ウルトラマンオーブ Another Century's Episode 作:ルシエド
ポカポカとした陽気の金曜日。
銀河は、昨日の戦いで手に入れたカードを陽にかざしていた。
「じゃあこれは、前にガイさんが言ってたティガのカードじゃない、と」
『そうだな。これはイーヴィルティガ。
ウルトラマンではあるが、ウルトラマンティガとはまた別のものだ』
「そうなのか」
最初に入手したレオとネクサス。
初陣のベムラーから手に入れたビクトリー。
次戦のゴモラから手に入れたコスモス・エクリプス。
そしてネオバルタンからゼアスのカードを手に入れた。
昨日のスカイドンとの戦いで、そこに『イーヴィルティガ』のカードも加わる。
「ゼアスとの相性効果がある、んだっけか。じゃあこれで三つ目の形態が使えるな」
『どういう効果が出るのかまるで分からんがな』
近接戦闘特化のジュネッスシーザー。
多様性と膨大な出力で押し切る短期決戦型ビクトリウムエクリプス。
この二つの穴を埋められる形態か、癖も弱点も無いバランス型が欲しいところだ。
「……あ」
『どうしたギンガ……ああ、あれか。スバルだな』
祠の前の階段に腰掛けている銀河、最近はオーブリングとして現実世界に出て来れるようになったガイが、階段を駆け上がって来るスバルを見つける。
ここの祠の階段は長い。
スバルは銀河を見つけて、階段を全力で駆け上がって話しかけようとし、疲れ果てて膝に手をついて動きを止める。
息を切らしながらも誤魔化すように銀河に微笑んで、また全力で走り出す。
そしてまた疲れ果て、ぜはぁーぜはぁーと息を切らしてまた止まる。そしてまた走り出す。
そこから三回ほど膝に手をついていたが、澄春はとてもいい笑顔で彼の下に辿り着いていた。
元気はあるが体力がない。
やる気はあるが能力が足りない。
瞬間的には頑張っているが長期的には頑張っていない。
そんな少女、風祭澄春。
銀河が彼女を突き放しきれないのは、彼女にそういう性情があるからなのだろうか。
銀河と澄春はいくらか言葉を交わして、澄春は今日も学校があるからと駆け去って行った。
澄春は去り際に弁当を置いていく。
銀河は要らんと突っぱねたが、澄春はそもそも弁当を押し付けた後の銀河の反応を見ていなかった。渡すだけ渡して学校に行ってしまう。
『いい子じゃないか。お前のことも憎からず想ってくれているようだし』
女子が男子に弁当を渡す。それだけで結構勇気がいることだ。
漫画なら簡単にできること。けれども、実際にやるとなると『生活習慣』という枠の中に踏み込むこととなり、『家族』の領域に踏み込むことになるので、中々難しいことなのだ。
ガイはそこに、青臭い青春の香りを感じた。
「違う、あいつは……バカだから、バカしか感じないような罪悪感を、感じてるだけだ」
銀河は一瞬顔に後悔を浮かべ、すぐさま澄春への呆れで表情を塗り潰す。
「しかも俺のことを何も知らない上に、何も聞こうとしない。
だから弁当の中身はあいつが好きなもので俺が嫌いなものばかりだ」
『うおっ……ま、まあ、いいじゃないか、それが青春だ』
「あのバカと同枠扱いは青春に失礼だろ」
『青春の懐は広い。そのくらい許してくれるさ』
ガイに見せるために空けた弁当を閉じ、ひっくり返らないように安定した場所に置く。
そうして、銀河は街中を見た。
『分かるか、ギンガ』
「ああ、来る。何か来るな」
『いい調子だ。その感覚を忘れるなよ』
肌に張り付くような、ひりつく危機感。
普通の人間では持ち得ない、ウルトラマンが持つ感覚。
それを、銀河は身に付けつつあった。
数秒先んじて予期された出現。銀河が感じた予感をなぞるように、地面の下から黒色の怪獣が現れる。
言うまでもない。キングベムラーの配下だ。
表面だけが冷えたマグマのようにも見える表皮に、巨大で逞しい体が相対的に華奢に見えてしまうほどに、太く巨大な両腕が特に印象に残る。
『レッドキング。しかも強化体か』
並の怪獣では何体束になって挑んだところで勝てない強力な怪獣・レッドキングを、外部からの力の供給で更に強化した凶悪な個体だ。
見るからに強そうで、容易く勝てそうな相手ではない。
