ウルトラマンオーブ Another Century's Episode 作:ルシエド
正義の味方になりたきゃなってろ。
どうせ俺は、それにはなれない。
その日、その小学生達は、ビルの合間の薄暗い路地を通って塾に向かっていた。
夕暮れ時。傾いた陽は、子供達に危険な場所をそうであると認識させない。
その小学生達が通う塾は、授業料は定期的に口座から引き落とすが、教科書だけは年度始めに一年分塾の隣の本屋で実費で買うという、少しばかり古臭いシステムでやっている塾だった。
子供達は鞄にお金をしまいこみ、遅刻しそうだったためか、大通りから見通せないこんな路地裏を通ってしまった。
警戒心の薄い子供だから通る道。親が知れば、絶対にそんな道は通るなと口を酸っぱくして言うであろう道。
そこで、この日を待っていた不良中学生達が、小学生を待ち伏せしていた。
「よう。なあ、ちょっと頼みがあんだけど、鞄の中見せてくんね?」
この不良中学生達は、数年前まではこの小学生達と同じ塾に通っていた、今では勉強に付いて行けなくてドロップアウトした者達だ。
同じ塾に通っていたから、いつが教科書代の支払いなのか、いつ教科書代を持った小学生がこの近辺に現れるのか、よく知っている。
ゆえに待ち伏せていた。
計画的カツアゲというやつである。
「怪我したくないだろ? へっへっへ、素直に鞄を渡しな」
中学生が手を伸ばし、鞄を抱えた小学生が涙目で後ずさる。
そんな中学生と小学生の間に、カラン、と鉄パイプが落ちてきた。
「え」
あと一歩、中学生が前に出ていたら手に当たっていた。
あと少し強引だったなら、鉄パイプが間違いなく当たっていた。
その事実が、不良中学生達を一方後ろに下がらせる。
「おいおい、今日の俺は機嫌が悪ぃんだ。
俺の周りでギャーギャー喚いてると、ぶっ殺すぞ」
「! 誰だ!?」
整髪料で固められ、逆立てられた金染の髪。
殺意しか見て取れない瞳。
生傷がそこらじゅうに見える肌に、メタルのライブに今すぐ行けそうな服装。
その指輪は飾りではなく、パンチ力を凶悪に引き上げるためのものであると、不良の世界に浸ったこの中学生達はよく知っている。
"俺に近付くな"という意思表示をこれでもかと盛ったその外見は、まるでハリネズミのようだった。
「俺の名前でも聞いてんのか?
『
そして、その名前を聞いた不良中学生達は、一気に震え上がった。
「砂上……に、『西中の悪鬼』じゃねーか!」
「暴走族"ルシフェル"を一人で壊滅させたとかいう、あの!?」
「パンピーのクラスで大暴れして、休学食らったマジもんかよ!
女子の顔面も構わずグチャグチャにしたとかいう、あの……!」
「ギャーギャー喚いてるとぶっ殺す、って俺言ったよな?」
「「「 ―――っ! 」」」
声も上げられないほどの恐怖から、不良中学生達は一目散に逃げ出した。
銀河は中学三年生。今の中学生達は中学一年生。
年齢的に小学生しかカモにできない、ということなのだろう、
小学生達は銀河の外見に怖がりながら、それでも助けられたという事実を認識し、おどおどと歩み寄って礼を言おうとする。
「あ、あの……」
「失せろ!」
「ひゃっ」
「目障りだ、とっととこの場から消えろ!」
だが、銀河という男に怒鳴られ、尻込みしてしまった。
子供に怒鳴る人間は、それだけであまりよろしくない人間であることが窺える。
「近道だろうがなんだろうが、次てめえらがこの路地を歩いてるの見たら!
この俺が直々にぶん殴ってぶっ飛ばしてやる! 目障りだ!
殴られたくねえんなら、もう二度とこんな路地を通るんじゃねえぞ!」
「ひっ」
「もう一度言う!
次にここでお前らを見かけたらぶっ飛ばす!
