【A/Z】蛍へ~銃と花束を~   作:Yーミタカ

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サブタイトルで某スペースオペラ小説の、一人だけ出る作品間違えた人外を連想した人、正解です。
大好きです、あのバケモノ。

では、二期編、スタートです。


第十四話 原始人の勇者

「わたくし、アセイラム=ヴァース=アリューシアは忌まわしき新芦原での襲撃からこちら、地球の土人によって囚われておりました。

 

 わたくしに事件そのものを偉大なるヴァース帝国の自作自演と証言するよう脅迫するも、応じぬわたくしに業を煮やし、土人どもはあのような捏造放送という暴挙に打って出たのです。

 

 かの放送が捏造である証拠はこの足にあります、わたくしはあの事件で負った傷により、二度と立つことすら叶わないにもかかわらず、あの偽者は自らの足で壇上まで歩んでいたではありませんか!

 

 そのような中、軌道騎士団長ザーツバルム侯爵閣下はいち早く土人による陰謀を見抜いて開戦し、勇敢にも土民政府中枢に乗り込み、わたくしを救出くださいました。

 

 その大胆かつ冷静な行動はまさしく、我ら偉大なるヴァース帝国が騎士の鑑と呼ぶにふさわしいことでしょう。

 

 聞くところによると、わたくしを奪還された土民政府は何を血迷ったか、無垢なる少女ただ一人が、あれだけの『矢』をかき集め、わたくしの暗殺を企てたとして公開処刑したとのお話ですが、そのようなこと、不可能であるのは明白です!

 

 悪辣な土人はあの少女にいったいどれだけの痛苦をあじあわせ、洗脳し、処刑したのでしょうか、非業の死をとげたる少女に、哀悼の意を捧げます。

 

 わたくしはこの一月あまりで目が覚めました、あのような残虐非道の、二本足のケダモノとの友好などあってはならないのです!

 

 言葉を解さぬケダモノに交渉など不要です、軌道騎士の皆さん、あの少女の無念を晴らしてください、わたくしから足を奪った者達に相応の報いを与えてください!かつての戦に倒れた騎士達に土人の屍山血河ではなむけを!!偉大なるヴァース帝国がノーヴィエ・ムィエスト(新天地)にアルドノアの啓蒙を!!!ポウビエィダ・ヴァース(ヴァース帝国に勝利を)!!!!!」

 

「ポウビエィダ・ヴァース!ポウビエィダ・ヴァース!!ポウビエィダ・ヴァース!!!」

 

ライエが公開処刑されたことになって数日後のことである。

 

アセイラム皇女が連合本部での攻防戦以後に初めて姿を現して行った演説は悪意と偏見、そして虚言に満ちたものであった。

 

彼女が『ザーツバルム卿による暗殺未遂』を告発する演説は本部での攻防戦の後、あらためてあらゆる周波数で地球全土に放送され、軌道騎士団全ても知るところとなったが、その後にリアルタイムでアセイラム皇女が演説を行ったのである。

 

内容は本部での演説とまったくもって真逆、本部で直に彼女を見た者は『何をバカな』と鼻白み、地球連合も公式声明でもってザーツバルム卿が立てたこのアセイラム皇女を偽者とするが、証拠が全くないのだ。

 

本部での演説はマスターテープを紛失しており、マグバレッジ大佐と伊奈帆が分けて持っていたトリルラン卿による犯行声明も当のトリルラン卿が死亡しているため証拠として弱く、ライエが提出した通信記録諸々も、証拠を提出したライエを処刑したことにしたせいで『後ろめたいことがあったのではないか』と印象操作され、結果論であるが実行犯一味であったライエを『公開処刑』したことを『偽アセイラム皇女』によって、まるで無実の少女に濡れ衣を着せて処刑したかのように利用されてしまった。

 

その後もこの『偽皇女』は似たニュアンスの演説を繰り返しているが、全て内容が違うため録画を切り貼りしているわけでないのは間違いない、考えられるとしたらアセイラム皇女を何らかの方法で洗脳したか、ザーツバルム卿が脅迫しているか、または本物のアセイラム皇女も使っていたホログラム変装が考えられるが、どれだとしても地球側には立証のしようがない。

 

 ニーナは砂浜で、ヴァースが流すアセイラム皇女の演説を見ていた。

 

いつものお下げ髪を団子型にまとめ、桃色のビキニ、腰には白い半透明のパレオを巻いた彼女は、最後の半弦休息を仲の良い三人ですごしているのだ。

 

