紅玉が不憫すぎるから俺が運命を変える。   作:あたたかい

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急にアクセスが多くなって、驚きました。
九話だけに。










新章開幕です。


【第二章】王の器たちの計画と紅玉
第九話『She』


ームスタシム王国ー

 

『王族、貴族を皆殺しにしろ!!』

 

『王女を見つけたぞ!!』

 

『捕らえろ!!!』

 

 

 

ムスタシム王国。

 

長年魔法の研究に国をあげて努めてきた魔導大国。

海を挟んでレーム帝国やバルテビアに、山脈を挟んで煌と、大国に囲まれた位置にあるこの国は、魔法の力で国の軍事さえも強化していた。

 

近年はその力で、軍事大国バルテビアの侵攻をも防ぎきるなど、魔法の力を全世界に示すきっかけになっていた。

 

ムスタシムの魔導研究の要は、世界一と言っても過言ではない、魔導研究施設にて学問機関、マグノシュタット学院。

学長のマタル・モガメット率いるこの魔導学院は、信じられないほどの魔法の力を、魔導士ではない人々に対して与えることで、ここ数十年で国内での権力は膨らみ上がり、大規模になっていた。

 

そんな世界一の魔法技術の恩恵は、病的なほどに人々に浸透し、平民をはじめ、貴族、王族にいたるまで、その力に依存していた。

彼らの真の狙いも知らずに。

 

 

 

魔法技術の奇跡を、貴族たちが自分たちの物だけにしようと動くのは自然な流れだった。

そんな彼らの魔導を支配しようとする動きが、国民の反感を買った。

 

病的な依存。

その先にあるのは破滅だった。

 

始めは国民の小さな反乱だったが、それがマグノシュタットの力で大規模なものになっていった。

 

国が保有している魔法に関しての全ての権利を学院に引き渡せと、反政府の彼らは要求した。

国が裂けるのは、時間の問題だった。

 

マグノシュタットの強靱な学徒たちは、反政府の民衆を扇動し、自分たちの保守に走った貴族や騎士団と手を組み、ついには国王を謀殺し、学院が国を支配しつつある。

 

学院の支配にある国内に、ムスタシムの王族を全員捕らえて殺せ、という学長直々の命令が出された。

次々と王族は処刑され、革命は大量の血を流しながら完遂した。

 

王族の生き残りも、すぐに発見された。

 

 

 

 

 

「…王女を捕らえたとか?…身柄を我々に渡せ。王族は城で首を晒さねばならん。」

 

国境近く。近衛騎士団の団長の前に、国民に取り押さえられた幼い少女が連れてこられていた。

その顔は何度も王宮で見た。

ドゥニヤ・ムスタシム。

この国の前の国の王女だ。

 

「…近衛騎士団まで寝返っていたのか…っ!」

 

前王女の前でわめく傷だらけの大きな男は、イサアク。

彼女の忠実な騎士であり、今は…、

学院に楯突く罪人だ。

 

「騎士団が…!騎士団が主たる王家に剣を向けるなど、正気ですか!!?」

 

「………」

「…黙れイサアク…逆らえば貴様も容赦はせんぞ。ムスタシム王家は、もうこうなるしかないんだ。」

 

「…!?」

 

ちらと周りの群衆を見やる。

国民たちは、幼い王女への同情などないばかりか、恨みや怒りの目線さえ向けていた。

魔導を独占した王家の罪は重い。

反対に、魔導の力から始まる、新しいこの国への希望は計り知れない。

 

そのためには、血を流さねばならない。

 

「見ろ。この積もった怨念を。」

 

「!」

 

「どうにもならん…。王族が、王族が死ぬしかないんだよ!!」

 

その騎士団長の声と共に、民衆の手が王女へと伸びる。

そこには、狂気さえ感じられる、ムスタシムへの恨み、魔法への依存からなる怒りがこもっていた。

 

イサアクが彼女を掴む手を振り払う。

彼が彼女をかばう。

 

「おやめください!!…それは、あまりにも酷です!!姫はまだ幼く、罪もない!」

 

罪はないかもしれない。

しかし血で始まった革命は、最後の一滴まで血を流しきらなければ成立しない。

王女を殺さねば革命は終わらない…。

 

「…なのになぜ…、なぜ死なねばならぬのですか!!?」

 

 

「なぜだと?…まぁ、言うなれば…」

 

 

 

「これが、【運命】だからだよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待てぇぇぇぇぇい!!!」

 

 

 

騎士団長がイサアクに狙いを定め、剣を振り上げたとき、群衆をかきわけ、素っ頓狂な大声がそれを制止した。

 

「…!?…何だ、貴様は?」

 

声の主は、姫とそれほど歳が変わらないような少年だった。

少し長めの黒髪をなびかせ、顔立ちは凛としている。

東洋風の服を着て、肩には大きな荷物を背負っていた。

腰には、身長と同じくらいの剣を帯びている。

 

「…野暮用でここに来た旅の者だ。その二人を殺すこと、この俺が許さん!」

 

