【A/Z】蛍へ~銃と花束を~   作:Yーミタカ

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第十話 友との確執

 営倉で対面した蛍とライエは、マグバレッジ大佐とニーナが営倉を出たあと、お互いに会話の糸口を探せずにいた。

 

まず蛍は、ライエが食料泥棒などという微罪で営倉に入れられたなどと考えていない。

 

蛍からすれば、そもそも彼女は軍属ですらないのだから、営倉に入れるというのもおかしな話なのである。

 

そしてライエは少しでも話すのを恐れていた。

 

蛍がアセイラム皇女に言ったことは彼を目の前にして何度もライエの頭の中でこだまする。

 

何を話しても拒絶されるのではないかという不安がライエの心に充満しているのだ。

 

「・・・なぁ?」

 

沈黙に耐えかねた蛍がまず口を開いた。

 

「・・・何?」

 

「お前さ、ホントは何を・・・まさか、あの事!?」

 

蛍はライエとの『秘密』がバレたのかと想像したが、ライエは首を横に振る。

 

「違うわ、別件よ。・・・そうね、多分あの人はあたしの口から言うようにってことで伏せたのね。ちょっと長くなるけどいい?」

 

「ああ、かまわねぇよ。」

 

蛍がそう言うとライエは静かに話し始めた。

 

「結論から言うとね、あんたと同じよ。」

 

「あの姫さんに銃向けたってか?」

 

「そう。お父さまの残したお仕事を片付けて、お父さまのところに行こうと思ってね。」

 

ライエの覚悟を聞いて、自分の甘えを痛感した蛍は同時にライエの素性に思い当たる節を見つける。

 

「親父さんの仕事が姫さん殺すことって、じゃあお前、『憂星防衛軍』とかいうとこの?」

 

蛍は普段、まったくニュースの類いを見ないため避難民や兵士が話しているのを聞いただけだ。

 

蛍の問いかけにライエは首を横に振る。

 

「違うわ。元締めは同じだけどね。」

 

「元締め?」

 

「ザーツバルム侯爵よ。」

 

「誰だ、それ?」

 

「ヴァース帝国軌道騎士団長よ。」

 

「・・・つまり、お前はスパイの類いってことか?」

 

やっと理解した蛍に、ライエは首肯する。

 

「お父さまがそうだったのよ。だから半分・・・火星人・・・」

 

ライエはそう言いながら身構える。

 

蛍は『いい火星人なんてのはくたばった火星人だけだ』と叫んでいたのだ、よくて悪罵される、悪ければ物が飛んでくるだろうと考えたのだ。

 

「そっか・・・お前も大変だったんだな。」

 

しかし蛍の口から出たのはライエの身の上を想う言葉で、ライエはあっけにとられる。

 

「意外ね。てっきり鉄格子破ってこの首折りにくるかと思ったけど?」

 

「俺は人間だぜぇ?鉄格子を素手で破れるわけねぇだろ?」

 

少しおどけた調子で蛍は答え、咳払いする。

 

「まぁ、やらかす前の俺が聞いたら、お前が女だとか関係なくぶん殴ったかもしれねぇよ。けどな、オッサンにボコられてからコッチ、いろいろあってよ・・・どんだけ俺が甘ったれのバカヤローだったか思い知ったってワケさ。」

 

鞠戸大尉に加減されながら叩きのめされ、マグバレッジ大佐に説教を食らい、ニーナに醜態をさらした彼は、猫に失礼だが例えるなら猫がケンカで背中の毛を逆立たせて自分を大きく見せるようなみっともないやり方で自分を強く見せる必要を感じなくなっていた。

 

グループ内で最も非力と思っていたニーナにすら負ける自分の弱さを直視できたのだ。

 

「いい火星人は死んだ火星人だけとか言ってたのに?」

 

「・・・あの場にいたのか、もしかして?」

 

ライエがうなずくのを見て蛍は頭をかく。

 

「その・・・な。謝ってすむ話じゃねぇとは思うけどよ。それしかできねぇ、悪かった。」

 

「・・・まあ、いいわよ。あたしに直接言ったでなし、何かされたわけでもないし。」

 

そんな会話をしながら蛍は、ライエの話した素性から、以前感じた、ライエと会った記憶について一つ、思い当たった。

 

「なぁ、お前の親父さんよ、最後に会ったときケガとかしてなかったか?顔とか、アバラとか。」

 

「顔はまだしも、何でろっ骨折ったのまで知ってるの?・・・ん、マリト流?もしかしてお父さまが言ってた学生って!!」

 

