ウルトラマンオーブ Another Century's Episode   作:ルシエド

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 オリジンサーガ二話も視聴しました。オーブ本編の過去話、有能で面倒見がよくていい人なジャグラーが楽しいです。
 ガイさんも未熟でよわよわで理想はあっても意志も信念も足りてない感じが初々しい。
 本編の性格をほぼそのままに、本編とは全く違う関係性や振る舞いを物語に組み込んで、オーブの光が何故ガイさんを選んだのか実感できる感じなのがとてもよいです。

 この作品的には、「目の前のものばっか見てるから失敗する」「けれど心で他の人が感じられないものを感じている」という過去ガイさんのキャラ付けが出て来てくれたのが嬉しい誤算です。


堕ちてし後に、光に変わる

 怯えて目を閉じた不良の顔の横を、銀河の拳が通り過ぎた。

 拳は不良に当たらず、頬をかすめて壁に当たる。

 壁の揺れが、直撃しないままに拳の威力を不良の身に染み渡らせていた。

 

「失せろ」

 

「ひっ」

 

 銀河の言葉に、悲鳴を上げて不良が逃げていく。

 周囲に居た不良達もその後に続き、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 

 ここは不良が溜まり場にしている廃ボウリング施設。

 近日、ある学生が不良にリンチを食らった場所でもある。

 その学生が小学校の時、一度だけ銀河と同じクラスだったことがある"知り合い以上友人未満"だったことが、この不良達の運の尽きだった。

 

 銀河は不良の溜まり場に乗り込み、不良を吹き散らされる煙のように蹴散らしていった。

 そこまでなら、いつもの彼らしい行動だ。だが、今日は違うことが一つだけあった。

 不良をボコボコにはしたものの、それは大きな苦痛を与えるだけに留まり、銀河の拳は誰の体も壊してはいなかったのである。

 

 誰も居なくなった施設の片隅で、銀河は返り血の付いていない己の拳を見つめていた。

 

『今度は、誰も壊さなかったな』

 

 ガイが少しからかうような口調で銀河に内から声をかける。

 

「壊すまでは要らねえよ。十分痛みは叩き込んだ」

 

『そうだな。お前に対する恐れは十分に刻まれただろう』

 

 ガイは今の銀河の在り方を全面的に肯定はしない。けれども全て否定もしない。

 彼の喧嘩が、心のどこから生まれる衝動によるものか理解しているからだろう。

 悪を前にして我を忘れることもなく。人を前にして力加減を忘れることもなく。()を手にしてそれを単純な暴力に用いることもなく。

 砂上銀河は、光に導かれ、今までの自分とは違う自分になり始めていた。

 

「……半端になってないだろうか」

 

『ん?』

 

「俺は、半端な奴になってないだろうか。

 半端はダメだ。半端だと悪党が懲りなかったりとロクなことがねえ。

 なあガイさん、正直に言ってくれ。俺は中途半端な行動取ってるようにはなってないか?」

 

『俺から見れば、お前は十二分に極端だ。

 多少は柔軟になった方がいい。過剰な暴力が平和を作ったことなんてないんだ』

 

「そうか」

 

『光あれば闇もある。

 力で解決すべき時も、優しさで解決すべき時もある。

 要はバランスだ。悪ってのは、それぞれ適切な方法で対処しなくちゃな』

 

 悪である怪獣も居る。怪獣が居なくても発生する悪がある。

 裁かなければならない悪も、その人のためにその人の心から消すべき悪も、倒すのではなく止めなければならない悪もある。

 ウルトラマンは正義の味方だ。悪の敵ではない。

 悪の敵の目的は悪を滅ぼすことであり、正義の味方の目的は正しさと義を守ること、そしてその結果として人の幸せと笑顔を守ることにある。

 

 だから正義の味方の方が数段面倒臭い上、何が正解なのか分かりづらいのだ。

 銀河はガイとの会話の中で、うんざりした表情を浮かべる。

 

「面倒臭え」

 

『どう生きるかはお前が決めろ。お前の人生だ』

 

「……」

 

 面倒臭えと言いつつ、別の在り方を模索し、ガイに今の自分がどうであるかを問う。口で言っていることとは裏腹に、彼の心がどちらを向いているのかは明白だった。

 銀河は面倒臭いと言いつつ、あえて面倒臭い道を選んでいる。

 何も考えずに楽な方に流れる気は、微塵も無いようだ。

 

(さて、俺は光を目指して飛ぶ虫か。無謀な飛んで火に入る夏の虫なのか)

 

 ここではない場所に辿り着くか、道半ばで燃え尽きるか。

 どちらかなんて分かりもしない。けれども変わると、進むと、彼は心に決めていた。

 そのために、彼は道すがら適当な売店に入り、あるものを購入していた。

 

『ハーモニカ?』

 

 安物のハーモニカだ。

 シンプルなメロディしか吹けないものだが、出せる音の数はガイが愛用しているハーモニカのそれと全く同じ。

 銀河はハーモニカ片手に、人気のない公園のベンチに座る。

 

「吹き方教えてくれよ、ガイさん。あんたみたいになりたいんだ」

 

『……ったく、バカ正直で呆れちまうな』

 

 初めて顔を合わせた時に、ガイが奏でていたメロディー。

 

 銀河はそれを教わり、ガイはそれを教え、拙い手つきで曲が奏でられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空が割れる。

 異次元を経由して空間移動を行う能力特有の光景だ。

 銀河がガイからハーモニカを習い始めて、半日ほどの時間が経った頃、この異変は現れた。

 

『ギンガ!』

 

「分かってる!」

 

