この話の進み具合だと全170話くらいいきそうです。
「バティン!」
彼がそう金属器に唱えると彼が消えた。
「…ユナン…。…こいつは使える。大当たりだ。」
後ろで声がした。
振り向くと、さきほど目の前にいたはずの彼は10メートルほど後ろにいた。
「えぇっ!!?どういうこと!?」
驚きの声をつい出してしまう。
これがジンの金属器の力、伝説の奇跡なのか。
「瞬間移動ー…というわけではなさそうだね」
ユナンがフッとその口角を上げた。
その姿は喜びなどの感情の笑顔ではなく、今起こった事を信じられず、困った笑顔だった。
「これは魔力消費が激しい…。魔装を習得すればなんとかなるか…?」
「君は物知りだねオトヒコ、もしかして紅炎と仲が良かったりするのかな…?」
すると今度は乙彦が笑みを浮かべた。
それはどうかな?とでも言いたそうな、それでいて、その話はあまりしたくないというニュアンスが含まれているような、絶妙な苦笑だった。
「でも、それをモノにするのには時間がかかるよ。君にそんな時間があるの?」
乙彦は首を振った。
「ぜんぜんないね。だからいそがなくちゃ。中途半端でもいい。この力を最大限に活かせるモノにできればいい。」
「力を貸せっていう顔だね。ふふふ、いいよオトヒコ。」
マゴイ?
マソー?
コーエンって練紅炎のこと?
私は知らないことを話している二人を見て、自分が蚊帳の外にいることを感じた。
感じ悪いね。
迷宮に入ってからは驚きの連続で、(正確に言えば乙彦と出会ってからかもしれない)信じられないことばっかりだった。
この世とは思えない迷宮の死者の街。
剣の中から出てくる青い巨人。
財宝の山。
乙彦はずっと冷静で、財宝には目もくれず、ジンに夢中だった。
青いジンは女性のようだった。
女性的な特徴が…胸部がかなり女性的な感じに優れていた。
乙彦は大きい方が好みなのだろうか。
私もいつかあんな風になるのだろうか。
自分のネクロポリスな胸を手で撫でながら、自分の雇い主を気にし始めている自分に気づいた。
彼はいつも冷静で、なんでも知っていて、まるでこの世の全てを知っているようなオーラを漂わせている。
剣術が得意で、頼りになって、同じくらいの年齢とは思えない強さだ。
あの日、盗賊に置いていかれたことに気付いたとき、あの人は優しく声をかけてくれた。
傷ついた私を雇ってやると言ってくれた。
雇うといっても、彼の剣を持って一緒に行動するだけ。
私を救ってくれた彼にもっと尽くしたい、そんな気持ちとともに、彼をもっと知りたいという気持ちが成長していった。
彼は何を考えているのだろう?
いつか彼と肩を並べて語り合える日は来るのだろうか?
そんなことを日々思っている私にとって、彼と同等くらいの知識を持ち、彼に信頼されていて(初対面だったらしいが)、彼と話し合っているユナンは、おもしろい存在ではなかった。
「…具合でも悪いのかい?レイ」
気が付くとユナンが目の前に立っていて、私の顔をのぞき込むような素振りをしていた。
また、その向こうでは、苦しそうに肩で息をして倒れている乙彦がいた。
「い、いや、そんなことない、ですけど…」
乙彦に何があったのか心配になって彼の方に行こうとすると、
「…魔力切れだ。魔装なし、では、合計五回までしか、この、技を、使えなかった。」
苦しそうに彼は言った。
「ふぅん。君はけっこう魔力がある方だね。」
涼しげにユナンは言った。
「とにかく、魔装だな、まずは」
自分にわからないことを言っている彼らを見るのは、やっぱりおもしろくない。
◇◆◇
「はい、食事ができたよ」
その日の晩、乙彦は魔装の練習をし終え、ユナンの家でくつろいでいた。
「…あ!ご飯作るなら手伝ったのに!」
「よせよせ、この食事に手伝うことなんかないぞ」
レイの言葉を乙彦がさえぎる。
どういうことだと戸惑っているレイの反応にユナンは、はははと笑った。
「レイ、これは僕の魔法で作った料理なんだ」
「……!」
「空気中に無限に漂う世界の粒子を集めて、パンや野菜に再構築しているんだ」
「はぁ…」
ユナンの魔法の腕は素晴らしいものだ。
ほかのどんな魔法使いでも使えないような魔法を楽々使える。
そんな彼にもう少し協力を仰ぎたいと俺は考えていた。
「ユナン」
「なんだい?」
「治癒魔法は使えるか?」
「ふふっ。それ、きくと思ってたよ」
「白雄・白蓮両殿下救出作戦。略して白作戦にしよう」
「略しすぎでしょ…」
「まだレイには言ってなかったな。では作戦の概要を説明しよう。」
