【A/Z】蛍へ~銃と花束を~   作:Yーミタカ

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第十二話 誰かが花束を持つには

 

 ニーナとの面会を終えた蛍は、営倉で手持ち無沙汰な時間を過ごしていた。

 

することがなければ、とりとめもないことばかり考えてしまう。

 

ライエはこの後どうするのか、伊奈帆達とはどうなるのか、自分の処分はどうなるのか等々。

 

「ッ!バカバカしい!」

 

いらない考えを振り払って蛍は拳で腕立て・・・拳立てふせを始める。

 

伊奈帆とのケンカの日から何も考えたくない時には拳立てふせ、スクワット、腹筋、背筋を繰り返すのが彼のクセとなっていた。

 

デューカリオンでは、はす向かいの独房にいたライエから『暑苦しい』と冗談めかした苦情が来ていたが、今の独房では他の者と離れているため苦情が来ることもない。

 

遠くでは警備がつけているであろうテレビからアセイラム皇女の演説が聞こえてくる。

 

内容こそ聞き取れないが、蛍は『これで戦争は終わる』と、安堵する自分に驚く。

 

「チッ、丸くなったもんだな、俺も。」

 

自嘲気味に笑う彼の脳裏に、知っている者達の今後を考える。

 

「(ナオ・・・っとと、界塚達はやっぱ退役だろうな。)」

 

頭の中でもいちいち言い直す蛍だが、何だかんだあっても一番に考えている。

 

伊奈帆のことは、戦争ごときで足踏みしていていい人材ではないと考え、カームにしても周囲の者達を楽しませる才能をもっと大きな場所で活かすべきだと考えている。

 

ニーナや韻子にしても銃を握るよりも花束を持っている方が似合うだろうと考える。

 

「(オッサンやユキ姉さんに、艦長達は軍人を続けんだろうな・・・)」

 

鞠戸大尉はかつての汚名がそそがれ、いくら出世コースを外れたとはいえ佐官にはなれるだろうし、彼の性格からして『後は任せた』などと他人に言いそうにはない。

 

そして最近はあまり呼ばなくなっていたがユキ姉のことを彼はかつて、『ユキ姉さん』と呼んでいた。

 

心を閉ざしていた彼に本当の姉のように接した、考え方によっては『初恋の人』である。

 

彼女は軍人を続けそうである。

 

なぜなら、鞠戸大尉を慕っているからだ。

 

「(いっそホントにオフクロになってくれても・・・いや、そうしたらアイツが叔父貴か、それはそれでイヤだな。)」

 

と、伊奈帆に知れたら無言で蹴られそうなことを考える蛍。

 

マグバレッジ大佐、不見崎中佐は出世コースを、それも年齢からしてかなりの早足で登っている。

 

彼女達がどのような考えをしているのかは蛍には察することもできない。

 

『燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや』

 

蛍ごときでは、マグバレッジ大佐のような人が考えることを理解することはできない。

 

しかし、彼女達は少なくとも蛍が見聞きし、考えることよりも大きな視点を持っているのだから、蛍程度が心配する方がおこがましいのである。

 

「(アリアーシュのヤツはどうすんだろうな・・・)」

 

最後ではあるが、彼が最近、ずっと気にかけているのはライエのことである。

 

地球人と火星人両方の血を引き、ただ父親のために生き、父親こそ全てであった彼女は、彼を失ったときに全てが無に帰した。

 

どちらにもなれず、この戦争が終わったからといってこれまでのことと無関係に生きることはできないだろう。

 

火星に帰れば、いくら罪に問えないとしても皇族に弓を引いた男の娘として、地球に留まれば戦争の引鉄を引いた連中の生き残りとして後ろ指を指される人生が待っている。

 

そんな彼女をどうすればいいかと考え続けているが、彼はいまだに答えが出せないでいた。

 

「(って、何か気付いたらアイツのことばっか考えてね?)」

 

少し前のライエも同じことをしていたのを彼は知らない。

 

彼が思考を中断したとき、ちようどアセイラム皇女の演説も終わり、それを待っていたかのように地球連合本部そのものが大きく揺れ動いた。

 

「地震か!?」

 

背筋をしていた蛍はとっさにベッドの下に転がり込む。

 