 空の裂け目から今までの怪獣と比べても()()()()存在が現れたのと、銀河の内側でガイがオーブリングを構えたのは、ほぼ同時だった。

 

『ネクサスさん!』

 

《 ウルトラマンネクサス 》

 

『レオさん!』

 

《 ウルトラマンレオ 》

 

『逆境に負けない心、お借りします!』

 

《 フュージョンアップ! ジュネッスシーザー! 》

 

 光の巨人、オーブに変身した二人は、格闘技能・打撃力・防御力において三形態最強の形態を選択。割れた空から現れた敵に、一も二もなく飛び蹴りを放った。

 空から地に落ちる、燃え尽きながら光を放つ流れ星に似た、大地から空へと向かう光の流星。

 その一撃を、空から現れた敵が片手で受け止める。

 

「ぬるい」

 

 それは、『人型に近くなったベムラー』だった。

 凶暴な野生生物という印象が強い出で立ちだったベムラーの姿が、どこか威圧感と危機感を呼び起こす、魔人と呼ぶに相応しい姿へと変わった姿。

 ひと目で分かる。これが――

 

「弱いウルトラマンも増えたものだ。ウルトラマンキングの後継である自覚がまるで無い」

 

 ――これが、キングベムラーだ。

 

「名乗る価値もない相手だが、あえて名乗ろう。我が名はキングベムラー。

 貴様らの祖に倣い、暗黒の皇帝エンペラに敬意を表し、王を名乗る者だ」

 

「うわっ!?」

 

 キングベムラーはオーブの蹴りを受け止めた手で、そのまま大地に向けてオーブを投げ飛ばす。

 それだけでオーブは飛行不可能な速度で落ちて行ってしまうが、キングベムラーはここで更に念力を使用。

 落下していくオーブの体を更に加速させ、小山に叩きつけ、オーブに大ダメージを与えながら小山を一つ潰してみせた。

 

「が、はっ……!」

 

『しっかりしろギンガ!』

 

 ただ叩き落されただけ。

 ただそれだけで、オーブへの変身が解除されかけた。

 何という腕力。何という念力か。並みのウルトラマンであれば、投げ飛ばされて何かにぶつけられただけで死に至るだろう。

 キングベムラーの強さを認識しつつ、銀河とガイは立ち向かう。

 

『「 レオ・シュトローム! 」』

 

 万物を分解する光線が、地上の彼らから空の敵へと放たれた。

 本来ならば格闘攻撃とセットで放たれるはずの必殺光線は、キングベムラーが放ったエネルギー弾の一つと衝突。

 空中で一瞬だけ拮抗し、やがてエネルギー弾に押され、押し切られ、遮二無二跳んでかわしたオーブが数秒前まで居た地点を、キングベムラーのエネルギー弾が消滅させていた。

 

「力押しじゃ無理だ! 能力で攻めるぞガイさん!」

 

『ああ!』

 

《 フュージョンアップ! ヘイトダーティ! 》

 

 オーブはネクサス&レオから、ゼアス&イーヴィルの形態へとチェンジ。

 キングベムラーのエネルギー弾を必死に回避しながら、時間操作の能力で一気に接近、時の流れを遅くしながらの接近戦を仕掛ける。

 

「我自身が出向けば、こんなものか」

 

 だが、ただの一発も入れられないまま、時間操作を行っている最中に、キングベムラーに首を鷲掴みにされてしまっていた。

 

「ぐ、が……!」

 

『なんだ、こいつの強さは……!』

 

 戦闘の才能、戦いのセンスという分野において、銀河は決して弱くはない。

 むしろ強い。べらぼうに強い。何人に囲まれようが喧嘩で負けたことがない彼は、本質的に戦闘が得意な戦闘強者である。弱点は巨人での戦闘経験の薄さくらいのものだ。

 だが、キングベムラーはそんな彼が操るオーブでさえも封殺してみせた。

 その強さは、もはや雲の上と言っていい域にある。

 

 キングベムラーはつまらなそうにオーブを見やり、空間に奇妙な穴を開け、そこにオーブを投げ捨てる。

 無造作なその動きは、まるでゴミを投げ捨てるかのようだった。

 

「!? これは……!?」

 

「世界の裏側、死の世界へと落ちるがいい」

 

 奇妙な穴に落とされて、オーブが消える。

 穴が閉じ、オーブはなおも戻って来ない。

 巨人がやられたことを認識した人々が、街のざわめきを倍加させていた。

 

「我が名はキングベムラー。地球はこの瞬間から、我の物となった」

 

 キングベムラーの声が地球の全ての人に届く。

 音が届かない密閉空間の中の人にも、耳を塞いで何も聞かないようにしている人にも、水の中を泳いでいる人にも、深い眠りの中に居る人にも、平等にその声は届けられてた。

 

「貴様らが選べる道は二つ。滅亡か、隷属か。

 無意味に逆らい無価値に滅びるか?

