第一章、最後です。
ー煌帝国ー
「兄上!」
彼は練白蓮。
煌帝国の第二皇子であり、俺がもっとも信頼する弟だ。
「紅炎が迷宮攻略に向かいました。今、出たところです。」
「そうか。」
ごく最近、世界中に現れ始めた迷宮。
我が従兄弟である紅炎は、頼もしいことにその攻略者であり、また二つ目の攻略に向かっている。
迷宮の力はすさまじい。我が軍に必要な戦力だ。しかし…
ちらつくのはあの黒い組織。
彼らの手は借りるわけにはいかない。
絶対に。
しかし、そう言ってられない日が来るのかもしれない。
白徳大帝、父上が謀殺され、白雄の心は怒りと不安で揺れていた。
◇◆◇
「練コーエンが迷宮に行ったって!」
「本当か?……じゃあ、今日だ。」
「長かったね~…!」
レイがヘナヘナと床に座り込む。
そう、長かった。
ずっとこの日を待っていたのだ。
俺、倭乙彦が武器化魔装だけだが魔装を習得すると、俺たちは来るこの日のために大峡谷から煌に向かった。
マギの原作で、誰かが紅炎が迷宮攻略に行っていたときの出来事だったと言っていたような気がする。
そんな根拠をもとに、その日が来るのを煌で待っていたわけだ。
「考えてみれば今しかないよね、タイミングは。紅炎がいない今は金属器使いが城に一人もいない。手薄だ。」
確かにそうだ。
白雄・白蓮は相当な武術の腕を持っているが、金属器は持っていない。
しかも、紅明や紅覇、白瑛、白龍、そして紅玉もまだ金属器を手にしていない。
ジュダルがまだ神官という役職ではないのだ。当たり前と言えば当たり前。
そんな兄弟の中自分は二つ目に手を出す紅炎は少し異常だ。
「今日で、この家ともお別れだね…」
レイがしみじみとつぶやいた。
そう、俺たちは今煌にいる。
来る今日のため、首都洛昌に家を借りたのだ。
金は俺が持っていたのがあるから良かったが、それでも借りれる家は限られてくる。
いつ来るかわからないこの日を、狭い家の中男二人、女一人で過ごし待ち続けてきた。
レイも精神的にくるものがあったのかもしれない。
「…。まだお別れじゃないよ、レイ。」
「え!!?」
そうなのだ。
この家で、負傷した白雄・白蓮を治療し、組織から守る予定でいる。
というより、それが一番の目的で家を借りたのだが。
「ここで治療魔法をするために、僕はここにいるんだ。僕だってイヤなんだよ?」
「あー…そうだったね…?」
レイはアホだから言ったことも覚えていないらしい。
「レイ、お前今日の作戦の流れは知ってるよな?」
「…!…!?…えー…もちろん!乙彦のマソーが鍵なんだよね!」
「そうだ。」
どうやら曖昧だが理解はしているらしい。
大ざっぱな人は今まで何人も見てきたから気になるほどじゃない。
ノリと勢いの国、鬼倭は彼女に合うかもしれない。
ドォンと、爆発音が耳を襲った。
時刻は夜、始まったのだ。
「オトヒコ!」
ユナンが俺に呼びかける。
俺もユナンも、準備は万端だ。
「あぁ。行ってくる。」
今から十分間に合う。
待っていろ、白雄・白蓮。
「白作戦、開始だ!!」
ー煌帝国城・本殿ー
「…くっ…!」
燃え盛る炎。
周りには俺たちを見て襲いかかってきた煌の兵士たちの死体。
そして、組織の奴等のマトリョシカ。
何が起こったかを理解するのには十分な判断材料だ。
組織が俺たちを消すために強行手段に出た。
「まだ…死ぬわけにはいかん…!奴らの思いどうりにはさせられん…!」
返り血と自分の血を振り払う。
ここから脱出しなければいけない。
道のりは遠い。
「兄上…姉上は……、母上は無事でしょうか…!?まさか今ごろ二人も…。早く助けに行って差し上げねば…!?」