だが、"絶対に勝てない"と感じるほどではない。
話に聞くキングベムラーほどの脅威は感じられない。
まだここは綱渡りできる範囲だと、銀河は腹を決めた。
「三つ目の形態、使ってみようぜ」
『大一番の前に、ってわけか。だが、リスクは伴うぞ』
「ヤバそうだったらすぐにカードを変えてくれ。
俺がカードに精神をやられても、ガイさんの方は大丈夫だろ」
『分かった。お前も十分に気を付けろ!』
使えるフュージョンアップを一つでも増やしておきたい。キングベムラーとの戦いの前に、一回でも多く各フュージョンアップでの戦闘経験を積んでおきたい。リスクは減らしたいが、後何回実戦経験を積めるかも分からない。
そんな思いから、多少のリスクは覚悟で初フュージョンアップを選択する。
その思考回路は、敵宇宙人が自分の力を研究していたと見るやいなや、迷いなく新フュージョンアップを選択してそこに命運を託すクレナイ・ガイの思考回路に、ちょっと似てきていた。
『ゼアスさん!』
《 ウルトラマンゼアス 》
『イーヴィルさん!』
《 イーヴィルティガ 》
『取り急ぎ力お借りします!』
《 フュージョンアップ! ヘイトダーティ! 》
赤い巨人、ウルトラマンゼアス。
紫の巨人、イーヴィルティガ。
二つの力が混じり合い、オーブ第三の形態が誕生した。
「ヘイトダーティ……名前からかつて無いくらい、ヤバい感じがするな」
全身を包む色は、その大半が赤と紫。
フェイズデザインは悪役のそれで、赤と紫の合間には混じりけのない黒色が走っている。
全体的に正義の味方というよりは、それに倒される正義の味方のダークコピー、あるいはダークヒーローと表現するのが妥当な姿であった。
『いや……これは、マズい! ヤバいのは名前と外見だけじゃないぞ!』
そして、その外見相応に。
ヘイトダーティは、一筋縄ではいかないフュージョンアップだった。
「力が……弾ける!?」
『制御……別フュージョンアップ……ダメだ、間に合わない! 人間に戻れ銀河!』
フュージョンアップ時に発生した力が、外に出ないまま体内で暴走している。
湧き上がる力が、放出されずに体内で暴走している。
銀河が使用しようとした力が、行使されずに体内で暴走している。
今のオーブは、ヘイトダーティのエネルギーで膨らみ、破裂寸前の風船のようになっていた。
(逃げ……いや、こいつを街には残せない! せめてこいつだけでも!)
このまま爆発するか、再変身できない前提で変身解除するか、二つに一つ。
もはや戦闘継続は不可能。そう察した銀河は、EXレッドキングだけを街に残すことを嫌い、爆発しそうな体でEXレッドキングへと組み付いた。
「てめえも一緒に地獄に落ちろ!」
これまでの戦いであれば、オーブの攻撃で敵が爆発し、戦いは終わっていた。
だが、今日は違う。
この日の戦いは、何故か勝手に自爆したウルトラマンと、その自爆に巻き込まれるEXレッドキングという珍妙な形で、幕を閉じた。
現在、ゴルフ場にする予定が立てられている街の雑木林の奥深く。
そこで、銀河は目を覚ました。
「……っ、……! ガイさん!」
『起きて早々騒がしいな。少し落ち着け』
「レッドキングは!?」
『オーブの爆発に巻き込まれてダメージを受けて、撤退したぞ』
命に関わるようなダメージを食らった様子は見当たらない。
どうやら、奇跡的に無事に済んだようだ。
自爆の衝撃で吹っ飛ばされ、森の中に丸一日放置されていたのを無事と言っていいのかは分からないが。
『あの朝の戦いから、24時間は経った。随分長い二度寝になったな』
「笑えねえ……ああ、だから何か腹減ってるわけだ」
レッドキングは撤退。銀河は丸一日気絶していたらしい。
森ではなく路面や鉄柵に落下していたら骨折していたかもしれないし、街中に落ちていたら最悪救急車からの警察沙汰だ。
そういう意味では、木々と落葉がクッションになってくれる上、人もあまり通らない森の中に落ちたのは、ある意味幸運なことだったのかもしれない。
銀河はとりあえずコンビニに行き、おにぎり四つとファミチキ一つ、コーヒー牛乳500mlを購入し、人があまり居ない公園で貪るように食らい始めた。