「ねぇ~!泳がないの~!?」

 

海から韻子がニーナを呼ぶ声に、ニーナは手を振って答える。

 

「うん、すぐ行く~!」

 

韻子は腰ほどの深さのところに立ってもう一人の少女の手を引いて泳がせており、黒を基調としたスポーティーな水着が彼女の快活さを際立たせている。

 

そして韻子に手を引かれて泳いでいるのはライエである。

 

息継ぎまで泳ぎを覚えた彼女は白いシンプルなビキニの上に水色のシャツを着ている。

 

無駄な肉のない彼女の身体と相まって飾らない美しさを魅せ、三人集まれば砂浜の視線を独占できるだろうが、残念ながらそのようなことにはならない。

 

「ライエちゃん、泳ぐのうまくなったよね~」

 

「コーチ二人がいいからよ。」

 

立ち上がったライエはニーナにそう答える。

 

「それにしたって犬かきもできなかったアンタがここまで泳げるようになるのはすごいわよ。」

 

「い、言わないで、それは・・・」

 

「もう手、離しても大丈夫そうだし、三人でブイまで泳いでみよ?」

 

「うん、じゃ、お先~!」

 

「コラ、ニーナ、フライング!!」

 

「二人とも、待ちなさいよ!!」

 

無邪気にはしゃぐ三人を見ているのは連合軍の兵士だけである。

 

青い海、白い砂浜、黒い兵士といったところだ。

 

ライエが祖母とすごしていた半年ほどの間、彼女はアルドノア・ドライブ起動の原因を調べるため、あらゆる検査を受けていた。

 

血液検査、尿検査、DNA検査、声紋、瞳孔、指紋その他諸々。

 

しかし、アルドノア起動の原因はわからなかったのだ。

 

そしてとりあえずのところ、ろ獲したアルドノア・ドライブを起動する仕事をしながら、連合軍監視下に置かれているのである。

 

人権等の問題を無視すればライエを某死神帳面のヒロインよろしく拘束し、食事は点滴で、核バンカーバスターでも破壊できないほど堅牢な地下深い基地に監禁しておくのが最も安全だが、アルドノア停止の条件が連合側にはわからないため人権の問題を無視したとしてもそのようなことはできない。

 

そのような拘束をした結果、たとえばライエが発狂したとしたら?はたまた廃人にでもなったら?その時にアルドノア・ドライブが起動し続けるかわからないのだ。

 

今のところ連合軍でわかっている停止条件は、

 

1.ヴァース皇族、正確には生来のアルドノア起動因子保有者による停止操作

 

2.アルドノアを起動した者に何らかの肉体的、精神的なダメージが起こる

 

の、二つである。

 

1については、ライエも起動の他に停止ができたため、2はアセイラム皇女が起動したデューカリオンのアルドノアが停止した状況からの推察である。

 

開戦から20か月あまりの間に、幾度かヴァース帝国の騎士が戦死したり、捕虜となることがあったが、戦死していた場合はアルドノア・ドライブが無事でも停止しており、逆に捕虜となった場合はアルドノア・ドライブが破損していない限り起動したままであったのだ。

 

順当に考えれば『死亡』または『心配停止』が停止条件なのだが、話をややこしくしているのは件の『偽皇女』である。

 

地球側は公式には彼女を偽者としているが、もし彼女が本物であれば、一月あまりで回復するほどの負傷であっても停止する、つまり具体的にどの程度で停止するかがわからないのである。

 

まさかライエや捕虜に無体を働いて実験するわけにもいかず、現状は『わからない』なのだ。

 

そのため、ライエをなるべく好きなように過ごさせ、それを護衛、監視することにしたのである。

 

今のように水着という場合もあれば、風呂、トイレも監視から離れないので女性兵士だけとなっているのがライエにとっては幸いである。

 

「それにしても、どうにかならないの、アレ?」

 

「あの人達に言って。」

 

砂浜まで泳いで戻り、雰囲気も景色もぶち壊しの兵士達を指す韻子にライエがそう言うと、ニーナは兵士達に話しかける。

 

「ねぇねぇ、兵隊さんたちも一緒に泳ぎましょ~」

 

「あ、えっと・・・」

 

話しかけられた兵士達の中で最も近くにいた者が驚き、他の兵士に助けを求める。

 

「ごめんなさいね、クライン一等兵。私達はお仕事中だから。」

 

