【A/Z】蛍へ~銃と花束を~   作:Yーミタカ

12 / 20
 アルドノア起動権について原作と設定変更があります。
『レイヴァース博士にアルドノア起動権が焼き付けられた』ではなく、『古代ヴァース帝国の皇族の血をひいているから起動できた』と。


第十一話 虚しい祈り

 ザーツバルム卿揚陸城にてスレインが目を覚ましてしばらくすると、ザーツバルム卿はスレインを晩餐に招いた。

 

火星では贅沢な部類にあたる料理を二人で挟むように座るが、スレインは料理にてをつけようとしない。

 

「どうした?食わぬのか?」

 

スレインはなぜ、自分がこのようなもてなしを受けているのか理解できずにいた。

 

「案ずるな、毒など入っておらぬ。そもそも、このように取り分けて食すものに毒を盛れるはずがなかろう?」

 

二人の間にあるのは世界三大料理の一つ、中華料理である。

 

「しかし、この『ハシ』という食器は使いにくくてかなわぬな。」

 

箸は箸立てにさしていたものを促されたスレインが先に取っており、ザーツバルム卿は残った箸ですり替える様子もなく食べ始めたため、箸に毒を塗るという推理小説、ドラマでは使い古された手段を取ることもできない。

 

なお、スレインに食事の上での禁忌は宗教、体質共に存在しない。

 

アナフィラキシーショックもありえないのだ。

 

「・・・ザーツバルム卿、どうして姫さまのお命を狙われたりなどなさったのですか?」

 

「わかりきったことを。開戦の大義名分を得るためだ。この贅をつくした料理を見よ。地球全土を手中に収めることができたならば、三食毎日であろうとこれらを食すことができようぞ。」

 

「お言葉ですが、飽きますよ、きっと。」

 

この卓にあがっている食事の材料は上海に降下したフェミーアン卿からの献上品を、同じく上海にて、地球では考えられない厚待遇をもって雇った料理人に調理させたものである。

 

さておき、当然だがスレインはザーツバルム卿が美食のために戦争を起こしたなどと考えていない。

 

「これは三大料理と言われるものの一つであったな?」

 

「ええ。」

 

「残りはフレンチとターキーなるものであるな?」

 

「はあ・・・お詳しいのですね。」

 

「かつての戦争にて、命の恩人にいろいろとな。おぬしもよく知っておる人物であるぞ。」

 

スレインはそう言われて思案する。

 

ザーツバルム卿と会ったのは初めてであり、共通する知人は一方的に知っている者も含めて皇帝、クルーテオ卿、トリルラン卿、アセイラム皇女くらいしか思いつかない。

 

「トロイヤード博士だ。」

 

答えに行き着かないのを見てとったザーツバルム卿が答えを言うと、スレインは驚く。

 

「父をご存知なのですか!?」

 

「いかにも。」

 

ザーツバルム卿はかつての戦争でのことを話し始めた。

 

 

 

 先帝ギルゼリアによる開戦の詔勅と時を同じくしてヴァース帝国軍はハイパーゲートへ突入し、月面に駐留していた地球連合軍に奇襲をかけた。

 

この件はいまだに正当性について議論がなされているが、あえてヴァース帝国側の立場に立って発言するならば、

 

1.地球連合はヴァース帝国を国家として認めておらず、ヴァース帝国も諸々の条約を批准していないため、双方国際法を遵守する義務は存在しない

 

2.国際法上、宣戦布告は有形無実化した条文に書かれているだけの形式的な義務に過ぎず、その有無が問題となった事例も限りなく少ない

 

といった事が挙げられる。

 

それはさておき、ヴァース帝国は地球への降下に際し、先鋒として大気圏飛行能力を有する試製カタフラクト、ディオスクリアを操るザーツバルム卿(当事は侯爵世襲前にて伯爵)、重力場制御能力により単独降下が可能であった試製カタフラクト、デュカリオンを操るオルレイン子爵、以上二名に橋頭堡構築が命じられた。

 

先に降下したのはデュカリオンで、これが種子島に駐留していた戦車連隊(鞠戸大尉が所属していた連隊)と交戦したのだ。

 

未知の兵器、カタフラクトに旧来の戦車隊は、先走った部隊の砲撃が誘発した統制なき砲撃もあって壊滅、種子島を悠々とデュカリオンは闊歩した。

 