「やっぱり!あん時の!!」

 

蛍が新芦原事件の日に取り逃がした不審者・・・彼はライエの父親だったのだ。

 

「じゃあ、あの時お父さまがあんなケガをしてたのは・・・」

 

「しゃーねぇだろ!?俺だって殺されかけたんだからよぉ!!」

 

「はぁ・・・別に怒ってないわよ、そっちも仕事だったんだから。」

 

「・・・すまん。あ、じゃあコイツらは返しといたほうがいいな。」

 

蛍はライエと話しながら、新芦原事件当日の『戦利品』を服から取り出した。

 

まずは布で巻いて太ももに帯びているコンバットナイフを取り、床を滑らせてライエの営倉の前に送る。

 

「これ・・・お父さまの?」

 

「あぁ。しっかしこの艦の管理、ちょっと問題あるよな。」

 

蛍は主に自分の回りで起こっている武器の管理の甘さにそうグチる。

 

作戦完了後にキチンと銃器を回収しない、営倉送りの際にボディチェックを徹底しないなど。

 

「アンタがそれを言う?」

 

「まぁ、今回ばっかはお前に親父さんの遺品を渡せるんだからありがてぇけどな。」

 

そう言った蛍は、ポケットからもう一つの戦利品、電源が落ちたスマホを、ナイフと同じように床を滑らせてライエの営倉の前に送った。

 

「そいつにお前と親父さんの写真が待受に入ってたんだ。」

 

「ありがとう・・・そしてグッジョブよ、蛍。これ、ただのスマホじゃないのよ。」

 

「そうなのか?いや、バッテリー切れてるから、ただのスマホじゃなくても・・・?」

 

ライエがそのスマホをいじると、バッテリーが切れていたはずのスマホが光を放っていた。

 

仮にバッテリーが残っていたとしても、何日も充電していないのだ、つくはずがない。

 

「充電無しで二月は使えるマルチツールよ。見た目はスマホだけど、人相照会に射撃管制、集音マイクに望遠鏡、ロックピックその他何でもござれのね。持ち主じゃない人間が持ったら、一定の操作をしないと電源がつかなくなるセキュリティロックがかかるのよ。」

 

「スパイツールだったのか、それ?ま、何にせよ電源が入って良かったな。」

 

「ええ・・・これで、ザーツバルムのヤツに一泡ふかせてやれる、戦争どころじゃなくなるわよ。」

 

蛍はあくまでライエに父親の形見を返そうとしただけなのだが、ライエはその中身にも興味があった。

 

ツールの中身は皇女暗殺の時の証拠もさることながら、軌道騎士とのやり取りの記録もある。

 

公開されれば事件に関わっていた軌道騎士達は言い逃れできない。

 

戦争継続はまず不可能になることだろう。

 

 

 

 そんな話をしていた二人の元に客が訪れる。

 

「ちょっといいかな?」

 

「・・・界塚?」

 

営倉に入ってきたのは伊奈帆であった。

 

蛍の呼び方に伊奈帆は少し表情を暗くし、蛍の入っている牢の前に立つ。

 

「・・・少し確認したいことがあったんだ。新芦原のことでね。」

 

「ん?今さら何を?」

 

蛍がそう尋ねると、伊奈帆は手帳代わりのスマホを出した。

 

「この人、覚えてるよね?」

 

スマホに写された写真を見て蛍は顔をしかめる。

 

新芦原で蛍とライエがゲリラ戦で仕留めたニロケラスのパイロット、トリルラン卿の死体であったのだ。

 

「・・・そいつがどうしたんだ?」

 

「自殺したって話だったよね?」

 

「そぉだよ、で?」

 

伊奈帆はスマホを操作し、トリルラン卿の足の写真を表示させる。

 

「これ、片方は後ろから撃たれてるけど、片方は前から撃たれてるよね?どうして?」

 

「あ?あぁ、それな。俺の射撃の評価は知ってるだろ?弾倉が空になるまで連射したんだ。そしたら後ろから当たったあと、よろけた時に前から当たったんだよ。」

 

この発言におかしなところはないと判断したらしい伊奈帆は次の写真を見せる。

 

「それじゃ次。あのパイロット、右手の指は親指と小指を残して全部跳んでたけど、君が撃ったからで間違いないね?」

 

「あぁ。何だよ、俺だってそんな至近距離じゃ外さねぇぞ?」

 

蛍はただ答えているが、伊奈帆の後ろでライエは震えている。

 