ついでに携帯電話も確認するが、最近電話番号とメルアドとラインのあれこれを教えた澄春によって、山ほど残された履歴を見てげんなりする。
怪獣出現、同時に連絡が取れなくなった銀河。
あの少女のことだ。さぞ心配したことだろう。
身長140cmちょいの彼女がプンスカ怒っている姿が頭に浮かんで、小さな笑みが自然と彼の口元に浮かぶ。
その中に親からのものもあった事に気づいて、その瞬間、彼の口元から笑みは消えた。
銀河は見なかったふりをして、携帯をポケットに放り込む。
ガイはそれに気付いていたが、それを指摘したところで今は何も解決しないことをよく分かっていた。
決定的な何かがあって、それで疎遠になったわけではなく。
悪を許せず毎日のように暴力沙汰を起こす息子と、そんな息子と日々疎遠になっていった両親。それを繋ぐ言葉は、銀河の中にもガイの中にもない。
銀河は澄春の残した履歴だけを見たかのように喋り始める。
「後半ほぼ泣き言とお祈りじゃねえか……」
『愛だな』
「アホだろ」
澄春は最初「大丈夫ですか?」程度のメッセージを残していて、次第に「助けに行きます! どこですか!」と必死な感じに心配するようなニュアンスの言葉を残し、最終的に「どうか無事で居て下さい」という祈りのような文面を遺すようになっていた。
それで24時間放置を食らっていたというのだから、逆に可哀想になってくる。
だが銀河は自分の無事を知らせることもせず、ラインに既読付くからそのうち気付くだろう、と放置をかます。扱いがナチュラルにぞんざいだった。
「なんだったんだ、あのウルトラマンの力」
精神世界の中でガイが手に取った二枚のカードが光に解け、現実世界の銀河の手の中で明確な形を結ぶ。銀河は手の中に現れたゼアスとイーヴィルティガのカードを見て、顔をしかめていた。
『ゼアスさんは、ウルトラマンさんの親戚のウルトラマンだ。
今はもう克服してるが、極度の潔癖症のウルトラマンだったらしい』
「は? 潔癖症?」
『泥が足につくだけで変な声出して死にそうな様子になってたとか』
「何だそのウルトラマン……」
『後に克服したとも聞くがな。ともかく、汚れがダメな方だったそうだ』
ウルトラマン界は広い。
『イーヴィルティガさんは、この宇宙だから個として確立したウルトラマンだな。
カードから読み取ってみたが、ティガさんとはそんな関係があるわけでもない。
別のウルトラマンが地球に残していった体が、石像化。
この石像化した体を使って、ある人間がティガさんを参考に改竄顕現させたウルトラマンだ』
「ややこしいな」
『イーヴィルティガさんの主体は、欲望に囚われた人間の意志だ。
だが、このカード自体からは邪な意志は感じられない。
おそらく、その主体になった人間が後に改心し、光を取り戻したからだろう』
ゼアスは初代ウルトラマンの親戚のウルトラマンである。
イーヴィルティガはかつてのティガの同胞がスパークレンスによってティガにより近しいものとして変質し、邪な人間の心によって動かされたウルトラマンである。
だがこの二つによって完成するヘイトダーティの性質は、ウルトラマンとティガの力を借りるフュージョンアップとは、相当に違うものだった。
「聞いていいかガイさん。……何故、ヘイトダーティは暴走したんだ?」
『このフュージョンアップの素体となったウルトラマンが……
お前に、"自分と向き合いそれを乗り越える"ことを求めたからだ』
「―――」
『カードは意志の介在しないただの力の塊じゃない。
力には意思が宿る。カードの元になったウルトラマンの、意志がな』
闇を拒絶する純粋なウルトラマンでは、黒き王・ベリアルの力を使おうとすると、その力の衝動に支配されてしまうのと同じように。
自分と向き合うことを求めるウルトラマンの力は、自分と向き合えない変身者と、とてつもなく相性が悪い。
ガイが単独で使うなら暴走なんてしないだろう。
けれども、今のオーブは銀河とガイが同化した者が変身している。
このフュージョンアップは、鬼門なのだ。
『少し、話さないか?』
「何をだよ」
『今日までの会話を見ていて気付いた。ギンガ、お前何を隠している?
