【A/Z】蛍へ~銃と花束を~   作:Yーミタカ

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 約半年も放置して大変申し訳ありませんでした。
今回で前半クール最後になります。


第十三話 戦いすんで一年後

 蛍がザーツバルム揚陸城の動力中枢に到着する少し前、複数発の銃声が中枢に響いた。

 

揚陸城のアルドノア・ドライブを停止させたアセイラム皇女を一発の凶弾が襲い、それを放った男、ザーツバルム卿を二発の銃弾が同時に射抜いた。

 

一発はザーツバルム卿の銃を撃ち落とし、もう一発は腕を貫通する。

 

その場に立っているのは二人の少年、一人は伊奈帆、もう一人は・・・

 

「キミが・・・コウモリ?」

 

「姫さまを返してもらえますか、オレンジ色?」

 

スレインだ。

 

「それは出来ない。」

 

「そうでしょう・・・ね!!」

 

二人は手に持った銃を同時に放った。

 

蛍であれば射線を避けるといったこともできたであろうが伊奈帆にそれはできず、スレインが放った銃弾が左目に直撃する。

 

一方、伊奈帆が放った銃弾はスレインの銃を撃ち落としただけにとどまった。

 

先のザーツバルム卿を撃った銃弾も、銃を叩き落とした方が伊奈帆の銃弾だったのだ。

 

彼はスレインがザーツバルム卿の部下でなく、別の目的でアセイラム皇女の引き渡しを求めた可能性を考えたのだ。

 

アセイラム皇女は妙に地球のことに通じており、以前誰から地球のことを教わったのか聞いたことがあった。

 

その時、地球から密入国した父子の、子供が皇女と同年代で、彼から地球のことを教わったと聞いたのである。

 

その少年がスレインかもしれないと考え、銃を撃ち落として話を聞こうと考えたのだがスレインは伊奈帆が、アセイラム皇女を人質にして火星との和平で有利な条件をつけようとした地球側の政治家が監視につけていると思い込んでいるため、問答無用で頭を撃ったのだ。

 

倒れる伊奈帆からザーツバルム卿に視線を移し、取り落とした銃を拾ってスレインはザーツバルム卿の目の前にひざまずく。

 

「・・・どうした?あの一発は余の造る世界に対する反逆ではなかったのか?」

 

「戦無き世界、確かに素晴らしいものと考えます。ですが、あなた亡き後はどうなさるおつもりなのですか?」

 

「・・・なるほど、うぬを世継ぎにせよと申すか?」

 

これにスレインは首を横に振る。

 

「志をお継ぎするのは姫さまです。」

 

「何?正気か!?」

 

「姫さまも平和を望んでおられるのです。手段こそ違っても、ザーツバルム卿と志を同じくする方なのです。協力いただけるでしょう!」

 

「・・・No(ニエット)と言ったらどうする?」

 

ザーツバルム卿がそう言うとスレインはザーツバルム卿の眉間に銃口を向けた。

 

「その時は僕が、姫さまと共に志をお継ぎいたします。侯爵閣下は僕に皇女を託し、名誉の戦死を遂げたといったところでどうでしょう?」

 

「そうか、しかし今、余がYes(ダー)と答えてもあてにはならぬぞ?」

 

「僕は侯爵閣下が命より名誉を重んずる方だと考えております、無用な心配ですよ。」

 

「フッ・・・言うではないか。しかし、皇女をどうやって説得する?」

 

「それは・・・」

 

スレインが言葉に詰まるとザーツバルム卿は笑いながら答える。

 

「詰めが甘いな。まぁよい、合格だ。そこまで答えよというのは難しかろう。」

 

「では!」

 

「ああ、Yesだ。そなたの案に乗ろう。子細は後に詰めればよい、まずはここより出でねば・・・」

 

そこまでザーツバルム卿が言った瞬間、目の前からスレインの姿が消えた。

 

大きな影がスレインにぶつかり、彼は吹き飛ばされたのだ。

 

「この火星人・・・俺の親友(ダチ)に何してくれやがったんだゴラァ!!!」

 

大きな影・・・蛍の怒りに任せた蹴りを食らったスレインは床を6メートル強転がり、蹴られた腕を押さえる。

 

蛍が冷静さを失って力任せに放ったいわゆるサッカーボールキックはスピードが遅く、スレインもとっさに腕を盾にして頭を守ったが、それでも腕は感覚がなくなり、腕越しであったのに親知らずが折れている。

 

「ま、待ってくだ・・・あ!?」

 

スレインは蛍に片手で銃を向けるが、蛍はためらいなくスレインの右手を蹴り抜き、スレインの手首は骨にヒビが入り、銃もあさっての方に飛んでいく。

 

「ぶっ殺す!!」

 

蛍の前蹴りがスレインのみぞおちに入り、膝をつくスレインの顔が蹴りあげられ、あお向けに倒れたスレインの上に蛍はまたがり、膝でスレインが逃げられないように捕まえて拳を振り上げた瞬間、

 

『パンッ!』

 

と、乾いた音が響き、蛍が振り上げた拳が力無く下がる。

 

蛍は痛みを感じていないが、撃たれたのだ。

 

銃声がした方を見ると、撃たれた腕の応急措置をしたザーツバルム卿がアセイラム皇女を肩に担ぎ、撃たれなかった方の手で銃を撃ったのだ。

 

利き手と逆であったためヘッドショットされなかったのが蛍にとって幸運であった。

 

「地球人、その男から離れろ!」

 

「フウウウゥゥゥゥ・・・」

 

蛍は野獣のようにザーツバルム卿を睨む。

 

その眼光は銃を持っていようと構わずザーツバルム卿に襲いかからんとしている。

 

「損得勘定もできぬ物狂いでもあるまい!今、貴様がすべきことは何だ!?友を捨て置き我等を手にかけることか!?それとも友の命を救うことか!?」

 

そう言われた蛍はザーツバルム卿から目を離さず、記憶を頼りに伊奈帆の方へ近づいていく。

 

「スレインよ、立つのだ。余は今、手が塞がっておる。自分の足でついてこれぬとあれば、皇女の命を保証できぬぞ。」

 

スレインはKOされたボクサーが立ったばかりのように千鳥足でザーツバルム卿の元へ歩み寄っていき、ザーツバルム卿は蛍へ銃を向けたまま中枢を出て、一息ついた。

 