口を開いたのは三男の白龍。
白龍は知らないのだ。
この事態を引き起こしたのは一体誰なのか。
俺たちをハメた黒幕は誰なのか。
「…………急ごう。」
「はい!」
「…!?」
まだ、真実を伝えるべきではない。そう思った。
せめて、俺たちが生きて脱出できる望みがまだあるなら…。
この国、いやこの家族に巣食う闇は、幼い白龍には荷が重すぎる。
まだ、生き残れる可能性はゼロではない。はずだ。
出口への道のりは、まだまだ長かった。
◇◆◇
『聞こえる?オトヒコ』
「あぁ。」
『今どこにいる?』
「今本殿に入ったところだ。異常はないが少し熱いな。」
もはや本殿は火がこれでもかと燃え盛り、兵士や将も近づけずにいた。
白雄、白蓮、白龍はまだこの中にいる。
紅玉を始め、白瑛などの皇女や、その他皇子は避難できているらしい。
『両殿下は二階にいるみたいだ。彼らの他の魔力も感じる。気を付けてね。』
ユナンの魔法で、どこからでもユナンの声が聞こえるようになっていた。
ユナンは借りた部屋から状況を把握し、俺に指示を与えている。
「二階だな。すぐ行く。」
本殿の地図は、昔煌に来たときに見取り図をパクってきているので大体は頭に入っている。
当初の計画どうり、ユナンはそれを見て俺に指示を出すのだが、
「ユナン!炎の勢いが思ったより強い!急ぐぞ!!」
侵入者に気づいたように、炎はその勢いを増していた。
◇◆◇
熱い。
熱い。
熱い。
周りは炎に囲まれ、逃げ場はない。
あともう少しで出口なのだが。
白蓮は兵士に背中を斬られ倒れていた。
最愛の、最も信頼できた弟は死んだのだ。
そういう自分も、もう限界がきていた。
度重なる斬り傷と、尋常ではない火傷で、俺の体はもうボロボロになっていた。
倒れそうになったのをなんとか肘で支えこらえる。
「…兄上っ!!」
まだ、傷は少ない白龍。
だが白龍も、この炎の中無傷で脱出するのは難しいだろう。
ハメられた。
まんまと罠にかかってしまったのだ。
「…………無念だ…。」
最後の、望みだ。
「俺と白蓮はここまでだ……。だが白龍、おまえは生きて俺たちの代わりに使命を果たせ…!」
「…使命…」
「戦いぬくと誓え!!…我らの、この国の、仇敵を討て!!」
「すいませーん、無事ですか?」
「!!…兄上、助けが来ましたよ!!」
「…」
白雄は、火傷だらけの顔でその助けをにらみつける。
その表情は、彼の命の炎が消えようとしつつあることを感じさせていた。
「あの、事情はあとで説明するんで。白龍くん」
「…!?」
「仇敵っていうのは練玉艶のことだ。」
「………!!?そんな、そんなはずありません!!」
「…時間と懇篤の精霊よ、我が身に宿れ!バティン!」
時間が止まった。
剣に魔装を宿したこの能力は、5回までしか使えないものの、1回につき10秒時間を止めることができる。
しかし、全てもってしても50秒。
時間は無駄にできない。
「…さっさと運ぶか」
俺は時間が止まって、何かを言いながら静止している白龍を左に抱え、倒れている白雄を右に抱えた。
「白蓮は…ダメか…」
間に合わなかった。
後悔の念を背負いながら、二人を背負い、階段を降りていく。
くそ、白雄はけっこう重いな。
しかも、熱い。
時間が動き出した。
気にしている時間はない。
ただ、走るだけだ。
「バティン!」
二度目の発動。
鍛えてきた体を信じ、広い廊下を走る。
嬉しいことに、白雄たちは出口に近い階段の近くまで来ていたのだ。
何としても助ける。
「…バティン!」
三度目の発動。
