【A/Z】蛍へ~銃と花束を~   作:Yーミタカ

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少し時系列がわかりにくいので補足します。

鞠戸大尉に蛍がのされた後から始まって、ライエの事件後までです。


第九話 空っぽな憎しみ

 春の暖かい日が射し込む校舎で、蛍はプレハブの校舎から校庭を眺めてボーッとしている。

 

『あ?確か俺、火星人ブッ殺すっつうサイコーの仕事やってたんだけどな・・・』

 

窓に写る自分の姿は小学生ほどと幼い。

 

『あ、夢かコレ。つーことは・・・』

 

蛍にとっては思い出したくもない時期のものだ。

 

「オイ、宿里!!」

 

「な、なに?」

 

自分の意思と関係なく言葉が出る。

 

夢だとわかっているが、夢の中の自分は思い通りに動かないようである。

 

目の前には同級生が三人、全員に週刊紙の黒い目張りのようなものがかかっており、顔の判別はできない。

 

「おまえ、孤児院育ちってホントか?」

 

「そ、そうだけど・・・」

 

「お~い、聞いたか~?コイツ、オレたちに養ってもらってるクズだってよ~!」

 

ゲラゲラと、目の前の少年達は笑いだす。

 

「そんなクズには一人で掃除をやってもらいま~す!ま、当然だよな?オレたちが養ってやってんだからよ?」

 

夢の中の蛍は泣いているだけで反論しない。

 

「あ?なんだその目は?あ、そうだ、イイコト教えてやろっか?オレのとーちゃんさぁ、でっかい会社の社長でさ~、エライ人たちにい~っぱい友達がいるんだ~。その人たちにお願いしたら、オマエの孤児院なんかいっぱつでなくなっちゃうよな~。じゃあな、手ぇ抜くなよ?」

 

言うだけ言って少年達はプレハブ校舎を出る。

 

そして同じ学校に通っていた同じ施設の子供達も、見て見ぬふりをし、手伝いもせずに帰っていく。

 

抵抗も許されず、暴力を振るわれ、パシリにされる日々が中学にあがるまで続いたのだ。

 

 転機は不意に訪れた。

 

夢の場面は中学の『転機』まで時間が進む。

 

蛍を的にしていた連中は中学にあがると不良グループを金で抱き込み、自分たちの手は汚さずに気に入らない者を攻撃させるようになった。

 

もっとも、自分たちの『オモチャ』である蛍は直接手を下し、悦に入っていたのだが。

 

「そういや聞いたか?コイツのオヤジ、種子島でくたばったんだってよ。」

 

「は?種子島っつうと戦争前に逃げ出してエンジェル・フォールに巻き込まれた腰抜け連隊がいたとこだろ?」

 

「ま、そのガキならこんなヘタレでもしかたねぇよな?あ?ンだその目は?ヤんのか?ヤ・・・ヘブッ!?」

 

父親を侮辱された蛍は完全にタガが外れた。

 

一番立場の低い取り巻きを力いっぱい殴り飛ばし、吹き飛んだ取り巻きは廊下を転がり壁に叩きつけられると、蛍は追撃のトーキックを顔に叩きつけた。

 

「テメェ、チョーシ乗ってンじゃねぇぞ!オレはなぁ、ボクシング習ってっからな、オマエなんか一発で殺せるぞ!?あ゛!?」

 

二人目、ボディーガード役の取り巻きはファイティングポーズを取ってパンチを繰り出すが蛍はそれを額で受け止め、相手の手の骨が砕けた。

 

痛がる取り巻きの足に蛍は素人タックルで組つくと引っこ抜くように持ち上げ、そのまま背後に投げ捨て、取り巻きは頭から廊下に叩きつけられ、気を失った。

 

「オ、オイ!こんなことして、タダですむと・・・アグッ!?」

 

リーダーが言い終わるより早く、蛍はリーダーの急所を蹴りあげた。

 

たまらずうずくまるリーダーに、蛍は怒りの形相で告げる。

 

「なぁ、いいこと教えてやろうか?何でお前を最後に残したか・・・一番時間をかけていたぶり尽くすためだよ!!」

 