何かがあったはずだ。
スバルがお前に罪悪感を感じ、お前が今のお前になったきっかけになった事件が』
「……」
『それとも俺は、そういうことを話すに足りないウルトラマンだったか?』
「……そんな、ことはない。だけどそういう言い方は卑怯だろ。せけぇぞガイさん」
『悪いな、俺はあまり優良なウルトラマンじゃねえんだ』
銀河は少しだけ、つまらない自分の過去を語り出した。
銀河は以前からこうだったわけではない。
ただ、以前はいい子だったかといえばそうでもない。
今の方が悪化しているのかと言えば、そう言い切るのも難しい。
以前から不良だったことは間違いない。
彼は暴力を振るって悪と見たものを迷わず殴る人間だった。
自分の損得や利害を全く考慮せず、ただ目の前の者が善か悪かだけが行動の判断基準になる。
子供の頃は正義の味方でいられるが、成長するにつれて徐々に『暴力は悪』という社会の決まりごとによって、周囲から悪に認定されていく。
彼はそういう人間だった。
これでは親と疎遠になるのも無理はない。
悪いやつを打倒して何が悪いのか。
それがのさばっている現状を許容することのどこが正しいのか。
現代と比べればまだ"自分は正しいはずだ"という意識を持っていた銀河は、周囲の人間から恐れられながら、中学時代を『悪の敵』として暴力と暴虐を振りまきながら生きていく。
正義の味方であるウルトラマンとは違い、その生き方は誰からも愛されないものだった。
「なんだありゃ、いじめか」
そんな彼がある日、受験を控えた中三にいじめをやっている大馬鹿者達を発見する。
その時彼は、いじめられている人間の名前が風祭澄春であるということさえ知らなかった。
その時彼は、受験のストレスがそうさせてしまっていたということも知らなかった。
その時彼は、受験関連のトラブルで人間関係が悪化したという原因さえも知らなかった。
何が悪くて、誰が悪くて、どういう経緯があっていじめが始まったのかも知らなかった。
知ろうさえしなかった。
彼の中には加害者が絶対の悪で、被害者が絶対の守護対象であるという認識しかなかった。
「助けて」
か細い声が聞こえた。
いじめられている少女が、半ば無意識に呟いた声だった。
誰かに届くだなんて思っていない声だった。
助けを求める声は、心から心への救難信号だ。それを聞き逃さない才覚を、生まれつき心に持っている者も居る。そういった人物は、大抵光との親和性を持っていた。
彼は、助けを求められたから動いたわけじゃない。
求められなくても人は助けていたし、望まれなくても悪は殴っていた。
だが、その『助けて』は間違いなく、彼の拳にいつも以上の力を込めさせていた。
込めさせてしまった。
「くたばれ」
殴った。
殴った。
殴った。
いじめという悪を終わらせるため、彼はいじめの主犯だった十人足らずの女子と、その女子を庇おうとする――時にいじめに加担していた――男子達を殴りに殴った。
血が沸騰する感覚があった。
「助けて」
助けを求める声が聞こえて、彼は反射的にその手を止める。
「……あ?」
風祭澄春が口にした言葉と、同じ言葉。
それは、今まさに銀河が殴っていた女の子が発した言葉だった。
振り上げたまま止められた拳から、血が滴った。
少女の顔は、血まみれだった。
少年の顔も、返り血にまみれていた。
「……あ」
いじめをする者など悪だ、と彼は決めつけて殴りかかった。
その内にある『悪』ごと、彼は少女を何度も何度も殴った。
結果、悪は砕けた。
だが同時に、少女そのものも殴られるたびに壊されてしまっていた。
悪が砕けた後に残ったのは、いじめなんていう悪をもうすることもない少女だけ。
彼に殴られ、繰り返される痛みに心を壊され、涙を流し、『砂上銀河という悪』から助けてくれる心優しい誰かに助けを求める、無力な少女だけが、そこに残っていた。
周囲を見回せば、同じように壊された少女が何人も居た。
いじめに加担しつつも、少女を守ろうとした少年達が居た。
全員が血まみれで倒れていた。
鼻を殴り折った覚えがあった。
骨を蹴り折った覚えがあった。
後頭部を掴んで、顔を机や壁に叩きつけた覚えがあった。
『悪』と見たものを力任せに壊した彼より、そんな彼を止めようとした子供達の方が、よっぽど正しい行動原理で動いていた。
ただ見ているだけだった外野の子供達は、恐ろしいものを見る目で銀河を見ている。
助けてもらった澄春でさえ、銀河を怪物を見るかのような目で見ていた。
箒の柄を握って、友達の仇を討とうとする友情に厚い子供でさえ、足が震えて動けないでいる。
躊躇なく人を壊せるという時点で、砂上銀河は普通の人には受け入れられない怪物だった。
その根幹が、"悪を許せない"という正義感と、"人を助けたい"という熱い気持ちであったとしても。この瞬間、彼は間違いなく『悪』だった。
