・挽き肉を焼いたヤツと野菜をパンで挟んだの、あるでしょ?あれがいいわ。」

 

「それ、ハンバーガーだよな?いいのか、そんなので?」

 

「ええ、ちょっと思い入れがあるのよ。」

 

そう言ったライエは外を見て、目に浮かんだ涙を蛍に見せないようにする。

 

「わかったよ、そんなのでいいなら作れるから、今はこの缶詰で我慢してくれよ?」

 

そんな話をしながら食事を終え、シェルターで横になっているとライエが唐突に耳を地面につけた。

 

「ん?どうした?」

 

「シッ!静かに・・・この音、4WDね。二台・・・近づいてくるわ!」

 

「マジかよ?ってもこのあたりにいるのなんて・・・」

 

二人はシェルターを出て砂丘に上がり、周囲を確認する。

 

砂丘のふもとには二人が乗ってきた4WDの残骸、再び爆発するのを怖れ、砂丘の反対側にシェルターを構えたのである。

 

そして遠くから砂煙が近づいてきている。

 

「・・・チッ、ヴァースの偵察隊だな、大方コッチの4WDが爆発したのを調べに来たんだろうな。」

 

2台の4WDにはヴァース帝国軌道騎士団の紋章が描かれていたのだ。1台に歩兵四人の計八人がいるとして、正面から戦うのは無謀の一言につきる。

 

「・・・ねえ、蛍。投降しましょう?」

 

「は?お前、何言って・・・」

 

「今のあなたは民間人の扱いよ、すぐに釈放されるわ。」

 

「いや、お前はどうすんだよ!?」

 

「タダじゃすまないでしょうね。処刑されたことになってるとはいえ、あのザーツバルムのアキレス腱握ってる裏切り者。素直に銃殺してくれたら御の字かしら?」

 

そう言ったライエは自分の身体を抱くようにして震える。彼女もわかっているのだ、ただ殺されるわけがないと。

 

ライエを差し出せば蛍は助かる、しかし蛍はライエに言葉では答えず行動で答えた。

 

彼女の唇を奪ったのだ。

 

「~~~!!!???」

 

ライエは蛍の胸板を何度も叩き、突き放そうとするが蛍はライエを抱きしめているためそれはかなわない。

 

唇が離れるとライエは蛍の頬を引っ叩いた。拳でなく平手だったことに、彼女のささやかな心づかいが感じられる。

 

「何すんのよ!?」

 

「ってぇ・・・けど、これでお前は俺の女だ。」

 

「何言って・・・」

 

「俺は自分の女見捨てて生き長らえるような恥知らずじゃねえ。」

 

このやり取りの間、ライエはずっと顔を真っ赤にしていた。

 

ライエは表層とは裏腹に乙女願望がある。

 

『いつか白馬の王子さまが』といった願望だ。

 

蛍は白馬の王子さまとはかけ離れた武骨な無頼漢といった風体、言った言葉もライエの理想とはかけ離れていたが、彼女の心臓は早鐘のように脈打っていた。

 

「それに、どうして白旗上げなけりゃなんねぇんだよ?ヤッコさんから足に水、武器に食い物まで持ってきてくれたってのによ!」

 

「ちょっと待って、まさか戦う気!?無謀よ!!」

 

「心配すんな、お前はシェルターで待ってろよ。」

 

そう言って蛍はシェルターに武器を取りに戻った。ライエは逡巡の後、蛍を追う。

 

 

 

 蛍はシェルターから無線機、燃料缶、銃を取り出し、無線機と燃料缶を使ってリモコン式の簡易焼夷弾を作っていた。

 

作り終えた頃、ライエが追い付いてくる。

 

「蛍、あたしも戦うわ。」

 

「あのな、投降とか抜かすヤツは足手まといだ。大人しく待ってろっての。」

 

「あんたが銃を撃ったら一発も当てないうちに弾切れでしょ!?」

 

ライエに痛い所を突かれ、蛍は口ごもる。

 

「・・・わかってんのか、今からやるのは『戦争』じゃねえ。生き残るための『人殺し』なんだよ。」

 

蛍がそう答えるとライエは絶句する。

 

ライエが初めて人を殺めたのは新芦原でのトリルラン卿、彼は彼女にとって『父の仇』であった。

 

2回目は種子島のフェミーアン卿、しかしこの時はそれこそ『戦闘行為』であり、撃ったのはあくまで火器管制手だ。

 

そして蛍も、これまでは『戦争』という大義名分があった。

 

彼はもともと、復讐という大義名分で軍に入ったが、本当に復讐のために火星人を殺したかったのならばマグバレッジ大佐が以前話していたように自作ロケットで火星まで行って無差別殺人・・・とまではいかなくてもロケットに爆弾なりつけて飛ばし、無差別テロでもすればよったのだ。

 