蛍はサッカーボールキックでリーダーを壁まで蹴っていき、追いつめると何度も、これまでの恨みを晴らすかのようにヤクザキックで蹴り、踏みつけるを繰り返す。

 

「た・・・頼む・・・もうやめ・・・謝る・・・今までのことも・・・」

 

血ダルマになって泣きながら命乞いをするリーダーに、蛍は渾身の蹴りを叩き込んだ。

 

『この時だよな、俺、案外強いんじゃねって思ったのは。』

 

 しかし、話はこれで終わらなかった。

 

リーダーは親に泣きつくのと同時に、不良グループにも蛍への復讐を依頼したのだ。

 

その数、中学全体におよび、呼び出しを食らった蛍を100人近い不良生徒が待ち受けた。

 

「逃げずによくキタな・・・って、逃げたぞ!!」

 

蛍はきびすを返し、囲まれるより早く逃げ出した。

 

不良達が彼を追いかけると、彼は工事現場に逃げ込んだ。

 

その頃はどこも復興中で、瓦礫の山が至るところにあり、一度中に入ると見つけ出すのは至難である。

 

「ったく・・・やっかいなトコ入りやがって・・・」

 

蛍が待ち伏せている廃材の山の真下を通る不良達がそう言うと、蛍は山を崩した。

 

「う、うわあああ!!!」

 

廃材の下敷きになる不良達。

 

蛍はその後、闇討、罠の連発で不良達を壊滅させ、最後に残った番長を拉致した。

 

気絶させられていた番長が目を覚ますと、彼は鎖で椅子に縛られ、鼻は洗濯挟みで挟まれて潰されていた。

 

蛍は赤いポリ缶に入った液体を番長の下半身にかけ、足元に撒く。

 

「な、なんだよ、何のマネだコラ!?」

 

番長は暴れるが、液体の正体に思い当たり暴れるのをやめる。

 

万一、火花でも出たら命がないと考えたのだ。

 

「ま、まさか・・・ガソリンか、コレ?や、やめろよ、オマエも前科(マエ)なんざ欲しくねぇだろ?」

 

蛍は無言のまま、導火線がわりの液体を長く撒く。

 

「わ、わかった、オレの弟分にならねぇか?カネもアンパン(シンナー)もヤクも、そうだ、オンナも好き放題だぜ?」

 

蛍はやはり耳を貸さず、番長のポケットから拝借したジッポを見て、火のつけ方を確認する。

 

「や、やめろ、そうか、わかったオレが舎弟になる、番もくれてやる、だから、バカなマネは・・・」

 

とうとう蛍はジッポに火を付け、それを液体の上に投げて離れる。

 

「よせえええぇぇぇ!!!」

 

番長が再び意識を手放すとジッポは液体の上に落ち、火が消えた。

 

番長がガソリンと勘違いしていた液体はただの水だったのである。

 

九死に一生を得た番長であったが、蛍が後に聞いた噂ではグループ内で完全に立場を失い、グループそのものも分裂して中学は戦国乱世状態になったとのことである。

 

そして余談であるが、蛍を的にしていた同級生達はリーダーの父親が贈賄で逮捕され、会社も乗っ取られてしまい、もともと金でまとまっていたような彼らは空中分解したあと、一人一人が的にされたとのことであった。

 

『さすがにやりすぎたかぁ、あの時は。ただ、確信したんだよな、あの噂聞いて。弱けりゃ何やられても文句言えねぇってよ。』

 

なぜ噂かというと、蛍はその一件の後、施設に戻らず学校にも通わず、町で暮らし始めたのだ。

 

廃屋をねぐらにし、町で誰彼構わず喧嘩をしては財布を奪い、ねぐらまで仕返しに来た者を返り討ちにしてはねぐらを転々とし続けたのだ。

 

気がついた頃には県境を越えたがそんなことを彼は気にしなかった。

 

奪った金で酒を飲み、好きなものを食い、好きなタバコを吸い、気に入った女を取っ替え引っ替えして一年ほどをすごした。

 

彼がやったことの中で妙に頭に残っているのは、ある時偶然、目についた黒い車に強盗を仕掛けたら、乗っていた者達は大して金を持っておらず、誘拐されたとおぼしき少女が顔に麻袋をかぶされて、下半身は逃走防止のため下着だけで、後ろ手に手錠をかけられていたのである。

