帰りたい、でも帰れない天狗さんの日常 作:monochrome vision
崩れ落ちる地下から一気に飛び立ち、離脱する。あのレーヴァテインとかいう歪な杖の攻撃を影に潜ることで避け、巻き上がる粉塵と共に姿をくらまして地上に出たのだ。
粉塵を抜け、廊下に降り立った瞬間、横から現れたのはフランのレーヴァテイン。横薙ぎに振るわれたそれに足元の影を伸ばして受け止めるが、ぶつかりあった衝撃だけで吹き飛ばされて壁を破壊し、どこかの部屋に転がり込むと同時に仕込みは完了。
空いた穴から現れたフランは再びレーヴァテインを振るう。これは流石に素手では受け止めきれないので影を実体化させて作り出した剣を握り、受け止める。
ただ、それだけじゃお転婆なフランは足りないらしい。スカートが捲れ上がるのも気にせずに蹴りが放たれるが、これも伸びきる前に支軸となっている反対の脚を最小限の動きで、速さだけを追求して蹴り払い、姿勢が崩れたところで震脚と共に掌底を放つ。
「ふぅー………まだできるか。流石吸血鬼といったところ」
「ゴホッ! マダマダ余裕ダヨ……?」
血を大量に吐き出して嗤う少女。確かに、狂気じみた光景ではある。そんなフランがレーヴァテインを持ち上げた時に、色々と人物が粉塵の向こうから現れた。この館の住人と巫女と魔法少女だ。
それに気づいたフランはそちらを見るが、俺はその視線と一瞬見せた表情に違和感を覚える。
「ッ! フランッ! 貴女なんで……貴様ッ! フランに何をした!」
あの吸血鬼は俺に吠えているのだろうか。
「ウルサイナァ……初メテミエタ人トノタノシミナノニ……」
初めて見えた? 何の話だ……?
俺の小さな疑問をよそにフランは俺へと話しかけてくる。
「ネェ狐鴉オニィサン……アレ、ドウニカデキル…?」
「まぁ、できんことはないが……」
フランが親指で入ってきた連中を指す。確かに邪魔になりそうなのでどうにかしておこう。この機会に殺し合いは辞めてしまいたいが、どうしても何か引っかかるようなものが気になって仕方がない。こいつらが入ってきてまた一つ、進んだ気がしたのだ。
他の奴らに腕を振るう。それと同時に俺とフラン以外の全員が崩れ落ちて指一本動かせなくなる。
「か、身体が動かないぜ………」
「き、貴様…鴉風情が何をした…!」
「フランの要望に答えただけだが……体性感覚、前庭感覚、固有感覚など…言えるのはこれだけだ」
「ヘェ……」
簡単に言えば触覚や平衡感覚、運動覚などを乱したことにより立っていられなくなったのだ。触覚や圧覚が乱されているので今自分が何に触れているかすらもわからないはずだ。
それらのことがフランにはわかった。やはり、この子は賢い。馬鹿でもなく、幼くもなく、無邪気とは程遠い……なるほど、大体わかってきた。
「ソレジャ、再開ダヨ…ッ!」
「少しは休ませてくれよ、っと!」
レーヴァテインによる刺突を剣で受け流し、弾き飛ばすことに成功するとともに俺の左腕も横からの小さな手に叩かれて剣を手放してしまう。そこからは格闘戦だ。技も何もないが、反応できる感覚と強化された身体、今までテレビや動画で見てきた戦いのイメージを無理やり反映させて食らいつく。
一息に数十発の攻防が繰り広げられ、それらは全て前腕で防いだり、横から叩き落としたり、受け流すことで一撃も互いに加えることはかなわない。
フランが小さな身体を活かして懐に入り込むと同時に足元に回し蹴りを放って俺の体が宙に浮く。そこに貫手が来るが、流石にそれはやばいので普通ならありえない、翼を広げて押し付けるようにして視界を遮り、その隙きに体を無理やり捻って着地。同時に足元の影から十本の影の杭が射出され、フランの脚を前後左右から射抜いて固定する。
まだ終わらない。これは殺し合いだ。
部屋のあらゆる影から剣状の影が伸び、前後上下左右とあらゆるところからフランを射抜き……振り切るようにして影を動かすとフランの体は粉々になり、血を撒き散らしながら肉片を床に落とし、破壊された頭から脳漿が飛び出して金髪を汚す。
「フランッ! 貴様ァァッ、殺してやるッ!!!」
