【A/Z】蛍へ~銃と花束を~   作:Yーミタカ

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すでにアニメの話数に合わせるのは放棄しました。
というか無理です。


第十五話 アインヘリアル

 本部での戦いから一ヶ月、ライエ処刑の報、皇女の演説のウワサを、蛍は臨時本部の独房で看守達が話しているのを聞き、その翌日、マグバレッジ大佐に呼び出された。

 

「宿里伍長、貴官の処遇が決定されました。」

 

「処遇?処刑の間違いじゃねぇのか?」

 

「いえ、間違いありません。あなたは軍法会議には不起訴となりました。皇女の演説はご存知で?」

 

「あぁ、アイツにあんなことしやがったことについては同感だけどよ、何が自演だってんだよとは思ったな。」

 

蛍は目の前にいる上官に対しわざと刺々しい言葉遣いをするが、マグバレッジ大佐はどこ吹く風だ。

 

「かの皇女に対しては数多の疑義が浮上しており、あなたどころではないようで私に処分を一任するとのことです。」

 

「・・・なぁ、アイツのことも『それどころじゃねぇから』処刑したってのか?」

 

「残念ながら、私はその問いに対する答えを持ち合わせておりません。」

 

あくまで事務的なマグバレッジ大佐に、とうとう蛍は我慢の限界を迎え、後ろ手に手錠をかけられているにもかかわらず隣で彼を見張る憲兵を蹴り飛ばし、事務机につくマグバレッジ大佐に突進した。

 

「テメェもアイツの事情は知ってたんだろ!?何でだよ!?何でアイツを助けてやらなかっ・・・!?」

 

マグバレッジ大佐は無言で蛍へ銃を向けるとためらいもせずに引鉄を引いた。

 

すると蛍へ二本の電線が伸び、彼の身体に電流が走り、その場に倒れる。

 

射出型のスタンガンだ。

 

「私は出来うる限りのことをいたしました。以降のことは私にどうにかできることではありません。むしろ、あなたはご自分の無力を恥じるべきかと思いますがね。」

 

冷たく言い放ったマグバレッジ大佐は本題である蛍への処遇を伝える。

 

「宿里 蛍伍長、あなたには本日をもって民間軍事会社『アインへリアル』への出向を命じます。」

 

アインへリアル・・・北欧神話における英霊の魂を意味する言葉だ。

 

「そしてこちらは先方への着任後にご覧ください。それまでの開封は私の命にて禁じます。」

 

そう言って出された二つの封筒と共に蛍は憲兵に運ばれていく。

 

 

 

 彼は目隠しをされ、後ろ手の手錠を外された代わりに拘束服を着せられて護送車に押し込まれる。

 

少しして、護送される者が全員乗せられて護送車は走り始める。

 

「・・・な~、オレさぁ、ションベンしてぇんだけどぉ?」

 

蛍の右斜め前から、人を小バカにしたような男の声がする。

 

「ハァ、いいか、テメェらはもう先方の家畜だ、ションベンでもクソでもしたけりゃそこでしな!」

 

蛍の右側、護送車の進行方向側からそう言われると、右斜め前の男は舌打ちする。

 

そもそも声の雰囲気からして切羽詰まったようには聞こえないため、脱走するための口実だったのだろう。

 

「・・・レディの前で何てこと言ってんのよ、あいつら・・・」

 

蛍の左隣でボソッと呟く声を聞き、蛍はそちらに振り向くが目隠しされているため誰なのかはわからない。

 

若い女・・・声からして少女といってもいいくらいの年齢である彼女の声に、蛍は聞き覚えがあったのだ。

 

「(バカバカしい、んなわけねぇだろ!)」

 

蛍は頭に浮かんだ想像を振り払う。

 

彼女は間違いなく死んだはずなのだと。

 

 

 

 しばらくすると彼らは護送車から下ろされ、一列に並ばされて目隠しを取られた。

 

蛍は目隠しを取られる前から、風に混ざる潮の匂いで海の近くだと考えていたが、それは当たらずとも遠からずであった。

 