「とんだ肩透かしを食らったものだな、オルレインよ。」

 

「ええ、ザーツバルムさま、これならば地球の完全制圧も時間の問題でしょう。」

 

「ああ、そうであるな、オルレイン。どうだろう、式は復興後の新領地で挙げるというのは。」

 

「それもよろしいかと思いますが、式は早めにしていただけますか?」

 

ザーツバルム卿とオルレイン子爵は婚約関係にあり、作戦行動中だというのにそのような会話をしていた時であった。

 

二人の機体で警報が鳴り響いた。

 

『重力場異常発生、タダチニ退避シテクダサイ』

 

ハイパーゲートはかつての古代ヴァース帝国では民間輸送用として使われていた。

 

そこに許容量をはるかにオーバーした軍隊、兵器を通そうとした結果、ゲートが暴走したのである。

 

ゲートは爆発し月が四散、その破片が地球に降り注いだ。

 

これに巻き込まれたディオスクリアは中破しカタフラクト形態への変型機能を破損後、種子島近海に不時着した。

 

「オルレイン!!どこだ!!返事をしてくれえええぇぇぇ!!!」

 

ザーツバルム卿は不時着のショックで折れた足を引きずりながら、後にエンジェル・フォールと呼ばれた大災害によって引き起こされた炎の中を歩き回り、大破したデュカリオンからどうにか脱出したオルレインを見つけた。

 

「しっかりしろ、目をあけるのだ!!」

 

彼女に意識はなく、一刻も早く適切な医療施設での治療が必要であった。

 

ザーツバルム卿は彼女をディオスクリアに乗せ、まずは月面の友軍を頼ったが一切通信がつながらなかった。

 

この時、司令部が壊滅していたのだから通じるはずもなかったのだ。

 

やむを得ず彼が選んだ道は降伏であった。

 

地球に投降し、せめてオルレインだけでも助けてもらおうと考えたのである。

 

彼は地球連合軍と連絡が取れそうな街を無我夢中で探し、被害が少ない街を見つけ、その近くにディオスクリアを降下させると、私服で猟銃を持った者や、ボウガン、弓矢といった原始的な武器を持った者、一部は本来武器でない金属バットや農作業用のフォークを持った者達に包囲された。

 

オルレインが緊急を要する以上、ディオスクリアに籠城するわけにいかなかったザーツバルム卿は機体から降り、地に跪いた。

 

「ヴァース帝国先遣隊ザーツバルム外一名、降伏する。こちらのオルレインはすぐにでも治療が必要だ、恥を忍んでお願い申し上げる。」

 

この時、彼らを見つけたのが地球連合軍の警備部隊かその補助をする軍属らであったならば以後の悲劇は回避できたかもしれない。

 

この時二人を見つけたのは自警団組織であったのだ。

 

無政府状態となった街で自分達の身を守るために有志によって結成されたのだが、この『有志』というのが問題であった。

 

人間というのは不思議なもので、自分が悪事を働いている、金のためにやっているとなるとどこかで加減してしまう。

 

しかし、自分が正しいと思っていれば話が別だ。

 

どれだけでも残酷なことができるし、加減などしなくなる。

 

そして何より、ヴァース帝国公用語、つまりロシア語がわかる者がいなかったのが致命的であった。

 

『何を言っているんだ、コイツは?』

 

『オイ、こいつらは宣戦布告も無しに騙し討ちしやがった火星人どもだぜ、しおらしくしといてオレ達を皆殺しにするつもりに決まってんだろ!!』

 

『そういやこの大量の隕石も火星人の新兵器だって話だぜ!!』

 

『火星人はオレ達を皆殺しにして、こっちに移り住もうってハラだとか聞いたぜ!!』

 

『殺せ!!殺しちまえ!!』

 

ザーツバルム卿も同じように周囲の言葉はわからなかったが、不穏な雰囲気だけは感じとることができた。

 

『コ~ロ~セ、コ~ロ~セ!』

 

『ツ~ル~セ、ツ~ル~セ!』

 

ザーツバルム卿はこの時、持っていた銃も捨てていた。

 

それでも半暴徒化した自警団には通じなかったのだ。

 

『パァン!』

 

自警団の一人が発砲した。

 

発砲したのは自警団員で間違いなかった。

 