殴られたくねえんなら、絶対にこの路地通んじゃねえぞ!」
「ご、ごめんなさいっ!」
「お、おかーさーん!」
「うええええええんっ!」
不良に怒鳴られ、小学生達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
全員が大通りに出たのを見て、砂上銀河は疲れた様子で溜め息を吐く。
「……あー、めんどくせ」
これであの小学生達は、もう二度とこの路地を通らないだろう。
この路地を通らなければ、ガラの悪い連中に絡まれることもない。
つまりは、そういうことだった。
「ったく」
銀河は大通りに出て、帰路につく。
人目につかない所でたむろしているだけの不良には目もくれないが、コンビニ前に集まりギャハハと煩く笑い、ゴミを路上に捨てている不良等を見れば、近くに寄ってガンつけに行く。
「ひっ」
「やべっ」
「逃げろ逃げろ!」
銀河がガンを付けに行った時、この手合いの反応は大体二種類だ。
ビビって逃げるか。
人気のない場所に移動して、リンチしようとするかである。
今回は前者だったようだ。
「あ、こんなとこで見つけた! ひゅー」
吹けてない口笛と、高い声なのに聞き心地のいい女の子の声。
振り返って声の主を彼が見やれば、そこには身長140cm程度のちみっこい女の子が立っていた。
黒く長い髪を藍色のリボンで簡易にまとめたポニーテール。
幼い顔立ちに華奢な体格、低い身長。小学生な外見と全く噛み合っていない中学の制服。
襟に付いている学年章に『III』とあることから、この少女と銀河が同い年であることが窺える。
「砂上君! あたし今日もずっと探してたんですよ!」
「風祭か」
彼女の名は、『
不良である銀河にお節介を焼くことから、あまり事情を知らない者からは委員長キャラなのかと思われがちだが、その実委員長キャラとは程遠いロリだ。
真面目だが、頭が悪いためにテストの点は毎回平均前後。
言われた面倒事はやるが、言われてない面倒事はやらないため勉強量も多くない。
やや短慮で抜けている所もあるので、周囲からはあまり頼りにされておらず。
身体能力は低いが活発なので、勉強より運動の方が好き。
性格は明るいがコミュ力が高いわけではないので友人も多くない。
そんな少女であった。
「また俺を探してたのか」
「でないと会えないですからね!」
「そりゃあ処分保留って名前の停学食らった後だからな」
「うぐっ」
「……なんつーツラしてんだよ、お前」
今は平日の夕方だ。
夕陽を背にしている澄春が制服を着ていて、銀河が制服を着ていないのは、彼が何か問題を起こして学校に行けなくなったからであるらしい。
「こんな不良と私生活で付き合いがあるとか噂されたら、学校に行きづらくなるぞ」
「ふふん、望む所です」
「……あー」
「あたしの価値を決めていいのはあたしだけです!
あたしにとってのあなたの価値を決めていいのもあたしだけ!
他の人がそれを決めようとするなら、ふざけんなって怒ってやりますとも!」
底抜けの善意。
そして、"将来的にこうなるかもしれない"という明確で正確な未来予想ができていない、微妙な頭の悪さ。
それと、少しの後ろめたさ。
風祭澄春は、それらを理由に動いている。
「さあ、行きましょう! してない分の勉強をしに! ひゅー」
「吹けてねえぞ口笛」
「あたしには貴方の勉強を見る責任もあるですし!」
さして成績がいいわけでもないのに他人に勉強を教えようとする澄春。
少女は少年を引っ張っていこうとするが、この少年は中三で既に170cmと少しの身長がある。
二人の身長差は30cm以上。腕力差もある。これでは力任せに連れて行くのは無理だ。
彼女が彼が休んでいた期間の分の勉強を教えようとする。彼は避ける。
少女が無理にでも連れて行こうとする。少年が避ける。
そんな珍妙な二人の珍道中。
「それに学校の勉強についていけなくなったらどうするんです?
そうしたら本当にどうしようもなくなって、学校に戻れなくなっちゃいますよ」
「いいんだよ、面倒な流れになったら学校なんざやめてやらあ」
「ええ……あれ? あっ!」
先に気付いたのは、澄春の方だった。
澄春の視線を追い、銀河は前だけを見て横断歩道をニコニコ渡っている子供と、うっかり子供を見落としてハンドルを切ってしまったトラックを、彼は見た。
瞬時に駆け出す。
対応と行動は、澄春より銀河の方が早かった。
「馬鹿野郎!」
子供の襟首を引っ掴み、力任せに歩道を引き戻す。
だが、子供は案外重い。小学校の折り返しでも30kgはある。
それを引き戻すために銀河の体は前に出てしまい、交差点を曲がるために減速していたトラックの一部分が、銀河の肩を弾いてしまう。
トラックの運転手は気付いていたのかいないのか、どちらなのかも分からないまま、一度も止まらずに走り抜けていった。
銀河は弾き飛ばされ、一度膝をついてしまうが、すぐさま立ち上がって子供に駆け寄る。
一秒とかけずに子供の体に怪我がないかどうかを確認し、一瞬だけ心の底から安堵した表情を見せるが、次の瞬間には殺人者もかくやというほどに恐ろしい、怒りの表情を浮かべていた。
「このバカガキが! 周り見てから横断歩道は渡れ!」
「で、でも、青信号で……」
「でももだってもあるか! 青信号で轢かれたやつなんざ腐るほどいるわ!