 

その少女に、男達から奪った携帯電話で助けを呼ばせて蛍は退散した。

 

期せずして人助けをし、その上本来の目的は大したことなかったというのを、笑い話のように覚えているのだ。

 

『考えてみたらあの時、嬢ちゃんを家まで連れていったら謝礼くれぇせびれたんじゃね?なんてな。そんなカネにゃ興味ねぇ。』

 

そんな日々は、ある日のケンカで止めに入った警察を殴ったことで公務執行妨害で捕まり、終わりを告げたのであった。

 

施設に連絡が行くが、面倒事を嫌った施設は蛍を退所扱いにしており、親戚もいなかった蛍の前に現れたのが鞠戸大尉だったのである。

 

 

 

「親父!ク・・・イツツ・・・」

 

惨めな想いをした幼い日から、初めて鞠戸大尉に会った時までの夢から覚めた蛍は全身の苦痛に顔を歪ませる。

 

痛む右手を正面に突き出し、グー、パーと動かす。折れている気配は無い。

 

「・・・加減されてたのかよ、クソ!」

 

そう言った蛍は、凛としてよく通る声の人物に話しかけられる。

 

「夢でお会いしたお父様は何とおっしゃっていましたか?」

 

蛍が声のした方に顔だけ向けると、鉄格子の向こうにマグバレッジ大佐が立っていた。

 

蛍は寝言を聞かれていたことを恥じ、赤面する。

 

「・・・俺、何でこんなトコ入れられてるんすか?」

 

話題を変えるのと同時に、蛍は自分が営倉に入れられている理由を尋ねる。

 

「まさか覚えていないのですか?貴方は民間人に対する殺人未遂でここに勾留されているのですよ?」

 

民間人に対する殺人未遂と言われ、アセイラム皇女に銃を向けたことを思い出す。

 

「・・・火星人駆除しようとしたのの何が問題なんすか?」

 

「貴方ねえ、アセイラム皇女は当艦で保護した『民間人』です。そんな彼女に、殺意を明確に表意し、銃を向けたのですよ?」

 

「だから、火星人はそういう名前の生き物で・・・」

 

「いい加減にしなさい。」

 

低く押さえたマグバレッジ大佐の声に蛍はたじろぐ。

 

「すでに調書は取っております。無論、あなたが火星を憎む動機も存じています。実のお父様のことはお気の毒でしたね。」

 

「アンタに何がわかるんだよ!?」

 

「やはりこちらが地ですか・・・ネコを被るのはなかなかお上手なようで。」

 

「話、反らしてんじゃねぇよ!!」

 

「・・・ジョン=ヒュームレイ准尉。」

 

マグバレッジ大佐が語った名前は蛍も知っている。

 

種子島レポートに出てくる、鞠戸大尉の戦車小隊にいた下士官で、鞠戸大尉とは士官候補、下士官養成の違いはあれど士官学校での同期であり、親友であった男だ。

 

彼は種子島での戦いにおいて、敵カタフラクトの攻撃で炎上した戦車に取り残され、最も苦しむと言われる焼死を避けるため鞠戸大尉に拳銃による介錯を頼んだ。

 

この時の血の臭いが鞠戸大尉にはいくら洗おうとも取れないものになったのである。

 

「あの准尉が何か?」

 

「私の兄です。私は唯一の肉親であった兄を失った後、今の両親に引き取られました。その時にファミリーネームが『マグバレッジ』に変わったのです。」

 

「そぉいや、オッサンと種子島でもめてたな・・・じゃ、アンタも同じってワケか?」

 

「違います。そもそも、種子島でのことは、お互いの誤解ですから、もめたわけではないのですよ。」

 

蛍は自分とまったく同じ境遇と思って同意を得ようとしたが、即座に切って捨てられる。

 

種子島でマグバレッジ大佐が鞠戸大尉に詰め寄ったのは、鞠戸大尉が保身のために『M少尉』であることを隠したものだと思ってのことで、実際には、鞠戸大尉は隠してなどおらず、単にマグバレッジ大佐が読んだ物に名前がなかっただけの話であったとわかり、和解している。