それをしなかったのは現実的に不可能というだけでなく顔も知らない親の復讐では大義名分として弱かったからだ。

 

しかし今、自分達が生き残るためだけに人を殺めようとしている。ここに大義名分など存在しない。

 

「(クソッ、カッコつけといて手が震えるたぁ情けねぇ・・・)」

 

爆弾を作り終えていたのが幸運であったが、蛍は手が震え始め、銃の動作チェックが進まない。そんな蛍の後ろから抱きつくようにしてライエは銃を取り上げて代わりに動作チェックをする。

 

「あんたの背負うもの、半分背負うわ。食料と同じ、半分ずつよ。」

 

 

 

 二人が砂丘の上に戻ると、ヴァース帝国の偵察隊は残骸付近に到着しており、ブービートラップを警戒して兵士二人だけで残骸に近づいていた。

 

「前の車両から二人が降りたみたいね。爆弾の狙い目は後ろ?」

 

「いや、前だ。コイツは焼夷弾だからな、ドアが開いてる前の方が確実だよ。じゃ、行くぜ?」

 

「ええ!」

 

蛍は爆弾を前の車両付近に投げ、近くに落ちると無線機で爆破する。

 

先述のとおり焼夷弾であるこの爆弾は炎をまき散らし、乗員を焼き殺した後、4WDに積まれていた弾薬が引火し大爆発する。

 

これを後方車両に乗っていた者達はロケットランチャーか手榴弾によるものと誤認して、車ごと爆破されては敵わないとばかりに降車し始める。

 

この誤認は蛍にとってうれしい誤算であった。

 

本来ならドアの防弾ガラスに銃を付けて連射し、ガラスを割るつもりだったのだから。

 

爆発と共に砂丘を転がり降りた蛍は、4WDを降りた兵士と鉢合わせる。

 

蛍はとっさに鉢合わせた兵士の首をナイフで刺し、それを見た兵士の首めがけてそのナイフを投てきした。

 

これに驚いた三人目の兵士に銃弾を三発撃ち込み、残った一人が拳銃を抜くより早く三発の銃弾を撃ち込んだ。

 

蛍がCQBで一般的な兵士におくれをとることはまずない。

 

四人の兵士が倒れたのを斥候の兵士二人も確認し、アサルトライフルで蛍を撃つが、蛍は車を盾にして銃撃をかわす。

 

斥候たちは隠れるものが無いため伏せたが、それが命取りになった。

 

砂丘の上から正確無比な狙撃が斥候たちの頭に命中する。

 

ライエが拳銃で狙撃したのだ。

 

その距離50メートルという拳銃で狙う限界、それも頭という小さな的を撃ち抜くというのは見事としか言いようがない。

 

何にせよこれで全てのヴァース兵は倒れた。

 

蛍の元へライエが降りて来ると、蛍は炎上した4WDに乗っていた以外の兵士の死体を一ヶ所に集め、アサルトライフル2挺と拳銃2挺、そして弾薬は全て回収すると、先ほどシェルター用に使った布を取ってきて彼らにかける。

 

もしかすると戦闘の音を聞きつけたヴァース本隊が増援を送ってくるかもしれないし、偵察隊との連絡が途絶え、新たに偵察隊を出すかもしれない以上、このようなことをしている時間はない。

 

しかし蛍はやらなければならないと考え、死体を丁重に扱ったのだ。

 

「意外ね、死体なんてその辺に転がしておきそうなのに。」

 

「そいつはお互いさまだろ?」

 

言いながらもライエは蛍を手伝っていた。

 

彼女も死体を放置してはおけなかったのだ。

 

死体を安置した二人が4WDに乗ると車内に置かれていた通信機が鳴っている。

 

「う~ん・・・捨てないと追っかけられるわね。」

 

通信機はGPSとセットになっており、持っているとヴァース側に位置情報が筒抜けになる。

 

地図そのものは紙の地図も予備として車内に置かれていたので問題ないが、蛍は通信機兼GPSを外に捨てようとしたライエの手を止める。

 

「いや、聞こえるようにしろ。」

 

蛍がそう言うのを聞き、ライエは言われたとおり通信が聞こえるようにする。

 

『こちら本隊、ニンフ2応答せよ!』

 

通信の声はロシア語、すなわちヴァース帝国公用語であり、蛍には聞き取れないが、呼びかけてきているのは語調からわかる。

 

「どう答えるの?」

 

「それはな・・・」

 

蛍はライエに答え方を教え、ライエはヴァース帝国公用語に翻訳して通信に答えた。

 

当然、声を低く落として男の声に似せてである。

 

「こちらニンフ2、敵部隊と遭遇、交戦しました。

 戦果、高機1撃破、当方被害高機1並びにその乗員4。

 現在、残敵を追跡中、どうぞ。」

 