警報がけたたましくなり響き、警備兵が片端から営倉の鍵を開けていく。

 

「表へ出ろ!ヴァースの奇襲だ!!」

 

英語であったが、蛍は『ヴァース』や、簡単な部分から今の衝撃がヴァースの攻撃であることを悟るが、営倉を出ようとしない。

 

「っと、聞こえなかったのか?ヴァースの攻撃だ、外へ出ないと危険だ。」

 

日本語で蛍へ警備兵が伝えるが、蛍は首を横に振る。

 

「出ても、行き場なんてないっすよ。ここ、ロシアっしょ?外へ出れば凍死するのがオチ、隠れてても連中が勝てばどこでも同じこと。でも、ここなら意図的に壊さないかぎり壊せない。なら、出ないのが正解ってことっす。」

 

「・・・ったく、勝手にしろ。」

 

英語で吐き捨てる警備兵だが、蛍は何となく意味を理解する。

 

しかし、彼にとってそれはどうでもいいことであった。

 

自分の身の振り方に、何も感じないのだ。

 

生き死にすらどうでもいいとさえ考えてしまっている彼は、営倉が安全かどうかなど関係がないのである。

 

口からでまかせを言ったのが偶然、正しかったのだがそれだけなのだ。

 

「(・・・そういや、みんなはどうしてんだろうな?)」

 

とりあえずあらためてベッドの下に転がり込んだ蛍はふと、そんなことを考える。

 

「(って、考えてもしかた・・・)うおっ!?」

 

ガチンと、営倉の壁からカタフラクトの指が突き出てきて、壁をつかむと力付くで引き剥がす。

 

「アレイオン!?どうして地球のKATが!?」

 

『あら、案外元気そうじゃない、蛍。』

 

アレイオンの拡声器から聞こえてきたのは蛍とここ最近ずっと話していた声であった。

 

「アリアーシュ!?どうして!?お前、戦う必要なんざ・・・」

 

『あのねぇ、あたし、ザーツバルムにとってはアキレス腱になる情報源で、その上生かしておけない裏切り者なのよ?火星に勝たれたらあたし、まず殺されるの!』

 

「・・・だったら、一緒に逃げねえか?このまま連合に残ってもどうなるかわかんねぇだろ?」

 

こう言った蛍に、少し間を置いてライエは答えた。

 

『あのさ、わかってる?そんなことしたらあたしは国際指名手配、あんたは脱走兵、生活のアテ、あるの?』

 

こう言われて蛍は言葉につまり、ライエは畳み掛けるように続ける。

 

『まず、食べるものは?服だっていつまでも着のみ着のままってわけにはいかないわ。最低でも雨風しのげる場所もいるわよ?病気したら?もし仮にあんたと・・・そういうことして、妊娠したら?』

 

当然のように蛍は答えられない。

 

もし何の知識もなければ、考え無しに某小説のように孤島で20年以上を過ごした青年を持ち出すだろう。

 

しかし蛍はサバイバルに関して心得がある。

 

だからこそ、衣食住をまかなうのすら限界があるのを知っているのだ。

 

某小説の青年は実在人物がモデルだが、その人物は四年ほど、それもかなりの幸運に恵まれた結果である。

 

そして一人ならばまだしも、ライエと一緒となれば医者が必要な二つ、特に最後の一つは彼ではどうしようもない。

 

薬草などそう簡単に手に入らないだろうし、あっても効果などたかが知れている。

 

そして妊娠出産に至っては完全にお手上げである。

 

『この際だから言わせてもらうけど・・・あたし、あんたのこと、大っ嫌い。』

 

呆然とする蛍にライエは辛辣な言葉を浴びせ続ける。

 

『勝手に人を同類扱いして、かと思ったら適当に優しくしたりして、何なの?『他人を憐れむ俺カッケー』とか思いたいわけ?はっきり言うけどよけいに嫌いになったわよ、バカ!!』

 

蛍は言い返そうとするが言葉に詰まる。

 

ライエの言うとおり、蛍は自分のことしか考えていないと言われてもしかたないのだ、なぜなら、『その行為に自分が存在しない』のだから。

 

乞食に金を恵んで自分を素晴らしい人間だと思い込みたい金持ちの考えに近い。

 