「……ああ」
優しい先生が、正しさを知る先生が、倫理を重んじる先生が、腕力なんて無いのに勇気を出した女性の先生が、駆けつけた警察が、呆然とする銀河を取り押さえる。
後日、ニュースにもなるほどの事件だった。
この日から後に、彼は一度も学校に行っていない。
この日、悪は彼だった。悪を成し、罪人となった。
なのだが、彼を擁護する者が居なかったわけではない。澄春へのいじめは短期間ではあったが、その内容は酷いものだった。澄春を初めとして、それを証言した者が居たのである。
銀河の基本原理は悪の打倒と、困っている人間を助けることだ。その方法と過程が最悪に暴力的であったために敵も多いが、数少ないが味方も居る。
加え、世論も彼の味方をした。
こういった案件において、世論は基本的に当事者全体のことを考慮することはなく、『いじめをした人間が絶対的に悪い』という方向性で動くものだ。
幸か不幸か、それが幸いした。
砂上銀河の行動は、『いじめという許されない行動に対する反動』と解釈されたのだ。
報道も、ネットの流れも、銀河の味方をした。
いじめられていた澄春が銀河の味方をしていたのも、それを後押しする。
銀河は最悪な事件を起こしたものの、それ相応の処分を受けることはなく、世論を鑑みた処分を下されるまで、学校に行くことを禁じられることとなった。
拳では、人の中の悪を砕くのに、人を諸共に砕かなければならない。
暴力で悪を砕いた後に残るのは、悪を砕かれ、心も体も砕かれ、暴力の主を恐怖するようになった人間だけだ。
愛の無い力に、優しさの無い力に、正義など宿るはずもない。
大昔から、人間社会には恐怖政治というものが存在する。
恐れで人を律する。暴力と暴虐で人を上から押さえ付ける。そういうものだ。
造反という悪。腐敗と汚職という悪。私利という悪。我欲という悪。怠惰という悪。
独裁者は暴力を行使し、それらの悪を踏み潰すことができる。
だが、悪だけを踏み潰すことはできない。
暴力による制裁は、悪と一緒に必ず人も破壊してしまう。
悪を砕くために振るわれた心なき暴力の後には、恐怖しか残らない。
暴力だけで悪が根絶できるなら、人は皆そうしている。
だが、今の時代に暴力だけで悪を根絶しようとしている者は居ない。
暴力で悪を根絶できる世界など存在しない。
それが、答えだった。
サンダーブレスターが抱える負の側面、それを全て体現したかのような銀河の過去。
『守るために戦い。全ては壊れ。見たかった笑顔は見れなかった、か』
ガイの脳裏には、サンダーブレスターを使ってギャラクトロンと戦った日の記憶が蘇っており、遡ってマガゼットンとの戦いを終えた後の、かつての自分の姿が蘇っていた。
本当の自分を見失ってしまった戦い。マガゼットンとの戦いに集中するあまり、ナターシャを守れなかったという後悔。回り回って、友が消してくれた後悔だ。
倒すべき悪だけを見ていたがために、本当に守りたかったものから目を離してしまった、100年物の後悔。その後悔の味を、彼が忘れることはない。
救うために動き、本当に大切なものを見失い、後悔と共に本当の自分を見失った銀河。ガイからすれば、その姿がかつての自分と重なるのだろう。
「過大評価だ。俺は、そんなんじゃなかったよ、きっと……」
砂上銀河は後悔している。
あの日、クラスで大暴れした自分を。いや、自分の人生そのものを悔いる後悔だ。
悪を倒すことは正しいという気持ちはまだ彼の中にあり、けれどそれを否定する気持ちもあり。
彼は自分を変えることもできないまま、迷いを捨てることもできないまま、そんな自分を信じられず、かつて見失った本当の自分を見つけられないでいる。
『その手で何かを壊した時、嫌な感じがしなかったか?』
「……」
『したはずだ。何も感じないのであれば、そいつはもう終わっている。
ならお前は、きっと今のお前とは違う、暴力に頼らない本物のお前に、いつかなれる』
「……知った風な口を利くじゃねえか、ガイさん」
『相手の気持ちが分からない者。
相手の気持ちを理解することを辞めた者。
他者を殴って何も思わないのは、そのどちらかだけだ。
だからお前は、人を殴る度に、人を殴る自分を軽蔑している』
「……っ」
『軽蔑して、見下して、相応の場所まで落とそうとしている』
けれども、落ちるところまで落ちようとしている銀河の手の中には、人や物を傷付ける度に不思議と残る違和感がある。
それは、全てのウルトラマンが持つものだ。
命や物を壊すことへの根本的な忌避。壊さずに終わらせることを尊く思う魂の傾向。何も壊さずに物事を決着させることを良しとする
ガイはそれを指摘して、銀河はそれを否定する。
「分かった風なことを言うな。ウルトラマンに俺のことなんて分からねえよ」
『そういう台詞を何人に言ってきたんだ?