そんな叫びが聞こえ、殺気が叩き付けられるとともに……俺の視界は左右に別れた。頭から股まで両断されてずれ落ちたのだ。そこにはレーヴァテインを振り抜いたフランがいる。粉々になった肉片の反対側…俺を挟んだ場所に居た。それを俺は
「イツカラ…ワタシガ一人ダトオモッテタノカナ……?」
俺の死体を見てそんなことを言うフラン。なら、俺も言ってやろう。
「いつからそれが俺だと錯覚していた?」
「ッ!?」
フランの背後からそう声をかけると、驚いたように勢い良く振り向いた。
「俺は壊れてなんかないが? ああ、それと…あと何人居るんだ?」
「………スゴイネ。ドウシテワカッタノ…?」
カマかけてみたんだが本当に残もう一人が現れた件について。そしてもう一人が消えると同時に床の妙にリアルな肉片も消えていく。同時に俺も死体を消すと、ズブズブと死体が影に沈み込んで一体化した。
「勘だな。だが恐らく…俺が初めてあって、そして蹴り飛ばしたときには既にそうだったんじゃないのか?」
「ソノトオリダヨ。オ兄サンハ?」
「この部屋に転がり込んだ時に仕込んだ。影とはもう一人の自分であり魂でもある。所謂ドッペルゲンガーだ」
宗教的な話になるが……まあ、ここは幻想郷。そして理屈では語れない能力。例え影武者だろうとドッペルゲンガーだろうともう一人の自分と何ら変わらない。
「やはりお前は賢いな。あの一瞬…最初から仕組まれていた戦闘だった。お前はいつでも俺を殺すことができた」
トントンと俺自信の胸を叩いてみると、フランは既に腕を上げており、手を握ると同時に俺の体は破壊された。
「そして俺もいつでもお前を殺すことができた」
フランの背後から影の獣が食い尽くす。デッドスパイク先輩あざす。だが、フランは再び部屋の穴の向こうから現れ、倒れている奴らを跨いで此方にやってくる。粗いが騙し、騙されの戦いに周囲の奴らは唖然としている。一番驚いているのは吸血鬼の少女、レミリア・スカーレットだろう。まさかフランがこんな戦闘をするとは思ってもいなかったってか? やはり、お前の知っているのは表のフランか。
「それと、いい加減に狂気に侵されている……という演技をするのは止めたらどうだ?」
「……どうしてわかった?」
スッとフランの目がもとに戻る。それと同時に無表情になり、本当の顔に戻った。目は光がなく死んでいるかのように暗いものだ。
「お前の戦いには知性が有りすぎる。狂気とは程遠いものだ」
「……どこから、どこまで?」
小さく無機質な声で聞いてくる。
最初の違和感は俺がフランを視認して向こうも同時に俺に気づいた瞬間に無邪気さを出してきたところだろう。一瞬見た表情は今と同じ、何にも興味を持っておらず、何も考えていないかのような顔だ。その裏、思考速度はずば抜けて速いようだが。
いや、それより前にもあったな。俺の影が壊されたことだ。これは先程俺を壊したのと同じで能力によるものだろう。それでも俺が覗いていた影を認識する時点で既に幼い無垢で無邪気な少女とは言えないわな。
次。495年も幽閉されているということ。お前が見せた無邪気な笑みは確かにその495年の間の何処かで本当に見せていた笑顔だろう。だが、果たして子供が長い年月そのままの自分でいられるか? 精神が弱点である妖怪が? 無理だろう。閉鎖空間で隔離されていれば幼い少女は何処かで壊れる。俺でも壊れる自信はある。誰でもそうだろう…子供の精神はそこまで強くない。
フランの壊れ方は周りの全ての事に興味を無くすことで、興味を持ってそれが叶わないという絶望を敢えて遠ざけることで心を保っていたが…それが定着してしまったことで無感情になったんじゃないか? 本能的に幼いままで居て誰かに構ってもらう、愛してもらう状況をいつまでも待ち続けて結局壊れ果てるより、無感情になって現状を維持する方がいいと無意識に感じたのかもしれんな。
他の奴らを欺いて自分を助けていた。過去に、顔を見せ、外に出す手段も救う手段も持っていた相手に何を言っても無駄だと分かってしまったから。拒絶され続けると自我すら崩壊して何も考えられなくなりそうだから。でもいつしか自分にも興味がなくなった。俺と話している時、自分のことなのに閉じ込められたらしいよと言った時の声…驚くほど無機質で淡々としてたぞ? 無意識か?