「そっか、残念です。」

 

ニーナがライエ達のところに戻ると、何をしていたのか聞かれる。

 

「ニーナ、何してたの?」

 

「兵隊さんたちもみんな女の人でしょ?いっそのこと一緒に水着になったら気にならないかな~って。」

 

韻子と話しているニーナの頭にライエが軽くチョップを入れる。

 

韻子に倣ったツッコミである。

 

「いった~い!」

 

「馬鹿なこと言わないの。それより、今日出港でしょ?二人とも遅いわね。」

 

「そうだよね、韻子ってば水着選ぶのも悩んでたし、お化粧も頑張っておぼえたのにね~?」

 

「な!?ニーナだってそうじゃない!!」

 

「わたし、韻子ほどじゃないと思うけどなぁ。」

 

「ニーナは元が元だからちょっとでいいだけでしょ!」

 

「二人ともケンカしない、デューカリオンの方に聞いてみましょ。」

 

ライエはそう言って通信機を取る。

 

古い・・・と言っても戦争が始まる前くらいだが、先ほどニーナが使っていたような民生品では通信妨害により火星側のプロパガンダ放送くらいしか見ることができないが、軍用品または最近出回っている民生品であれば火星の通信妨害を無効化できるようになっている。

 

地球も遅れながらアルドノアの研究ができるようになり、火星との技術差を埋めつつあるのである。

 

しかしライエが通信するより早く、通信機から警報が鳴る。

 

『ヴァース帝国カタフラクト確認!総員戦闘配置!!』

 

それを聞いた三人と、ライエの護衛の兵士達に緊張が走る。

 

「まったく、休みくらいゆっくりさせてほしいものね。」

 

「それはムリな相談でしょ、向こうも。二人はブリッジでしょ?急ぐわよ!!」

 

韻子は水着の上にそのままパイロットスーツを着て、ライエは軍服を、ニーナは芦原高校の制服を着て持ち場へ向かう。

 

 

 

「敵カタフラクト判別完了、『雪男(イエティ)』ことエリシウムです。」

 

デューカリオンの正式なレーダー手となった詰城先輩がそう伝えると、艦長席に座るマグバレッジ大佐はデータを表示する。

 

外観は白い甲冑を着込んだ重装騎士をイメージして作られているが、その能力から『雪男』と呼ばれている。

 

『エリシウム、ヤーコイム男爵機、交戦した部隊の報告によると、周囲のものを凍りつかせる兵装を保有、詳細は不明。』

 

「当艦のカタフラクト隊は再編中で指揮下にありませんし、どうしたものか・・・」

 

不見咲中佐がマグバレッジ大佐の隣でそう呟き、マグバレッジ大佐は頭の中で考えをまとめる。

 

「(大尉がいらしたら、どうなさるでしょうか?)」

 

現在、鞠戸大尉は彼が率いていた部隊『フェンリル隊』ごと異動させられており、デューカリオンへの着任はしばらく先である。

 

「すみません、遅れました。」

 

ライエとニーナがデューカリオンのブリッジに駆け込んでくると、不見咲中佐はニーナを叱った。

 

「クライン一等兵、何ですか、そのカッコは!?軍服を支給していたでしょう!?」

 

「だって、可愛くないし・・・」

 

「可愛くって・・・着替える時間もありませんから、とりあえず配置に!」

 

ニーナがそう言われ操舵席につき、ライエも火器管制席に座ると、マグバレッジ大佐はデューカリオン発艦の命令を下す。

 

「デューカリオン発進!当艦は上空より支援砲撃を行います!」

 

一方、地上の基地に所属するカタフラクト隊の指揮下にいる韻子は、アレイオンに乗り込み、エリシウムとの戦闘に参加していた。

 

『学兵、オレ達の邪魔だけはすんなよ!』

 

学兵というのは、開戦により修学中にも関わらず軍に入った、入らざるを得なかった者達に対する蔑称である。

 

韻子も軍属から正式に連合軍に入っており、現在の階級は曹長であるが、連合の軍人は韻子のような学生上がりを軽視する風潮があり、戦果をあげて曹長になった韻子ですらこのような扱いを受けるのである。

 

『敵カタフラクト、エリシウムは周囲を凍結させるアルドノア兵装を装備している。全機、凍結防止装置起動!』

 

韻子もカタフラクト連隊長の指示に従い凍結防止装置をつける。

 