『了解、ニンフ2、土民による前進基地設営計画の情報が入っている。

 おそらく設営部隊が放った斥候だろう、ニンフ2はそのまま追跡を続行、当方も援軍を送る、通信終了。』

 

「・・・で、どうすんのよ?これじゃあ追っかけられるのに変わりないわよ?」

 

「そう、追いかけさせるんだ、設営予定地までな。」

 

そう言って蛍はGPSを見て、出る前に聞いた設営予定地を確認して車を出した。

 

 

 

 数十分後、ヴァース帝国の増援部隊が遭遇戦を行った場所に到着し、通信で聞いていた状況と違うことに気付く。

 

まず、死体の数が合わない。

 

通信では戦死『4名』と聞いたのに実際には8人分、それも焼死体はさておき、布をかけられていた死体は全てヴァース帝国兵である。

 

そして、この場に来たであろう地球側の車両は偵察隊を放った原因となった4WDのみ、そしてこの場を去ったであろう車両はヴァース帝国側の4WDのみ、轍がその分しかないのだ。

 

「ニンフ2、応答せよ!」

 

増援部隊の通信兵は隊長の命令を受け、この場に全員分の死体がある偵察隊に通信をかける。

 

『こちらニンフ2、どうぞ。』

 

先と同じ声が通信機から返ってくると、通信兵は隊長に言われたとおりに尋ねる。

 

「申し訳ないが、貴官の官姓名並びにIDを要求する。」

 

『・・・イーライ・ルクサンドル・カヤシニクヴァ、ID--』

 

通信機から返ってきた官姓名、IDは確かにヴァース帝国に存在していた、しかしその兵士はこの場に倒れ、認識票が持ち去られていた兵士のものである。

 

「・・・確認した、手数をかけた、通信終了。」

 

通信を終えると隊長が憎しみのこもった不敵な笑みを浮かべる。

 

「片手落ちだな、本隊にさらなる増援、並びに遺体の収用を要請、我々は敵工作員を追跡する。」

 

 

 

「ね?必要になったでしょ?」

 

認識票を持ち去ったのはライエの案であった。

 

万一、今の通信に答えられなかった場合、ヴァース帝国側は『騙して本隊まで泳がせる』という判断をしなかったことだろう。

 

そうなると全力の追撃を受けることになるのだ。

 

「無ぇ頭使うとどっかで落とすなぁ・・・やっぱ界塚みてぇにゃいかねぇか。」

 

蛍は『伊奈帆ならどうするか』と考えてここまで動いていたが、もし伊奈帆ならばこのようなポカはしないだろうと考えた。

 

だがいつまでもミスを引きずるわけにはいかない、これから最も重要かつ危険なことをするのだから。

 

「アリアーシュ、頭下げてろ、防弾ガラスでも万一はあり得るからよ。」

 

「・・・ライエ。」

 

ライエが自分の名前を呟き、蛍は首をかしげる。

 

「『俺の女』とか言ったんなら名前で呼びなさいよ。

 それに、アリアーシュって本名かわからないし・・・」

 

普通に考えて、本名でスパイをする者がいるとは思えない、彼女の亡き父はファーストネームもファミリーネームもおそらく偽名、ならばライエにとっては『ライエ』という名前だけが本物なのだ。

 

「ったく、わかったよ・・・ライエ。」

 

ライエの名を呼んだ蛍は顔を真っ赤にし、先ほどの意趣返しができたライエもいたずらが成功した子供のように笑みを浮かべる。

 

「と、とにかく行くぞ!」

 

蛍はそう言ってアクセルをベタ踏みし、ライエは助手席に縮こまり隠れる。

 

通信機兼GPSは窓の外にヴァース兵から拝借したベルトで繋いでおり、ライエが手を離せば外に落とされる状態だ。

 

一方、突っ込もうとする先は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 

そこはアインへリアルが基地を設営していた場所だったのだ。

 

「止まれえええぇぇぇ!!!」

 

銃撃しながらロケットランチャーを混ぜて撃つアインへリアル、しかし不意を突き、さらに蛇行しながら猛スピードで向かってくる4WDを捉えることができず、設営中の基地に突入されてしまう。

 

基地に入るとライエはベルトを離し、通信機兼GPSを落とし、蛍はそのまま全速力で基地を走り抜けていった。

 

不自然きわまりないヴァース4WDに困惑しながらもアインへリアルの者達は皆、落としていったものに気を取られる。

 

最初は爆弾だと思っていたがそのような気配はなく、近づいてよく見ると通信機とGPSを組み合わせたものであることに気付く。

 

と、同時に夜を昼にするかのような照明弾が光を放ち、天を覆い隠さんばかりのミサイル、ロケット、砲弾、銃弾が基地設営予定地に降り注いだ。

 

その様は『審判の日』と形容するに相応しい、徹底した攻撃であった。

 

これでは生存者など期待できない。

 

爆炎が空を明るく染めるのを後目に、蛍は4WDを走らせていくのであった。

 