自分勝手な『善意』を投げ入れ、根本の問題には目も向けないで自分に酔いしれる。

 

地獄への道は善意で舗装されているとはよく言ったものだ。

 

『逃げたいなら一人でお願いね。隠れてブルブル震えるのも一人でどうぞ。あたしは行くから、ついてこないでね。』

 

ライエはそう言ってアレイオンを反転させて離れていく。

 

それを見送る蛍はスッと立ちあがり、ライエが破った方の壁から、瓦礫を足場にして下へと降りて、ここへ護送されるまでの記憶を頼りに格納庫目指して走っていく。

 

彼としては、ライエも韻子やニーナと共に花束を持っていてほしい相手である。

 

そして、誰かに花束を持っていてもらうためには誰かが銃を取らなければならないのである。

 

 

 

 一方、蛍の独房を破って彼に背を向けたライエはデューカリオンから入った通信で、ザーツバルム揚陸城に突入し、アセイラム皇女を中枢まで連れていき、ザーツバルム揚陸城のアルドノア・ドライブを停止させるという作戦を聞き、デューカリオンが停泊しているドックへ向かっていた。

 

「(ちょっときつく言いすぎたかしら?)」

 

ライエはそんなことを考えながらアレイオンを操縦しているうちにドックに到着した。

 

アセイラム皇女の乗っているハンヴィーにロケットランチャーを向けていた火星の兵士をアレイオンのアサルトライフルで掃射して守り、

 

『援護するわ。』

 

と、短く伝えたその時、ヴァースの兵士が背後からライエのアレイオンの、足のつけ根をロケットランチャーで狙っていた。

 

カタフラクトの一番の敵は歩兵である。

 

死角や物陰にひそみ、十分な装備を持った歩兵ならばカタフラクトの急所である、動かすために装甲化しにくい足の付け根関節部を狙えるからだ。

 

ハンヴィーを運転するエデルリッゾがバックミラーでアレイオンを狙う兵士に気付き、

 

「後ろ!!」

 

と叫ぶがそもそものところ、アレイオンからは完全に死角でどうすることもできない。

 

しかし、その兵士がロケットランチャーを撃つことはなかった。

 

周囲の兵士がサブマシンガンで横から蜂の巣にされ、偶然にも被害を免れたロケットランチャーの兵士は撃つ前にバイクではね飛ばされた。

 

「アリアーシュ、後ろにも目ぇつけとけよ!」

 

この声にライエは驚きを隠せなかった。

 

『蛍!?あんた、何で!?』

 

「オメェ、言いっぱで行っちまったからよ、俺も言いそびれちまってな。」

 

話しながらもライエ、蛍は手を止めず、自分達を狙うヴァースの陸戦部隊を排除していく。

 

蛍の装備はバイクに、アサルトライフル並の威力を持つサブマシンガン『P-90』に、単発式グレネードランチャー『M79』である。

 

装甲になりうるものが無い蛍は、ハンヴィーとアレイオンをアサルトライフルによる銃撃の盾にしながら、ロケットランチャーを構え、なおかつアレイオンの死角にいる者を、遠ければグレネードランチャーで近ければサブマシンガンで始末していく。

 

「オメェ、俺のこと大っ嫌いっつったよな?」

 

『ええ、嫌いも嫌い、大っキライよ。』

 

「安心しな、俺もな・・・オメェのこと、大っキライだからよ!」

 

蛍の言葉にライエは呆気に取られる。

 

「何が同類だ、ファザコン女!いい歳してキメェっての!」

 

アレイオンの中で、蛍の宣言を聞いたライエは呆気に取られ、そして笑い始めた。

 

『フフッ、何を言い出すかと思えば・・・安心して、あたしはアンタの三倍キライよ!!この筋肉ダルマ!!!』

 

「うっせ!乳女!!俺はその三倍嫌いだ、バーカ!」

 

なお、このケンカはライエも拡声器で行っているため、連合、ヴァース問わず丸聞こえで、ヴァース側に至っては『罠じゃないか?』と警戒して隠れてしまっているレベルだ。

 

『そこの二人、そういうのは後ほどお願いします。それよりも敵の弾幕が薄くなっています、チャンスです。』

 