「危なかった。」

 

「・・・ザーフハルフこう()どふひへ、しょめひほ(どうして、助命を)?」

 

「あやつのことならば、一発で仕留めねばたとえ致命傷を負っても余を道連れにしたであろうからな。万に一つであっても仲間が助かる可能性を示唆してやれば交渉できると踏んだ。

 

 うぬと皇女のことであれば、約したであろう?違えはせぬ。」

 

ザーツバルム卿は、端から聞いていれば何を言っているかわからないスレインの言葉を聞き取り答える。

 

以後、二人は特に会話を交わさず、暗い通路へと消えていった。

 

 

 

 一方、ザーツバルム卿とスレインを見送った蛍は今になってザーツバルム卿に担がれたと気づいた。

 

伊奈帆は頭を撃たれており、生きているようには見えない。

 

「・・・すまねぇ、こんなことならせめて、敵でも討ってやるべきだった・・・」

 

蛍はせめて、伊奈帆の亡骸を持ち帰ろうと、彼の下に手を差し込んだときに伊奈帆の口から音がもれる。

 

「・・・ほ・・・たる・・・」

 

「・・・ナオ!?生きてんのか!?」

 

蛍は最初、『肺の中の空気が漏れた音』かと思ったが、伊奈帆が何かを探すように宙を探り、その手を蛍はつかんで呼びかける。

 

「少し我慢しろ、すぐ艦まで連れてくから!」

 

蛍は撃たれた伊奈帆の応急手当を片手で行い、残った物で自分の止血をすると伊奈帆を背負って中枢を出た。

 

灯りは一切ない通路を、来たときの記憶を頼りに引き返していく蛍の背中で、伊奈帆はうわ言をつぶやき続ける。

 

「ほたる・・・ごめん・・・」

 

「何でお前が謝るんだよ、あの時は俺がバカみてぇに八つ当たりしただけじゃねぇかよ。」

 

伊奈帆はただ、壊れたレコードのように同じ言葉を繰り返すだけで、会話は成立しないが、蛍にとってはそれだけでも希望となった。

 

話している以上はまだ生きていると、彼に伝えているのだから、会話が成立しなくとも立って歩くことができるのだ。

 

「(やべぇ・・・ジワジワ痛くなってきた・・・)」

 

先ほどはアドレナリンが出ていたから痛みを感じていなかったが、それが抜けてきたせいで痛みを感じ始めたのだ。

 

「(頼むよ、艦まででいい、もってくれよ。ナオだけでも助かれば、それでいい・・・)」

 

蛍の傷は開き、血が流れ始めている。

 

治療キットのほとんどを伊奈帆につかったため、自分の手当てはまったくもって不十分なのだ。

 

 

 

「・・・しまった、忘れてた・・・」

 

蛍はカタフラクトの上半身が転がる通路で足止めを食らう。

 

先ほど、タルシスを破壊するときに隔壁を落とした通路だ。

 

この通路が外への最短距離で、なおかつ他の通路は交戦記録からヴァース帝国兵が某地球外生命体のように闊歩している可能性が高いため来た道を戻っていたが、その途上で隔壁を落としたことを忘れていたのだ。

 

通風口があるが、本来絶対安静の伊奈帆を連れて通るのは不可能だし、隔壁を上げるには動力が来ておらず、それ以前に昇降機は彼とライエが破壊した。

 

「・・・少し休もうぜ、ちょっと疲れちまってよ。」

 

蛍は伊奈帆を降ろして通路の壁に背を預けて座り込んだ。

 

彼もまた血を流しすぎたのだ。

 

すでに意識を失ってもおかしくないほどであるのに、それを保っているのは気力がなせる技である。

 

「・・・寝ちまったのか、ナオ・・・ならよ、今から独り言言うから、適当に流してくれ。」

 

返事のない伊奈帆に、蛍は一方的に話す。

 

「あれは入学して一月か二月くらいだったか?」

 

 

 

 五月の中ほど、蛍はその風貌からクラスメイトに避けられ、いつも休み時間は屋上で煙草を吹かしていた。

 

鞠戸大尉と大喧嘩をして、いつも気が立っていたのも彼の孤立を好む性分を助け、クラスメイトも『とりあえずこちらから何かしない限り安全な不良』という認識となっていた。

 

そんな彼が、いつものように屋上で昼の一服をしていたとき、伊奈帆と出会ったのだ。

 

「宿里 蛍君?」

 

「あ?何だ、テメェ?」

 

「ここ、いい?」

 

蛍は最初、伊奈帆を威嚇したが伊奈帆は気にも止めず隣に並び、ウーロン茶を飲み始めた。

 

「キミもどう?」

 

「何なんだよ、一体・・・」

 

蛍は差し出された缶のウーロン茶を受け取りながらそう言った。

 

少なくともくれるらしいと考えたのだ。

 

お返しとばかりに蛍は伊奈帆に煙草を差し出す。

 

「オメェも一本やるか?一応、ヤベェのじゃねえぜ。」

 

「遠慮するよ。未成年だからね。」

 

伊奈帆は煙草を断り、蛍はそれを自分で吸い始める。

 

「『ヤベェのじゃねぇ』ってさ、まさかと思うけどそっちのも吸ったりするの?」

 

「いや、さすがに吸わねぇよ!」

 

と、そんな話を蛍は、名乗りもしていない伊奈帆と続けている自分に内心驚いていた。

 

本来の彼なら長くてもウーロン茶を無視して終わりだ。

 

「ユキ姉から聞いてた雰囲気と大分違う。」

 

「ユキ姉?あ、オマエ、ユキ姉さんの!?」

 

蛍がそう言うと、伊奈帆は頷いて名乗る。

 

「界塚 伊奈帆。いつもユキ姉がお世話になってます、なんてね。」

 

「あぁ、俺も聞いてるぜ。しっかし話にゃ聞いてたけど、『妹みたい』ってのはわかるな。」

 

この時の蛍は伊奈帆の表情を読むことができなかったのでわからなかったが、後に考えるとこの時の伊奈帆は少し不快に思っていたのである。

 

「ユキ姉、今日の夕飯一品減。」

 

「ま、そう言うなよ。『よくできた、私にはもったいない弟』とも言ってたぜ。」

 