エリシウムは自分の周囲を円形状に凍結させながらデューカリオンが停泊していた港湾基地を目指しており、それを遮るように地球連合軍のカタフラクト隊が展開し、射撃を開始する。

 

しかしエリシウムはHE弾が炸裂する距離になってもHE弾が爆発せず、AP弾は見えない壁のようなものに当たって逸らされる。

 

無論、HE弾も同じだ。

 

『敵カタフラクトは特殊なフィールドを展開している、接近してフィールドを貫通させろ!』

 

韻子の所属している小隊の隊長がそう指示するのと同時に、他の隊もエリシウムとの距離を詰め始めた。

 

韻子も最初は続こうとしたが、嫌な予感を感じ、カタフラクトの足を止める。

 

『網文曹長、何をしている!?』

 

「・・・イヤな感じがします、アイツに近づいちゃいけないって・・・」

 

『ボイコットか!?これだから学兵は!!』

 

「違います!!伊奈帆だったら・・・」

 

『彼氏か何か知らないが、そんな言い訳で命令に従わぬというならそこで突っ立ってろ!!後で軍法会議だ!!』

 

韻子以外のカタフラクトは彼女を捨て置き、エリシウムに近づいていく。

 

「ダメ・・・ダメエエエェェェ!!!」

 

韻子が通信で叫ぶが誰も聞いていない、彼女のいた小隊はすでに韻子との通信をオフにしている。

 

 

 

「愚かな・・・土民どもの考えのなんと浅ましいことよ。」

 

エリシウムの中でヤーコイム男爵は不敵に笑う。

 

彼は氷結防止装置など何の役にも立たないことを知っているのだ。

 

距離を詰めていた地球連合軍カタフラクト隊の、先頭集団にいた韻子と同じ小隊のカタフラクトは氷結防止用のヒーターなど関係なく駆動部が凍結し、パイロットの肉体まで凍りついていく。

 

もしエリシウムの能力が『周囲の温度を低下させる』のであれば、このようなことにはならない。

 

『うわあああぁぁぁ・・・』

 

『う、腕が、足があああぁぁぁ・・・』

 

韻子は、助けを求めようとオープン回線にした兵士達の断末魔が少しずつ小さくなるのに耳を塞ぐ。

 

彼らはもう手遅れなのだ。

 

彼女がこの一年以上続く戦争で生き残ってこれたのは卓越した操縦技術によるものでもなければ明晰な頭脳によってでもない。

 

それらはあくまで一要素に過ぎないのだ。

 

彼女を生かし続けた最たる要因は臆病さだったのである。

 

臆病、それすなわち非難されるものではない。

 

危険を危険と理解し、いち早く察知し、避ける能力、慎重さと呼び変えても構わない。

 

どのような危難をも察知し、回避するような臆病さほど、生き残ることに長けた武器は存在しないのである。

 

弾丸は臆病者を好むなど迷信に過ぎない。

 

むしろ勇猛果敢と蛮勇無謀を取り違えるような猪突猛進の獣など狩人の引き立て役にもならないのである。

 

狩人が真に恐れる獣とは、罠にかからず、猟犬を煙に巻き、猟銃の射線に決して入らぬものだ。

 

鋭い爪や牙を持つならばなおさらである。

 

『ダ、ダメだ逃げろ!!』

 

『殺される、殺される!!』

 

恐慌状態となった兵が敵前逃亡を扇動するような言葉を通信で叫び、それに付和雷同する者も出始める。

 

彼らは自身の臆病さに目を向けられぬのだ。

 

臆病さは武器であるが諸刃の剣でもある。

 

普段勇猛果敢と思い込んでいる、または思い込みたいがゆえに己の臆病さから目をそらす者にとっては危険に対面した時、臆病さは自分自身を危険にさらすのだ。

 

そんな中、韻子は自分の中の臆病さ、そして恐怖に向き合い、冷静に突破する手段を考え、せめてもの足止めとしてエリシウムを撃つ。

 

すると、もともと動きが鈍いためわかりにくかったのだが、エリシウムは弾丸を逸らす瞬間だけ動きがさらに遅く、場所によっては後退しているのに気づいた。

 

「落ち着いて、弾丸が無くなるまで、銃身が焼き付くまで撃ち続けてください、足止めにはなります!!」

 

韻子は拡声器まで使い、届く限りの部隊にそう呼び掛けた。

 

すると、それを聞いた連隊長が全部隊へ通信で檄を飛ばす。

 