 

そして、もめていたように見えたのは、マグバレッジ大佐がヒュームレイ准尉の思い出話を鞠戸大尉から聞いて涙していたからだ。

 

「私も聖人君子ではありませんから、大尉や火星に一切含みがないとは言いませんし、あなたにも一切憎むなと言うのは無理な話でしょう。ですが、当時生まれていないか、生まれたばかりであった皇女に何の関係があるのですか?」

 

「ンなもん、親のやったこたぁ・・・」

 

「そんなことを言い出せば、子々孫々まで、どちらかが根絶やしになるまで続きますよ?」

 

マグバレッジ大佐は蛍の、『親の因果が子に報い』的な屁理屈に反論すると、蛍はよけいに頭に血を昇らせる。

 

「じゃあ火星人を根絶やしにすりゃいいじゃねえか!?」

 

「・・・あなた、我々のお仕事を勘違いしてませんか?」

 

感情的な蛍と対称的にマグバレッジ大佐は淡々と反論する。

 

「だから、火星人をぶっ殺すこ」

 

「根本的なところから違います。前にもお話したでしょう?我々の仕事は『殺すこと』ではありません。『戦うこと』です。」

 

マグバレッジ大佐は以前話した時と同じことを蛍に告げた。

 

「戦争というのは昔の貴族や諸侯の決闘のようなものです。話し合いで決着がつかず、互いに剣を取る。そのような決闘において我々は物言わぬ剣に過ぎません。剣が持ち主の意志を離れて相手に切りかかりますか?」

 

「・・・そりゃそうだけどよ、持ち主が相手を殺したけりゃ・・・」

 

「そのようにお考えでしたら早急に退役なさい。そして政治家になって、地球連合が火星を根絶やすようにしてごらんなさいな。そうなれば私も、従わざるをえませんわ。」

 

マグバレッジ大佐が言っているのは事の善悪、正義がどちらにあるかではない、制度の問題なのだ。

 

近代国家では実態はどうあれ、

 

国民→政府→軍隊

 

の順で統制される。

 

国民・・・この場合は地球人が『どんな犠牲が出ても構わない、刺し違えてでも火星人を皆殺しにし、火星を焼き尽くせ』という意図を込めて選出した政治家が、そのための舵取りをすれば軍隊は逆らうわけにはいかない。

 

当然だがそのようなことを地球連合で責任ある人物が発言すれば間違いなく首が飛ぶのは蛍にも理解できる。

 

「・・・じゃあ、俺のこのムカつきはどうすりゃいいんだよ!!」

 

「どうしてもおさまらないのでしたら、勝手に火星に行って無差別殺人でもどうぞ。現に何年か前に自作ロケットを用い、地球連合、火星の監視網をかいくぐって火星へ密航した科学者がいたと聞きますから、不可能ではないでしょう。ですが・・・あなたはそこまでしてでも火星人を皆殺しにしたいとお考えですか?」

 

マグバレッジ大佐の問いに、蛍は少し言いよどみ、

 

「・・・あたりめぇだろ。」

 

と、弱々しく答えた。

 

「ふ~ん・・・わかりましたわ。」

 

マグバレッジ大佐はそう言って蛍に背を向けると、

 

「あなたは火星との戦争で亡くなったお父様の仇を討ちたいのではなく、全てをお父様のせいにして、火星に八つ当りをしているだけです。」

 

と、言い残して営倉をあとにした。蛍はそんな背中を見送り、ふて寝を決め込んだのであった。

 

 

 

 窓も時計も無い営倉では時間の感覚がなくなり、眠気と食事の時間で計るしかない。

 

深く眠って起き、朝食を食べた、食器を片付けられてしばらくたったため、朝の10時頃と蛍が予想をつける時間に、営倉に人が入る気配がする。

 

「蛍くん、体、大丈夫?」

 

入ってきた者がそう尋ねてくる。

 

声の主はニーナであった。

 

蛍は毛布をかぶっているため二人は互いの様子がうかがえない。

 

声からして心配して来たのは蛍にもわかったが、そんな彼女の行動が蛍の胸を締め付ける。

 

「・・・あぁ、ヘーキだ。」

 