たしかに海の上にいた、しかしそこは海洋に浮かんだ軍艦の甲板だったのだ。

 

滑走路のようになった甲板から、わだつみのような強襲揚陸艦であることがうかがい知れる船に並ばされた蛍達の前で、痩身の、軍務についているとは到底思えない男が演説する。

 

「あぁ、新入社員の諸君、『バルハラに最も近い』と評判のわが社、『アインへリアル』へようこそ。私はCEOのロックウィンド、ロッキーなりロキなり、好きに呼んでくれたまえ。」

 

痩身の男、ロキはピエロのようにおどけながら話し続ける。

 

「わが社は主に地球連合軍の依頼を受け、様々な軍事サービスを提供している。人の入れ替わりも激しいわが社はチミ達を新米扱いする余裕はない、仕事は先輩方から実務の中で教わるように。以上、解散!」

 

ロキが解散と宣すると、『先輩方』に連れられ、男女別に生活スペースの説明を受ける。

 

「(ここ、民間軍事会社っつってたよな?何つーかな、冷たい感じしかしねぇな。)」

 

蛍はロキの言葉がある程度しかわからないが、鞠戸大尉やマグバレッジ大佐と先のロキという男や先輩方を比べて考える。

 

鞠戸大尉はさておき、マグバレッジ大佐は彼にとって天敵といってもいいほど『怖かった』が、ロキや先輩方には『気味の悪さ』を感じていた。

 

そしてこのアインへリアル所有の揚陸艦への搭乗、一見軍務のように見えるが、蛍は軍隊というよりは監獄のように感じている。

 

どこで乗ったかも、今どのあたりにいるのかもわからない以上、泳いで逃げるのは当然だが自殺行為。

 

仮に先の男、ロキを人質にしてもCEOというのは彼の自称だ、人質の価値があるかはわからない、というよりそれほどの人物がこんなところに出てくるはずがないのだからおそらく皆無。

 

乗組員を扇動して反乱を起こしたとすれば、この艦の航行データ自体が消去され、海を漂う懲罰房と化す。

 

これらはあくまで蛍の想像に過ぎないが、状況証拠が揃いすぎているのだ。

 

先の、艦の現在位置に関すること以外にも、艦の乗組員の大部分が見た目からして堅気ではない、昔の彼のような町のゴロツキに、ギャング、マフィアの類いと見える者、中毒者のような目付きの者等々。

 

それらを見て蛍は、『油断すれば喰われる』と悟ったのであった。

 

 

 

 蛍は一旦、部屋であてがわれたベッドに入り、念のため誰にも見られないようにマグバレッジ大佐から預かった封筒の『1』と書かれている物から開封する。

 

『宿里伍長

 

 これを読んでいるということは貴方はアインへリアルに着任していることでしょう。

 

 気がついているかもしれませんが、そこは民間軍事会社の名を借りた懲罰部隊です。

 

 貴方をそこに送った理由は二つあります。

 

 一つは、私が受けていた貴方への処分の命令は軍法会議を経ずに処刑し、事故死とするようにといったものでした。

 

 当然ですが、そのような命令は受けるわけにまいりません。

 

 ですが、処刑は撤回させたものの私の力及ばず、貴方をそこへ一年間送るという処分が決定されました、力不足については謝罪します。

 

 そしてもう一つ、すでに会っているかもしれませんが、そこには『彼女』も送られています。

 

 彼女の身を隠す場所として民間軍事会社と聞いておりましたが、連合の一部の者は彼女を亡き者にしようとしております。

 

 彼女の諜殺を目論む者を鎮め、彼女を呼び戻す準備が整うまで半年はかかるでしょう。

 

 それまで、彼女を守ってください。

 

 追伸、もう一つは鞠戸大尉からです。

 

 そしてこの手紙は読了後に処分をお願いします。』

 

一枚目を読み終えた蛍は衝撃を受ける。

 