これに伊奈帆は表情を変えずに、だが見る者が見れば嬉しそうにして、

 

「そう。」

 

と、短く答える。

 

「いつもここにいるの?」

 

伊奈帆が最低限の言葉で尋ねる。

 

「まぁな、クラスの空気、悪くすんのもワリィしな。」

 

「そう。そういえばお昼はまだ?」

 

「これからだな。」

 

「じゃあ、一緒にどう?僕のクラスで。」

 

「いや、そうしたらオメェんトコのクラスが・・・」

 

蛍は断ろうとするが、伊奈帆は強引に腕を引いていくため、蛍は仕方なく煙草を壁で消して、ポケットに押し込んでついていったのであった。

 

 

 

「その後、クラインに網文、クラフトマン、死んじまった箕国を紹介されたんだよな。」

 

伊奈帆はうわ言を言うこともなく、蛍の声だけがその場で暗闇に消えていく。

 

「・・・正直、お前のこと怖かった。いっつも人形みてぇに何考えてんのかもわかんなかったしよぉ、なのにお前の回りにゃ美人二人に面白おかしいクソヤロー二人の大所帯。頭もキレるし将来有望の・・・カミサマとやらがいるんならぶん殴ってやりたくなるぐれぇエコヒイキされたお前が・・・」

 

蛍が初めて吐き出す伊奈帆への本音、しかし伊奈帆はまったく反応しない。

 

体温が下がらないように蛍は自分の着ていた服で伊奈帆をくるんでいるが、それでも彼の体温は下がり始めていた。

 

無理もない、ここはいくら室内とはいえ真冬のロシア、空調も止まっているため現在の気温は0℃を切っている。

 

上半身シャツ一枚の蛍も意識が遠くなり始めていたが、それでも、いや、だからこそ完全に失わないように話し続けている。

 

「んでもって俺と同じ、前の戦争で親無しだろ?俺が何したんだ、何がお前と違うんだって・・・どうせこんなこと考えてんのもわかってたんだろ?なのにお前は俺を切ったりしねぇし、俺だってお前から離れられなかった。そうしてるうちにわかったんだ、俺は・・・」

 

いくら誰も聞いていないと思ってもさすがに恥ずかしいと思った蛍は口ごもる。

 

「お前みたいになりたかったんだ・・・」

 

言いきった蛍も、自分の限界を悟り、覚悟を決める。

 

「ったく、恥ずかしいこと言わせといてお前はぐっすりオネンネか・・・なぁ、俺ももう、寝ちまっていいか・・・?」

 

意識を手放そうとした蛍がライエから預かって、ここまで持ってきていたGPS端末に付属している通信機が小さく音を発する。

 

 

 

 時間を遡り、ライエが蛍と別れたころ、揚陸城に不時着していたデューカリオンでは壮絶な白兵戦が繰り広げられていた。

 

伊奈帆達揚陸城への突入部隊を降下させた後、デューカリオンはディオスクリアに撃墜されたのだ。

 

やむなく舵を握るニーナは、マグバレッジ艦長の命令でデューカリオンを揚陸城に不時着させ、艦砲やゼロ角度にした対空機銃で突入部隊の援護に移ったのである。

 

この時、デューカリオンに残っていたのは鞠戸大尉率いるフェンリル隊と整備班、ブリッジオペレーターらで、対空機銃でカバーしきれないハッチをフェンリル隊が守っていた。

 

「鞠戸大尉、戦況報告を!」

 

『一進一退ってトコだ、防戦つっても向こうは数が数だ、いつまでも持ちこたえるってのは無理な相談だぜ。』

 

不見咲中佐が叫ぶのに対し、鞠戸大尉は軽い調子で答える。

 

そんな鞠戸大尉であるが彼も必死だ。

 

当然と言えば当然だが、デューカリオンに限らず艦艇は要塞ではない、無数に攻めてくる歩兵を跳ね返すようにはできていない。

 

ありあわせの資材で作ったバリケードにアサルトライフルや汎用機関銃の弾丸が嵐のように飛来し、その合間をぬって鞠戸大尉率いるフェンリル隊も撃ち返す。

 

一部の者は最も頑丈な防弾楯を二枚重ねてその後ろから撃っている。

 

その様は百年ほど昔の、日本初の近代要塞攻略戦、はたまた世界初の世界大戦における塹壕戦よろしくである。

 

 

「左舷側機銃、残弾30パーセントを切りました!」

 

「左舷側、白兵戦準備。憲兵も銃を持てる者は皆、持って戦列へ。徴用者は退避!」

 

マグバレッジ大佐も一見落ち向いているが冷や汗が浮かんでいる。

 

艦内に突入された場合は艦の装備など無力だ。

 

白兵戦で排除する以外になく、そうなったときにはほぼ『詰み』である。

 

「・・・突入部隊はまだ中枢にたどり着かないのですか!?」

 

「不見咲くん、落ち着いて。我々に今できることは彼らを信じて待つことと、この艦を守ることだけです。」

 

現在、オペレーターは全て破棄した『わだつみ』の時からの軍人が務めており、ニーナ、詰城先輩、祭陽先輩は邪魔にならず、そして外からは見えにくい隅へ退避している。

 

左舷側の機銃の弾薬が尽き、急ごしらえの陸戦隊が戦闘を始め、後部ハッチを守るフェンリル隊も限界を感じ始めた頃、とうとう揚陸城の動力が停止した。

 

作戦が成功したのだ。

 

デューカリオンを包囲していた部隊は撤退を開始し、マグバレッジ大佐、不見咲中佐、鞠戸大尉らは安堵の息をつく。

 

だが、終わったと思ったときほど不測の事態というのは起きるものなのである。

 

デューカリオンのアルドノア・ドライブまで停止したのだ。

 

「!?予備動力に切り替えを!!」

 

マグバレッジ大佐はすぐにそう指示し、機関士が切り替えを行う。

 

「弱りましたね・・・予備動力では脱出できませんよ。」

 

予備動力はあくまで隔壁の開閉や通信、空調などを行うためだけのもので、デューカリオンを飛ばすためのものではない。

 

そして、脱出よりも差し迫った事態がデューカリオンにせまっていた。

 

『艦橋!何があった!?』

 

「こちら艦橋、原因不明の動力トラブルにて、予備動力へ切り替えました。」

 