こいつらに対する演技も違いがわからないほどだったんじゃないか? 現に嗤う仮面にも気づいていなかったのだし。無関心、無感情故に対処する出来事に関しての思考はずば抜けていた。それだけを考えることができるから。他の余計な思考は元より持っていないから。……空っぽのまま日常を過ごすのって楽しいのかね。
決定打はこいつらが入ってきた時の一瞬見せた無表情。その目は何も映っていなかった。何年も一緒に過ごしたはずのこいつらに対して何も感じていなければ、何も思っていないから、無機質な視線を送れたのだろう。
「だが分からないことが一つだけある。初めて見えたとは、一体何だ?」
「……凄い。全部正解。初めて見えたって言うのは、狐鴉お兄さんが言った通り私には何も見えなかった。全てが等しく無価値で興味がなくて…だから何も見えなかった。今までそこの倒れてる物とのことも何も覚えてない。何かあったのかもしれないけど、仮面を消した私に戻ると全て覚えてない。だって興味が無いから。でも、狐鴉お兄さんだけは消えてない」
そう話すフランの瞳には確かに俺だけしか映っていない。しかしなぜ…初めて自分を開放してくれるかもしれない存在だから? いや、それはないか。
能力か? 感覚は関係ないだろう…影?
心理学的に影は否定を意味する。物事に興味を持たないことを否定とするならば、俺に対する影だけ薄まり否定されずに心に残った? その時に無意識下での自我による防衛がとかれて俺のことだけ否定しなかった。
だがそうだとして、何時だ。今のフランだとわかった時に無意識に能力が……? わからない……。だが言えることとしてはちょっと不味い事態になったということだけ。
空っぽの心に俺という情報を受け入れてみろ。それが唯一であって一番大きなものとなる。刷り込みと同じような感じになるのだろうか…依存されるということか?
今のフランにもう殺し合うなんてことは見られない。恐らく、この戦いで今言っていたことを確認していたんじゃないだろうか。
しかも衝撃発言があったぞ…恐らくレミリア・スカーレットはフランと姉妹なのだろうが、その姉妹に対しても今まで過ごしてきた住人に対しても倒れてる
「そ、そうか…それについての答えは出ているのか?」
「……大凡。でも全部わからなくてもいい。問題はないから……」
その理由については興味がないってか。
「と、取り敢えず俺の悩みは解決したし、俺は帰ることにする」
「…………ぇ」
死んだような目が更に濁った気がする。腐りに腐っている。
「用事があるからまた来る」
「…………ん」
ぽんぽんとフランの頭を撫でてからメイドさんのところに向かい、持っていたメモ帳とペンを拾い上げる。確かに睨まれても仕方ないが…いずれフランはこうなっているというのはわかっただろうさ。
メモ帳の一枚を破って、そこに俺がフランに会う経緯と俺のせいじゃないこと、こうなることは予想外だったこと、流石に壊れたフランのことは関係のない俺に責任は押し付けられたくないこと、精神状態などを考え、フランのことをよく考えてみることをこっそり書いておいた。紫色の魔法少女と二人きりで話すのがおすすめだとも。恐らく、この二人が客観的に考えることができるはずだ。レミリア・スカーレットはまともに考えることは駄目かもしれん。
「悪いが、後はよろしく頼む」
メイドさんにだけ聞こえる声でそう頼み、俺が影に沈むと同時に感覚を元に戻す。その後のことは流石に俺はわからない。あぁ、疲れた……。
このフランちゃんは壊れ方が少し違います。
何も知らないから幼いのではなく、何も知らないが故に一人であることに、様々な物事に対して恐怖が生まれ、崩壊する前に無意識的に精神が自己防衛を導き出したため、無感情になった。
こういった可能性もあったと思うんですよね。
齧った程度の知識なので拙い考えなので、深く考えずに軽い気持ちで読んで貰っていいです。