「よかった・・・あのさ、わたしも大丈夫だし、カームも、もういいからって言ってたから・・・ここ出たら皇女さま達にもちゃんと謝って、前みたいに・・・ね?」

 

ニーナの言葉に蛍は自分でも抑えられないようなどす黒い感情が胸を満たすのを感じる。

 

「・・・ぶっ放したタマは戻ってこねぇよ・・・」

 

蛍はニーナに聞こえないようにボソッとつぶやいた。

 

そして、蛍の中の黒い感情は一つの像を形作る。

 

「・・・てぇ・・・」

 

「え?どうしたの?」

 

「胸が・・・グ・・・」

 

苦しむような声を聞いたニーナは顔を青くし、慌て始める。

 

「た、たいへん!!耶ヶ頼先生呼ばないと!!」

 

「いや、医者はいらねぇ・・・しばらくすりゃ、治るからよぉ・・・」

 

「でも!!」

 

蛍の声はとても大丈夫そうには聞こえない。

 

しかし耶ヶ頼先生を呼ぶのは嫌がっている。

 

そんな蛍にニーナは、自分で何か出来ることはないかと考え、営倉の外にある書類を入れるための三段引き出しを開けた。

 

中には営倉の鍵束が入っている。それを使ってニーナは蛍の営倉の中に入り、彼の横に駆け寄った。

 

「お医者さんじゃないけど、わたしも教練で応急処置講習受けてるから、見せ・・・ッ!?--!!ッ!!」

 

ニーナの視界が反転する。

 

彼女が状況を理解するのにしばし要した。

 

固い床を背にして、両腕を万歳するように頭の上で、両手首を万力のような力の左手一つで押さえられ、口を塞がれている。

 

塞いでいるものは彼女の口の中に侵入し、彼女の舌に絡みつく。

 

状況を理解したニーナは目を白黒させ、自分を押さえつけているものをどかせようとしたが叶わない。

 

単純な体重差でも二倍前後あり、とても押し退けられる重さではない。

 

力の差も、彼女の二倍前後の体重のほとんどを筋肉が占めている相手とは歴然としており、何より問題であったのは口を塞いでいるものだ。

 

キスの経験もない彼女にとって、いわゆるディープキスは完全に思考を奪っていた。

 

口が離れるとニーナは相手に抗議する。

 

「蛍くん!?何するの!?」

 

「何ってなァ、わかんねぇってこたぁないだろ?」

 

「・・・騙したんだ・・・でも、ここを出ても皇女さまにヒドイことするのはもうムリだよ?だから・・・」

 

両目に涙を浮かべたニーナがそう言うと、蛍は自由な方の手でニーナの着ているカーディガンとブラウス、そしてその下に着けていたキャミソールを捲りあげた。

 

岩のような体をした蛍とは正反対の、年頃の少女らしい、程よい肉付きの身体がさらされ、ニーナは羞恥で顔を紅潮させる。

 

「火星人のことより自分の心配したらどうだ?」

 

「や、やめてよ、ダメだよ、こんなこと・・・」

 

「あの艦長、俺を銃殺刑にする気だ、どうせ死ぬなら最期くらいいいだろ?ヤらせてくれてもよぉ!」

 

蛍はニーナの胸からお腹の上と、手を滑らせるように撫でながら、スカートの中で下着に手をかけようとしたところでニーナが小さくつぶやいた。

 

「ウソでしょ・・・」

 

これを聞いて蛍は手を止める。

 

「ハッ、オマエラがカンチガイしてただけだろ?前、言ったろ?ホントに血も涙もねぇヤツは人死にを喜ぶようなヤツだって、アレな、俺のことなんだよ・・・これで火星人を好き放題にぶっ殺せるってなぁ!」

 

蛍が以前、オコジョの死を聞かされた時、そして新芦原が隕石爆撃で消滅した時に感じたのは『高揚感』だったのだ。

 

これで火星人を殺す大義名分ができたと、たかぶっていた自分に戸惑っていたのだ。

 

「ちがう、蛍くんはそんな人じゃない・・・」

 

「何言ってやがんだ?俺は元々、こういうサイテーの野郎だよ!」

 