『そうか、マズイぞ、火星のヤツら、ブッチしてやがる!こっちに向かって来てるぞ!!』

 

「ええ!?」

 

ハッチの鞠戸大尉からの通信に答えていたマグバレッジ大佐が驚き、席から立ち上がった。

 

順当に考えれば火星側は揚陸城のアルドノア・ドライブが停止した時点で撤退するはずであった。

 

ここでデューカリオンのアルドノア・ドライブが停止したからといって普通はハイリスクな突撃を敢行したりしない。

 

火星側は普通でなかったのだ。

 

リスクを犯しても『起動することのできたアルドノア・ドライブ』をろ獲し、地球側のアルドノア研究を妨害することを試みたのか、バックフィーバーを起こして何も考えずに向かってきているのかのどちらかである。

 

鞠戸大尉は単なるバックフィーバーと見たが、マグバレッジ大佐はデューカリオンのろ獲を目的としていると見た。

 

しかしどちらだとしても、やることは同じである。

 

「全隊、持ち場を維持!そしてこれは命令ではありません、正規兵で志願する者は艦橋へ白兵戦装備で集合を!!」

 

マグバレッジ大佐は艦内にそう通達すると、自分の持つ通信機を不見咲中佐に渡した。

 

「艦長?」

 

「不見咲くん、以後の指揮をお願いします。」

 

「な!?」

 

不見咲中佐は抗議しようとするが、マグバレッジ大佐は艦橋に備えてあったヘルメット、防弾ベストを着て、ピストルを抜く。

 

 

「艦長、まさか!?」

 

「指揮ができるのは私と不見咲くんしかいないのですから、仕方がないでしょう?」

 

「なら、私が!!」

 

「不見咲くん、キミがモテない理由を・・・」

 

「もう一生モテなくても、何なら一生独身でもいい!!ですから、行かないでください!!」

 

「・・・私に万一のことがあった時、後を任せられるのはあなたしかいません。」

 

それを聞いた不見咲中佐は絶句する。

 

「・・・わかりました。ですが、そのようなことはしたくありません。ですから・・・」

 

「大丈夫です。あくまで、念のためですよ。さて、あなた方はこれより、不見咲中佐の指揮下に入っていただきます。」

 

マグバレッジ大佐は他のクルーに向き直り、そう命じた。

 

「すみませんが、今の命令が聞こえませんでした。よって先ほどの『お願い』に従おうかと思います。」

 

「いや、俺には『私についてこい!』と聞こえました。」

 

と、クルー達は口々に言って、マグバレッジ大佐のようにヘルメットと防弾ベストを身に付け始めた。

 

「皆さん、ありがとうございます。」

 

こうしてマグバレッジ大佐が直接指揮する陸戦隊一個小隊は右舷側の敵を排除しに向かったのであった。

 

ヴァース帝国の兵士はマグバレッジ大佐も見る限り狂乱しているようにしか見えず、白兵戦訓練などほとんどしていない急作りの陸戦隊でも十分に対抗できている。

 

「どうやら大尉のおっしゃっていたように、ただのバックフィーバーのようですね。不見咲くん、彼らに降伏勧告を。」

 

マグバレッジ大佐は流血は無用と考え、ヴァース帝国の兵士達に投降を呼びかけるよう伝える。

 

『了解しました。』

 

と、マグバレッジ大佐の通信機から声がして、艦内放送、外にも拡声器で降伏勧告を始める。

 

『反乱軍へ通達します。これ以上の流血は無用、いますぐ無駄な抵抗を停止し、武器を捨て降伏しなさい。裁判となればいくらかは罪が軽くなることでしょう。』

 

簡潔な降伏勧告だったが、伝えるべき内容は全て入っていた。

 

しかし敵の攻撃はより熾烈となったのであった。

 

「な!?どうして!?」

 

「ダメです、艦長!戦線を下げま!?・・・」

 

マグバレッジ大佐と共に戦っていた火器管制手の頭に銃弾が直撃し、彼は糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

 

人は死ぬ。いともたやすく死ぬ。不死身の英雄など現実には存在しないのだ。

 

「戦線を下げ、アグ!?」

 

マグバレッジ大佐の足に跳弾が偶然にも命中し、彼女は崩れ落ちる。

 

「艦長!!」

 

「来ては・・・いけません!!」

 

部隊から孤立してしまったマグバレッジ大佐を助けようと足を止めたレーダー手が蜂の巣にされ、その命を失った。

 

マグバレッジ大佐は足を引きずりながら脇の部屋へ転がり込み、ロックをかける。

 

「(これが白兵戦・・・鞠戸大尉はいつもこのようなことを・・・)」

 

通信機からは安否を確認しようとする通信手の叫び声が聞こえ、マグバレッジ大佐は戦線の維持だけを命じる。

 

現在、扉の前は双方の銃弾が飛び交っており、外に出た瞬間蜂の巣になるのは明白だ。

 

マグバレッジ大佐はこの戦争以前に実戦経験はない。

 

白兵戦も訓練しかしていないが、艦の指揮とはまったく別物なのだ。

 

殺意の権化が飛び交う兵と兵の戦いは死の恐怖が直接肌を撫でる。

 

応急手当をする手が震え、止血もままならない。

 

奥歯がガチガチと情けない音を鳴らし、手当てを終えたマグバレッジ大佐は銃を握り、最初は扉に向けたが思い直して自分のこめかみに銃口を当てる。

 

ヴァース帝国の兵士はとかく国際法を守らない。

 

かつての植民地戦争のように、『蛮族には何をしても構わない』くらいに考えている節がある。

 

そんな彼らに捕まったときのことを考えたのだ。

 

殴る蹴るなどなら彼女は耐えられる、仮にこの場で服を破り取られて辱しめられても耐えられる。

 

そのような程度の低い者達ならば、鞠戸大尉、不見咲中佐が遅れをとるなど考えられないからだ。

 

しかし、狡猾な者ならば話が変わってくる。

 

本来なら許されることではないが、捕虜としたマグバレッジ大佐の命を質に投降を強要する可能性がある。

 

そうならないようにするには、自決するしかない。

 

引鉄にかけた指に力を入れ、絞っていき、『パン』と乾いた音が部屋に鳴り響いた。

 

「ッ!!ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・」

 