「(『彼女』ってアイツだよな?アイツ、生きてたのか?ってことはさっきのはやっぱり!!)」

 

蛍は一枚目を隠し二つ目の封筒を開いて読み、あらためてマグバレッジ大佐の指示書と鞠戸大尉の手紙の内容を頭に叩き込むと、ポケットにそれを突っ込む。

 

この二枚は後に海の藻屑となって消えることになるのであった。

 

しばらくしてブリーフィングルームで、着任後初の『依頼』がロキによって説明される。

 

「あ~今日入社したばかりの新米クン達にはさっそくで悪いが仕事だ。

 

 当社は地球連合軍の依頼で人道的な仕事に取りかかる。

 

 というのも、火星のタコ助どもが考え無しに地雷をバラまいてくれたおかげで近隣住民が外も歩けねぇって困ってるそうだ。

 

 カスタマーとしちゃあ自分らでどうにかしてやりたいそうだが、あいにく手が回らねぇんだと。

 

 そこでだ、我々に白羽の矢が立ったわけだ。

 

 我が社はこれよりこの人道支援業を行うため上陸する。

 

 新米クン達は初の仕事だ、がんばりたまえ。」

 

ロキの言葉に、蛍はやはり胡散臭さを感じた。

 

大筋のところしかわからないが、やたら『人道』を強調し、その上具体的な場所も話さない。

 

そして何人か、参加していない新米がいる。

 

おそらく、不参加の者の故郷といったところだろう。

 

そんな予想を立てながら、あらためて参加する新米を見回すと、彼が探していた『彼女』の姿を見つけた。

 

見間違うはずがない、処刑されたと聞いていたライエが新米に混ざってブリーフィングに参加していたのだ。

 

ブリーフィングが終わると、蛍はライエをつかまえ、通路の横道に入る。

 

「アリアーシュ、お前、どうして?処刑されたって・・・」

 

ライエは一瞬驚いて目を見開くが、すぐに目を閉じて答える。

 

「それ、誰かしら?あたし、そんな名前じゃないわ。」

 

これに今度は蛍が驚き、絶句する。

 

声にしろ顔にしろ間違えているはずはないし、何よりマグバレッジ大佐の指示書によれば、間違いなくこの艦に乗っているはずなのだ。

 

「オイ892、893!何をしている!?」

 

「すみません、すぐに。」

 

892番は彼女の番号、893番は蛍のものだ。

 

すぐに先に行った者達の跡を追い、ホバークラフト上陸用舟艇に乗り込む二人。

 

ホバークラフトには一台の地雷処理車が載せられ、余ったスペースに兵士が乗り込む。

 

 

 

 砂浜に乗り上げたホバークラフトから地雷処理車を降ろし、蛍達も続いて降りると、一人一人がバックパックを背負わされる。

 

そして目的地まで歩かされた蛍達は、『KEEP OUT』と書かれた看板と有刺鉄線の柵の前に並ばされる。

 

まず、地雷処理車からロケットが射出され、それとチェーンで数珠繋ぎに連結された爆弾が地雷原に落ちて爆発していく。

 

それを数回繰り返し、本来であればこれだけでほぼ全ての地雷が巻き込まれて爆破されているのだが今この場ではそうではない。

 

爆弾が落ちた場所がまばらなのだ。

 

「さて、諸君らの出番だ、当社の地雷処理車は払い下げでね、だいぶガタが来ているせいで地雷を処理しきれないことが多々ある。

 

 そこでだ、チミ達にこの地雷原の地雷がキチンと処理されたか、歩いて調べてほしい。」

 

これを聞いて蛍は内心で

 

『嘘つけ!!』

 

と叫んだ。

 

今時、地雷を処理しきれない処理車など無いし、もしできないならば『爆発前に踏み潰す』タイプの処理車を持ってくればいいだけである。

 

なお、踏み潰すタイプの処理車は爆破型よりはるかに旧式であるため、払い下げの爆破型よりも安いのは明白だ。

 