轢かれた後に『でも』『だって』て言ったってした怪我は戻らねえんだよ!
気を付けろ! 死んだらてめえの親も友達も泣くだろうが!」
不良に怒鳴られ、子供はかわいそうなくらいに萎縮している。
子供の目元に、じんわりと涙が浮き、ひっくひっくと嗚咽が漏れ始める。
「泣くな!」
「ひっ」
その涙が、不良の恫喝で一気に引っ込んだ。
「いいか! 次こんな不注意したらぶん殴るぞ!」
「えぐっ、えぐっ」
「返事! 横断歩道は注意して渡れ!」
「ひゃっ、ひゃいっ!」
「一生、忘れるな!
……まともに生きてさえいれば、今の俺みたいに、周りの誰かがまた助けてくれるから」
子供を怖がらせないことになど興味はなく、子供を泣かせないことにも興味はなく。自分がいい人に見られることに興味も無ければ、ありがとうと言われることにも興味はない。
彼はただ、感情のままに行動しているだけだ。
子供は逃げ出すように、自宅目指して駆け出して行った。
"車に轢かれそうになった記憶"と、"それが原因でとても怖い人に怒られた記憶"。
この二つは生半可な教訓よりも強烈なトラウマとなって、あの子供に刻まれたことだろう。
褒められたやり方ではないが、あの子供はこれから先ずっと、横断歩道を不用意に渡りそうになる度に、彼の怒鳴り声を思い出してしまうようになったはずだ。
テストで言えば赤点級の対応を子供に対し行った銀河に対し、今の一連の流れを見ていた澄春は、吹けていない口笛を吹く。
「ひゅー」
「吹けてねえっての」
「かっくいーです。
言葉遣い、態度、対応、剣幕、言い方の全てが0点以下のアレでしたけど」
「てめえの口笛は煽りのためにあんのか、ああん?」
澄春はにっこりと笑って、慈しむ手つきで彼の肩に触れる。
子供を助けるためにトラックにぶつけたその肩は、服で隠れていてひと目には分からないが、痛々しく腫れていた。
「男の勲章じゃないですか。あたしはかっこいいと思いますよ」
「けっ」
腫れてはいるが 痛みはそれほどでもないらしい。
腫れている方の腕を動かし、少女を振り払うように動いて、少年もどこかへと歩き出した。
「ついて来んな」
「ひゅー、ひゅひゅひゅー」
「口笛吹いて誤魔化そうとすんな、吹けてねえよ」
少女もその後に付いて行く。
付いて来るなと彼は言ったが、彼女はまるで耳を貸さない。それどころか"構ってくれるのが嬉しい"といった様子でガンガン話しかけてくる。
その内、銀河は澄春に対応するのを止め、無視するようになっていった。
この街には、神様を祀る祠がいくつもある、
銀河、及び彼にひっついてきた澄春はその祠の内一つに到着。
慣れた手つきで手早く丁寧に祠を掃除していく銀河を見て、澄春はたいそう驚いた顔をした。
「……案外真面目な一面が見えちゃって、びっくりしました」
「しょうがねえだろ、俺の家は氏子のまとめ役やってんだからよ」
掃除をしている銀河当人でさえ、この祠で何を祀っているのかも知らない。
よく分からない地域ローカルの神様が祀られているだけだからだ。
彼もこの祠の奥を見たことはないが、この祠の奥には、その神様に由来するものが収められているらしい。
「神様に奉仕する身なのに、髪は超サイヤ人みたいにしちゃったんですね。
「喧嘩売ってるのか? ぶっ殺すぞ」
「あ、いえその、ごめんなさい」
どんどん綺麗になっていく祠、積み上げられる落葉・砂・埃で出来たゴミの山。そしてゴミと同様に澄春のフラストレーションも溜まっていく。
銀河が構ってくれない上に、掃除は見ているだけだと退屈だからだ。
あんまりにも退屈なので、澄春は雲の数でも数えようかと夕方の空を見上げる。
「あれ?」
だが、そこに。色違いの太陽が二つ浮かんでいた。
青い太陽。赤い太陽。空を忙しく動き回るそれは、ひと目には色違いの太陽にも見える、不思議で大きな光の玉だった。
「どうした」
「空に何か見えませんか?」
「空ぁ? 雲か鳥か飛行機か、なんであっても……」
かくして、銀河もその二つの光を目にする。
「―――『光』?」
よく見ると、青い光が赤い光から逃げ、赤い光が青い光を追っているようだ。
青い光はスピードを上げ、赤い光を引き離し、一気に高度を下げる。
青い光は、彼らが居る祠の前に、一直線に落ちて来ていた。
「! 伏せろ、風祭!」
轟音と爆音が鳴り響く。
青い光が、祠の前の石畳に墜落したのだ。
澄春は銀河に庇われたたために無傷であったが、飛んで来た石の破片は銀河の頬を切っており、体重が軽い彼女がモロに衝撃を受けていたらどうなっていたか、想像もしたくない。
「い、いったい何が……」
少女の鈴の鳴るような声も、困惑に染まっている。
二人の疑問の答えは、すぐに現れた。
青い光が霧散して、青い光の中身が立ち上がる。
それは、怪物だった。
体長は4mはあるだろうか?