通信でマグバレッジ大佐が二人を仲裁し、ハンヴィーの屋根に上がったアセイラム皇女がデューカリオンに跳び移ると、デューカリオンは浮上し、連合基地から飛び立った。

 

これを見たヴァースの兵士は今さらながらにハンヴィーを攻撃し始める。

 

あまりの集中砲火に、ライエと蛍もカバーしきれない。

 

「オイ、チビ!こっち移れ!!」

 

「え?え!?」

 

ベタッと横付けした蛍がハンヴィーの扉を開き、エデルリッゾは言われるまま蛍に飛びついてハンヴィーを乗り捨てると、運転者を失ったハンヴィーはヴァース陸戦部隊の一隊に突っ込んでいき、半包囲に穴が開く。

 

『蛍、こっちはアレイオンで揚陸城まで行くけど、そっちは?』

 

「このチビを逃がしてから向かう。」

 

短く言葉を交わして二手に別れ、蛍は連合本部をバイクで駆け抜ける。

 

「なぁ、チビ。」

 

「な、なんですか?」

 

走りながら蛍はエデルリッゾに声をかける。

 

「この前、悪かったな、怖ぇ思いさせて、歯ぁ折っちまってよ。」

 

「・・・エデルリッゾ。」

 

エデルリッゾは蛍の謝罪に呟くように自分の名前を言った。

 

「ん?」

 

「エデルリッゾの名前、チビじゃないのです。ちゃんと名前で呼んだら、許してやらないこともないのです!」

 

そう言ったエデルリッゾに、蛍は小さく吹き出す。

 

「そぉかよ、マセたガキだな。わかったよ、悪かったな、エデルリッゾ。」

 

「はい!ただ、姫さまにもちゃんと謝ってくださいよ。」

 

「へいへい。」

 

蛍は前に敵がいる時はサブマシンガンで、後ろから来る敵にはグレネードで応戦し、強行突破して、敵の見えない場所に来るとエデルリッゾが口を開く。

 

「ここでいいです。」

 

蛍は民間人避難区画まで連れていこうと思っていたが、エデルリッゾにそう言われてとりあえずバイクを止める。

 

「ここって、まだ避難区画じゃねぇぞ?」

 

「エデルリッゾなら体が小さいから、隠れようと思えば隠れられます。それより、姫さまを!」

 

順当に考えれば、蛍一人いてもいなくても戦局そのものに影響はない。

 

だがそれでも、エデルリッゾは敬愛するアセイラム皇女のため、一人でも多い人に皇女を守ってほしいのだ。

 

「・・・わかった、大して力になれねぇが、行ってくるぜ。」

 

そう言ってバイクを出した蛍を見送ると、エデルリッゾは近くの更衣室のハーフロッカーに隠れた。

 

子供ならばまだしも、大人が入るものではないため、盲点となる隠れ場所だ。

 

 

 

 その頃ライエは、連合本部のカタフラクトでも通ることのできる場所を選んで上層を目指していた。

 

途中、黒い無人機らしいカタフラクトと交戦したが、何があったのか急に引き上げ、以降は大した妨害もなく上に向かっている。

 

そんな中、ライエは蛍のことを考えていた。

 

『大っキライ』と言ったのは間違いなく思ったことを口にしたのであるが、同時に蛍の身を案じてのことでもあった。

 

ここ数日、共に過ごした彼女から見て蛍は、戦いに出れば死にそうなほど腑抜けていた。

 

こともあろうに後先考えず逃げる提案をするほど判断力が落ちていた彼ではいつ死んでもおかしくないと考えて、あえて辛辣な物言いをしたというのもある。

 

そしてそんな考えと矛盾する、『助けに来てほしい』という感情も持っていた。

 

「(あたしもずいぶん自分勝手ね・・・突き放しといて、いざとなったら来てほしいなんて。)」

 

ライエはアレイオンの足元を警戒しながら上層を目刺し続け、とうとう揚陸城に到着した。

 

ライエの目的は陽動である。

 

ヴァース帝国のカタフラクトはいわゆる『大将騎』であり、地球連合のカタフラクトのように量産した『戦車等の延長』ではないため、一般の兵士は対カタフラクト兵器、たとえば携行式ミサイルやロケットランチャー等くらいしか揚陸城内では使うことができない。

