【A/Z】蛍へ~銃と花束を~   作:Yーミタカ

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第一話 新芦原事件

 雲一つ無い晩秋の青空の下、10年前に誘致された航宙船発着場を中心に復興が進む新芦原市の目抜通りを埋め尽くすギャラリーの間を、黒い護衛の車に守られながら、白い要人用車両がゆっくりとパレードしている。

 

そんな車列を、この新芦原市で一つしかない高校、芦原高校の制服を着た大柄な青年が遠目に見ながら紫煙と共に愚痴を吐く。

 

「はぁ・・・やってらんねぇなぁ・・・」

 

そんな彼の後ろから、陽光に輝くブロンドの髪を二つのお下げに結んだ、青年と同じ芦原高校の制服を着た少女が缶コーヒーと紅茶を持って話しかけてきた。

 

「蛍くん、まだ言ってるの?仕方ないでしょ~?学科、赤点だらけで補修三昧なのをいくつか免除してもらうんだから。はい、先生からの差し入れ。」

 

と言いつつ、少女は青年・・・蛍に缶コーヒーを差し出す。

 

「サンキュ、クライン。つってもなぁ、やってらんねぇもんはやってらんねぇんだよ。俺は芦原高校出たら地球連合軍に入るつもりなんだぜ?それが何で、敵の!火星人の!皇女サマの!?パレードの交通整理しなけりゃなんねぇんだよ!?」

 

缶コーヒーを片手にまたタバコを加えようとした蛍から、クラインと呼ばれた少女はタバコを取り上げた。

 

「あ!?コラ、返せ!!」

 

「だ~め!蛍くん、未成年でしょ!?それと、いっつも言ってるけど、ニーナって呼んでよ!」

 

クライン・・・ニーナはそう言いながらタバコの火を消し、灰皿がないため近くのゴミ箱に捨てる。

 

小動物を連想する可愛らしい少女が、熊が服を着て歩いているような大男からタバコを取り上げて捨てるのは第三者から見ればほほえましいものだが、当事者の蛍からすればたまったものではない。

 

「あぁ・・・最後の一本だったのに・・・最近、高ぇんだぞ!!」

 

「いい機会だから禁煙したら?それと、そろそろ休憩終わりだよ。」

 

ニーナは腕時計を見ながらそう言い、蛍は道路脇の時計を見た。

 

「・・・?や、まだ時間あんだろ?」

 

「あの時計なら、昨日の朝からあの時間のまんまだよ?」

 

「壊れてんのかよ、アレ!!親父っさんに言って直してもらっとけよ!!」

 

「う~ん、パパには言っとくけど~、ここ、国道だから多分、管轄が違うんじゃないかな~?」

 

のんびりした口調だがすでに紅茶を飲み干したニーナを見て、蛍はコーヒーを一気飲みする。

 

「ゲホッゲホッ!気管入った・・・気は乗らねえけど、早く行かねえとナオの字のヤツの休憩時間が無くなっちまうしな。」

 

そう言って蛍は、待っていてくれたニーナと共に走っていく。

 

 

 

「火星、ヴァース帝国建国より30年。この度、親善大使としてアセイラム・ヴァース・アリューシア皇女殿下が来日し・・・」

 

「星間戦争より15年、この度の訪問により地球とヴァース帝国の関係は好転に・・・」

 

幅の広い、ガラス張りの覆いがされている歩道橋にてLIVE中継をしている報道関係者を、黒く短いくせっ毛の、小柄であることと顔立ちによって見ようによっては少女にも見える青年が眺めている。

 

彼もまた芦原高校の制服を着ており、隣から覗きこむ、長身で黒髪、ショートヘアの勝ち気な顔立ちの女子も同じく芦原高校の制服を身につけている。

 

「伊奈帆、な~にサボってんのよ!!」

 

「休憩時間。」

 

伊奈帆と呼ばれた青年はタブレット端末に目を落としながら答えた。

 

「いや、まだ蛍とニーナ来てないでしょーが!」

 

「二人が来てないのが悪い。韻子も休んだら?」

 

「そーいうわけにいかないでしょ!?」

 

少女・・・韻子は伊奈帆にコブラツイストをかけながらそう怒り、伊奈帆は無表情のままタップする。

 