しかし、それを見ていたのはごく一部でしかなく、人は集団になった時は特に、そうであってほしいという願望が優先される。

 

『火星人が撃ったぞ!!』

 

『てぇへんだ!!撃たれたのは女だ!!』

 

『殺せ!!殺せえぇ!!』

 

この時、自警団員は誰一人として撃たれてなどおらず、撃たれたのはオルレインであった。

 

ザーツバルム卿を狙った銃弾から、無意識のうちに身を起こし、盾になったのである。

 

「オルレイン・・・オルレイイイィィィン!!!」

 

『くたばれえええぇぇぇ!!!』

 

『やめたまえ!!!』

 

上空に向けて放たれる銃弾と共に重く貫禄のある声が響き、自警団もザーツバルム卿も茫然自失となる。

 

『この場は私が預かりましょう、あなた方は街にお帰りなさい!!』

 

『はぁ・・・トロイヤードせんせがそうおっしゃるなら・・・』

 

トロイヤード博士は医師団として派遣されてきており、街の住民からの信頼が厚かった。

 

トロイヤード博士は危篤状態のオルレイン、そして自身も重傷を負っていて気を失ったザーツバルム卿をすぐさま収容し、手厚く治療した。

 

一週間後、ザーツバルム卿は目を覚まし、ずっと看護していた看護士がトロイヤード博士を呼んでくる。

 

「余は・・・どうしたのだ?」

 

「ご安心を、私は医者のトロイヤード、軍人ではありません。お名前を教えていただけますか?」

 

「・・・ザーツバルムだ。ドクター・トロイヤード、余と共に女性がおったと思うが、そちらは・・・?」

 

トロイヤード博士は表情を曇らせた。

 

「手は尽くしましたが・・・私が発見した時にはもう手遅れでした・・・」

 

「・・・であるか。」

 

意気消沈したザーツバルム卿に、トロイヤード博士は睡眠導入剤を投与し、眠らせることにした。

 

今、無用なショックを与えれば何をしてもおかしくない精神状態であったからだ。

 

しかしここでトロイヤード博士は、ザーツバルム卿に医療知識がないと考え、一人にしてしまうというミスを犯したのである。

 

ザーツバルム卿は器具を見よう見真似で操作し、投与される薬剤量を多くして自殺を計ったのだ。

 

幸い、毒性の弱い薬品しか使っていなかったため軽いショック状態になったものの命は助かった。

 

目を覚ました時、トロイヤード博士はザーツバルム卿を強く叱りつけた。

 

「どうしてせっかく助かった命を粗末になさるのですか!?亡くなった奥方やお子様のため生きようと考えられないのですか!?」

 

「いや、オルレインとはまだ式はあげていない・・・子供?」

 

「・・・ご存知なかったのですか。妊娠なさっていたのですよ、彼女は。」

 

これを聞いたザーツバルム卿は幼子のように、涙がかれるまでトロイヤード博士の膝に顔を押し付けて泣き続けた。

 

しばらくの間、トロイヤード博士の元に匿われて養生しながら、いろいろな話を交わした。

 

この時、まだ赤ん坊であったスレインにも会っており、スレインもザーツバルム卿によくなついていた。

 

 

 

「その時、約束したのだ。オルレインと、そしてドクター・トロイヤードと。この世から戦争を根絶すると。此度の戦は人類最後の戦争となる。」

 

「・・・それがどうして姫さまの暗殺に繋がるのですか?そもそも、ザーツバルム卿は姫さまの伯父上なのでしょう!?どうして!?」

 

「そう急くな。物事には順序がある。まず、余と皇女の血縁だがあくまで表向きのことなのだ。実際には何の関係もない。」

 

そう言ってザーツバルム卿は息をつく。

 

「皇女の母、つまり余の義妹は、先帝ギルゼリアの実妹であった。ある一件が発覚して、生まれたばかりの赤子をザーツバルム家の子として迎え入れたのだ。」

 

「・・・なぜそのような・・・」

 

スレインは言葉を選び、アセイラム皇女を侮蔑するようにとれる言葉を避けた。

 

「これは皇帝と一部の重臣しか知らぬのだが、ギルゼリアはアルドノア起動因子を持っておらず皇女の母だけが持っていたのだ。」

 

「・・・それとどのような関係が?」

 