「ホントにヒドい人だったら、そんなの自分で考えたりしないんでしょ?」

 

かつて蛍がニーナに言ったことだ。

 

本物の悪人は自分で『悪いことをしている、考えている』などと考えない、考えても無視する。

 

そうするのはいわゆる良心が無い、または非常に弱いからだ。

 

「それに・・・蛍くんさ、気づいてないかもしれないけど、泣いてるよ?」

 

そう言ったニーナの顔は慈愛に満ちていた。蛍がとっさに両手で目元に触れる。

 

彼は本当に涙を流していた。

 

 

 

かつて、自分を虐げた者達を叩きのめした時、不良グループを壊滅させた時、町で喧嘩に明け暮れていた日々、奪った金で酒を飲み、好きなものを食い、タバコを吸い、女を取っ替え引っ替えしていたとき・・・

 

全てで彼の心は悲鳴をあげていた。

 

酒に酔えず、何を食っても一時の快楽しか得られず、タバコも何の味もしなかった。

 

女も、中には客観的に見て目の前のニーナより目鼻立ちもプロポーションもいい者を抱いたこともあったが、やはり一時の快楽しか得られなかった。

 

力で自分より強い者をねじ伏せても残るのは虚無感だけ、ねじ伏せた瞬間、相手は強者でなく、ただの弱者になってしまうのだから。

 

彼が町で暮らしていた時、やらなかったことが二つある。

 

一つは徒党を組んでの悪事、もう一つは強姦。

 

両方とも、明らかに自分より弱い者を狙うことだ。

 

彼は強さを求め、そのために力を渇望し、かつての生活も全て、自分の力を確認することを一番の目的としていたからこそ、弱い者は狙わないようにしていた。

 

しかし、本当の強者がわざわざ力を確認するようなことをするだろうか。

 

答えは否、弱者こそ自分の小さな力を誇示し、周囲に不快感を撒き散らす。

 

かつて、彼を的にかけた者のように。

 

違いなど、『自分より弱いと考えた者』を狙うか否かである。

 

それについてもニーナを襲おうとした時点で、蛍は連中と同じ場所まで堕ちたと言っても過言ではない。

 

それを本能的に感じたからこそ、蛍は涙を流したのだ。

 

「やめろ、やめろ!!・・・ムグ!?」

 

錯乱した彼の顔に、暖かく、柔らかいものが押し当てられた。

 

ニーナが、取り乱した蛍の頭を自分の胸に抱いたのだ。

 

ニーナの呼吸に合わせて上下する胸に、蛍にも聞こえてくるような強い心音は、かつて好き放題していたころには決して味わえなかった『安らぎ』、そして不思議な心地よさを彼に与えた。

 

「大丈夫だよ・・・大丈夫だから・・・」

 

ニーナは蛍の後ろ頭を撫でながら、優しく語りかける。

 

そんなニーナの胸に顔を埋めたまま蛍は嗚咽を漏らしながら泣き続けた。

 

この二人のうち、どちらが『強い』だろうか。

 

力で敵わぬ相手にすら決して媚びず、それどころか相手の心の傷を優しく受け止めたニーナだろう。

 

 

 

 しばらくして落ち着いた蛍に、ニーナは膝枕して横にならせた。

 

「すまなかったな、怖ぇ思いさせて。挙げ句にあんなみっともねぇトコ・・・」

 

「いいよ、気にしてないから。それに、伊奈帆くんも知らなそうな蛍くんが見れたしね。」

 

「やめろよぉ、恥ずかしい・・・」

 

先の空気はどこへやら、二人はほのぼのと話していた。

 

これがどこまでも続いていそうな青空と木々に囲まれた野原ならば最高なのだが、残念ながら二人がいるのは殺風景な軍艦の中、それも営倉の鉄格子の中である。

 

「そぉいやぁよ、何でお前、こんなに俺にからんでくるんだ?俺みたいなヤツ、嫌いそうなんだけどな・・・」

 

蛍は以前から思っていたことをニーナに尋ねる。

 

蛍の経験則では、蛍もあまり興味がないが、ニーナのようないわゆる『いいトコ育ち』にはとかく敬遠される。

 

「・・・やっぱり覚えてないんだ。わたしたち、高校入るより前に会ったことあるんだよ?」

 