 

 

 アインへリアル壊滅から一週間が過ぎた。

 

蛍とライエは日中に交代で睡眠を取り、夜間にこれまた交代で運転するという生活をしていた。

 

行くあてがあるわけではない、以前ライエが話していたように蛍は今や脱走兵、ライエに至っては国際指名手配よりタチが悪い、公には死んだことになったせいで裏手配・・・生死問わず、主に裏街道の人間に呼びかけ、おはようからおはようまで、昼夜を問わず狙われることになるだろう。

 

しかし砂漠のど真ん中で座して死ぬよりは前に進むべきだと考えて蛍はライエを連れて走っているのだ。

 

食料と水はヴァース帝国兵から奪い取った四人分・・・食料は宇宙食でもまだまともな物が出そうなほどマズイ物だが保存がきく物で一月分、水は少なかったがそれでも、元々持っていた分もあわせて三週間分にはなる。

 

二人の間に会話はほとんどない、交代の時や昼間用のシェルターを作るときに少し話すくらいで、他は眠って体力を温存しているからだ。

 

日が落ち、蛍はライエを起こしてシェルターを片付けると食事を済ませて車に乗り、眠りにつく。

 

この日はライエが先に運転するのである。

 

蛍は目を閉じ、眠りにつくと夢を見た。

 

夢の中では戦争も何もなく、伊奈帆、韻子、オコジョ、カーム、ニーナ、そして蛍の他に三人。

 

アセイラム皇女、エデルリッゾ、ライエの三人だ。

 

エデルリッゾ以外は皆、芦原高校の制服を着ており、エデルリッゾだけは私服であることから、芦原高校の生徒、そしてエデルリッゾはアセイラム皇女の妹みたいな位置である設定だ。

 

蛍はこれが夢であることはすぐ理解したが、それでも彼はこの夢に浸っていたかった。

 

ライエがぎこちないながらも韻子達と笑って過ごしているからだ。

 

「(ま、夢ならちょっとくらい・・・)」

 

蛍はふざけ半分でライエに触れようとするがすり抜けてしまう。

 

そもそも、誰も自分のことを認識している風には見えない。

 

これは幻影、蛍が望む幻影、触れられるはずがないのだ。

 

「ッ!?」

 

パチッと蛍は目を開け、ある異変に気付きライエの方を見た。

 

4WDからエンジン音が一切しなかったので、不審に思ったのだ。

 

ハンドルに突っ伏すライエを見てさらに不審感が強まり、寝る前に片付けたシェルターがあったであろう方を見ると、シェルターの跡が残っている。

 

早く起きすぎたのかと思って時間を確認したが、むしろ寝過ごしたくらいの時間だ。

 

ライエは4WDを一切動かしていなかったのだ。

 

「おい、どうしたんだよ?」

 

「・・・何やってんのかしらね、あたし達。」

 

「いや、ふざけてねぇで・・・お前、泣いてんのか?」

 

蛍が肩をつかんでライエに自分の方を向かせると、ライエは涙を流していたのだ。

 

「わかんなくなっちゃったのよ、何人も手にかけて、あんたと二人旅してるけど先なんかない、こんな生き方に意味があるの?」

 

これには蛍も答えられない、なぜなら彼にも意味など見出だせないからだ。

 

死にたくないから生きている、ライエの笑顔を見たくて今は我慢しているというのが今の蛍だ。

 

しかし人は遅かれ早かれ死ぬし、ライエの笑顔といっても彼女がどうしたら幸せなのかわからない以上、この逃避行は蛍にとっても意味がない。

 

「こんなことならいっそ、ホントに公開処刑されてた方がマシだったわ。」

 

「・・・そういやよ、ここ何日かちゃんと話してなかったよな?今日は休んで、外でも歩くか?」

 

ライエは少し考えて首肯すると、二人連れ立って夜の砂漠に歩み出た。

 

 

 

 無数の月と星の光が砂漠を照らす様は、某国王に千夜の間美女が語った夜話を彷彿させる。

 

そんな砂漠を歩きながら蛍はライエにいろんな話を振った。

 

千の夜話とは男女が逆になっているせいなのか、美女もといライエは話に食い付かない。

 

「そういやよ、帰ったらハンバーガー食べたいとか・・・」

 

「あの話なら忘れて。」

 

「いや、せめて最後まで聞いてくれよ、なんでハンバーガーなんだ?」

 

ライエは少し口ごもり、蛍に答える。

 

「・・・父さまと新芦原に潜伏してた時、たまに連れていってくれたのよ、ほら、橋みたいな看板の店。」

 

「あぁ、あそこか。」

 

蛍もその店は知っている、というよりは知らない人間の方が少ないだろう。

 

「今、考えると仕事だったのかもしれないけどね、父さまとの思い出なの。」

 

「・・・お前もそんな顔、できるんだな。」

 