 我が隷奴となって力の欠片の収集に協力するか? 二つに一つだ」

 

 キングベムラーはこの星の人類が滅びようが滅ぶまいがどうでもいい。

 目的はこの宇宙とこの星に埋没している。こぼれた力の結晶だけだ。

 人間という労働力を確保し、この星をよく知る人間に力の欠片を探させる、という合理的な考えもあるにはあるが、それは人類にとって何の救いにもなりはしない。

 提示された二つの選択肢のどちらを選ぼうが、その先に待っているのは絶望的な未来だけ。誰もがそれを理解していた。

 

「選ぶがいい。24時間の後、我はまたこの場所に現れる。その時こそ返答を聞こう」

 

 ウルトラマンは、もうここには居ない。

 

 居るのは悪魔のような怪獣と、それに怯える人々だけだった。

 

 

 

 

 

 オーブの変身は解除され、銀河は生身で地に足を着ける。

 

「ここ、どこだ?」

 

 ベムラーに落とされた場所は、奇妙な場所だった、

 星など一つもない夜空。人の生活圏には大抵備わっている灯りも見当たらない。と、いうか、『明かり』に類するものが何一つとして見当たらなかった。

 なのに、周囲ははっきりと見える。

 光がないのに周囲が見えるという矛盾が、相当に不気味だった。

 

『無事か?』

 

「ああ。ガイさんも平気そうで何よりだ」

 

 周囲は見えるが、何もない。

 枯れた木や転がる大岩は見えるが、それだけだ。

 あまりにも殺風景なその風景は、どこか墓地を思わせる。

 "世界が死んだらこういう風になるんだろうか"と、銀河は直感的に――感覚的に――思っていた。

 

「とりあえず、元の世界に戻らないと……」

 

「戻ってどうするつもりだ?」

 

「!」

 

 そこで、横合いから声がかけられる。

 周囲には()()()()()()()。銀河はちゃんと確認していた。

 だが、気付けば大岩の上に誰かが居る。見知らぬ男が居る。

 男は余裕を形にしたような笑みを浮かべて、銀河に話しかけてきた。

 

「誰だ、てめえ」

 

「名乗りもしない奴に答える義理はないな」

 

「……砂上銀河」

 

「そうそう、それでいいんだ、お坊ちゃんよ」

 

「……」

 

 銀河の中に苛つきが生まれる。これで悪人認定ができる相手であったなら、即座にぶん殴りに行っているところだ。

 

「お前が名乗ったんだ。俺も相応のことを教えてやろう。ここは死の世界だ」

 

「死の世界?」

 

「亡霊の残滓。捨てられた構成要素。剪定された可能性。

 死者の魂でさえない、死の残り滓が沈殿する宇宙の底だ」

 

 ウルトラマンの力が結晶化し、それをオーブが力として行使しているこの宇宙。

 怪獣や宇宙人の力が結晶化し、それをキングベムラーが狙っているこの宇宙。

 ゆえに、そういった立派なものとして形になることがない、死者や捨てられた心が集う場所もある。それがここなのだ。

 

「キングベムラー……奴は容易に生の世界と死の世界を繋げられる。

 世界境界面に干渉できる絶大な力もあるが、それだけじゃない。

 奴は望めばいつだって、怪獣墓場を手中に収められる器だということだ」

 

『俺達は生きたままここに放り込まれた、ってわけだな』

 

(相手を殺す必要さえない即死技かよ。笑えねえぞガイさん)

 

 ガイの声は、当然ながらこの男には聞こえていない。だが男の声はガイには届いている。

 言うなれば既存世界の裏側、"死後の世界"とでも言うべきここに、オーブは生きたまま放り込まれたというわけだ。

 早く脱出しなければ、死者の波に呑み込まれ、やがていつかは亡者の仲間入りを果たしてしまうことだろう。

 

 考え込むふりをして、心の中でガイと話していた銀河は気付かなかったが、銀河が所持するカードがその時、一枚だけカタリと動いていた。眼前の男だけが、それに気付く。

 

「! そうか、お前は……」

 

「あん? どうした」

 

「いや、なんでもない。面白い奴が来たと思っただけだ」

 

 目下の問題は、この世界からどうやって脱出すればいいのか、という点にあった。

 

「おいあんた、この世界からどうやったら出れるのか知ってるか?」

 

「目を凝らせ。お前なら道標が見えるはずだ」

 

「道標……?」

 

 銀河は目を凝らす。すると、何も見えていなかった場所にぼんやりと何かが見え始め、やがてそれははっきりとした光の紐として彼の目に捉えられた。

 

「なんだこれ。光の紐?」

 

「『想い』だ」

 

「想い?」

 

「神話にもよくあるだろう? 死者を引き戻すのは、生者の強い想いだと」

 

 死者の世界から大切な人を引き戻すという物語は、古今東西どこにでも存在する。

 日本であればイザナギ、国外であればオルフェウス等が有名だろう。

 生者の強い想いこそが、死後の世界から生者の世界へと、その人物を引き上げようとする。

 

「これは生者の誰かから、お前に向けられた強い想いだ。

 想いは生死の壁を越える。想いはお前と生者を結ぶ直線となる。

 生者に向かってそれを辿れば、お前は生者の世界に戻れるってわけだ」

 

「へえ」

 

 こんな粗暴な粗忽者を想ってくれる奇特な誰かが居るのか、と銀河は少し驚いていた。

 疎遠になった家族が今でも想ってくれてたりするんだろうか、と適当に推測してみるも、どうにもその推測に現実感が伴わない。

 

『お前が誰にも想われていなかったなら、このチャンスはなかったわけだ』

 

(そういえばそうだな)

 

 ガイの言葉に、銀河はゾッとする。

 この世界に送られた者が誰にも想われてなかったなら。あるいは、この男のように脱出の方法を教えてくれる誰かが居なかったなら。

 ……その時点で、この世界に送る技は、問答無用の即死技に変貌する。

 ウルトラ兄弟と渡り合うだけあって、キングベムラーはやはり洒落にならない技をいくつも保有しているようだ。

 

 銀河は礼を言おうとして、この男が自分の名前は聞いてきたくせに、いまだ名前さえ名乗っていないことに気が付いた。

 

「あんた、名前は? いい加減名乗れよ」

 