全身の色合いは黒ずんだ苔のような複合色で、体型は二足歩行の爬虫類、と表現するのが一番適切であるはずだ。
一歩歩くたび、足に生えた爪が容易く石畳にめり込む。
腕も太く、重量級のプロレスラーよりよっぽど太い。
皮膚にある金属質の凹凸は、その色も相まってまるで一つ一つが山のよう。
牙はひと目で金属であると察せるもので、その合間から大量の唾液が漏れ出している。
「キィシャァ」
銀河の倍以上の身長。澄春の三倍以上の身長。
それは、この世界においては空想の産物でしかなかった怪物―――『怪獣』だった。
「怪、獣?」
二人の思考から、一瞬にして冷静さが吹き飛んでしまう。
澄春は反射的に一歩下がり、銀河は反射的に一歩前に出て、彼女の前に立った。
「―――!」
「あ、危ない! 砂上くん、あたしの後ろに隠れて下さい!」
「俺の前に出るなすっこんでろチビスケ」
「あ! チビって言った! チビって言った! 言ってはならないことを!」
前に出ようとする澄春を抑え、銀河は油断なく怪獣を観察する。
犬と人間は、根本的に違う。
意識が違う。思考が違う。そして、思考によって動かされる目の動きが違う。
怪獣を観察していた銀河は、その目の動きから、その怪獣の中にある知性を理解した。
そして、その目から、人類に対する殺意も理解した。
一か八かと、彼は動き出す。
「こっちだ、かかって来い!」
足元の小石を拾い、銀河は怪物に投石を仕掛ける。
怪獣は眉間に小石を当てられ、少し苛ついた様子で木々の合間に逃げていく銀河を追おうとする。
それでいい。銀河の狙い通りだ。
彼の目的は最初から、あの怪獣の注意を引いて逃げ、澄春からあの怪獣を引き離すことにある。
勇気ある行動だ。澄春と違い、自分の死の可能性を明確に認識している彼の選択だからこそ、そこには価値が宿っている。だが、彼は根本的な所で大きな間違いを犯していた、
「砂上くん、逃げて下さい! 砂上くんの後にあたしも逃げます!」
彼の最大の失敗は、"会話"をしなかったこと。
彼女との意思疎通を図らなかったこと。
彼の善意が、彼の中で完結するものでしかなかったこと。
そして、彼女の彼に対する好意の桁を、一つ読み違えていたことだった。
足を止め、慌てて振り返った銀河が見たのは、小さい体で必死に怪獣の尻尾を掴んで引っ張る少女の姿。
「バカ、やめろ! 誰がそんなこと頼んだ!」
「ふへへ、あたしだってやる時はやる―――」
二人が見せた善意の量は等量で、けれども"死ぬかもしれない"という意識だけが、決定的に違っていた。
怪獣が澄春を見て、尻尾を振る。
それだけで澄春は振り払われ、転がされてしまう。
「あきゅっ!?」
"死ぬかもしれない"という意識が薄い澄春の動きには、必死さがない。
だから、転がされてから立ち上がるまで、数秒かかる。
"死ぬかもしれない"という意識を確りと持っていた銀河の動きには、必死さがある。
だから、澄春が振り払われる前には既に、彼女を救うべく動き出していた。
怪獣の口元に、青い炎が溜め込まれる。
圧縮されたそれが、映画のワンシーンのような動きから放たれた。
狙われたのは澄春。だが、澄春は炎の発射と同時に突き飛ばされていた。
突き飛ばされた澄春に炎は当たらず、突き飛ばした銀河をかすめて、彼らの背後の祠に直撃。祠を丸ごと吹っ飛ばす、大規模な爆発を引き起こした。
「……砂上くん?」
炎は彼をかすめただけだ。
だが、ただの人間を死に至らしめるには、それだけで十分だった。
高熱が皮膚を焼き、眼球を焼き、気管支を通して肺を焼く。
高熱で体内の水分は一気に飛び、肉は融け、焦げる。
それでもまだ辛うじて意識が残っているというのが、本当に最悪だった。
「砂上くん!」