ー今秋頃、煌の白雄・白蓮両殿下が世界転覆を企む組織によって狙われているという情報が入った。
我々はこれを阻止し、また、組織に気付かれないように両殿下を救う。
「…なんのために?」
レイが口を開いた。
「白雄・白蓮両殿下が失われることは、これから起こるであろう世界の異変に対抗することにとって、重大な損失であるからだ。」
「両殿下を助けたという実績で煌の重要なポストに就きたいんじゃないの?」
今度はユナンが口を開いた。
こいつ、なかなか鋭い奴だ。
まさか、人の考えが読めるのではないだろうか。
紅玉のことまで知っているとするなら俺は死にたい…。
「それも考えているが、俺が目指すのは自身の幸福な生活や功名ではなく、世界を組織から守ることだ…。」
「だろうね」
「………続けるぞ」
ーまず、この組織の行動を一から止めることは不可能だ。
組織の力は邪悪で、規模はかなり大きい。
そこで、両殿下が死んだように見せかけ、救う。
これには俺の金属器、バティンの力を使う。
「…!?…バティンを使う?」
「バティンの力は僕から説明しよう。君でもあまりわかっていないみたいだから、ね?オトヒコ」
ユナンがにやりと笑った。
「…オトヒコがバティンの力を使って、瞬間移動みたいなのをしたのを君も見ただろう?」
「うん」
「あれは彼が瞬間移動したんじゃなくて、彼が移動したときに、時間を止めたんだ。」
「…!?時間を止めた!!?」
そうだ。俺がバティンの力を使ったとき、世界の時が止まったように、周りが静止し、俺だけが動くことができた。
しかし、止めていられるのは一回につき5秒ほど。しかも体力をかなり消費する。
「厳密に言えば、時間が止まったんじゃなくて、世界が彼の力でおさえつけられていたんだ。」
「…??」
「オトヒコが金属器を使ったとき、黒色の光を帯びていた。あれは力魔法の光。バティンの力は時間を操るんじゃなくて力を操るんだ。」
「??」
「おそらく…、世界を力で抑え、また自分にかかる力を極限まで少なくすることで、時間の進みが限りなくゼロに近い中、動くことができるようになるんだ。彼の力でね。」
なるほど。そういうことか。
どうりで体力をかなり使うわけだ。
「おそらく、こんな大規模なジンの力なんだから、時間をおさえつけれるのは4、5秒ほど。」
「…」
レイはすでに頭がパンクしかけており、考えるのをやめている。
コイツ、こんな調子でこれから大丈夫かな?
「オトヒコ、君はこの力を両殿下を救うときに使う。だから治癒魔法がいるんだろう?」
「ああ。」
「…どういうこと?」
「考えてもみろ。皇子を助けるタイミングは、彼らがある程度死にかけているときしかない」
「なぜ?」
「組織に今から襲われるって奴らを襲われる前に誘拐したなら、組織は彼らを探し出して殺そうとするだろう。当初の目的を遂行するために」
「確かに」
「組織の力は計り知れない。俺たちを見つけだし、皇子もろとも消そうとする恐れがある。」
「…」
「そこで、彼らが瀕死の状態で、俺が時間を止めている中助ければ、組織は彼らが死んだと思うだろう。また、時間を止めているのだから俺たちの存在も気付かれないだろう」
「…なるほど」
本当にわかっているのか?
まぁ後々理解するだろうが。
「彼らはケガを負っているわけだから、安全な場所で治療する必要があるだろう?そこで、傷を癒すための治癒魔法がいるんだ」
「…あ~、なるほど」
「ちょっと強引かもしれないけどね」
「これしか手段はない。」
「ねぇユナン、なんで乙彦は煌で暗殺事件が起こるなんて知ってるんだろう?」
作戦会議が終わった後、僕は彼らのベッドを作った。
オトヒコはよほど疲れたのかすぐに眠ってしまった。
その姿だけは年相応のものだ。
「…君は、主人が言っていることを信じられないの?レイ。」
「そうじゃないけど…ただ、何でかなって。」
確かに、オトヒコはまるで根拠があるのかないのかわからないことを言っている。
しかし、彼の実力や、王としての器の大きさ、彼の周りのまっすぐなルフからは、嘘をついているなんて思えない。
奇妙だ。
「さあ?僕にもわからない。」
「…彼は未来でも見えてるんじゃないかな?」
僕はオトヒコが怖い。
少し脚注というか。
乙彦とレイは迷宮を3時間くらいでクリアしてしまったので、ここまではユナンの家に来てから一日の出来事でした。
前回のバティンとの会話から感じ取った方もいるかもしれませんが、バティンはすぐに乙彦を選ぶと決めていたので、迷宮の難易度をかなり下げていたのでした。