「また夫婦喧嘩かよ?熱いね~、お二人さん?」

 

二人をひょうきんそうな顔立ちの男子生徒がからかい、韻子の怒りはその男子生徒に向く。

 

「オ・コ・ジョ~、死にたいみたいね~?」

 

韻子は『インコ』ではなく、ラーテルのような顔をして男子生徒、オコジョにせまる。

 

「や、調子に乗りすぎました、スンマセン・・・」

 

オコジョは韻子に制裁を受ける前に両手を上げる。

 

「お前らも遊んでんなよな、にしても、蛍とニーナ、おせーな。ま、蛍はわからんでないけど。」

 

そう言って一人だけ、面倒くさそうに歩行者の誘導を続ける金髪の男子生徒に韻子が話しかける。

 

「たしかに乗り気じゃなかったみたいだけど・・・やっぱりカームと同じ火星嫌いだから?」

 

「アイツは筋金入りだからなー、まさかエスケープじゃねーよな?」

 

「ワリィ遅れた!!」

 

金髪の男子生徒、カームと韻子が話しているところに蛍が走ってくる。

 

「ちょっと、遅刻よ!!」

 

「すまねぇ、あてにしてた時計がぶっ壊れてたみたいでよぉ・・・あ、ナオの字、何見てんだ?」

 

韻子と話すのはそこそこに、蛍は伊奈帆の方に走っていった。

 

「うへぇ、相変わらず勉強熱心だなぁ・・・頭、ジンマシンできそうなモンをまた・・・これが学年首席の秘訣ってかぁ?」

 

伊奈帆は今、数学の問題集をタブレット端末で解いている。

 

その内容は大学教養課程における内容だ。

 

「これは遊びでやってるだけだから成績には関係ないよ。それより蛍も学科、頑張らないと今の成績のままじゃ士官どころか下士官課程も厳しいよ?」

 

「ハハッ・・・半分成績、わけてくんね?教練の成績やるからよぉ・・・」

 

「それ、等価交換じゃないよ。だいたい教練だって蛍が上なのは歩兵演習と近接格闘だけでしょ?二つだけ学年トップで残りは平均ギリギリだし。」

 

『あくま~おに~』と言いながら蛍は伊奈帆にヘッドロックをかけ、またもや無表情のままタップする伊奈帆。

 

「ねぇ蛍、ニーナは?」

 

「あ?ついてきてなかったか?」

 

「やっとついた~、ひどいよ蛍くん、置いてくなんて~!」

 

人混みをかきわけながらニーナが合流する。

蛍が通るときは通行人が怖がって道を開けていたのだが、そのせいでニーナに気づかず、だんだんと蛍と距離が開いてしまっていたのだ。

 

「もう!蛍、ニーナはアンタみたいな顔面凶器と違ってか弱い女の子なんだから、気づかってあげないとダメでしょ!!」

 

「顔面凶器って何だよ、顔面凶器って!?」

 

「ちょっと、やめてよ~!こんな人がたくさんいるところで~!」

 

「蛍、先生に見られたら追試免除、なくなるかもよ?」

 

口喧嘩を始める韻子と蛍を、ニーナと伊奈帆が止める。

 

「おいお前ら、皇女さま、来たぞ!」

 

オコジョが皆を呼ぶと、ニーナ、韻子は歩道橋の手すりを乗り出し、オコジョは双眼鏡を持ち、その後ろでカーム、蛍は三人を呆れながらながめ、伊奈帆はタブレット端末でスーパーの特売広告を見ている。

 

「お前ら、いつから火星シンパになったんだ?」

 

カームがそう言うと三人はそれぞれ、

 

「美人は別だよ!火星のアセイラム皇女、ニュースとかで見たらすっげぇ美人らしいしよ!」

 

「だってお姫さまだよ~、あこがれちゃうよね~?」

 

「ね~!」

 

と、答える。

 

しかしパレードで使われている皇女の車は要人用の特殊車両。

 

対物ライフルの接射でも貫通できないスモーク防弾ガラスで覆われているため、皇女の姿は見えない。

 

「・・・見えん。」

 

「あたりまえだろ、ありゃ狙撃ライフルどころか対物ライフルも受け付けねえ上に、中に乗ってる人間も見せねえ代物だぜ?そういや蛍、あんなのに乗ってるヤツ相手にどうやって『新芦原事件』なんてやらかすんだ?」