間違いなくこの地雷処理は懲罰目的である。

 

「テメェコラ!フザケてんじゃねぇぞ!!」

 

ロキに蛍達と一緒に護送されていた、用便を口実に脱走を企んでいた男が噛みつくが、ロキは眉ひとつ動かさず、

 

「ヤれ。」

 

と、『先輩方』に命じ、噛みついた男は蜂の巣にされる。

 

「あ~、言い忘れていたが職務命令違反は極刑だ、十分注意するように。」

 

蛍はライエの諜殺を目論む者達の考えをロキの言動から読み取る。

 

このような命令、必ずどこかで拒否するか怠慢を起こす。

 

その瞬間、今の男のように蜂の巣という筋書なのだと。

 

「さぁ、気を取り直して先輩方、手本を見せてやりなさい。」

 

ロキがそう言うと先輩方は怖れもせずに地雷原に飛び込み、まるで何もない野原を散策するかのように軽快に歩いていく。

 

しかし蛍はそのトリックを鞠戸大尉の手紙で読んでいた。

 

ヴァース帝国の使う地雷は5、6回目に踏んだ時に爆発する仕組みになっている。

 

行軍している軍の、真中あたりで一発でも爆発すれば軍は立ち往生、地雷そのものも対人、対戦車両用という嫌らしいものだ。

 

裏を返せば、最初の4回までは踏んでも問題ないということである。

 

「うむ、先輩方を見る限り処理は完了しているようだな。

 

 だが、念のためだ、新米クン達も同じように歩きたまえ。」

 

『白々しい』 と考えながら蛍は、『892番』に声をかける。

 

「おい892。」

 

「・・・何よ?」

 

彼女は少し不機嫌そうに答える。

 

「死にたくなけりゃ、俺の足跡を三歩下がって踏んで歩け。」

 

「どうして?」

 

「怪しまれるから詳しい話はできねぇ、とにかく、何も考えねぇで言うとおりにしてくれ。」

 

これに彼女はうなずき、蛍が地雷原に歩き出すと少し遅れて彼女も追いかける。

 

蛍はまだ踏まれていない場所、一回しか踏まれてない場所、または踏み固められてしまうほど踏まれた場所を選んで歩いていき、彼女は恐る恐るその後を追っていく。

 

この三つの場所は、最初二つは地雷があっても大丈夫な場所、最後一つは地雷そのものがない場所なのだ。

 

蛍はそれを選んで歩き、彼女もそれについてくる。

 

「おっとゴメンよ!」

 

「キャッ!?」

 

蛍は後ろから聞こえた声に驚き振り向くと、『彼女』がバランスを崩し蛍の足跡を踏み外しており、その後ろにとてもすまなさそうにしているようには見えない男が離れていっていた。

 

「(先輩方だけじゃねぇな、こりゃ。)」

 

鞠戸大尉の手紙には、この懲罰部隊の『先輩方』は、雇われの『処刑屋』で、事故を装ってターゲットを消すのが仕事だと聞いていた。

 

しかしどうも、書ききれなかったのか昔はそこまでしていなかったのか、新人にも処刑屋が紛れているようなのだ。

 

そんなことを考えていると、まさかのまさか、彼女を突き飛ばした処刑屋が地雷を踏み、吹き飛ばされた。

 

処刑屋であるなら当然だが、彼も蛍が鞠戸大尉から教わった地雷の避け方を知っていた、しかし油断したばかりに踏んではならない場所を踏んでしまっていたのだ。

 

その爆音は地雷原を歩いていた新米達全ての注目を集め、そのほとんどが無軌道に走り始めてしまう。

 

当然だが、そのようなことをすれば地雷を踏む者が増えるのも明白である。

 

二人目、三人目と吹き飛ばされる中、変わらず歩き続ける者と、その場に立ち尽くす、あるいは座り込む者も出るが、立ち尽くす、座り込む者はあまり動かないようならば怠慢とみなされ、頭を撃ち抜かれてしまった。

 