銃弾が発射される直前にマグバレッジ大佐は自分の頭から銃口を外し、銃弾はあさっての方向に飛んでいった。

 

「(フッ・・・人には決死を命じても自分はこうだなんて・・・)」

 

自嘲するマグバレッジ大佐が身を隠す部屋の扉がガンガンと乱暴に叩かれ、鍵が銃で破壊される音がする。

 

運悪く先ほど撃った弾丸は最後の一発で、装填している隙は無い。

 

マグバレッジ大佐にはどうすることもできず、他の兵士を制して一人入ってくる男に何をすることもできない。

 

最初は逆光でよく見えなかった顔がしっかりと見えてくる。

 

いつも衛生上注意しているのに聞きもしない無精髭にボサボサの頭、普段の人を食ったような笑みは一切なりを潜め、歴戦の古兵にふさわしい風格の男であった。

 

「艦長!大佐殿!!マグバレッジ大佐!!!」

 

「鞠戸・・・大尉?どうしてこちらに?」

 

「実はな・・・」

 

不見咲中佐が投降を呼びかける直前、アレイオンが一機、援護射撃を開始したのだ。

 

そのせいで恐慌状態に拍車がかかり、苛烈な攻撃を開始したのである。

 

しかし鞠戸大尉率いるフェンリル隊、そして憲兵を中心とした陸戦隊にとってはカモの一言につき、壊滅させた後、マグバレッジ大佐率いる隊の救援にかけつけたのである。

 

「ウ・・・グスッ・・・」

 

マグバレッジ大佐は恐怖から解放され鞠戸大尉の胸に顔を埋める。

 

「オイオイ、そういうのは・・・仕方ねぇ、艦橋、艦長からの命令を伝える。『戦闘終了、警戒体制へ移行せよ』とのことだ。」

 

鞠戸大尉がマグバレッジ大佐のやるべき仕事をかわりに行い、通信機から不見咲中佐の声が返ってくる。

 

『鞠戸大尉、艦長はどうなさったのですか!?』

 

「無事だ。外傷はかすり傷程度だけどよ、煙を吸い込んだみてぇで声が出ねぇらしい。」

 

『そうですか、ありがとうございます。総員、戦闘配置解除、警戒体制へ移行!!』

 

不見咲中佐が全体に指令を出した後、鞠戸大尉はマグバレッジ大佐が落ち着くまでしばらく二人きりで部屋に残っていた。

 

 

 

マグバレッジ大佐と鞠戸大尉が艦橋に入ると、先に戻っていた、生き残ったオペレータと、詰城先輩、祭陽先輩、ニーナ、指揮を代行していた不見咲中佐、援護射撃をしたアレイオンに乗っていたライエ、そして遅れて戻って来たユキ姉、韻子が待っていた。

 

「遅れてしまい、失礼しました。」

 

「いえ、それほど待ってはおりませんが・・・」

 

不見咲中佐がいぶかしむような視線を鞠戸大尉に向ける。

 

「何だ?」

 

「いえ、まさか艦長に・・・」

 

「バカなこと言ってねぇで、これからどうするかだろ?結局、何があった?」

 

鞠戸大尉の否定に不見咲中佐はさらにいぶかしみながらも、現状の説明を開始する。

 

「伝達系、電気系に異状は見受けられなかったと報告が上がっております。考えられるのは・・・」

 

全員が一斉にアルドノア・ドライブを起動するのに使う水晶のような装置を見る。

 

「アルドノア・ドライブの停止ですね。」

 

「姫サンが戻ってくるまでどうしようもねぇってか?」

 

鞠戸大尉がそう言って頭をかいていると、ニーナがその水晶の前でアセイラム皇女の真似をする。

 

「目覚めよ、アルドノア!」

 

当然、起動するわけもなく周囲によどんだ空気が流れる。

 

「ニーナ、何やってんの?」

 

「あはは・・・起動したりしないかなって。」

 

韻子が軽くニーナの頭にチョップを入れ、それに呆れながらライエがアルドノア・ドライブ起動機に手を触れる。

 

すると、起動機が淡い光を放ち始めたのだ。

 

「え?えぇ!?」

 

「ウソ!?ライエちゃんってもしかしてお姫様だったの!?」

 

ニーナがそう言うが、ライエは動揺しながらも強く否定する。

 

「し、知らない、本当に知らないわ!!」

 

「何でもいい、とにかく、姫サンの真似してみろ!!」

 

鞠戸大尉は誰もが動揺し、『なぜ起動できたのか検討する』という的はずれな行動をする中、一人だけ『今何をすべきか』考え、指示を出す。

 

「えっと・・・ライエ・アリアーシュの名をもって命ずる、目覚めよ、アルドノア?」

 

最後の方は自信がなくなったライエが尻すぼみになりながらそう言うと、アルドノア・ドライブは再起動し、応急修理を終えていたデューカリオンはいつでも飛び立てるようになる。

 

マグバレッジ大佐は各隊に点呼をとらせ、回収していない乗組員で生死がわからない者は伊奈帆、蛍、アセイラム皇女、エデルリッゾの四名であるとわかる。

 

「伊奈帆君の現在位置は?」

 

「・・・!?中枢から動いておりません、脈拍、心肺共に停止!!」

 

亡くなったレーダー手の代わりを勤める詰城先輩が伊奈帆のGPSが送る情報を読み上げる。

 

「ッ!?」

 

「っと界塚、しっかりしろ!」

 

ユキ姉が卒倒し、それを鞠戸大尉が抱きかかえる。

 

「そんな、伊奈帆がそんなはずないですよ!!」

 

韻子は涙ながらに叫ぶが、叫んだところで伊奈帆のGPSが生命反応を送信することはない。

 

「待って、蛍が中枢に向かって、とっくに合流してるはずよ、仮に死体でもあいつなら持ち帰ろうとするはず、そこから動いてない方がおかしいわ。」

 

ライエが、自分の知っている情報との齟齬に気付いてそう言うと、詰城先輩がライエに聞き返す。

 

「彼、GPSは?」

 

「あたしの乗ってきた機体に着いてたのを渡したわ。機体番号は・・・」

 

ライエが機体番号を教えると、負傷し、手当てを受けている通信手の代わりをかって出た祭陽先輩が即座に通信を試みる。

 

『・・・こちら宿里伍長、デューカリオン?』

 