 

カームがそう言うと蛍は苦笑いする。『新芦原事件』の元は先日、蛍達が今日の話をしていた時、蛍が断る理由に使ったのが最初だ。

 

『俺が行ったら大津事件を起こしかねねぇだろ?』

 

この『大津事件』とは、日本が明治に入ったばかりの頃、日本国内で人力車に乗っていたロシア帝国皇太子に警ら中の警察官が何を思ったのか突然斬りかかった事件である。

 

その顛末は歴史的に重要なのだが、ここでは割愛する。

 

これに対し伊奈帆が、

 

『ここは新芦原だから起こったら新芦原事件だ。』

 

と言ったのが最初だ。

 

無論皆、本当に蛍が皇女に斬りかかるなどと思っていない。

 

「あのなぁクラフトマンよぉ、無理に決まってンだろ?あんな装甲車みたいなのに乗ってる人間どーにかしようと思ったら、Gにでも頼まねぇと・・・」

 

クラフトマンとは、カームのファミリーネームである。そんな話をしていると横からニーナが、

 

「『ジー』ってな~に?」

 

と尋ねてくる。

 

「ン?知らねぇのか?漫画に出てくる神業スナイパーだよ。けっこう前、装甲車の針の穴みてぇな急所撃ち抜いてたし、いけるんじゃね?」

 

と、蛍が答えた時、ふと空を見ていた伊奈帆がかけよって、蛍の肩を叩いた。

 

「今すぐここを離れよう。」

 

伊奈帆がそう言うと皆、彼に注目する。

 

「ミサイルが来る。」

 

あまりに突飛な言葉に、カーム、オコジョ、韻子、ニーナは冗談だと思ったが、蛍だけは空を見上げた。ミサイルそのものは見えないが不自然に低い航跡が見える。

 

「ッ!!!耳塞いで伏せろおおおぉぉぉ!!!」

 

蛍が叫ぶと、通行人、見物人は、ある者は驚いて手で耳をふさぎ、あるものは呆然と立ち尽くし、ある者は言われたとおり耳を塞いで伏せる。

 

カーム、オコジョはいつもの教練でついた習性か、すぐに言われたとおりにしたが、ニーナは蛍に近すぎたせいか、大きすぎる声を聞き取れなかったため、おろおろと回りを見回す。

 

伊奈帆はすでにしゃがみこんでおり、しゃがむついでに韻子のマフラーを引っ張って座り込ませた。

 

「(クソッ!!!)」

 

蛍は近くで唯一棒立ちのニーナを地面に押し倒し、その上に覆い被さり、腕を使って後頭部をかばいながら耳をふさぐ。

 

その瞬間、皇女を乗せたリムジンと護衛の車列に、ミサイルの雨が降り注いだ。

 

爆風に驚いた韻子はここに来てやっと耳をふさぎ、

 

「何なのよおおおぉぉぉ!!!」

 

と金切り声を張り上げるが、爆音にかきけされる。

 

「皇女は!?」

 

皇女が乗っている白いリムジンは直撃を免れ、他の車の間を、逃げ惑う通行人、下の道路の警備、交通整理をはね飛ばしながら逃げる。

 

「バカ、頭出すな!!」

 

横目でオコジョが立ち上がったのを見た蛍がそう叫ぶと、爆風で跳ねあげられた車が歩道橋に飛んでくる。オコジョはとっさにしゃがんだため直撃を免れたが、立っていた者やパニックになり逃げ惑っていた者に、歩道橋を覆うガラスが割れ、その破片が散弾のように浴びせられ、命を奪っていく。

 

さらに歩道橋を吊るのに使われていたワイヤーが切れ、処刑鎌のように歩道橋をなぎ、しゃがんでいた伊奈帆達の頭の上30センチほどをかすめ、手すりより頭を高くしていた者達を寸断していく。

 

「や・・・いやあああぁぁぁ!!!」

 

ずるずると、切断された人体が崩れ落ちるのをまともに見てしまった韻子が悲鳴をあげるのと同時に歩道橋が崩落し不快な浮遊感の後、歩道橋にいた者も落ちていく。

 

歩道橋が崩落し、伊奈帆が状況を確認しようと瓦礫の中で立ち上がる。

 