 名を問うと、男は先程と同じ笑みを浮かべて応える。

 

「溝呂木眞也。溝呂木とでも呼びな」

 

 銀河はその笑みを何度も見ている内に、その笑みが余裕を湛えたものではなく、そう見えるように偽装しただけの擦り切れた笑顔であることに気が付いていた。

 

 

 

 

 

 光なき闇の世界、光無くとも全てが見える世界。死の世界を、二人は歩く。

 溝呂木と名乗った男は道案内役ではあったが、帰るための道は銀河にしか見えない光の紐だけが教えてくれており、溝呂木が進むべき道を示すことは一度もなかった。

 生者であるどこかの誰かが、彼を導いている。

 

 その途中、何度も岩場から岩場へと跳び、崖を段階的に飛び越えて行く中で、銀河は不思議なものを目にしていた。

 

「なあ溝呂木さん、あれなんだ?」

 

 それは、光の人型だった。

 人間ではない。けれど、この世界を構成する闇の何かではない。

 光の粘土をこねくり回して、適当に人の形にしたらこうなるだろう、という形。立てば全長は150cmほどだろうか?

 

 光の人型は、膝を抱えて――いわゆる体育座り――崖の中腹に座っている。

 小学生が作る泥人形並みにシンプルな姿をしているそれは、銀河と溝呂木を視界に収めても反応しない。

 まるで置物のように、そこに座ったまま小さな身じろぎもしていなかった。

 

「あれか。あれも俺と同じだ。捨てられたものであり、光に属さなかったものだ」

 

「光……じゃない?」

 

「ややこしいがな。光ってるもの全てが光の勢力に属しているわけじゃない」

 

 ガイは銀河の精神世界で対キングベムラーの策を練っている。

 そのガイがこの解説に何も言っていないということは、溝呂木の言葉に虚偽はないのだろう。虚偽があれば彼はすぐに口を挟むはずだ。

 

「繰り返すが、あれも俺も同じだ。

 本人でもなければ本体でもない。

 亡霊でもなければ生者でもない。

 こぼれ落ちたただの残り滓、世界に()()()()()()だ。

 気にかける必要もなければ助ける必要もない。行くぞ」

 

 溝呂木は銀河を先に進ませようとする。

 銀河は溝呂木の忠告を聞き、その上で無視した。

 少年はポケットからハーモニカを取り出し、口に当てる。

 

「おい、俺の話を聞いていたのか?」

 

「ご高説どうも」

 

 銀河が目を閉じ、触覚と聴覚だけに集中。ガイから習ったメロディを奏でる。

 

 光の人型が顔を上げ、誰にも気付かれぬままに、銀河が所持していたカードの一枚が小さく震えた。

 

『物事の解決手段に暴力ではなく音楽……いい選択じゃないか、ギンガ』

 

 心の中の指導者に適宜指導を受けながら、銀河は拙い腕で音楽を奏でた。

 ガイが好むそのメロディは、光の人型に顔を上げさせ、初めての反応を呼び起こす。

 彼が音楽を奏でたことで、光の人型は初めて銀河の方を見た。

 

 音楽は言語以上にシンプルな、宇宙共通のコミュニケーション手段である。

 地球人よりも進化のステージを進めた者達はそれをよく知っていて、ガイの音楽もまた、その考え方と完全に無縁なものではない。

 

 光の人型は音楽を聞き、銀河の存在に気付き、警戒を解いて歩み寄り、演奏を止めた銀河の左手と手を繋いでいた。

 

「ガキこんな場所に放って行けるかよ、寝覚めが悪い」

 

 音楽一つで『それ』を懐かせ、『それ』を子供と言った銀河に、溝呂木はどこか驚いた様子を見せた。

 

「……そうか。お前にはそれが、子供に見えるのか」

 

「? 子供じゃないのか?」

 

「……いや、子供だ。言われてみりゃ子供だな。

 本体が不要なものとして消した一要素。

 生まれてほどなく捨てられた、悪意すら持たない一要素なんだから」

 

 溝呂木はどこか納得した様子を見せ、銀河は光の人型の手を握りながら、今更ながらに先の自分の行動が軽率だったことを察する。

 

「あーでも、敵とか居るのかこういう世界だと。

 そう考えると俺の行動も迂闊か。悪い、溝呂木さん」

 

「いや、この世界にお前の敵は居ない。敵対する理由のある者が居ないからだ」

 

「そうなのか」

 

「お前の前に立ち塞がる敵が居るとすれば、生と死の境に立つ『奴』だけだ」

 

「奴?」

 

「会えば分かる。お前とも因縁浅からぬ敵だ」

 

 光の紐を辿り、喋る二人と喋らない一人、存在を認識されていないウルトラマン一人の奇妙な道のりが続く。

 世界の果ては遠かった。この世界を出るために、何時間歩いたかも分からない。

 

 その道中に、銀河は溝呂木から口頭でいくらか戦闘技術の指導を受けていた。

 口頭であるために大した効果は見込めないが、喧嘩殺法が基本である銀河には、貴重な戦闘指導である。

 

 最近は過去を乗り越えつつあるということもあって、銀河はこの世界に落ちて来るまでの話や、自分の昔の話まで、溝呂木に話してしまっていた。

 過去を気軽に語れるのは、その過去を乗り越えた証拠だ。

 だが銀河は、その過去を気軽に話すことができるようにはなったものの、過去を乗り越えるための最後の一歩を踏み切れずに居た。

 

「お前は力で悪を排除しようとしたわけだ、銀河」

 

「……それが間違ってるんじゃないか、ってのは何となく思う。

 だけどどこが間違ってるのか、どう間違ってるのか、上手く言葉にできないんだ」

 

「簡単な話だ。お前は他者を支配しようとしたんだろう?