『見ろ、あの女だてらに先頭に立ち、戦う乙女を!!我が隊は彼女一人捨て置き、逃げ出すような腰抜けばかりか!?』

 

これを聞いた他のパイロット達も韻子に続いてエリシウムを撃ち、エリシウムはたたらを踏んで後退する。

 

韻子は連隊長の檄を聞き、自嘲気味に笑った。

 

彼女は自分を臆病と知っているからこそ、エリシウムが射撃を受けると停止、または後退することに気づいたのだから、勇猛果敢などという言葉は彼女にとって真反対のものなのだ。

 

エリシウムはたしかに足踏みし、後退している、しかしそれだけだ。

 

アレイオンの銃撃は数を増しても逸らされ続けており、エリシウムにダメージらしいダメージを与えられていない。

 

先に韻子の言ったとおり、弾丸はいつか尽きるし、銃身も焼き付く。

 

そうなればアレイオンは何もできないのだ。

 

だが、韻子は無為無策でこのようなことをしているわけではない、はるか上空からの援護を期待しているのだ。

 

 

 

 上空には、デューカリオンが飛んでいる。

 

その中でマグバレッジ大佐は援護射撃の命を下した。

 

「船体下部ミサイル、目標エリシウム!撃ええぇぇ!!」

 

マグバレッジ大佐の命を受け、ライエは五発のミサイルをエリシウムに向けて放つ。

 

五発のミサイルはエリシウムに吸い込まれるように飛翔するが、途中で飛翔用ロケットが停止し、地面に突き刺さって土煙をあげた。

 

「これは!?」

 

「信管、ブースターが凍らされ、停止しましたね。ならば主砲です、直接照準、徹甲弾、榴弾、各個に撃ぇ!!」

 

ライエは言われたとおり、主砲で徹甲弾、榴弾を放つが、榴弾はやはり信管が凍結し、徹甲弾と共に逸らされ、地面に突き刺さると同時にエリシウムの足も砲弾に押されたかのように地面にめり込んだ。

 

それを見た韻子は、エリシウムのフィールドの正体に気づいた。

 

エリシウムは単純に周囲の温度を低下させているのではなく、分子運動エネルギーを奪っているのである。

 

そのため、氷結防止用のヒーターの効果がなく、機密空間にいるパイロットまで氷結したのだ。

 

このアルドノア兵装、『エントロピーリデューサー』がどうやって弾丸を逸らしているのか。

 

エントロピーリデューサーによってエリシウムの装甲、そして飛来する弾頭は臨界温度まで冷却され、『超伝導体』となる。

 

この超伝導体は、マイスナー効果により外部からの磁場を通さないため、接近すると弾丸が逸れてしまうのだ。

 

リニアモーターカーが浮いている原理に近い。

 

しかし、軽減されはするものの、完全に衝撃を殺すことはできないため、アレイオンの銃撃を受けて怯んだり、デューカリオンの砲撃を受けて地面にめり込んだりしたのである。

 

「(こんな時、伊奈帆だったらどうするかしら?)」

 

韻子は、伊奈帆ならばどうするかを考える。

 

彼ならば分子運動エネルギーをどうにかして補充しながら、肉薄して格闘戦を仕掛けるなり接射するなりしてエリシウムを破壊するだろうと韻子が考えたとき、遠くからアレイオンの拡声器で呼びかける声が響く。

 

『え~、交戦中の連合軍カタフラクト隊、なるべく雪男に近づかないでくださ~い、こちらの砲撃に巻き込まれても責任は負いかねますので~!!』

 

気の抜けたような声であるが、韻子には聞き覚えのある声であった。

 

芦原高校に通っていたころは伊奈帆を挟んでケンカばかりしていた、ニーナが恋慕しているのを、『あんなヤツのどこがいいのよ!?』と一蹴しつつも、伊奈帆が韻子に向けるものとはまた違う『無表情な笑顔』を見せるのに嫉妬し、同時に伊奈帆が心を許す一番の相手とも認めていた男だ。

 

戦争が始まるといち早く軍に志願し、伊奈帆からその動機の予想『火星に対する復讐の名を借りた八つ当たり』を聞いて止めようとしたが、彼を信じようと、『自分の予想はきっと外れている』と願った伊奈帆の手前、自分を押さえた。

 