これだけで体力はかなり少なくなっていた。
炎の勢いが弱い出口の近くで白龍を降ろす。
しばしの別れだ。
走る。ただ走る。
やっと出口を出たのだ。
「………バ、ティン…!」
四度目の発動。
発動できるのはあと1回だ。
人たかりができている大門を抜け、大通りに出る。
が、
「…バティンッ!!!」
大通りに出る前に切れた。
これで五度目。
後はない。
息が苦しい。
走ってきたとき、火傷を負ったらしい。
痛い。
ー10秒経った。
しまった。
まだ家についていない。
このままでは、白雄もろとも殺される。
嫌だ。
もう一度、だけ……
「…バ、ティ、ン!!!」
目、鼻、傷口。
ありとあらゆる所から血が噴き出した。
血管があちこちで切れたような感覚に襲われる。
苦しい。
でも、走り続ける。
切れた。
泣きの六回目でも城から離れれてない。
武器の魔装も解けた。
「…………バティン………」
口からありえないほど血が出た。
もはや手足の感覚はなく、体中が焼けるように痛い。
視界はどんどん暗くなる。
家が見えた。
扉の前にはレイが立っている。
ここまでくれば、安心、だ。
そこから先の記憶はない。
◇◆◇
「やぁ、おはよう。」
気が付けば、ベッドの上で寝ていた。
体中が痛む。
無理をしすぎたか。
「……彼は……?」
消え入りそうなか細い声に自分でも驚いた。
自分はかなり弱っているらしい。
今でも、起きあがることができない。
「君よりは具合は良いよ。まだ目を覚まさないけど、大体のヤケドは僕の治癒魔法で治したからね」
「…ありがとう…ユナン…」
「どういたしまして、オトヒコ。」
今は、あの大火から一週間経ったらしい。
白雄も白蓮も死に、白龍だけが生き残ったがまだ目を覚まさない、と伝えられている。
皇帝には、白徳大帝の弟、練紅徳が就いた。
巷では死んだと思われている白雄はこの家で寝ている。
白蓮を助けられなかったことは悔やむに悔やみきれないが、白雄だけでも、組織の陰謀から救えて良かった。
「オトヒコ、じゃあ僕は大峡谷に戻るよ」
「ああ、今回は助かったよ。今度飯でも奢ろう。」
「ふふっ…そうだね」
ユナンは大峡谷に帰るらしい。
さて、俺もこれからどうしようか。
まずは魔力を使いすぎてボロボロのこの体を癒すことだが、それからはー…。
「ねぇ、オトヒコ」
「何だ?」
ユナンが扉に手をかけ、こちらに背を向け話しかけてきた。
「…君が、どんな人間なのか僕はあまりよくわからない。誰かに願いを託されたのか、自分の使命を果たすために行動しているのかとかも、知らない。」
「…。」
「でも君は王の器だ。自分で選んでジンを手に入れた、そうだろう?」
「あぁ。」
「…君が、使命を果たすため自由に行動するのは、構わないよ。でも、君の民、君を王として慕う人たちのために、君は行動すべきだと思うんだ。」
「民…」
「それは多分鬼倭の人たちじゃないかもしれない。それが誰なのか僕にはわからないよ、でも…」
「!」
「一人はわかってるだろう?」
ユナンが、寝ているレイを見て、言った。
「オトヒコ、君だけだ。君だけが彼女の王の器だ、だから…」
「彼女を幸せにしてあげてね。」
「!」
そう言うと、ユナンは家の外へ出ていった。
「…。」
俺がこの世界に生まれてきたのは、紅玉を幸せにするためだ。
でも、
でも、ずっと紅玉だけで生きていくわけにはいかない。
兄上、七海、ユナン、白雄、白龍、レイ……。
いろいろな人と関わった。
もう、紅玉だけを守る器ではないらしい。
俺は、
俺は…
「紅玉と、この世界を守る。」
ちょっとマギはテーマが難しいんですよね。