澄春は彼に駆け寄ろうとするが、それさえ叶わない。
怪獣は何と、ここで巨大化を始めたのだ。
4mの巨体でさえ手がつけられなかたっというのに、ここでその体のサイズが十倍になる。
40m。40mだ。
巨大化した怪獣が一歩歩くと、地面が大きく縦に揺れる。
澄春の足が地面から浮き、浮いた足が"地面に蹴り飛ばされ"、弾かれた体は彼女の頭を石畳に打ち付ける。
怪獣がただ歩いただけで、少女は気絶させられてしまった。
「シャギィァ」
大地震の被害者の証言に、たびたび『床に蹴り飛ばされた』『壁に突き飛ばされた』というものがある。
地面が本当に大きく揺れると、慣性でその場に留まっただけの"人の体"などという軽いものは、周囲のあらゆるものにぶつかられてしまうのだ。
巨大な怪獣が歩く。
ただ歩く。
それだけで地面は揺れ、建物は揺れ、人は壁や床に蹴り飛ばされていく。
揺れる地面の上で逃げ惑っても、揺れる地面の上では転ぶだけ。
壁や床に蹴り飛ばされて当たりどころが悪ければ、それだけで致命傷にもなりかねない。
まだ、怪獣は攻撃を仕掛けてすらいない。
攻撃を仕掛ける気はあるが。まだ街の中を歩いているだけだ。
……にも、かかわらず。人というか弱い生物は、既に怪我人を出し始めている。
かつて、大昔のゴジラがそうであったように。
『怪獣』という巨大な脅威は、ただ歩いているだけで人を害する、本物の恐怖そのものだった。
ハーモニカの、音が聞こえる。
不思議なメロディだった。どこか物悲しさを感じるメロディ。
けれども陰鬱さは感じられない。
『本当のメロディ』を弄って作った子守唄のような、そんなメロディだった。
光の中で、不思議なハーモニカの曲を聞きながら、銀河は目を覚ます。
「ったく、こんな馬鹿は近年そうそう見ないな。
死ぬと分かっていて、怪獣に喧嘩売って、他人を庇って死ぬなんてよ」
光の中には、光を背にする姿がよく似合う、威風堂々とした男が立っていた。
「あんたは……?」
「俺の名はオーブ。『ウルトラマンオーブ』。
……ま、馴染みのない名前だろうから、クレナイ・ガイとでも呼んでくれ」
「ウルトラマン……クレナイ・ガイ? 俺は……砂上銀河、って名前、だけ、ど……」
少し落ち着いてきたのか、少年は状況を飲み込み始める。
自分が何をしたのか。
自分がどうなったのか。
それを理解すると、少年は自嘲気味に笑った。
「そうか。俺は死んだのか。
情けねえ、最後の死に方があれかよ。
情に流されて自分らしくもない死に方するとか、クソふざけた話だ」
どこぞの路地裏で恨みを買ったやつに刺されて死ぬんだろうな、程度に思っていたのに。そう思考し、彼は自嘲する。
"こんな死に方じゃまるで俺がいい人みたいじゃないか"と、彼の思考に自嘲だけでなく自己嫌悪や、自らを偽善者と罵る気持ちが混ざり始めていた。
「いや、お前は命を失ったが、死んではいない」
「……何?」
「俺がお前と同化した。
お前はまだ死んでいない。
今は俺とお前で、一つの命を共有しているってことだ」
「マジかよ……じゃあ、あれか。
あんたは俺の命の恩人か?
……悪いな。俺ぁただのクソガキだ、その恩に相応のもんは返せない」
「気にするな。相応のものは貰ってないが、相応のものは見せてもらった」
「?」
「過ぎたことは過ぎたことだ。生産性の無い過去の話に意味はない。
それよりも、だ。俺はお前に、この世界のこれからのことを話さなくちゃならない」
クレナイ・ガイと名乗った男は、風来坊のような姿をしていた。
その帽子を指先で押し上げ、深刻な面持ちで彼は語る。
「今この世界には、『キングベムラー』の魔の手が迫っている」
「キング、ベムラー?」
「赤い光と青い光を見ただろう?