しかし伊奈帆の予想は的中し、良好な関係を築こうとしていたアセイラム皇女に銃を向け、義父の鞠戸大尉と大喧嘩の末打ちのめされ、それを心配して見舞いに行ったニーナを、彼女は何があったかは一言も話さなかったが韻子の勘ではニーナに暴言を吐いたという程度ではない、乱暴したと考えている。

 

そこまでされても慕っているニーナに少なくない憤りを感じるが、それでも憎むことができなかった男である。

 

韻子が乗るアレイオンのカメラ映像に映るエリシウムが何かに殴られたかのようにぐらつく。

 

少し間をあけ、エリシウムの近くに何かが落ちる。

 

エリシウムの、韻子側から見て右の上空から巨大な黒い球が飛んできているのだ。

 

エリシウムと比較してその球の大きさは直径2メートルないし3メートル、当たった瞬間に砕けているところからして金属ではない。

 

「あれ、まさか土弾!?」

 

そう、エリシウムを襲っているのは土で作られた球であったのだ。

 

土といえどあなどってはならない。

 

小石の混ざった土を海水で固めて形成し、射出の際に遠心力で脱水してさらに固められたこの土弾は重量にして約8トン、参考までにデューカリオンを除く史上最大の戦艦、大和の主砲が放つ砲弾の重量は1.4トン、デューカリオンは宇宙空間での使用も念頭にあるため取り回しを重視してこれより一回り小さい1トンである。

 

そして、土や石、海水は超伝導体にならないため、マイスナー効果の壁を易々と貫く。

 

さらにこれは偶然なのだが、エントロピーリデューサーによって土弾は、現状では実験上も計算上も出し得ていない温度まで冷却されており、硬度はダイヤモンド並みになっている。

 

8トンのダイヤモンドのカタマリがぶつかっているのだ、エリシウムもひとたまりもない。

 

しかし、この土弾は命中率が酷すぎるのが弱点である。

 

射出方法の関係で仕方がないのだが。

 

「やっぱ当たんねぇもんだな。」

 

土弾を飛ばしているパイロットは愚痴をこぼしながら、カタフラクトで新たな土弾を飛ばそうと、射出装置である大きな布に土弾をくるんだ。

 

この布はカタフラクトを輸送したり、どこかに隠す時に使うカバーであり、カタフラクトをすっぽり覆ってしまうほどの大きさである。

 

その布に土弾をくるんで両端を持つと、カタフラクトで振り回し、脱水しながら固めて布の片側を放すことで射出しているのだ。

 

起源は古代、まだ人間が文明を興したか、はたまた文明が生まれる前か、神話で小さな英雄が巨人を打ち倒すのにも使われた由緒正しき武器、投石帯だ。

 

しかしこの武器の弱点は、当てるのが非常に難しいことにある。

 

射出の際に振り回し、その遠心力によって放物線を描いて飛翔する弾体がどこに行くかなど、神のみぞ知るところである。

 

「ま、ぶっ壊すまで投げ続けりゃいいだけか。」

 

『そこの所属不明カタフラクト、応答願います。』

 

彼のもとに、感情を感じさせない、まるで自動応答のような声で通信が入る。

 

「・・・まさか!?」

 

『このデータどおりに投てきをお願いします。』

 

答えるより早く、一方的にデータが送りつけられ、彼はデータどおりに投げるタイミングを設定して土弾を放った。

 

 一方、土弾の砲撃を受けていたエリシウムのパイロット、ヤーコイム男爵はこの土弾の攻撃に一つの話を思い出す。

 

彼はこの状況に至るまで単なるウワサ話として気にもしていなかった話だ。

 

「この原始的な戦い方・・・まさか、『原始人の勇者』か!?」

 

原始人とは、土人、土民に並んでヴァース帝国が地球人を侮蔑するのに使う言葉であるが、昨今はあまり使われなくなっていた。

 

なぜなら、ある地球のエースパイロットを連想する言葉にもなりつつあったからだ。

 

ヴァース帝国どころかおそらく地球も想定していないほど原始的な方法を使って戦うこのエースパイロットによって、『皇帝陛下より下賜されし名馬』が何機も打ち倒されているのだ。

 

なお、このエースパイロットについては地球連合軍の公式記録においては存在しないものとされている。

 

韻子も遠目に何度か遭遇したことがあったが、全て報告書から抹消されていた。

 

その中には自分が書き、上に持っていかれた後で消されていたこともあり、彼女も『触れてはいけない』と考えるようになっていたのである。

 