「すでにギルゼリアは皇太子となっておったから赤子へ皇位継承権を譲渡するわけにいかなかった。そこで赤子をザーツバルム家の子として迎え入れさせ、子を生める歳になると輿入れという形で返したのだ。」

 

「流れはわかりましたが、どうしてそのようなことに・・・は!!」

 

スレインはザーツバルム卿が言わんとしていることに感付いた。

 

「アルドノア起動因子は皇帝のX染色体上にあった・・・」

 

性別の決定をつかさどる性染色体、これは父親のXY、母親のXXから一つずつ受け継がれる。

 

起動因子を持つx染色体が母親にあり、生まれた子供が男女各二人とするとx染色体を持つ者は男一人、女一人になる。

 

孫の代も起動因子を持つ個体は同じ計算をすると八人の半分、男女各二人の四人になる。

 

「古代ヴァース帝国は起動因子の総数を調整すらため女系優先だったそうだ。そして現代の皇帝一族と重臣達はこれらの事実を隠蔽した。なぜかわかるか?」

 

スレインは首を横に振る。

 

「ヴァースはアルドノア起動因子を皇帝の権威、権力の根拠としておる。それを持たぬギルゼリアの代さえ隠しきれば良いと考えていたのだ。しかし、古代ヴァースがあったのは三万年前、当事火星から地球へ逃げ延びたという皇族の子孫で起動因子を持つ者は、今となっては何人いても不思議でない。ヴァースは建国当時からその正統性が無いのだ。つまりだ、アルドノアを使うには別に皇帝一族でなくとも構わない。余はまず、アルドノアを独占する皇帝一族を根絶やし、アルドノアを解放する。これが一つ目だ。」

 

「アルドノアの解放・・・しかし、戦争の根絶とどのような関係が?」

 

「ここからが、そちの父が構想した核の部分だ。すまぬがその・・・空を飛ぶ生物の香草焼きをこちらへくれぬか?」

 

「空を飛ぶ?あ、いえ、この種類の鳥は飛べません。どうぞ。」

 

ザーツバルム卿が言っていたのは北京ダックの香草焼きであった。

 

スレインは最初は何を指しているかわからなかったが、鳥のことを言っていると感づき、北京ダックの香草焼きをテーブルの回転する天板を回してザーツバルム卿の元へ送った。

 

「そうか、飛べぬ種もおるのか。まあよい、本題はそこではない。余はこれを丸々一皿食したい。しかしそちもこれを欲しておる。取り分けようにも分けるつもりはない、ならばどうする?」

 

ザーツバルム卿がそう尋ねるとスレインは思案し、

 

「話し合う余地がないならばこうします。」

 

天板を回し、スレインは北京ダックを自分の元へ運んだ。

 

「すると当然、余はこうするな?」

 

ザーツバルム卿は天板を回し、また自分の元へ北京ダックを運ぶ。

 

「言ってしまえば戦争とはこのようなものだ。どちらかが諦めるまでこの鳥を奪い合う。これを防ぐにはどうすればいい?」

 

「お互いが譲り合って分け合うのが最良では?」

 

「50点、それでは折り合いがつかなかった時、結局戦争となる。正解はこうだ。」

 

 

 

数分して二人はそれぞれ北京ダックを丸々一羽平らげて、ザーツバルム卿はトロイヤード博士から受け継いだ戦争を根絶する方法をスレインに話し終えた。

 

「・・・素晴らしいお考えかと思います。ですが、机上の空論です!かつてそのような思想をもって作られた国がありましたが、ことごとく崩壊してしまいました。」

 

「それらの国が崩壊した理由は簡単だ、『全ての富を生み出す魔法の壷』が無かったからだ。それがあればどうだろうか?」

 

「・・・ですが、そのためにどれだけの血が流れるのです!?姫さまはそのようなことは望みません!!」

 

「くどい!考えてもみよ、これまであの一族のためにどれだけの血が流れた!?火星、地球問わずに!!」

 

ヴァース帝国が成立したのはザーツバルム卿の少年時代の話だが、建国に際し全ての人間が積極的に賛成したわけではない。

 

『正気の沙汰ではない。』『大昔に太陽系を席巻したか知らないが、古代のヴァース帝国など今の地球人と関係ない。』といった、積極的反対。

 