すると、唯一逃げ延びた白いリムジンにとうとうミサイルが直撃し、横転したところであった。リムジンから這い出た白いドレスの少女が空を仰ぎ見ると、最後のミサイルが直撃する。おそらく、死体の欠片すら残さず、ドレスの少女・・・皇女は爆殺された。

 

「伊奈帆・・・何なの、これ・・・」

 

「・・・わからない・・・」

 

伊奈帆が背を向けたまま韻子にそう言うと、

 

「ねえ、伊奈帆・・・無視しないでよぉ・・・」

 

と、弱々しく伊奈帆の肩をつかむ。

 

「韻子?そっか、耳をふさいでなかったな。」

 

振り向いた伊奈帆はスマホで、

 

『大丈夫、爆音で一時的に耳が聞こえてないだけ』

 

と打って見せて、韻子を指差す。

 

二人とも特に怪我はない。

 

カーム、オコジョもかすり傷だけで、ほぼ無傷。

 

そして、蛍とニーナだが、蛍はニーナに覆い被さったまま動いていない。

 

怪我をしたわけではないが、周囲の惨状、地獄絵図をニーナに見せまいとしているのだ。

 

「蛍くん、お~も~い~!!」

 

「クライン、わかったから、目をあけるな、立たせてやるから。」

 

そう言って蛍は立ち上がり、目をつむったニーナを立たせる。

 

しかしニーナはバランスを崩し、とっさに目を開いてしまった。

 

崩落した歩道橋、瓦礫の山に凄惨な死体の数々を見て、ニーナは蛍のもとを離れ瓦礫に手をつく。

 

「う、ウプ・・・おえええぇぇぇ・・・」

 

嘔吐するニーナに、蛍は韻子を頼ろうとするが、耳が聞こえてない韻子の隣で伊奈帆が、『行って』と、ジェスチャーをする。

 

今度はカームとオコジョを見るが、彼らも、『任せた』『頼む』とジェスチャーで返し、仕方なく蛍が介抱に行く。

 

「・・・悪かったな、上着でもかけりゃあよかった。」

 

「・・・ぅえっぷ、蛍くんのせいじゃ・・・ないよ・・・」

 

涙でグシャグシャの顔を蛍に見られまいと、両手で顔を覆い隠すニーナの背を、彼女が落ち着くまで撫で続けたのであった。

 

ニーナが落ち着いた頃、蛍の携帯が鳴った。ディスプレイに表示されている名前は『オッサン』である。

 

「もしもし、オッサ・・・」

 

『蛍!?無事か!?』

 

携帯から発せられた年輩の男の叫び声が蛍の耳を貫く。

 

「怒鳴んなくても聞こえてるッつの!!で、そんだけか?」

 

蛍がそう答えた時、伊奈帆達が集まってくる。

 

「蛍、電話、鞠戸教官から?」

 

「あぁ、そーだ。」

 

電話の相手、鞠戸教官とは、蛍の『保護者』であり、芦原高校の軍事教練教官である。

 

冷戦中の1972年、月にて発見されたハイパーゲートによって火星への道が開かれたことにより火星の開拓が始まり、それから約12年後・・・今から30年前、人類文明誕生よりはるか昔の3万年前の火星に存在したという古代ヴァース帝国の遺物『アルドノア・ドライブ』が発見された。

 

原子力エネルギーはおろか、理論上しか存在しない反物質エネルギーすら凌駕する古代文明の遺産の引き渡し並びに当時の火星調査開拓隊隊長であったドクターレイヴァースの出頭を地球側、主にアメリカやソビエトが要請したが、火星側はそれを拒否し、ドクターレイヴァースは何を考えたのか『ヴァース帝国皇帝』を僭称し、火星全てを『ヴァース帝国領』としたのである。

 

この後、地球側の主要国や火星開拓に投資していた国、ヴァース帝国によって自国民を人質に取られた国がバラバラに行動していたため、とある主要国の迂闊な発言から生まれた『意図的な誤解』によってヴァース帝国は自国の成立を承認させてしまった。

 

この反省から、地球の国々はヴァース帝国並びに地球外生命体との外交、交戦を一括して行うために国際連合を組織変更して地球連合を結成した。

 