そして地球連合軍兵士のウワサでこのエースは『石器人』と嫉妬と羨望を込めて呼ばれており、いわく『連合軍の雇ったPMCだが、禁止されている直接的な戦闘行為への主体的参加を連合軍は黙認しているため、存在が抹消されている』、はたまた『部隊名すら伏せられた幽霊部隊で、精鋭の特殊部隊である』、『実は懲罰部隊で、捨て石になるような戦い方を強要されているため原始的な戦い方をしており、それが偶然上手くいった何人かの話が同一人物のものとされている』など、千差万別だ。

 

しかし、そのどれだとしてもヤーコイム男爵に襲い来る土弾が別のものになることはない。

 

エリシウムの最大の武器、エントロピーリデューサーはその容量ゆえにエリシウム自身の動きに制限がかかってしまう。

 

仮にエントロピーリデューサーを解除したところでエリシウムはエントロピーリデューサーの使用を前提とした設計のため、激しい動きができるように設計されていないため、土弾に潰される未来に、アレイオンによって蜂の巣にされる未来が追加されるだけだ。

 

もはや投降するしかないが、それもかなわない。

 

すでに土弾があきらかな直撃コースで飛来しているのだ。

 

「・・・原始人の勇者、美事なり。」

 

ヤーコイム男爵はその言葉を最期に、土弾によってエントロピーリデューサーが破壊されたことによって、エリシウムがため込んだエネルギーが暴走、爆発を起こしてエリシウムごと跡形も残らず消し飛んだのであった。

 

 

 

 戦闘が終わり、アレイオンを降りた韻子は途中でライエ、ニーナと合流してエリシウムを撃破したカタフラクトのパイロットの元へ向かう。

 

港湾基地やカタフラクト連隊はエリシウムを撃破したのはデューカリオンと誤認しているため彼のもとにはまだ誰もいない。

 

「蛍、伊奈帆は!?」

 

韻子は彼にそう尋ねる。

 

彼はヘルメットを被っていたが、先に聞いた声は間違いなく蛍のものであったからそう尋ねたのだ。

 

彼がヘルメットを外すと、その下にあった顔は間違いなく蛍であった。

 

「本日をもってデューカリオンに帰任しました、宿里蛍伍長です、網文曹長、残念ながら自分は一人にあります。」

 

だが、敬礼し、口から出た言葉は、彼が偽者じゃないのかと思わせるほど印象が違うものであった。

 

「もう一年くらいになるかしらね?えらく背が伸びたわね。」

 

蛍はもともと背が高かったが、この一年半ほどで伸びており、190センチ近い。

 

「お前がまさか軍に入ってるとは思わなかったぜ、ライエ。」

 

ライエとは普通に・・・多少丸くなって話しているが、韻子は違和感を覚えた。

 

「ねぇねぇ、蛍くんってさ、ライエちゃんのこと、『アリ・・・っとと、ファミリーネームで呼んでなかったっけ?」

 

ニーナが韻子の感じた違和感とまさしく同じことを尋ねる。

 

蛍は以前、ライエのことは『アリアーシュ』と呼んでいたが、今、何の抵抗もなく『ライエ』と呼んだ。

 

「ん?だって俺、こいつの名字、知らねぇし。」

 

「指ささないでよ。前、教えなかったっけ?『村雲』よ。」

 

「あ、あぁそうだったそうだった!けどよ、もう『ライエ』で長ぇから、こっちでいいよな?」

 

「好きにすればいいじゃない。」

 

蛍の答えは『誰が聞いているかわからないから適当な話し方で新しい名字を聞いた』ようにも見えるが、そうだとしても名前呼びを続けるのはおかしい。

 

「それにしても、考え無しに、派手にやってくれたわねぇ、暑いったらありゃしないわ。ねえ、韻子、ニーナ。この際だから脱いじゃおっか?」

 

ライエがそう言うと、ニーナ、韻子、蛍は各々、別の反応をする。

 

「ええ~、でも、恥ずかしいよぉ。」

 

頬を赤らめるニーナ、

 

「そうね、そうしましょ!」

 

いたずらな笑みを浮かべる韻子、

 

「わ!?待て、オマエら、俺、男!!」

 

慌てふためく蛍。

 

目を覆う蛍の前、そして後ろで衣ずれの音がして、ライエは軍服の上衣、ブラウスを脱ぎ、韻子はパイロットスーツの腰から上を脱ぐ。

 

蛍もやはり男子の習性か、指の間から目の前のライエを見て、引っ掛けられたのに気づいた。

 