そんな中で892番は恐怖のあまり蛍に飛び付く。

 

「いやあああぁぁぁ!!!人が、人がああぁぁ!!」

 

「オイ、暴れるな!!落ち着け!!」

 

抱きつかれた蛍の回りでドタバタと暴れるのを蛍は鎮めようとする。

 

あくまで蛍が踏んでいる場所には地雷がないだけで、その周囲はもしかすると埋まっているかもしれないのだ。

 

「クソッ!!」

 

このままでは自分もろとも地雷に巻き込まれる可能性を考えた蛍は彼女を強く抱きしめ、地面から足を離れさせた。

 

「ひぅ・・・」

 

892番が蛍の考える『彼女』ならば工作員としての訓練をある程度受けているが、だからといって目の前で人がバラバラになるのが平気なはずはない。

 

平気だとすればそれは異常者以外にありえないのだ。

 

「落ち着け、それとまわりを見ろ。」

 

周囲は動けなくなった者、あるいは動かなくなった『もの』、恐怖で走り回る者、取り乱すことなく歩き続ける者の四種類に別れている。

 

「今、ビビりもしねぇで歩いてるヤツは間違いなくお前を狙ってる処刑屋だ、しっかり顔、覚えとけよ。」

 

歩き続けているのは女二人、男三人の計五人である。

 

 

 

「怖ぇか?」

 

蛍の質問に彼女は首肯する。

 

「死ぬのがか?」

 

強く首肯する彼女に蛍は、

 

「なら、俺につかまって、しっかり足跡を踏むんだ。ゼッテェに地雷は踏まねぇし、もしもの時は一緒だ、だいぶマシだろ?」

 

と答えると、彼女はクスッと笑う。

 

「そこは『もしもの時』なんて言っちゃダメよ、まったく。

 

 やっぱり『大ッキライ』!」

 

彼女の答えを聞いて蛍は歩き始め、彼女も足跡を踏んで歩く。

 

「そういえばよ・・・まあ、なんだ、独り言だと思って適当に聞き流してくれねぇか?」

 

蛍はふと、そうこぼし、彼女もそれに耳を傾ける。

 

「俺が世界で一番大っ嫌いな女の話だ。

 

 アイツ、とんでもねぇ大バカ野郎でよ、自分のせいでたくさんの人が死んだとか、バカみてぇなこと考えて、自分を殺しちまってな。」

 

これに彼女は眉をひくつかせる。

 

蛍が言っている『世界一嫌いな女』が誰を示すかわかったからだ。

 

「だいたい、お前が何かどうかしたら結果が変わったのかって話だ。

 

 直接何かしたわけでもねぇのに、まるで無関係で無責任な誰かみてぇに、『親がやったことは子が背負え』、『少しでも関わってたなら同罪』ってのを自分にふっかけて、『死んじまった』んだからよ。」

 

「きっと、その人は自分が自分でいることに耐えられなかったのよ。」

 

892番の言葉に、蛍はあくまで独り言の体裁で語り続ける。

 

「俺もよ、自分が何なのかわからなくて、とにかく『俺は強ぇんだ!』って知らしめてりゃ安心できたから大暴れしてたことがあってよ。

 

 けど、義父(オヤジ)に拾われて、いろんなヤツに会って最近になって・・・ま、その女が反面教師になってくれたのがデケェんだけどな。

 

 自分が自分だって言うのに、誰かが許してくれなきゃなんねぇのか?ってな。」

 

「・・・バカじゃないの、あんたこそ。」

 

「バカでかまわねぇよ。どう思われても俺は俺だっての。」

 

蛍はそう答えた時、久しぶりに笑っていた。

 

そして後ろの彼女も、新芦原を出て初めて笑顔を浮かべたのであった。

 

「それはそれとしてなんだけどよ・・・頼まれてくれねぇか?」

 

「内容によるわ。『ヤらせろ』とかだったら思いっきり突き飛ばすわよ。」

 

「お前は俺を何だと思ってんだ?