力無い蛍の声がして、ライエが通信に割り込む。

 

「蛍、今どこ!?」

 

『アリアーシュか?今、例の白いカタフラクトぶっ潰した隔壁のトコだ。隔壁のこと、忘れててよ。』

 

「ホント、バカねぇ!いいわ、なるべく隔壁に寄って!」

 

そう言ったライエとマグバレッジ大佐の考えは一致していた。

 

「たしかあなた、この艦の火器、扱うことができましたね。」

 

「ええ。どこを撃つかは信じてもらうしかないけど。」

 

「今は信じるしかありません、目標、揚陸城、主砲にて宿里伍長までの道を開いてください。」

 

「了解よ!!」

 

ライエはデータリンクから推測される内部の様子から、蛍を巻き込まないように射角を調整して主砲で揚陸城を撃った。

 

至近距離で放たれた砲弾は外殻を貫通し、蛍のいる通路に大穴を開ける。

 

砲弾は通路を貫通したところで停止しており、この砲撃による死者はいない。

 

『アリアーシュ、ちょっとくれぇ加減しろ。』

 

「あら残念、生きてるみたい。」

 

「そういうことは後程お願いします。宿里伍長、そちらは一人ですか?」

 

『艦長?いや、界塚が・・・撃たれて、意識がねぇ・・・頼む、いや、お願いします、界塚だけでも助けて・・・』

 

「わかりました、救護班、降下!耶賀頼先生も医務室で準備を。宿里伍長、何やら勘違いなさっているみたいですが、何をしでかしたとしてもあなたが当艦の乗組員であることに変わりはありません、救助するのは当然ですよ。」

 

 

 

 

「・・・すまねえ。」

 

蛍がそう答えた時、デューカリオンから救護班が降下してきた。

 

「艦橋、要救助者を発・・・!?」

 

降下してきた救護班の者達が絶句する。

 

まずは伊奈帆だが、生きているのが不思議なほどの重傷だ。

 

そして蛍も、床に漏れ出た血の量は致死量を疑うほどである。

 

「俺なら大丈夫だから、界塚を先に!」

 

蛍がそう言うと救護班は伊奈帆をまず先に収容し、続いて蛍を収容する。

 

伊奈帆は即座に緊急手術となり、蛍は臨時の医務室で衛生兵の手当てを受けながら不見咲中佐に作戦報告を行う。

 

デューカリオンは主に先の白兵戦で死傷者が多数出ており、医務室、霊安室が足りていないのである。

 

エデルリッゾは連合軍基地に隠れたことを告げた蛍に不見咲中佐が質問する。

 

「GPSの履歴によりますと、伍長は中枢にて伊奈帆君と合流した・・・間違いありませんか?」

 

「ああ。」

 

「その時、アセイラム皇女はいましたか?」

 

「いた。」

 

「彼女はどうなさいました?」

 

「撃たれてた、多分ヤツだ、ヤツがナオのヤツも!!」

 

事務的に答えていた蛍が取り乱す。

 

「落ち着きなさい、『ヤツ』とは?」

 

「ヒョロッちい野郎だった、多分、俺と同い年くれぇ、火星の軍服着てた・・・」

 

「服の色は?」

 

「暗かったからハッキリとは・・・黒だったと思う。」

 

不見咲中佐は蛍の証言から、火星の兵士が伊奈帆、そしてアセイラム皇女を撃ったものと記録する。

 

「では、アセイラム皇女の死亡を確認したのですか?」

 

「いや、皇女の死体、火星人が持って行っちまったから、確認までは・・・」

 

「その火星人は先ほどの『ヤツ』ですか?」

 

「違う、オッサン・・・隊長くれぇのオッサンだった。焦げ茶色の軍服で、そうだ、マント羽織ってたぜ。」

 

その特徴を聞いた不見咲中佐は、その男が『ザーツバルム卿』であることに行き着く。

 

焦げ茶色の軍服というのは、暗い場所で赤い服、ヴァース帝国軌道騎士の将官服を誤認したもので、そしてマントを羽織っているのは爵位持ち。

 

その条件に合致するのはザーツバルム卿しか存在しないのだ。

 

しかし、彼女が腑に落ちないのは、『なぜ遺体を持ち去ったのか』である。

 

埋葬などという宗教的な意味合いは考えにくい、遺体を隠匿する必要性もあまりない。

 

そして今のところ死んだというのは蛍の証言、それも正確に確認したわけではないものだけ。

 

「艦長に判断を仰ぎましょう、伍長、お疲れさ・・・伍長!?衛生兵、耶賀頼先生を!!」

 

不見咲中佐が質疑を終えようとしたその時、蛍は意図の切れた人形のように崩れ落ちた。

 

ちょうど伊奈帆の手術を終えた耶賀頼先生がすぐに呼び出され、蛍の血の気のひいた顔を見て驚く。

 

「どうしてこんなになるまで!!」

 

「さ、先ほどまでは何事もなかったのですが、突然・・・」

 

蛍の失血量は本来輸血が必要なほどであったのだが、彼は気力をふりしぼって意識が飛びそうなのを我慢していた。

 

そのため、倒れるまで誰も気付かなかったのである。

 

「彼の血液型は・・・A型ですか、マズいですよ。」

 

デューカリオンは先ほどまで戦闘状態にあり、医務室はディオスクリアの攻撃、そして墜落の拍子で台風でもきたかのように荒れていた。

 

耶賀頼先生、従軍看護士、衛生兵によってA型の輸血パックが壊滅していたのが確認され、それも先ほど使いきってしまっていた。

 

「オイ、これはどういうこった!?」

 

鞠戸大尉がニーナ、カーム、そしてライエを連れだって蛍が治療を受けていた臨時の医務室に駆け込み、最初にそう叫んだ。

 

ちなみに、韻子は手術を終えた伊奈帆に付き添いながら、気絶したユキ姉の介抱をしている。

 

鞠戸大尉達はただ見舞いに行くだけのつもりだったので、まさか蛍も倒れたとは夢にも思っていなかったのである。

 

「彼は輸血が必要ですが彼の血液型、A型の輸血パックがありません。誰かにわけていただかないと。」

 

「なぁ、たしか韻子のヤツA型じゃなかったか!?」

 

「わたし、呼んでくる!!」

 