親や、あの澄春って子に対しては、それこそ山のように言ってきたんじゃないのか?』
「……」
『分かって貰う努力をしないで、"誰にも俺は理解できない"なんて言うのは格好悪いぞ』
「そういう台詞も聞き飽きたってーの。
俺は分かって欲しくなんかないんだよ。
だから分かって貰う努力なんかしねえ。
他人が自分のことを分かったように言ってんのが気に食わねえ。それだけだ」
『誰にも理解されたくないなら、山にでもこもってろ』
「ああ?」
『人は他者と共に生きる限り、大なり小なり理解されていくもんだ。
誰にも全く理解されないで生きていくことなんて不可能に近い』
「……」
『現に、お前の暴力を理解している人間は、山のように居るはずだ』
「……チッ」
『現に、お前がどう生きようと、お前の良い所を理解してくれる子が居たはずだ』
「……」
誰に対しても、彼は分かってもらいたいとは思わなかったし、分かってもらおうとしなかった。
だから孤独で、その力は人を救うために使われることはあっても、人に寄り添うものではなく。
こんなところでも、人に寄り添い理解しようとするウルトラマンと、今の砂上銀河は対極で。
「理解なんて求めてない。やりたいようにやるだけだ」
ガイの示す道が光に向かっていると分かっていても、銀河は意地を張ってしまう。
『やりたいように、か。
お前は悪を倒したかったのか?
悪から何かを守りたかったのか?
許せないものを壊したかったのか?
何かが壊されている現実を許せなかったのか?』
「―――」
悪から何かを守りたくて、澄春が壊されている現実を許せなくて。
悪を倒そうとして、許せない悪を壊すためだけに力を振るった。
始まる前の動機と、暴力を振るっていた時の理由まで乖離している。
『お前の行動で守られたものもある。
お前の行動で救われたものもある。
だが、ただ壊し倒すだけの暴虐に、人は肯定は返さない』
「……」
『自分と向き合え、銀河。
己の心にある闇を嫌悪し、憎悪し、遠ざけ、目を背けるのをやめろ。
お前を突き動かす良心を、正義感を無視して、無駄に悪ぶるをのやめろ。
今のお前は、自分の中の闇と光、その両方から目を逸らしてるようなもんだ』
レオとネクサスの力は、それでも現実という逆境を乗り越えると銀河を信じた。
ビクトリーとコスモスの力は、それでも今の彼には力が必要だろうと力を貸した。
だが、ゼアスとイーヴィルティガ――マサキ・ケイゴ――の力は、向き合うことを求めていた。
『お前を悪だと言った奴も居るだろう。
お前をクズだと言った奴も居るだろう。
だが、お前自身までお前をそういう風に見てどうする?