『独立云々は置いておくとして、今の火星では独立しても食料の自給もままならない。オキアミとクロレラでは人口を増やすことも食料の増産もできないだろう。』『仮に独立が承認されたとして、独立費や投資した資本の返済名目で天文学的な借款を背負わされることになる。その返済はどうするのか。』といった消極的な賛成、反対。

 

どちらでもいい日和見、旗色を示さない中立など、たくさんの意見があった。

 

ヴァース帝国はそれらをまとめるために、積極的反対派が集会を開いていたところに治安維持部隊を投入し、装甲車で何人も、執拗なまでに反対派を轢殺したのだ。

 

逃走できぬように銃器を持った隊員が全ての道を封鎖し、抵抗する者、抗議する者は装甲車に潰され、逃げようとする者は射殺され、投降、逮捕後に裁判を望む者、無抵抗の抵抗を試みる者も構わず轢殺されるか射殺された。

 

地球の駐在メディアは買収ないし脅迫で沈黙を約束させられ、ヴァースのメディアは官営しかなく事件を歪曲してヴァースの公式発表どおりの報道をした。

 

その公式発表によると、

 

『地球のイヌ共が武装して集結し、解散を命じた治安維持部隊に発砲、事態を重く見た治安維持部隊は装甲車部隊を投入して果敢にその任を遂行。暴徒共はビルに立てこもり観念したのか自爆した。』

 

ということであった。

 

始めこそ発表に異を唱える者もいたが公に発言したものが何人も消息を絶ち、ヴァース帝国内で発言するものはついにいなくなった。

 

その事件から数日後、火星の記名制住民投票にてドクター・レイヴァースを皇帝とする封建君主制によるヴァース帝国の建国が満場一致で可決したのであった。

 

建国に前後して地球に亡命し、事件をしかるべき機関、マスコミに持ち込む者もいたが、黙殺されるか、出ても小さな記事にしかならないか、匿名ながらも大きくスクープされたとしてもヴァース帝国が

 

『顔も出さぬ卑怯者が妄言を撒き散らしている。そのような卑劣な行為に加担する者はメディアを名乗るのをやめるべきだ。』

 

と、抗議するくらいの反応しかなかった。

 

当然だが、顔を出した日には刺客を送られるのは目に見えている。

 

このような血塗られた裏の歴史で死んでいった者は、第一次星間戦争の火星側戦死者より多いとさえ言われている。

 

 

 

こういった事情はスレインも多かれ少なかれ知っている。

 

「ですが、姫さまがなさったわけではありません!」

 

「だから生かせと申すか?あのような夢想家を?今、ヴァース帝国では皇帝を含めて牽制し合って抗争が沈静化しておるのだぞ。断言しよう、あの皇女が皇位継承した日には今まで大人しくしていた不届き者共が謀事合戦を始め、そのとばっちりを受ける者も多数出るであろう。皇女ももちろん、無事ではすまぬ。」

 

これにスレインは反論できず、ザーツバルム卿は続ける。

 

「わかったであろう?皇族というだけで逃れることは出来ぬ。一思いに死なせてやるのが情けであろう。

 

まあ、それはいい。余は貴様に問う。余と共に戦の根絶された世界をつかむか?ダー(YES)か?ニエット(NO)か?」

 

これにスレインは答えることができず、ザーツバルム卿は息をついて続けた。

 

「すぐには決められぬか?ならば仕方あるまい、決戦までは時間があろう。それまでに答えを決めておくことだ。」

 

食事の後、スレインはザーツバルム卿揚陸城の貴賓室に軟禁され、数日を過ごすこととなった。

 

 

 

 時と場所を移し、デューカリオンが入港した、地球連合ロシア本部。

 

デューカリオンは地球連合極東方面軍で極秘開発されていたため、連合本部は最初、ヴァース帝国の新兵器と勘違いしたほどであった。

 

そのデューカリオンを降りた鞠戸大尉は本部の食堂で、エデルリッゾとアセイラム皇女に以前の埋め合わせをしようと貯めていた『キャッシュ』を使って二人にご馳走していた。

 

このキャッシュとは、地球連合が有事の際に物流、経済を『戦争に適したもの』に統制し、その決済に使われるもので、いわゆる地球連合版の『軍票』である。

 

民間人の給料も連合軍勢力下であればキャッシュに統一され、配給品以外の物を購入するのはキャッシュでなければならない。

 