カームとニーナがそんな話をしていると、ライエが小さく告げる。

 

「その必要はないわ。」

 

そう言ったライエに、ニーナは顔を青くし、カームは逆に顔を真っ赤にする。

 

「何だよ・・・どういうこったよ!?このままじゃ蛍、死んじまうだろ!?・・・ハハァ、わかった、テメェ、このまま死ねばいいとか思ってやがんのか?ふざけんな!!オマエの事情は話にゃ聞いたぜ、そりゃよ、オレもあん時の蛍の言ったこたぁ『ねぇ』と思うぜ、けどなぁ!だからって『死ねばいい』ってのは違うんじゃねぇのか!?って痛!?」

 

カームの脳天に鞠戸大尉の鉄拳が突き刺さる。

 

「ったく、話は最後まで聞け。」

 

「聞くまでもねぇっしょ!?こいつは・・・」

 

「あたし、A型。」

 

少し悲しげに言ったライエに、ばつが悪いカームは目をそらす。

 

「その・・・スマン。」

 

「あたしも、言葉が足りなかったわ。ごめんなさい。」

 

互いに謝罪している間に、ニーナ、不見咲中佐、耶賀頼先生、衛生兵達が輸血機材の準備を終え、あとはライエだけである。

 

「ではすぐに確認して、問題なければ輸血に取りかかりましょう。」

 

蛍は今、生理食塩水の点滴を受けているが、あくまで時間稼ぎに過ぎない。

 

すぐにでも輸血を始めたいところであるが、万一ライエが血液型を勘違いしていたり、あまり認知されていない『Rh型』が違えば輸血できない。

 

Rh型のことはライエを始めこの場にいるものは耶賀頼先生と衛生兵しか知らず、カームは万一Rh型が合わなかった時のために韻子を呼びに行くよう指示され、出ていった。

 

「・・・ABO型、Rh型一致、問題ありません。お嬢さん、こちらに横になって。」

 

輸血の方法はいわゆる『枕元輸血』である。

 

この方法は現在、今のように『戦争中で、よりによって輸血パックが無い』 といったよほどの緊急事態でなければ行われない。

 

耶賀頼先生もこのために使われる機材を使用するのは初めてである。

 

血液がライエから蛍へ流れ込んでいる間、ライエは蛍の顔をじっと見続けていた。

 

 

 

輸血処置が終わり、カーム、韻子と合流したニーナ、ライエはラウンジに移動した。

 

蛍は伊奈帆と同じ医務室に移され、今は目を覚ましたユキ姉が二人に付き添っている。

 

鞠戸大尉はマグバレッジ大佐の指示で、動くことのできるフェンリル隊の者を率いて地上に降り、掃討戦に加わっている。

 

連合軍はザーツバルム城アルドノア・ドライブ停止後、体勢を立て直し反撃に成功、ザーツバルム軍は撤退を開始した。

 

しかし、揚陸城は放棄するしかなかったため、ある者は従来型動力の輸送機で空へ、ある者は基地から車両を奪って陸路を、またある者は雪原や森の中へ逃げ込んだのである。

 

逃走した者は仕方ないとしても、雪原や森でゲリラと化した敗残兵は放置しておくわけにいかないため、連合軍はいわゆる『山狩』をすることにしたのである。

 

さておき、ラウンジではライエが、カーム、ニーナ、韻子にヨーグルト、栄養ドリンク、青汁などをすすめられ、苦笑いしていた。

 

「あのね~、血を作るのはヨーグルトがいいんだって!」

 

「ダメよ、そんなのじゃ時間がかかるわ!ここはファイト一っぱ」

 

「や!それよりも青汁だろ、ここは!」

 

当然だが、一気に飲んでも効果が上がるわけではないし、むしろ体に悪い。

 

「そうね・・・とりあえず、ヨーグルトを。残りはあとでいただくわ。」

 

ライエは傷みやすいヨーグルトを受け取り、少しずつ飲み始める。

 

彼女は血が減って少しふらついているため、三人に気遣われているのだ。

 

「・・・まったく、いい人達じゃない。なんであいつ、一人ぼっちみたいな顔してたのよ。」

 

ライエは誰にとでなくそうつぶやく。

 

「アイツって蛍のこと?」

 

韻子がそう尋ねるとライエは首肯する。

 

「あいつにとって大事なのは『敵』で、『それ以外』は『将来の敵』か『そのまたそれ以外』。よく言うでしょ?好きの反対は嫌いじゃなくて無関心って。いるのよ、疎まれるより怖がられる方がいい人間って。」

 

ライエの言葉に、韻子、ニーナは顔を曇らせる。

 

二人、特にニーナは思い当たる節があるのだ。

 

「ならよ、アイツにこっち向かせるにゃあ殴り合いでもすんのが一番なのか?」

 

カームがそう言うと、ライエは驚きながら答える。

 

「え?ええ、でも後のフォローはしっかりしないとダメよ?」

 

「カーム、アンタと蛍とじゃ開始三秒でK.O.される姿しか思い浮かばないんだけど?」

 

「カームくんってば教練サボってばっかりだったしね~」

 

韻子、ニーナにそう言われてカームは目をそらす。

 

「いや、ホラよ、アイツだって不意打ちゃいけるかもしれねぇだろ?」

 

そう言ったカームに、『いや、それすら難しいでしょうが。』と言った目線を向ける韻子とニーナてあった。

 

「ま、あたしも人の事をとやかく言ってる場合じゃないわね。いつ殺されるかわかったものじゃないのに。」

 

ライエはカーム達を見ながらそう呟く。

 

普段のライエならばこんなことを口にしたりはしない、彼女もこれまでのことで弱っており、誰かに聞いてもらいたかったのだ。

 

「・・・どういうこと?」

 

ニーナがおそるおそる尋ねると、ライエは自嘲するように答える。

 

「知ってるでしょ?あたしが新芦原でやったこと、艦長が善処するとは言ってたけど、限界があるわ。その上、さっきの。何の因果かあたしがアルドノア起動因子を持ってた。もともと地球人でも火星人でもない、幽霊みたいなあたしなんて、死んでも何も・・・っふぇ、いひゃひゃひゃひゃ!?」

 

ライエが話している途中でニーナはライエの頬をつねる。

 

「にゃにしゅんのひょ!?」

 