何だお前、帰れ、と民衆から野次が飛ぶ。

少年はそれらを気にする素振りなど全くせず、じっと騎士団長を冷たく睨みつけていた。

 

そんな彼を奇妙に思ったのか、民衆や他の騎士はだんだんと後ずさりし、王女、イサアク、少年と騎士団長を囲むような形になった。

 

「…フン。気でも狂っているのか!余所者が口出しをするな!!マグノシュタットに敵対する者は処罰する!命が惜しくばとっとと去れ!!」

 

「!…マグノシュタット!?」

 

少年が少し考えるような素振りを見せた。

まさか、騒ぎの内容も知らずに割り込んできたのだろうか。

騎士団長は、彼を本当に奇妙に思った。

 

「…なるほど、わかった。この二人をこちらに引き渡せばあなたたちの命は保証しよう。引き渡さねば強行手段に出るぞ?」

 

「なっ…!?わかってないじゃないか!!ふざけるなよ小僧!!」

 

騎士団長が剣を再び抜いた。

 

「…聞く耳持たず、か。」

 

「それはこっちの台詞だ!!」

 

 

 

 

「時間と懇篤の精霊よ、汝に命ず…」

 

少年は突然剣を鞘から少しだけ抜き、呪文を詠唱し始めた。

騎士団や民衆は呆気にとられ、ただ彼を見ながら立ち尽くすだけだった。

騎士団長も、首を傾げ剣を止めた。

 

「我が身に纏え、我が身に宿れ…、我が身を大いなる魔神と化せ…!!バティン!!!」

 

鞘から抜かれた剣に刻まれた紋章から光が放たれ、徐々にその姿を変えていく。

 

剣は東洋の形から、その長さを変えずに、西洋風の刃が二つある剣の形に姿を変え、色は金属とは思えないほどの美しい黒に変わった。

 

見れば少年の両腕の肘から下も奇妙に姿を変え、タトゥーのような模様が走っていた。

 

「…チッ、まだできるのはここまでか。」

 

そんな事を呟く少年。

彼の姿に民衆は動揺していた。

騎士団長だけが、冷静に、彼の姿に心当たりを感じていた。

 

「貴様、金属器使いか……!?」

 

「そうだ。俺の名は倭乙彦!二人はもらっていく!!バティン!!」

 

 

 

一瞬、黒い光を彼の剣が発した。

顔を上げれば、もはやそこに彼と王女とイサアクの姿はなく、逃げられたのだと騎士団長は悟った。

 

金属器ー…非魔導士(ゴイ)の力の象徴か…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

「もう!!本当に!!何と、お礼を言ったらいいか…!!!」

 

 

ムスタシムに面するアクティアの港。

そこで大男が大粒の涙をぼろぼろ流しながら土下座をして感謝を少年に伝えていた。

 

「いや、いいですよ。本当にそういうのいいんで。周りの人の注目具合がすごいんで。」

 

「…はっ!!すいません!!」

 

「…。ところで姫は?」

 

「あぁ…、ドゥニヤ様なら安心しきっているのか、ホラ。私の背中で寝てしまいましたよ。」

 

「そうか。」

 

見れば、乙彦とそう変わりない歳の姫が、すやすやと寝ていた。

 

あのとき、バティンの時間静止を駆使してあの場を脱出。

国境を越えた先では追っ手も来ないだろうと踏んで、アクティアへと二人(姫はイサアクにおぶられて)で走った。

 

「…これから、どうするんです?姫を連れて。」

 

俺、乙彦はイサアクに問う。

彼はそこまで頭が回っていないような感じだった。

 

「…それは…えー…」

 

「…来るところがないなら、とりあえず俺と一緒に来ます?」

 

「え…!」

 

「傷だらけの姫を放っておけませんからね。」

 

「ありがとうございます…!!あなたは、私たちの命の恩人です…!!!」

 

またイサアクはボロボロと涙を流した。

彼が涙もろいのか、それとも、それほど悲惨な状況だったのか、というのは考えるまでもない。

 

まぁ、俺は国や危ない組織から狙われている奴らと行動していたのだから、二人が加わったところで、そう変わりはしないだろう。

 

 

三人分の運賃を払い、移動船に乗った。

イサアクは俺の懐を心配そうにしていたが、俺が鬼倭の王子だと言うと、これまでにないほど驚きながら、納得をしてくれた。

一国の王子ならば、金属器を持っていても不思議でなく、懐も暖かくて問題ない…。

 

「…失礼ですが、行き先はどこへ?…その、乙彦様たちの拠点はどこにあるのですか?」

 

イサアクが聞いてきた。

船の個室を借り、ドゥニヤ姫はベッドに寝かせてあるので、彼はずっと姫を背負っていた肩を気にしながら。

 

「…煌。煌に料亭を開いてそこで皆暮らしている。今日も、その関係でアクティアを訪れました。で、迷っていたらムスタシムのあの現場に偶然来ちゃって…。」

 