 

伊奈帆の立てたアルドノア停止作戦は極端な話、ライエか蛍がアルドノア・ドライブを物理的に破壊しても構わないのだから、すでに上空から強行降下して、天井方面から向かう伊奈帆達ばかりにヴァースは気を取られているわけにはいかないのである。

 

結果、ザーツバルム操るディオスクリアは伊奈帆の方に向い、陸戦部隊がライエの方に群がっているのだ。

 

「(これだけ多いとさすがに荷が重いわね。蛍はあんまりアテにできないし、弱ったわ・・・)」

 

生身の蛍では当然だが、単純に数が多い敵と渡り合うのには向かない。

 

そうなると当然、彼も自分がやるべきことはわかっているはずなのだ。

 

通風口等を通って中枢を目指しているであろう彼の援護など期待してはいけないのだ。

 

「!?下がれ!!どなたかはわからぬが救援だ!!」

 

ヴァースの兵士達が急に下がり始めた。

 

彼らの背後から一機のカタフラクトがかけつけたのだ。

 

白を基調にし、カモメが翼を開いたような、大きく横に張り出した肩部から覗く砲口が特徴的なカタフラクトは、ライエのアレイオンの前に降り立つ。

 

このカタフラクトに乗っているのはスレイン・トロイヤードである。

 

 

 

 彼はザーツバルム卿にタルシスを渡された後、最初は地球連合の保護を求め、アセイラム皇女にザーツバルム卿のことを伝えようとしたのだ。

 

しかし地球連合の兵士に銃を向けられ、ヴァースの兵士に助けられたことにより自分でも地球人なのか火星人なのかわからなくなったのである。

 

そこでスレインはまず、どちらだとしてもアセイラム皇女を守ろうと考えてタルシスに乗り込んだ。

 

ザーツバルムが語った『戦争を根絶する』という話は机上の空論にしか思えなかったスレインだが、それに乗ってみたいと思わせる魅力をザーツバルムは備えていた。

 

しかし同時に、そこにアセイラム皇女がいてもいいと考えている。

 

たとえ、『皇女』でなくなったとしても。

 

「タルシス!って・・・コレ、アルドノア停止しているじゃありませんか!?」

 

タルシスは完全に機能を停止していた。

 

元はクルーテオ卿の機体であるタルシスは、彼の死によってアルドノア・ドライブが停止し、ザーツバルム卿も起動させていなかったのである。

 

ザーツバルム卿が起動するのを忘れていたのか?否、わかった上で起動していなかったのだ。

 

スレインがザーツバルム卿の考えに反対すれば当然、タルシスに乗り込み妨害を企図するだろうし、逆に共感して戦列に加わるとすれば即座に馳せ参じることは明白である。

 

しかし前者であればザーツバルム卿自身が彼を手にかけねばならず、後者であれば何の訓練も無しに戦場へ出るという自殺行為をさせることになる。

 

そのため、ザーツバルム卿はスレインが、タルシスの中に隠れていられるよう、タルシスに乗り込むよう促したのだ。

 

「やられた・・・お願いします、動いて!!」

 

スレインは無駄と思いつつもタルシスを起動させようとしていたが、不意にアルドノア・ドライブの起動音がするとコクピット内の計器類が動き始めた。

 

「・・・どうして!?」

 

アルドノア・ドライブの起動権は、皇帝の臣下達に『貸与』されるのだが、その方法は小さく傷をつけた皇帝の手の甲から血液を摂取する方法で行われる。

 

スレインは当然、そのようなことをしていないが、かつて父とヴァースへ密航した際、彼が乗っていたシャトルのカプセルが破損し、幼いアセイラム皇女が水浴びをしていた沐浴場へ墜落した。

 

瀕死のところをアセイラム皇女によって救命処置が取られ、口を切っていたアセイラム皇女の血液を摂取していたのである。

 

まさかの幸運でタルシスを起動させたスレインは、ディオスクリアを探してタルシスが保管されていたドックを出て、ライエ操るアレイオンと鉢合わせたのだ。

 

 

 

「ザーツバルム?乗ってるのは?」

 

ライエはタルシスに乗っているのがザーツバルム卿だと考えてそう尋ねるが、拡声器で返って来たのは当然、スレインの声である。

 