蛍が不意にそう言ったことでライエは言葉に詰まる。

 

「いつものツンと澄ました顔もいいけどよ、そうやって笑ってるのもいいもんだぜ。」

 

ライエは今、蛍に自嘲ではない、掛け値なしの笑顔を見せていたのだ。

 

途端にライエは顔を真っ赤にして蛍の胸をバンバンと叩いた。

 

「な、なんでそんな恥ずかしいこと言うのよ、バカ!!!」

 

ライエの声に驚いたのか、夜だというのに砂丘の反対側から鳥が飛び立つ。

 

「イテ、落ち着けって!・・・ッ!ライエ、ちょっと来いよ!」

 

蛍はそれを見てライエの手を引き、砂丘を越え、見えたのは湖が広がる光景であってたのだ。

 

いわゆるオアシス、砂漠の地下水脈から水が湧き出し、水があるときだけ芽吹く草木が生い茂る奇跡の地だ。

 

オアシスは二人の渇きを癒していく、『喉の渇き』ではない、『心の渇き』を。

 

二人は4WDに戻り、オアシスに寄せて水を汲み、煮沸して空のボトルを満たした。

 

「ねえ、水浴び、してもいいかしら?」

 

ライエもやはり女だ、何日も体を洗っていないというのが我慢できなかったのだ。

 

「ああ、構わねえよ。」

 

蛍がそう言って4WDの反対側に行くと、ライエは服を脱ぎ、下着も全て外して生まれたままの姿になると、水を浴びる。

 

しばらく水音がしている間、蛍も胸を高鳴らせていた。

 

鞠戸大尉の元で世話になるようになってこの方、女を抱いていない、最近だと未遂となったニーナのことくらいだ。

 

むしろその件で反省しているからこそ、ライエを襲ったりしていないのである。

 

そんな蛍に水浴びを終えたライエが車を挟んで声をかけてきた。

 

「あんたも浴びたら?正直、臭くてかなわないし。」

 

「言うなぁお前も・・・わかったよ。」

 

男である蛍はそれほど気にしてはいないが、この期を逃すと次はいつになるかわかったものではない、言葉に甘えてライエと入れ替わりに湖に向かい、服を脱いだ。

 

ライエと同じように裸になって体を洗っていると、背後からチャプッと、足音を殺して水に入るような音がして蛍は驚いて振り向く。

 

砂漠だからといって一切生物がいないとはかぎらない、もしかすると危険な生物か、はたまた追手かと振り向いた蛍の目に映ったのはライエであった。

 

ヴァース兵の荷物に入っていた男物の白いシャツを着た彼女の体は濡れており、シャツが張り付いてボディラインが浮いている。

 

「ちょっと、下、か、かか隠しなさいよ!!」

 

「いや、ワリィ・・・って、何で俺が謝んなきゃなんねぇんだよ!?」

 

蛍は下半身をタオルで隠しながらそう切り返す。

 

「で、何か用か?」

 

「暇だったから背中、流してあげようかと思ったのよ。」

 

そう言ったライエはタオルを持って来ている。

 

「・・・ああ、頼めるか?」

 

蛍はライエに背を向けたままそう答えた。

 

この時、彼はライエの方を向けなかったのだ。

 

蛍の目に、シャツ一枚のライエが写真のように焼き付けられてしまったせいである。

 

ライエは裸身にシャツを着ており、女特有の部分をはじめ、男を興奮させるには十分であった。

 

月と星の光に照らされたライエは蓮花のように可憐で美しかったのだ。

 

背中を洗われている間、蛍は自分の理性と本能のせめぎあいとなっていた。

 

ニーナの時は、このようにはならなかったので、彼の混乱具合は大きなものである。

 

そしてとうとう、均衡が崩れてしまう。

 

偶然シャツのえり首から、ライエの身体が見えてしまったのだ。

 

「(コイツ、着け・・・それにはいて・・・)」

 

均衡は崩れ去る、異民族に包囲された要塞が鍵のかけ忘れという凡ミスで陥落したときのように、はたまた動く死体が生存者の立てこもる町のバリケードを破ったかのように、人食い巨人が人間の住む城壁の門を蹴破った時のように。

 

「・・・はい、おしまい。」

 

そう言ってライエは蛍に背を向け、離れていく。

 

そして水から出ようとした時、湖に引き戻された。

 

背後から蛍に抱きしめられたのだ。

 

「蛍?んんっ!?」

 

蛍はライエの顔を自分に向かせ、唇を奪った。

 

いつぞやの人工呼吸の時とも、数日前の『俺の女宣言』とも違う、本気のキス、舌を入れ、ライエの歯茎を舐め、彼女の舌とからめるディープキスだ。

 

「んんっ、蛍、そんないきなり・・・」

 

「こんだけやっといて、今さら『やめて』なんて聞けねえぜ?」

 