「煌!?料亭!?迷って偶然あの場所へ!!?」

 

イサアクは衝撃が思いのほか大きくて多かったらしく、俺の言葉を復唱するように言っていた。

そんな彼の反応に、俺は思わず吹き出してしまった。

 

「!…笑わないでください!!…というより、本当に偶然ですか!?」

 

 

「ハハハ…本当ですよ。」

 

「…偶然あの光景を見て、偶然助けようと思ったんですか!?」

 

あの場所に来たのは本当に偶然だった。

ムスタシムでの革命ー…マグノシュタットのクーデターは、マギを愛する俺もいつ起こるか把握してなかったし、そもそも忘れていた。

しかし得られたものは大きかったようだ。

たまには道に迷うのも悪くない。

 

「偶然迷って来ただけですけど、あんな悲しんでいた姫を見たら放っておけなくて。俺は困った人がいたら助けようって、ちょっと前から決めてたので。」

 

「……!!」

 

去年あった煌の大火の事件。

あそこで俺は自分の有利を考えすぎて行動して、結局白蓮を助けることができなかった。

俺はそれで、自分と紅玉のことだけ考えているのではダメだと気づいた。

自分は傲慢だった。

世界のため、紅玉のためになると思いこんで、助けられる命も助けられなかった。

 

その日から俺は改心し、本当に世界を救おうと考えたのだった。

罪滅ぼしではないが、偽善なのかもしれないが、困っている人を救おうと、決意した。

 

「…乙彦様。」

 

「?」

 

「素晴らしいあなたの志に、騎士イサアク、…感服いたしました…!これからは、私の命が尽きるまで…、あなたのお力になりたい…!あなたを守る騎士として戦いたい!私は、」

 

「あーー!!もう、お堅いのいいんで!!」

 

「え?」

 

イサアクは、キョトンとした顔をしてきた。

 

「イサアク、あなたはドゥニヤ姫を守る騎士だ。彼女を守るのが使命だ、そうでしょう?」

 

「…。その通りです…。」

 

「なら、あなたが俺につくというのは、彼女まで俺の、世界の闇を相手にする勝負に巻き込むということだ!あなたはそんな中で姫を守れますか!?」

 

「命に代えても…!」

 

イサアクは考える時間もなく頷いた。

その眼には固い決意と意志が宿っているようだ。

 

「…そうか。」

 

「…」

 

「だったら、お堅いのは抜きで仲良くやろうか、イサアク?」

 

「……!?……」

 

イサアクは一度また驚いたような表情を浮かべたが、今度は、微笑み、俺が差し出した手をしっかりと握った。

 

「…あぁ!!」

 

俺がニカッと笑顔で返すと、イサアクの目にはまた涙が入った。

こいつは本当に涙もろいのか?

 

しかし、これでまた仲間が増えた。

しかも、後々組織に迎え入れられる黒き王の器を、白きまま守ることができた。

 

運命ー…そんなのがあるかはわからない。

 

あるのかわからないものを憎むのはアホらしい。

 

ドゥニヤ…。

 

彼女が命を狙われるのは運命だと、あの男は言った。

 

ならー…

 

「なら、俺が君を助けたのも運命だ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝になった。

俺は日の光を浴びるために部屋を出て甲板にあがった。

揺れる船の中、寝ぼけたままだとすぐに気持ちが悪くなる。気分は最悪だ。

 

 

「おはようございます、乙彦。」

 

イサアクが甲板に出ていた。

彼の傷は、俺が昨日手当てをしたが、よくなっているようだった。

 

「…おはよう。」

 

「姫はまだ寝てるでしょう?…最近、あまり眠れてなかったんですよ…。」

 

「だろうな…。」

 

 

 

「そういえば聞きたかったのですが、アクティアへ行った野暮用っていうのは?」

 

イサアクが聞いてくる。

 

「…塩。」

 

「アクティアまで直々に来て!?乙彦…。」

 

彼は驚いているようだった。仮にも一国の王子が買い物に遠征しているのだ。

驚いて当然。

 

「ウチの料亭は結構人気があってな…。塩にもこだわりたいんだ…。」

 

実際そうだ。

去年から開いている店だが、俺の前世の記憶を活かし、新しい料亭の形、料理で洛昌中の人々に大人気だ。

 

「…気になっていたんですが、なぜあなたが料亭をやっているんです?しかも、煌はスパイ対策で、外国人は店を持つどころか、住むのも難しいって聞いたんですが…。」

 

その通りだ。

煌は軍事大国らしく、警備が厳しい。

それによって治安は良いのだが…。

 

「…皇帝に許可をもらったんだ。」

 

「マジっすか!?…どういうことですか!?」

 

「それはなぁ…、」

 

 

 

 

 

 

去年の大火の事件の後、秋のことだ。




魔装の詠唱は長ければ長いほど好きです。

参考のためにマギ11巻とか見直していたら、ドゥニヤがかわいすぎました。
危うく題名を変えるところでした。

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