ニーナは蛍と会ったときのことを話し始める。

 

 

 

 ニーナが中学の二年に上がったばかりのころ、彼女は誘拐事件にあった。

 

下校中、韻子と別れてすぐ、突然猿ぐつわを噛まされて頭から麻袋を被せられ、車に押し込まれた。

 

車の中で後ろ手に手錠をかけられ、逃走防止のためスカートを破り取られ、彼女は恐怖に震えていた。

 

しばらくして急に車が止まったかと思うと辺りが怒号と車に何かがぶつかる音で騒がしくなり、静かになると麻袋を取られた。

 

その時、目の前にいたのが蛍だったのだ。

 

「・・・見た感じ、誘拐か?」

 

蛍がそう尋ねてくるとニーナは何度も強く首を縦に振り、声が出せなくとも必死で助けを求める。

 

「わかった、ホラ、猿ぐつわ外してやる。で、手錠か・・・参ったな、コイツらから探してたらいつになるか・・・仕方ねぇな。」

 

蛍は気絶した誘拐犯の一人から携帯電話を抜き取り、警察に電話をかけた。

 

「警察にかけた、ただ、俺のことは黙っててくれよ?」

 

ニーナは蛍の手で耳元に当てられた電話がつながると、ただ一言だけを叫んだ。

 

「た、たすけて、たすけて!!」

 

これに電話の向こうではただ事じゃないと察し、GPSで位置を確認した警察が現場にかけつけると、気を失って彼ら自身の服で縛られた誘拐犯達と、車の中で後ろ手に手錠をかけられたニーナが残されていた。

 

なお、この犯行は素人にしてはニーナをさらうときの手際が良すぎる面と、反対に通りすがりのチンピラから車上強盗にあい、全員がのされるなどというアンバランスさから、捜査が難航した。

 

犯人達の証言によると彼らは雇われただけで、『手際の良い部分』は指示通り動いたと言っていて、彼らは依頼者の顔すら知らなかった。

 

ニーナも騒がしくなったあと静かになり、麻袋と猿ぐつわを外そうと暴れていたら偶然外れ、車外の惨状を見て動転しながら近くに落ちていた携帯電話のボタンをあごで押してかけたと証言し、蛍のことは伏せた。

 

これではいるかいないかもわからない依頼者までたどり着けるはずもなく、犯人達が突発的にニーナを誘拐したということで事件の幕は降りたのであった。

 

 

 

「・・・あったなぁ、つーか、小学生かと思ってたぜ、あの時。」

 

「ひっど~い!そんな子供っぽかった!?」

 

これは当時の蛍が関わった女が歳上か、同い年でも大人っぽい者ばかりであったため平均がずれていたということもある。

 

「わたしは一目でわかったけどな~、あのとき助けてくれた人だって。」

 

「それに助けたんじゃねぇ、カツアゲしようとしたら偶然だ。」

 

これはニーナも、高校で蛍と再会してしばらくすると気づいていた。

 

しかし、蛍と一緒にいるようになったのは、その事件はきっかけにすぎない。

 

「わかってたよ。けど、ホントにそれだけだったら、警察呼んだり、口のだけでも縛ってるの取ってくれたりしなかったよね。」

 

ニーナがそう言うと蛍は目をそらす。

 

「蛍くんって、格好とか顔は怖いけど、ホントはとっても優しい人だって知ってるよ。伊奈帆くんは絶対、わかってるし、韻子も、カームくんも、死んじゃったオコジョくんもね。艦長さんにも、みんなで許してってお願いするから、そしたら元通りだよ!」

 

「だから、元には戻せねぇんだよ。ぶっ放したタマは戻ってこねぇ。あんだけやらかした手前、お前達がいいって言っても俺が納得できねぇよ。」

 

「戻せなくてもさ、新しく作り直すことはできるよ。わたし、蛍くんの赤ちゃんだったら、産んでもいいし、そしたら、わたしの『いい人』って、みんなと・・・」

 

「!?待て、待て待て!!今、聞き捨てならねぇこと言ったぞ!?」

 

蛍はニーナの膝の上から飛び起き、ニーナと向かい合って座る。

 