お前はきっと……何かに怒り、何かを壊すことに、偏りすぎただけだ』
「……」
『お前が自分自身と向き合えると、いつか本当のお前になれると……俺は、信じている』
銀河からガイに対しては、命の恩人に対する感謝がある。慈愛を持つ偉大な巨人に対する敬意がある。小さな人間が大きなウルトラマンを見上げるような、大きな心を見上げる気持ちがある。
(人は正義に寄り添いたいわけじゃない。
悪からできる限り離れたいってわけでもない。
"自分に迷惑かけてきそうなやつに近寄りたくない"んだ。
暴力を振るう可能性があるやつに近寄りたくないんだ。
どんな理由があろうと、あんな暴力を振るったら、その時点で……)
人が怪獣を嫌うのは、自分や自分の大切なものを傷付けるからだ。動機が仮に正義だったとしても、人はその存在が暴力を振るうものであるなら、近寄ろうとはしない。
街を壊せば、ウルトラマンとて責められることはある。そういうものだ。
「……気に入らないものを攻撃したかっただけ。
そういう意味じゃ、俺もあいつらも何も変わらねえんだよなあ……」
気に入らない悪を倒す。気に入らない人間をいじめる。
そこに何の違いがあるのだろう、と銀河は思う。
違いはあるのだろう。けれども同じところもある。銀河には、その二つが同じに見える。
後悔を噛み締めて、銀河は顔を手で覆う。
そうして、あの日のことを思い出して、あの日からずっと銀河の世話を焼こうとしている風祭澄春のことを思い出した。
携帯を手に取り、銀河は澄春に電話をかける。
『さ、さささささささ砂上くん! 無事ですか! 無事なんですか!』
「ああ、なんともない。着信とか無視して悪かった」
『いえ、いいんです! 砂上くんが無事なら、それで……よかった、本当によかった……』
澄春の声からは、電話越しにも伝わって来る心からの安堵と、心底の嬉しさが感じられる。
銀河という個人への好感。そしてかつていじめから助けられたという感謝。そしてそのために銀河が後悔を抱えたということと、銀河が処分を受けたことに対する、罪悪感。
こうして声を聞くと、ガイにも澄春の複雑な感情が読み取れるというものだ。
『砂上くん、いつかどこかで喧嘩で死んじゃいそうだから、本当に心配で……』
彼女の予感は当たっている。銀河が変わらなければ、その予感は現実のものとなるだろう。
人間としてどこかの路地裏で喧嘩の果てに殺されるか、ウルトラマンとしてどこかで怪獣に殺されるか。銀河に待っていたのはその二つの結末しか無かった。
だが、クレナイ・ガイとの出会いと、彼の言葉がそれを変えた。
力とは何か。
力はどう使うのか。
『闇を照らして悪を撃つ』という生き方は、どうすればできるのか。
ガイは、答えではなくヒントを与えて銀河を導く。
「あんた、俺のことをどう思ってる?」
銀河は唐突に、電話をかけた理由を、彼女に聞きたかったことを聞く。
『悪いと思った人を殴って、殴った後に後悔してる、そんなヒーローです!』
澄春は迷いなく、そう答えた。
銀河のいいところも悪いところも、全て一言にまとめた答えであった。
「ありがとう、澄春」
彼の中で、何かが変わった音がする。何かが変わった手応えがある。
何かが変わった感覚が、実感として肌と心に染みていく。
初めて下の名前で呼ばれて、澄春は盛大にうろたえた。
『……あ、あの、そのですね。それで、その、この問いにはどういう意図が?
ええっと、ですね、そこに"そういう意味"があるのだとしたら……
あ、あたしは、嫌じゃないんですけどね? と、唐突すぎじゃないかなーって―――』
話の途中で電話を切る銀河。無情なり。
聞いてやればいいのに、聞いてやる気がまるでない。酷い。
ガイとの会話、過去の想起で数時間を使ったため、既に時刻は夕刻だ。
銀河はそのまま会話の余韻にひたり、傾きつつあった夕陽を一時間ほど眺めていた。
ガイは少年を無言で見守り、やがて丸一日と数時間の休養を経て傷を癒やしたEXレッドキングが復活を果たして、咆哮と共に街の中に現れる。
「ガイさん、ヘイトダーティを」
『いいのか? 別形態でも倒せないわけじゃないと思うが』
「いいんだ。俺が今戦うべきなのは、あの怪獣じゃない。
この胸の奥にある、クソみたいに腐りきった、この心なんだ」
銀河の心の中で、ガイが笑う。誇らしそうに笑う。
『今のお前に、鏡で今のツラを見せてやりたいな。いい男の面構えになってるぜ』
そして、二枚のカードとオーブリングを勇壮に構えた。
「ゼアスさん!」
《 ウルトラマンゼアス 》
「イーヴィルさん!」
《 イーヴィルティガ 》
「向き合う心、お借りします!」
《 フュージョンアップ! ヘイトダーティ! 》
オーブが変わる。ヘイトダーティへと変わる。