地球連合は先の星間戦争で多大な被害を受けた後、軍備拡充のため、加盟国の国民に兵役義務を課しており、国によって違ってくるが中学校卒業、高校卒業後の国民を予備役に編入する。そのため日本でも高卒者を予備役に就かせるために、高校において軍事教練を必修科目としている。

 

『蛍、そこにゃあウチの生徒、何人いる?』

 

「クラインにナオの字、網文(韻子)、クラフトマン、箕国(オコジョ)。俺以外に五人だ。」

 

『そぉか、なら、まずはテメェの身を守れ、それ以外のことは界塚の弟と網文に相談しろ。

(・・・ん?あぁ、ウチのと一緒だってよ。・・・わかった。)

なぁ蛍、わりぃけどこのまま界塚の弟と電話かわってくれるか?』

 

少し電話から離れて鞠戸教官が誰かと話したと思うと伊奈帆に代わるよう言ってきた。

 

「あぁ、わぁったよ、ナオの字、代われってよ。」

 

「教官が?何だろ?」

 

伊奈帆が蛍から携帯を受け取り、応答しようとする。

 

「もしも・・・」

 

『ナオくん!?大丈夫なの!?』

 

しかし、応答するより早く若い女の声が伊奈帆の耳を貫いた。

 

「ユキ姉?怒鳴らなくても聞こえ・・・」

 

『じゃあどうして電話出ないのよ!?心配したのよ!?』

 

電話の相手は界塚ユキ、伊奈帆の姉で、鞠戸教官と同じく芦原高校の軍事教練教官である。

 

「電話?鳴ってないけど・・・」

 

伊奈帆がそう答えると、ニーナ、韻子、カーム、オコジョの携帯がほぼ同時に鳴り始めた。

 

皆、家族からの安否確認電話である。

 

「・・・混線してるんじゃないかな?大変な事になってるし。」

 

『もう・・・とにかく、気をつけてね。』

 

そう言ってユキ姉は鞠戸教官に電話を返した。

 

『っと、界塚弟、お前ならやること、わかってるよな?』

 

「はい、芦原高校生徒は非常時に軍属として扱われます。ですから、これより生存者を集めて、負傷者の応急手当をしながら救助を待ちます。」

 

『あぁ、頼んだぞ。場所はお前達が担当してた歩道橋の近くでいいな?救助隊に連絡しておくぞ。』

 

これに伊奈帆が『はい。』と答えると、鞠戸教官は一言だけ個人的な頼みを伊奈帆に伝えて電話を切った。

 

「みんな、聞こえたと思うけどこれから無事な人たちを集めて救助を待つよ。カームとオコジョは集まった人達についててあげて、韻子とニーナは負傷者の応急手当、僕と蛍は近くの人を集めるよ。」

 

そう言って役割分担を伊奈帆が指示すると、各々、散っていく。

 

カームとオコジョは近くの建物で、事件のショックから身動きできないでいる者達を呼び寄せ、同時に応急手当に使えそうな物をもらい受けるとそれらを韻子、ニーナに渡し、韻子とニーナは負傷者の応急手当をする。そして伊奈帆と蛍は集合場所から離れて、生存者を捜索した。

 

「そ、そこの・・・た、たすけ・・・」

 

伊奈帆と蛍が捜索に出てすぐ、瓦礫の下から声が聞こえてくる。

 

二人が声のした場所を覗き込むと、老人が瓦礫の下敷きになっていた。

 

「ジーさん!すぐ出してやっから安心しな!!」

 

「・・・蛍、この瓦礫なら持ち上げても大丈夫だよ。」

 

「ッしゃあ、ウリャアアアァァァ!!!」

 

蛍は老人の上に覆い被さっていた瓦礫を力ずくでひっくり返した。

 

幸い、老人のいた空洞に蓋をするように瓦礫が覆い被さっていただけだったので老人は軽傷である。

 

「・・・若いのありがとな。」

 

「礼はいい、それより向こうで救助を待ってる連中が集まってる、道なりだから・・・」

 

「蛍、ダメだよ、お爺さんなんだからちゃんと送らないと危ないよ。」

 

「それもそうか・・・」

 

伊奈帆が老人を集合場所まで誘導しようとしたが、老人は首を横に振った。

 

「若いの、他にも助けを待っとる者がおるかもしれん。ワシなら歩ける、気にせんと行ってくれ。」

 