『違います、僕は今、彼の所へ向かう途中なのです。出来れば、無用な戦闘は避けたいのですが・・・』

 

明らかに若い男の声であることからライエは、間違いなくザーツバルム卿でないと考え、

 

「アンタ、もしかして地球人?あっちのカタフラクト、上手く盗んだものね。」

 

と、尋ねるがスレインはそれに返答しない。

 

彼は当然、『地球人です!』と、即答しようとした、しかしその言葉が出なかったのだ。

 

「・・・なるほど、ね!!」

 

返答がないことからタルシスが、『ザーツバルムの元へ援護に向かおうとしている』と受け取ったライエはすかさずタルシスにアサルトライフルの75㎜弾を撃つが、タルシスは明らかにライエが銃を向けるより早く、より正確に言えば人間の反射の限界より早く身をかわした。

 

ライエがいるのは、外、奥へ向かう通路、タルシスが来た通路の三本が交わるT字路で、タルシスは易々とアレイオンをかわして奥へ向かってしまう。

 

とっさにそれを追ったライエは、背後に歩兵がいるのを失念していた。

 

ロックオンアラートが鳴り、振り向こうとするがすでに対処できるタイミングではなく、どうにかアレイオンのカメラによってアラートの原因であるミサイルランチャーを構えた兵士の一人が拡大されるのを見ていることしかできなかった。

 

 

 

 ライエを振り切ったスレインは、タルシスのマップを頼りにディオスクリアを探していた。

 

「いた!!」

 

中枢部も近くなってきたところ、スレインはアレイオンと交戦するディオスクリアを発見した。

 

しかしディオスクリアはすでに大破しており、上から押さえ込むようにアサルトライフルを向けるオレンジ色のカタフラクトに対しスレインはとっさに銃撃を加える。

 

『スレインか!?どうやってそれを起動させた!?』

 

ディオスクリアからザーツバルム卿の通信が入る。

 

「わかりませんが、今はあまり重要でもないことでしょう、ここはお退きください!!」

 

スレインはそう答え、カバーに入ったオレンジ色のカタフラクト、スレイプニールを追う。

 

 

 

 スレイプニールに乗る伊奈帆は見覚えのない白いカタフラクト、タルシスを見て即座に戦術データリンクシステムから交戦記録がないかを調べる。

 

「・・・あった。この機体、交戦した後こっちに向かってる。」

 

伊奈帆はタルシスと交戦した機体に通信を入れる。

 

『はい、こちら国際指名手配一歩手前。』

 

「ライエさん?」

 

『アンタ・・・今、忙しいんだけど?』

 

その機体のパイロットはライエであった。

 

先の歩兵達をどう切り抜けたかは後述する。

 

「今、一人?」

 

『デートのお誘いなら残念ね、連れがいるわ。』

 

「その連れ、もしかして蛍?」

 

『・・・さぁ?その辺で拾った兵隊だから名前、知らないわ。』

 

ライエの返答には奇妙な間があった。

 

「そう。とにかく今、そっちで交戦した白いのと戦ってる。」

 

『援護ね?すぐに向かうわ。』

 

「いや、こっちはダメ。まず・・・」

 

伊奈帆はライエの交戦記録・・・間違いなくライエの行動より早く動いていること、そしてパイロットが間違いなく場慣れしていないことからタルシスがある程度先のことを予測できるが、パイロットが未熟であるため攻撃を避けるのに使うのが精々であると結論付けた。

 

もし、ある程度習熟したパイロットならばライエの機体も破壊されていただろうし、スレイプニールも被弾していたはずなのだから。

 

伊奈帆はタルシスを撃って足止めしながらライエに行き先を伝え、自分もそこへ向かう。

 

狭いことも幸いし、タルシスは伊奈帆の銃撃の度に陰に隠れてるため、今、伊奈帆としてはされたくない行動を防げている。

 

スレイプニールもディオスクリアとの戦いで機関出力が低下し、片腕を失っているため、万一被弾覚悟で距離を詰められて白兵戦に持ち込まれれば勝ち目がないのだ。

 

「・・・ということ。お願いできる?」

 

『ええ、わかったわ。』

 