ライエの耳元でそう呟いた蛍は彼女の身体を横たえさせ、その上に覆い被さるとまた唇を重ねた。

 

 

 

 湖にライエが着ていたシャツと二枚のタオルが浮かび、魚が跳ねているかのような波に揉まれ、痛みに耐えるようなくぐもった声が砂漠を滑っていくのを、処女神の化身たる月の破片達が見守っている。

 

二人は互いの片手の指を絡めて手を握り、ライエは脚を蛍の腰に絡ませながら左手を彼の背中に回し、蛍はそんな彼女の腰を右腕で抱き寄せていた。

 

しばらくしてくぐもった声と水音は収まり、二人は4WDに場所を移す。

 

 

 

 朝日が地平線から顔を出し、蛍は目を覚まして、肌を合わせているうちに眠ってしまったことに気づく。

 

記憶にある限りでは腕の中にいたライエは、裸のまま彼に背を向けて横たわっている。彼女は少し前に目を覚まし、蛍の腕の中から出ていたのだ。

 

「・・・サイテーね、あんた。」

 

一糸まとわぬライエは蛍に背を向けたままそう呟いた。

 

「いや、悪かったけどよ、お前だってあんなカッコしてたらヤッてくれって言ってるようなモンだろ?」

 

蛍も同じく何も着ておらず、謝罪しながらもライエの落ち度を指摘する。

 

「こんなことしたことないのに、あんなに乱暴にして、それに・・・」

 

ライエは下腹を撫でながら言葉を区切り、頬を染める。

 

「赤ちゃん、できちゃったらどうすんのよ?」

 

これには蛍も反論できない、こればかりは男と女の体の違いがある以上、非は蛍にある。

 

そんな二人の会話を遮るように、車の窓がノックされた。

 

これに二人は驚き外を見る。

 

二人は追われている、相手がまともな人間である可能性は限りなく低いのだ。

 

「・・・とりあえず、何か着てください。」

 

外にいたのは、乗艦デューカリオンが大破、入渠しているので今は陸上勤務中の不見咲中佐であったのだ。

 

遠くに4WDが一台、デューカリオンのクルーが運転席に、助手席には基地設営の陣頭指揮を取っていた自称CEOのロキが乗っている。

 

「蛍、それあたしのブラ!!」

 

「あ、ワリィ!って、ライエ!それ俺の!!」

 

「あぁもう、汚ない!!っだから下隠しなさいって!!」

 

二人が大急ぎで服を着るのを、不見咲中佐は呆れ8割、羨望2割の目をして待っている。

 

二人が服を着て出てくると不見咲中佐はライエを連れて少し離れると、

 

「探しましたよ『村雲』さん。」

 

と、ライエに向かってそう言った。

 

「ムラクモ?」

 

それが名前であるということはライエにもわかったが、聞き覚えのない名前で困惑する。

 

「あなたのお婆さま、村雲ヨネ様から捜索願いが出ていたのですよ。

 

 『消息を絶った娘を探してほしい』とね。

 

 残念ながらお嬢さま、村雲みのり様は亡くなっておられましたが、ヨネ様から見てお孫さんにあたる女の子の出生記録が見つかりました。生まれたばかりの赤ちゃんが行方不明になっておりましてね、こちらの捜索も追ってなされたのです。

 

 お孫さんは日本から赤ちゃんの時に連れ去られ、アジアを転々とした後、10歳頃から『ライエ』と名乗り、傭兵となって日々の糧を得ていたそうです。そして半年ほど前、アインへリアルに入社し、今に至る。間違いありませんか?」

 

不見咲中佐が話しているのは『村雲ライエ』なる人物のカバーストーリーだ。

 

この内容ならば、『物心ついた時から戦場にいた』とでも言えば、似たような人生を歩んできた人間など星の数ほど存在するし、『ライエ』の名にしてもいわゆる『花子さん』とでも言っておけばよい。

 

「ええ、確かに物心ついた時にはライエって名乗って傭兵をやってたわ。それにしても驚いたわ、会ったこともない祖母が探してくれていたなんて。」

 

「旦那さんが亡くなってから女手一つで育てた、たった一人の娘さんだったそうですよ。

 

 そのような大事な娘さんの忘れ形見です、当然のことでしょう。」

 

不見咲中佐はそう言ってライエに一枚の書類を渡した。

 

アインへリアルの解雇通知で、内容は身に覚えのない理由による解雇である。

 

「ふん、こんなとこコッチから辞めてやろうと思ってたとこよ!」

 

アインへリアルは民間軍事会社であるが、実体は懲罰部隊である。

 

刑期満了または恩赦・・・その大多数は処刑命令取り下げであるが、『退社』する場合、軍人であれば『出向期間満了』で原隊復帰であるが、ライエのような一般人や、一般人扱いの軍属であれば『解雇』という形で刑期を終えるのである。

 