エデルリッゾの前にあるのは城のようなパフェ、アセイラム皇女も勧められ、せっかくだからとストロベリーパフェを頼んだ。

 

「こ、このようなものでこのエデルリッゾ、ば、ばいしゅーされたりなど・・・」

 

「エデルリッゾ、人の厚意は無下にするものではありませんよ?」

 

エデルリッゾは見たこともないスイーツに警戒心をあらわにしながらも餌を前に『待て』をされたイヌのようになっている。

 

「ホラ、ウチのクソガキがこの前、チビちゃんの歯、折ったろ?そのワビだ。」

 

「ほ、ホントにハムハムこれムグムグ、エデルリッゾがモシャモシャ食してもモグモグ」

 

「もう食べてますわ、そして話すか食べるかどちらかにしなさいな。」

 

すでにエデルリッゾは敬愛する皇女の注意も聞いていないほどパフェに夢中だ。

 

「で、姫サン?少ししてから停戦を呼びかける演説だっけか?」

 

「ええ、ここでは申せませんが、すでに黒幕が言い逃れできない証拠も押さえてあるとのことです。」

 

「そうか・・・」

 

鞠戸大尉は歯切れの悪い返事をする。

 

「何か問題でも?」

 

「どうも引っ掛かるんだよなぁ・・・イヤな予感がするっつーかな。あぁ、ヤメヤメ!考えてもわかんねぇこと考えてもムダムダ!」

 

鞠戸大尉はそう言って自分の前にあるカツカレー(特大)をかきこみはじめる。

 

彼は大食漢であり、配給品ではまったく足りず、今まで我慢していたのを解放するような

勢いでカツカレーを平らげる。

 

「オバちゃん、もう一杯!!」

 

「あいよ、20キャッシュね。(日本円換算約2000円)」

 

 

 

 そんな会食がなされているころ、本部の面会室前で、伊奈帆が戸を開けようとしては戸惑っていた。

 

デューカリオンでは営倉そのものが急ごしらえで、好きに面会できるという杜撰な管理体制であったが、本部は面会するにも許可が必要、さに専用の面会室で憲兵監視の元、さらに内容も記録するのである。

 

なお、デューカリオンが人手不足かつ管理が甘かっただけで、こちらが本来正しいのは言うまでもない。

 

さておき、伊奈帆はノブに手を伸ばしては引くを繰り返す、まるで今から好きな先輩に告白に行く女生徒のような戸惑いぶりである。

 

「伊奈帆!今どきそんなの女の子でもやんないわよ!!」

 

「伊奈帆くん、ファイト!」

 

伊奈帆に付き添っているのは韻子とニーナ、二人とも蛍と伊奈帆のことが心配でついてきたのである。

 

「・・・ごめん。」

 

伊奈帆は踵を返して韻子とニーナの間を抜けると、韻子とニーナはため息をついて、韻子は伊奈帆の後を追い、ニーナは先に面会室に入る。

 

「よ、クライン。ん?網文達は?」

 

「伊奈帆くんが逃げちゃって、韻子はそっちに行っちゃったの。」

 

「・・・そうか。」

 

蛍はばつが悪そうに目をそらし、その後ろに立っている憲兵が二人に面会の上での規約を告げる。

 

「時間は決められているから、残りの二人は許可を取り直すように。」

 

「へいへい。すまねぇな、クライン。メンドクセーんだよ、本部は。」

 

「あはは・・・なんだか昔の刑事ドラマみたいだね、この面会室。」

 

「うっせ!それより、界塚のヤツ、どうしてる?」

 

蛍は先の、伊奈帆が逃げたというのを気にしてそう尋ねると、ニーナは自分の見たままを話した。

 

「ホラ、デューカリオンで・・・その、あの次の日からずっと、伊奈帆くんの様子おかしかったの。わたしにもわかるくらい落ち込んでたし・・・韻子の話だと蛍くんとケンカしたみたいとか言ってたけど、何があったの?」

 

ニーナの質問に蛍も肩を落として答える。

 

「ケンカなんて大層なもんじゃねぇよ。俺が一方的に界塚のヤツに当たり散らした、ただそんだけだ。」

 

「・・・こっちも重症だね、呼び方も変わっちゃってるし。」

 

「・・・ッ!?も、もともと俺は名字呼びだろ!?」

 