「・・・わかりました、ありがとうございます。」

 

伊奈帆は老人にそう言って頭を下げ、蛍もそれに習って頭を下げた。

 

老人と別れ、二人は呼びかけをしながら生存者を探す。

 

「・・・たい・・・いたいいいぃぃぃ・・・」

 

弱々しい男性の声が聞こえ、その声を頼りに探すと、30代なかばの男が、瓦礫の鉄筋に串刺しになっているのを見つけた。

 

蛍は血相を変えて男にかけより、呼びかける。

 

「大丈夫か、おっさん!?すぐ抜いてやっから、ゼッタイ寝るんじゃねぇぞ!!」

 

蛍が男の体を抱えて無理やり鉄筋から引き抜こうとしたのを、伊奈帆が阻止した。

 

「ナオの字、何しやがんだ!?早くしねぇとこのおっさん、くたばっちまうぜ!?」

 

「蛍、落ち着いて。こんな風に串刺しになってる時、無理に抜いたら傷口がぐちゃぐちゃになって縫えなくなるし、傷口からの出血を防ぐ栓をしてるようなものなんだから抜いたら死んじゃうよ。」

 

伊奈帆はそう言って近くの建物に入ると、塞がったドアを開けたりするのに使う防災用の斧を持って戻ってきた。

 

「本当は電ノコみたいなのがいいんだけどね。蛍、その人が倒れないように、それと鉄筋がぶれないようにおさえてて。」

 

蛍は伊奈帆の指示どおり、まずは腹側の鉄筋を短く切り、ついで男を蛍に抱きつかせて瓦礫に繋がっている鉄筋を切断した。

 

切断している間は蛍が鉄筋を押さえていたが、それでも衝撃が少しは伝わっており、男は声にもならない悲鳴をあげた。

 

「・・・よし、切れたよ。」

 

「了解、すぐ担架に寝かせる。横向きだよな?」

 

「当然。」

 

蛍はあらかじめ用意していた簡単な担架に男を横向きに寝かせ、伊奈帆と共に集合場所へ急ぐ。集合場所に到着すると、先ほどの老人もすでに到着しており、伊奈帆と蛍はあらためて老人に頭を下げると、あとの手当てを韻子とニーナに任せて捜索に戻る。

 

しばらく二人は捜索を続けて何人かの負傷者、生存者を集めた頃、救助が来てもおかしくない時間になったので、蛍と伊奈帆は集合場所に戻り、韻子とニーナの手伝いをしながら救助を待つことにした。

 

蛍はニーナに言われるまま指示された物を取って渡し、ニーナが処置を一手に引き受けている。

 

「蛍くん、包帯と添え木!添え木は30センチのヤツ!」

 

「おうよ、で、押さえとくのか?」

 

「うん、すぐ包帯巻くからお願い。」

 

蛍は、腕を折ったOLに手当てを施すニーナの横顔をずっと見ている。

 

「・・・?蛍くん、手、ずらして。」

 

ニーナが、蛍の手が邪魔になって包帯が巻けないためそう言いながら振り向くと蛍と目が合い、蛍はあわてて手元に視線を戻し、添え木の持ち手を変える。

 

それを見てOLはクスクスと笑う。

 

「若いっていいわねぇ、彼氏さん、ず~っとあなたの顔、見てたわよ!」

 

それを聞いたニーナは顔を真っ赤にして包帯をギュッと強く絞めてしまい、蛍は咳き込み、OLが悲鳴をあげた。

 

「あ、ごめんなさい!!」

 

「い、いいわよ、私も悪かったから・・・」

 

「別に俺達、そーいう関係じゃありませんからね!」

 

蛍がそう言って『二人の関係』を否定すると、ニーナは少し頬をふくらませて手当てを再開した。

 

そんなトラブルが起こったりしたが、二人はてきぱきと手当てを終わらせ、最後の一人を手当てしたところで蛍が遠くをずっと見ているのをニーナが気付いて話しかける。

 

「蛍くん、どうかしたの?」

 

「あ?あぁ、人影が見えてな・・・」

 

「う~ん・・・わたしには見えないけど・・・」

 

「ナオの字のヤツに伝えててくれるか?逃げ遅れみつけたから、連れてくるってよ。」

 