ライエはそれを持って蛍の元へ向かう。

 

「もう無理しなくて大丈夫よ。」

 

「クビ・・・か?よかったじゃねぇか!お務めごくろーさんってクビなのに変な話だな?」

 

「何言ってんのよ、二人一緒でしょ?」

 

「いや、お前の名前しかねぇぜ?」

 

ライエはそう言われて名前欄を確認する。

 

蛍の言う通り、『ライエ・ドゥ』としか入っていない。

 

「その・・・ごめんなさい、浮かれて。」

 

「気にすんなよ、CEOさまが来てる時点でどっちかに話があるんだろうし、残るのが俺でよかったよ。」

 

蛍はそう言うと不見咲中佐に頭を下げ、

 

「コイツのこと、よろしくお願いします。」

 

と頼むと、先ほどから待っている風のロキの元へ歩いていく。

 

 

 

「こっちはあのネーサンの車さ、893よ、お前の車に移るぜ?」

 

そう言ってロキは不見咲中佐とここまで乗ってきた車を降り、蛍とライエがこれまで乗ってきた車の後部席に乗り込んだ。

 

追って蛍が運転席に乗り込むとロキはわざとらしく不満をもらす。

 

「くっせぇな、この車、窓開けてくれや!」

 

蛍は黙って窓を開け、皮肉で返す。

 

「お客さん、どちらまで?」

 

「わかってて言ってんだろ?パンクージィまでだ。」

 

パンクージィ、それはアインへリアルの揚陸艦が乗り付けている付近の街で、蛍達が捜索の目を逃れるためあえて懐に飛び込もうと向かっていた街だ。

 

なお、燃料はそこまでしかもたない。

 

「んで、どうだった?」

 

「何が?」

 

「アッチの具合。一応言っとくけどよ、社内恋愛、不純交遊は規則違反、御法度だぜ?」

 

ロキが手で、『そういった行為』を意味するサインをしたのをバックミラーで見た蛍は不機嫌さを露にする。

 

「ハッ、そう怒んなよ、軽い世間話じゃねぇか?」

 

これは世間話ではなく、たとえ男同士であっても十分セクシャルハラスメントである。

 

「くだんねぇ話してねぇで本題入れよ。」

 

「ったく、愛想ワリィ運ちゃんだな、まあいい、こちとら設営中に襲撃されてな、仕事が一つ、フイになっちまってよ。」

 

「そりゃ災難だったな。で?」

 

蛍はあくまで知らない体を通すつもりだが、ロキはおおよその事は知っている。

 

ただ、証拠がないだけなのだ。

 

「幹部も全滅しちまってな、こっからはビジネスの話だ、CEOとしてな。」

 

「CEOの使いッパシリってか?」

 

「最初に言ったろ、俺がCEOなんだよ。」

 

そう言ってロキは蛍に自分の階級章、地球連合陸軍中佐の階級章を見せた。

 

CEOというよりは部隊の管轄をしていると言う方が近い。

 

「!?マジだったのかよ、あの話!!」

 

「前見ろ、前!」

 

「チッ・・・」

 

ロキに促され前を見る蛍。

 

「まさか、こんな目立つとこにいるとは思わなかっただろ?案外気付かれないんだよ、これが。

 

 で、こいつを明かす時ってのは身内に引き込む時だけだ。もうわかんだろ?」

 

「断る。」

 

蛍はにべもなく断る。

 

ロキが言わんとしていることは、蛍に殺し屋としてアインへリアルに残れということだ。

 

「ま、だろうよ。この半年見てて、テメェにゃ脅しは効かねぇってのも折り込み済み、追い詰めすぎりゃ暴走する。

 

 なら、利をちらつかせるのが一番だ。なあ、宿里予備役伍長よ、ウチに入社するなら、一生イイモン食って、寝床は豪華客船並み、寄港した時だが女もあてがってやれる、どうだ?」

 

「それで交渉してるつもりか?昔いたガッコの、ヤンキーのボスだってもうちょいマシだったぜ?とにかく俺は殺し屋稼業なんざしねぇ。」

 

「ったく、今まで何人殺して言ってんだ?」

 

「・・・戦争は戦った結果、死人が出てるだけだろ?」

 

蛍はかつてマグバレッジ大佐に言われたことを使って反論する。

 

「そりゃただのお題目だ、結局のとこ、人殺して金貰うのに変わりゃしねぇよ。で、だな?お前は『戦争』って言い訳が付きゃ殺せるワケだ?なら、普通に働いちゃくれねぇか?なぁに安心しろ、お前にゃ殺しの依頼は出てねぇ、ただの囚人と同じだ。」

 

「それ、俺に何のメリットが?」

 

蛍はけんか腰でそう尋ねる。

 

「お前の女、ライエ・ドゥだっけか?もっぺんヤりてぇだろ?」

 

「どういう意味だよ?」

 