「お前、まさかとは思うが妊娠してんのか?」

 

蛍はまず、ニーナがすでに妊娠していて、その父親役を自分に押し付けようとしていると考えてそう尋ねる。

 

「わかんないよ、そんなの。でも、もしかするとさっき、できちゃったかもしれないし・・・」

 

「いや、シてねぇだろ?できるわけねぇよ。」

 

ニーナの返答に蛍は余計、混乱する。

 

たしかに彼は先ほど、『そういった行為』を無理やりニーナにしようとしたが、未遂に終わっている。

 

「あ、もしかして蛍くん、赤ちゃんはコウノトリさんが運んでくるとか思ってるの?いくらなんでも、それって子供っぽすぎると思うな~」

 

「ンなわけねぇだろ!つか、お前こそどうやったらデキるか、わかってんのか?」

 

蛍は少し頭を抱えながらニーナに尋ねる。

 

「強がらなくてもいいのに。コホン、いい、蛍くん、赤ちゃんはね、好きあってる男の人と女の子がキスしたら出来るんだよ!」

 

これを聞き、蛍は本格的にひどくなってきた頭痛をこらえながら、どうやったら理解するかを考える。

 

「あのな、いいか?まず、子供がどっから出てくるかわかるか?」

 

「当たり前だよ、でも、言うのはちょっと・・・」

 

「言わなくていい!で、口とソコは離れてるよな?」

 

「そうだけど・・・」

 

「あのな、そんな遠い場所が触れたからって何で子供ができるんだ?」

 

「それは~何でだろ?」

 

蛍はこれまで、ニーナが自分よりはるかに頭がいいと考えていたが、下方修正することになった。

 

それでも、自分より頭がいいのは変わらないのだが。

 

「あとは網文にでも聞いてくれ・・・」

 

さすがに直接教えるのははばかられた蛍がそう言うと、彼の腹の虫が鳴く。

 

「あれ?蛍くん、もしかしてご飯、食べてなかったの?」

 

「いや、朝は食ったんだけど・・・腹具合からしてもう一時過ぎだな。遅いな、昼メシ・・・」

 

蛍がそう言うとニーナも時間を確認する。

 

「うわ、時間、ぴったし。すごい精度だね・・・わたしもそういえばおなかすいてきたなぁ。」

 

そんな話をしている二人の後ろにただならぬ気配を放つ者が仁王立ちした。

 

「あ・な・た・た・ち?何をなさっているのですか?」

 

ギギギ・・・と、錆びたブリキ人形のように蛍とニーナは振り返る。

 

鉄格子の向こうには、般若のような形相のマグバレッジ大佐が立っていた。

 

「こ、これはわたしが勝手に入っただけで・・・」

 

「ちげーよ、俺が無理言ったんだ!」

 

お互いに自分のせいだと言うが、この件は同罪である。

 

「宿里伍長はこの際ちょうどいいでしょう、お昼ご飯抜き!クライン志願二等兵は始末書の提出!これでよろしいですね?」

 

「は~い・・・」

 

「へい・・・って、ちょうどいいって?」

 

「銀蝿がありましてね、オペレーターをはじめ、数人が昼食抜きになってしまったのですよ。何か不服がありましたら彼女にお願いします。」

 

マグバレッジ大佐はそう言って営倉から出たニーナから鍵を受け取り、蛍の営倉に鍵をかけると一人の少女をはす向かいの営倉に入れた。

 

「え?ライエちゃん?」

 

ニーナが、マグバレッジ大佐によって営倉に入れられた少女を見てそう言った。

 

「アリアーシュ?ギンバイっつーとメシ泥棒だよな?何でまた・・・」

 

蛍も、ライエにしてはあるまじきことに驚く。

 

ご存知のとおり、ギンバイはあくまで罪状の一つで、マグバレッジ大佐は蛍の手前、ライエの素性を伏せたのである。

 

ニーナはライエとも話そうとしたが、マグバレッジ大佐ににらまれてしぶしぶ営倉をあとにし、二つの鉄格子をへだてて蛍とライエが残されたのであった。




ライエが営倉に入るのが、前話の終わった後です。

同じ時間に平行して起こってたことなので。

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