「ちょ、ちょっと、蛍くん!?一人で勝手なことしちゃダメだよ!?って、行っちゃった・・・」

 

蛍はニーナの制止に返答もせずに走っていき、様子がおかしいのに気づいた伊奈帆がニーナに事情を聞きに来る。

 

「ニーナ、蛍は?」

 

「あ、伊奈帆くん、蛍くんが、人影が見えたって、一人で・・・」

 

「もう、蛍ってば・・・探してくるからニーナはカーム達とここにいて。韻子、一緒に来て。」

 

伊奈帆は韻子を連れて蛍を追う。

 

 

 蛍はチラッと見た人影を追って半壊したビルの中に入った。

 

そのビルの中では、明らかに倒壊したあとで誰かが入った形跡があり、蛍はそれをたどって『逃げ遅れとおぼしき者』を追うが、その最中に違和感を感じた。

 

あくまで直感で感じたもので、理由などないが、追っているものがただの逃げ遅れでないのではと感じたのだ。

 

「(普通、こんなことがあったってのに動き回るか?テンパって逃げたにしても、そもそもこんなトコ入るか?)」

 

直感を整理してそう考える蛍だが、結局のところ彼には逃げた者を探しだして理由を聞くことしか考えつかなかった。

 

 

 

「あ、そこのおっさん、危ねッスよ!」

 

しばらくして蛍は、先の人影らしき人物に追い付いた。

 

薄暗いため蛍にはわかりにくいが、その男は濃青のニット帽を深くかぶり、ジャージの上下のような服を着ている。

 

「こっちッス、軍の人が救助に・・・ッ!?」

 

蛍は背筋に寒気を感じ、後ろに飛びのいた。その直後、蛍の首があった場所をナタのように分厚いナイフが空を切る。

 

「な、なにしやがんだ!?」

 

男は黙ったままナイフを持つ手を蛍に向け、彼をにらみつける。

 

その顔はマスクで隠しており、今の状況を考えると間違いなく不審者だ。

 

二人が対峙しているのは、瓦礫が折り重なって作られた部屋のような場所で、足場が悪く、背を向けて逃げることはお互いできない。

 

「(逃げらんねぇな・・・背中見せたら間違いなく殺られる。それは向こうも同じか・・・背中見せたらソッコーで押さえてやる。)」

 

蛍がそう考えていると、不審な男はジリジリと蛍との距離を詰める。

 

彼も蛍と同じことを考えているのだ。

 

蛍は、ズボンの後ろに挟んでいるナイフを抜こうかと考えたが思い止まる。

 

彼のナイフはダガーナイフのようなものだが、あくまで民生品の作業用だ。

 

男が持つナタのようなコンバットナイフと切り結ぶのは、リーチも重さも剛性も不足している。

 

「(コイツでチャンバラは自殺志願だな。なら・・・)くらえ!!」

 

蛍はナイフカバーのボタンを親指だけで外すと抜きざまに体のバネを使って男に投げつけた。

 

男はマスクの下で笑いながら、コンバットナイフで投てきされたナイフを弾く。

 

予告しながら投げたのだから、それに気付いて当然である。

 

男は蛍をただのチンピラと考え気を抜いた。

 

『こんな素人、目をつぶっていても殺せる』

 

とさえ考えたがその瞬間、頭の中で星が舞った。

 

目を白黒させて何が起こったか確認しようとしたが、そのヒマすらなく蛍が一気に踏み込んでくる。

 

コンバットナイフを突き出して蛍を牽制しようとするが、そのために腕を伸ばした結果、開いた右脇腹に衝撃が走った。

 

口の中に血の味が広がり、脇腹の痛みで呼吸もできずに男は膝をつき、蛍はコンバットナイフを取り上げて男を取り押さえる。

 

「ったくよぉ、鞠戸流ナメんなよ!」

 

鞠戸流というのは彼が勝手に言っているだけだが、蛍は格闘術を鞠戸教官から直接教わっているため、芦原高校では三年生でも敵わないほどなのだ。

 

「(・・・!?、!?ッ!?な、何をされた!?)」

 

男は取り押さえられても自分が何をされたか理解できなかった。

 