「伊奈帆くんだけ『ナオの字』だったよね?」

 

指摘されて顔を真っ赤にした蛍に、ニーナは続ける。

 

「いじけてる伊奈帆くんも伊奈帆くんだけど、蛍くんだって意地張っても仕方ないでしょ?」

 

「意地張ってるってなんだよそれ!?」

 

「張ってるでしょ?全部自分が悪い、伊奈帆くんはトバっちりに合っただけ!みたいに。そうだったら、伊奈帆くんもあんなに落ち込まないよ。」

 

ニーナがそう言うと、憲兵が無慈悲に面会時間の終了を告げる。

 

「・・・時間だ。」

 

「もう?とにかくね、伊奈帆くんともちゃんと話して。きっと大丈夫だから!」

 

憲兵に連れられて行く蛍の後ろからニーナがそういうと、蛍は背を向けたまま親指を立てて答え、それを見たニーナも面会室を出る。

 

 

 

 一方、面会室から逃げ出した伊奈帆は、途中で鉢合わせたカームと食堂に来ていた。

 

演説の準備を始める時間になってアセイラム皇女とエデルリッゾが離席した後も鞠戸大尉は食事を続けており、伊奈帆とカームも彼に食事を奢ってもらうことになった。

 

「ほら、遠慮すんな。メシ食えば気も晴れるってもんだ!」

 

鞠戸大尉は十品目にあたる特盛チキンステーキを完食してそう言った。

 

伊奈帆は蛍との喧嘩のあとからずっと食が細くなっており、鞠戸大尉とカームは心配している。

 

「なあ、せっかく教官が奢ってくれるってんだから、食わねぇのも悪いぜ?」

 

「・・・うん。」

 

伊奈帆は目の前のパスタにフォークを指して回し始めるが、いつまでも回しているだけでいっこうに食べようとはしない。

 

「重症だな、コイツは。ガキのケンカに親が出るもんじゃねぇけどよ、ここまでとなっちゃ話が別だぜ?」

 

「ケンカなんてものじゃないですよ。僕がずっと、知らず知らずのうちに蛍のこと、バカにしてたのが限界超えちゃっただけです。」

 

「知らず知らずのうちにって、そんなの気にする方がおかしいだろ?じゃあ聞くぜ?何でそう思うんだ?」

 

伊奈帆はそう聞かれるとついライエのことを言いそうになって口をつぐみ、ライエに行きつく話をぼかして語る。

 

「僕が、蛍がずっと秘密にしてたことを、逃げ場がないようにして問い詰めたから・・・みんながみんな、僕じゃないって・・・」

 

これを横で聞いていたカームが伊奈帆の肩を叩きながら、

 

「あのな、ンなの当たり前だろ?そも、み~んなオマエみたいなのだったらこえぇよ。」

 

と、はげます。

 

そしてそんな二人を見る鞠戸大尉は十一皿目の特盛ラーメンをすすって、伊奈帆の悩みに答える。

 

「ま、よかったんじゃね?お前と蛍のヤツ、どうも仲がいいっつうか、お互い嫌われねぇようにって気ィ使いまくってるみてぇだったしよ。」

 

伊奈帆は鞠戸大尉の言を聞いて首をかしげる。

 

「わかってねぇな、さては。いいか?ケンカなんて両方の言い分が正しい、少なくとも本人はそう思ってるから起こるんだ。お前ら見てっと、きっかけはお前の言うとおりなんだろうけど、続いてんのはどうも『悪いのは俺、アイツは悪くねぇ』って、ワケのわかんねぇ理由なんだよな。そんなことなら、目ぇ見て話し合やぁ終わるんだよ。」

 

伊奈帆にとって鞠戸大尉のアドバイスは目から鱗であった、そのような考え方はしたことがないからだ。

 

「それにな、ケンカなんざできるのはガキの特権だ、大人になるとしがらみが多すぎてケンカなんざしてらんねぇんだからよ。」

 

そう言うと鞠戸大尉はスープをどんぶりから直接飲み干し、次に何を頼むか考え始める。

 

「それにしてもよく入りますね。」

 

「新芦原出てここまでガマンしてたんだ、構わねぇだろ?」

 

「教官、フードファイターじゃねぇんですから・・・」

 

三人がそんな話をしていると、食堂のテレビがアセイラム皇女を映す。

 