 悪が存在しないという前提を作るため、悪も善も纏めて支配しようとした」

 

「……支配」

 

 力による否定。強者から弱者への善という名の()()()()()()。暴力による主観的な悪の排除。それを、溝呂木は『支配』と表現した。

 

「お前の力は、他者を支配し圧するためにあるのか?」

 

 溝呂木は何かを思い出すような口調で、誰かの言葉を借りるように、記憶をそのまま言葉にした助言を口にする。

 

「光を継承した自覚を持て。光の力は、決して希望を捨てない人々のためにある……だ、そうだ」

 

 銀河の中から、ガイはそんな溝呂木を見ていた。

 彼視点、溝呂木は闇の勢力の者に見える。だが同時に、光の勢力の者であるようにも見える。

 光から闇に堕ち、闇から光に戻ったジャグラーと溝呂木には、少し雰囲気に似た所があった。

 

 銀河は気付いていないだろうが、ガイは気付いている。

 溝呂木から銀河へと送られている助言。これは、どこかの世界で力に溺れ闇に堕ちた者から、まだ闇に堕ちていない者に対する、"力に溺れるな"という助言なのだと。

 

(他者を支配し、圧するための力……)

 

 それが、悪であるのなら。

 他者の自由と平和を脅かす者が悪であり、人間の自由と平和を守る者こそが正義の味方である、という思想も成り立つだろう。

 他人を力で思い通りにしようとすることは、一歩間違えれば最悪の悪となる。

 

 力に付随する正義と悪の二面性。

 それを考える銀河の前に、隘路とそれを塞ぐ大岩が現れる。

 迂回路はなく、ここを通らなければならないようだ。

 銀河はずっと手を繋いでいた光の人型の手を離し、大岩を動かそうとする。

 力自慢の銀河であったが、大岩は揺れるだけでどきもしない。

 

 だが呆れた顔の溝呂木が銀河と交代すると、『押し方』と『押す場所』を工夫した溝呂木の手によって、大岩は容易く動かされてしまった。

 

「……すっげ」

 

「力は俺もお前もさして変わらん。

 俺の力の方が強いことも事実だが、お前に今足りないのは力より技かもな」

 

 溝呂木は大岩を脇に蹴りどかす。

 

「力だけでは人は獣に敵わない。

 力と技だけに頼れば人は容易に悪鬼に落ちる。

 ゆえに心技体、全て揃わなければ獣か鬼にいつかは堕ちる」

 

 溝呂木の言葉には、どこか自虐的な響きがあった。

 

「じゃあなんだ。あんたは俺より心技体揃った戦士だってことか」

 

「いいや? むしろお前よりバランスは悪いだろうな」

 

「は?」

 

「俺は鬼さ。体と技だけ鍛えすぎて、獣を狩る内に鬼に堕ちた人間だ」

 

 銀河が踏み込んでも、溝呂木は自分の身の上を話はしない。

 

「お前が俺のことを知る必要はない。だが覚えておけ。

 他者を支配し圧するために力を使うなら、お前もいつか鬼に落ちる。

 だが決して希望を捨てない人々のためにその力を使うなら、堕ちることはないだろう」

 

 クレナイ・ガイが光の側から銀河に必要な言葉を与えてくれる者ならば。

 溝呂木眞也は、闇の側から必要な言葉を与えてくれる者だった。

 

「今日、お前が動かせなかった大岩を俺が動かしたことを忘れるな。

 いいか。いちばん大切なのは『力の使い方』だ、間違えるなよ、光の戦士」

 

 大切なのは力の使い方。

 力があればいいというものでもなく、力の使い方を間違えてしまえば、力を持つその者が本当の目的を達成することは一生ない。

 彼が最後に言った『光の戦士』という言葉のニュアンスに、銀河は不思議なものを感じる。

 

「もしかして、あんたもウルトラ―――」

 

 銀河が何かを言いかけた、その時。世界が揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界が揺れたように感じたのは、とても大きく重いものが落ちて来たからであった。

 舞い降りたるは、黒き巨人。

 黒に染まった光の巨人……すなわち、闇の巨人。

 

 黒と銀の二色で構成されたその巨人は、名を『ティガ』と言った。

 

「来たな」

 

「溝呂木さん、あれは!?」

 

「ティガダーク。この世界の支配者にして管理者だ」

 

 生と死の間。光と闇の間。人と巨人の間。古代と現代の間。先祖と子孫の間。

 『ウルトラマンティガ』は、その特性上二つのものの間に立つことや、二つの間で混同されることが多いウルトラマンだ。

 ここではない別の世界では、『ティガ』の因縁が『ダイゴ』の因縁として扱われることも少なくない。

 ゆえにか、生者の世界と死者の世界の境界、及びこの世界の管理者の位置に、ティガは自然と収まっていた。

 

「超古代の光の遺伝子を受け継ぐ者よ。

 悪と闇を毛嫌い、善と光を好む遺伝子を持つ者よ。

 過ちを乗り越えつつある、我らの子よ。

 力と心を示せ。闇に打ち勝つ力を。そして、闇に打ち克つ心を」

 

 このティガはティガの子孫が成ったティガではない。

 "他宇宙から溢れ落ちたダークティガの力"に、この宇宙における地球で生まれたティガの残滓、その二つが合わさったものだ。

 ゆえに、ティガが銀河を見る目はどこか何かが違って見える。

 

 ティガダークは銀河がこの世界から立ち去るのを止めるためではなく、銀河の力を試すために立ちはだかっていた。

 