赤い光が俺で、青い光はキングベムラーの配下、ベムラーだ」
「ああ、あれか」
つまりクレナイ・ガイは、あの危険な怪獣を追って来たというわけだ。
それだけで、少しは信用するための材料にはなる。
「キングベムラーは強い。
策を弄して、既にジャックさんと80さんを撃退したとも聞く。
ジャックさんと80さんは、全宇宙でも上位に入るほどの
「全宇宙……すっげえスケールだな。
いや、待てよ。そもそもそいつはなんでこの星を狙ってんだ?」
「ここが、『多次元宇宙の底』に位置する宇宙であり、地球だからだ」
「宇宙の底?」
聞きなれないワードに、銀河は首を傾げる。
そもそも宇宙に底なんて無いだろう、といった感じの顔だ。
「それが一番近い言葉ってだけさ。
事象の地平面は、物理的な面じゃない。
宇宙の海も、実際の海には程遠い。
特異点だって点じゃなく球か空間だ。そうだろう?」
「それは、まあ」
「話を戻すぞ。ここは宇宙の底。他の宇宙からこぼれ落ちたものが溜まる場所だ。
他の宇宙でウルトラマンが使った力。
他の宇宙で倒されていった怪獣の力。
それらがこぼれ落ち、この宇宙に降り積もって、何かの形になっている」
「キングベムラーはそれを狙ってる、って解釈でいいんだな?」
「理解が早いな、助かる」
どうやら銀河は、見かけ以上に頭がいいようだ。
そのせいか、余計なことまで察してしまう。
「……悪いな、ガイさん。俺は余計なことしちまってたみたいだ。
つまりあれだ、俺はキングベムラーを追ってたあんたの邪魔になっちまったんだな」
「おいおい、何言い出すんだ。
お前は邪魔をしたんじゃない。人助けをしたんだろう?」
キングベムラーの野望を阻止するため、あのベムラーを追っていたガイは、死んだ銀河を助けるために同化してしまった。
正確にどのくらい邪魔になったかは分からないが、同化という言葉のニュアンスから、最低でもどのくらいの邪魔をしてしまったかくらいは察することができる。
銀河は命の恩人に対し、邪魔をしてしまったことを悔いて、ガイに対して深々と頭を下げていた。
「ったく、気にしすぎだ。だが、そうだな。
お前の気が済まないっていうのなら……俺に力を貸してくれ」
「力? 宇宙人に貸せるような立派な力なんて持ってねえぞ」
「ある。必ずある。それは全ての人の心に備わってる力だからだ」
「心の……力?」
「キングベムラーを追う戦いで、俺は力あるカードのほとんどを落としちまった。
残ってた俺自身の力も、同化の影響なのか上手く使えない。
オーブカリバーもどこにあるのかさっぱり分からねえ。
だが、その代わりにお前が居る。お前の力が必要だ。この世界を守るために」
「心の力って言ったって、何を―――」
景色が切り替わる。
世界が切り替わる。
「―――すれば、って、え?」
光に満ちた精神世界の光景は、一瞬にして現実世界のそれに切り替わっていた。
銀河は周囲を見渡す。
破壊された祠とその周辺。
気絶している風祭澄春。
そして、街の中を我が物顔で歩き回る、ベムラーの姿を見た。
「街が……!」
銀河は傷一つ無い体で立ち上がる。
どうすればいい。
何ができる。
クレナイ・ガイが言った力とは、どうすれば出せる?
そんなことを考える彼の意志に呼応して、祠の奥で何かが光った。
ここは宇宙の底の宇宙。
怪獣の力、ウルトラマンの力、それらに類するものが沈殿し結晶化する世界。
そこで神と呼ばれるもの、信仰されるものとはなんだろうか?
その答えは、祠の奥で光り輝き、祠の奥から彼の手元まで飛んで来た、二枚のカードを見れば分かる。
「うあっ!? ……カード?」
彼の手の中に収まった、赤い巨人が描かれた二枚のカード。
それは彼の手の中でほどけ、光となって彼の周囲を漂い始める。
『聞こえるか、ギンガ』
「!? 頭の中に、ガイさんの声が……あ、ああ、そうか。一つになったんだったっけか」
『偶然じゃなかったのかもな。
お前が俺と出会ったのも、ベムラーにやられたのも、"それ"に選ばれたのも。
全部、"お前の心の本当の在り方"が引き寄せた、必然だったのかもしれない』
「え?」
『力の制御は俺がやる。悪いが、戦いは任せた!』
ウルトラマンと引き合う心根を持ち、ウルトラマンが守ろうとするものを命懸けで守り、その行動の結果死に至る。
その原因が、そういった行動を取らせた、彼の心にこそあるのなら。
共に戦うことに、些かの不安もない。
『行くぞ!』