一瞬単なる脅迫に聞こえた蛍だが、ライエを引き合いに出す必要性を感じられず真意を尋ねる。

 

「あの女はな、複数から狙われてんだ。お前が働くってんならあの女は滞りなく殺せたことにしておく。しかしそうしねぇってんなら、依頼人共に失敗を伝える。俺も違約金払うハメになるが、新たに刺客が送られるだろうな。どうだ?いつかは飽きる女の楯、一生やるか?」

 

この男は地球連合以外からも個人的に殺害依頼を受けていたのだ、それも口ぶりからして多重契約で。

 

「・・・契約期間は何年だ?」

 

「そうさな、このネタでテメェを脅せるのはイイトコ1年ってところだろうな。どうだ?」

 

1年以上経過して、『実はあの依頼失敗してました』などと言えば依頼人は激昂しロキを殺すだろうし、ライエ自体も足取りを追えなくなる可能性が高い。そのため、設定した期間だ。

 

「わかったよ、ただ、一言だけいいか?このダニ野郎!!」

 

蛍の悪罵を、ロキはニヤニヤと笑いながら受け流した。

 

 

 

 以後1年、蛍は様々な『仕事』に放り込まれた。

 

非武装のカタフラクトでの戦闘、バイクや非武装車両、下手をすればそれらすらない非正規戦など、いつ死んでもおかしくないような事ばかりさせられたが、蛍はそれら全てを生き残った。そして誰が呼び始めたか『原始人の勇者』に『石器人』の通り名で呼ばれることとなる。

 

目的は二つ、皆に生きて会うため、そしてもう一つは・・・

 

 

 

 約束の期間が過ぎ、蛍はアインへリアルへの出向期間満了、デューカリオンへの復帰を命じられた。

 

「ま、最初はムカつくクソガキだったけどよ、働きぶりは中々だったぜ、どうだ?いっそこのまま就職しねぇか?」

 

ロキはいけしゃあしゃあとアインへリアルを離れ、最寄りの港に降りた蛍にそう言った。

 

「ハッ、まっぴらゴメンだよ!」

 

蛍は中指を立てて答える。

 

「そぉかよ、ま、せいぜい達者でな。」

 

ロキが適当に返事をし、蛍も

 

「テメェもな、せいぜい短い余生を堪能しな。」

 

と、罵声で返して背を向ける。

 

 

 

 蛍と別れたロキがアインへリアルの揚陸艦に戻ると甲板に彼と同じ中佐の階級章を持った男が待っていた。

 

「おや、連合軍からのお客さんたぁ珍しいな。」

 

「ロックウィンド中佐、貴官に辞令が下っている。」

 

「ほぉ、俺もとうとう栄転か?こいつぁめでてぇな!」

 

浮かれるロキに、これから下される非情な辞令を知る由はない。

 

「貴官はこれより民間軍事会社アインへリアルに出向してもらう。」

 

「・・・は?」

 

「聞こえなかったのか?貴官は・・・」

 

「いや、何言ってんだ?俺は元よりここの指揮官だぜ?」

 

ロキは今、自分に下されている辞令が間違いだと信じたくて仕方ないのだが、現実は非情である。

 

「勘違いしないように、貴官にはこれより930としてアインへリアルの一社員として出向してもらうのだ。」

 

「ま、待て!何かの間違いだろ?お、俺が何したってんだ!?」

 

中佐は往生際悪く抵抗するロキに一本のテープを聞かせ、それを聞いたロキはどんどん顔が青くなっていく。

 

それは彼が殺しの依頼を受けている時の会話だったのだから。

 

「し、知らない!」

 

「すでに調べはついている、ムダな足掻きはよすんだな、連れて行け!!」

 

ロキはこれまで部下であった者達に引きずられるようにして連行されていく。

 

この証拠を渡したのは蛍であった。ロキを放置していてはその軽い口からいつライエのことを漏らすかわかったものではなかったからだ。

 

最初はロキを殺そうと考えていたが、いわゆる『背後からズドン』をやるスキすらなく、食事、水も徹底的に警戒していたため断念したのだ。

 

しかし一年も近くにいれば、生死に直結しないことは油断する。

 

以前の蛍ならばロキをただの囚人としか思っていなかったため会話を録音など考えもしなかっただろうことから、ロキは蛍が手下にならなかった時に殺しておかなかった時点でこの結末は決まっていたと言っても過言ではない。

 

そんな捕り物が行われているころ、蛍はデューカリオンに向かうトラック・・・デューカリオンに一機のアレイオンを運ぶ任務を受けた者達と合流した。

 

これから彼は、約一年半振りに古巣に戻るのである。

 

 




何度書き直してもロキの始末、雑で気に入らないですが、どうにもならないのでこのまま。

橋の形した看板の店?
星の王子さまがアメリカでバイトしてた店とは別物ですよ、きっと。

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