軌道騎士に停戦を呼びかける演説が始まったのだ。

 

自分の無事、地球連合に保護されていること、ザーツバルム卿とその配下が新芦原事件の黒幕であることを宣言し、その証拠となる影武者の遺した録音データ、ライエのもたらした通信データが流される。

 

「軌道騎士の皆さん、真にヴァースに忠誠を誓うのでしたら即座にこの無意味な戦争を中止し、逆賊、ザーツバルムとその一味を拘束することを命じます!!」

 

アセイラム皇女の演説はこれで締めくくられ、それを食堂で聞いていた鞠戸大尉、伊奈帆は『イヤな予感』が最高潮に高まった。

 

「・・・なあ、界塚弟、俺達、何か見落としてねぇか?」

 

「奇遇ですね、僕も同じことを聞こうかと思ってました。」

 

「ん?何のこった?」

 

理解できていないカームが二人にそう尋ねると、二人は確認するようにしながらカームに説明し始める。

 

「まずね、アセイラム皇女が生きてたってのは向こうにとってはアクシデントでいいよね?」

 

「そりゃそうだろ?じゃなけりゃ、姫さんがこんな演説するわけねぇし。」

 

カームの答えに、今度は鞠戸大尉が続ける。

 

「そこで一つ、気になんのが、ザーツバルムとやらは、これを今、聞いてんだよな?そうじゃなくても、界塚弟の話だと種子島のパイロットは明らかに姫サンが生きてるのを知ってたワケだよな?今まで、何してたんだろうな?」

 

「えっと・・・見つけられなかったとか?」

 

「または、あえて泳がせていた・・・とか、考えられねぇか?」

 

カームが何の気なしに言った言葉で鞠戸大尉、そして伊奈帆は同じ結論に至った。

 

「・・・メシ食ってる場合じゃねぇ!!」

 

鞠戸大尉がそう叫ぶと、伊奈帆を探していた韻子が走ってきた。

 

「見つけた!もう、何やって・・・」

 

韻子が文句を言おうとした瞬間、連合本部を大地震のような振動が襲った。

 

 

 

 アセイラム皇女の演説がなされていたころ、衛星軌道上、ロシア上空に位置していたザーツバルム卿の揚陸城で、いまだに自分の身の振り方を決められないでいたスレインはザーツバルム卿に連れられ、白いカタフラクトの前に立たされていた。

 

「これは・・・」

 

「クルーテオのカタフラクト、『タルシス』だ。好きに使うがよい。」

 

手枷もつけられずにここまで案内されたスレインは、いよいよ答えを出さねばならないと焦燥にかられる。

 

「・・・ここで答えを聞くつもりはない、今、答えるとしたら『ダー』しかないのだからな。そのようなもの、あてにならぬ。」

 

そう言ってザーツバルム卿は格納庫に背を向け、立ち去っていく。

 

「・・・逃げないのですか?」

 

スレインがザーツバルム卿の背に向かってそう尋ねると、悪びれる様子もなくザーツバルム卿は答える。

 

「なぜ逃げねばならぬ?この演説は月基地を経由せねば火星にも、そして他の軌道騎士にも伝わらぬ。そして月基地は余の同士、何の問題もない。むしろ、今までつかめなかった連合本部の位置がわかったのだから、感謝すらしたいほどだ。」

 

目を見開くスレインに、ザーツバルム卿は背を向けたまま続けた。

 

「これより、我が揚陸城を降下させ、地球連合本部を強襲する。こちらとてタダではすまぬだろう。スレインよ、余につくことを期待しておるぞ。」

 

立ち尽くすスレインを残して指揮所に移ったザーツバルム卿は揚陸城全体に激を飛ばした。

 

「これより決戦である!!アルドノアを独占し、火星の民草に塗炭の苦しみを味わわせた者の一人を討ち取る!!そして取り尽くせぬ資源に恵まれたこの星を我が物とし、返す刃で火星の老いぼれた皇帝を討つ!!我が同士達よ、戦無き世界までもうしばらくだ!!降下開始!!目標、地球連合本部!!」

 

この間も皇女の演説はむなしく続いており、終わるのを見計らったかのようなタイミングで揚陸城は連合本部の地上部分を貫き、陸戦部隊を展開したのであった。




書き終わって思いましたが、自警団の『コ~ロ~セ』のくだり、怖いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。