「さすれば、そなたに導きを与えよう」

 

 そう、このウルトラマンも。

 

 ()()()()()()()、戦おうとしているのである。

 

『最後の門番……いや、こいつは善意の試練か』

 

(どういうことだよガイさん)

 

『稽古つけてくれるってことさ。ティガさんが、お前に!』

 

 "今のままでは力が足りない"というのは、ガイ・溝呂木・ティガダークに共通する見解だった。

 銀河も力不足を感じているはずだ。ゆえに、全力でぶつかっていく。

 まずはジュネッスシーザーで、と一歩を踏み出した銀河だが、何故か溝呂木が少年の肩に手を置いて、その一歩の先を止める。

 

「待て、ウルトラマン」

 

「! 溝呂木さん?」

 

「奴は強い。この世界で戦うなら、この世界に適した力を使え」

 

「この世界に適した力、って……」

 

 自分を引き止めた溝呂木の方に振り向いて、銀河は目を見開く。

 溝呂木が、そして光の人型が、光になっていく。

 いや、違う。自ら望んで光となり、別の何かへと変わろうとしているのだ。

 

「俺達はここまでだ。どうせいつかは消える身だったが……

 ここを終着点にすると、俺達は決めた。

 俺達がここに残していく力を使え。お前に必要な、最後の力だ」

 

「―――!」

 

 二人の体が光になり、銀河の手の中でカードとして再構築されていく。

 銀河はこの二人とは数時間の付き合いでしかない。

 だがそれでも、この二人が消えることに何も思わないような非情さは、彼にはない。

 この別れさえ惜しむような、厚い情はあるというのに。

 

「なんだそりゃ……要らねえよ!

 そんな、生贄にして得たみたいな力……!」

 

「力に善悪はない。言ったはずだ、大切なのは力の使い方だと。

 ……俺達の力だ、使い方を間違えるなよ? ウルトラマン」

 

 二人は銀河に自分の身の上を語らない。

 感情を伴った自分語りをしない。

 だが、それでいい。それでいいのだと、二人は思う。

 この二人は、闇に堕ち悪として倒された過去を持つ者達だ。

 そして、少しではあるが銀河のことを好きになれた者達だ。

 

 ゆえにこそ、溝呂木とこの人型は、「銀河に自分の力を使って欲しい」と考えていた。

 未熟な光の戦士の助けになるならば、と、そこに価値を見出していた。

 

「なんで、そんなことを……」

 

「お前はそいつの手を一度も離さなかった。十分だ。それだけで……信じるに値する」

 

 子供だからと、銀河は手を差し伸べた。

 大岩を押した時を除けば、どんなに厳しい道の中でも、彼は一度もその手を離さなかった。

 だからこそ、溝呂木も、その人型も、力を渡して消えることに躊躇いはない。

 

 この二人は、その繋いだ手の中にこそ、砂上銀河の本質を見た。

 

「奴を超えろ! 俺達の力も連れて行け! 別れを越えて先に行け! 世界を救え!」

 

 二人が消える。消えていく。

 他の宇宙で既に消え、この宇宙に残滓だけが残っていた者達が消える。

 

「それが、光と絆を結んだお前の……お前の役目だ!」

 

 二人が消えた代わりに、銀河の手の中で二枚のカードが構築される。

 それと同時に、銀河が所持する二枚のカードが輝いた。

 

 溝呂木を見た時、その内の力に僅かに反応したネクサスのカード。

 光の人型を見た時、その力に僅かに反応したコスモスのカード。

 二枚のカードの輝きが、溝呂木達のカードを完全に完成させた。

 

『ネクサスさん、コスモスさん……

 これは……カードが、ウルトラフュージョンカードに変化した!?』

 

「使ってくれガイさん! 『これ』で行く!」

 

『ああ、行くぞ!』

 

 本来ならば、あり得ぬ形のフュージョンアップ。

 それが世界に実を結ぶ。

 

 

 

『溝呂木さん!』

 

《 ウルトラマンメフィスト 》

 

『カオスヘッダーさん!』

 

《 カオスウルトラマンカラミティ 》

 

『光差す闇の心、お借りします!』

 

《 フュージョンアップ! ブライトダークネス! 》

 

 

 

 光の要素など、欠片も見当たらない姿のウルトラマン。

 闇の巨人と闇の巨人の力を合わせ誕生した、黒・赤紫・青紫の三色で構成された、黒い(まなこ)のウルトラマン。

 形相からシルエットまでサンダーブレスター以上の禍々しさを持ち、悪役そのものの容姿をした、けれども光の心で動くウルトラマン。

 

『堕ちてし後に、光に変わる!』

 

 オーブ第四の形態、ブライトダークネス。

 ヘイトダーティがダークヒーローであるならば、ブライトダークネスはそれに倒される魔王そのものといったデザインである。

 されど、変身している銀河の心に、邪悪な気配は微塵も無い。

 

「よくぞ心を示した。

 光の心を持ったまま、闇の力を制御したその姿。

 それこそが正しき心の形。寛容であり、中庸であるということ」

 

「……最近は、衝動を抑えるのにも慣れてきてたんでな」

 

 ダークティガが、その心を褒め称える。

 今日までのフュージョンアップは全て、力だけでなく『心を借りる』フュージョンアップだった。ゆえにこそ、今の銀河を見れば分かる。

 ウルトラマンから借りた心は、学んだ心は、一人の荒んだ少年の心をここまで成長させてくれたのだ。

 