蛍が何をしたかと言うと、ナイフをわざと気取られるように投げつけ、弾かせた瞬間に落ちていた瓦礫を蹴りつけて男の顔にぶつけ、混乱してナイフを突き出した男の脇腹に後ろ蹴りを叩き込んだのだ。

 

蛍が見る限り、男は肋骨が数本折れている。

 

もはや蛍に何かをできる状態ではない。

 

「さて、さっそくだけどよ、テメェ、何モンだ?」

 

「・・・答えると思っているのか?」

 

「ま、だろう・・・な!!」

 

「ッッッッッツツツ!!!!!!」

 

蛍は爪先で男の右脇腹を軽く蹴った。

 

蛍の予想通り、男の肋骨は6本折れており、男は激痛にのたうちまわろうとするが、蛍が手を押さえているため身動きがとれない。

 

「立場考えろよ、コラ。もう何本か折ってやろうか、あぁ?」

 

「ガハッ・・・フン、オマエ、芦原高校の生徒・・・だな・・・」

 

「だからどうした?」

 

蛍が自分の身分について答えると、男は小さく笑う。

 

「越権行為だぞ・・・あそこの生徒は軍属扱い、どれだけこっちが怪しくても、勝手にこんなことしちまったら処罰されるんじゃないのか?」

 

そう言われた蛍は言葉に詰まる。

 

彼は軍人志望だ、軍属として何か問題を起こすというのが、後に響きかねないと考えた。

 

「・・・クソッ、行けよ。俺はここじゃ誰にも会わなかった。」

 

「フン、ありがとよ。おぉ、イテ・・・」

 

男は脇腹を押さえながら歩いてその場を去る。残された蛍はふと足もとを見て、コンバットナイフとスマートフォンのような機械を拾った。

 

「(貰っとくか、このナイフ。とりあえずさっきのあまりの包帯でグルグル巻きにして・・・このスマホは・・・)」

 

蛍が拾ったスマホは、待ち受けに先の男と、蛍と同年代らしい少女が笑顔で並んで写っていた。

 

赤毛の少女は少し表情が固く、心からの笑顔であろうにどこかぎこちなさを感じさせる。

 

「(この娘、さっきの男の娘か?なかなか美人だな。・・・あ!?)」

 

蛍がその待受を見ていると、スマホの光が消えた。電池切れのようだ。

 

「(やっちまった・・・ま、いいか。)」

 

蛍はスマホもポケットに突っ込んだ。

 

蛍が来た道を戻っていると、途中で伊奈帆、韻子と鉢合わせた。

 

「蛍!ダメじゃない!!勝手に動いちゃ!!」

 

「しゃあねぇだろ!?逃げ遅れみつけたんだからよぉ!!」

 

合流してすぐ蛍と韻子は口喧嘩を始めた。

 

「・・・蛍、その逃げ遅れた人は?」

 

「あ?あぁ、スマン、それがよぉ、俺の勘違いだったよ、悪かったな、むだ足運ばせてよ。」

 

伊奈帆の問いに蛍が答えると、伊奈帆は蛍や韻子にしかわからないくらいの変化だが怪訝な顔をし、蛍の背に冷や汗が流れる。

 

「?どうしたの?」

 

韻子が伊奈帆にそう尋ねるが、伊奈帆は首を横に振った。

 

「なんでもない。それとさ、教官が最後に言ってたんだけど、蛍、スタントプレイするなって。」

 

「・・・ッチ、言いてえことあんなら直接言えっての。」

蛍は腐ってそう答えた。

 

 

 

 事件から数時間後、ヴァース帝国軌道騎士団長ザーツバルム伯爵と名乗る男が、地球全土に向けて電波ジャックを行い、宣戦布告した。

 

『我等ヴァース帝国アセイラム王女殿下の切なる平和への願いは悪辣なる地球の劣等種どもによって無惨にも踏みにじられた!!ことここに至っては、武をもって弔慰を示すのみ!!我が同志、忠勇義烈の軌道騎士達よ、陛下への忠義をいまこそ示すときぞ!!!』

 

後に『新芦原事件』と呼ばれるこの事件を皮切りに、第二次星間戦争が始まってしまった。

 

数多の悲劇の序曲を奏でるように、アルドノア・ドライブの駆動音が地球に鳴り響く。




なるべく一話の区切りは原作と同じ時間になるようにしていきます。

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