「それと・・・その辺で拾った兵隊さんに。この前は・・・ゴメン。」

 

そう言って伊奈帆は通信を終えた。

 

ライエのアレイオンは複座式で、二人乗りする場合は後部席が火器、通信を担当する。

 

ライエは前席で操縦している兵士に今の通信について話す。

 

「・・・だそうだけど、何も言わなくて良かったの?」

 

「うっせ、ほっとけ。」

 

操縦している兵士、蛍がライエにそう答える。

 

 

 

 先ほど、ヴァースの歩兵にミサイルを向けられた時、ミサイルが発射される直前、横倒しになったバイクが彼らに向かって突っ込んでくると即座に爆発し、ライエの危機を救ったのだ。

 

残った兵士を軽機関銃でなぎ倒す、某元グリーンベレーのような影をライエが凝視すると、それは蛍だったのである。

 

彼はエデルリッゾと別れた後、武器庫で弾薬を補給するついでに、念のためとC4、そして軽機関銃を持って来ていたのだ。

 

最初はライエのアレイオンに追いついた時に、歩兵に四苦八苦しているのを見てすぐに軽機関銃を組み立てたのだが、タルシスの乱入、そしてそれを不用意に追うライエのアレイオンにミサイルを向ける歩兵を見て、とっさにC4をバイクに乗せて衝撃信管を差し、アクセルを全開にしてヴァースの歩兵隊に突っ込ませたのだ。

 

一歩間違えれば自爆する可能性も多々あったが、蛍はそのようなことを考えるより早く動いていたのである。

 

そして運良く、歩兵隊に突っ込んでから爆発し、残兵を軽機関銃で掃討したのである。

 

『蛍!?どうしてついてきたの!?てっきりダクトとかから忍び込んでると思ってたのに・・・』

 

「ムチャ言うなよ!中がどうなってんのかわかんねぇってのによ!」

 

ライエは蛍が潜入ルートを探してそちらから忍び込むとばかり考えていたが、蛍に言われて揚陸城の中がどうなってるのかわからないことを思い出す。

 

アレイオンならばデータリンクで外面図、友軍の通った通路、そして自分の通った通路を重ねた地図を見れば良いが、蛍はそのための装備を持ち合わせていなかったのだ。

 

ライエは『それもそうね』と納得し、蛍をアレイオンに乗せ、キチンとした訓練を受けている蛍に操縦をまかせ、逆に訓練してもひどいレベルの射撃を補うためにライエが火器、そして通信を担い、タルシスを追っていたところで伊奈帆から通信が入ったのだ。

 

 蛍は伊奈帆の通信に、手振りで『いないことにしろ』とライエに伝えたので、ライエは伊奈帆に『その辺で拾った兵隊』と答えたのである。

 

「いつまで意地はってるつもり?」

 

「はってねぇよ、ただ、あいつが先に謝ったのが気にくわねぇだけだ。」

 

「普通逆だと思うけど、それを意地はってるって言うのよ。」

 

二人はそんな話をしながら、伊奈帆に指示された場所の近くでアレイオンを隠し、指示通りの場所に爆薬を仕掛けると、合図役のライエ、起爆役の蛍に別れてそれぞれ配置につく。

 

「来たわ!準備して!!」

 

ライエは伊奈帆のスレイプニールを見て蛍にそう伝えると、蛍は起爆装置を強く握っていつでも爆破できるようにする。

 

蛍が持っていたC4爆薬は残りわずかで、これを直接カタフラクトに仕掛けたとしても破壊するには至らず、地雷のように使ったとしても大したことはない。

 

しかし、伊奈帆の考えでは蛍が持っている分で十分であったのだ。

 

元はアレイオンの銃撃によって行うはずだったが、ライエを経由して蛍がC4を持っているのを知り、確実性の高いそちらに切り替えたのである。

 

スレイプニールに乗る伊奈帆はタルシスを銃撃で足止めしながらライエと蛍が待つ通路にたどり着くと、スレイプニールのスラスターを吹かして一気に距離を取ろうとした。

 

しかし中破しているスレイプニールでは当然、タルシスをまくことなどできず、タルシスはそれを全力で追って、距離がぐんぐん縮められていく。

 

「ライエさん、今。」

 