 銀河は、ガイほどに()()()ではなかった。

 今日に闇の力を使う前から、衝動的に何かを壊してしまうことが多かった。

 だからこそ、それを制御するすべを事前に覚えられたのだ。

 闇に堕ちかけ、そこからガイ達に救われた心は、この形態に変身する前から闇を制御するすべを知っていた。

 

「ならば次は、力を見せよ」

 

「望むところだ」

 

 ダークティガと闇のオーブ。

 

 両者は対峙し、距離を測って、立ち位置を調整し……同時に、踏み込んだ。

 

「くたばれ!」

 

 ブライトダークネスの猛攻。腕が十数本にも見えるハンドスピードに、ビルを粉砕するパワーが込められている。

 だが、ティガダークに力押しは通用しない。

 流れる水を思わせる柔の防御は、オーブの全ての拳を受け流していた。

 

『銀河! レオさんの力を思い出せ!』

 

「ああ!」

 

 力だけではダメだ。大切なのは力の使い方。

 溝呂木の言葉を思い出し、銀河は技を使って攻め始める。

 

 ジュネッスシーザーは、レオの力を使うことができる形態だ。

 銀河が喧嘩殺法で戦おうとしても、自然とその中にレオの技が混ざるようになる。

 そうして戦い続けた結果、銀河は自然とレオの体の使い方を体で覚えていった。

 

 それを、再現する。

 拳の握り方、拳の打ち方、拳での攻撃の組み立て方。

 自然と体で覚えた感覚的な攻勢を、オーブはティガに繰り出していく。

 すると、あるタイミングから、銀河の喧嘩殺法とレオの宇宙拳法に、近代式軍隊格闘術のようなものが混ざり始めた。

 

『メフィストの力も、格闘に補正がかかるのか』

 

「ありがとよ、溝呂木さん!」

 

 銀河の技、レオの技、溝呂木の技が自然と混ざり昇華(フュージョンアップ)していく。

 ティガは経験の差と老練の技でそれを捌いていたが、流石に堪えきれなくなったのか、後退しながら飛翔した。

 更に、距離を取りながら手裏剣のような光弾をオーブに連射するという器用な技を見せる。

 

 ランバルトの輝きが、目を奪われそうなくらいに美しかった。

 

『当たりそうなのは一部だけだ、当たるものだけ撃ち落とせ!』

 

「承知!」

 

 無数の光弾の中から、自分に当たりそうなものだけを見切り、オーブの右腕から伸びた光線がそれを焼き払った。

 

 カオスウルトラマンは、コスモスのコピーウルトラマンである。

 そのくせ、オリジナルよりスペックが高い。

 加え、コスモスの多彩な技はそっくりそのままコピーしている。

 この形態は格闘戦も強いが、遠距離戦も十分に強いようだ。

 

 ティガは動揺を見せず、予定通り距離を取り、光流弾を放った。

 デラシウムの煌きは、光であるのにまるで炎のようにも見える。

 

「防いで距離を詰める! 気合い入れるぞ!」

 

『気張れよ、ギンガ!』

 

 オーブはそれを、闇の力を固めた盾で防いだ。

 ティガダークは絶え間なく様々な遠距離攻撃を仕掛けてくるが、オーブはそれを盾で片っ端から防御しつつ、突っ込む。

 そうして、格闘戦で一気に仕留めようとして―――綺麗な一本背負いを決められた。

 

「げっふぁっ!」

 

『油断するな!』

 

「わ、分かってる!」

 

 数値で見れば、今のオーブは圧倒的にティガより強い。

 実際に押している上、戦闘の場面場面を切り取ればオーブが圧倒している。

 だが、何故か勝ちきれない。押しきれない。詰めきれない。

 総体的な流れで見れば、戦いの流れは常にティガダークが掌握していた。

 

『全部出し切るつもりで行け!

 これがおそらく、命をかけなくていい最後の闘いだ!』

 

「分かってるってーの! 胸を借りるつもりで、学べるだけ学んでやる!」

 

 ティガダークによる、レオとメフィストの格闘技術を真似するもまだ完成していない一人のウルトラマンへの、厳しい実戦指導。

 

 彼らの活動限界は三分。

 

 三分間の、修行風景だった。

 

 

 

 

 

『制御できれば極めて強力。その点ではサンダーブレスターと同じ。だが……』

 

 この形態は、サンダーブレスターとは似て非なる。

 これは『光の力と闇の力の融合』ではない。『光である闇の力』の行使形態なのだ。

 根本的に闇の存在であるウルトラマンであり、溝呂木とカオスウルトラマンの銀河に対する個人的好意で成り立つ形態。

 ガイが使おうとしても、サンダーブレスター以上の拒絶反応が出るだろう。

 

『……ったく、これで"ガイさんみたいになりたい"とか言うんだからな。まいるぜ』

 

 子供が子供なりに、自分らしく急成長しているという実感。

 その子供が自分にまっすぐな尊敬の視線を向けてくるという現状。

 どこかむず痒い嬉しさが、今のガイの中にはあった。

 

 

 

 

 

 カラータイマーが互いに点滅を始め、ティガとオーブの肩も上下し始める。

 もう、後一撃放つ力しか残っていない。

 もう、後一撃放つ時間しか残っていない。

 もう、後一撃放つ精神力しか残っていない。

 

 向き合い、立ち止まり、力を高め、両者は睨み合う。先に撃ったのは、ティガだった。

 

 L字に構えられた腕から放たれた光線が、ゼペリオンの光を撒き散らす。

 

『「 ダークレイ・カラミューム! 」』

 

 オーブもまた、胸のカラータイマーと模様に沿った形の光線を放つ。

 両者の光線は衝突し、押し合い圧し合う。

 