ライエも仕返しとばかりにニーナの頬をつねった。

 

「いひゃひいひゃい!!」

 

たまらずニーナが手を離すとライエもすぐに離す。

 

「もう、あんたからやってきたんでしょ!?」

 

「あはは、でも、ライエちゃんは幽霊なんかじゃないでしょ?」

 

ニーナの言う意味がわからず、ライエは首をかしげる。

 

「幽霊だったらわたしがさわれないし、わたしにさわるのもムリでしょ?」

 

「あ、そういう・・・じゃなくて、あたしが言いたいのは」

 

「地球人とか火星人とか大事なことかな?ライエちゃんはライエちゃんでしょ?」

 

「でも・・・」

 

ライエは助けを求めるように、あるいは顔色をうかがうかのようにカームと韻子の方を見やる。

 

「・・・まあよ、別にお前がオコジョを殺したでも、新芦原を焼き払ったでも、戦争おっ始めたわけでもねぇんだ、お前にどうこう言うのは筋違いだろ?」

 

「ま、カームにしてはがんばったんじゃない?それより、ニーナの言うとおりよ、アンタがアンタだってことと地球人か火星人かなんて関係ないし、アンタに生きてほしい人だってたくさんいるわ。少なくとも、ここに三人、いや四人はね。」

 

韻子が言い直した結果、数が合わなくなる。

 

この場にいるのはライエを除けば三人だ。

 

「あと一人は?」

 

「ライエ、アンタ自身よ。アンタだってさ、生きたいって思ってるんでしょ?」

 

ライエは韻子に首肯して答える。

 

「じゃあ、死んでもいいなんて言っちゃダメ。アタシ達だって力になるから。」

 

韻子の力強い言葉に、ライエは静かに涙を流した。

 

 

 

連合本部での戦いから1年が過ぎた。

 

デューカリオンは整備、修理のためドック入りしており、マグバレッジ大佐、不見咲中佐は陸に上がり書類仕事に忙殺されていた。

 

本部での戦いは界塚少尉をはじめとするデューカリオン乗組員の活躍によりザーツバルム卿率いるヴァース帝国軌道騎士団の撃退に成功した。

 

しかし、ザーツバルム揚陸城を撃破したものの本部基地は大破、せっかくろ獲した揚陸城もアルドノア・ドライブをはじめとする重要部は全て破壊され、得るものなど何も無い、到底勝ったとは言いがたい結果に終わっている。

 

マグバレッジ大佐はその時の記録に目を通していた。

 

『ライエ・アリアーシュを名乗るヴァース帝国工作員の処遇における最終報告書

 

 彼女は新芦原における爆発物使用、殺人、皇女爆殺未遂、外患誘致等複数の罪に問われており、日本における司法を代行する地球連合裁判所において死刑が求刑された。彼女は暗殺グループ、首謀者について司法取引を申し出たが、刑の減免には至らず、求刑どおり死刑が言い渡され、人民感情を考慮し公開処刑とされ、1月31日、執行された。』

 

『アセイラム・ヴァース・アリューシア皇女についての報告書

 

 新芦原におけるテロ事件、所謂『新芦原事件』において九死に一生を得た彼女は、新芦原を民間人と共に脱出し、わだつみ艦長(現デューカリオン艦長)であるダルザナ・マグバレッジ大佐に保護される。その後、彼女は新芦原事件の首謀者を軌道騎士団長ザーツバルムと証言するが連合本部における戦闘の最中に消息を絶った。』

 

そこまでマグバレッジ大佐が読み進めた時、コンコンと執務室のドアがノックされる。

 

「どうぞ。」

 

「失礼します。」

 

執務室に入ってきたのは若い女兵士であった。

 

彼女はデューカリオンの補充要員としてマグバレッジ大佐の元に配属されたのである。

 

歳は20前後、ウェーブがかった短い赤毛に、自嘲ぎみの笑みをたたえている。

 

「村雲ライエ2等兵、着任の許可を願います。」

 

「許可します、あなたにはデューカリオン復帰後、ブリッジにて火器管制をお願いするつもりです。」

 

村雲と名乗っているが、入ってきたのは死刑に処されたはずのライエであった。

 

実は公開処刑に際し、顔には革袋がかぶされており、途中で背格好の似た女死刑囚と入れ替わり、ライエは生き長らえたのである。

 

その後、新芦原にて『村雲』という名字の未婚女性が出産した女児がエンジェル・フォール後の混乱で行方不明になっていたことが確認された。

 

母親はエンジェル・フォールで亡くなっており、娘の足跡をたどると日本を出国し、民間軍事会社に勤務・・・所謂『傭兵』をやっていたことが『判明した』。

 

自分の生い立ちも知らず、『偶然にも』死刑囚ライエと同じ名を名乗っていた彼女を、新芦原に住んでいた彼女の祖母が捜索を願い出て、マグバレッジ大佐が探し当てたということになっているのだ。

 

「おばあ様のこと、お悔やみ申し上げます。」

 

「おかげで最後に残った肉親の死目にあえたわ。ずっと母さんと勘違いされてたけど。」

 

ライエの祖母は数日前、息を引き取った。

 

彼女は最期までライエを『家出した自分の娘』と勘違いしており、そもそも孫娘がいたなど知りもしなかったのである。

 

「あなたには辛いことをしてしまいましたね。ですが、あなたを助けるにはこれしかありませんでした。」

 

「わかってるわ。それより・・・さっきからつけてたみたいだけど、入るなら入れば?」

 

ライエがドアを一べつしてそう言うと、ゆっくりとドアを開けて韻子とニーナが入ってきた。

 

「立ち聞きとは趣味が悪いですわよ、あなた達!」

 

「いえ、すみません、ニーナがどうしてもって」

 

「あ~、韻子だって乗り気だったじゃない!」

 

責任を押しつけあう二人にマグバレッジ大佐が、

 

「もうよろしいですわ。」

 

と、呆れながら放免すると、二人は笑顔で花束をライエに渡した。

 

「ライエ、お務めご苦労様!」

 

「ライエちゃん、おかえり!」

 

二人の言葉に、ライエは笑顔で花束を受け取ったのであった。




とりあえずは前半クール分完です。
しかし後半は宇宙メイン、蛍は白兵戦特化だからやりにくいことこの上なさそうです。

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