「確認だよ、確認。それでね、このパイロットは自殺したって言ってたけど、どうやって?」

 

「そりゃ、こうやって・・・!!」

 

蛍は墓穴を掘ったと直感した。

 

伊奈帆はそれを見逃さず追い打つ。

 

「そう、『右手で銃を持ってこめかみに当てて頭を撃った』んだね?」

 

「そ、そっか、忘れてた、俺から見たら右手だから、左手だ、左手!!」

 

そう言った蛍に伊奈帆はまた別の写真を見せ、

 

「左手はこのとおり、血が手のひら全体にベッタリついて、僕が触ったときも乾いていなかった。そして銃はこのとおり、血がほとんどついていない。そして・・・」

 

焦る蛍に伊奈帆はとどめになる写真を見せた。

 

「コレ。弾痕は右眉の上あたりの額。そしてこの弾痕、まわりが焦げてない。こうなるのは離れたところから撃った時だよ。ねえ、もう一度聞くけど、どうやって撃ったの?」

 

「う、撃つ瞬間は見てねぇんだ!!」

 

「それはない、今までの君の発言からして間違いなく死ぬ瞬間を見てる。これが最後だよ、『どうやって』撃ったの?」

 

もはや言い逃れができないと察した蛍は自棄気味に叫ぶ。

 

「あぁ!そぉだよ!!界塚伊奈帆の名推理のとおりさ!俺だよ、俺が撃ったんだよ!!これでいいか!?」

 

「もうやめてよ!!」

 

伊奈帆の後ろからライエが叫ぶ。

 

「もういいわよ、たぶんソイツ、わかった上で言ってるわ。」

 

「わかってるって何を?」

 

伊奈帆はライエの方を向いてそう尋ねる。

 

「バ!?よせ!!」

 

蛍も伊奈帆をごまかしきれるとは思っていない、しかし自白さえしなければどうにかなると、淡い希望を持っていた。

 

「あの男を撃ったのは・・・あたしよ!!」

 

とうとう、ライエはそう叫んだ。

 

 

 

 新芦原でニロケラスから脱出したトリルラン卿は、脱出ポッドとなったコクピットから出て、周囲をうかがいながら逃げようとしていた。

 

そんなトリルラン卿を見つけた蛍は足を狙ってガバメントの弾丸を全て撃つ。

 

これが左足を後ろから、よろけて振り向いた時に右足を前から撃ち抜いたのだ。

 

「お見事。」

 

パチッ、パチッと、ライエが気だるそうに、弾倉を替えて初弾を装填する蛍に拍手する。

 

「いや、奇跡だ、当たったぜ。」

 

「バ~カ、誉めてないわよ、このくらいの距離なら一発で当てなさいって言ってるのよ。」

 

ライエは肩を落とす蛍に先行してトリルランの元へ走る。

 

「グ・・・この!!」

 

ライエを見たトリルランは彼女にピストルを向けるが、その素振りを見た蛍がライエを追い越し、トリルランの銃を持つ手に触れるほどの距離から発砲し、トリルランの右手の指は親指と小指を残して全部吹き飛んだ。

 

「グ・・・あああぁぁぁ・・・ゆ、指があああぁぁぁ・・・」

 

声にならない声を出すトリルランを見ながら蛍はライエに銃を渡した。

 

「お前がやれよ。」

 

「・・・え?」

 

「親父さんの仇、討つんだろ?」

 

「・・・ありがとう。」

 

ライエは幽鬼のようにフラッとトリルラン卿の前に立つ。

 

「ネズミめぇ・・・このようなことが・・・許されると・・・この、裏」

 

パァンという銃声と共に、何かを言いかけたトリルラン卿の頭に風穴が空いた。

 

ライエは返り血を浴び、パーカーに血がついた。

 

「マズッたな、血がついてたら疑われるぜ・・・」

 

「アンタも、シャツ。」

 

「あ、ホントだ・・・仕方ねぇ、どうせ服も濡れてるんだ、脱げ。」

 

蛍が何も考えずにそう言ってライエは顔を赤くする。

 

「バ、バカ!!脱げってアンタの目の前で!?」

 

「それもそうか、ワリィ、ほら、これ。向こう向いてるからよ。」

 

蛍は濡れかたが比較的マシなブレザーをライエに渡し、背を向けるとシャツを脱いだ。

 

ライエもパーカーを脱ぎ、血が染みてないか念のため確認するため下に着ていたシャツと下着も外して蛍のブレザーを着た。

 