「くっ……!」

 

 ティガに光線で押し込まれ、銀河が気合いで押し返す。

 

『気合いだ! ここまで来たら気合い以外に何がある!』

 

 ガイも気合いで後押しし、押し込むも、ティガは更に押し返してくる。

 

 両者の間で光線が拮抗し――

 

「見事」

 

 ――爆発する。生者の世界と死者の世界の境界を、丸ごと巻き込み崩壊させながら。

 

「なっ!?」

 

 世界の壁が崩れ落ち、人間一人が通れるくらいの通過孔が完成した。

 

「お前の……お前達の勝ちだ。ウルトラマンオーブ。お前達は、心と力を示した」

 

『どうやら認めてもらえたようだぞ、ギンガ』

 

「……これ以上戦えって言われても、"もう無理"としか言えねえよ」

 

 銀河は疲弊した様子で、変身を解除する。

 最後の最後まで、とことん『試されていた』印象が拭えない。

 彼の目に見えている想いの光の糸が孔の向こうに繋がっていることからも、この孔の向こうが元の世界であることは間違いないと判断できる。

 

「約束だ。そなたに勝利の褒美を、導きの助言を与えよう」

 

「あ、そういやそんなんあったな……」

 

 忘れてたわ、と銀河は思ったが口には出さなかった。

 

「キングベムラーは、かつて暗黒の皇帝の祝福を受けた。

 その皮膚は、アーマードダークネスと呼ばれる鎧と同等の強度を持っている」

 

「アーマード、ダークネス?」

 

「あらゆる攻撃を無力化する至高の鎧だ。

 この鎧は、弱体化しない限り同じアーマードダークネスか……

 あるいはそれに比肩する神の鎧でなければ砕けないとされる」

 

「はぁ!?」

 

「だが、弱点もある」

 

 まさしく無敵。矛盾を成立させかねない強度の皮膚。だが、それにも弱点もあるという。

 

「暗黒の皇帝の体には、唯一傷が付いていた。

 暗黒の皇帝の祝福は、その傷の部分だけ、もたらされなかった。

 そこを狙え。そこ以外に、キングベムラーに打ち崩せる場所はない」

 

「傷……ティガさん、それはどこに?」

 

「おそらくは、何らかの形で隠すか守っているはずだ」

 

「……ああー、防御手段は勿論のこと、傷の場所を移動させるくらいはやってきそうだと」

 

 傷の場所を聞いても、ティガは場所を答えない。つまりはそういうことだろう。

 

「忘れるな、この宇宙でもっとも若き光の戦士よ。

 誰の心にも闇はある。

 大切なことは、闇の誘惑に負けず、闇から光を生むことだ。

 その時、レッドキングから手に入れたそのカードは、お前に応えるだろう」

 

「え、これが?」

 

 銀河はポケットの中から、赤いウルトラマンのカードを取り出す。

 現状使い道がない、とガイから太鼓判を押されたカードだ。

 だがティガがこう言うのであれば、何か使い道はあるのだろう。

 元の世界に戻っていく彼に、ティガは最後の声をかける。

 

「行け。他の誰のためでもなく、自分自身が生きる未来を守るために」

 

「……ありがとよ、ティガさん。頑張ってくる」

 

 ティガダークは、これから先もこの世界の裏側に位置する世界を守り続けるのだろう。

 墓守のように。エジプトの壁画に記される、墓地(ピラミッド)の守護者のように。

 別れを告げて、背を向けて、もう二度と会わないだろうと思い、少年はその場を立ち去る。

 

「悪、か」

 

 銀河はメフィストとカオスウルトラマンのカードを手に取り、あの二人と一体化していた時の感覚から、"あの二人がとても悪であるとは思えない"だなんて考えている。

 他の人が悪と認定しても、自分は悪であると思えない。

 それは、『自分が悪であると認識していても、他の人間にとって悪であるとは限らない』という当たり前の考えを、彼の心の芯に刻みつける事実だった。

 

『さあ、悪かどうかは、人にもよるし時期にもよる。

 あの二人が悪だとするならば、かつては悪で今は悪ではないんだろう』

 

「なんでそう言えるんだ?」

 

『お前が吹いたあのメロディを、あの二人がいい顔で聞いてたからだよ』

 

「……?」

 

『あれはな、悪党が外から聞かされると、頭痛がするんだそうだ』

 

 ガイにそう言われ、自分の曲であの二人がいい顔をしていたという話を聞き、銀河の口元に自然と笑みが浮かび上がる。

 そうして彼らは、キングベムラーの再襲来まで12時間を切った元の世界に戻って来た。

 が。

 

「え?」

 

「……嘘だろお前」

 

 戻ってきたその場所で、銀河は澄春とばったり出会ってしまう。

 

「砂上くん! 良かった、無事で……あ! またメールとか着信とか無視してましたね!」

 

 そして、ぷんすかと怒る彼女の胸から伸びる想いの糸、光の糸も見てしまう。

 つまりは、そういうことだ。

 

 この世界で一番彼を想っていたのは。

 彼をあの世界から引き戻してくれたのは。

 親よりも彼のことを想ってくれていたのは。

 彼がずっと闇の世界で頼りにしていた糸、それを形作っていた想いは。

 つまりは、そういうことで

 

(……こいつは……この人は、本当にもう……)

 

 ぷんすか怒る彼女を脇に押しやるフリをして、砂上銀河は彼女と顔を合わせられない自分の状態を誤魔化していた。

 

 

 

 




 主人公に色んな形で気遣ってくれた巨人。オーブ、ゼアス、イーヴィルティガ、溝呂木
 メンツが酷い

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