 

 そのな、わだつみやデューカリオンじゃ日本語だったから不便はなかったんだけどよ・・・」

 

蛍は恥ずかしそうに口ごもり、次の言葉を発した。

 

「英語、教えてくんねぇか?」

 

英語は連合軍の公用語で、わだつみやデューカリオンでは日本人が多かったので日本語が使われていたが、それ以外では不便なことに、蛍は今さらながら気づいたのである。

 

「はぁ?あんたよくそんなので志願なんてしたわねぇ。」

 

「いや、ここまでとは思わなかったんだよ。」

 

「ったく、仕方ないわねぇ、いいわよ。

 

 守ってもらうのにあんたが連中の言葉がわからなかったらこっちが危ないしね。」

 

892番は不服ながらも蛍に英語を教えることを承諾した。

 

 

 

 蛍がアインへリアルに来て一月半、処刑屋の先輩方はいまだに892番にかすり傷ひとつ負わせられていないことに焦りと苛立ちを感じ始めていた。

 

その原因はほぼ常に行動を共にしている蛍、そして男女別になるとかならず892番が先輩方や新米に混ざった処刑屋を避けるためである。

 

「何なんだよ、こっちの動き、893に漏れてんじゃねえのか?」

 

「いや、それなんだが面白いことをつかんだぜ。」

 

処刑屋でターゲットの情報を扱う者が一枚の写真を出す。

 

それは、芦原高校入学式の写真で、そこには蛍と、処刑屋の中でも古株の者がよく知っている者が共に写っていたのである。

 

「コイツ、マリト!?」

 

「そうだ、何でも893はヤツの養子らしい。大方、892を生かそうとしてるヤツが送り込んだボディガードだ。」

 

「・・・そうかそうか、よくやったぜ。

 

 ヤロウ、あの時はオレニハジカカセヤガッテ・・・」

 

処刑屋のリーダーが焼けただれた左目付近から頬までを強く握りながらそう言った。

 

鞠戸大尉はかつて、種子島レポートを流出させたことを咎とされこの懲罰部隊に入れられていたのだ。

 

その時、リーダーは何度も命令通り鞠戸大尉を諜殺しようとしてことごとく失敗し、最後はとうとう自爆で顔に硫酸をかぶってしまうが鞠戸大尉によって一命をとりとめ、それを『恥をかかされた』と逆恨みしているのだ。

 

「ソウダ、ヤツのガキならしっかりカワイガッテやんねぇとなぁ。」

 

「リーダー、そいつは置いときましょう?今はあの女をアベシッ!?」

 

諌めようとした側近が顔にパンチをもらい、そしてリーダーは残酷な策を閃いた。

 

「そうだ、少ししたら砂漠に向かう任務があったな・・・そこで仕掛けるぞ。」

 

そんな悪巧みがされていることなど露知らず、その作戦の日がやってきてしまった。

 

 

 

 作戦の内容は、砂漠に前哨基地を造るというものであった。

 

ただし太陽が照りつける中、一週間、夜を日に継いで設営しなければならない。

 

交代こそさせるが、過酷極まりないということに変わりはない。

 

現場へはトラック、高機動車(4WD)に分乗して向かい、蛍、892番は4WDに乗っている。

 

蛍が運転し、892番は助手席、後部座席には先輩方が二人だ。

 

名目は『脱走防止』なのだが、気が気でない蛍に反して、ターゲットであるはずの892番は余裕を見せている。

 

彼女は連中が、移動中に仕掛けるなどという自分が巻き込まれるリスク、発覚するリスクの大きいことをするはずがないと考えているのだ。

 

そして現場に近づくと蛍が異変を感じる。

 

「ん?あ?」

 

「どうしたの?」

 

「ブレーキが効かねぇ!!」

 

これに彼女は青ざめ、後部座席の先輩方を見る。

 

「おいおい、アクセルと踏み間違えてるんじゃね?」

 

「そんなわけねぇ、間違いなくブレーキ踏んでる!なのに、スピードが上がって・・・」

 