「いいわよ。」

 

ライエがそう言って振り向いた蛍は、ライエが素肌に自分のブレザーを着ているのを見て目をそらす。

 

「中もビショビショだったからね。そのシャツ、一緒に燃やすから、何か火がつけられるものがあったら貸して?」

 

「ポケットにライターが入ってるだろ?それとタバコも頼む。」

 

ライエは蛍が言うとおりライターとタバコを取り、タバコを蛍に渡すが、タバコは水に濡れて全滅しており、投げ捨てる。

 

この後、ライエは蛍のシャツと自分のパーカーを燃やし、伊奈帆達が来ると蛍は伊奈帆達に見つかりやすいところまで行って、それを伊奈帆達が見つけたのだ。

 

 

 

「あとはアンタも見たでしょ?」

 

ライエは新芦原でのトリルラン卿の死の真相を、要点をかいつまんで伊奈帆に話した。

 

「うん、助かったよ。ありがと、話してくれて。」

 

「待てよ!そいつは正気じゃないんだ!!そいつが言ってんのはデタラメだ!!」

 

「やめてよ!アンタのそういうとこホント大キライ!!」

 

蛍とライエは互いを庇うように口論するという珍しいことをする。

 

「二人とも、そこまで。蛍、君の証言があんなじゃ、その庇い方、意味ないよ?」

 

完全に真実が伊奈帆に伝わってしまった今、言葉は意味をなさない。

 

「安心して、ライエさんは今さら殺人の一件が増えても変わらないし、僕はこの件を口外するつもりはないよ。そもそも、証拠も無いしね。」

 

伊奈帆に他意はなかった。

 

ただ事実を並べただけだった。

 

しかし、タイミングがあまりにも悪すぎた。

 

「界塚・・・界塚!!」

 

蛍は鉄格子越しに伊奈帆の肩をつかみ、振り向かせると胸ぐらをつかんでにらみ付ける。

 

「テメェ、そんなに人を追いつめて楽しいのかよ!?あぁ!?」

 

「ぼ、僕は別にそんなつもりは・・・」

 

伊奈帆は本当に真実・・・蛍が新芦原でトリルラン卿を撃ったわけではないということを確認したかっただけであった。

 

しかし、期せずしてライエを追いつめ、心の傷をえぐっていたのだ。

 

「オゥオゥ、お利口さんな優等生の界塚伊奈帆サマならどうってこたぁねぇんだろうけどよぉ、世の中みんなお前ばっかじゃねぇんだよ!!」

 

蛍の言い分は支離滅裂だ、しかし伊奈帆からすれば、親友から自分の嫌いな部分をなじられている、それは伊奈帆にとって耐えがたいものであった。

 

「僕は・・・僕は・・・」

 

「黙れ!!」

 

蛍は伊奈帆を突飛ばし、伊奈帆はしりもちをつく。

 

「出てけよ!!もうお前なんか親友(ダチ)じゃねぇ!!」

 

蛍はそう怒鳴ると牢の奥に引っ込み、伊奈帆は逃げるように営倉を出ていった。

 

「あのさ・・・あたしはアンタ達の関係、よく知らないけど、さっきのはないんじゃない?」

 

「うっせ・・・ほっとけよ。」

 

ライエの問いかけに返ってくる声は鼻にかかった声である。

 

「・・・後悔するくらいなら言わなきゃいいのに。」

 

これに蛍は何も答えず、毛布にこもったのであった。

 

一方、営倉から逃げ出した伊奈帆は、外で韻子とぶつかる。

 

「伊奈帆、どうしたの!?」

 

いつものように伊奈帆は無表情なのだが、そのまま涙を流すという器用な悲しみ方をしていたのだ。

 

「・・・ちょっとね・・・友達、一人なくしちゃってさ。」

 

「蛍ね、さては・・・」

 

韻子は伊奈帆を、以前自分がされたように肩に抱き、涙を隠す。

 

「伊奈帆もさ、こういうこと、あるんだね。」

 

「韻子、僕のこと何だと思ってたの?」

 

「う~ん・・・ロボットかサイボーグ?」

 

「ひどいな・・・僕は人間だよ。」

 

一つの問題が解決したかと思えば、艦全体には影響ないがまた新たな問題を抱えたデューカリオンは一路、連合軍本部を目指して空を行く。




今回、短いですが、新芦原での二人の行動、そして蛍の爆発を主軸に書いてみました。

そして、伊奈帆が泣く時ってきっと、無表情のまま涙を流すんだろうなと。

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