そしてヘイトダーティもまた、変わっていた。
『己と向き合い、光を掴む!』
全身を包む色の大半が赤と紫、それは変わらない。
だが、表情が変わるかのようにフェイズデザインが変わっていた。
"感情で大きく顔が動く"というゼアスの特性を反映し、フェイスデザインは優しげなものに、かつ凛としたヒーローらしい造形へと変わる。
赤と紫の合間に走っていた黒色は、その全てが銀色に。
赤、紫、銀色の三色。その姿は紛れもなく、『ウルトラマン』のそれだった。
『向き合えたじゃないか、ギンガ』
「向き合っただけで、乗り越えたわけでもねえけどな」
吠えるレッドキングが、殴りかかってくる。
オーブはそれに対し、飛翔してかわす。そして空中でくるりと回転、身を翻し、下向きに飛んで重力の力も上乗せした落下気味の飛び蹴りを頭部へと食らわせた。
異常に太いEXレッドキングの首は折れないが、痛打にはなる。
「サンキュー、ゼアス、イーヴィル。
もう少しだけ、ただ向き合うだけでもこんなに手がかかる俺に、力を貸してくれ」
地上で構えたヘイトダーティに、EXレッドキングが殴りかかる。
『時よ戻れ!』
それに対し、オーブは"時間を巻き戻して"敵の攻撃を戻し、攻撃される前にカウンターのハイキックをぶちかました。
EXレッドキングが怒りの咆哮を上げ、巨大な尾を振り回して攻め立てる。
『時よ、遅れろ!』
それに対し、オーブは"時間を遅らせて"攻撃を悠々回避し、強烈な拳の連打をEXレッドキングへと叩きつけた。EXレッドキングがよろめき、切り札を切る。
地面に巨大な拳を叩きつけ、広範囲の地面の下からマグマのような炎を吹き出させ、噴火した火山のようにさせて破壊する必殺技、フレイムロードだ。
このままでは、街ごと町の住民が皆殺しにされてしまう。
『生まれろ、世界よ!』
それに対し、オーブはEXレッドキングの周囲に"亜空間を創造"することでフレイムロードの街への被害を無力化した。
亜空間は一瞬で消え、EXレッドキングの攻撃が無力化されたという事実のみが残る。
「……強いな、このフュージョンアップ! ジュネッスシーザーもバランスよく強かったが!」
あまり知られていないが、ウルトラマンゼアスは、極めて強力なウルトラマンを父に持つ、ウルトラマン界でも有数のサラブレッドである。
ごく自然に時間操作の能力を行使することができ、その能力を一切戦闘に活かせないという、最高の才能を持つ未熟なウルトラマンなのだ。
無制限には使えないが、時間操作も空間創造もお手の物。
イーヴィルが提供する
『……己の心の闇と向き合わなければ、使えない力。
ベリアルさんと同じ闇属性のイーヴィルさん込みの力。
だから俺は、いつの間にかサンダーブレスターと同じように見ていたが……』
オーブが腕を振り、光の刃が飛ぶ。
強烈なそれを、EXレッドキングの豪腕が殴り砕く。
『このフュージョンアップ、スペシウムゼペリオンと同じ、光のフュージョンアップだったのか』
パワーと耐久力ではEXレッドキングが遥かに上だ。
ゆえに速さと特殊能力で振り回し、オーブは小刻みに攻撃を重ねていく。
「一発!」
首に一発、拳を入れる。
「もう一発!」
腹に一発、蹴りを入れる。
「もういっぱぁつっ!」
背中に一発、ビームを入れる。
そうしてようやく、EXレッドキングに大技を入れられるだけの隙を作れた。
『決めるぞギンガ!』
「ああ、行こう!」
ウルトラマンゼアスの必殺技は、ウルトラマンをリスペクトしたスペッシュラ光線。
イーヴィルティガの必殺技は、本来はティガと同様のゼペリオン光線が人の邪な感情で変質してしまった、イーヴィルショット。
だが今は、その二つは重なり、銀河の意志の下一つの方向性を、光の方向性を得ている。
ゆえに、ヘイトダーティの必殺技の名は――
『「 スペリオン光線! 」』
――光を連想させる響きを宿した、名を冠することになる。
光線はEXレッドキングに直撃し、その体内でエネルギーを循環させ、爆発させる。
爆発が鮮やかな光を撒き散らす。
光に背を向けて生きてきた銀河が、少しだけ光の道に戻ったことを、祝福するかのように。
『お前はよくよく、ウルトラマンに心配されるやつだな。ギンガ』
オーブに、ゼアスに、イーヴィルに。
同化した三人のウルトラマンの力添えで、銀河は新たな一歩を踏み出した。
「……人間に寄っかかられたって平気な図体してんだから。
ガキが一人寄っかかっても、気にしないで流してくれよ、先輩方」
今のオーブを形作る一人として。
手がかかる子供として。
先人に導かれる男として。
少し気恥ずかしそうな様子で、照れ隠し気味に、銀河はそんなことを言っていた。
皆さん来年もよろしくお願いします