伊奈帆はライエに短く伝えると、スレイプニールのスラスターを分離した。

 

全力でスレイプニールを追っていたタルシスは未来予測能力をもってしても避けられるタイミングではなく、スラスターに正面衝突して通路を滑っていく。

 

「この・・・卑怯な!」

 

タルシスの中でそう呟いたスレインにタルシスの未来予測が次に起こること、そしてそれは回避不能であることを伝えた。

 

「そ、そんな!?」

 

タルシスがスラスターに衝突した瞬間に蛍はC4を起爆したのだ。

 

爆発したC4は揚陸城の隔壁を固定する昇降装置を破壊し、榴弾の直撃すら防ぎきる重く頑丈な隔壁がギロチンのように落ちてきた。

 

タルシスの上に。

 

グシャッとタルシスは隔壁に潰され、胴と足が泣別れすることとなった。

 

蛍とライエがいるのはタルシスとスレイプニールが来た側で、上半身側がどうなっているかはわからない。

 

そんな状況で揚陸城のライトが全て消え、非常灯だけが通路を照らす。

 

ウミネコ(白いカタフラクト)沈黙、揚陸城アルドノア停止、作戦完了。僕はセラムさんを迎えに行くから、ライエさんはデューカリオンに向かって。』

 

「デューカリオンに?」

 

『降下する時に攻撃を受けてね。いくら向こうがカタフラクトを使えなくなったと言っても、通常兵器は別だから守る人が必要だよ。』

 

「ええ、わかったわ。」

 

伊奈帆はあえて、通信を横で聞いている『その辺で拾った兵隊』には一言も指示を出さずに通信を終えた。

 

彼に判断を委ねているのだ。

 

「デューカリオンに戻るなら、一緒に来る?」

 

「・・・いや、ナオのヤツ一人じゃ姫さんのエスコート、厳しいだろ?向こうに行くよ。」

 

「そう・・・それなら少し待って。」

 

ライエはアレイオンに一度乗り込むと、GPSを外して蛍へ渡した。

 

「デューカリオンへの道は今覚えたからこれはアンタが使って。」

 

「・・・ありがとよ。」

 

蛍はライエに小さく礼を言って近くのダクトに入る。

 

 

 

 アセイラム皇女の護衛をしようなどというのは蛍にとって口実にすぎない。

 

本音は伊奈帆に早く会いたかったのだ。

 

会って謝って、元通りとはいかなくとも仲直りしようと、彼は暗いダクトを通り、隔壁の反対側に降りた。

 

遠くでタルシスの残骸が転がっているのを一瞥して蛍は伊奈帆がいる揚陸城の動力中枢へ向かった。

 

しかし蛍はこの時、気づかなかった。

 

タルシスのコクピットは偶然にも隔壁から外れていたことと、そのコクピットが開いており、中が無人であったことに。

 

暗い通路を蛍は、自分の目だけを頼りに進む。

 

マップも必要なとき以外はつけていない。

 

ライトをつけたり、GPSのモニターが放つ光をめがけて撃たれてはたまったものではないため、そうしているのだ。

 

「お、ここか?」

 

あたりは静かだが、GPSが示す部屋の中には伊奈帆、そしてアセイラム皇女がいるという光点が描かれており、足音も聞こえる。

 

蛍は伊奈帆に会ったとき、変な顔をしないように深呼吸して動力中枢に入った。

 

そこには四人の人影があった。

 

頭から血を流して倒れる伊奈帆、その近くで倒れ、生死のわからぬアセイラム皇女、そして部屋の片隅で壁を背にして座り込むヴァースの軍服を着た男と、その前にひざまずく男。

 

ひざまずいている男の手には銃が握られている。

 

それを見た蛍は、我を忘れて銃を持つ男に飛びかかった。




タイトルの銃と花束の意味、ここで乗せてみました。

元ネタ、某特撮の、かつてのヒーローが弟子である現在のヒーロー(主人公)に向けたセリフです。

『男が女の子と一緒にままごとやってたら誰が外に出て戦うというのだ!?』

引用はまずいと思いますので大体こんな感じだったと。

個人的にはその特撮、シリーズで一番好きなのですが、評判は歴代であまりよくないらしいのが悲しいです。

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