光になった二枚のカードは、銀河の精神世界の中でカードとして再構築され、ガイがそれを『オーブリング』へとリーディングする。さすれば、光は力へと代わる。
「ネクサスさん!」
《 ウルトラマンネクサス 》
「レオさん!」
《 ウルトラマンレオ 》
「逆境に負けない心、お借りします!」
《フュージョンアップ! ジュネッスシーザー!》
吹き出すは赤。
炎の赤ではない、情熱の赤。
燃える心を示す赤色が、銀河の体を赤い巨人のそれへと変える。
その日、その時、その瞬間。
あと少しの時間で完全に夜となるこの時刻に、誰もがその巨人の姿を目に焼き付けていた。
ベムラーも、人々も、揃ってその巨人を凝視する。
全身を包む鮮烈な赤色。
夜闇を切り裂く美麗な銀色。
両腕には籠手が付けられ、頭部には王冠のような光のライン。
その二色で構成された赤銀の巨人は、大地から伸びて天を衝く光の柱と共に現れた。
「光……」
街の中で、誰かが呟く。
「光の、巨人……」
その巨人に相応しい名を呟く。
申し合わせたかのように、皆が揃って『光の巨人』と呼んでいた。
『ギンガ、覚えておけ。今の俺達の名は、オーブ! 不屈の心が、絶望を越える!』
今はガイが銀河であり、銀河がガイだ。
そして、二人で一人のウルトラマン、オーブでもある。
体が巨人となった銀河は、信じられないものを見るかのように、巨人の姿で変化した自分の両手を眺めていた。
「なんだこれ、すげえ……これが、ウルトラマンオーブの力……?」
『いや、俺一人のフュージョンアップじゃこうはならない。これは俺と、お前の力だ』
オーブとガイという存在に、砂上銀河という不純物を混ぜたがために生まれたイリーガル形態。
それがこの赤の巨人、ジュネッスシーザーだ。
『イメージしろ、ギンガ! そうすれば、今のお前はそれだけで飛べる!』
「……分かった!」
巨人が跳び、飛ぶ。
オーブの体は銀河のイメージ通りに飛翔し、ベムラーを抱えて一気に海上にまで移動した。
ベムラーを海面に投げつけて、オーブもまた着水する。
水深は、どうやらオーブの足首と膝の辺りが海面に当たるくらいの深さのようだ。
ベムラーが吠え、オーブが構える。
銀河は路地裏の喧嘩殺法にて、吠えるべムラーに掴みかかった。
「くたばれ!」
まず初手は、ジャブに近いモーションの右ストレート。
オーブの拳は怪獣の顔面を狙ったものだったが、ベムラーは膝と腰を上手い具合に曲げて体を斜め右下に沈み込ませ、それを回避。
「!」
銀河は驚くが、すかさず左フックで再度顔面狙い。
だがベムラーは、右腕を使って左フックを叩き落としてきた。
更には空いた左腕で、カウンターの掌底をオーブの胸に叩き込んでくる。
「っ、やべえな、獣みたいな姿してるくせに、こいつ……!」
ベムラーの掌底でオーブの体が僅かに浮き、水に足が沈んでいたこともあり、オーブはたたらを踏んでしまう。
そこで水の抵抗もなんのその、その場で高速回転したベムラーによる、強烈な尾の一撃が振るわれた。
尾はオーブの腹に直撃し、オーブを吹っ飛ばして海に沈める。
「がっ、はっ……強い……!」
『キングベムラー直属の幹部級ベムラーだ!
気を付けろ、油断すれば一瞬で持っていかれるぞ!』
「いいさ、ベタ打ちだ」
オーブは気合いですぐさま立ち上がり、飛行能力を使ってベムラーの頭上を越えて、ベムラーの背後に着水する。
ベムラーが振り返ったほんの一瞬で、オーブは互いの拳だけが届く距離、近すぎて足も尾も振るえないような至近距離で、足裏をベッタリと海底に着けて、腰を据えた構えを取っていた。
「こいつが目の敵にしてる俺がくたばるか。
気に食わねえコイツが俺にぶち殺されるか。
先に倒れた方が負け犬になるだけだ……!」
オーブが殴る。ベムラーが殴る。
オーブが殴る。ベムラーが噛み付く。
オーブが殴る。ベムラーが頭突きをする。
オーブが殴る。オーブが上半身の動きだけで、ベムラーの爪をかわす。
オーブが殴る、殴る。殴る。受け止める。殴る。殴る。
オーブが殴る。交わす。受け止める。殴る。殴る。殴る。
「お上品な、戦い方なんざ、できねえようにしてやる!」
その場で足を止め、ベムラーが下がったら一歩踏み込む。けれど自分から下がることは絶対にしない。そんな男らしいインファイト。
回避もする、防御もする、モロに一撃貰うこともあるが、踏ん張った足だけは意地でも動かさない。
"距離取りてえならお前が下がれ"という強烈な意志を、拳と共に叩きつける攻勢であった。
敵を殴り倒すことしか考えていない。
その集中力は強みだが、されど同時に、弱点でもあった。