ブレーキを踏んでいるのにスピードが上がっていくことに恐怖する蛍とは対称的に余裕どころか笑みを浮かべている。

 

「ったく、整備士は後でシめねぇとな!」

 

「飛び降りろ、どうせ下は砂地だ!!」

 

そう言って先輩方は車から飛び降り、蛍もシートベルトを外してドアを開けようとしてふと、『彼女』の方を見た。

 

彼女はいまだにシートベルトと悪戦苦闘していた。

 

「何やってんだ!?」

 

「ダメ、外れないわ!!」

 

「なら切れ!!ナイフあんだろ!?」

 

蛍も彼女を手伝うためナイフを出し、シートベルトを切ろうとするが、まったく刃が立たない。

 

「ンだよ、これは!?そうだ、留め具!!っとお!!」

 

蛍が前を確認すると、暴走した4WDがトラックに突っ込みそうになってとっさにハンドルをきり、完全に隊列から外れてしまう。

 

「この!このぉ!!」

 

「こっちもかよ、チクショウ!!アリアーシュ!!しっかりつかまってろ!!」

 

二人がかりでシートベルトを車と繋ぐ器具を破壊しようとしたがやはり壊せず、蛍はシートベルトをしめ直し、最後の賭けに出た。

 

すでに速度計は時速200キロ近くを指しており、飛び降りれば大怪我ではすまない。

 

そのため蛍は、手頃な丘陵に向けて4WDを走らせると、素早くハンドルを切って車輪を滑らせながら丘を飛び越えたのだ。

 

宙に投げ出された4WDは砂漠を転がってひっくり返り、逆さまになって走れなくなった。

 

だが、車輪は空転し続けており、もしやと思ってサイドブレーキ、変速機も動かしてみるが手応えはなく、キーを回してもエンジンを止めることもできず、鍵の差し込み口を壊して中の配線を切るがそれでも止まらない。

 

一度走り始めると、エンジンそのものを破壊しないかぎりこの車は走り続けるように細工されていたのだ。

 

いずれにしても蛍達は車の中に留まり続けるわけにはいかないので、蛍はナイフで問題のシートベルトを突いてみた。

 

すると穴が開いたのでその穴を繋げるように開けていき、とうとうシートベルトが寸断され、『彼女』は助手席から解放される。

 

蛍は試しに自分のシートベルトも切ってみると、こちらは簡単に切断できる。

 

助手席のシートベルトだけ防刃繊維になっていたのである。

 

防刃繊維は切る力には強いが突く力に弱いのだ。

 

さておき、ここまで明らかに仕組まれていたのだ、次に起こることは容易に想像がつき、二人は示し合わせもせず、車が反転したせいで下側になった天井に転がっていた二人のバックパック、スコップ、大きな布、予備の燃料と、手に付いた物をつかんで外に出て走ると4WDは大爆発した。

 

念のためだが、横転しただけで車が爆発するということはない、爆弾が仕掛けられていたのだ。

 

「派手にやったわねぇ・・・」

 

「ってか、ここどこだよ。」

 

呆然と爆発した車を見る二人は、ふとした一言で危機を脱していないことに気づく。

 

丘の上に登り、バックパックに入っていた双眼鏡で辺りを見回すが見える範囲に工事を予定していた場所も、工事に向かっていたアインヘリアルの車列も見当たらない。

 

今、夜なのが救いだが、どこかもわからない状態で砂漠を歩き回るのは自殺行為、持ち出せた水にしても三日が精々、食料は水気のある缶詰と水気の無いレーション類が計五日。

 

無線機は短距離用しか無く、武器はピストル二丁に弾丸はマガジン四つと銃に装填されている分全部合わせて92発、ナイフ二本とスコップ。

 

救助は到底望めない、絶望的な状況であった。




アインヘリアル、多分元ネタのゲーム知ってる人は知ってると思います。
あれは完全に『懲罰部隊』でしたが、アインヘリアルは民間軍事会社ということになってます。

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