「って、下に着てたの水着かよ!?」

 

「そうよ、アンタと伊奈帆は遅刻したけど、海にいる時にさっきのが攻めてきてね、水着の上に着てたのよ。」

 

韻子が成功したイタズラの出来映えに満足しながらそう話す中、ライエは蛍に体を預けるように寄り添うと、

 

「何だと思ってたの?エッチ!」

 

と、からかった後、まだ脱いでいないニーナの後ろにスッと忍び寄る。

 

「ニーナ、いいモノ持ってるんだから使わなきゃ損よ!」

 

「キャッ!?ライエちゃん、何するの!?」

 

ライエが抵抗するニーナの制服を脱がせ、三人の中で最も大きい胸、そしてそれを包む桃色のビキニがあらわになると、蛍は目をそらす。

 

「ニーナ、蛍ってばあんたの胸、直視できないみたいね~、あたしには普通だったのにさ。」

 

「もう、やめてよぉ!」

 

ニーナはライエの手を振りほどいて制服の前を手で合わせ、蛍の顔をのぞきこむ。

 

「蛍くん?その、さ、見苦しいの、見せてゴメンね?」

 

「いや、ンなことねぇよ、キレイだったぜ?」

 

そう話して二人そろって赤面しているのを見て、ライエは蛍の背中に抱きつく。

 

「何よ、あたしのは貧相だから何とも思わなかったとでも言いたいの?」

 

「ちょ!?おま、背中、当たって」

 

「当ててんのよ!で、どうなの?」

 

「いや、オマエのは見慣れムウウゥゥゥ!?」

 

ライエは蛍の背中をよじ登り、スリーパーホールドをかける。

 

それを蛍がとっさに背負い投げして、ライエは宙返りして足から地面に着地する。

 

「何か言った?」

 

「うっせ!」

 

じゃれあう蛍、ライエ、ニーナを見る韻子は頬をほころばせる。

 

自分に対し堅苦しい物言いをしていた蛍だが、中身はあまり変わっていないとわかったからだ。

 

「芦原高校に通ってた頃に戻ったみたいだね、カームとオコジョがいれば。」

 

韻子の後ろから無機質な声が聞こえ、韻子が振り向くとそこには彼女が一番待っていた者が立っていた。

 

「伊奈帆!!」

 

韻子は思わず、伊奈帆に抱きつく。

 

彼の左こめかみには本部で撃たれた時に弾丸が貫通した傷あとがあるが、左目は遠巻きには元通りに見える。

 

しかし鼻が触れそうなほど近くにいる韻子には、彼の左目が精巧な義眼であることがわかる。

 

だが、韻子はそのことよりも再会した嬉しさの方が勝っていたのである。

 

「よかった・・・ホントによかった!!」

 

「韻子。」

 

伊奈帆は抱き返したりせず、韻子の後ろを指さす。

 

そこには、先ほどまでじゃれあっていた三人が、自分がさっきしていたような顔で韻子達を見ていた。

 

「あ、気にしないで、あたしたち、空気と同じだから。」

 

「ま、人の好いた惚れたほどいいネタはねぇしな。」

 

「き~す、き~す、き~す!」

 

韻子は顔を真っ赤にしてニーナをつかまえる。

 

「だ~れがするか~~~!!!」

 

「あ~ん、ギブギブ~~~!!!」

 

ニーナにコブラツイストをかける韻子、二人を仲裁するライエを横目に、蛍は伊奈帆に向き直る。

 

伊奈帆の襟に少尉の階級証が輝いているのを確認した蛍は伊奈帆に敬礼した。

 

「ご静養より戦列復帰、歓迎いたします、界塚少尉殿。お身体、御加減はよろしくて?」

 

「ん、大丈夫。蛍もウワサじゃ懲罰部隊に放り込まれてたって聞いたけど?」

 

「申し訳ありませんが、機密事項に当たりますのでお話しいたしかねます。」

 

昔のように淡々と話す伊奈帆に、事務的に返答する蛍。

 

二人を初めて見る者がいれば二人が芦原高校で親しかったなど信じないだろう。

 

そんな会話を交わす中、伊奈帆は無表情の中に一抹の寂しさを浮かべたのであった。




二期の一話というと、やっぱり皇女の演説から始まるのが一番と思い、どうせなので演説もオリジナルにしてみました。

書いてて思いましたが、自分、ケンカ売る演説の方が書くの好きで、乗ってました、ホント。

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