オーブがベムラーの額を殴り飛ばそうとした瞬間、ベムラーは踏み込んで来たオーブを見て、確かにほくそ笑んだ。
『! 首を守れ!』
「―――!」
精神世界から、ガイが叫ぶ。
銀河は自分の判断より、その叫びの主の判断を信じた。
オーブが首を庇い、それとほぼ同時に、ベムラーの全身の凹凸から巨大な棘が伸びる。
首を庇った腕の籠手に棘が当たったのは、幸運以外の何物でもなかった。
この宇宙のあらゆる金属よりも頑丈なその籠手が、首を守った。
だがベムラーの全身から伸びた無数の棘は、強靭なオーブの体表を浅く切り裂き、その内の一本が右の太腿に突き刺さっていた。
「ぐあああっ!」
耐え難い激痛。
喧嘩慣れした銀河だからこそ耐えられたが、包丁で手を切っただけで大騒ぎする普通の一般人であれば、ここで完全に戦意を喪失していただろう。
不良ではあっても戦士ではない銀河もまた、痛みに膝をついている。
勝利を確信したように、ベムラーは高らかに笑っていた。
『諦めるな、立ち上がれ!』
痛みで立ち上がれやしない。
けれど、その声に応えて立ち上がる。
『前を見ろ、敵を見ろ!』
戦う余裕なんてありはしない。
けれど、その声に応えて前を見る。敵を見る。
『限界を超えろ! 今はお前も光の戦士、ウルトラマンだ!』
目の前の敵が気に入らない、倒したい、という闇色の欲求。
耳元に聞こえる声を聞いていると湧き上がる、光の色の使命感。
二つが混じって、
「あああああああっ!!」
オーブは飛び上がり、頭上からベムラーに飛びかかる。
ベムラーは再度の棘を伸ばして、今度こそオーブを串刺しにせんとした。
棘という点を敷き詰めた、事実上の面攻撃。
「それはもう見た!」
だが、所詮は点の集合体。本物の面が作られているわけではない。
オーブは落下しながら、伸びて来る棘の側面を蹴り続けてかわすことで落下を続け、棘の合間を豪快にすり抜けつつ落ち続ける。
それどころか、両手の籠手を使って突き出される棘を受け流すことまで始めていた。
銀河はようやく、"このオーブ"の戦い方を把握したのだ。
ジュネッスシーザーの特性は、『レオの格闘技能の再現』。
そして両腕の籠手を使った『格闘動作の延長での多彩な攻撃』だ。
レオの手刀の振りで、光刃が飛ぶ。
レオの格闘攻撃の威力が、光刃によって倍加する。
ジュネッスシーザーとは、バーンマイトをより近接に特化し、炎熱攻撃を斬撃攻撃に置換したようなフュージョンアップ形態なのだ。
「ナメんなクソトカゲぇッ!」
落下し、ベムラーに肉薄し、すれ違いざまに籠手を翻す。
籠手には光刃。振るうは闘鬼・ウルトラマンレオの鋭い手刀。
ベムラーの額は、縦に綺麗に割られていた。
聞くに堪えない、醜い絶叫が戦場に響く。
ここで決める。ガイと銀河の思考が、一部のズレもなく重なった。
両手の籠手がクロスされ、放電に似たエネルギーの発生現象が視覚化する。
発生したエネルギーはオーブの右足に集中した。
オーブは踏み込み、右足でベムラーを蹴り飛ばし、蹴りが当たった瞬間から、右足の全エネルギーを開放する。
『「 レオ・シュトローム! 」』
蹴り飛ばされ、放出された力に押し出され、ベムラーは雲の上まで飛んで行く。
"シュトローム"は、分解消滅の光線。
ウルトラマンネクサスが持つ、素粒子さえ消滅させる必殺光線だ。
それを叩き込まれ、上空に運ばれ―――そこで、ベムラーは爆散した。
「……お……終わった、のか?」
変身解除。元の体に戻った銀河は、崩壊した祠を含めた街の全てを見下ろせるビルの上に現れ、そこで仰向けにぐでっと倒れる。
フルマラソンを走った後のような消耗具合だ。
どうやら、ウルトラマンへの変身は生半可な人間には極度の消耗を強いてしまうらしい。
『おつかれさん』
「その余裕……やっぱあんた、凄え、人、なんじゃ……」
同化し共に戦っていたのに、ガイは平然とした様子で、銀河はそのまま気絶してしまう。
気絶した銀河をよそに、ガイは彼の体の内側から崩壊した祠を眺めていた。
『あの祠に飾られていた、あの紋章の形。間違いなく"スパークレンス"だ』
見覚えのある形の紋章。それがあったからといって、それがどうしたという程度の話。
『光の遺伝子。この宇宙における。この地球の、ティガさんの子孫……か』
だが、ガイはそこに『縁』を感じずにはいられなかった。
口と人当たりと喧嘩っ早さだけが最悪に最低な不良。『風来坊』と呼ばれるあんちゃん。これらの造形も絶滅危惧種になってきましたね